• 検索結果がありません。

タイにおける日本食消費の変化

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "タイにおける日本食消費の変化"

Copied!
16
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

タイにおける日本食消費の変化

―中食としての日本食―

豊 島   昇 The Emerging Trend in the Consumption of

Japanese Food in Thailand:

Eating Japanese Food at Home

Noboru Toyoshima

For the past few decades, Japanese food has been a popular choice for the Thai people when they eat out. Today in Thailand, on the streets, in the shopping malls, or elsewhere, there are many Japanese restaurants. For most Thai people, Japanese food means more than just the traditional Japanese dishes such as sushi and tempura; it includes ramen, soba, udon, tonkatsu, curry and rice, gyudon, takoyaki, etc., which are the types of food eaten in present-day Japan. Since the popularization of Japanese food in Thailand started in the 1980s, Japanese food has increasingly gained popularity there. Japanese food has predominantly been gaishoku

eating out

for Thai people, which means that people have tended to eat Japanese food outside their homes. In recent years, however, some Thai people in Bangkok started to eat

sushi and various kinds of Japanese dishes which are souzai

ready-made meals

at home, which they buy in supermarkets or stores. The take-out food or the ready-made meals are labeled naka-shoku , while meals prepared and eaten at home are called nai-shoku or uchi-shoku . In this article, the dissemi- nation of Japanese food in Thailand after the World War II will be summarized briefly, as the history of

gaishoku Japanese food and the newly-emerging phenomenon of naka-shoku Japanese food is discussed.

The article also foresees the possibility of uchi-shoku Japanese food in Thailand for future research.

はじめに

近年,日本食は日本以外の国や地域でも広く受容されている食事となり,世界の主要都市であれば,

どこでも食べることができる食事と言える。しかし,日本食という言葉に対して抱かれるイメージ は,国や地域,個人によって異なる。ある人にとっては,日本食というと,伝統的日本というイメー ジで提灯や屏風などで飾り付けた店内で,寿司,てんぷらを食べることを思い浮かべる人もいるだろ うし,既に様々な「日本食」を受容している国や地域では,寿司,てんぷらだけでなく,ラーメン,

そば・うどん,とんかつ,お好み焼き,カレーライス,牛丼,たこ焼きなど,元来は外国料理であっ たものが日本食化されたもの1も含めて,日本で日本人が外食して食べている様々な種類の食べ物が

「日本食」というカテゴリーに含まれていると受け止められていることもある。

共立女子短期大学 教授

(2)

タイにおける日本食に目を向けると,タイでは日本食の受容が進んでおり,現在,多くのタイ人が 様々な日本の食べ物を消費している。

JETRO

バンコクが

2020

9

1

日から

10

31

日に実施した

2020

年度タイ国日本食レストラン調査」によると,タイ全国では

4,000

店舗以上の日本食レストラン があり,その種類は「寿司」「焼肉」「洋食」を含めて,様々な日本食レストランがある(表

1

2。バン コクの英字新聞「

The Nation

」が

2009

年に実施した調査では,タイの消費者の外食料理のランキン グで,日本食はタイ料理に次いで第

2

位だったという3。筆者が

2017

9

月にフィールドワーク調 査でバンコクを訪れたとき,バンコク中心部にあるショッピングモール「

Terminal21

」には,「モー モーパラダイス」「

CoCo

壱番屋」「

8

番ラーメン」「ペッパーランチ」「吉野家」「大戸屋」「フジ・レ ストラン」「ちゃぶ屋とんこつらぁ麺」「モスバーガー」「ラーメン一風堂」などの日本ブランドの飲 食店があった。タイでは,ショッピングモールや大きなスーパーマーケットには,必ずと言って良い ほど日本食レストランがあり,買い物のついでに日本食を楽しんでいるタイ人を目にする。

これまで,タイにおける日本文化製品の受容というテーマで,いくつかの日本文化製品を対象に経 年的研究を行ってきたが,「日本食」も重要な研究対象の一つであった。本論では,まず,これまで のタイの日本食の観察調査および分析を確認しながら,日本食がタイに受容されてきた経緯につい て,再考する。その後,近年になって新たに観察されるようになった,タイにおける日本食の中食(な かしょく)について観察し,今後の日本食の普及について考察する。

1 日本食レストラン店舗数調査 業種別 業種

タイ全国

2017 2018 2019 2020

増加 減少 合計 前年比

寿司 256 457 688 504 154 1,038 50.9

日本食 769 797 945 225 155 1,015 7.4

ラーメン 357 386 429 57 66 420 2.1

すき/しゃぶ 356 375 428 49 141 336 21.5

居酒屋 290 246 283 65 63 285 0.7

焼肉 228 238 243 62 37 268 10.3

喫茶 100 84 149 78 22 205 37.6

丼専門 90 108 133 35 22 146 9.8

洋食 83 83 95 23 17 101 6.3

揚げ物 58 66 85 23 15 93 9.4

カレー/オムライス 51 50 60 38 7 91 51.7

鉄板お好み 64 52 55 20 8 67 21.8

蕎麦うどん 60 52 44 4 19 29 34.1

宅配 12 10

合計 2,774 3,004 3,637 1,183 726 4,094 12.6

2020年度タイ国日本食レストラン調査」JETRO Bangkok 2020

(3)

日本食と和食〜健康的な食事のイメージ

本論では「日本食」という言葉は,現代の日本人が日本の家庭や外食において食べている日本発祥 の料理または日本で発展した料理という,緩やかな定義で使用している。筆者の研究では,日本から 来た料理や日本食レストランブランドとしてタイ人が消費している料理や食事を「日本食」としてい る。一方,日本食と似たコンテクストで使用される言葉に「和食」という言葉がある。「和食」の定 義については,「三世代にわたって受け入れられていること」や「日本に住む日本人がつくり出した 料理」など,人によって定義が異なり4,広辞苑第七版(

2019

)には「わしょく【和食】日本風の食物。

日本料理。↔洋食」と説明されているが、多くの日本人は伝統的な日本料理を「和食」と考えている だろう。

2013

12

月,「和食」

UNESCO

の無形文化遺産に登録されたというニュースが日本のマスメディ アに流れた。日本政府が

UNESCO

に提出した申請書には,①多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重,

②健康的な食生活を支える栄養バランス,③自然の美しさや季節の移ろいの表現,④正月などの年中 行事との密接な関わり,の

4

つの特徴が書かれていた。そして,実際の申請書に書かれた名称は「和 食:日本人の伝統的な食文化〜正月を例として〜」(英語では

WASHOKU; Traditional Dietary Cultures of the Japanese

̶

notably for the celebration of New Year

̶ ),となっている。つまり,

UNESCO

の無形文化遺産に登録されたのは,和食であり,その中でも特に正月料理が登録されたのである5

このように,無形文化遺産に登録されたのは「和食」であるが,和食も日本食の中の一部であり,

世界の人々が抱いている「日本食は健康によい,ヘルシーである」というイメージを牽引しているの は和食であると考えられる。タイに限らず,世界的に日本食人気が高まった背景には,中産階級以上 の人々の健康意識の高まりにより食事の見直しに注目が集まったことと関係しており,そのきっかけ となったのは

1977

年に出された米国の報告書『米国の食事改善目標(通称「マクガバン・レポー ト」)』6だと言われている。このレポートでは,アメリカ人の食事の問題点を指摘し,肉料理の摂り 過ぎは心臓病やがんの原因になる一方,ご飯とみそ汁に焼き魚という典型的な日本食はカロリーも低 く,健康的な食事であると指摘した。そして,この「日本食は健康的な食事」というイメージがマス メディアによってアメリカ全土に広がり,さらには世界各国のマスメディアが,寿司や日本の伝統的 な米食7を主体とした「一汁三菜」の定食スタイル8は健康的だというイメージを広めたことで,今 日のように,これまでは生魚を食べなかった国の人々までもが寿司や刺身を食べるようになった。

和食が

2013

12

月に

UNESCO

の無形文化遺産に登録されたことで,「日本食は健康的な食事」

というイメージは,再び世界に発信され,その健康的であるというイメージが強化された。

タイにおける日本食の歴史 日本食普及のプロセス

ステージ

I

(日本人向け飲食店)

タイにおける日本食普及のプロセスは,基本的には時系列に沿って,大きく

3

つのステージに分け て説明することができる(表

2

)。

タイにおける日本食レストランの始まりは,第二次大戦前のバンコクから始まる。第二次大戦前,

日本の商社はタイに進出し,バンコクに事務所を開設した。そのため日本人商社マンがバンコクに駐

(4)

在するようになった。

1942

年頃には,およそ

40

社の日本の商社がバンコクに事務所を持ち,第二次 大戦終了時には約

3,500

人の日本人がタイに住んでいた9。タイの日本食店の始まりは,このように バンコクに駐在していた日本人に対して日本食を提供する飲食店である。そして,

1945

年,日本の 敗戦により,日本の商社も在留日本人も,一旦,バンコクから日本に引き揚げた。その後,

1948

年,

「日タイ通商協定」が締結後,民間輸出入貿易が推進され,

1951

9

月の「サンフランシスコ講和条 約」調印後,日本が国際社会に復帰し,日本の商社が再びバンコクに駐在員事務所を開くようになっ た。その後,日本とタイの経済の結びつきがさらに強まり,バンコクに駐在する日本人の数が増える に伴い,日本人向けの日本食飲食店も増えていったと考えられる。

1960

年代終わり頃から,日本のタイへの投資が活発化していった。バンコクには日本の百貨店『タ イ大丸デパート』も進出し,販売している商品の

60

%が日本製品だったという。

1973

1

1

日の 朝日新聞記事によると,当時,バンコクに「リトル・ニッポン」とも呼べるような日本人コミュニティ が形成されていたという10。当時の人口が約

250

万人だったバンコクに,約

5,000

人の日本人が住 み,『大黒』『花屋』『菊水』『赤門』『みつよ』『しなの』など

10

軒以上の日本人向けの日本食レスト ランがあり,「清酒」と「フグ刺し」までもが楽しめる在留日本人の生活ぶりが描かれている11

日本からの投資が増えていたこの頃は,日本とタイの間での経済摩擦の問題はあったが,それでも 日本とタイとの間の経済関係の結びつきは進み,小売業においては日本の百貨店が次々とタイに進出 していった。

1980

10

4

日,大丸デパートは

2

号店をオープンさせ,

1984

12

1

日にはバン コクに『そごう百貨店』がオープンした。さらに,翌年には『東急百貨店』や『ジャスコ・スーパー マーケット』もタイの消費者を獲得しようと,タイに進出した12。そして,これらのデパートやスー パーマーケットは,単に日本からの工業製品をタイの消費者に販売しただけでなく,店舗内に日本食 レストランもオープンさせ,また,日本食も販売するようになった。

しかし,この時期の日本食は日本人向けの飲食店であり,料金は高価だったので,日本食は一般の タイ人が楽しむものではなかったと考えられる。経済的に余裕があったり,日本企業,日本人との付 き合いがあった一部のタイ人は,これらの日本食レストランで「日本の味」を楽しむ機会があったか も知れないが,

1970

年〜

1980

年代初頭までのタイの日本食レストランは,タイの一般消費者(大衆)

のためのものではなかったと考えられる。

ステージ

II

(日本食の大衆化)

タイで日本食人気が高まり,タイ人が頻繁に日本食を食べるようになる始まりは,タイ人向けの日 本食レストランの登場以降のことである。

1983

年,『フジ・ジャパニーズ・レストラン(以下,「フ ジ・レストラン」)』がバンコクにオープンした。それまでの日本食の飲食店は主に日本人および外国

2 タイにおける日本食受容の

3

つのステージ

ステージ 日本食の特徴・変遷 年代

I 在留日本人向け日本食屋の時代 2次世界大戦前頃〜

II タイ人向け日本食レストランチェーンの登場 1983年〜

III 日本のレストランチェーンのタイ市場進出 1992年〜

(5)

人を対象としていたが,フジ・レストランはタイ人を対象にした日本食レストランとしてオープンし た。

1980

年代,フジ・レストラン・チェーンは,タイの経済成長とともに店舗数を増やしていき,

タイ人にとって日本食をより身近な存在にすることに貢献した。以来現在まで,フジ・レストラン は,大きなショッピングモールに出店するようになり,店舗数を増やし,日本食をタイの社会に広め ていった(写真

1

)。

フジ・レストランで提供されている日本食は,定食スタイルが中心である。メニューを見てみる と,日本にある食堂のメニューとあまり変わらないような「サーモン・タルタルソース・セット」

「シーフード・ステーキ・セット」「カツとじセット」などの料理名が並んでいる。フジ・レストラン 以降,タイ人をターゲットとした日本食レストランチェーンも増えてきたが,ご飯,みそ汁,漬物(な ぜか漬物は白菜キムチが出されることが多い)に何か一品おかずがセットになって,

1

つのお盆にの せられ運ばれてくる定食メニューを提供している店が多い。ただ,

1

回の食事の量はそれほど多くな いタイ人も多いので,アラカルトメニューも用意されており,学生など若い人たちは,友人とシェア して食事をしている姿も見かける(写真

2

)。

娯楽としての日本食レストラン

1990

年代,タイでは日本食以外の日本文化製品の人気も高まっていった。タイでは多くの日本の テレビ番組が放送されるようになり,メディアを通じてタイ人が現代日本人のライフスタイルを知る ようになった。日本のテレビ番組の放送が増えた背景には,日本の経済事情がある。バブル経済が崩 壊した

1990

年代初頭,日本のテレビ局は積極的にテレビ番組を海外放送局に販売するようになった。

このような事情から,タイ人はトレンディ・ドラマやバラエティ番組を通して,その中に描かれてい る現代日本のライフスタイルを知るようになり,日本で流行っているレストランや料理についても知 るようになった。つまり,

1990

年代から,タイ人はテレビというメディアを通じて日本食を含めた 日本文化製品に関する知識を得る機会が増えていった13。そして

1990

年代には,日本の音楽(

J-Rock

J-Pop

)がタイで人気を得るようになり,特に若者や中産階級の日本大衆文化への憧れや興味が高

まった。タイにおいて,様々な日本文化製品の人気が高まる中,日本食もタイの若者の間に広がって いった。

写真1 フジ・レストラン

(筆者撮影20179月バンコク)

写真2 フジ・レストランの定食

(筆者撮影20179月バンコク)

(6)

1999

年,日本文化製品の人気が高まり,日本食レストランも増えてきた時期に,バンコクのスク ンビット・ソイ

55

に新しい日本食レストランを作ったのが『オイシ・グループ(

Oishi Group

)』だっ た。オイシ・グループのレストランは,ビュッフェ(食べ放題)スタイルの日本食として成功し,そ の後,複数の日本食レストランブランドを立ち上げていった。オイシ・グループはそれまでの日本食 レストランとは違って,「日本の味」にこだわるよりも,日本文化製品の人気の波にのって,タイの 若者をターゲットに,オリジナルの食べ放題の外食スタイルを提供し,成功した。オイシの主要なレ ストランブランド「シャブシ(

shabushi

)」レストランは,回転寿司のようなベルトコンベヤーで流 れてくる食材の皿をとって,自分の鍋に入れて食べるという,日本のしゃぶしゃぶと回転寿司を融合 したようなスタイルの飲食店である(写真

3

)。オイシは

1990

年代に高まった日本文化製品の人気を うまく利用して,ベルトコンベヤーで流れてくるという面白さや食べ放題という食事のスタイルで,

タイの若者の人気を獲得した(写真

4

)。

ステージ

III

(日本フードビジネスのタイ進出)

現在,タイにある大手日本食レストランチェーンと言えば,『フジ・レストラン』『

8

番らーめん』『オ イシ』の

3

つを挙げることができる。既述のフジ・レストランとオイシは,タイ国内で起業された日 本食レストランだが,『

8

番らーめん』は日本のフードビジネスとして,初めてタイに進出したブランド である。

1992

年,

8

番ラーメンの

1

号店が,バンコクのシーロムに開店して以来,

8

番らーめんは

1990

年代の日本文化製品の人気の高まりとともに,タイ国内のショッピングモールへの出店を増やし ていった14

2021

6

15

日現在,

8

番らーめんのタイ国内店舗数は

140

店舗を数える15(写真

5

)。

ところが,

1990

年代,

8

番らーめんがタイでの事業に成功したにもかかわらず,他の日本のフー ドビジネスはタイに進出しなかった。これはフードビジネスに限ったことではないが,

1990

年代,

まだ多くの日本国内企業は国内マーケットでのビジネスしか見ていなかったのではないだろうか。バ ブル経済の崩壊後,不景気と言われた時期であっても,日本国内の人たちをターゲットにしていれば ビジネスが成立すると考えられていたのだろう。しかし,

2000

年代に入って状況が一変した。

1990

年代に実施した少子化対策の効果が見られないことが明確となり,日本の少子化の問題がより深刻に なった

2000

年代初頭16,日本国内の様々な産業も海外市場に目を向けるようになり,日本のフード

写真3 オイシ シャブシ

(筆者撮影 20173月バンコク)

写真4 オイシ・ラーメン

(筆者撮影 20172月ピサヌローク)

(7)

ビジネスも海外進出をするようになっていった(写真

6

)。

たとえば,

2005

年,日本でも人気の定食屋チェーン『大戸屋(

Ootoya Gohan Restaurant

)』がタ イに進出した。翌年,ハンバーガー・チェーン『モスバーガー(

MOS BURGER

)』が

1

号店をバンコ クにオープン,さらに翌年,ステーキレストラン・チェーンの『ペッパー・ランチ(

Pepper Lunch Restaurant

)』がタイに

1

号店を開いた。他にも『

CoCo

壱番屋

CoCo Ichibanya

)』『とんかつさぼて ん(

Tonkatsu Saboten

)』『家族亭(

Kazokutei

)』など,日本で成功しているファーストフードやフー ドチェーン店が,バンコクの街に出店していった。このように

2000

年代になってから,タイに進出 していった日本のフードビジネスのほとんどは,

8

番らーめんと同様に,タイの企業とともにタイで 合弁会社を設立して,日本のレストランチェーンのフランチャイジーとして,タイで事業展開してい る(写真

7

)。ステージ

III

として挙げた日本フードビジネスのタイ進出が実際に始まったのは,

1992

年の

8

番ラーメンの出店だが,他の日本フードビジネスが活発にタイ進出を始めたのは

2000

年代に 入ってからである。日本のファーストフードやレストランチェーンの店舗がタイ国内にできたこと で,タイにいながらにして,テレビで見たことがある日本の飲食店に行って食事ができるようになっ た。タイ人はこれらの店舗に行って食事をすることで,日本の味を楽しむことと同時に,現代日本の 雰囲気を味わう楽しみを体験できるようになった(写真

8

)。

写真5

8

番らーめん

(筆者撮影 20183月バンコク)

写真6

8

番らーめんのトムヤムらーめん

(筆者撮影 20183月バンコク)

写真7 一風堂

(筆者撮影 20173月バンコク)

写真8 丸亀製麺

(筆者撮影 20173月バンコク)

(8)

タイにおける日本食受容の分析フレーム

これまでの筆者の先行研究においては,タイにおける日本食の受容を「時系列で見たときの日本食 店の対象とする顧客の変化(日本人を対象とする飲食店の時代からタイ人を対象とする飲食店の普 及)」および「日本食店経営スタイル(①日本人経営,②タイ人経営,③日本とタイの合弁会社によ る経営)」の

2

つの視点に着目して分析してきた17。これらの時系列および経営スタイルによる分析 フレームは,日本食を提供する側,つまりレストラン経営側面に着目した分析だった。そして本論で は,新たな分析方法として,日本食を実際に消費しているタイ人の行動に着目し,タイにおける日本 食の受容に

4

番目のステージを追加して,分析する。

既述のように,ステージ

I

は,タイにおける日本食の黎明期であり,日本人向けの日本食店が営業 していた時代だった。ステージ

II

になり,タイ人向けの日本食レストランチェーンが誕生したこと により,日本食の大衆化が進んだ。そしてステージ

III

では,日本のフードビジネスがタイ市場に進 出し,タイ企業と合弁会社を設立することにより,日本のフードブランド,レストランブランドをタ イで展開するようになった。タイにおける日本食はステージ

I

から

III

へと進む中で,外食における 日本食が広く一般のタイ人に普及していった。

ステージ

IV

(中食としての日本食)

ステージ

III

までの日本食は,基本的には外食としての日本食の普及であった。タイ国内に日本食 レストラン,飲食店が増えて,それらの店に行って食事をすることが,タイにおける日本食の消費 だった。しかし,近年,外食ではなく,中食としての日本食の消費が観察されるようになってきた。

中食とは,小売店等で惣菜や調理済みの料理を買って,それらを自宅に持ち帰って食べるという食事 のスタイルであり,テイクアウトやデリバリーも含まれる(表

3

)。

この中食としての日本食を提供する店は,以前から存在していた。バンコクでは以前から,在留日 本人や外国人をターゲットに,日本食の食材を販売するスーパーマーケットが存在している。バンコ ク伊勢丹(

2020

8

月末閉店)のフードフロア,

Siam Paragon

EmQuartier

のインターナショナ ルスーパーマーケットなどでは,以前から日本人や外国人,一部のタイ人向けに,家で調理して食事 する(「内食」という)ための日本食の食材を販売していたが,売り場には持ち帰りできる惣菜も販 売していた。しかし,これらの食品小売店は一般のタイ人にとっては,それほど馴染みのない存在 だったと思われる。

しかし,

2018

年以降,筆者がフィールドワーク調査のためにバンコクを訪れるたびに,日本から 空輸された生鮮品や食材,そして寿司,惣菜,お弁当などを販売する新しい小売店が開店していった。

3 外食・中食・内食 外食

(がいしょく)

外にでかけてレストラン等飲食店で料理を食べること

中食

(なかしょく)

外食と内食の中間で,惣菜や弁当などを外で買って,家に持ち帰って食べること(テイ クアウト,デリバリー,ケータリングなど)

内食

(うちしょく,ないしょく)

食材を買ってきて,家で調理して,家で食べること

(9)

店舗内を見ると,日本食の惣菜,弁当を求めるタイ人客で賑わっていることに驚かされた。ここでは,

2018

年以降に開業した

3

つの店舗の事例を確認する。

サイアム高島屋(

Siam Takashimaya Co., Ltd.

2018

11

月,バンコクのチャオプラヤー川西岸に大型複合施設『

ICONSIAM

』がオープンし,

タカシマヤ・シンガポールが経営資源を投じてオープンしたのが『サイアム高島屋』である。サイア ム高島屋は,

ICONSIAM

のショッピングモールの中心的なテナントとして,

6

つのフロアを使って 出店している18

1

階のフードエリアを見ると,日本から輸送し食材,調味料,空輸されている果物,牛肉,鮮魚が 売られていたが,タイ人買い物客が集まっていたのは鮮魚売場の寿司コーナーだった。和牛も広い売 り場を確保されていたが,寿司は売場も広く,買い物客も多いという印象だった(写真

9

)。

筆者が

2020

2

月にサイアム高島屋の日本人責任者にインタビューしたところ,買い物客の

8

割が タイ人,

2

割がツーリストということだった。サイアム高島屋全体の売上の半分弱はフードエリアの売 上ということで,フードエリアが売上の大きな柱であることがわかった。買い物客は寿司を買って自宅 で食べている人も多いが,食事時には,ここで買った寿司をフードコートで食べているタイ人もいると のことだった。サイアム高島屋で売上が高い売り場は,フードエリアの他には下着売場,化粧品売場,

日本のアパレル売場とのことだったが,フードエリアはサイアム高島屋の集客力に大きな影響を与えて いるようだった。また,シンガポール高島屋のフードエリアはワールドワイドがコンセプトだが,タイの サイアム高島屋で売られているものは日本のものというコンセプトということだった19(写真

10

)。

Don Don Donki

Dong Dong Dongki Thailand

Don Don Donki

(トンロー店)は日本のドン・キホーテが

2019

2

月にバンコクに開業した支店 である。バンコク中心部の住宅地域スクンビットに新築された小規模なショッピングビルで,その

1

階と

2

階の半分は,

Don Don Donki

の店舗となっており,その他のフロアには,日本のドラッグ ストア,メガネ店,飲食店,カラオケ店などがテナントとして入っている(写真

11

)。

Don Don Donki

2

階では化粧品や雑貨を販売しており,

1

階は食料品売場となっている。スー

写真10 サイアム高島屋 ファッションフロア入り口

(筆者撮影 20202月)

写真9 サイアム高島屋寿司売場

(筆者撮影 20202月バンコク)

(10)

パーマーケットのような作りで,たくさんの棚に はところ狭しと日本の食品や調味料などが売られ ており,また,日本から空輸されている果物や鮮 魚の売場もある。サイアム高島屋では和牛や高級 な日本の果物が売られていたが,

Don Don Donki

では,日本のふつうのスーパーマーケットのよう に普通の食品,食材が販売されている。また,

Don Don Donki

は,惣菜の販売に注力しているようで,

日本国内のスーパーマーケットで見られるようなス タイルで,日本のさまざまな惣菜が販売されてい て,そこにはタイ語の

POP

で,各惣菜の説明が書

かれていた。揚げ物,焼き物,弁当,丼ものなどに加えて,おはぎなどの和のスイーツなども並べられ ていて,それらにもタイ語の説明の

POP

が付けられている。筆者は

2020

2

月の平日午後

3

時頃に 訪問してみたところ,買い物客には在留日本人も見られたが,大半はタイ人であった。店内には買った 弁当や惣菜を食べるためのテーブルがあるイートインコーナー(あまり広くない)も用意されているの で,近隣の会社で働く人などは,ここで昼食をとることもあるようだった(写真

12

,写真

13

)。

ドン・キホーテは

2020

3

31

日に,バンコクで

2

店舗めとなる店舗「

DON DON DONKI

The Market

本店」を開業し,日本産の青果,鮮魚,精肉,惣菜のコーナーにライブキッチンを設置

して,日本食品の売場を強化している20

トンロー日本市場(

Japan Fresh Wholesale Market

トンロー日本市場は

JAL

グループ企業「

JALUX Asia Ltd.

」と築地市場(現在の豊洲市場)で卸売 を営んでいる

3

社(魚を取り扱う亀本商店,果物・野菜の長峰商店,肉のスギモト食肉産業)が,「日 本のいいものを世界へ」というコンセプトのもとに協同出資で設立した

J Value

2018

6

9

にバンコクで開業した日本食材卸売店舗である21。店舗内を見ると,卸売店なので当然であるが,内

写真12

Don Don Donki

1

階寿司売場

(筆者撮影 20193月)

写真13

Don Don Donki

1

階惣菜売場

(筆者撮影 20193月)

写真11

Don Don Donki

(筆者撮影 20193月)

(11)

装も商品の陳列方法も,特に飾り気があるわけではなく,売場を歩くと日本から空輸された食材が雑 然と並べられているという印象を受ける。野菜コーナーを見ると,

JA

のボール箱の中に入れたまま 棚に陳列されているし,魚介類は細かい氷を入れた白い発泡スチロールの箱で並べられている。特に 商品の説明文があるわけでもなく,新鮮な食材自体が商品の価値として際立っている。店内には新鮮 な食材に加えて,それらを使った弁当や惣菜も並べられていて,店舗

2

階にはイートインコーナーも あった(写真

14

,写真

15

)。

2020

2

月に筆者が店舗責任者にインタビューし たところ,当初の目論見としては,このトンロー日 本市場は

B2B

の卸売店として,バンコクの日本食レ ストランを顧客とすることを想定して開業された22。 開業した地域は在留日本人が多く住むスクンビット エリアであるため,多少の日本人個人への売上も期 待しての開業だったという。つまり,この店は

B2B

の店であり,個人への販売よりはレストランへの売 上を期待したものだった。ところが,このインタ ビューを実施した時点では,

B2B

については日本食 レストランだけでなく,イタリア料理やフランス料

理店まで,

2,000

社ほどが顧客となったという。また,会員制度があり,個人会員登録もできるのだが,

個人客の

8

割がタイ人という状況だった。つまり,トンロー日本市場はバンコクのレストラン向けの卸 売店であると同時に,タイ人に日本の新鮮な食材を販売する小売店の役割も果たしている(写真

16

)。

ステージ

IV

の背景にあるもの

これまでの日本食受容のステージ

I, II, III

は,いずれも「外食」としての日本食,日本料理だった。

もちろん,現在でも,タイの多くの人にとって,日本食は飲食店で食べるものである。しかし,先述 のように,バンコクでは日本の弁当や惣菜を販売する小売店が新規開業されるようになり,それらの

写真14 トンロー日本市場 野菜売場

(筆者撮影 20202月)

写真15 トンロー日本市場 鮮魚売場

(筆者撮影 20202月)

写真16 トンロー日本市場 店舗外観

(筆者撮影 20202月)

(12)

店舗の売り場を観察すると,実際にタイ人が寿司や惣菜を購入しているということは,バンコクでは 日本食の中食が始まっていると考えられる。そこでタイにおける日本食受容は,「中食としての日本 食」という新たなステージに入ってきたと考えている。

それではなぜ,いま,中食が始まっているのだろうか。近年,日本政府のクールジャパン戦略の中 で,日本の食品や日本食レストランも海外で普及するように,様々な施策が行われている。海外の都 市で実施されている日本関連のイベント,見本市などでは,日本食関連の出展者も多く,タイで開催 されるイベントでも日本食は人気が高い。しかしながら,これらのイベントに出展している日本食 は,まだ飲食店が多く,中食をすすめるキャンペーンなどが行われているわけでもない。

タイ人が日本食の中食を始めるきっかけの一つとして考えられるのが,タイ人の日本旅行の増加で ある。図

1

は,日本政府観光局がまとめている訪日外客数の統計をもとに,筆者がタイを含め訪日人 数が多い東南アジアの国を

6

カ国選んで作成したグラフである。

2013

7

月にタイ国民へのビザ免 除措置が開始されたことから,

2013

年から日本へ旅行するタイ人数が増加した印象があるが,統計 データを見ると実際にはビザ免除措置が実施される前年の

2012

年から増加し始めている。

2011

年,

来日したタイ人は

144,969

人であったが,

2019

年にはその

9

倍の

1,318,977

となった23(図

1

参照)。

タイ人旅行者も,他の国や地域からの訪日旅行者と同様,旅行中にいろいろな日本の飲食店に入って,

日本食を楽しむに違いないが,東京などの大都市に宿泊する際には,デパートなどの大規模小売店に行 き,いわゆる「デパ地下」を体験しているのではないかと考えられる。日本に興味があるタイ人にとっ ては,現代日本に住んでいるふつうの人々が自宅で食べるものにも興味が向くに違いない。日本の街角 には食べ物の屋台はほとんど見られないが,デパ地下は惣菜で溢れている。つまり,タイ人旅行者は日 本を旅行する中で,日本人が日本で食べている日本食(「外食」および「中食」)を経験するようになり,

惣菜にも興味を持つようになった。そして,バンコクでも日本の食材,惣菜を販売する新しい小売店が 開業するようになり,特にバンコクの中産階級のタイ人家庭で「中食」が見られるようになった,とい う仮説である。このタイにおける日本食普及「ステージ

IV

」仮説については,今後,フィールドワー

1 訪日外客数(東南アジア上位

5

カ国)

出典:日本政府観光局「月別・年別統計データ(訪日外国人)」を元に筆者作成

(13)

ク調査を実施して検証する必要があると思うが,現在のこの事象が「日本食の中食の始まり」としても,

まだ黎明期である。しかし,筆者はタイにおける日本食が新たなステップを踏み出したと考えている。

タイにおける日本食の今後 外食と中食

1990

年代から

2000

年代,タイでは日本のドラマやバラエティ番組などがテレビ放送され,日本の音 楽なども流入して,日本文化製品はそれぞれに人気を高めていった。世界的にインターネットが普及し ていった時代でもあり,日本に興味を持ったタイ人は,インターネットを通じて,日本の最新情報をリ アルタイムで入手できる状況となり,それがまた日本文化製品に対する新たな興味を刺激する好循環を つくるようになった24。そのような社会環境の中,フジ・レストラン,

8

番ラーメン,オイシをはじめ とした日本食レストランの店舗数も増加し,外食としての日本食がタイで普及していった。アニメやテ レビで見たラーメンや日本食を食べたいと思う人が増え,そのことが日本食レストランの普及も促進し てきたし,現在もこの他の日本文化製品の人気と日本食への人気の好循環関係は続いている。

2010

年代,日本に旅行するタイ人が急速に増加するようになると,日本での旅行中,レストラン だけでなく,観光地,デパ地下,鉄道の駅など,様々な場所で,日本食を体験したタイ人が増えてき た。そんな中,近年,日本の小売業もタイ市場への進出,投資をするようになり,バンコクで開業し た日系小売店で日本食の惣菜,弁当,寿司が販売されるようになった。これまで,タイ人にとっての 日本食は外食がほとんどだったが,本論で述べた様々な事象が同じ時期に観察できることから,いま,

中食としての日本食が始まっているという仮説が立てられる。

内食としての日本食

今後,タイで日本食の中食が広がっていく次のステージには,内食があるだろうか。ふつうのタイ 人が日本食の食材を買って,家で日本食を作るようになるだろうか。これまでも,バンコクなどの大 都市では,在留日本人向けの日本食品を専門に扱うスーパーマーケットが存在していた。在留日本人 家庭では,このような店舗で食材を購入して,自宅で日本食を調理しているので,タイ人でもこのよ うな小売店で食材を調達すれば,自宅で日本料理を作ることは可能な環境にあったはずだが,自宅で 日本料理を作るタイ人はあまり多くないのではないだろうか。

タイ人が自宅で日本食を作ろうとする場合,

2

つの準備が必要になる。

1

つめは,日本食の料理の 作り方を知る必要がある。しかしこのことは現代において,それほど難しいことではない。インター ネットを使用し,動画サイトなどで調理方法の解説動画を見れば,簡単に調理法と必要な食材を知る ことができる。

2017

年,筆者が

Naresuan

大学を訪問するためにピサヌロークに滞在したときに,近 隣にできたという小さな日本食の食堂の店主に日本食の作り方をどこで学んだかを質問した。また,

同じくピサヌロークのショッピングモール内で,たこ焼きを販売している店の女性に,たこ焼きの作 り方をどこで知ったかを質問したが,いずれも答えは動画サイトを見て学んだというものだった。こ のように,現代では,日本料理の作り方を知りたいと思えば,動画サイトで学ぶことができる。ただ し,彼らのように日本食で商売をしようと考えているタイ人の場合には,動画サイトを使ってでも日 本食の調理法を学びたいというモチベーションが高くなるかも知れないが,一般のタイ人が家庭で日

(14)

本食を調理して食べたいという気持ちを持つようになるだろうか。また,仮に家庭で日本食を調理し たいと考えたとしても,動画サイトを参考にして日本食の調理をするだろうか(表

4

)。

日本食を作るための

2

つめの準備は,レシピにある食材を調達するということである。これは先述 のように,日本食品を販売するスーパーマーケットに行けば揃うものだったが,これまでは「日本人 向け」のスーパーマーケットに行って買う必要があり,そのようなスーパーマーケットの存在が一般 のタイ人に知られている状況とも言えなかったし,知っていても,行くとなるとやや敷居が高かった かも知れない。しかし,先述した,近年バンコクに開業して惣菜を販売している小売店は,日本から の食材も販売している。つまり,中食のため,惣菜を買うためにこれらの店舗を訪れているタイ人は,

これらの小売店内には様々な食材が売られているということに当然ながら気づいているはずである。

ただ,日本からの食材を見ても,それを使って自宅で調理したいという気持ちになるだろうか。

タイ人はタイ料理ですら,中食することが多いので,日本食の中食については抵抗感なく受け入れる と考えられるし,さらに言えば広く普及する可能性もあると思われる。しかし,日本食の内食について は,まだこれからのことである。しかし,

2015

9

25

日,日本ではお馴染みの料理教室である「

ABC

クッキングスタジオ」は,バンコクのセントラルワールドに教室をオープンさせている。和食,和菓子,

パン,ケーキ,世界の料理など,様々なコースがあり,調理を学ぶことができる25。筆者がバンコク教 室の責任者にインタビューした際には,パンやケーキのコースが人気だということだった26が,今後,

本論のテーマである中食がタイで普及していくと,次のステージ「ステージ

V

」の「内食としての日本 食」が始まり,和食の作り方を学びたいというタイ人が増えるかも知れない(写真

17

,写真

18

)。

写真17

ABC Cooking Studio Central World

(筆者撮影 20202月)

写真18

ABC Cooking Studio

 授業風景

(筆者撮影 20202月)

4 タイにおける日本食受容のステージ(ステージ

V

へ)

ステージ 日本食の特徴・変遷 年代

I 在留日本人向け日本食屋の時代 2次世界大戦前頃〜

II タイ人向け日本食レストランチェーンの登場 1983年〜

III 日本のレストランチェーンのタイ市場進出 1992年〜

IV 中食-惣菜,テイクアウトを家で食べる 2018年〜

V 内食-食材を買って家で調理する ?????

(15)

アフターコロナ

本論で説明したように,

2018

年以降,日本食の惣菜,寿司などの小売店の開業を見て,筆者はタ イにおける日本食の中食に着目した。

2020

年初頭,この中食についてのフィールドワーク調査を始 めた直後,新型コロナウイルス感染症によるパンデミックが世界を襲い,世界中の人々の日常生活を 変えてしまったが,特に世界中の飲食店に大きな影響を与えた。タイにおいても,飲食店が休業した り,時短営業したりということで,日本食飲食店も大きく影響を受けているはずである。表

1

の日本 食レストラン店舗数を見ると,

2020

年度,「そば・うどん」のカテゴリーの店舗数は前年比マイナス

34.1

,

「すき・しゃぶ」の店舗数は前年比マイナス

21.5

%なのだが,一方,「カレー・オムライス」

51.7

%増,「寿司」は

50.9

%増となっている。これらの大きな変化があったカテゴリーを見ると,

テイクアウトしにくい日本食店は減少し,テイクアウトに向いている日本食店が増えていることがわ かり,よりテイクアウトに向いている日本食店に業態変更したケースも多いのではないかと思われ る。中でも寿司はこれまでも日本食の代表として世界に広がってきているが,パンデミックという状 況の中,江戸時代からある日本のファーストフードであり,中食に適している(テイクアウトしやす い)日本食27として,その需要が高まっているように見える。

このように考えてみると,本論のテーマである「タイにおける日本食の中食」は図らずもパンデ ミックによって普及が進んでいるのかも知れない。パンデミックは世界中の隅々まで大きな影響を与 えており,終息後の世界がどのような形になるのか,それまでと何が変わっているかは,まだ,見通 すことはできない。パンデミック終息後,タイにおける日本食の受容がどのように変化し,あるいは 進化しているかについては,新たな研究計画を立ててフィールドワーク調査したい。

謝辞

2003

4

月,私はそれまでの

ICT

関連の仕事とはほとんど関連がないタイ研究,ポップカル チャー研究をすることを志して早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に入学しました。当時は,ま だ,タイという国や文化,人々についても,あまり理解していない私を,村嶋英治先生はゼミに迎え 入れてくださり,そこから私の「タイにおける日本文化製品の受容」というテーマでの研究が始まり ました。その後,村嶋先生には事あるごとにタイ社会や文化についてご教示いただき,私が

JICA

ランティアとしてタイに赴任中には,調査のために訪タイされた先生にご相談したりと,日本とタイ,

場所を選ばずに,私の博士論文の研究指導をいただきました。博士課程在籍中から学位取得後今日ま での長年にわたり,たくさんの知見とアドバイスを授けていただいたことに心から感謝申し上げま す。退職後も,村嶋先生は研究を続けられることと思いますので,今後も村嶋先生の研究から刺激を いただきながら,私も研究を続けていきたいと思っております。

1 石毛直道(2015)「日本料理となったトンカツ」『日本の食文化史―旧石器時代から現代まで』岩波書店,pp. 286288.

2 JETRO Bangkok2020)「2020年度タイ国日本食レストラン調査」日本貿易振興機構https://www.jetro.go.jp/ext_images/

thailand/food/JapaneseRestaurantsSurvey2020JP.pdf

3 The Nation 2009, June 3 Thais prefer Thai food, but Japanese fare rates second. The Nation. Bangkok: The Nation Multimedia.

4 阿古真理(2021)『日本外食全史』亜紀書房,pp. 175180.

(16)

5 農林水産省(n.d.)『「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録されています』農林水産省食文化のポータルサイト https://

www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/ich/

6 日本CI協会(197810月)『米国の食事改善目標』[Dietary Goals for the United States.]

7 石毛直道(2015)『日本の食文化史―旧石器時代から現代まで』岩波書店,pp. 2122.

8 江原絢子,石川尚子編2016)『新版日本の食文化―和食の継承と食育―』アイ・ケイコーポレーション,pp. 9497.

9 川辺純子(2005)「盤国日本人商工会議所50年の歩み(1954年〜2004年)」『タイ経済社会の半世紀とともに―盤国日本人 商工会議所50年史―』盤国日本人商工会議所,p. 286.

10 朝日新聞(197311日)「バンコク①―リトル・ニッポン―強者の論理押通す―耐え切れないタイ人」,p. 23.

11 月刊ばんこくガイド編集部2001)「日本の心を今に引き継ぐ和食の老舗花屋」『バンコク週報年鑑2001』,バンコク週報.

http://www.bangkokshuho.com/archive/2001/articles/travel/travel942.htm

12 川辺純子(2005前掲書,p. 287.

13 マスメディアと食への興味や料理の人気の関連については日本国内の食文化についての議論の中で,阿古真理2021前掲 書,pp. 3550で指摘がある。

148番の歴史」8番らーめんWebサイトhttps://www.hachiban.jp/knowledge/history/

15「タイの店舗情報」8番らーめんWebサイトhttps://www.hachiban.co.jp/business/abroad/thailand/

16 内閣府(2004)「第5章少子化社会対策はどのように進展してきたか」『平成16年版少子化社会白書(全体版)』https://

www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/index.html

17 Toyoshima, Noboru. 2011 Chapter Seven: Japanese Food in Modern Lifestyle of Thailand. Consuming Japan: the Consumption of Japanese Cultural Products in Thailand. Waseda University Press, pp. 259304.

豊島昇(2019)「国境を越える日本食文化〜タイにおける日本食人気のメカニズム〜」『共立女子短期大学生活科学科紀要』第 62号,pp. 113.

Toyoshima, Noboru. 2013 Japanese Restaurants in Thailand: Dining in the Ambience of Japanese Culture. Journal of Asia Pacific Studies. No. 19, pp. 279296.

18 流通ニュース20181015日)「サイアム高島屋/タイ・バンコクに売場2.5m21110日オープン」https://

www.ryutsuu.biz/abroad/k101510.html Siam Takashimaya Web Site https://www.siamtakashimaya.co.th/

19 2020219日,サイアムタカシマヤ店内においてサイアムタカシマヤ日本人責任者2名にインタビューを実施した。

20 PR TIMES. 2020330日)『2020331日(火)オ ー プ ン「DON DON DONKI The Market本 店」』PR TIMES https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000390.000019436.html

21 教えてASEAN 2019.6.26)『【タイ】日本のいいものを世界へ!バンコクの日本精線卸売市場「トンロー日本市場」』 

https://e-asean.net/27426

22 トンロー日本市場については2020212日に東京においてJULUX社担当者に対してインタビューを実施し,20202 20日にバンコクのトンロー日本市場店内において現地責任者にインタビューを実施した。

23 日本政府観光局(n.d.)「訪日外客数・出国日本人数データ」20032020 https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/

index.html

24 Toyoshima, Noboru. 2011前掲書.

25 DACO 2015『「ABCクッキングスタジオ」日本発の料理教室,新登場!』(2015928日) https://www.daco.co.th/

information/22319/

26 2020221日にABC Cooking Studio Central Worldを訪問し,General Managerと営業担当者(2名ともタイ人)にイ ンタビューを実施した。

27 石毛直道2015前掲書,pp. 267268.

参照

関連したドキュメント

Methods: Organ-specific IR in the liver (hepatic glucose production (HGP)6 fasting plasma insulin (FPI) and suppression of HGP by insulin [%HGP]), skeletal muscle

The category “Food with Health Claim” contains “Food with Nutrient Function Claim” and “Food for Specified Health Use (FOSHU)”. The definition of “Food with Nutrient

It turned out that there was little need for writing in Japanese, and writing as They-code (Gumpers 1982 ) other than those who work in Japanese language was not verified.

食品カテゴリーの詳細は、FD&C 法第 415 条または、『Necessity of the Use of food product Categories in Food Facility Registrations and Updates to Food

Also, people didn’ t have to store food at home if they ate their meals at these restaurants.. Later, restaurants began to open in

Harry : Japanese people think the spirits of old family members are important?. Sakura :

Discrete holomorphicity and parafermionic observables, which have been used in the past few years to study planar models of statistical physics (in particular their

people with huge social costs which have not been satisfactorily mitigated by social policy in.. : Social costs of