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「 こ な た ・ か な た 」 の 観 点 に よ る 解 釈 と 文 法 ( 上 )

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(1)

   

動詞の自動詞・他動詞は西洋語の文法を取り入れたものだが、

国語では明確に区別できない。一方、江戸時代の国学者は自の

詞・他の詞、裏・表、こなた・あなた、みづからのこと・人のこ

と、といった観点から古典の歌文を解釈し、言語主体(話手)の

動詞による表現意識(意味)を究めてきた。また、渡辺実はわが

こと・ひとごとの観点から表現を文法論的に説いた。

本稿はこれらの成果を受けて、「こなた・かなた」の観点から

動詞の自他を越えて、古典文学の歌や文を解釈し直し、国語表現

の自他意識、主客意識を明らかにしようとした。この観点は、動

詞の表す行為や状態を言語主体によるものとして捉へて自分と関

はってゐると見るか、あるいは、自分と関はらないと捉へてその

ことが実現したと見るか、といふ認識・判断の仕方をいふ。「こ

なた」は主観的・主体的な捉へ方、「かなた」は客観的・客体的

な捉へ方である。この場合、格助詞「を」がつくかつかないかは

一つの目安になっても、決定的なものではない。また、従来の動 詞の自動詞・他動詞と重なる点もあるが、それだけで解釈するの

は不十分であり、その表現がこなたからか、かなたからかといふ

作用の影響の方向と主体との関はりを解釈に生かさうとする。主

な内容は次の通りである。

(1)「こなた」か「かなた」かといふ表現の方法によって言語

主体の意識や感情の相違が明瞭になる。(2)「こなた」から「か

なた」への作用として表すことにより、自然現象が「かなた」と

して実現し

、また

・物と主体が関係あることを示す

。(3

「かなた」から「こなた」への作用として表すことにより、「かな

た」の力を受止める

。(

)「

こなた」と「かなた」を総合的、両

面的に表すことによって、言語主体の重層的な意識を表さうとす

る。このやうにして、国語の独自の発想によって意識・感情をは

たらかせ、表現に至る構造、また、話手に関はる主体的要素が豊

かである国語の特徴が明らかになった。なほ、次号では芭蕉の発

句と俳文をこの観点から考察し、解釈していく。

ーワード

:動詞、自動詞、他動詞、こなた、かなた

「 こなた・かなた」の観点による解釈と文 法 (上)

若井勲夫

(2)

一、動詞の自他

、「

こ な た

」か「かなた」か

三、「こなた」

、「

かなた」の観点

四、「こなた」から「かなた」へ

(1)自然現象との関はり

(2)人・物との関はり

(3

)「

を─み」の語法

(4)「てぞ見る」の文型

(5)「て」の補説

五、「かなた」から「こなた」へ

六、「こなた」「かなた」の総合的表現

(附)中相(中動態)の表現

七、芭蕉の発句と俳文の解釈(次号)

一、動詞の自他

西洋語の法で自詞・他詞は目的語を必要としないか、必要と

るか、つまり、き掛ける対象がないか、あるかによって区別され

詞と目的語との関係は主語、述語の次に位するかによって決定さ

れるしかし国語では自動詞・他動詞の区別は西洋語ほどに明確で

ない周知のことであるがまづ格助詞を」の有無が目的語を識別

る目安にならず、「古里を思ふ」「空をぶ」は、どちらも「を」で

すが、前は他動詞、後は自動詞とされる。また、自動詞でも

身(り、る、現が

ある。しかし、動詞の中で、語幹が同じで活用の種類の異なるものが 一部あり割る・割れる、助・助かる、破る・破れる」などの

から、自動・他動を区別することはできる。西洋語のやうに動詞

自他を文的にはっきり分けることはできなくても、言語主(話

)の対象に対するへ方によって何らかの自他的な言ひ分をして

さうとする意識はあるはずである。

へば、「薪が割れる」は客観的な表現であるが、「薪を割る」には

体の意志、意図がされてゐる一方を割った」は意図

に行ふ時もあらうが、主体の注意で、自分の行動の結として、

分に引きつしてゐる。赤字が出た」は主体と関はることなく

さういふ状態になったことを意味するが赤字を出した」は自ら

さうとしたのではなく、不本意な結果で残念ながら赤字になったと

意味を含み持つ。また、狭い道で後ろから車が来た時、立ち止って

が先に通りぎるのを待つことがあるこの

る」と言っても、車の運転手は関知せず、話が自己との関係にお

車の行動を捉へてしてゐる「を」に主体の意志を含めるかど

か、主体が基点となって主体と関はるか否かといふことが西洋

自動詞・他動詞とはった想が国語にあるやうに思はれる。

この自他といふ見方は江戸代の国語研究でに考へられてゐる

下、述すると、江戸初期の『一歩』(著未詳)で、「みづからの

をい」ふ時は「自の詞」「人の身をいふ」時は「他の詞」を

しと言ふ。つめるくるしさ」は「自他の相」があり、「つめる

はれさ」

、「

つむぞくるしき」と表せば

、前

は二語とも

他の詞」

後者「自の詞」で「相応」すると言ふ。次に、江戸中期の国学者

(3)

富士谷成章が著した『あゆひ抄』で』とはみづからの上なり

表』とは人

・物

・事の上なり」として

「裏」を言語主体のこと

表」を言語主体に対する他のことと考へた。「ただし、人・物・事

上なりとも、しばらくそれが心になりて言はば、ただなり」と

の立場に立って主体的にすこともあると言ふ「たのむ」(四

「人のちぎりをたのみ思ふ」ことで

「裏」

「たのむる」

(下

段)

に人に言ひちぎる」ことで

言語主体と他)との関はり合ひにおいて・表」の思想を

かうとした。この「たのむ・たのむる」に加へて、江戸後期の本

長は「露のみづからおきそふを、おきそふるとはいひがたし」とし

これらにて自他の意をわきまふべし」述べる詞玉緒)。また

今集の口語訳に当り「あなたなる事には、アレ、或はアノヤウニ

又ソノヤウニなどいひ、こなたなる事には、コレ、或はヤウニなど

いふ詞を添へてせること多き」と「あなたこなた」の観点を導

入して解釈しようとした(古今集遠鏡)

宣長の自他の論を展させたのが、本居春庭で『詞通路』の「詞

自他の事」の冒頭に「六段の」を掲おのづから然る(みづ

ら然する)を然する、他に然する、他に然さする、おのづか

せらるる、他に然させらるる」と語を挙てゐる。「おのづから

みづから」と「他」「然る」と「然する」「然さする」などの観念の

によって動詞の自他を考へようとしたのである以上の研究の

程を要約すると、表現の観点、視点は大きく二つに分けられ、一方は

みづからのこと(上)、裏、こなた、おのづから、他方は・物・事 上、表、かなた、他と区別され、これが歌文の解釈に応用されてき

たのである。

この江戸代の国語研究とは別に辺実は『わがこと・ひと

』の観点と文法論」で、二つの観点から文法論を展開した(国語学

一六五、平成三六月)これによると、国語では、話手自身のこと

わがこと)と把するか話手に関わりなく成立すること(ひと

)と把するか、を表現する水準がある」このことによって、助

詞、

、授受益表現

「のだ」構文などを

明できるとする

へば、「雨に降られる」などの「『迷惑の受身』は、受動表現に主体

的意義をんで、自分自身の意と無関係に実現してしまう事態」

的事態と

ったもの

『兜の内を射させて

意に反して実現を許してしまった『ひとごと』性の主体的使役表現」

あるとする。また「教えてもらいたい・教えてくれる」は『た

い』はう『わがこと』的態、『くれる』はいの叶う『わがこと』

的事態」である。以上の観点は拙稿の論述の方向に一つの示を与

ることならう

二、「こなた」か「かなた」か

詞の表す行・動作・事態・状態を言語主体(話手)がどのや

に捉へて言語表現に至るかを考へると、それは みづらのものとして捉へ

るか、他のものとしてへるか、といふ二様の態にならう。自らの

のとは話手つまり自分が関はってゐるか一方他のものとは

(4)

分は関はらないで、そのことが実現したかといふ認識の仕方である

前者の場合、話題の世界における中心人物(動作主、為手)は話手が

らに引き寄せて表すので、自分との関係において把握したとする

の立場は主体的主観的なへ方でこれをこなた」としよう

一方他の立場は客体的客観的でこれをかなた」としよう

この二つの表現世界を例を挙

て説明する

正岡子規の俳句

島々に灯をともしけり春の」がある。この「灯をともしけり」は

こなたとして捉へて現してゐる。灯をともすのは現されてゐな

が、島の々で、ここに「全体者」(森重敏『日本文法通論』)の意

的な行動として表すことにより、夜に入った島々の生活が鮮明に浮

上り、人々が生きてくるこれを仮に「灯のともりたりと言へば

単なる客観的な描写で、平板、単調な句に終ってしまふ。一方、子

別の句「灯のともる東照宮や杉木立」はかなたの世界として自己と

係なく客体的に捉へた表現である。落着いた森厳な静寂はかなたの

描写であってこそふさはしいわがこと」として自らのもの

して受止め、後「ひとごと」として、他としてってゐる

とんが羽根を休ませてゐる」月が顔を出す」は、とん、月に

の力を感じって、主体的な心のはたらきとして話手は感情移入さ

へしてゐる。これはこなた的で、裏としての捉へ方であり、擬

発展する。一方、「とんが止ってゐる」月が出る」は自然現象と

して表してゐるだけで、かなた的で、表としての捉へ方である。

漢詩の例になるが、盛唐の詩、杜甫の「春望」の第三四句「感

花濺、恨別鳥驚心」は通説では、に感じては花にもを濺ぎ れをんでは鳥にも心を驚かす」と読む。この主体は作

、こなたとして捉へてゐる。第一二句の国破れて山河在り

にして草木深し」から始り、この前後はかなたの世界が客観的に

はれてゐるその展開の中で第三四句のみこなたとして主情的に表

することは詩の想としてどうであらうか。これについて、吉川

次郎は「に感じて花もを濺ぎ、別れを恨みて鳥も心を驚かす」と

、主語を花、鳥と解釈してゐる(全集十一)この理由は特に

明されてゐないが、花や鳥はこちらとはのかなたにあるもので

る。しかし、そのかなたのひとごとの界にある花、鳥までもが、

なたとしての行動をしたと捉へた。その力の作用が作に至り、悲し

みや不安な気持が自己自身に及んでくる。つまり、この表現はかなた

に止るだでなく、かなたからこなたに関はり、響し、結局、こな

たの事態が実現したとへるべきであるのやうにこなたの事

態だでなく、吉川説のみのやうにかなたではあってもその力が

なたにんでゐると解する方が作者の悲な心情に響いて来よう。

下、本稿は、こなた、かなたの観点、こなたとかなたを入り交

た新しい観点から古典文学の歌と文を中心に、文法的に考へながら

言語主体の表現意識を究め、解釈していく。さうすることにより、

の表現、発想や日本人の感情のはたらかせ方の特徴が明らかにな

あらう。なほ、本の引用はできるだけ最少に押へ、適宜、表記を

変へ、文脈や場面の説明も簡単にする。用文の出典も簡して示

「全集」は日本古典文学全集のこと)。注書の引用は羅的にせず

なものを記するに止める

(5)

三、「こなた」、「かなた」の観点

きのふこそ苗とりしかいつのまそよぎて風の吹く(古

集、一七二)

稲葉そよぎて」は自動詞による表現で、「て」は状態を表す。既

指摘されてゐるやうに

稲葉がそよぐという状態で」大系とい

意味の用修句である。この歌はかなたとして主観を排除した客体

的な現で一首が統一されてゐる。現代語の感覚でいふなら「稲葉を

よがせ」と、こなたの表現になるが、古代の感覚は後述するや

にさうではなかったらしい。これを「まず感覚として聞える音を

た後、その原因を言う」と解するのは(角川文庫新版)分析的な理窟

あって「その原因を言う」のではなく、それを包む全体の風景を

話手が捉へて言ふのである「その原因」までも表さうとすると

なたの発想になり、一首の調和が乱れる「国語では、話を話し手の

感じったままに述べる向がある」のであり「話し手の立場との

係を優先して表現を構成する」(山口明『国語の論理』。この

は自動詞・他動詞による現といふ観点でも理できるが、本稿は

れを越えて、かなた、こなたといふ世国学の考へ方を展させて

しようとしたのである。

をかしき額つきの すき かげあまたえてぞく(源氏語、夕顔)

これは簾越しの影がたくさん見える状態で女達がのぞいてゐる

厳密に解すると、影が光源氏の意志を度外視し、見えるままに、

らにそれと分るほどにといふことで源氏との関はり合ひの立 写してゐるのである。

○秋萩にうらびれをればあしひきの山下とよみ鹿の鳴くらむ

集、二一六)

山下とよみ」は前と同じく「山のが鳴り響くという状態で」と

する(大系)のが正しく、これが現代語の感覚でないなら「響く

に」(新大系)と度と解するのがよい簡単には「響いて」で

いが、これを否定して「響かせて」ととる説がある(角川文庫新版)

しかし萩にうらびれをれば」は鹿が萩に恋するあまり沈んでゐ

る気を表す、主体のこなた的な捉へ方である。憂へる鹿の立場か

言へば「響かせ」といふ、強いこなた志向とは相入れない。ここは

なかなたの表現の「響いて」がよく合ひ、体として「らむ」と

のこなたによる推量でんでゐるのである。

○秋なれとよで鳴く鹿にわれおとらめや一人寝は(古

集、八二)

山とよむまで」は前歌と同じく山が鳴り響くまでに」とかな

たの現で、前歌より「まで」による強さがある。ところが「山に響

くまで」と

、山を主格でなく補格にとる説がある

(角川文庫新版)

しかし、これは通説通り主語・述語の関係を保した用修飾句で

「に」格の省略は国語にないことをらねばならない。また

れではこなたの現になり、やはり「鳴く鹿」のかなた志向の現と

齬することになる。

小少将の君の、文おこせたる返りごと書くに雨の、さとかき

らせ……たちかへり…

(6)

間なくながむきくらしいかにしのぶる雨なるらむ

式部日記)

かきくらす」は、時雨の立場から言へこなたの表現であり

作用が主体(作)に及ぶ。従って、「空が暗くなってさっと降っ

きたので」(大系)、ひとごとのやうに、かなたの現に解す

はよくない。ここは「さっと降って空をくしてきたので」集成)

と、こなたのはたらきとして迫って来るわがこととして捉へるべき

ある。歌の解釈も同じく、から空がかきがり」(全集)ではな

「空をも……まっくらにして

集成であり、だからこそ

紫式部を恋ひ慕ふ小少の君の、物思ひに沈んで抑へ気味の心情が生

るのである。

○世に知らずふべきかな先に立も道をかきくらしつつ源氏

、浮舟)

これも前と同じ先立つが道を真暗にするばか

」 (

玉上琢彌

源氏物語評釈』)で、自体のこなた的な作用が、どうすることもで

ずに思ひ惑ふ匂宮にくのしかかる。これを、「わが身をかきす」

ことが自動詞的意味」となり、「で道も見えなくなって」(全集)

と解するのは正しくない。結的にはその通りの状態にならうが、

源の発想はふ。また、他動詞が「自動詞的意味」に変ることの説

である。なほ、「にはかに風吹き出でてもかきくれぬ

物語、須磨)の「かきくる」は純粋のかなたの描写であり、まっ暗

なってしまったといふ客観的な態である

寒みにまがへて散る雪に/少し春ある心地こそすれ(枕草子 月つごもりころに

原公任が漢詩を踏まへて下の句を詠み、清少納言が上の句を即座

に応答したものでこれで歌になってゐる

まがふ」は見まちが

させることで、かなたからの、こなた的な作用を示す直訳すれば

に見まちがへさせるやうな状態で散る雪といふことで、雪に主体

意志がある。の力として花のごとくるのである。諸注は折角、

詞」と認識しながら、「花に見まがうばかりに」(全集)と訳すのが

とんどで、これなら現代語の「と見まがふ花吹」と変らず、主

は作者となり、焦点がと作者のつに分れてしまふ。上の句は

界の生きた現象として捉へて解釈するのがよい。

○世に知らぬここちこそすれ有明の月のゆくへをにまがへて

語、花

まがへて」はわからなくさせて

見失はせて

であり

有明の

月」つまり女の行方を結局は見失ってしまったことになるそれを

ら見失ったとはへず何かが見失はせたと自らに関はらない大

な力がわが身にはたらいたと観した現である。かなたがこなた

的な作用を揮する重さがよくれてゐる。

の刈るめをにまがへつ名草の浜を尋ねわびぬる(新古

今集、一〇七八

右と同じく、全体が作に見失はせ、作はやや投げやりな気

その状態に任せてゐる。これは使役的な意味を持つが、裏から言

「見失はさせられつつ」「わからなくさせられつつ」と受的な

味合ひをも複合的にすことになる(後述)

(7)

六一

この語は先のそよぎて

」 「

山下とよみ」とべるとよく

られたもので、裳の裾がれる状態で(くらゐに、ほどに)と本義を

み、訳す時は「濡らして(ながら)とするのが一般的である。ただ

代ではかなたとしてのへ方が普通であり、見えるままに詠んでゐ

ることをらねばならない。

いざ子ども香椎の潟に白たへの袖さへ濡れて朝菜摘みてむ(万葉

集、九五七)

○風

には吹けども

がた

袖さへ

れて刈れる玉

七八二

ちらも「状態性を表す用修飾句」(全集)で、かなた的な表

あるが特に前朝菜みて主体の強い意志を表しなが

ら「状態性」の現とは意である。これは「袖さへ」の「さへ」

って他のものはもちろん袖までもといふ気息によって相

ことならう

○君がため ぢから疲れ ろも春さらばいかなる色に摺りて

けむ(万葉集、一八一)

現代語の感覚なら「力をくして」(全集)とならうが、万葉

こなたの力を自ら言ふことはせず、手がれるといふ事実をそのまま

する。ここは「手もれて」(大系)から力がけてしま

」 (集成)のやうに

、かなたの状態的な意味に解するのが適

ある はしきやしはぬ君ゆゑいたづらにこの川の瀬らし

葉集、二七〇五)

さみだれ裳裾らして植うる田を君が千年のみまくさにせむ(栄

物語御裳着

ころが、袖でなく裳裾になるとかなたではなくこなたとして

す。そのわけは、裳裾は身体の下部に着けるもので、らすのが

のことだからであらうか。前者は「川瀬で男を待って、行きつ戻

つする間に濡れたのである」(全集)と注解する。やはり主体の意

含まれるこなたからの動きである。この表現は慣用句のやうに

佐佐木信綱が作詞した唱歌「夏は来ぬ」(明治十九年)の

みだれのそそぐ山田に早乙女が裳裾ぬらして」に引き継がれてゐ

ほ、袖濡のかなた的表現に対する

こなた的表現は、落ちる涙に袖をらす、つまり、泣くといふ意味

定してゐられてきた。かなたとこなた、自動と他動の語法が意

分担した一例である。

ひちてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ(古

集、二)

ひちてが手にむすぶ水の面に天つ星合の空を見るかな(

集、三一六)

袖濡れて同じく、袖がれる状態で水を手にすくふので

ある。といふことは、袖がれるままに(任せて)といふことで、か

なたの捉へ方であり、れること自体に心は向かないやうである。

天雲のはるかなりつるをひててりつるかな土左日記

(8)

一方、右のこなた的な現もは少ないがある。土国からはるか

に遠かった都近くに来て、桂川をただ今、袖を濡らしてでも渡ったと

無事に到着しさうだといふ安心感と喜が心にある。袖を濡らすこと

厭はず道を進める気に満ちてゐるこのやうに従来の自動詞

動詞といふ考へ方だけでは密な解釈に入り込めない。かなた、

なたの想と現が重要な鍵となるのである。

○恨みわさぬだにあるものをに朽ちなむ名こそしけれ(後

拾遺集、巻十四。百一首)

諸注のほとんどが「に濡れてかわくひまもなく」(学術文)と

ひとごとのやうに、自己と無関係にかなたとして捉へてゐるのはど

してかここは涙にぬれた袖を乾かす暇さへもないのに」

こなたからの行動を否定してこそだに」が響き合ふ涙で

らした袖を乾かさうとする気にもなれない、乾かさうともしない悲

しみの中にゐて、なほも恋ひ続ずにはゐられない苦しみにある作

には、主体的なわがことの現でしかすことができないのである。

あめの下のがるる人のなければや着てし濡れ きぬ しもなき(拾

遺集、巻九)

菅原道真の作とへられる歌の「濡れ衣干る」を「濡れ衣を干す手

てもない」大系)「乾くすべもない」(大系)とするのと、ど

らが作の意に近いか。上の句で雨がり注ぐのを逃れられないと

観じ、念してゐることから、やはり「干る」の自動的な意味のまま

に、かなたの現として、冷静に受止めてゐると解するのがよい。

風雑雨降る

 

雨雑雪降る夜の(万葉集、八九二)

三六)

この「風雑、雨雑、風」をどう読むかがまづ問題である「風ま

へ」(大系)か「風まじり」集、集成)か、前は他動的で、

なたの表現、後は自動的で、かなたの表現である。今まで見てきた

うに、古代人の想は対象をかなたの状態としてへることが

い。見たまま、ったままをその順序の通り叙するのである。従って

ここは風まじり、雨まじり」と、る」といふかなたの現に沿っ

読むのが適切である。さう読むと、風と雨、雨と、風とが同

に吹き

ってゐることになる

「まじへ

なら

、中心は

「雨

雪降る、りつつ」に集約され、この力強い作用として、風、

風」を「まじへ」てゐることになる。しかし、やはりこの識は分

的、細的で、その上、理論的で上代人にはそぐはない。ところが

じり」の現代語ではにまじってと、に」格であるのは

うしてか。現代語で「風交り」といへば、「雨やが風を伴うこと」

大辞林第三版)であるがここは風がまじって」と主格に

きである。

風まぜは降りつつしかすがに霞たなびき春は來にけり(新古

集、八

たちばなの花こそいとどるなまぜる雨の夕暮れ(礼門

院右大夫集

代になると風まぜ言ひ雪や雨が主体となって

がこなた側から、風をまじへてと、総合的でなく分化した現に変っ

(9)

た。まぜは必ずしも「風まじへからできた語ではないし

風まじり」と同じ意味になることもない。中心の・雨とま

られてゐる風とどちらに点をくかといふ問である。前述の通

、かなたで表すと焦点が二つに分化するが、こなたで表すと焦点が

集中して一本化

は上代的な思考

は中世的な思考

あるといへよ

添ひ臥したまへる御火影、いとめでたく女にて見たてまつらま

源氏物語、帚

いとよしあるさまして、色めかしうなよびたまへるをにて見む

はをかしかりぬべく

知れず見たてまつりたまふにも

(同

葉賀)

院の御有にて見たてまらまほしき(同、絵合)

源氏物語に「女にて見る」といふ表現がいくつかあり、この解釈に

ついて古くから論議があることは周知のことである。本稿はこれを詳

細に考証するのが主旨ではなく、こなた・かなた論から解釈できる

を述べる。女にて」の「に」は指定の動詞、「て」は状態を表す

詞である女にて」に両説あり、一つはこちら(私)が

ある状態で、女であって、女になって、もう一つは、あちら(手)

女として、女であると、の意味とする。また「見るはただ単

覚的に見る、といふ意味と、話する、妻などとしてもてなす、

へるといふ意味がある

さて、前はこちらが女になって、女ならと、状態的に表し、客

的な仮定の立場で示してゐる。これは控へ目で制的な現で、 的には、かなた的、ひとごと的にしてゐる。ただ、「にて」「を」

伴って、「かしこきせ言を光にてなむ」源氏物語、桐壷)と表す

合があるがこれは明確にこなたからの意志で光として」とい

意味である。一方、後は、相手を女としてと位づけ、主観的な

の認定から積極的な判断に至り、こなた的、わがこと的にしてゐる。

この下接の語句は状態的な「にて」であり、結語法として前

ゐる はののゆつ いはむら さずにもがもな とこ をと

万葉集二二)の「にて」と同じく、かなたの状態として、永遠の

女でありたいとふのである女にても基本的には女で

いふ意味で(われ)女にて」といふ述語格を保持して

いく。このことから女にて」は前の解釈が正しく、女であって

る(話する、仕へる)と解すべきである。女として見るは現代

な感覚による解で、ここには話するといふ意味はなく、単に見

あり、恋愛感情を伴った俗語的な現ではないだらうか。

今井正は「源氏物語女にて』考」(国語国文、昭和五十八月)

、源氏物語で問題とされる五例はすべて前者に解釈できるとした

、北山谿太の『源氏物語の新解釈』の次の用例を補強として引用し

てゐる。

かの兵部 ……まづ、うち見るにも、かのになして

たまほしく、さならずばにて向はまほしくなむ見ゆる

津保物語、内侍のかみ)

帝が弟宮のことを語る面で

女になして」は宮を女にして世

話したい」ほど

われ女にて」はこちらが女になって宮の

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