• 検索結果がありません。

トルコ語の複合動詞と文法化

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "トルコ語の複合動詞と文法化"

Copied!
20
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

トルコ語の複合動詞と文法化

栗 林 裕

(岡山大学)

Compound Verb and Grammaticalization in Turkish

KURIBAYASHI, Yuu

Okayama University

The task of this paper is to explore the nature of compound verbs in Turkish to determine to what extent the notion of grammaticalization is applied. The constructions that will be discussed include syntactic compounds as well as lexical ones. Syntactic compounds have not been discussed extensively in traditional Turkological literature. I shed light on syntactically formed verb+verb constructions, drawing insights from word formation theory. A number of new interesting facts are uncovered from verbal compounds in Turkish. I will propose various tests to identify a syntactic verbal compound. The findings in this paper will also contribute to typologically oriented studies.

キーワード:トルコ語,チュルク語,複合動詞,文法化,類型論

Keywords: Turkish, Turkic Languages, compound verb, grammaticalization, typology

1. はじめに 2. 複合動詞の種類 3. 複合動詞の諸問題 4. 周辺的な複合動詞 5. 統語的な複合動詞 6. 統語的な複合動詞の基準

6.1 疑問辞や取立て辞の位置 6.2 受身接辞の位置

6.3 否定接辞の位置 6.4 人称接尾辞の位置 6.5 副動詞形の種類 6.6 操作子の作用域 7. 他動性の調和と補助動詞 8. 軽動詞と文法化

9. まとめ

1.はじめに

本論では,トルコ共和国の公用語であるイスタンブル方言を中心に,そこで見られる複合動 詞における文法化と,それに関わる諸問題について考察を行う。ここでいう文法化とは概略,

本論文は平成17年度科学研究費補助金 ( 基盤研究(C)課題番号:15520256)(研究代表者 栗林裕)による 研究成果の一部である。トルコ語の例文のチェックにはZeynep Gençerさんの協力を得た。ここに記してお 礼申し上げます。

(2)

次の定義に従うことにする。

…We define grammaticalization as the process whereby lexical items and constructions come in certain linguistics contexts to serve grammatical functions, and, once grammaticalized, continue to develop new grammatical functions.

Hopper and Traugott(1993:xv)

トルコ語はSOV語順の言語で,述部は文の最後にくる。類型論的な観点からは,日本語から の連想で非常に複合動詞が発達していると見られることが多いが,実際は異なる。トルコ語の 標準的な文法書による記述では,複合名詞の記述に比べて,動詞と動詞が結びつくタイプの複 合動詞の記述は少ない。歴史的には過去にさまざまな種類の複合動詞がみられたが,その用法 は現代トルコ語に至るまでに衰退し(Bayraktar 2004),チュルク語諸方言やアナトリアの地域 方言にその痕跡が認められる。歴史的な言語変化の中でさまざまな文法化と関わる現象がある が,本論では複合動詞に対象を絞り,またそこで見出される新しいタイプの文法化についても 焦点を当てることにする。次に,Özkan(1999)による記述を少し改訂しながら,トルコ語の複合 動詞をみてみる。

2.複合動詞の種類

複合動詞は1)名詞+補助動詞によるものと,2)動詞+連用形(Ip, A, I [大文字は母音調和 による交替を示す])+補助動詞によるものに大別される。前者は,日本語のいわゆるサ変動詞に 相当し,さまざまな外来語の名詞を動詞化する手段として用いられる。また,トルコ語の本来 語(native word)も,この手段を用いることができる。ここで,興味深いのは名詞部がさまざまな 文法関係や修飾関係を持つことができる点である。

1)名詞+補助動詞による複合動詞 A:名詞部が副詞的なグループ

geri kal- 後 留まる 「遅れる」

boş ver- 空っぽ 与える 「無視する」

göç et- 移動 する 「移動する」

B:名詞部が主語になるグループ

yağmur yağ- 雨 降る 「雨が降る」

hava aç- 空 開く 「晴れる」

karn-ı acık- 腹-3SG.POSS お腹が減る 「お腹がすく」

C:名詞部が目的語になるグループ

el aç- 手 開ける 「ねだる」

kafa tut- 頭 掴む 「気になる」

doğum yap- 誕生 する 「子供を生む」

D:名詞部がその他の補語になるグループ

ayağ-a kalk- 足-DAT 立つ 「立ち上がる」

yol-da kal- 読む-LOC 留まる 「道半ばで留まる」

baş-ın-dan geç- 頭-3SG.POSS-ABL 過ぎる 「頭に浮かぶ」

伝統的な記述文法書では,上記のように意味の観点からの分類がされているだけなのだが,

語形成論の観点からみると,異種のものが混在している。たとえば,「気になる」のようにイ ディオム化が進んでいるものと,「子供を生む」のようにイディオム化がそれ程でもないもの がある。また,複合語と称しているにもかかわらず,本来,語形成の観点からは付加されるべ

(3)

きではない格や所属人称接辞といった要素が名詞部に付く。「雨が降る」は一見,複合語では なく文であるようにも見える。これらを複合語とみなす基準は明らかではない。伝統的な名詞

+動詞の分類に加えて,語形成についての理論的なアプローチによる研究からの成果を踏まえ た分類による補足を行う必要があるであろう。

名詞部が主語になるグループ

polis gir- 警官 入る 「警官が入る」

arı sok- 蜂 刺す 「蜂が刺す」

eşek tekmele- ロバ 蹴る 「ロバが蹴る」

上例は主語編入といわれる現象で,名詞が目的語になるグループと対をなす。目的語が編入 される場合は対格が脱落することにより編入が形式上わかるが,トルコ語の主語はゼロ表示な ので主語の編入は音韻的な特徴や関係節形成における連体形の形式の選択などの間接的な証拠 からしかわからない(Underhill 1976)。また名詞がその他の補語になるグループでは格が脱落 する場合も少数ながら見られる。

ders-e başla- 勉強-DAT 始める ‘勉強を始める’ → ders başla- 本来語からの複合語とは異なり,外来語からの複合語の語形成は明確である。

アラビア語やペルシア語起源の名詞部から形成されるグループ

affet- 許可 する 「許す」

ziyaret et- 訪問 する 「訪問する」

hayal et- 幻 する 「空想する」

印欧語起源の名詞部から形成されるグループ

ipnotize et- 催眠 する 「催眠術をかける」

şoke ol- ショック なる 「ショックを受ける」

banyo yap- 風呂 する 「風呂に入る」

これらのグループは基本的に名詞部の語形変化がなく,意味も透明である。しかし,「許す」

の例にみられるように,表記上および音声上も名詞部と補助動詞部が結合していることもある。

また,本来語の場合よりも外来語と結合する補助動詞の種類は限られており,「する」や「な る」に相当するet-, ol-, yap-が多い。

2)動詞+連用形(Ip, A, I)+補助動詞による複合動詞

トルコ語の連用形は母音調和によりa~e, i~ï~u~üに交替し,これを母音連用形と呼ぶことにす る。

補助動詞が能力を表すグループ

gör-e-bil- 見る-GER 知る 「見ることができる」

yap-a-bil- する-GER 知る 「することができる」

補助動詞が事態実現の近接(心理的)を表すグループ

düş-e yaz- 落ちる-GER 書く 「危うく落ちるところである」

boğul-a yaz- 溺れる-GER 書く 「危うく溺れるところである」

補助動詞が素早い様子を表すグループ

uyu-y-u ver- 寝る-GER 与える 「すぐに寝る」

al-ı ver- 買う-GER 与える 「すぐに買う」

(4)

能力を表すグループは,すでに-ebil-の形で文法化しており,標準的なトルコ語文法書では可 能を表す接辞とされる。この接辞の成立過程は動詞連用形と動詞bil-‘知る’が文法化したもの である。以下でみるように,これら以外にもいくつかアスペクトを表す形式があるが種類は少 ない。

3.複合動詞の諸問題

狭い意味の複合動詞としては前章の2)のグループが列挙されることが多く(Lewis 1991),ト ルコ語には複合動詞の種類が少ないとみられる理由になっている。しかし,チュルク語諸方言 に眼を向けると,種類は多くなり,たとえば現代ウイグル語では竹内(1990)が17種類の補助動詞 をあげている。なお,複合動詞の体系的な分類のためには,前章の1)と2)の分類だけでは 不十分で,3)のグループもあわせて考察する必要がある。

3)動詞(時制をとるもの)+動詞による複合動詞

口語では動作の終焉性を-diの過去形の後にgit-ti (行く-過去)を置くことにより表す。

(1) Tren geç-ti git-ti.

train PASS-PST go-PST

「電車が行ってしまった。」

また-miş過去形はgitmiş を後置することにより終焉性が示される(Lewis 1991)。

(2) Unut-muş git-miş-im forget-PFT go-PFT-1SG

「私はまったく忘れてしまった。」

これらの例は2)のグループの補助動詞でアスペクトを表すタイプのものと意味的には類似 しているが,前部動詞に時制辞が付加される点に形式的な特徴がある。

次に,2)と3)のグループの違いをここで詳細に検討することにする。3)のグループは 等位接続詞で連結が可能である。

(3) a. Tren geç-ti git-ti.

train pass-PST go-PST

「電車が行ってしまった。」

b. Tren geç-ti ve git-ti.

train pass-PST and go-PST

「電車が過ぎて,去った。」

また2)のグループでみたような-Ip連用形での接続も可能である。

(4) Tren geç-ip git-ti.

train pass-GER go-PST

「電車が過ぎて,去った。」

3)のグループは,同一主語の場合に動詞が並置されることから始まり,次第にアスペクト 的な意味を持つようになったと考えられる。主に口語でこのような用法が認められるという点 も,それを裏付けている。動詞と動詞の関係は-Ip連用形から母音連用形をとるにつれて緊密に なってくる。トルコ語の複合動詞にみられる典型的な文法化の具体例はグループ2)にみられ

(5)

るものである。文法化の観点から動詞から接辞への漸次変容(cline)として捉えることができる。

動詞>ベクトル動詞>助動詞>接辞

ベクトル動詞とは本動詞と助動詞の中間の段階を表しており,テンス,アスペクト,ムード により変化し,意味的にはアスペクトや方向性,恩恵(benefaction)を表す。SOV語順のヒンディ ー語やマラーティー語などインドの諸言語も授受動詞をはじめとするベクトル動詞を用いる点 で,トルコ語と同じような文法化の様子がみられる(Hook 1991)。

本動詞に-Ipが接続する連用形と,上例でみたように母音が接続して連用形を形成する場合を 考察する。この二種類の連用形は後続動詞との結合の度合いが異なり,-Ipの方がより結合度が 弱いといえる。例えば,-Ip連用形の場合は異主語を許すが,母音連用形の場合は許さない。

(5) a. Ali gel-ip, Hasan git-ti.

come-GER go-PAST

「アリが来て,ハサンが行った。」

b. *Ali bak-a Hasan kal-dı.

watch-GER remain-PST

「アリは見て,ハサンは留まった。」

c. Ali bak-a kal-dı.

watch-GER remain-PST

「アリはじっと見続けた。」

-ebil-の可能接辞として分類されることから,可能をあらわす形態になるまで文法化が進んで いるということは母音連用形の場合は本動詞と補助動詞の結合が非常に強いことを示す。-Ip連 用形はさまざまな要素の介在を許し,場合により後続動詞は補助動詞ではなく,本動詞の機能 も持つ。その場合には-Ipは接続詞の機能を持つといえる。トルコ語の従属節表示形態は-Ip, 母 音連用形の他に-ArAk, -IncAなどがあり,それぞれ従属度において違いが見られる。

(6) ağla-yarak gel- cry-GER come- 「泣きながら来る」

このような接続の違いについてJohanson(1995)は4つの連結動詞(converb)のレベルを区別し ている。なお連結動詞とは主動詞に従属する不定形を持つ動詞を示すものとする。(用例(6)-(10) はJohanson(1995)から)

レベル1: 主動詞と連結動詞がそれぞれ独立に主語を持つもの (7) Ali gel-ince Osman şaşır-dı.

come-GER surprise-PST

「アリが来ると,オスマンは驚いた。」

レベル2: 主動詞と連結動詞がそれぞれ同じ主語を持つもの (8) Ali gel-ince şaşır-dı.

come-GER surprise-PST

「アリが来ると彼は驚いた。」

レベル3: 主動詞と連結動詞は同じ主語を持ち,かつ慣用的な動詞句を作るもの (9) ol-up bit-

become-GER finish

(6)

「生じる」

レベル4: 主動詞は連結動詞の意味的な一部になってしまったもの

(10) Oqu-p tur-du.

read-GER stand-PST

「彼は読み続けた。」

「彼は読んで,立ち上がった。」

レベル4はキルギス語からの例であるが,この文は意味的に曖昧で,レベル2の読みとレベ ル4の読みがありうる。文脈により区別がつかない場合はプロソディなどで区別される。レベ ル1から4までの区別は独立した主語を許すかどうかと本動詞と補助動詞が意味的なまとまり をなすかどうかに依存する。複合動詞の分類をこれに当てはめてみると,次のことが言える。

現代トルコ語の-Ip連用形はレベル1からレベル3までさまざまな段階にある。キルギス語など のチュルク諸言語の中にはレベル4の-Ip連用形も見られる。なお,-Ip連用形はトルコ語の現存 する最古の資料である古代トルコ語にもみられ,古い起源をもつ言語形式である。現代トルコ 語の母音連用形はレベル3から4に相当する。したがって異主語を持つことはできないし,本 動詞と補助動詞の間に他の要素を挿入することができない。

(11) a. Ali bak-a kal-dı.

watch-GER remain-PST

「アリはじっと見続けた。」

b. *Ali bak-a dün kal-dı.

watch-GER yesterday remain-PST

「アリは昨日じっと見続けた。」

しかし,編入にみられる複合動詞の場合と同様に,ある種の小辞の挿入は可能である。

(12) a. Ali kitap da oku-yor.

book also read-PROG

「アリは本をも読んでいる。」

cf. kitap oku- 本読む (目的語の編入)

b. *Ali bak-a bile kal-dı.

watch-GER even remain-PST

「アリはじっと見続けさえした。」

トルコ語でも文法化が進むとレベル3からレベル4への移行が見られる。

補助動詞が能力を表すグループ (13) a. gör-e-bil-

see-GER-know

「見ることができる。」

b. yap-a-bil-

do-GER-know

「することができる。」

上例は母音連用形が文法化により,接辞化された典型的な例であり,レベル4になったもの である。なお,レベル3にはアスペクトを示す補助動詞がみられることを述べたが,その他に もdur-「止まる」, gel-「来る」, koy-「置く」の補助動詞を使いアスペクトを表すことができる。

(7)

(14) oku-n-a gel-

read-PASS-GER come-

「読まれてきた」

これらは,位置移動を表す動詞が補助動詞化したもので,文法化のプロセスは透明である。

しかし,レベル3からレベル4への移行には,アスペクトのみならず,モダリティを獲得する に至るようにみえる例も少数ながら認められる。

(15) Bulaşık-lar-ı bugün de sen yıka-yı ver.

laundry-PL-ACC today also you wash-GER give

「洗い物を今日もきみがやってくれないか?」

(Hepçilingirler 2005)

上例は,「素早く」というアスペクト的な意味と同時に「依頼」あるいは「お願い」という モダリティ的な意味も持つ。またグループ2で述べた,接近的意味を持つ補助動詞の用例は非 常に少ない。トルコ語ではほとんどの場合がレベル4までであり,レベル3の例も主にアスペ クトを表すものに種類が限られている。外来語を動詞化する場合を除いて,トルコ語では日本 語のように補助動詞の種類が多くない理由は次の点に求められるだろう。まず,レベル1およ びレベル2の-Ip連用形が発達しているため迂言的な表現ができるという点がある。また,動詞 の意味の範疇化が基本的に日本語とは異なるという点にも理由が求められよう。Talmy(1986)は 語彙化パターンのあり方について,様態を外部表示するか否かによりサテライトフレーム型か 動詞フレーム型かに分類した。ここで,簡単にトルコ語の例と日本語の例を比較してみる。

(16) a. Top süzül-erek karşı kıyı-ya var-dı.

ball float-GER opposite shore-DAT reach-PST

「ボールがぷかぷかと対岸に着いた。」

b. Top karşı kıyı-ya kadar süzül-üp git-ti./ *ak-ıp var-dı.

ball opposite shore until float-GER go-PST flow-GER reach-PST 「ボールが浮かびながら対岸に流れて行った/ 流れ着いた。」

日本語では「流れ着く」という様態を表す複合動詞を作ることができるが,トルコ語では(16a) のように迂言的な方法で表現しなくてはならない。あるいは(16b)のように融合度の低い-Ip連用 形を使うが,共に使用される後部動詞には制限があり,日本語ほど自由に複合語が形成される わけではない。トルコ語の語彙化パターンのあり方については興味深く重要な問題であるが,

今回は詳細については触れない。

4.周辺的な複合動詞

ここで,動詞と動詞の結合であるにもかかわらず,全体的なカテゴリーが動詞にならないタ イプの複合語について簡単に触れておく。

kap-kaç つかむ-逃げる 「スリ」 動詞語幹+動詞語幹

unut-ma beni 忘れる-NEG 私を 「(植物名) 忘れな草」 他動詞+目的語

İmam bayıl-dı イスラム教の聖職者 ひっくり返る-PST

「(料理名) イマム バユルドゥ(坊さんが気絶するほど美味しい)」 非対格主語+自動詞

これらには語彙化が生じており,全体のカテゴリーは名詞になっている。つまり語彙的複合 語とみなすことが可能で,数も少数であり,生産性は低い。また,「私を忘れるな!」という 命令文が「忘れな草」という名詞になるなど,文レベルのものがそのまま語彙化するようなこ

(8)

ともある。

5.統語的な複合動詞

従来の伝統的な複合動詞の分類の中で,扱われなかったタイプの複合語が存在する。その一 つは知覚動詞の補語になるようなタイプの複合動詞である。

(17) a. Ali gel-di san-dı.

come-PST think-PST

「アリが来たと思った。」

b. Mine-yi güzel san-dı.

-ACC beautiful think-PST

「ミネを綺麗だと思った。」

「思う」の補語になる形容詞述語「綺麗だ」は知覚動詞と結びつき一体化する(栗林1996, Kuribayashi 1997)。このタイプの複合は統語的な語形成に特有な小辞の挿入を許す点から主語 編入や目的語編入に見られる語形成と同じ種類のものと考えられる。

(18) Ali Zeyneb-i geldi de sandı.

also

「アリがゼイネップが来たとも思った。」

これに対して語彙的な複合語はこのような挿入を一切許さない。

(19) a. İmam bayıl-dı.

imam faint-PST

「(料理名)イマム バユルドゥ」

「イスラム教の聖職者がひっくり返った。」

b. *İmam bile bayıl-dı imam even faint-PST

「イスラム教の聖職者がひっくり返った。」

(19b)は料理名にはならないが,「聖職者さえひっくり返った」という非語彙的な意味でなら

許される。二つ目のタイプは主に統語論で議論されてきた不定詞の二重受身 (Infinitival Double Passive :George and Kornfilt (1977))である。

(20) Dün bu viski yazarlar tarafından iç-il-meğ-e çalış-ıl-dı.

yesterday this whisky novelists by drink-PASS-INF-DAT work-PASS-INF-PST

「昨日,このウィスキ-は作家たちによって飲むように試みられた。」

「飲む」と「試みる」は一種の複合語を形成している様に見受けられているが,この場合受 身接辞は必ず両方の動詞要素につかなくてはならない。(20)のもとになる文は(21)である。

(21) yazarlar bu viski-yi iç-meğ-e çalış-tı.

novelists this whisky drink-INF-DAT work-PST

「作家たちはこのウィスキーを飲むことを試みた。」

動詞の不定形iç-mekは与格をとり,主動詞がその後に続く。前部動詞は格を持っている点で 複合語化はそれほど進んでいないように見える。しかし,目的語が主語に昇格するような受身 化が適用されると,受身接辞は両方の動詞に付加される。つまり前接動詞と後部動詞はあたか

(9)

も一体化しているようである。ちなみに使役化を行ってもこのような二重使役は成立しない。

(22) *Yazarlar-a bu viski-yi iç-ir-meğ-e çalış-tır-dı.

novelists-DAT this whisky-ACC drink-CAUS-INF-DAT work-CAUS-PST

「意図した意味;作家たちにこのウィスキーを飲ませた。」

したがって,受身での文法関係の変更のときにのみボイス接辞をとるといえる。

6.統語的な複合動詞の基準

さて,問題となる複合動詞が統語的に形成されるか,語彙的に形成されるかという客観的な 基準は,どのようなものがあげられるであろうか?本章では,考えられる基準と該当する構造 を提示したい。

6.1 疑問辞や取立て辞の位置

語彙的な複合語は語の形態的緊密性が重要な特徴となる。統語的に派生される複合語は形態 的緊密性が比較的緩いため,小辞の挿入を許す傾向にある。たとえば可能を示す形態素として 文法化がかなり進んでいる-ebil-形でも,小辞の挿入が許されることがある。

(23) O gel-me-ye-de-bil-ir-di.

s/he come-NEG-GER-also-know-AOR-PST

「彼/彼女は来ないかもしれない。」(否定の強調) (Öztürk 2004: 61)

6.2 受身接辞の位置

(20)では動詞+動詞型の複合語で前部要素が不定形であるとき受動形態素が両方に付加され ることを見た。前部要素が連用形である場合はどうであろうか?(24)は素早さをあらわす補助動 詞ver-が後続する例である。

(24) Kapı-dan dışarı-ya koy-u ver-di.

door-DAT outside-DAT put-GER give-PST

「ドアから外に追い出された。」 (Lewis 1991)

補助動詞ver-の複合動詞には,次のように受身形の付加される位置が対立するような例がある。

(25) a. Çocuk yol-a koy-u ver-il-di.

child road-DAT put-GER give-PASS-PST

「子供は旅にすぐに出された。」

b. Çocuk yol-a koy-ul-u ver-di.

child road-DAT put-PASS-GER give-PST

「子供は旅にすぐに出発された。」

(25a)は後部要素に受身形が付加され,(25b)は前部要素に受身形が付加されている。形式上,

最小対になる(25a)と(25b)は実は同義ではない。(25a)に相当する能動文は次のようなものである。

(26) Annesi çocuğ-u yol-a koy-u ver-di.

mother child-ACC road-DAT put-GER give-PST

「母親は子供をすぐに旅に出した。」

それに対して,(25b)に相当する能動文は次のようなものである。

(10)

(27) Çocuk yol-a koyul-u ver-di.

child road-DAT start-GER give-PST

「子供はすぐに旅に出発した。」

つまり,(25a) はkoy-u ver-の受身形であるのに対して,(25b)はyol-a koyul-という自動詞であ り,統語的な受身形ではない。(25b)は複合動詞の前部要素に受身形が付加されていると考える ことはできない。また(25a)では意味的にもyol-a koy- 「旅に出る」という行為がすぐに行われ るという点からも,命題全体にアスペクト的意味が付加されていると考えることが可能である。

したがって動詞+補助動詞の複合語では複合語全体に受身形が付加されているため,後部要素 に受身形が付加される。これを支持する証拠として,この種の複合動詞は前部要素と後部要素 の間に小辞の挿入を許さない。

(28) *Annesi çocuğ-u yol-a koy-u da ver-di.

mother child-ACC road-DAT put-GER also give-PST

「母親は子供をすぐにも旅に出した。」

6.3 否定接辞の位置

後部要素に否定辞が付けば瞬間的な動作が否定されることになり,前部要素に否定辞が付け ば主動詞としての意味が否定される(Lewis 1991)。これは受身接辞の付加のされ方とは矛盾する ように見える。

(29) Çarşı-ya kadar niçin gid-i ver-me-di?

market-DAT until why go-GER give-NEG-PST

「市場までどうしてすぐに行かなかったの?」

(行くには行ったがすぐには行かなかった。)

(30) Çarşı-ya kadar niçin git-me-yi ver-di?

market-DAT until why go-NEG-GER give-PST

「市場までどうして突然行くのをやめたの?」

(行くという行為自体がなされなかった。)

これらの例は否定接辞が前部要素にも後部要素にも付加しうることを示している。前部要素 に受身接辞が付加される例は(31)のようなものもある。前部動詞の母音連用形とgel-の不定形と 位置格の結合によって継続のアスペクトを表すが,前部要素に受身接辞が付加されている。

(31) Bu hata yine yap-ıl-a gelmek-te-dir

this mistake again do-PASS-GER come-LOC-MOD

「この間違いはまだ変わらずなされている。」 (Lewis 1991)

このようにトルコ語の複合動詞では,受身接辞は前部要素に付加される場合と後部要素に付 加される場合がある。両者の違いは文法化の進行の度合いによる違いとして考えられるであろ う。前部要素に否定形や受身形が付加される場合には文法化はそれ程進行していない。しかし,

後部要素に付加される場合は前部要素と後部要素はある程度結合していると考えられる。前部 要素への形態的付加が行われる更なる証拠として,口語に見られる前部要素の重複強調形の存 在もあげられる。

(32) Köprü çök-ü çök-ü ver-di.

bridge break down-GER break down-GER give-PST

「橋が突然崩れ落ちた。」 (Lewis 1991)

前部要素と後部要素の結合が緩い場合には,前部要素の重複が可能である。

(11)

6.4 人称接尾辞の位置

人称接辞が前部要素に付加されるか,後部要素に付加されるかという点も文法化の度合いと 関連する基準として認めることができる。

(33) a. Her şey-im-i sat-tı-m git-ti.

everything-1SG.POSS-ACC sell-PST-1SG go-PST

「私のものすべて売ってしまった。」 (Koç 1990) b. *Her şey-im-i sat-tı git-ti-m. (意図する読みは(33a)と同じ)

(33a)は3)グループの動詞+動詞の複合動詞であるが,後部要素は付加的なものであること と,前部動詞と後部動詞の融合はまだ進んでいないため,人称語尾は前部要素に付加される。

6.5 副動詞形の種類

動詞のbak-の場合は,母音連用形も-Ip副動詞形も接続可能であるが,動詞の種類によっては 文法性において違いが見られる。

(34) a. Sabah-a kadar inle-di dur-du.

morning-DAT until moan-PST stop-PST

「朝までうめき続けた。」

b. Sabah-a kadar inle-yip dur-du.

morning-DAT until moan-GER stop-PST (同上)

c. *Sabah-a kadar inle-ye dur-du.

morning-DAT until moan-GER stop-PST (Koç 1990) (同上)

母音連用形は-Ip連用形よりも文法化が進行し,慣用化したものであるといえる。補助動詞の 使用においても制限が見られ,kal-よりもdur-のほうがより制限的である。

(35) a. Bak-a dur!

watch-GER stop 「見続けろ!」

b. Bak-a-dur-du-m.

watch-GER-stop-PST-1SG 「私は見続けた。」

c. Gid-e dur!

go-GER stop 「行き続けろ!」

d. *Gid-e-dur-du-m.

go-GER-stop-PST-1SG

「私は行き続けた。」

上例ではdur- 補助動詞は命令形では両方の動詞と用いることができるが,平叙文ではbak-し

か用いることができない。ムードによる制限が見られることを示している。

(12)

6.6 操作子の作用域

操作子(operator)である人称接辞,可能接辞,疑問辞や否定辞の意味的な作用域の広さにより,

どの程度文法化が進んでいるかがわかる。

(36) a. Ali gel-ince git-ti-n mi?

come-GER go-PST-2SG Q

「アリが来たら君は出て行ったの?」

b. Ali gel-ince mi git-ti-n?

come-GER Q go-PST-2SG

「アリが来たときに,君は出て行ったの?」

(アリが来たときが強調される)

(36a)で疑問詞は連用形を含めた文全体を作用域としてとるが,(36b)では疑問詞は副詞節しか 作用域としてとらない。後者では否定辞miにより動詞連結が分断されている。

(37) a. Gel-ip gör-sün.

come-GER see-OPT

「来て,見ますように。」

(願望形は「来る」と「見る」の両方にかかる)

b. Herkes çık-ıp ‘Ben Türk-üm.’ di-yebill-meli.

everyone go out-GER I Turkish-1SG say-POTN-NESS

「皆が外に出て,‘私はトルコ人だ。’と言うことができなければならない。」

(可能形は「出る」と「言う」の両方にかかる。)

(Johanson 1995)

(37)において-Ip副動詞形が接続する動詞であるgel-にも希求形の接辞-sünが意味的に接続して いる。これは動詞連結において前部動詞と後部動詞の関係が緊密であるためと考えられる。ト ルコ語では,(38)のように形態的に動詞の並列であっても,-Ip連用形に接続するなら人称接辞 の作用域に含まれる場合がある。

(38) a. Ali elma, salatalik ve domates-i al-dı.

apple cucumber and tomato-ACC buy-PST

「アリはりんご,きゅうり,トマトを買った。」

b. Ben buraya gel-ip, git-ti-m.

I here come-GER go-PST-1SG

「私はここに来て,立ち去った。」

cf. *Ben buraya gel-di, git-ti-m.

I here come-PST go-PST-1SG

「私はここに来て,立ち去った。」

(38)のもとになる文は以下のようになる。

(39) a. Ali elma-yı, salatalığ-ı ve domates-i al-dı.

apple-ACC cucumber-ACC and tomato-ACC buy-PST

「アリはりんごを,きゅうりを,そしてトマトを買った。」

b. Ben buraya gel-di-m ve git-ti-m.

I here come-PST-1SG and go-PST-1SG

(13)

「私はここに来て,そして立ち去った。」

並置による同一性の条件が満たされれば,接辞による語形成という形態的な膠着性があって も語の一部である人称接辞を同一要素として削除することが可能になるのである。

7.他動性の調和と補助動詞

影山(1993)等で指摘されているように,補助動詞の種類が豊富な日本語では,前部要素と 後部要素の共起に関して体系的な制限が見られる。トルコ語では,補助動詞の種類が非常に限 られていることと,補助動詞と本動詞の文法化の程度により補助動詞の種類が制限されている ことから,日本語にみられるような体系的な制限は無いようにみえる。第2章で述べた動詞+

連用形(Ip, A, U)+補助動詞による複合動詞の補助動詞-yaz「書く」は心理的近接性を表した。

補助動詞が事態実現の近接(心理的)を表すグループ

düş-e yaz- 落ちる-GER 書く- 「危うく落ちるところである」

boğul-a yaz- 溺れる-GER 書く- 「危うく溺れるところである」

この補助動詞は共通語であるイスタンブル方言ではあまり使われず,トルコ内陸部の地域方 言や書き言葉にのみ残っている。共通語ではyaz-補助動詞による複合語は(41b-c)にみられるよう に迂言的な表現により表される。

(40) a. Düş-e yaz-dı-m.

fall down-DAT write-PST-1SG

「私は転ぶところだった(転んではいない)。」

b. Az kal-sin düş-uyor-du-m.

a little remain-OPT fall down-PROG-PST-1SG (同上)

c. Düş-mek üzere-ydi-m.

fall down-INF for-PST-1SG (同上)

Yaz-補助動詞の接続には体系的な制限が見られるようである。以下の言語資料はyaz-補助動詞 を用いる地域方言の母語話者(トルコ内陸部 Afyon出身 22歳 女性)から得たものである。

(41) a. Düş-e yaz-dı.

fall down-GER write-PST 「転ぶところだった。」

b. Bayıl-a yaz-dı.

faint-GER write-PST

「倒れるところだった。」

c. Öl-e yaz-dı.

die-GER write-PST

「死ぬところだった。」

(42) a. *Gör-e yaz-dı.

see-GER write-PST

(14)

「見るところだった。」

b. *Yi-ye yaz-dı.

eat-GER write-PST

「食べるところだった。」

(41)と(42)の対比に見られるように,補助動詞yaz-は非対格の自動詞(無意志的動詞)と接続し,

非能格の自動詞及び他動詞(意志的動詞)とは接続できない。これは意図性の有無と深い関係 があるようである。たとえばye-「食べる」という動詞の行為は原則として意図性がなければ使 えない。上記の結論からはyaz-は非意図性のある動詞である非対格動詞と結びつかなくてはな らないので非文法的になることを予測する。しかし,(43)のような例外も認められ,さらに検討 する余地がある。

(43) Rakı iç-e yaz-dı-m.

drink-GER write-PST-1SG

「ラク(トルコの地酒)を飲んでしまうところだった。」

なお,yaz-補助動詞には否定形が存在しない。対応する否定形は(45a)のように通常の否定に なる。

(44) a. Düş-me-di.

fall down-NEG-PST

「転ばなかった。」

b. *Düş-me-ya yaz-dı.

fall down-NEG-GER write-PST

「危うく転ぶところではなかった。」

c. *Düş-e yaz-ma-dı.

fall down-GER write-NEG-PST

「危うく転ぶところではなかった。」

8.軽動詞と文法化

トルコ語の軽動詞と重動詞には(45)のようなものがある(栗林1996, Kuribayashi 1996)。名詞 部分は主にアラビア語やフランス語起源の外来要素から成り,補助動詞によって動詞化し,そ れ自身はボイス,アスペクトや時制辞を保持する役割を担う。

(45) a. Ali araba-yı tamir et-ti.

car-ACC repair do-PST

「アリは車を修理した。」 軽動詞

b. Ali araba-nın tamir-in-i yap-tı.

car-GEN repair-3SG.POSS-ACC do-PST

「アリは車の修理をした。」 重動詞

c. Ali hasta ol-du.

illness become-PST

「アリは病気になった。」 軽動詞 d. Meyva ol-du.

fruits become ripe-PST

(15)

「果実が熟した。」 重動詞

日本語の軽動詞は補助動詞部分の意味が希薄で,文全体の意味関係は動名詞部分により決定 され,項の転移(Argument Transfer)などの操作により,いったん軽動詞部に意味役割が転移され るなどの操作が必要になる(Grimshaw and Mester 1988)。トルコ語の軽動詞は,これらとは異な り,軽動詞部分が独自の意味役割を持つ。補助動詞et-は常に行為者の意味役割を文中の主語に 対して与える。また補助動詞ol-は常に被動作者/被動作物の意味役割を与えることになる。重動 詞と軽動詞の違いは他動詞構文において,軽動詞の場合,目的語に付与される意味役割が補助 動詞部分ではなく名詞部分により決定されるという点にある((53)-(55)参照)。またol-補助動詞は 補語として名詞部分をとらねばならないが,重動詞のol-は単独で文を成立させることができる。

統語的には重動詞と軽動詞の違いは(46b)と(46d)の対比にみられる関係節化のテストにより判 別できる。

(46) a. Ali para-yı havale et-ti.

money-ACC transfer do-PST

「アリはお金を送った。」 軽動詞 b. *Ali-nin et-tiğ-i havale gecik-ti.

-GEN do-NMZ-3SG.POSS transfer late-PST

「アリの行なった送金は遅れた。」

c. Ali para-nın havale-si-ni yap-tı.

money-GEN transfer-3SG.POSS-ACC do-PST 「アリはお金の送金をした。」 重動詞

d. Ali-nin yap-tığ-ı havale gecik-ti.

-GEN do-NMZ-3SG.POSS transfer late-PST

「アリの行なった送金は遅れた。」

本論では以上のように語が補語になるタイプの軽動詞だけでなく,文が補語になるようなタ イプのものも,軽動詞のもとに分類するほうが合理的であることを提案する。

(47) a. Biz-e gel-mez ol-du.

we-DAT come-NEG become-PST

「私たちのところに来られないことになった。」 (Koç 1990)

b. Biz-e gel-mez.

we-DAT come-NEG

「私たちのところに来られない。」

c. Baş-ım-ın ağrı-sı dayan-ıl-maz ol-du.

head-1SG.POSS-GEN headache-3SG.POSS bear-PASS-NEG become-PST

「私は頭痛が我慢できなくなった。」 (Koç 1990)

d. Baş-ım-ın ağrı-sı dayan-ıl-maz.

head-1SG.POSS-GEN headache-3SG.POSS bear-PASS-NEG

「私は頭痛が我慢できない。」

これらのol-は文全体を補部としてとり,文全体の意味を譲歩したり,ぼやかして丁寧な意味 をだしたりするモダリティ的な機能を果たす。語彙意味論的には事態E1が事態E2へ変化すると いう状態変化を示すと考えられる。

(16)

E1 BECOME E2 (E=Event)

統語的には行為者の意味役割を吸収するという受動形態素とよく似た役割もあると考えられ る。したがってol-軽動詞により形成された文は行為者が明示されない。

(45) c. Ali hasta ol-du.

illness become-PST

「アリは病気になった。」 軽動詞

一方,文中に出てくるol-は文中の主語に対して被動者/物の意味役割を常に与える。多くの場 合は,非対格動詞を形成することになる。上例では名詞N1「Ali」が健康な状態であることが 出発点となり名詞N2「病気」という着点になるような状態変化を導く補助動詞である。

N1 BECOME N2 (N=Noun)

両者の意味原素はBECOMEとすることで共通性を捉えることができる。動詞+ol-補助動詞か ら形成される複合動詞の場合,前部動詞と後部動詞の間では語形成が生じるため,語としての 一般的な性質を保持するようになる。たとえば副詞的要素を間に入れて,動詞を分割すること はできない。

(48) *Baş-ım-ın ağrı-sı dayan-ıl-maz dün ol-du.

head-1SG.POSS-GEN headache-3SG.POSS bear-PASS-NEG yesterday become-PST

「昨日,私は頭痛が我慢できなくなった。」

しかし,チュルク諸語の周辺的な方言によれば,前置されたol-が見られることもある。次は ガガウズ語民話の文字資料からの例で,この言語はトルコ語と系統的に最も近いグループに属 す。ロシア語との言語接触によりVO語順を発達させた。

(49) Ol-malı o komşular-a oyna-maa git-ti, de-er boba-sı.

become-must s/he neighbors-DAT play-INF go-PAST say-PROG father-3SG.POSS

「彼/彼女は近所の人のところに遊びに行ったに違いないと,父は言う。」

(Güngör & Argunşah 1991)

補助動詞は命題全体に対して関係を持たねばならないので,文中の最も周辺的な位置におか れる。しかし筆者が1997年に行った母語話者への調査では,このような位置へのol-の出現は口 語では使用されないということである。また,このようなモダリティを表す補助動詞にはgit- とgel-の対立があり,文が表す命題全体に対してそれぞれ離反と近接のモダリティ的意味を付加 することができる。

(50) a. Her şey-im-i sat-tı-m git-ti.

everything-1SG.POSS-ACC sell-PST-1SG go-PST

「私は自分のものすべて売ってしまった。」 (Koç 1990)

b. Siz-i gör-eceğ-im gel-di.

you-ACC see-FUT-1SG come-PST

「あなたとお会いしたくなった。」

これらの文は補助動詞がなくても成立可能である。補助動詞にはモダリティ的意味を付加す る機能がある。

(51) a. Her şey-im-i sat-tı-m.

everything-1SG.POSS-ACC sell-PST-1SG

(17)

「私のものすべて売った。」

b. Sizi gör-eceğ-im.

you-ACC see-FUT-1SG

「あなたとお会いします。」

補助動詞であるgit-とgel-はol-と同じように文中の項構造の意味関係に変更をもたらすもので はなく,心理的な距離の状態変化を表している。この点において,軽動詞ol-ときわめて関係が 深い補助動詞であるといえるであろう。実質的な状態変化から概念的な状態変化への推移を読 み取ることができる。これらも軽動詞として扱うかどうかは別にして,状態変化動詞の文法化 の一例とみなすことができるであろう。これと同じ現象がチベット語ラサ方言にも認められる。

「行く」あるいは「来る」を示すベクトル動詞が文法化し,それぞれ外への方向性と内への方 向性のアスペクトを持つに至った(DeLancey 1990)。

また,項構造の観点からも,軽動詞の意味的拡張による文法化の様子を伺い知ることができ る。トルコ語の軽動詞はet-補助動詞と名詞部分より形成され,全体は語としての性質をもつ。

名詞部分は外部から修飾されないということや,使役文を形成する際の格表示に関して,項と しての役割を果たさないことから語であることを間接的に知ることができる。

(52) a. Ali koş-tu.

run-PST

「アリは走った。」

b. Hasan Ali-yi / *Ali-ye koş-tur-du.

-ACC/ -DAT run-CAUS-PST

「ハサンはアリを走らせた。」

c. Hasan Mine-yi ziyaret et-ti.

-ACC visit do-PST

「ハサンはミネを訪問した。」

d. Ali Hasan-a Mine-yi ziyaret et-tir-di.

-DAT -ACC visit do-CAUS-PST

「アリはハサンにミネを訪問させた。」

トルコ語の使役化は自動詞主語が被使役者になると対格をとり,他動詞主語が被使役者にな ると与格をとらねばならない。このことから,被使役者の格表示を確認することで,もとの動 詞が他動詞か自動詞かを判定することができる。また目的格は補助動詞のet-が付与するのでは ない。下例より,アラビア語起源の名詞部分であるziyaret,およびmuāyeneは補助動詞を用いず 単独で目的語を要求する動名詞であることがわかる。

(53) A: Hasan ne yap-ıyor?

what do-PST

「ハサンはなにをしたの?」

B: Mine-yi ziyaret-te.

-ACC visit-LOC

「ミネを訪問している。」

(54) A: Doktor nere-de?

where-LOC

「医者はどこ?」

B: Hasta-yı muāyene-de.

patient-ACC examine-LOC

(18)

「患者を診察中だ。」

(55) A: Ali Ayşe-yi ne et-ti?

-ACC what do-PST

「アリはアイシェになにしたの?」

B: Ayşe-yi refuze.

-ACC refuse

「アイシェを振った。」 (Özbek A.個人談話)

補助動詞により動詞化され,主語と目的語を要求する。このようにして(53)-(55)では対格は外 部の補語に与えられることになる。しかし,少数であるが,ある種の動詞は意味の希薄化が進 んでいるようである。

(56) a. Ali fotokopi çek-ti.

photocopy do-PST

「アリはコピーをとった。」

(自分でとった。)

b. Ali fotokopi çek-tir-di.

photocopy do-CAUS-PST

「アリはコピーをとった。」

(誰かに頼んでとってもらった。)

(56b)は被使役者が明示されない場合で,fotokopiはçek-の目的語の関係にある。しかし(57)の

ようにfotokopiとçek-が複合し,新たな述語を形成するようになる。Fotokopiは目的語の地位を

失い,複合語の一部となる。

(57) Ali defter-i-ni fotokopi çek-tir-di.

notebook-3SG.POSS-ACC photocopy do-CAUS-PST

「アリはノートのコピーをとった。」(Özbek A.個人談話)

(誰かに頼んでとってもらった。)

(58) Hasan Mine-yi ziyaret et-ti.

-ACC visit do-PST

「ハサンはミネを訪問した。」

(57)は,先に見たziyaretとet-の関係および外部目的語の関係に類似している。ここで,çek-は 本来の意味の希薄化が生じ,et-と同様に行為者の意味役割の付与とテンスやアスペクトやモダ リティ接辞を支えるような機能しかないようである。このような種類の動詞はさほど多くは無

いが,fotokopiという語からノートという目的語の意味の推測が容易に可能であるような慣用性

の非常に高い述語に限られる。実際にçek-は多義的な動詞であり,意味の希薄化より軽動詞的 な機能を果たすようになったと考えられる。また,使役化された場合の格表示から同じ補助動 詞-etを持つ複合動詞でも性質が異なると考えられるものがある。

(59) a. Ali dua et-ti.

pray do-PST

「アリはお祈りをした。」

b. Hasan Ali-ye/*-yi dua et-tir-di.

-DAT pray do-CAUS-PST

「ハサンがアリにお祈りをさせた。」 (Kornfilt 2003:148)

(19)

c. Hasan Mine-yi ziyaret et-ti.

-ACC visit do-PST

「ハサンはミネを訪問した。」

d. Ali Hasan-a Mine-yi ziyaret et-tir-di.

-DAT -ACC visit do-CAUS-PST

「アリはハサンにミネを訪問させた。」

(59a)のet-は項を二つとる他動詞であり,それは使役化したとき,(59b)のように,もとの主格 名詞が与格表示されることからわかる。つまり格表示の点からet-はそれ自身が目的語をとる他 動詞扱いを受けるのに対し,(59d)のようにziyaret et-のもとの構造では複合語全体ziyaret et-が目 的語をひとつとる。つまりziyaretは複合語の一部となる。dua et-とziyaret et-は形式上は同じであ るが,複合語の内部構造は異なるのである。また周辺的な用法であるがet-には重動詞的な用法 もある。

(60) Cık cık cık et-tik-ten sonra… 「ちぇっちぇっちぇっと口を鳴らした後・・・」

do-NMZ-ABL after (筆者採集の黒海地方の笑い話より)

以上をまとめると次のようになるであろう。

dua et- > ziyaret et- > reddet- fotokopi çek-

軽動詞の漸次変容を示す階層のなかで一番右にあるreddet-は,音韻変化を起こし形態的緊密 性が最も進んだ段階にあり,ひとつの複合動詞として一体化しているので,全体でひとつだけ 目的語をとることができる。ziyaret et-は音韻変化を起こしていないが,外部に目的語をとるタ イプのものである。dua et-は補助動詞et-が場合により,重動詞にもなりうるタイプのものであ る。したがって周辺的な例ではduaはet-の目的語にもなる。外部に目的語をとることができると

いう点でfotokopi çek- はziyaret et-と同列に並んでいるといえる。ここでは補助動詞çek-の意味は

希薄化し,軽動詞としての性質を保持するに至るまでに文法化が進んでいるといえる。このよ うな例はまだ多くは無いが,外来語要素を取り込むことで形成される複合動詞における文法化 の一例としてあげることができるであろう。したがって補助動詞et-が付けば軽動詞であると一 義的に決めることはできない。

9.まとめ

従来のトルコ語の複合動詞の分類は十分なものではなかった。それは,形式による分類に記 述的研究は重きを置いていたため,さまざまなレベルにあるものが混在して分類されていたた めである。しかし,形式上,目的語+動詞に分類されるものでも,文法化の度合いは構造によ りさまざまである。文法化の度合いを測るためには,客観的な基準が必要である。本論ではそ の基準になりうるものを提案した。これらはチュルク諸言語以外の類型論的な研究にも有効な ものもあるだろう。なぜならばトルコ語の複合動詞にみられる文法化は,インド語派やチベッ ト・ビルマ語派のSOV語順の構造にも同じタイプのものが認められるからである。また統語的 な複合動詞と呼ばれる,主に理論的なトルコ語研究の中で注目されてきた種類の複合動詞があ る。これらは,伝統的な記述文法書のなかではほとんど扱われてこなかった。本論文は,この ような種類の複合動詞にも注目して,どのような位置付けが可能かを探求した。

(20)

略記号

ABL:奪格, ACC:対格, AOR:アオリスト, CAUS:使役, DAT:与格, FUT:未来形, GEN:属格, GER:連 用形, INF:不定形, LOC:位置格, MOD:ムード形式, NEG:否定, NESS:義務形, NOM:主格, OPT:希求 形, PASS:受身形, PFT:完了, POSS:所有形, POTN:可能形, PROG:進行形, PST:過去形, Q:疑問, NMZ:名詞化, 1SG:一人称単数, 2SG:二人称単数, 3SG:三人称単数

参 考 文 献

Bayraktar, N. 2004. Türkçede Fiilimsiler. Ankara:TDK yayınları.

DeLancey, Scott. 1991. “The origins of verb serialization in Modern Tibetan”. Studies in Language 15. pp.1-23.

George, L and Kornfilt, J. 1977. “Infinitival Double Passives”. Proceedings of NELS 7. pp.65-79.

Grimshaw, J and A, Mester 1988. “Light verbs and theta- marking”. Linguistic Inquiry 19. pp.205-232.

Güngör, H and M, Argunşah. 1991. Gagauz Türkleri. Ankara:Kürtür Bakanlığı.

Hepçilingirler, F. 2005. Türkçe Dilbilgisi. Istanbul: Remzi Kitabevi.

Hook, P. 1991. “The emergence of perfective aspect in Indo-Aryan languages”. Traugott, E & B, Heine (eds.), Approaches to Grammaticalization. Amsterdam: Benjamins. Vol.2, pp.59-89.

Hopper, P and E, Traugott. 1993. Grammaticalization. Cambridge: Cambridge University Press.

Johanson, L. 1995. “On Turkic converb clauses”. Haspelmath, M & E, König (eds.). Converbs in cross-linguistic perspective. Berlin & New York: Mouton de Gruyter. pp.313-347.

影山太郎 1993.『文法と語形成』東京:ひつじ書房.

Koç, N. 1990. Yeni Dilbilgisi. İstanbul:İnkılâp Kitabevi.

Kornfilt, J. 2003. “Scrambling, subscrambling and Case in Turkish”. Karimi, S (ed.) Word Order and Scrambling.

Berlin&Oxford:Blackwell. pp.125-155.

栗林裕 1996. 「補語編入構造」『Kansai Linguistic Society 16』pp.34-44.

Kuribayashi, Y. 1996. “Non-lexical Compounding in Turkish”. Annals of Japan Association for Middle East Studies 1996 No.11. pp.167-181.

Kuribayashi, Y. 1997. “Complement Incorporation and Subject to Object Rasing in Turkish”. Imer, K & N, Uzun (eds.), Proceedings of the VIIIth International Conference on Turkish Linguistics. Ankara: Ankara University Press. pp.89-98.

Lewis, G.L. 1991. Turkish Grammar. Oxford: Oxford University Press.

Özkan, M. 1999. Tarih İçinde Türk Dili. İstanbul:Filiz Kitabevi.

Öztürk, B. 2004. Case, Referentiality and Phrase Structure. Ph. D. thesis. Harvard University.

Talmy, L. 1986. “Lexicalization patterns”. Shopen, T. (ed.) Language Typology and Syntactic Descriptions 3.

Cambridge:Cambridge University Press. pp.57-149.

竹内和夫 1990.『現代ウイグル語4週間』東京:大学書林.

Underhill, R. 1976. Turkish Grammar. Cambridge:MIT press.

参照

関連したドキュメント

2002 Toratani, Kiyoko The Morphosyntactic Structure and Logical Structures of Comound Verbs in Japanese... Hellan, eds., Proceedings of Workshop on Multi-Verb Constructions

別言語のタイトル On the ploisemy and grammaticalization of adjectives in

2 改善95is楠n become improvedl improve 改める/改まる 3 聚集j血ji gather 集める/集まる 4 升始k5ishi begin 始める/始まる 5 打大kuOdえ

対格の形態的標識も存在しないため、時間順におこった事象の合成がそのまま結果複

Abstract: This paper contrasts V1+dasu compound verbs in Japanese and V+out phrasal verbs in English.. These forms share a core meaning of “external movement” but

キーワード:複合動詞、句動詞、日本語教育、語彙的アスペクト、状態変化、経路表現 Key words: compound verbs, phrasal verbs, Japanese language education, lexical aspect, change

 複合動詞の場合も同様の説明が可能である。例えば,

・程度・強調=あまる いる(一部は変化=開始)こむ(下二段) しらふ すぐ すぐす そす そふ(下二段) たつ(下二段) つくす つむ(下二段). まさる