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Vol.66 , No.1(2017)077矢崎 長潤「チャンドラキールティにおけるpratityaの語義解釈――チャンドラ文法およびパーニニ文法の観点から――」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

チャンドラキールティにおける

pratītya

の語義解釈

―チャンドラ文法およびパーニニ文法の観点から―

矢 崎 長 潤

1.

 はじめに

チャンドラキールティ

(650年頃)

Prasannapadā(以下PrP)

において「縁起」

(pratītyasamutpāda)

の語義解釈を提示する.彼は

pratītya(∼に依って)

を,

Kṛt

接辞

LyaP

接辞

(Ktvā接辞の代置要素)

で終わる語とし,これを世親

(400–480年頃)

同様に

prāpti(到達すること)

と理解する.さらに独自の見解として

apekṣā(依存す ること)

と言い換える.チャンドラキールティの語義解釈には楠本

2007

等の成果

があるが,近年,

Salvini 2011

は,チャンドラゴーミン

(5世紀頃)

の『チャンドラ

文法』

Cāndravyākaraṇa, 以下C)

の規則

C1.3.131 ekakartṛkayoḥ pūrvāt

の 釈における

parāpekṣayā vā

という言明に注目した.本稿は,この言明が

Salvini

の意図すると

おりに解釈し得るかを検討する.また,チャンドラキールティが

pratītya

apekṣā

と理解する文法的根拠についても考察する.

2.

 チャンドラキールティの独自性と

Salvini

の見解

PrP

における「縁起」の語義解釈,とくに

pratītya

ついては下記のようである.

この[pratītyasamutpāda]におけるpratītyaというLyaP接辞で終わる語は,到達すること

(prāpti),すなわち依存すること(apekṣā)[という意味]で使用される1)

チャンドラキールティの「縁起」の語義解釈は,世親の語義解釈

(AKBh, 138.1–3)

の影響が見られる

2)

.世親には見られない語義解釈,すなわち

pratītya

apekṣā

とする箇所が,彼独自の解釈である.この

apekṣā

に関して,

Salvini

C1.3.131

おける

parāpekṣayā vā

という言明に注目した.彼は以下のように理解する.

(2)

For two with one and the same agent, in reference to what is prior. Amongst two actions that have one and the same agent, for that which is the prior action, in that sense there is ktvā. Having eaten, he goes. Since the dual number is not determinative: having eaten, having drank, he goes. Or, it is in the

sense of dependence upon something else.3)

Salvini

は,この

parāpekṣayā vā

という言明を,

Ktvā

接辞の導入における意味条

件,すなわち「他に依存すること」

(dependence upon something else)

と理解した.さ

らに彼は,この意味条件がパーニニ

(前5世紀頃)

Aṣṭādhyāyī(以下A)

には見ら

れず,チャンドラゴーミンが新たに規定したものであるとし,後世の文献では両

者には交流があったと伝記されることから,チャンドラキールティがこの意味条

件を用いたと考えた.

3.

parāpekṣayā vā

の再検討

C1.3.131

parāpekṣayā vā

という言明について,ボージャ

(Bhoja, 11世紀頃)

Sarasvatīkaṇṭhābharaṇa(以下SKA)

における

SKA2.4.233 abhinnakartṛkayoḥ pūrvakālāt

を検討したい.

SKA

C

を参照していると見られ,

parāpekṣayā vā

についても,

C

よりも詳しい説明を確認できる.結論から言えば

parāpekṣayā vā

という言明は,

Salvini

が考えたような意味条件ではない.

SKA

には以下のようにある.

[解釈1:abhinnakartṛkayoḥ(同一の行為主体を有する二つ[の行為]の中で)の]両数[表 現]には重要[な意図]はない.だから,[三つ以上の]複数[の行為]に対しても[先行 する行為を表示する動詞語根の後に,Ktvā接辞が]導入される.[実例]snātvā bhuktvā uṣitvā vrajati(彼は沐浴して食べて一泊してから行く).[解釈2: 両数に特定の意図がある 場合.]あるいは,二つ[の行為]の中で,[前の行為が]後の[行為]に相関することで (parāpekṣayā vā)[,前の行為を表示する動詞語根の後でKtvā接辞が導入される].二つ [の行為]は同一の行為主体を有する.[解釈3]あるいは,全ての[行為]は,歩く行為 (vrajatikriyā)に相関する先行する時間であり,同一の行為主体を有する4) SKA

が提示する

3

つ解釈は,いずれも規則の両数表現,すなわち

abhinnakartṛkayoḥ (同一の行為主体を有する二つ[の行為]の中で)

が,三つ以上の複数行為を伴う文に

おいて,

Ktvā

接辞の導入についてどのように機能し得るかを説明している.つ

まり,

parāpekṣayā vā

という言明は,

Salvini

の考えたような意味条件ではない.

以上を踏まえて

C1.3.131

を今一度確認したい.

(3)

単一の行為主体を有する二つの活動(vyāpāra)の中で,先行する活動がある時に,その [先行する活動を]意味する[動詞語根]の後で,Ktvā接辞が導入される.[実例]bhuktvā vrajati(彼は食べてから行く).[解釈1:ekakartṛkayoḥ(単一の行為主体を有する二つ[の 行為]の中で)の]両数[表現]には重要[な意図]はないから[複数の行為の場合でも, Ktvā接辞が導入される].[実例]bhuktvā pītvā vrajati(彼は食べて飲んでから行く).[解釈 2: 両数に特定の意図がある場合.]あるいは,[二つの行為の中で前の行為が]後の[行 為]に相関することで(parāpekṣayā vā)[,前の行為を表示する動詞語根の後で,Ktvā接 辞が導入される]5) C1.3.131

parāpekṣayā vā

という言明が,

SKA

の解釈

2

に相当することは明らかで

ある.上記の実例

bhuktvā pītvā vrajati(彼は食べて飲んでから行く)

の場合,三つの

行為があるが,

bhuktvā(食べる行為)

pītvā(飲む行為)

という二つの行為が前の

行為と後の行為というように一組となり,また

pītvā

vrajati(行く行為)

とが一

組となって,前の行為が後の行為に相関すると理解することで,複数の行為にお

いても当該規則が適用される.つまり,規則の両数表現,すなわち

ekakartṛkayoḥ (単一の行為主体を有する二つ[の行為]の中で)

という規則表現が複数の行為を有す

る文においても機能する.したがって,

C1.3.131

における

parāpekṣayā vā

という

言明は,

Salvini

が意図したような意味条件ではない.

4.

 チャンドラキールティの依拠する文法

以上のように

parāpekṣayā vā

という言明は,チャンドラキールティの語義解釈

につながる意味条件ではなかった.

pratītya

apekṣā

とする語義解釈の根拠を改

めて検討しなければならない.先述したようにチャンドラキールティの語義解釈

には,世親の影響が見られる.世親は,文法学者との間で

pratītya

における

Ktvā (LyaP)

接辞に関する文法的な議論を展開している

(AKBh, 138.3–20)

が,このこと

をチャンドラキールティも承知していたであろう.つまり,世親が文法的な議論

を避けることができなかったように,チャンドラキールティも

Ktvā

接辞に関す

る何らかの見解を持っていたはずである.それに関連して,まずチャンドラキー

ルティの依拠する文法が,何であったかを明確にする必要がある.それが

C

はなく,

A

であることは推測できる.例えば,

PrP

には以下のようにあり,明ら

かに

A1.4.49

に従う

6)

C2.1.43(A1.4.49に相当)

ではない

7)

.すなわち,「目的」と

呼ばれる名称

(saṃjñā)

について,

A

karman

を用いるが,

C

āpya

あるいは

(4)

そのように述べられて[吉祥なると]修飾された縁起は,教示という行為を通して最も望 まれたものであるので(īpsitatamatvāt),「目的」(karman)によって説かれた8)

5.

apekṣā

とパラフレーズする根拠としての

A3.4.20

チャンドラキールティの依拠する文法が

A

であったとすれば,

pratītya

apekṣā

とする彼の語義解釈には,文法的根拠として

A3.4.20 parāvarayoge ca

が念頭にあっ

たことが推測される.

KV

によれば

A3.4.20

は,以下のような規則である.

あちらのもの(para)と前(こちら)のものとの関係が理解される時,さらにこちらのも の(avara)と後(あちら)のもの[との関係が理解される時,]動詞語根の後でKtvā接辞 が導入される.まず,あちらのものと[こちらのものとの関係が理解される場合の実例].

aprāpya nadīṃ parvataḥ sthitaḥ(川に到達しないで,山がある)9)

ジネーンドラブッディ

(700年頃)

によれば,

parāvarayoga

とは「あちらにあるも

のとの関係」と「こちらにあるものとの関係」という二つの項目の関係が認めら

れる〈関係項[を意味する]語〉

(sambandhiśabda)10)

であると言う.

ここ(A3.4.20)では,あちら(para)とこちら(avara)という語のこれら二つ[の語]は,

〈関係項[を意味する]語〉である.こちらのもの(pūrva)に相関して(apekṣya),あちら のもの(para)がある.あちらのものに相関して(apekṣya),こちらのものがある.〈関係 項[を意味する]語〉は,必ず〈関係で結ばれるもの〉(pratiyogin)を想起させる11) A3.4.20

は,

x

に相関して

y

があり,

y

に相関して

x

がある時,すなわち

x

y

に依存関係が認められる場合に

Ktvā

接辞を導入する.この規則は,

Ktvā

接辞を

伴う語

pratītya

を,依存すること

(apekṣā)

と理解するチャンドラキールティの語

義解釈との関連を連想させる.

1)PrP, 121.2: pratītyaśabdo tra lyabantaḥ prāptāv apekṣāyāṃ vartate / 2)楠本(2007, 127)参照.

3)Salvini (2011, 233)参照.対応するサンスクリット原文は次のとおり.C1.3.131, 124.5–8: ekakartṛkayoḥ pūrvāt // ekakartṛkayor vyāpārayor madhye yaḥ pūrvavyāpāras tadarthāt ktvā bha - vati / bhuktvā vrajati / dvivacanasyātantratvāt, bhuktvā pītvā vrajati / parāpekṣayā vā /

4)SKA2.4.233, II.144.12–14: dvivacanam atantram / tena bahūnām api bhavati / snātvā bhuktvoṣitvā vrajati / parāpekṣayā vā dvayor dvayor abhinnakartṛkatvam / sarveṣāṃ vā vrajatikriyāpekṣapaurvakālyam abhinnakartṛkatvaṃ ca bhavati /

5)サンスクリット原文は, 3参照.

(5)

7)C2.1.43, 168.17–18: kriyāpye dvitīyā // kriyāyā vyāpye dvitīyā vibhaktir bhavati /

8)PrP, 134.4-5: yathābhihitaviśeṣaṇasya pratītyasamutpādasya deśanākriyayā īpsitatamatvāt karmaṇā nirdeśaḥ //

9)KV on A3.4.20, III.163.2–4: pareṇa pūrvasya yoge gamyamāne avareṇa ca parasya dhātoḥ ktvā pratyayo bhavati / pareṇa tāvat - aprāpya nadīṃ parvataḥ sthitaḥ /

10)Abhyankar(1961, 378)参照.

11)Nyāsa on KV to A3.4.20, III.163.22–23: parāvarayoge ca // ihemau parāvaraśabdau sambandhiśabdau / pūrvañ cāpekṣya paro bhavati, parañ cāpekṣyāvaraḥ, sambandhiśabdāś ca niyatam eva pratiyoginam upasthāpayanti, ... /

〈一次文献および略号〉

A: Aṣṭādhyāyī. In Cardona [1997: Appendix III].

AKBh: Abhidharmakośabhāṣya of Vasubandhu. Ed. Prahlad Pradhan. Tibetan Sanskrit Works Series, vol. 8. Patna: K. P. Jayaswal Research Institute, 1967.

C: Cāndravyākaraṇa of Candragomin. Ed. K. C. Chatterji. Part 1. Poona: Deccan College Postgraduate and Research Institute, 1953.

KV: Kāśikāvṛtti of Jayāditya-Vāmana (Along with Commentaries Padamañjarī of Haradatta Miśra and

Vivaraṇapañcika-Nyāsa of Jinedrabuddhi). Ed. Śrīnārāyaṇa Miśra. 6 vols. Ratnabharati Series

5–10. Varanasi: Ratna Publications, 1985. Reprint, 1997. Nyāsa: See KV.

PrP: In Clear Words: The Prasannapadā, Chapter One. Vol. 1, Introduction, Manuscript Description, San-skrit Text. Ed. Anne MacDonald. Wien: Verlag der Österreichischen Akademie der Wissenschaften,

2015.

SKA: Sarasvatīkaṇṭhābharaṇa of Śrī Bhojadeva with the Commentary of Śrī Nārāyaṇadaṇḍanātha. Ed. K. Sāmbaśiva Śāstrī. 4 vols. Travancore: The Government of Maharaja of Travancore, 1937.

〈二次文献〉

Abhyankar, K.V. 1961. A Dictionary of Sanskrit Grammar. Baroda: Oriental Institute.

Cardona, George. 1997. Pāṇini: His Work and Its Traditions. Second Edition, Revised and Enlarged. Vol. 1. Delhi: Motilal Banarsidass.

Salvini, Mattia. 2011. Upādāyaprajñapti and the Meaning of Absolutives: Grammar and Syntax in the Interpretation of Madhyamaka. Journal of Indian Philosophy 39(3): 229–244.

楠本信道 2007 『 倶舎論 における世親の縁起観』平楽寺書店.

〈キーワード〉 Cāndravyākaraṇa,Aṣṭādhyāyī,チャンドラゴーミン,『倶舎論』,縁起 (名古屋大学大学院)

参照

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