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アルカリ土類の沒食子酸による沈殿について

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Academic year: 2021

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奈良教育大学学術リポジトリNEAR

アルカリ土類の沒食子酸による沈殿について

著者 村上 光博

雑誌名 奈良学芸大学紀要

巻 5

号 2

ページ 61‑63

発行年 1955‑12‑25

その他のタイトル Studies On the Reactions of Alkaline−Earths with Gallic Acid.

URL http://hdl.handle.net/10105/4985

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アルカリ土類の浸食子酸による沈殿について

村  上  光  博 (化学教室)

(昭和30年10月1日受理)

Studies On the Reactions of Alkaline−Earths with Gallic Acid.

緒     言

筆者は前報に於て,アルカリ土類のペーパークロマトグラムの願色剤として,アリザリン及び 没食子酸のエタノール溶液とアソモニア水との処理が好結果を与へる事を提唱した。没金子酸の アルカリ土類との塩は,文献に散見出来るが,何れも白色不溶性結晶と述べられて居るが,件の 物質は余りにそれと異って居るので,細部に亘っての調査は末だ不充分なのであるが,特異な点 を見出したので報告する。

実     験 1.試料の調製

アルカリ土類の硝酸塩溶液と,アリザリンのエタノール溶液(1%),没食子酸のエタノール 溶液(】%),アンモニア水(6N)を用いて沈毅を作る,Ba(NO3)2の0.1N溶液にアンモニア 水を数cc加へてアルカリ性とし,アリザリン液2〜3滴を加えて摸拝し,次で没食予酸溶液を滴 加して行くと直ちに緑褐色の沈澱を生じ,やがて液面から貴描色より暗祐色に変色して行く。

Sr(NO3)2を用いて同様にすれば青緑から暗青に変る沈澱を,Ca(NO3)望からは青黄色から青 緑色を経て暗青色になる沈澱を作る。Mg(NO3)2からは黄色から錆色,暗描色と変化する沈殿を 得る。尚此の際はMg(OH)空の自沈を防ぐ為にNH4Cl溶液を添加して置く。

沈澱は何れも一昼夜以上静置しても沈降しない位の軽いドロドロしたもので,液面から次第に 暗色がかつて来る。アリザリン溶液を省いて同様の処理しても沈澱の生成は同様であるが,色調 は非常に鮮明である。何れの場合も没食子酸を加えた瞬間の生成物に灰自乃至白色の沈澱である が,之が捜拝によって直ちに上述の色になる。此の変色は速やかで数秒間の中に起るが,次の暗 色になる変色はそんなに遠くなく,次第に色が濃くなると共に白味が薄れ,相互間の識別も容易 になる。かくして得た沈澱を濾別するのであるが,一回の濾過で完全に濾別することは困難で,

少くも三回以上の濾過を必要とする。沈澱の粒子を大きくする為に熟暗反応させたり,アルカリ 濃度を加減したりしたが大した効果はない。唯沈澱を作る際,アンモニアの添加を最後にすると 好結果を与へる。併し沈澱を一昼夜以上静置して暗褐色に沈降したものは濾過は容易である。温 水,冷水で数回洗瀬後,1000C以下の空気乾燥器中で数時間,硫酸デレケ一夕ー中で数日乾燥さ せる。埼粒の不揃ひの,多孔的な感じの表面を有する黒色粒で,之を乳鉢で細粉し,試料とする。

2.試料の定性試験

(1)溶解度,沈澱は水に僅かに溶け,(0.5mg/cc以下)夫々の沈澱の新鮮な時の着色を与へる。

併し溶液はチンダル現象を呈し,コロイド状で,液のPHは6.4〜7で弱酸性である。アルコー ル,エーテル,ベンゼン等の有機溶媒,有機酸にも殆んど不溶であるが,鉱酸にはC02を発し て溶ける。此の溶解した液は橙赤色を呈する。苛性アルカリ溶液にも溶解しない。

上記の強い水溶液は電導性を有し,陰極部がアルカリ性になり,BaSO4=,SrCO3,CaC204:

MgC03等の生成を確め得る事より(液が着色して居るので之等の沈澱は灰色になって居る)

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村  上  光  博

アルカリ土類イオンの存在が推定される。又試料調製の際の濾液,洗液中には,アルカリ土類 イオンの存在が殆んどなく,NO㌻(土類の塩化物による時はCr)の存在が多量である事より,

沈澱生成はイオン反応なる事が結論される。

佗)沈澱の加熱による変化,沈澱の融点を見る為にルツポ中に加熱すると,200PC附近でC02の 発生が始まり,沈澱は飛散して着火し,3000C迄に全部灰白色の灰になる。此の灰はアルカリ 土類の酸化物乃至炭酸塩なる事が分る。沈澱は空気中に放置すれば表面から漸次黒色になる。

6)沈澱中の水分,沈毅を65OC,850C,1050C,120OCの各温度に30分〜1時間保ってその減 量を測ると第一図の様になる。大体10%位の水分を含む事が分る。Mg塩の場合は,此の量が 比較的大きく25%位になるが,何れの場合も同形の曲線になり,吸湿水なる事を示して居る。

Mgの沈澱を1100Cで5時間保っての減量は1600C迄漸次上げた時と同じ値を示して居た事も 此の吸湿水なる事を裏付けて居る。

第一図

0

2

乾燥狭量〆

/. ̄ Mg塩

C

a

Sr

60   80  100  120  140  160

温  蛙(OC)

縫)灰分,沈激をルツポ中で灼熟して 残った灰分,即ち無機分の%を測って 見た。此の際,その俸加熱したのでほ 2000C附近から沈澱が花火様に飛散し て了ふので工夫を要する。予め沈澱を 濃硫酸で湿し,徐熟すると,之が防げ る事が分った。金属の硝酸塩を灼熱す る時も同様の困難があるが,之も硫酸 処理により防げる。従って得られた灰 は金属の硫酸塩である.Ca塩の時は之 が分解を考慮して強熟を避けで恒星を 得る迄加熱し,Mg塩の時は硫酸による処理を省いたが灰化し得るのでMgOとして秤量した。

アリザリンを用いた時と然らざる時とでも殆んど差はない事が分る。(第一表)

3.X線廻折写真,沈澱はイオン 反応による結晶と予想されたので それを確める為,粉末Ⅹ線写真を 撮って見た。試料によるⅩ線の吸 収がかなり強いので,長時間を要 したが,予想した様な結晶性を示 す廻折環は得られず,Ba化合物 の廻折グラフに見られる様なバー ローが何れの沈澱についても見ら れる,即ち,沈毅は結晶性でなく 無定形物質なる事を示して居る。

4.考 察

(ユ)以上の定性結果匿より,沈 澱はイオン反応によって得られ

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アルカリ土類の没金子酸による沈澱について

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佗)色の変化,非品性構造より,沈澱の変色は重合,高分子化する事により説明し得る。没食 子酸がアルカリ性溶液に於てほ次第に黒色に濁って来る事は,構造不明の樹脂状物の生成で説 明されて居るが,金属イオンを結合した没金子酸も同様に重積すると恩ほれる。

(3)灰分の%が大体一定値として得られる事から,アルカリ土類イオンと没金子酸との結′合は 単なる吸着ではなく,一定の化学結合であると推定される。又此の際アリザリンの存在はその 色調を複雑にし,識別を容易にはするが,沈澱の組成には何等影響しない事が知られる。

絶)灰分の%より沈澱の組成をCTIT405Mと仮定して之の式より求めたMOのC7H405Mに対 する%とを比較して見ると略々近い値になる。(第二義)C7H605の没食子酸にはイオン性の ある−OH,一COOIIを有し,又結晶水を含んでない事より,此の実験式もそんなに無暴な仮定 ではないであらう。

従来Mgの没金子酸塩としてMgC7H405.

2fI20,MgCTH405 3II彗0が不溶性白色 粉末として出されて居るが,之等ほアンモ ニアアルカリ性とした瞬間に生じた白色の 沈毅の事であらう。非常に不安定で直ちに 重合して黄色から黒色のものになると忠ほれる。その際のMgの結合する位置が問題になるの であるが,単塩は極めて不安定であり,重合物は難溶性なので一寸決め手がなく,今後の問題 として置く。SrとBaでは実験式との差がかなりある。

(5)此の塩の重合は,必ずしも空気に触れる事が原因になって居ない。ピロガロールのKOII 溶液は酸素を吸収して暗色になるが,上述の沈澱は気密にしても,還元剤を共存させても防ぎ 得なかった。没食子酸のみをアルカリ性溶液中に放置しても禰色の,濾紙を通過する濁りを生 ずるが,此のものの重合も空気は関係しない。アルカリ金属のペーパークロマトグラムに於て も,Na十,K十は没食子酸で青色の顕色が得られるが,アルカリ金属イオンも濃度大の時は没 金子酸と着色重合物を作るのかと推定して居る。之も今後の問題として居る。

結     語

没金子酸はアルカリ土類金属イオンと結合して非品性の着色物を生ずる事を確めた。此の非晶

0      4     8    12   16    20

Ba塩のⅩ線廻折グラフ,

性物は重合の結果の高分子物で ある。

此の研究に当り終始,協力し て頂いた梅林澄子嬢の労苦と,

Ⅹ線分析等に便宜を計って頂い た,神戸医大法医学研究所荒木 技官の御好意に衷心感謝を捧げ

ます。

引用文献

1 定性分折実習に於ける考案 村上光博 十本学紀要3一‡,171−177(1953)

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参照

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