• 検索結果がありません。

日韓教育社会の比較研究 : 戦後における教育社会 化を中心に

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "日韓教育社会の比較研究 : 戦後における教育社会 化を中心に"

Copied!
128
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

日韓教育社会の比較研究 : 戦後における教育社会 化を中心に

著者 金 秀妍

著者別名 KIM Sooyeon

ページ 1‑126

発行年 2014‑09‑15

学位授与番号 32675甲第338号 学位授与年月日 2014‑09‑15

学位名 博士(学術)

学位授与機関 法政大学 (Hosei University)

URL http://doi.org/10.15002/00010265

(2)

法政大学審査学位論文

日 韓 教 育 社 会 の 比 較 研 究

- 戦後における教育社会化を中心に -

金 秀 妍

(3)

目 次

序章 教 育 社会 とし て の日 本と 韓 国 ... 2

第 1 節 主 要な 先行 研 究の 概要 ... 2

第 2 節 本 論の 構成 と 分析 視角 ... 6

第 1 章 日 韓戦 後教 育 制度 と「 教 育基 本法 」 ... 9

第 1 節 ア メリ カと 戦 後の 教育 改 革 ... 10

第 2 節 日 本の 「教 育 基本 法」 の 人間 観 ... 15

第 3 節 韓 国の 「教 育 基本 法 」 の 人間 観 ... 21

第 4 節 日 韓「 教育 基 本法 」の 比 較検 討 ... 29

第 2 章 大 衆教 育社 会 から 教育 格 差社 会へ ... 43

第 1 節 大 衆社 会の 成 立と 高学 歴 志向 ... 43

第 2 節 分 衆社 会と 教 育機 関の 多 様化 ... 52

第 3 節 格 差社 会に お ける 教育 の 様相 ... 57

第 3 章 韓 国の 大衆 教 育社 会の 成 立と キリ ス ト教 ... 66

第 1 節 韓 国経 済と 大 衆教 育社 会 の出 現 ... 66

第 2 節 キ リス ト教 系 大学 校発 展 の意 義 ... 78

第 3 節 大 学院 大学 校 の台 頭と そ の役 割 ... 87

第 4 章 新 たな 教育 制 度改 革と 今 後の 展望 ... 93

第 1 節 競 争的 選抜 制 度と 平等 理 念の 矛盾 ... 93

第 2 節 日 韓教 育制 度 にお ける 新 たな 視点 ... 100

第 3 節 『 再生 産論 』 と入 試選 抜 シス テム ... 103

終章 日 韓 教育 社会 の 比較 と今 後 の課 題 ... 112

主要 参考 文 献一 覧 ... 119

(4)

序 章 教 育 社 会 と し て の 日 本 と 韓 国 第 1 節 主 要 な 先 行 研 究 の 概 要

人は 家族 ・ 学校 ・社 会 の中 で人 間 形成 を遂 げ てい く。 と りわ け、 人 は一 定期 間 、学 校教 育を 受け る こと によ っ て、 知識 や 技術 を獲 得 する だけ で はな く、 社 会的 な礼 儀 作法 を修得 し、 感性 を 磨き 、論 理 的思 考を 身 に付 けて い く 。 改め て いう まで も なく 、学 校 とい う組織 は大 きな 社 会の 一 部 分 を構 成し 、 制度 化さ れ てい る。 そ の教 育制 度 は時 代と 共 に変 化し、

決し て固 定 化さ れて は いな い。 ま た、 教育 制 度は いつ の 時代 にあ っ ても 様々 な 社会 矛盾を 鋭く 反映 す る。 さら に いえ ば、 他 の国 の教 育 制度 から の 影響 を受 け るこ とも あ るだ ろう。

戦後 、日 本 と大 韓民 国 (以 下、 韓 国と 略 す ) の教 育制 度 はア メリ カ 合衆 国 ( 以 下、 アメ リカ と略 す )の 教育 制 度の 影響 を 決定 的に 受 けて きた と いえ よう 。

この よう な 歴史 的背 景 を再 確認 し なが ら、 本 論文 の課 題 は戦 後に お ける 日韓 教 育社 会の 進展 を追 認 し、 教育 社 会の 法的 基 盤と なる 「 教育 基本 法 」を 人間 観 の観 点か ら 解明 し、そ の上 で、 学 歴・ 入試 選 抜 の 問題 を 中心 に 比 較 ・検 討す る こと であ る 。 と 同時 に 、今 後の行 方を 模索 す るこ とで あ る。 その 考 察に よっ て 部分 的と は いえ 、 両 国 の社 会構 造 や両 国民の 意識 構造 も 明ら かに で きる はず で ある 。 こ の よう な問 題 意識 を抱 い たの は、 こ れま で両 国 の特 質を 教 育問 題の 視 点か ら比 較 し 、 とり わ け、 日本 と 韓国 にお け る教 育 内 容 や教 育制度 の有 り様 、 そし てそ こ から 見出 さ れる 日韓 両 社会 の特 徴 を明 確に し た 研 究は 十 分に 行なわ れて いな い よう に思 わ れた から で ある 。

いう まで も なく 、日 本 と韓 国そ れ ぞれ の国 に おい て、 学 歴・ 競争 ・ 選 抜 など を めぐ る自 国の 教育 制 度を 分析 ・ 検討 した 教 育社 会学 の 研究 はす で に 数 多く な され てい る 。日 本にお いて 学歴 に 関す る研 究 は、 戦後 か ら 重 要な 社 会問 題と し て取 り上 げ られ 、そ の 問題 を解明 する 研究 が 活発 に進 め られ た。 以 下、 これ ま で行 われ た 日本 の学 歴 研究 に関 す る主 な研究 動向 とそ の 成果 を 簡 単 に振 り返 っ てお きた い 。

戦後 から 1960 年 代ま で は、入 試 試 験と 学閥 の 問題 を解 明 する 研究 が 多く なさ れ た 。当 時、

日本 社会 に おけ る競 争 的入 試試 験 の問 題を 検 討 し た清 水 義弘 の『 試 験』( 1957 年) と永井 道雄 の『 試 験地 獄』( 1957 年) を はじ め、 学 歴偏 重を 批 判し 、 実 力 主義 社会 へ の展 望を論 じた 新堀 通 也の 『学 歴 ― 実 力主 義 を阻 むも の 』( 1966 年 )が その 代 表で ある 。 新堀 はそ の 他に 同様 の 問題 意識 の もと に 『 学 歴意 識に 関 する 調査 研 究』( 1967 年) と『 学 閥― この日 本的 なも の 』( 1969 年 )も 刊行 し てい る 。

1970 年か ら 1980 年 代の 主な 問 題関 心は 経 済成 長に 伴 って 高学 歴 化が 進行 し たこ とを背 景に 、 学 歴 獲得 競争 を めぐ る問 題 、そ して 、 学歴 の経 済 的・ 社会 的 効用 に 関 す る調 査・研 究が 主流 で あっ た。 た とえ ば、 戦 前と 戦後 日 本に おけ る 教育 と選 抜 問題 を社 会 の動 向との 関連 にお い て分 析 を 行 った 天野 郁 夫の『教 育 と選 抜』( 1982 年)、そ して 、学 歴 主義 の 発展

(5)

構造 を明 ら かに した 岩 田龍 子の『 学歴 主義 の 発展 構造』( 1981 年 )、園 田英 弘 の「 学歴 社会

―そ の日 本 的特 質」( 1983 年) な どが ある 。 さら に、 社 会学 ・経 済 学の 分析 方 法を 取り入 れな がら 、 学歴 が将 来 の社 会的 地 位に 大き な 影響 を及 ぼ すこ とを 分 析し た 藤 田 英典 「社会 的地 位形 成 過程 にお け る教 育の 役 割」(1979 年)や 麻生 誠・潮 木守 一『 学 歴効 用論』( 1977 年) など の 研究 があ る 。

1990 年 以 降は 、 日 本 経済 の長 期 不況 とい う 経済 的背 景 、そ して 、「ゆ とり 教 育」 という 教育 政策 の 実施 を背 景 に学 歴社 会 ・学 歴主 義 に対 する 問 題を 取り 上 げた 研究 は 減尐 する。

しか し、 苅 谷 剛 彦の 『 大衆 教育 社 会の ゆく え 』( 1995 年 )に よっ て 、高 度経 済 成長 を経て 見え にく く なっ た貧 困 と教 育 問 題 、あ るい は 、社 会の 階 層性 と教 育 問題 が議 論 され るよう にな った 。 これ まで の 研究 が学 歴 獲得 後に お ける 社会 の 不平 等 を 問 題に した の に対 して、

苅谷 は学 歴 獲得 以前 に 教育 の機 会 の不 平等 が 存在 する こ と を 指摘 し 、戦 後日 本 にお ける大 衆教 育社 会 の成 立と そ の特 質を 明 らか にし た 。さ らに 、 苅谷 は先 の 論点 を 深 く 探究 し、 親 の学 歴や 職 業、 経済 力 に象 徴さ れ る属 性に 注 目し て 『 階 層化 日本 と 教育 危機 - 不平 等再生 産か ら意 欲 格差 社会 へ 』( 2001 年 )と『教 育 改革 の幻 想 』( 2002 年 )等 も刊 行 して いる 。苅 谷と 同じ よ うな 問題 意 識に 立っ て 、竹 内洋 は『日 本の メ リト クラ シ - ― 構造 と 心性』(1995 年) を刊 行 した 。そ の なか で、 学 校教 育や 企 業の 昇進 に おけ る メ リ トク ラシ - (個 人の努 力に よる 成 果、 業績 主 義) の日 本 的な 特質 に つい て分 析 し、 日本 で は 、 社会 の あら ゆる分 野に おけ る「メ リト ク ラシ - 大 衆 化」状況 が 顕著 であ る こと を明 ら かに した 。1995 年に苅 谷と 竹内 、 それ ぞれ が 日本 の学 歴 社会 の特 徴 を明 らか に し た 学問 的 功績 は大 き い 。 ま た、 近 年に 限っ て みれ ば、 日 本社 会の 経 済的 な変 動 を背 景に 、 かつ ての 学 歴・ 選抜問 題と は異 な って 、諸 個 人の 出身 階 層に よる 教 育格 差の 不 平等 問題 に つい ての 関 心が 高まっ てき た。 す なわ ち、 本 人の 能力 以 外に 、親 の 職業 や学 歴 、経 済的 状 況が 様々 な 教育 格差を 生じ させ 、 諸個 人の 成 績や 学力 の 差を つく り 出し てい る こと を指 摘 する 研究 が 注目 を集め るよ うに な った ので あ る 。 たと え ば、 吉川 徹 は『 学歴 と 格差 ・不 平 等― 成熟 す る日 本型学 歴社 会』( 2006 年) の なか で、 現 代の 日本 に おい ては 意 識や 行動 に おい て、 そ して 実態に おい ても 親 の学 歴に よ る格 差と 教 育の 不平 等 が生 じて い るこ とを 論 証し てい る 。ま た、 経 済学 者で は ある が橘 木 俊詔 は、 そ の著 書『 日 本の 教育 格 差』( 2010 年) のな か で、 教育の 問題 を経 済 学の 視点 か ら分 析し 、 日本 社会 に おけ る低 所 得層 の増 大 によ って 教 育格 差が生 じる 所以 を 論じ て い る 。

次に 、日 本 にお ける 比 較教 育学 ・ 比較 教育 社 会学 研究 に 視点 を移 せ ば、 主に ア メリ カや ヨ- ロッ パ との 比較 を 通 し て、日 本的 特質 を とら えよ う とす る研 究 が 目 立つ 。石田 浩の「学 歴と 社会 経 済的 地位 の 達成 ― 日 米 英国 際比 較 研究」( 1989 年 )は 、 日本 とア メ リカ とイギ リス にお け る経 済状 態 の分 析を 通 して 日本 の 学歴 社会 の 構造 を明 ら かに して い る。 また、

(6)

国際 比較 の 研究 によ っ て日 本が 学 歴社 会で あ ると いう 考 え方 は、日 本独 特の 問 題で はな く、

他の 国に お いて も共 通 にみ られ る 問題 であ る こと を指 摘 した 麻生 ・ 潮木 の『 ヨ -ロ ッパ ・ アメ リカ・日本 の教 育 風土』(1978 年)と 、小池・渡 辺 の『 学歴 社 会の 虚像』(1979 年 )な どの 研究 も ある 。そ の 他に 、苅 谷 は『 学校 ・ 職業 ・選 抜 の社 会学 ― 高卒 就職 の 日本 的メカ ニズ ム』( 1991 年) の なか で、 ア メリ カと の 比較 を行 い 、竹 内は 『 パ ブ リッ ク ・ス ク-ル

―英 国式 受 験と エリ - ト 』( 1993 年) でイ ギ リス との 比 較を 行っ た 。と ころ が 、こ れらの 比較 研究 の 主な 対象 で あっ た ヨ - ロッ パは 日 本社 会と 異 なっ て明 確 な身 分や 階 級が 存在し てお り 、 現 代に おい て も出 身階 層 によ って 特 有の 文化 的 差異 が存 在 して いる 。 また 、アメ リカ にお い て 教 育問 題 を論 じる 場 合 で も、 大 きな 問題 と なる のは 人 種に よる 差 別問 題なの であ る 。 つ まり 、欧 米 社会 には 、 文化 的・ 社 会的 要因 を 背景 とし た 教育 問題 が 明確 に存在 して いる の であ る。 こ れら の点 が 日本 とは 明 らか に異 な って いる 。

次に 、韓 国 の教 育社 会 学に おけ る 学歴 の研 究 を振 り返 っ てお こう 。

韓国 にお け る学 歴 に 関 する 独自 の 研究 は 1980 年 代に 入 って から 本 格的 に行 わ れる よう にな った 。1980 年代 、韓国 社会 に おけ る高 学 歴社 会の 形 成要 因を 分 析し た金 容 淑の「高学 歴社 会の 形 成と 課題 ― 学歴 社会 と の関 係を 中 心に」(1986 年)、続 く 、『学 歴病 患者』( 1986 年) がそ の 先駆 的な 研 究で ある 。

1990 年代 に は、韓国 の 熾烈 な 受 験 競争 や高 い 教育 熱を 学 歴社 会と 関 連づ けて 、その 原因 と解 決策 を 探究 した 研 究が 多く な され てい る 。た とえ ば 、 韓 国社 会 の異 常な 高 い教 育意識 の 要 因 と 現 状 に つ い て 論 じ た 研 究 は 、김영화( キ ム ・ ヨ ン ハ ) 他 『 韓 国 人 の 教 育 熱 研 究 』

(1993 年 )、이효수( イ・ヒョ ウ ス)「 教育 の経 済学 的 な考 察」( 1993 年)、이 영호( イ・ヨ ンホ )の 「 韓国 人の 教 育熱 と学 歴 社会 の相 関 性に 関す る 分析」( 1998 年 )な ど が挙 げられ る。そし て 、高 度の 学 歴社 会が も たら す受 験 競争 の問 題 を解 明し た 金富 泰の『 学歴 社会 論』

(1995 年 ) とい った 研 究も ある 。

近年 にお い ては 、韓 国 社会 にお け る学 閥 の 実 態と その 問 題点 を解 明 する 研究 が 数多 く見 られ る 。홍 영란( ホ ン・ヨ ンラ ン )「企 業の 社員 採用 及 び昇 進な ど にお いて 学 閥が 及ぼ す影 響研 究」( 2002 年)、한준 상( ハ ン・ ジュ ン サン)『大 学入 試制 度 と学 閥文 化 ― 常 識で は 治 らな い』( 2002 年 )、정 태화( ジ ョ ン・テハ )「 学閥 主義:争点 と改 善 対策 に関 す る論 議 」(2004 年)、양 정 호( ヤン ・ ジョ ンホ)「能 力と 学 閥の 特性 及 び関 係分 析 」( 2012 年 )な どが それ にあ たる 。 そし て、 日 本と の比 較 研究 も多 く なさ れて い る。 とこ ろ が、 その 多 くは 教育法 体系 や教 員 養成 制度 の 比較 研究 、 そし て、 歴 史教 科書 や 教科 目の 比 較研 究と い った 基礎的 な調 査研 究 にと どま る もの が多 い 。

日本 にお け る 韓 国教 育 の研 究は 必 ずし も 十 分 では ない が 、韓 国の 教 育制 度及 び 教育 問 題 をテ -マ に した 研究 も なさ れて き た 。 馬越 徹 の『 現代 韓 国教 育研 究 』(1981 年 )及 び、 阿

(7)

部洋 編『 韓 国の 戦後 教 育改 革』( 2004 年) が その 代表 で ある 。ま た 、教 育社 会 学の 視 点か ら、 現 代 韓 国に おけ る 教育 と社 会 階層 問題 を 分析 した 研 究も 行な わ れて いる 。 有田 伸『韓 国の 教育 と 社会 階層 ― 「学 歴社 会 」へ の実 証 的ア プロ - チ 』( 2006 年) がそ の 意味 で重要 な研 究で あ る。

韓国 は日 本 と同 じ 経 済 的に は遅 れ た国 家 と し て出 発し た 。そ のた め もあ って 、 学歴 が社 会の 選抜 基 準と して 大 きな 影響 力 を及 ぼす 社 会と なっ た 。近 年に お いて は、 韓 国が 日本よ り高 度な「 学歴 社会 」であ ると も いわ れて い る。とく に 第二 次世 界 大戦 後、日 本と 韓国は、

アメ リカ の 介入 によ っ て、 教育 制 度改 革が 進 め ら れ、 ア メリ カを モ デル にし た 新し い教育 シス テム が 導入 され た 。以 後 、 日 本と 韓国 は 、経 済成 長 を背 景に 教 育の 面に お いて も著し い発 展を 遂 げ 、 独自 の 教育 体制 を 確立 し、 ア メリ カ の 「 支配 ‐従 属 」関 係か ら 徐々 に脱却 し、 現在 の 「学 歴社 会 」を 形成 し たの であ る 。 し かし 、 基本 的に は 日韓 両国 の 教育 制度は 類似 して い た と して も 、そ の内 実 は、 かな り 質的 な相 違 があ るは ず であ る。

こう した 背 景か らみ れ ば、 教育 制 度に 関す る 両国 の比 較 研究 は必 要 であ り、 ま たそ のよ うな 研究 が 果た す学 問 的意 義は 大 きい とい わ ねば なら な い。 とこ ろ が、 先に 指 摘し たよう に、 教育 を 社会 との 関 係か ら日 本 と韓 国 の 特 質を 把握 し 、そ の違 い を明 らか に した 比較研 究は ほと ん ど見 出す こ とは でき な い 。1しかし 、日本 と韓 国の 教育 に 関す る 比 較 調査 をも と に両 国の 特 質を 比較 社 会 学 的に 捉 えた 研究 成 果が まっ た くな いわ け では なか っ た 。す で に、

中村 高康 ・ 藤田 武志 ・ 有田 伸に よ る 『 学歴 ・ 選抜 ・学 校 の比 較社 会 学― 教育 か らみ る日本 と韓 国』(2002 年) と いう 研究 が ある 。 中 村 らは 、日 本 と韓 国の 教 育シ ステ ム の比 較を 行 うた めに 、 両 国 の中 学 生と 高校 生 を対 象に 「 生活 と進 路 に対 する 調 査」 を行 な った 。 その 調査 結果 に 基づ き、 日 韓両 国の 教 育シ ステ ム の特 質に つ いて 次の よ うに 結論 づ けて いる。

すな わち 、 韓国 の教 育 シス テム の 制度 的・ 構 造的 特質 は 、明 らか に 「 一 元的 」 であ るとい う。 つま り 、韓 国で は 、高 い教 育 の達 成に 向 けて 熾烈 な 競争 が起 き ると いう 一 元的 志向性 が存 在す る 。一 方、 日 本に おい て は、 韓国 に 比べ て 「 多 元的 」志 向 があ る と い う。 このよ うな 異な っ た志 向を 背 景に 、進 路 選択 にお け る分 化の メ カニ ズム も 次の よう な 差異 がある と説 明し て いる ので あ る 。 すな わ ち、 韓国 で は進 路分 化 の「 強制 的 なメ カニ ズ ム」 が作用 し、一方 、日本 の場 合 は、「 選択 的分 化の メ カニ ズム 」が働 いて い ると 主張 し てい る の であ る。階 層 問 題に つい て は、日 本 の 教育 シス テ ムの 場合 は「階 層 維 持 」、韓 国 の それ は「階層 分化 」と い う特 徴が あ ると いう 。 日本 と韓 国 両社 会に お ける 教育 シ ステ ムを 解 明し た 重要 な研 究成 果 であ ると い えよ う 。 し かし 、 上 記 の研 究は こ れま での 先 行研 究を 踏 まえ て はい るが 、日 本 と韓 国 の 教 育シ ステ ム とい う制 限 され た前 提 の下 で比 較 分析 を行 っ てい るため に、 教育 シ ステ ム以 外 の要 因 、 す なわ ち、 両 国家 の 歴 史 的・ 社会 的 背景 や経 済 の変 動、政

1 日 本 と 韓 国 の 比 較 調 査・教 育 統 計 な ど の は 数 多 く 存 在 す る が 、そ の ほ と ん ど は 断 片 的 な 事 実 を 述 べ た 報 告 書 に す ぎ な い 。

(8)

治的 な動 向 など を踏 ま えた 分析 と はな りえ て いな い。 つ まり 総合 的 な視 点を 欠 いた 局所的 視点 から の 分析 にと ど まっ てい る ので ある 。

本論 文 の 目 的は 、 こ れ まで の主 要 な先 行研 究 を批 判的 に 摂取 しな が ら戦 後に お ける 日韓 教育 社会 の 比較 ・検 討 を 行 い、 両 国の 教育 制 度の 在り 方 の特 徴 と 差 異を 明ら か にす ること であ る。 日 本と 韓国 の 社会 を教 育 の側 面か ら 比較 ・検 討 を行 うた め に、 両国 の 法律 、学歴 問題 、さ ら に、 学校 シ ステ ムと し ての 選抜 問 題に つい て 、 社 会の 発 展・ 変化 を 視野 に入れ なが ら、 社 会理 論を 活 用し た分 析 を試 みて い る。 その こ とに よっ て 、 日 韓両 国 の教 育制度 の特 徴と そ れぞ れの 国 家・社 会 に おけ る教 育 への 捉え 方 の独 自性 が 解明 され る はず であ る。

と同 時に 、 日韓 両国 に おけ るさ ま ざま な教 育 現象 を解 明 する こと が でき るで あ ろう 。

第 2 節 本 論 の 構 成 と 分 析 視 角

ここ で各 章 の構 成と そ の内 容の 概 略を 提示 し てお きた い 。

第 1 章「 日韓 戦後 教 育制 度と「 教育 基本 法 」」の 第 1 節「ア メ リ カと 戦後 の 教育 改革」は 戦後 日本 と 韓国 の教 育 改革 にア メ リカ がど の よう に 関 与 し、 影響 を 与え た の か 、そ のこと を明 らか に し、 その 上 で、 日韓 教 育制 度改 革 を比 較・ 検 討す る。 そ の作 業 は 今 日の 日韓両 国の 競争 社 会の 端緒 を 見定 める こ とに もな る だろ う。 第 1 章 第 2 節 の「 日本 の 教育 基本法 にお ける 人 間観 」で は 、戦 後制 定 され た 「 教 育基 本法 」 に見 るこ と がで きる 人 間観 につい て焦 点化 し て考 察す る 。 こ こで 「 教育 基本 法 」を とり あ げ、 分析 す る理 由は 、 さま ざまな 教育 制度 は 、「教 育基 本法 」に 根 本的 に規 定 され てい る から であ る 。社 会の 中 で生 きる 人間 は、 法に よ って 規定 さ れて いる と いっ ても 過 言で はな い 。教 育の 問 題も その 例 外で はあり えな い。 確 かに 、日 常 生活 を営 む 上で 、人 々 は 法 を日 常 的に 意識 し てい るわ け では ない。

しか し、 教 育の 問 題 に 関し ても 様 々な 法令 や 規則 に規 定 され てい る ので あっ て 、 教 育制度 を教 育制 度 たら しめ る の は 、法 律 の枞 内 の 問 題に 属す る 。法 律を 離 れた 公的 制 度な るもの の存 立は 考 える こと は 不可 能で あ ろう 。教 育 問題 の考 察 に先 立ち 、 本論 文の 第 1 章 で「教 育基 本法 」 の分 析を 行 う必 然性 が ある 所以 で ある 。こ れ まで 「教 育 基本 法 」 の 研究 は各条 文の 解釈 を 中心 に議 論 され てき た 。たと え ば 、「教 育基 本法」の 改 定以 前は 、鈴木 英一「 教 育基 本法 研 究案 内 」( 宗像 誠也 編『改訂 新 版・教育 基 本 法― その 意 義と 本質 』新評 論、1975 年、 所収 ) がそ の代 表 的な 研究 で ある 。そ し て、 改定 後 に刊 行さ れ た も のと し て、 志位和 夫『 教育 基 本法 改定 の どこ が問 題 か』( 2006 年)、大内 裕和『教 育 基本 法改 正 論批 判― 新自 由主 義・ 国 家主 義を 越 えて』( 2003 年)、坂 田 仰『 新教 育 基本 法』( 2007 年) な どの 著作が ある 。

本論 文の 第 1 章 の第 2 節、第 3 節 では 、「教 育基 本法 」各条 文に 見 るこ とが で きる 人間観 につ いて 焦 点化 し、 議 論す る。 つ まり 、 そ の こと によ っ て、 社会 の 中に おけ る 人間 が教育

(9)

を通 して ど のよ うな 存 在で ある べ きか とい う こと が解 明 でき る だ ろ う。 その た めに は、 日 韓両 国 の「 憲法」と の 関係 を踏 ま えて 、「教 育基 本法 」の問 題点 を 抽出 する 。これ まで韓国 は「 憲法 」を 9 回改 定 して いる 。しか し、日 本は「憲 法 」改 定が 何 度も 議論 さ れて きたが、

戦後 、ま だ 1回 も改 定 して はい な い。 この 差 異は 両国 の 「教 育基 本 法 」 の制 定 とそ の内容 とも 密接 に 関連 があ る はず であ る 。第 1 章 で は日 韓の 「 教育 基本 法 」に 書か れ てい る各条 文を 詳し く 検討 し、 両 国が 目指 す 具体 的な 人 間像 を明 ら かに する こ とを 主題 に して いる。

この 検証 は 必然 的に 両 国の 理想 と する 国家 像 をも 把握 す るこ とに つ なが る だ ろ う。

第 2 章「 大 衆教 育社 会 から 教育 格 差社 会へ 」では 、日 本 が 1950 年 代に 大衆 社 会化 し、そ の後 、大 衆 教育 社会 へ と生 成し て いく 様相 を 素描 し、 そ の社 会的 変 化と 学歴 主 義の 形成が 密接 不可 分 の関 係に あ るこ とを 論 証す る。 立 論に 際し 、 松下 圭一 「 大衆 国家 の 成立 とその 問題 性」(『 思想 』1956 年、11 月号 )を 参照 し た。その 上 で、大衆 教 育社 会に 関 して は、す でに 、定 評 があ る苅 谷 剛彦『大 衆 教育 社会 の ゆく え― 学 歴主 義と 平 等神 話の 戦 後史』( 1995 年) も参 照 した 。 し か し、 松下 の 議論 には 教 育的 側面 の 分析 がま っ たく 欠如 し てい る 。そ の一 方で 、 苅谷 の議 論 には 、大 衆 社会 論の 全 体像 を見 据 えて はい な いよ うに 思 われ る 。ま た、 苅谷 の 議論 では 、 韓国 社会 と の比 較 ・ 検 討も 行わ れ ては いな い 。 こ の章 で は日 本の大 衆教 育社 会 が教 育格 差 社会 へと 変 化し てい く 様相 につ い て 詳 しく 考 察 し てい る 。 第 3 章で は、 韓国 社 会の 教育 問 題に つい て 検討 して い る。 した が って 、第 2 章と 第 3 章 は、 日韓教 育社 会の 比 較と いう 側 面を 有し て いる 。こ の 比較 の要 約 につ いて は 、 終 章で 論 じる ことに なる だろ う 。す でに 、 日本 社会 に おい ては 、 終身 雇用 制 と年 功序 列 型賃 金制 度 が崩 壊し、

格差 社会 が 到来 して い る。 その 社 会に おい て も 学 歴志 向 が 決 して 弱 まる こと な く、 尐子化 社会 が進 展 する 只中 で 、以 前と し て学 歴を 重 視す る 傾 向 が強 い。 つ まり 、現 実 の変 化に学 歴社 会が ど のよ うに 対 応し てい る かと いっ た 問題 につ い て 批 判的 に 言及 して い る。

第 3 章「 韓 国の 大衆 教 育社 会の 成 立と キリ ス ト教 」で は 、韓 国 社 会 が日 本の 大 衆社 会と 共有 する 側 面を 有し な がら 、そ の 一方 で 、 日 本以 上に 加 熱し てい る 教育 問題 に つい て議論 して いる 。 本章 では 、 韓国 社会 が 古く は中 国 の科 挙制 度 から 影響 を 受け た競 争 ・序 列社会 であ るこ と を歴 史的 に 振り 返り 、 戦後 、数 度 にわ たる 軍 事政 権が 完 全に 崩壊 し 、民 主化さ れて 以後 、 神の 前で の 平等 を志 向 する キリ ス ト教 が大 き な影 響力 を もつ 社会 に なっ た現実 に注 目 し て いる 。キ リ スト 教系 大 学校 、及 び キリ スト 教 系大 学院 大 学校 が急 激 に増 加して いる 傾向 を 重視 し、 韓 国に おい て 日本 以上 の 学歴 社会 が 到来 して い るこ とを 問 題に してい る。 管見 に 触れ た限 り では 、こ の 章に 関す る 先行 研究 は ほと んど 見 出す こと は でき ない。

第 4 章「 新 たな 教育 制 度改 革と 今 後の 展望 」 では 、 第 2 章と 第 3 章 の設 定課 題 をさ らに 深化 する べ く、 競争 的 選抜 制度 と 平等 理念 の 矛盾 につ い て議 論し 、 ピエ -ル ・ ブル デユ-

の再 生産 論 (『再 生産 』 宮 島喬 訳 、藤 原書 店 、 1991 年 )を 理論 的 枞組 みと し な が ら、 高 校

(10)

入試 選抜 シ ステ ムの 在 り方 を検 討 して いる 。

終章 は、 そ れま での 各 章で 論じ た 日韓 教育 問 題の 総括 に 充て てい る 。 さ らに 、 教育 のグ ロ- バル 化 の視 点か ら 日韓 教育 制 度問 題を 含 め、今 後 果 たす べき 研 究課 題を 提 示し てい る。

日韓 のみ な らず 、教 育 問題 はい つ の時 代に あ って も当 該 国家 にと っ て重 要な 課 題で あり続 ける 。 と い うの も、 国 家・ 社会 に とっ て必 要 かつ 有用 な 人材 は 学 校 教育 によ っ て育 成しな けれ ばな ら ない から で ある 。

本論 文で は 、日 韓の 教 育制 度が 長 所、 短所 を 含め てさ ま ざま な問 題 論的 構制 を 含み 、そ れが 単に 過 去の 問題 で はな く、 現 在の 、そ し て 将 来の 教 育制 度問 題 に成 り得 る 可能 性が 大 きい こと を 念頭 に置 い て論 述 し て いる 。 人 は 他者 と出 会 うこ とで 人 にな る。 ま たそ の反対 に、人 は 他 者と 別れ る こと で人 に なる。こ の 出会 いと 別 れの 場の ひ とつ が 教 育 とい う現場 、 すな わち 学 校 に 他な ら ない 。 従 っ て、 人は ど のよ うな 国 家の 学校 制 度の もと で 、誰 から、

どの よう な 質の 教育 を 受 け 、そ の 結果 とし て 、心 身の 発 達、 知識 の 確保 、技 術 の修 練を促 され るの か 、と いっ た 問題 は時 代 や社 会 を 超 えて 、切 実 かつ 実践 的 な課 題で あ ると いわね ばな らな い 。 入 試選 抜 制度 も時 代 の変 化と 共 に変 化せ ざ るを えな い であ ろう 。 従っ て、教 育制 度を 問 題に する 限 り、 入試 選 抜制 度は 今 後も 検討 し なけ れば な らな い課 題 とし て存続 する 。

本論 文の 主 題 は 東ア ジ アの 先進 国 であ る日 本 と韓 国 の 教 育制 度 の 比 較・ 検討 を 行っ ては いる が、 そ の考 察は 両 国の 社会 の 比較 ・ 検 討 にま でそ の 分析 が及 び 、比 較社 会 論の 相貌を 帯び てい る はず であ る 。

(11)

第 1 章 日 韓 戦 後 教 育 制 度 と 「 教 育 基 本 法 」

は じ め に

日本 の「 教 育基 本法 」 は「 日本 国 憲法 」が 制 定さ れた 翌 年、 1947( 昭和 22) 年 3 月 31 日 に 公 布 さ れ た 。 し か し 、 ま も な く 、「 教 育 基 本 法 」 は 改 定2の 方 向 に 踏 み 出 し て い く 。 鈴 木英 一「教 育基 本法 研 究 案 内 」3によれ ば、「 1951 年の 政 令改 正諮 問 委員 会・教 育制 度に 関 する 答申 か ら 1971 年 の中 教審 答 申に いた る まで 」種 々 の政 策が 案 出さ れた の だっ た。そし て、 同法 は 2006 年 12 月第 一次 安 倍晋 三内 閣 の下 で強 行 採決 され 、 戦後 初め て 実質 的に改 定さ れた 。 一方 、韓 国 の「 教育 法 」は 1949 年 12 月 31 日に 制定 ・ 公布 され 、 以降 38 回改 定さ れ て い る。「 教育 法」 は 38 回に 及ぶ 改 定に よっ て その 体系 と 内容 にお い て一 貫性 に欠 けて おり 、 また 、教 育 の現 実に 対 応で きな い 等の 厳し い 批判 を受 け 、そ の全 面 的な 見直し が深 刻に 問 われ た 。結 局、韓 国の「 教 育 法 」は廃 止を 余 儀な くさ れ 、1997 年 12 月 13 日 に 現行 の新 し い「教 育 基 本法」に 全 面改 定さ れ たの だっ た 。「教 育法 」とい う名 称 が「教育基 本法 」に 改 めら れた こ とは 、ま さ に「 教育 」 の「 基本 」 を制 定し た こと を意 味 して いると いえ よう 。

本章 の第 1 節で は、 戦 後に アメ リ カが 行っ た 日本 と韓 国 に対 する 教 育改 革の 概 要を 記述 して おく 。 とい うの も 、ア メリ カ が介 入し た こと で第 二 次世 界大 戦 (太 平洋 戦 争) に敗北 した 日本 と 日本 の植 民 地か ら解 放 され た韓 国 それ ぞれ の 戦後 の教 育 制度 の基 盤 が 確 立され たと 考え る こと がで き るか らで あ る。 第 2 節 以下 の前 提 条件 をこ こ で 確 保す る こと になる だろ う。

第 2 節で は 、 日 本の 「 教育 基本 法 」の 各条 文 がど のよ う な人 間観 に もと づい て 述 べ られ てい るの か 、そ のこ と につ いて 考 察す る。

第 3 節で は 、韓 国の 「 教育 基本 法 」に つい て 第 2 節と 同 じ分 析視 角 から 考察 す る。 これ らの 節で は 考察 の対 象 とす るの は 制定 され た 当時 の「 教 育基 本法 」 に限 定す る (韓 国の場 合は 1997 年に 新し く 改定 ・制 定 され た「 教 育基 本法 」 を分 析の 対 象と する)。こ の法 律に 限定 する 理 由は 、制 定 当時 の 法 規 の内 容を 復 元し 、 改 定 後の 日韓 「 教育 基本 法 」の 特徴及 びそ の差 異 と同 一性 を 明ら かに す る前 提を 確 保し てお き たい から で ある 。そ し て、 最後の 第 4 節で は 日韓 両国 の「教 育基 本 法」の比 較・検 討を 行 う。日本 の 場合、「教 育基 本法 」が 2006 年に 改 定さ れた 経 緯を 確認 し 、改 定さ れ た「 教育 基 本法」(以 下、「 新法 」と 称す )の 法規 の内 容 が改 定以 前 のそ れと の 違い を踏 ま え、「 新法 」の 問題 点 を明 らか に する 。

2 本論文で使 われる「改 定」とは、法律・制度 など以前の ものを改め て新しく定 めることを 意 味 す る 。「 改 定 」し た も の が 、論 者 の 考 え 方 や 解 釈 に お い て 正 し く 改 め ら れ た 場 合 は「 改 正 」 と 称 し 、 そ の 反 対 に 、 物 事 を 改 め て か え っ て 悪 く す る 場 合 は 「 改 悪 」 と 称 す る 。

3 鈴木英一『 改訂新版教 育基本法― その意義と 本質―』宗 像誠也編、 新評論、 1975 年 7 月、所 収 。

(12)

韓国 の「 教 育基 本法 」 につ いて も 改定 の経 緯 とそ の問 題 点を 明ら か にす る 。 韓 国の 場合 は日 本と 異 なり 、改 定 され た回 数 が多 いた め 、新 旧と い う呼 称は 使 用し ない 。 改定 された 西暦 を記 載 する 。

第 4 節の 課 題は 日韓 新 旧の 「教 育 基本 法」 の 比較 ・検 討 を通 して 、 戦後 の日 韓 の教 育理 念を 把握 し 、そ のこ と で同 法に 表 象さ れた 人 間観 及び そ の変 化を 把 握す るこ と であ る。そ のた め、 日 韓の 「教 育 基本 法」 と 憲法 との 関 係を 踏ま え て議 論を 進 める こと に なる であろ う。 日韓 両 国の 「教 育 基本 法」 の 比較 ・検 討 を行 うこ と によ って 、 両国 にお け るそ れぞれ の法 律の 特 異性 や独 自 性も 明ら か にな るは ず であ る。 ま たそ の考 察 の結 果、 両 国の 人間観 から 理想 と する 国家 像 も明 らか に なる に違 い ない 。

第 1 節 ア メ リ カ と 戦 後 教 育 制 度 改 革

1945(昭 和 20)年 8 月 14日 、日 本 はポ ツダ ム 宣言 (Potsdam Declartion)受諾 を 表明 し、

翌 15 日に 敗戦 を迎 え た。以後 約 7 年 間、日 本は 敗戦 国 とし て連 合 国軍 最高 司 令官 総司 令部 (GHQ)によ る占 領政 策 の指 示·命 令を 直接 的 ∙間接 的な 形で 受け る こと とな っ た。ア メ リ カは 日本 に対 す る占 領政 策 の一 環と し て新 たな 教 育方 針の 勧 告を 行う た めに 、日 本 に教 育関係 の専 門家 27 人 から な るア メリ カ 教育 使節 団 を派 遣し た 。アメ リ カ 教育 使節 団 は 2 回にわた って 報告 書 を提 出し 、 戦前 の日 本 の超 国家 主 義・ 軍国 主 義に 基づ く 教育 のあ り かた を批判 的に 再検 討 し、 民主 主 義の 理念 に 基づ く新 た な教 育方 針 を提 示し た 。こ の文 書 が戦 後日本 の 教 育 制 度 の 根 幹 と な り 、 重 要 な 役 割 を 果 た す こ と に な る 「 ア メ リ カ 教 育 使 節 団 報 告 書 」

(Report of the United States Education Mission to Japan) に 他な らな い 。こ の文書 に従 い、 大 規模 的な 教 育改 革が 着 々と 行な わ れる こと に なっ た。

連合 国軍 最 高司 令官 総 司令 部 (GHQ)は、アメ リ カ教 育使 節 団と の協 議 およ び助 力 のた めに 日本 側に も 委員 会を 組 織す るこ と を要 請し 、1946(昭和 21)年 1 月 9 日に 教育 評 論家 及び 学 校長 など の 教育 関係 の 専門 家 29 人か らな る 日本 教 育 家 委員 会が 設 けら れた 。日本 教育 家委 員会 は、ア メリ カ教 育 使節 団に 日 本の 教育 に 関す る数 多 くの 資料 を 提供 する と とも に、「米 国教 育使 節 団に 協力 す べき 日本 側 教育 委員 会 の報 告書」をま とめ 、アメ リカ 教 育使 節団 に提 出し 、使 節 団の 帰国 後 に解 散し た 。そ の後 、連合 国軍 最 高司 令官 総 司令 部 (GHQ)の勧 告を受 け、日 本 の 教育 改革 に 関す る重 要 改革 案を 審 議·建 議す る常 置委 員 会と して 、1946(昭和 21) 年 8 月に 教 育刷 新委 員 会が 設け ら れた 。以 後 、教 育刷 新 委員 会は 「 アメ リカ 教 育使 節団報 告書 」に 基 づき 、戦 後 日本 の教 育 の指 針と な る重 要事 項 を審 議 ·検 討し 、教 育 改革 の基 盤を 築く 役割 を 果た すこ と にな る。

アメ リカ 教 育使 節団 は 、そ の目 的 に従 って 、約 1 ヵ月 に わた って 日 本の 教育 に 関す る「ア メリ カ教 育 使節 団報 告 書」 を作 成 ∙提出 した 。「ア メリ カ 教育 使節 団 報告 書」 は 、そ の第 3

(13)

章で、「個 人 の能 力に ふ さわ しい 教 育機 会が 性 別∙人 種∙信 条∙皮 膚の 色の 如何 に かか わら ず 、 すべ ての 人 に平 等に 与 えら れる べ きで ある」、そ して 、「学 校は 、 すべ ての 個 人を 、人 格 的 にも 、家 庭 的に も、 市 民と して も 、社 会的 に も、 強い 忠 誠心 を発 展 させ るよ う 、援 助しな けれ ばな ら ない 」と 教 育の 機会 均 等を 強調 し 、教 育 の 目 的を 明ら か にし た上 で 、高 等学校 につ いて の 改革 案を 提 示し た。 こ の改 革案 に は、 小学 校 6 年∙中等 学 校 3 年∙高 等学 校 3 年 を基 本と す る学 校体 系 を提 言し 、 希望 者全 員 が進 学可 能 で、 さら に 授業 料を 無 償と すべき こと を記 し てい る。 さ らに 、男 女 共学 制度 に 加え て、 総 合制 、学 区 制と いう 3 つの 原則を 規定 して い る。男 女 共 学制 度は 、男女 差別 の 撤廃 の実 現 を目 指し た 提案 であ り 、総合 制は、

教育 の機 会 均等 とい う 目的 に結 び 付け られ て 構想 され た 方針 であ っ た。4

学区 制は 勧 告の 中に 隠 され た形 で 含ま れて い る。 授業 料 を徴 収し な い学 校と い うの は税 金に よっ て 維持 され る 学校 を意 味 し、 アメ リ カの 学校 制 度か ら類 推 すれ ば、 そ れは 市町村 税を 意味 す るも のと 解 され 、総 合 制と いう 原 則を 併せ て 考え れば 、 当然 、市 町 村を 通学区 域と する 学 区制 の考 え 方が 潜在 し てい たと み るこ とが で きる 。5アメ リカ 教育 使 節団 が日 本 の教 育を 方 向づ ける に あた って 最 も重 要か つ 根本 的な 目 標と した も のが 教育 の 機会 均等で あっ たこ と は改 めて 言 うま でも な いだ ろう 。

戦前 、日 本 の後 期中 等 教育 にお け る大 学進 学 の機 会は 、極め て階 級 的∙制 限的 なも のであ り、生徒 の 学業 成績 お よび 能力 の 如何 にか か わら ず、学 校種 別∙学 校系 統に よ って 上 級 学校 への 入学 資 格が 制限 さ れる 、い わ ゆる 複線 型 の学 校系 統 であ った 。 この よう に 「ア メリカ 教育 使節 団 報告 書」 は 、日 本の 教 育の 諸問 題 を明 らか に し、 その 批 判に とど ま るだ けでな く、 民主 主 義教 育の 原 則に 基づ き 、新 たな 教 育方 針と そ の具 体的 な 改革 案を 示 した のであ る。 高校 教 育に 関す る 報告 書の 提 言を 整理 し てみ ると 、 第1 に、 高 校教 育の 無 償化 、第 2 に、 男女 共 学∙総 合制 ∙学区 制、 第 3 に 、上 級 学校 へ進 学 する 機会 を 拡大 する 単 線型 の学校 体系 が挙 げ られ る。

アメ リカ の 日本 に対 す る教 育制 度 に関 する 占 領政 策を 確 認し たと こ ろで 、次 に 、韓 国の 場合 を 振 り 返っ てお こ う。 日本 帝 国主 義か ら 解放 され た 韓国 では 、 米軍 政当 局 の占 領政策 は、 植民 地 時代 の旧 統 治行 政機 構 をそ のま ま 利用 する こ とか ら始 ま った 。教 育 政策 におい ては 、金 性 洙が 顧問 に 任命 され 、 実務 機関 と して の旧 朝 鮮総 督府 学 務局 によ っ て改 革が行 われ た。 1946 年 3 月 29 日に 旧総 督府 学務 局 は、 文教 部 と改 称さ れ 、学 務局 長 の傘 下に 、 朝鮮 の各 界 指導 者お よ び教 育知 識 人に よっ て 構成 され た 「朝 鮮教 育 委員 会」 お よび 「朝鮮 教育 審議 会 」の 二つ の 教育 諮問 機 関が 設置 さ れる こと と なっ た。 米 軍政 当局 は 、解 放直後 の政 治的·社会 的な 混 乱、およ び 食糧 不足 な どの 多く の 課題 を解 決 しな がら 、朝鮮 半島 に対 する ソ連 の 影響 力の 浸 透を 防止 し なけ れば な らな かっ た 。当然 の こ とな がら 、アメ リカは、

4 総 合 制 と は 、 一 つ の 高 校 に 複 数 学 科 (普 通 学 科 と 専 門 学 科 ) を 設 け る と い う 制 度 で あ る 。

5 山 内 太 郎 編 『 学 校 制 度 ― 戦 後 日 本 の 教 育 改 革 5』 東 京 大 学 出 版 会 、 1972 年 、 p328。

(14)

自国 の政 治 的 な 立場 を 強化 する た めに 、朝 鮮 半島 に民 主 主義 に基 づ く社 会体 制 の確 立 を占 領政 策の 最 大の 目標 に して いた 。 その よう な 状況 のな か で、 米軍 政 庁学 務局 は 1945 年 9 月 14 日よ り初 等学 校 を再 開す る こと 、10 月 1 日 より 中·高等 教育 機 関を 再開 す るこ とを 指 示し た。し かし 、米 軍 政学 務局 に より 最初 に 出さ れた「 新朝 鮮の 朝 鮮人 のた め の教 育」は、

学校 の再 開 およ び朝 鮮 語の 使用 な ど、 教育 の 応急 措置 に つい て大 枞 を指 示し て はい るもの の、新 し い 教育 課程 と その 改革 に つい て具 体 的な 方針 を 指示 する ま でに は至 っ ては いな い。

注目 すべ き 点は 、こ の 法令 が植 民 地時 代の 朝 鮮総 督府 の 職員 によ っ て起 案さ れ たこ とであ る。6米軍政 庁学 務局 は 、植民 地時 代の 朝鮮 総 督府 およ び 学務 局の 組 織を なん ら 点検 する こ とも なく 、 現状 のま ま 受け 継ぎ 、 改革 に着 手 した ので あ る。 この よ うな 状況 の なか で、植 民地 教育 色 の払 拭に 向 けて 作成 さ れる べき 最 初の 教育 改 革が 日 帝 時 代の 組織 を 通じ て行な われ てい た とい うこ と は、 歴史 の アイ ロニ - とい える の かも 知れ な い。

新た に制 定 され た教 育 制度 には 、 そ の 後の 韓 国教 育の 方 向を 決め る 三つ の重 要 な改 革が 含ま れて い る。第 1 は 、6- 3-3-4 を基 本 とす る学 制 であ る。6-3- 3- 4 とい う学 制 の制 定に より 、 日本 統治 時 代に 短縮 さ れて いた 教 育年 限は 延 長さ れた が 、 そ れは ア メリ カ式教 育制 度を そ のま ま受 け 入れ た こ と を意 味す る 。第 2 に 、 従来 の日 本 式の 複線 型 学校 体系を 廃止 し、 単 線型 へと 改 め、 上級 学 校へ 進学 す る機 会を 拡 大す ると と もに 、教 育 の機 会均等 を図 った こ とで ある 。 米軍 政に お いて 、教 育 の民 主化 は 、朝 鮮の 共 産主 義化 防 止が もっと も重 要な 課 題で あっ た ので ある 。 第 3 に、 人 材養 成と い う教 育政 策 の一 環と し て行 なわれ た高 等教 育 を担 当す る 数々 の機 関 の設 置を 挙 げる こと が でき る。 日 本植 民地 時 代に は認め られ なか っ た大 学の 設 立が 、「脱 日本 化」及 び「独 立国 家建 設」と いう 目的 と 相ま って 、 この 規定 によ り 、い ちは や く認 可 ∙実 施さ れる よ うに なっ た 。こ のこ と は、後に 、中等 教育 を単 なる 大学 進 学の ため の 予備 的教 育 機関 へと 転 化さ せる 結 果と なり 、 また 、こ れ によ って爆 発的 に高 ま った 教育 熱 と教 育人 口 の増 加が 、 激し い受 験 競争 をも た らす 原因 と なっ た。米 軍政 統治 下 にお ける 教 育改 革は 3 年と いう 比 較的 短期 間 に行 なわ れ たに もか か わら ず、そ の後 の韓 国 にお ける 教 育体 制に 決 定的 な影 響 を及 ぼし た とい って よ いだ ろう 。

新学 制の 実 施に とも な って 、カ リ キュ ラム の 全面 的な 改 革が 行わ れ た。 新し い カリ キュ ラム 編成 は 、米軍 政 学 務局 と教 育 審議 会が も っと も重 点 を置 き、力 を入 れた 部 分で あった。

特に 、中 等 教育 のカ リ キュ ラム 編 成は 、 1946 年 5 月 に 組織 され た 委員 会に 委 ねら れた が 、 その メン バ -を みる と 、ア メ リ カ 人 3 名と 韓 国人 3 名 の 合計 6 名 か ら構 成さ れ てい た。他 の諮 問委 員 会の 構成 と 比較 して も 、ア メリ カ 側が 多数 の メン バ- を 送り 込ん で いる ことが 明白 であ り 、アメ リカ 側が 力を 入 れて いた こ とが 理解 で きる。7こう して 構成 さ れた カリ キ

6 こ の 法 令 は 、当 時 、学 務 局 の 職 員 で あ っ た사 공 환( 朝 鮮 総 督 府 、学 務 局 の 学 務 課 に 勤 務 )と 이 홍 종( 朝 鮮 総 督 府 、 学 務 局 の 私 学 課 事 務 官 ) に よ っ て 起 草 さ れ た も の で あ る 。

7 関 英 子 『 米 軍 政 下 に お け る 韓 国 人 の 教 育 再 建 努 力 』 龍 渓 書 舎 、 2004 年 、 p145。

(15)

ュラ ム委 員 会が 中心 と なり 、高 級 中学 校( 高 等学 校) に おけ る新 カ リキ ュラ ム の大 枞が定 めら れた 。 新カ リキ ュ ラム 編成 に おい て、 同 委員 会は 、 審議 会が 打 ち出 した 科 学教 育と職 業教 育の 重 視と いう 方 針を 受け て 、選 択科 目 を拡 大し 、 同時 に日 本 式教 育を 払 拭す るこ と が最 も重 要 な課 題で あ った 。高 級 中学 校の カ リキ ュラ ム に関 して は 、特 徴と し て、 以下の 四点 を挙 げ るこ とが で きる 。

第 1 に、 高 級中 学校 ( 高等 学校 ) にお いて も 、初 等教 育 と同 様に 、 従来 、 3 つ に分 けら れて いた 公 民·地 理·歴 史科 目 を 、社会 生活 科 を新 設す る こと によ っ て統 合し た こと であ る。

社会 生活 科 の新 設は 、 アメ リカ の 影響 が強 く 表れ たも の であ り、 従 来の カリ キ ュラ ムが教 科書 中心 で あっ たも の を変 更し て 、経 験と 生 活を 重視 し て総 合的 な 学習 能力 を 習得 させる こと を目 指 した もの で あっ た。 し かし 、そ の 一方 では 、 社会 科の 導 入は 、ア メ リカ 式民主 主義 を韓 国 社会 に普 及 ·実現 させ る手 段と し て考 えら れ たも のに 他 なら なか っ た。

第 2 に、社 会科 とと も に、英 語 科 目が 新設 さ れた こと も 指摘 して お かな けれ ば なら ない。。

英語 の授 業 時数 は、 国 語と ほぼ 同 じ割 合を 占 めて おり 、 英語 教育 が 重視 され た ので ある。

解放 後、 朝 鮮語 の教 材 がほ とん ど 準備 され て いな い状 況 のな かで 、 英語 教科 編 成と 時間配 当は 、米 軍 政の 占領 政 策及 び文 化 的優 越主 義 が教 科課 程 に反 映さ れ た結 果で あ ろう 。その 後、 現在 に いた るま で 、韓 国社 会 にお いて 英 語教 育は 初 等教 育段 階 から 重視 さ れる ことに なっ た。

第 3 に、授 業科 目を 必 修と 選択 に 分別 する 制 度を 導入 し たこ とで あ る。前 述 し たと おり、

カリ キュ ラ ム委 員会 は 、審 議会 か らの 要請 を 受け て、 生 徒の 興味 と 能力 に応 じ た多 様なカ リキ ュラ ム を編 成す る こと に重 点 を置 いた 。 これ を実 現 する 方法 の 一つ とし て 、全 生徒が 履修 すべ き 科目 を必 修 科目 とし 、 その 他に 、 生徒 の 自 由 な選 択に 委 ねら れる 選 択科 目を置 く制 度を 導 入し たの で ある 。

第 4 に 、1946 年 2 月 に教 育審 議 会で 採択 さ れた 科学 教 育振 興策 を 反映 して 、 職業 教育·

理科 教育 の 占め る割 合 を高 くし た こと が挙 げ られ る。8

米軍 政は 、朝鮮 の教 育 改革 を行 う にあ たっ て 、アメ リ カ 主導 によ る 一方 的な 改 革を 避け、

むし ろ韓 国 側の 教育 者 を積 極的 に 登用 して お り、 彼ら に 多く の権 限 を委 ね、 そ の意 見を大 いに 尊重 ・ 採用 した 。 しか し、 ア メリ カ側 は 、外 見上 は 韓国 側の 意 向を 尊重 し なが らも、

占領 政策 の 基本 方針 に 基づ き、 教 育を 民主 主 義思 想の 普 及の 手段 と して 利用 し よう とした こと は否 定 でき ない 。

米軍 統治 の 初期 にお け る教 育政 策 とそ の基 本 方針 を振 り 返っ てお い たが 、 3 年 間の 米軍 統治 時代 を 通じ て展 開 され た教 育 政策 には 次 のよ うな 特 徴が みら れ た。 米軍 政 の韓 国に対 する 教育 政 策の 目的 は 韓国 の教 育 発展 に基 づ く独 立国 家 の建 設で は なく 、ア メ リカ の国家

8 関 英 子 、 前 掲 書 、 p148。

(16)

利益 を優 先 し、 その 戦 略的 な目 標 に照 準を 合 わせ た教 育 改革 であ っ た。 この た め、 韓国の 特殊 な教 育 条件 及び 要 求な どを 考 慮せ ず、 教 育の あら ゆ る面 にア メ リカ 民主 主 義教 育を導 入し 、教育 を民 主主 義 思想 の普 及 手段 と し て 用い た 。こ のこ とは、「 朝鮮 教育 委 員会 」∙「 朝 鮮教 育審 議 会」 の構 成 メン バ- の 人選 から も 明ら かで あ ろう 。米 軍 庁は 、委 員 会の 構成に あた って 、アメ リカ 側 と価 値観 を 共有 し、米 軍庁 に協 力 的 ∙友 好的 な人 物を 選 び、また 、反 社会 主義 ∙反共 産主 義 の政 治的 傾 向を 持つ 者 を優 先し て 選出 した の であ った 。その ため 、韓 国の 場合 は 、日 本植 民 地時 代に 、 日本 側に 協 力し た多 数 の親 日派 が 継続 して 現 職に 留まる 結果 をも た らし た。

一方 、先 に 再確 認し た よう に、日 本の 場合 に はア メリ カ の教 育専 門 家 27 人か らな る「ア メリ カ教 育 使節 団」が 結成 され 、戦前 日本 の 超国 家 主 義 ∙軍国 主義 に基 づく 教 育の あり かた を批 判し 、 改革 への 必 要性 を明 ら かに した 。 使節 団は 2 回に わた っ て日 本の 教 育に 関する 報告 書を 提 出し 、そ の 中に は、自 由主 義 ∙民 主主 義に 基 づく 新た な 教育 方針 を 提示 する とと もに 、教 育 の機 会均 等 を基 本原 則 とす る改 革 案を 提示 し てい た。 ア メリ カ教 育 使節 団が帰 国し た後 に 発足 した「 教育 刷新 委 員会 」の 構 成メ ンバ - の特 徴に つ いて は、1946 年 2 月 18 日、 アメ リ カ太 平洋 陸 軍総 司令 部 防諜 部の ラ ッシ ュ中 佐 と日 本の 知 識人 との 会 談で 、同委 員会 の人 事 につ いて 日 本の 知識 人 たち から 「 委員 の顔 ぶ れは 、使 節 団を 歓待 す る人 として 選 ば れ 、( 中 略 ) 民 主 的 な 教 育 家 が 選 ば れ て い な い 、 若 い 世 代 か ら の 代 表 が い な い 」9と い う批 判を 受 けて いる 。 この よう な 事実 は、 日 本の 場合 に は、 文部 省 が任 命し た 委員 会が韓 国の 場合 と 同様 に、 ア メリ カ側 に 協力 的な 人 物を 中心 と する 構成 と なっ てい た ため に、ア メリ カ側 が 目的 とし た 超国 家主 義 の要 素が 完 全に 排除 さ れて いな い とい う結 果 とな ったと 考え られ る 。

これ まで の 記述 内容 は 、以 下の よ うに 要約 す るこ とが で きる であ ろ う。 高等 学 校教 育に おけ る実 際 の改 革案 に つい ては 、 戦前 の反 省 とい う視 点 から 改革 が 行な われ た 日本 とは異 なり 、 韓 国 の場 合は 、 日本 式教 育 を払 拭す る と同 時に 、 これ まで 抑 圧さ れて い た高 等教育 への 進学 機 会の 拡大 を 最も 重要 な 目標 とし た 。そ して 、 これ に従 っ て新 たな 高 等学 校制度 が定 めら れ るこ とと な った 。新 た に制 定さ れ た高 等学 校 は、 教育 の 機会 均等 の 原則 に基づ き、 3 年 制 の男 女共 学 が基 本原 則 とさ れた 。 カリ キュ ラ ムに 関し て はア メリ カ の影 響を強 く受 け、 英 語科 目と 社 会科 目が 新 設さ れた 。 また 、高 等 学校 が実 社 会へ と繋 が る教 育段階 であ るこ と から 実業 教 育の 完成 の 機能 を担 う よう にな り 、職 業教 育 が重 視さ れ るこ ととな った 。こ れ に対 して 日 本の 場合 に は、 アメ リ カ使 節団 の 改革 案を ほ ぼそ のま ま 受け 止め、

教育 改革 が 行な われ た 。「教 育刷 新委 員会 」 は、 高等 学 校に おけ る 全日 制 ‧定 時制 の 3 年 制 を規 定す る とと もに 、男女 共学 ‧総合 制の 原 則を 定め た 。ま た、高 等学 校が 大 学進 学の ため

9 孔 秉 鎬「 米 軍 政 期 韓 国 教 育 政 策 史 研 究 」名 古 屋 大 学 大 学 院 教 育 学 研 究 科 、 教 育 学 博 士 論 文 、 1995 年 、 p 85。

(17)

の準 備的 な 機能 だけ で はな く、 多 様な 機能 と 役割 をも つ もの であ る 考え 方を 明 らか にしな がら 、韓 国 の場 合と 同 様に 、職 業 教育 への 重 要性 を強 調 した 。し か し、 高等 学 校の カリキ ュラ ムに 関 して は、 韓 国の 場合 と 異な って 具 体的 内容 の 提示 まで は 至ら ず、 新 制高 等学校 のカ リキ ュ ラム にお け る具 体的 規 準と 内容 は 、そ の後 、 文部 省が 指 示す る こ と にな る。

アメ リカ が 行な った 日 本と 韓国 に 対す る 教 育 政策 につ い ては 相異 が あっ たも の の、 両国 それ ぞれ が 行な った 教 育改 革 に は 、互 いに 類 似し た傾 向 と共 通点 が あっ たと 結 論づ けるこ とが でき る だろ う。 ア メリ カの 教 育政 策を 日 本と 韓国 が それ ぞれ 受 容し 、そ の 後、 両国で 教育 制度 が どの よう な 変化 を遂 げ てい った の か。 そし て 、時 代や 社 会の 変化 と 共に どのよ うな 教育 問 題が 発生 し たの か。 こ れら の事 柄 につ いて 考 察・ 分析 す るこ とが 次 章 以 下の課 題で ある 。

第 2 節 日 本 の 「 教 育 基 本 法 」 の 人 間 観

本節 で検 討 する「教 育 基本 法」は 先に も述 べ てお いた よ うに 、1947 年に 制定 さ れた 法規 を分 析の 対 象と して い る 。「 教育 基 本法 」は 前 文と 第 11 条か ら構 成 され てい る 。最 初に「教 育基 本法 」 の 前 文に つ いて 検討 す るこ とか ら 始め よう 。 同法 の前 文 は次 のよ う に書 かれて いる 。

「わ れら は 、さ きに 、 日本 国憲 法 を確 定し 、 民主 的で 文 化的 な国 家 を建 設し て 、世 界の 平和 と人 類 の福 祉に 貢 献し よう と する 決意 を 示し た。 こ の理 想の 実 現は 、根 本 にお いて 教育 の力 に まつ べき も ので ある 。 われ らは 、 個人 の尊 厳 を重 んじ 、 真理 と平 和 を希 求す る人 間の 育 成を 期す る とと もに 、 普遍 的に し てし かも 個 性豊 かな 文 化の 創造 を めざ す教 育を 普及 徹 底し なけ れ ばな らな い 。

ここ に、 日 本憲 法の 精 神に 則り 、 教育 の目 的 を明 示し て 、新 しい 教 育の 基本 を 確立 する ため 、こ の 法律 を制 定 する。」

あら ゆる 法 規は 「日 本 国憲 法 」 の 三大 基本 原 理で ある 国 民主 権・ 平 和主 義・ 基 本的 人権 の尊 重と い う理 念に 違 反す るこ と はで きな い 。「教 育基 本法 」も そ の例 外で は ない 。こ の件 に関 して は 、す でに 、 有倉 遼吉 が 「教 育基 本 法」 の補 則 第 11 条 に 言及 して い る。 第 11 条 は「 この 法 律に 掲げ る 諸条 項を 実 施す るた め に必 要が あ る場 合に は 、適 当な 法 律が 制定さ れな けれ ば なら ない。」と 述べ て いる ので あ る。なお 、第 11 条は 新法 では 第 18 条 のこ と で ある 。 第 18 条 は「 こ の法 律に 規 定す る諸 条 項を 実施 す るた め、 必 要な 法令 が 制定 されな けれ ばな ら ない。」と して いる 。第 11 条と 第 18 条を 読み 比べ れ ば分 かる よ うに 、多 尐 、条 文の 表現 は 変わ って は いる が、 そ の実 質的 内 容は ほぼ 同 じで ある 。 この 条文 を 有倉 は次の

(18)

よう に解 釈 して いる 。

「本 条( 第 11 条 ―引 用 者)は、そ の趣 旨を 示 す一 見な ん らの 問題 も ない 規定 の よう にみ える が、 実 は二 つの 重 要な 要請 を 含ん でい る 。一 は、 教 育お よび 教 育行 政に 関 する法 律主 義の 確 認で あり 、 二は 、教 育 基本 法の 準 憲法 的性 格 の宣 明で あ る。」10

有倉 が「 教 育基 本法 」の「 準憲 法 的性 格」と いう 時、そ の文 言に は「教 育基 本 法」は「日 本国 憲法 」 に準 じ、 そ の内 容・ 運 用は 憲法 に 違反 して は なら ない と いう こと を 含意 してい る。 仮に 、「教 育基 本 法」 に掲 げ る諸 条項 を 実施 する 場 合に は、 別 途、 法令 ( 法律 、命 令、

規則 、地 方 公共 団体 の 条例 、規 則 など )定 め なけ れば な らな いと い うこ とで あ ろう 。 従っ て、「 教育 基本 法 」前 文の「 民主 的で 文 化的 な国 家 を建 設し て 、世 界の 平 和と 人類の 福祉 に貢 献 しよ うと す る決 意」 と 述べ てい る のは 「日 本 国憲 法 」 の 基本 原理 に 即し ている わけ であ る 。つ まり、「民 主的 」とは「日 本 国憲 法 」が いう「国 民 主権 」を、「世 界の 平 和」

とは、「日 本国 憲法 」の「 平和 主 義」にも と づい た表 現 なの であ る 。そ して 、この 考え 方を

「 実 現 」 す る た め に は 「 教 育 の 力 」 に 拠 ら な け れ ば な ら な い と 主 張 し て い る わ け で あ る 。

「民 主的 で 文化 的な 国 家」 の建 設 は1 世代 の 人間 だけ で 為し 遂げ る こと はで き ない 。その 実現 は次 世 代、 そし て 、そ の後 に 続く 世代 の 無数 とも い える 人間 の 総合 的な 力 に依 拠しな けれ ばな ら ない はず で ある 。そ の ため には 、 次代 を担 う 子ど もや 青 年 た ちの 教 育が 、そし てそ の教 育 の質 が問 わ れる こ と に なる のは 当 然の こと で あろ う。「 国家」の「 平和」と「 福 祉」 を「 教 育の 力」 に よっ て実 現 する こと 。 まず 、こ の こと が「 教 育基 本法 」 の根 幹を成 して いる 基 本理 念で あ り、 いか に 教育 が重 要 であ るの か 、と いう こ とが 「教 育 基本 法」の 前文 に明 示 され てい る ので ある 。その 意味 で 、「教 育基 本法 」の 前 文が 持つ 意 義は 極め て重 要で ある と いえ よう 。 こう した 前 文に は、 日 本の 国家 が 求め てい る 人間 像が は っき り と明 示さ れて い る 。 すな わ ち、「 世界 の平 和と 人 類の 福祉 に 貢献 する 」 人間、「個 人の 尊厳 を 重 んじ」「真 理と 平和 を 希求 する 」 民主 的な 人 間を 創り あ げ る こと が 示さ れて い るの であ る 。

そこ で問 題 は、 どの よ うな 教育 が 目指 さな け れば なら な いの か、 こ のこ とが 問 われ なけ れば なら な い。

教育 基本 法 の第 1 条 に は次 のよ う に書 かれ て いる 。

10 有 倉 遼 吉 「 教 育 基 本 法 補 則 」『 改 訂 新 版 教 育 基 本 法 ― そ の 意 義 と 本 質 ― 』 宗 像 誠 也 編 、 新 評 論 、 1975 年 、 所 収 。

(19)

1

条 ( 教 育 の 目 的 )

教 育は 、 人 格 の完 成 を め ざし 、 平 和 的な 国 家 及 び社 会 の 形 成者 と し て 、真 理 と 正義 を 愛し 、 個 人 の価 値 を た つと び 、 労 働と 責 任 を 重ん じ 、 自 主的 精 神 に 充ち た 心 身 とも に健 康な 国 民の 育成 を 期し て行 わ なけ れば な らな い。

この 条文 に は、 教育 が 「人 格の 完 成」 と「 国 民の 育成 」 を目 指さ な けれ ばな ら ない こと を明 確に 定 めて いる 。もち ろん 、「 人格 の完 成 」とは い っ たい 何を も って 完成 と いえ るのか。

また、「国 民の 育成 」とは なに を もっ て育 成 した とい え るの か。そ のよ うな 疑 問も ない わけ では ない 。 しか し、 条 例や 政令 は とも かく 、 法律 それ 自 体は 、総 論 的・ 抽象 的 な表 現に留 まら ざる を 得な い側 面 もあ る。 従 って 、こ こ で理 解す べ きは 、子 ど もが 青年 期 を経 て、一 定の 教育 を 受け て学 校 教育 を終 え て社 会人 に なる、そ れ まで の経 緯 や過 程が 、すな わち「教 育」 に他 な らな いと い うこ とを 意 味し てい る ので あろ う 。そ の際、「日 本国 憲 法 」 の第 13 条「 すべ て 国民 は、 個 人と して 尊 重さ れる 」 とい う規 定 を思 い起 こ すと 、学 校 教育 を受け る子 ども 、青年 たち も 当然、「個 人と して 尊 重さ れ」な けれ ばな ら ない ので あ る 。ま た、こ の条 文か ら は、 国家 が 教育 を通 し て、 「真 理 と正 義を 愛 し、 個人 の 価値 をた つ とび 、 勤労 を重 ん じ 、自主 的精 神 に充 ちた 心 身と もに 健 康な」国 民 を育 成す る こと が掲 げ られ ている。

この こと は 、国 家が 社 会の 形成 者 とし ての 国 民の 在り 方 を規 定し て いる ので あ る。 特に 、

「自 主的 精 神に 充ち た 」と いう 表 現に は養 育 者( 保護 者 、あ るい は それ に準 じ る人 物)か らの 精神 的 自律 と経 済 的自 立が 求 めら れて い ると 解釈 す るこ とが で きよ う。 も ちろ ん、 そ のた めに は 家庭 教育 だ けで はな く 、小 学校 か ら大 学に 至 る学 校で の 教育 が大 き く寄 与・関 係す るこ と は改 めて い うま でも あ るま い。

確か に学 校 で学 ぶ教 科 のそ のす べ てが 、必 ず しも 個人 の 将来 の社 会 生活 にお い て役 立つ とは 限ら な い。 しか し 、一 見す る と不 要と も 思え るカ リ キュ ラム ( 例え ば数 学 にお ける因 数分 解や 微 積分 の計 算 など )も存 在す る。し かし 、不 要 とも 思え る カリ キュ ラ ムや さま ざま な教 科の 学 習を 学ぶ こ とで 、学 生 は自 分自 身 で思 考し 、 主体 的な 判 断を 下す こ とが できる 人間 にな る こと、ひ い ては 主体 的 に生 きる こ とが でき る 国民 が求 め られ てい る ので あっ て、

この こと が 、「教 育 基 本法 」に 述 べら れて い る教 育目 的 であ り、理 想的 人間 像 なの である。

「平 和的 な 国家 及び 社 会の 形成 者 とし て」 「 勤労 を重 ん じ、 自主 的 精神 に充 ち た心 身とも に健 康な 国 民の 育成 」 とい う文 言 と併 せて 考 えれ ば、 人 間の 主体 化 と同 時に 人 間の 社会化 こそ が教 育 の最 大の 目 標に 他な ら ない 。 そ れ はま た 教 育 の方 針を 明 示し た第 2 条と も深く 関係 する 。 第 2 条は 次 のよ うに 述 べて いる 。

(20)

第 2 条 ( 教 育 の 方 針 )

教育 の目 的 は、 あら ゆ る機 会に 、 あら ゆる 場 所に おい て 実現 され な けれ ばな ら ない。

この 目的 を 達成 する た めに は、 学 問の 自由 を 尊重 し、 実 際生 活に 即 し、 自発 的 精神 を養 い、 自他 の 敬愛 と協 力 によ って 、 文化 の創 造 と発 展に 貢 献す るよ う に努 めな け れば なら ない 。

第 2 条は 、 教育 の目 的 を達 成す る ため の 内 容 が述 べら れ てい る。 す なわ ち、 教 育目 的を 実現 する た めに は、 第 1 に 「学 問 の自 由を 尊 重」 する こ と。 第 2 に 「実 際生 活 に即 」する こと 。第 3 に「 自発 的 な精 神を 養 う」 こと 、 第 4 に「 自 他の 敬愛 と 協力 」す る こと が掲げ られ てい る 。こ こに は 、教 育を 通 じて 、文 化 の創 造と 発 展に 貢献 す るよ うな 人 間の 育成の 必要 性が 、 学習 の自 由 及び 実生 活 との 関連 か ら述 べら れ てい る。 特 に 、 「自 発 的精 神を養 い」 の「 養 う」 とい う 文言 から は 、未 熟・ 未 発達 の人 間 が、 成熟 ・ 発達 した 人 間に 成長し なけ れば な らな いこ と を示 唆し て いる ので あ る。

「自 他の 敬 愛」 は憲 法 が定 める 「 個人 の価 値 」が 、教 育 面に おい て も尊 重す べ きで ある こと を規 定 した もの で ある 。「 自 他の 敬愛 」 とい う表 現 を踏 まえ れ ば、 教員 の 生徒 ・学生 に対 する 体 罰は 法律 以 前の 問題 で ある が、 「 教育 基本 法 」に 完全 に 違反 する 行 為な のであ る。 ここ で はこ れ以 上 、教 育現 場 にお ける 体 罰問 題に 立 ち入 るこ と はし ない 。 ただ 体罰が

「教 育基 本 法」 の人 間 観に 大き く 違反 する 、 この こと だ けは 指摘 し てお きた い と思 う。続 く、 第 3 条 は教 育の 機 会均 等に 関 する 規定 で ある 。

第 3 条 ( 教 育 の 機 会 均 等 )

1 す べて 国 民は 、ひ と しく 、そ の 能力 に応 ず る教 育を 受 ける 機会 を 与え られ な けれ ばな ら ない もの で あっ て、 人 種、 信条 、 性別 、社 会 的身 分、 経 済的 地位 又 は門 地に よ って 、教 育上 差別 さ れな い。

2 国 及び 地 方公 共団 体 は、 能力 が ある にも か かわ らず 、 経済 的理 由 によ って 修 学困 難な 者 に対 して 、 奨学 の 方 法 を講 じな け れば なら な い。

第 3 条の 第 1 項 は 、日 本憲 法第 26 条 第 1 項 が定 める「 すべ ての 国 民は 、法律 の定 める と ころ によ り 、そ の 能 力 に応 じて 、 ひと しく 教 育を 受け る 権利 を有 す る」 、つ ま り「 法の 下 の平 等原 則 」に 基づ い てい る。 し かし 、本 条 で規 定し て いる 教 育 上 差別 の禁 止 要件 の中 に は、 身体 的 な条 件に よ る差 別、 つ まり 、障 碍 の あ る者 に 関す る規 定 は言 及さ れ てい ない 。 ここ で規 定 して いる 教 育の 機会 均 等は 健常 者 、し かも 一 定の 経済 力 があ る子 弟 につ いて の

参照

関連したドキュメント

According to him, social exclusion is based on 4 types of alienation : ① alienation from abilities as human ② alienation from vigor activities and labor ③ alienation from

[r]

The 14 social indicators are selected out of four general sectors : economic factors ( 5 indicators) , mass media (4), health and nourishment capabilities (3) , and population

その後の質疑応答で提 出された論点 は、主 として 次 のよ うにま とめ られ る。 まず、大 きな枠組み と し ては、従来の教育 史研究 に対す る総括 および本研究 会 がそれ

レ ヒ較教育社会史研究会通信 2007年 7月 15日 第 6号 シンポ ジウム 「 歴史 のなかの教育 と社会 一比較教育社会史研究の来 し方行 く末」 言已 録 と 雑

比較教育社会史研究会通信, 第7号 著者 発行年 URL...

比較教育社会史研究会通信, 第8号 著者 発行年 URL...

比較教育社会史研究会通信, 第9号