後進地域の社会教育 : 比較社会教育学の試みとして
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(2) 70. 田. 元. 代. 弥. 究に患いても比較的方法の適用がいちじるしく溶くれていることに気がつくのである. 先年交換教授として来日したカ1)フォ,i,エア大学(当時)のデイツカ-マン教授 Dickermanが比観社会教育comparative. adult. W・. educationを説v,た際にも,わが国社. 会教育関係者のあいだではこの方法に対してあまi)注意をむけるものがいなかった.衣 稿は前記のごとき啓情にもかかわらず,やがてはわが国に患V.ても専門化の過程をふま. なければならないと思われる比較社会教育学を構成するための予備作業のひとつである ことを念願しているo. いうまでもないことであるが,社会教育はその現象をなi)たたせる地域社会communityの構造ajらがいによって発現様式を異にする.それゆえに異質文化圏の比較をす る作業は,その結果を別の地域に怠ける社会教育活動にそのままあてはめる7eゎにぉと. なうものではない。すでにわれわれは第2次大戦直後,占領軍の指導のもとにわが国に 展開された社会教育活動とそ孤技術的背景に関して,さまぎまの文化的3TE離・矛盾をみ, 対策になやんだ経験をもっているo比較社会教育学はさしあたって,矛盾をはらみ,困 難点をかかえる地域社会教育活動が内包する諸条件を究明して,解決の手がかわをさぐ i). ,かつ実施の手順を客観的に構成していくための基礎をかためる役割をはたさなけれ. ばならないであろうo x. X. X. X. X. 比較教育なる研究方法が本格的にとi)あげられ,体系的に構成されるようになったの は過去4半世紀のFあいだのことであるo. もっとも現状に患Vlてみられる操作のしかた. は,制度的・経験的に設定された項目による比較と帰納2)にとどまる-ものもあi),やや. すすんだもQ)・でも教育現象の把撞をするのに抽象された教育類型を設定してかかるとい った城を脱しない場合3)が多い。この後者にぉいては,文化形態学あるいは社会体制論. で考えられている類型もしくは範噂をよわどころとして作業している例が多くみうけら れ,作業手続を検討する必要もあるようであるo こe)ように方法論からかためていかなけれぼならない殴階であるとも思われるが,さ. らに社会教育なる事象について,つぎのような点に注意しなければならなV,-と思うo 社会教育は本来民衆のきぴしい生活現実に即応し,そQ:1課題を解決する能力をやしな うことをねらbとしているo. こ由ような事象にむかって研究のメスを入れるためには,. 単に表面に怠ける動きを比較し,描写するようなしかたをもって満足することはできな. い-o生活のなかVtある教育問題を,-その深央にたちいって分析し,検討し,記述する作 業がすすめられなければならないoそのような研究作業の一環として比較的方法は有効. なはたらきをすることを要求されている.. 日本の社会教育は,明治以降急速に西欧文化を移入する政祭のもとにその歩みを放じ めたが,国民の方に草れをうけいれて啓培する用意がなぐ,また意識時にその進行を妨 雫する勢力が存荏して近代的な文化の発達を遅滞させた.今日恵患わが国文化の展開過 程に政行的な壊向があらあれているのは,それ自体が社会教育の問題で参る。それと関 連して,筆者が1957年秋東南アジア旅行の際先方の青年指導者の白からr. "いまわれわれ.
(3) 後進地域の社会教育. 71. は,日本の明治維新にあたるしごとをはじめたところだ"ときかされたことを,想起するo. 東南アジア諸地域の後進性は,ひとつにはその他を支配してきた植民政策が影響して. いるといわれる。しかしある点でほ本国とはぼ同等程度の文化に接し,それを享受して いる。そのtよう覆面に限ってみると,出発から独力をもって近代的文化【様式を欧米から. 移入しようとしたわが国の場合と彼等とでは.触変acculturationのもようや基本条件 が異なってレ、る。のみならず彼等はきわめて複雑かつ安定を欠い売状態のもとで,変革 innovation. をぉこなわな抄ればならないo. 以上のごとくにみてくると,彼等とわが国. 社会とのあいだのひらきは同一平面上で論ぜられるようなものではなV,とさえ考えられ るoたとえばわが国にぉける社会階層のちがい蜂相対的なものであるといえるの,に対し. て,彼等Qj,それは絶対的な対立の様相を呈しているo ・しかしながら,地域的にも民族的にも関連の深い南アジア相互間の比較のすじみち査. 読定すること払わが国社会教育研究者Q7=とって意味のあるこどであb,ま7E:日本に先 縦をもとめる国との儀いだの協調・理解をすすめるためにも価値のあるしごとであるo 同時に第2次大戦を契機として,その後独立した国々の社会教育上の動きをとらえ,記 述することは今日なすペきことがらである。. 本稿に患V,て蜂,聾者が現地を視察して得た体験と収集した資料からわ'o出して,ち っとも注意すべきインドネシアを主対象とし,比較の場を明確にうき出させるため必要. な限IbVC患いてど'r/マをと.i)あげ,両国社会教育の基底を調べてみることにした。. (注:. インドネジア共和国は1949年12月オランダから,ビルマ連邦共和国は1948年1月英国からそ れぞれ独立した。). 本. 論. 比較上の問題点一文化の後進地域にぉいては,指導者のがわからの一方的な牽引行 動が露骨にあらわれやすい。大衆massはその注入的な教導indoctrinationをうけい れるよわ隠か把なすすべをしらない場合が多い.この■ような状態路,厳密な意味に患い. では社会教育以前と称すべきものである。しかしながら社会教育は学校教育とちがって 大衆に選択権があわ,かつみずからつくb出すことができるものであるoそれほ主とし て彼等が生活する社会の文化遺産にもとづいてぁこなわれるが,同時にまた先進社会か. ら種身の機会と媒介方法によってもたらされる異質文化の彫響によって促進される.そ. れがどのような方向と速度をとるかは,彼等の社会ひいては彼等自身がもつ文化の基質 が内包する諸要素を究明するととから調べていかなければなら急いo っいで彼等が発展させる文化の内容やひろがわに注意をむけるとき,そのきめてとな るぁあは彼等の生活のはばを決定する経済的要因がまず考えられるであろう.一般に独. 立後日夜倉茂い彼等如もってい声経済力は弱体せあゎ,たとえ大きな社会計画Jsocial planning. をえがき出Lてみ-ても,. -その実項を保証する背景がぼけているoこのようVZ: 精神的にも物質的にも脆弱な風土にさらされていることを愛ずはっきわさせる必要牢せ まられるので屠るo・.
(4) 72. 田. -. 代. 元. 弥. §1比較の諸要素. 自然的要件-インドネシ・アは亜豪地中海域(第1図)の南半部をしめ,地質歴か. A. らいえば比較的に新らしくアジア大陸から分離した西部諸島,かってはオーストラ7)ア の-頚ほ形成していた東部諸島とその中間の海洋から興起した中部諸島から成る大小. 3,■000余の島をもって国土としているょこの多島海域に定着したインドネシア人は,ち ともとイ-/Fシナからマレー 半島を-てとび石づたいに上 記各諸島に移動し7eものであ るといわれる.. 島喚はその広狭を問わず, それぞれ独立した生活単位を 形成し,かつ内部にむかって まとま¢を強制する憤向をも った環境である。後述のごと く,インドネシア社会が村落 village. (デサdesaと称する. 村落共同体) 4)を主軸とすや 構造をもちつずけてきた要田 はここにあると思われる。空 た国内ではげしい政治的対立. を惹起し,経済的にも協同が できない慣向をしめすの.はここに由来するもの:とV,えよう。. 一方ビルマの場合は,アンダマン海患よび.ベンガル湾にのぞむ沿岸地帯をもちなやミ ら〇アギア中央山系に.むかって潜もてを北方に指向し多くの大陸的特質を.もつo歴史的. に中国西城地方との交渉がさかんであって,前記の地政学上いわゆる亜豪地中海圏Q)卵 緑に接する位置にあ;)ながら,その核心地域とはもちろん,西側のインドと畢異なる地 域的特性をあらわしているo 東南アジア諸国はいずれも多くの未開発天然資源を保有し,また民族的に古い特史を もっているのに,熱帯もしくは亜熱帯にあって衣食住にこと欠かぬために文化を進展さ せる意欲が起;)にくいことが考えられるo B. 文化的要件. i)社会的条件-インドネシアでぼ1930年以来国勢調査を実施していないので人 口も正確に催¢かめないが,. 1955年fR在で給人口は82,000,000人と推定されているo. したがって1平方粁につき人口密度は全国平均43.5人となるが,総数の60%以上が. 国土総面積の約9/a/oにすぎなV,ジャワ島に集中し,密度410.6人/平方粁とV,う世界 第1位の稀密さをしめしている。他の島の人口密度15.9人に比して分布の不均衡さは.
(5) 73. 後進地域の社会教育 第1表. インドネシア言語区分表. (A)マレイ・ポリネシア語系. さらに区分し 得る言語数. 1.スマトラ語 2.・ジャ. ワ語. 3. 求/L・ネオ語. 4. バリ,ササク語. 5. フィリピン語 ゴロンタロ語. 6. 7. ト. 8. ト ラ. 9. ミ. 10. ロイナン語 ブンクー,ラ阜語. 1ー. 南セレベス語. り一 一l. ムナ,ブートン語. 13. ビマ,スンバ語. 14. アンボン,チモル語. l5. スーラ,バチャン語 南ハ?I,マへラ,西ニューギニー語4. 「⊥. 6. l7. メラネシア語. (この国の第1次. 経済建設5ケ年計画案では,人口. 増加率を1.7%とふんでいる.). 15. インドネシア人は同国人口の95. 3 5. %をしめているが,それは言語・. 3. 慣習等のちがう25の異種族の絵. 4、. 称で参るoそれらは東端の諸島を. 4. 除き,その大部分がマレー源種系. こ語 ヤ語. いちじるしい。. に属する点で1は一致するが!その 8 4 5. はか非インドネシア人とよばれる. 華僑,西欧人,ユー.ラシア人(オ. 7. ランダ人と原住民との混血),アラ. 4. ブ,インド人,パキスタン人が住. 6. みついている。そのうえ大きい島. 22 3. に患いては土侯の割拠による島中 島が形成せられ,分布の・様相は複. 2. 雑をきわめている。. (語系患よび. (a)北ハルマへラ語系. 土語の差異については第1表参. (C)パプア語系. 輿)第2次大戦後西欧人とくにオ. 注(C)ほ領土権について和・印抗争中の地域. ランダ人は排斥され,インドネシ. に属するが比較の便宜ヒ記載しておく。. ア全領域から窟速されつつある. が,これにかわって華僑の存在はいちじるしく目立つものとなったo華僑の勢力は単に その人Fjに比例するものではなく(分布状況は第2表),経済的な実力をもち,かつ彼等 独自の生活文化を相伝している。それゆえにインドネシアに潜ける華僑の存在は次の諸 点について注意すべきものであると考えられているo5). 1)回教国牢怠ける中国人の位置に関して 2)植民地の側部との隔離状況下に怠ける文化の伝承に関して. 3)在イ華人の敬背約意向と政策に関して 4)その家族構成について 5)新らたなインドネシア指導者が指向する統一国家思想患よび同化政策に対して, 教育の致袈と政治状勢のしからしめるところとして,これに接近しつつあゃ中国 人が言語,文学,演劇,出版,文化の面でどれだ桝日来の彼らのものをもちつず け一般に通用させ得るかについて. 第2次大戦後独立した東南.アジア帝国間におよそ共通の事実として,つぎのようなこ とがあるoすなわち植民鞄時代に畢.しくはそれ以前から嘩成された社会的混乱もt-くは 民族内部の対立抗争が,独立の達成とナショナリズムによって1bっそう激化されてい.
(6) 74. 田. る。そのような混乱は,主として. 弥. 元. L代. 第2表. インドネシア地方別華僑分布表 (1941年). 西欧的な教育をうたナたインチ1)な 地. いしは回教を信ずる指導者が,伝. 疏的な社会体制と衝突してひき溶. 区. 酉 中部. こしたものであるといえる.. 華僑人口. ャ. ジ. 兄. もともとインドネシア人口の多. 別. ジ. ャ. ジ. ャ. 他の社会慣行のうえからも,また. スマトラ西海岸. 経済的にも閉鎖された地域社会で. タ. vation. inno-. をはねのけるはどo,保守. 性を依然としてもちつずけてい. ワ. 130, 360. ワ. 158, 489. ラ. パ. タ. ル. カ. ベンク. リ. 5, 689 5, 589. ン. 26. 066. ノヾ. ノヾ. ジ. ャ. ン. ピ. ー. スマトラ東海岸. は,個人に中心を急かず,圧倒的. ア. element. が強くはたら晋つすけている。個. b拾東,動的社会化-Qj兆しをあ らわしている地方といえども,依 然として他面に旧態を残存し,刺 己的な地方自治主義の憤向をとっ ているo例をあけpようo. 西. 地. オ. ネ. ル. ボ. 191, 893 21,649. チ. エ地方 バンカ島地方 リ. 115,. 034. 方. 39, 123. オ. 109, 317. ボルネオ南東部. 26, 108. メ. 19, 909. ナド地方 ル. ツ. チモール地方 バリ,ロンポック. ボルネオ合計 135, 425. セレベス合計. 21,410. セレベス地方 モ. スマトラ合計. 8,834. 447, 576. る。地域社会にぉける生活倫理. に全体的要素collective. 274. 8, 805. ランボン地方 ン. 582,. 21, 224. ン. レ. レ. 合:ii'. ジャワ. 14, 885. ヌ ー. 718. 12, 640. ス. social. 259,. ヨク ヤカルタ. 数が居住する村落は,宗教的にも,. あって,社会変革. ワ. カ. 41,319. 8,335 6,897 10,944. 締計1,乏32,770. ジャワ島の人口問題を解決し,. かつ列領(ジャワを内地とみるのに対して). ・の開発をはかるJ5-めの国内移住計画は,す. でにオランダ統治時代からはじめられ,独立税政府もま売これを踏襲している`,,が,年 年数千家族を移住させ得たにすぎず,その数はジャ'ヮ島人口増加分把対比してはるか托. すくないもQ)Lであったoそれは,スマトラ,スラウニシイ(旧セレべ'ス)潜よぴカ'.)マン タン(旧ボルネオ)を主たる移住先として,移住5ケ年計画を充てたにもかかわらず, 開発の不振,輸送機関の不足のほか,ジャワ人と他種族とa)あいだのアダト. adat. (慣. 習法¢意)が対立して,移住と技術開発を妨げたことに庄因している。 このように外来新文化の洗礼をうけ尭指導者層とそうでない大衆層とのあいだには, 心理的にも物質的にも大女る-だたi)があb ,都市文化と村落文化とが依然として相容 れない状態をあらわにしている。. 歴史把にみて,インドネシアは一見ヒンズ-教や回教等外来宗教文化の影響を強くう けているように思われるが,実際にはヒンズー渡来前(7世紀一15世紀がこの国に溶 けるヒンズー時代セある)の固有の社会文化思想にt-らわれてい去ととか少なくない。. 要するにヒンズ-は王朝貴族把入ったもので大森には無意であわ, 、また国教は大牢化し たとはいえ教義の形式の鉢が普及しただけで優って,古来の文化的伝統をくつがえすこ.
(7) 75. 後進地域の社会教育. とはできなかった.つずくオランダの儀治も政策上虐接の接触をした対手は社会の上層 部に限られ,一般民衆に西欧文化を注入するにほいたらなかったo. 1870年以降私営エス. テートeStateが藩こ′わ・,また植民政策も民衆の福祉政策を考慮するよう棚ゝわってき ているげれども,民衆か近代社会を自覚するようになったの軌主として貨幣経済の普 及,近く:は草愈とナ′ショチリズムの影響によるものと断ぜぎるを得ないoただし今日ま でのところ,人権の尊重,男女の平等にはじまる近代文化の立脚点をふまえて行動し得. 盲犬衆は,都市社会のなかに生活する少数招すぎないo 月をビルマに転じて,英国植民統治の結果をたずねるとき,社会体制Qj概要はインド ネシアと類似しているoビルマも雑多な樺浜,多様の言語をもつ国であるo大別して7. 種族(うち1部はタイ系,他はマレー族の支流あるV,ほ印締混血,蕃人). 14種の言語. (申年すれば130種)系統をかかえ,風俗・習慣も倉のずからひらきがあるo急かでカ レン人のごとく植民地時代にその大部分がキ1)スト教化された地方もあるが,多数の地. 方には仏教(小乗)が弘通しこれが社会慣行に圧倒的な影響を与えていoしかしながら, 今日な潜表記地帯scheduled. areaと称する非行政地域をの・こしているはど・国家社会. の廟一組すすんでいない.日本の2陪の広さをもつ国土拓わが4分の1程度の人口をも っにすぎないビルマの場合,対人関係の緊迫度がうすらぐのは当然であるo. もっともビルマ人は一般に持疑心が強く,対外的には融和しがたい性向をもっているo 怠惰な-面,乱暴をはたらく狭量の性賦に対して,小乗仏教は彼等を規律するはとんど 唯一のよわどころである。かくて独立政府の割囲や指導者は,大衆指導の方便として仏. 教を利用せん与する憤向をしめしているo ii)経済的条件-ふたたびインドネシア把ついて・植民地時代に怠けるfja地人は, 前掲エステートの労働者として,あるいは小規模の生産者として,ゴム,コrヒ-・コ プラ等の栽培に従事しつつ西欧的な生産技術様式に当面し潅にもかかわらず・伝統的な. 農法を固執し,破綻をきたすはどの頑固さをしめした。多数の村落住民が"手から口 へfr。m. hand. to. mouth''の生活態度を容易に改め得ない状態である.これがナシヨ. ナ1)ストを養成する地質とはなわ得なかったことは既述のごとくであるoそれに対して. 新らしい政治的・社餌理念を感得し-ンテリ層intelligentsiaとプ-クー.)ア⊥ト proletariatをうみ出した都会の興起は・せまい通路ながらそれをと患して西欧文伽亨. とわいれられ新らしい生産様式が展開される窓口としての意味をもっていやoたしか に都市の発達は,教育と技術開発のセ-Jクーとして,とくVC青年層の啓発にあすかって 力があった。. 6). しかしながら,そのような生産都市勃興の過程に重大な欠陥があったoそれは前述の. ように都市と農村との間の紐帯が断準れていたこと,資本の蓄横に対耳や手落ち・輸出 と輸入の不均衡,勤労者の勤労意欲の弱さ等々のごとく致命的なものであったoとくに. 植民地時代のさく放からたち鮎ミる-<き時期に患いて,嘩族の経済力の弱さを露呈して V、るo.
(8) 76.. 元. 田.代. 弥. 独立政府は国民所得が1919年のレベル以下(年1人当わ1,000'L,ど.ア)であると推 定される状態にかんがみ,かつぉそるべきインフレ-ションに対抗するためにも経済建. 設5ケ年計寧の立案・実施の必要を認めた。しかし政府の各省は総合的な経済建設計画 の完成をまちきれず,農業5ケ年計画,工業発展計画(カシモ・プラン)等をたてて実 行にのわ出したoそれとても予算の不足,関係当局間の協調ができず所期の成果をあげ る把いたらないo 経済建設5ケ年計画案は,. 20年にわたる構想の第1次(1956T1960)にあたり,人. 口,資金調達,農・林・漁業,濯艶鉱物資軌工業,通信,労働力,労働関係,教育,. 保健,社会福祉・村落発展,協同組合,行政持臥組織計画の各分野をふくんでいるo もともとインドネシアでは,この種計画立案の基礎となる経済面の統計的データはほと んどなかったので,. 1952年内閣に国家計画委員令(各省大臣をもって構成)が設置さ. れ,のち国家企画庁として独立したものの,国運やI. CAの協力を得て国民生産等の基. 礎調査からはじめて立案の作業を終えたのは1956年5月であった。しかも同年末よ;) 各地に軍部のクーデクーがぉこり・政治危機がつずいて陽の目をみない。別途外国援助 による工場建設も多少すすんでいるが,熟練工・技術者を欠くこの国では工業化が歯難 でゐわ,他方農業投資を軽視した方針にも・過誤なしとはいえないものがある。さらに オランダ人追放と華僑の圧迫政策が経済的支柱を不用意かつ急激把撤去してみずからを あやうくする結果を招いている. ジャワの産業不振は,列領依存の度を増すことになわ,それが今日のインドネシ7・政 府をゆるがす最大の問題となっていることはきわめてあきらか一拍る.国家統一把亀裂 を生ぜしめるごとき混乱の真因が経済不安とそれにからまる地域的利害関係の対立(す なわち外債の収益をジャワのために用いることが,ジャワ以外の地域の自治要求となわ,. 同時に対立不満の原因となっている〕にあること、は;同国の文化の進退にも大きく寮響 するであろう。 ). X. X. X. X. x. ビルマは有数の農業国としてしられているごとく,国民の多数が農林業によって生計 をいとなむのはもちろん,政府収入の大部分を輸出米患よびチ-ク材の代価にあ患いで. いるoしや、も農業適地のうち24%は未開拓であb,かつ近隣諸国と比較して,農民1 人当b所有農地面横は戦後の徹底的な農地解放の結果圧倒的に増大している(第3表参 照)0 しかるに,最近農産物輸出価値が暴落して政府は財政上深刻な打撃をうけている。か つ内政上,治安維持費に国費の約4謝. 第3表. 農地所有面積比較. をつかっている把もかかわらず,いま. ビ. ル、マ(1951年). だにその成果があがらないことは,国. イ. //. の経済計画遂行上大きな問題である。 しかしながら,社会主義国家建設を. めぎすど'Lマは独立とともに長期経済. ン.ド( )ヾキスタン(1949年) セイ. 日. ロ. 2・0エーカー/1人当 ). ン(1951年) ∫/ 本.( ). 1. 1. 1 0 0. 8. 0. 2.
(9) 77. 後進学域の社会教育 第4豪. 逮 港 港. 発設設路救山送. 工. 開建′施水. 力場.宿湾. 宿. 鉱 舵 鉄. 78クロアズ. る打撃・遅滞を回復しつつ国力,民生. 23. J/. の増進をはかろうとしている.その計. 3. J/. 画の骨子は,当面の目標を1960年に. 50. †/. 37. †/. 12. //. 道.道. 路. うち農業生産は77%増をもくろんで. //. いる。そのはか計画は,林・漁業,鉱・. //. 工業等の開発と,それに必要な動力,. 琵篭警慧叢芸志望, 750. 計. 注, 1ク. ロ. %増加,. 9. 450. 絵. 10年間に生産力を63. 潜き.. 87. 輸. 空. 社会計画を樹立し8)第2次大戦によ、. 産済開発目標(金額). 通信患よび輸送力,国際収支の改善を. ・′. めぎし,かつそれらと平行して社会福. crores・. 祉,文化,教育の拡充を総合由に企画. アニ10,000,000チャーツ. している.とくに福祉国家実現の衆あ. 1チャーツ-邦貨76円. に国家が投資し,支出する金額は第4表のごとき関係になっているo 政府細萱任に患いて実施を国民に約束したこの国家社会計画は,目標を達成したあか っきには生産の増加にともなう物価引下け'と消費生活の緩和,文化生活の向上(たとえ TLンから9,000トンに引上けて需要にこたえ,あるい推 ば用紙の年間生産量を7,600. 医薬品の自給自足を実現する等)が期待できるわけであるが,現実には,国民の勤労意 欲が乾く(国営工場QD'労働者はたいした理由もなくしばしばサボクージュを急こなう し,農民は最低生活をまかなう以上に土地の生産力を活用しないため,国営農業開発機. 閑Qj指導も容易に普及しなV1]状況である),また戦時中に堆鎖したスクラップを処理す る意味で建設し東大製鉄工場が操業をしなぃでたちぐされになっている事実もある。か 政府の手で立案し推進する計画--を画 てて国際収支の意化はこのような国家計画 」. 餅に帰せしめるぁそれがあるo現にこの計画は朝変暮改の状態である. ×. c. ×. ×. ×. ×. 絵括-気候風土患よび地形等自然的条件と民族・伝統等の歴史的,社会的条件の. く・みあわせによって,イ-/Fネジア人とビルマ人がもつ特性に種々の相異が認められ. る.とくにイ-/ドネシア人の海洋・島喚民族的性格・感情とど■ルマ人の大陸由・亜熱帯 的性向の対比はきわめて明瞭にとらえられるoさらに両国の社会・経済的特質にも注目 せぎるを得なV,0. しかしながら,それらの条件を鼻息って,少なくともごく最近まで事実上彼等を支配 し影響を与えてきた植民政策と西欧的文化の影響による変化がある.今日では,意識的 にそれを排除しようとする動き9)があらわれているが,反面経済的・政治的基礎の薄弱 な事態把わぎわいされて,彼等の生活は種々の面で植民時代の施設や文化由遺産をくい. つぷしながら時(とき)をかせいでいるようにみえるo国民生活の向上-とれは教育 のプランを考える場合にきわめて深い関係をもってみられるものであるか-を旗印と. して,雄大な国家計画d推進を為政者が(一方的に)うち出してVlるにもかかわらず. しばしば歴てつをきたしている。.
(10) 78. 田. 代. 元. 弥. 一方では資源の開発,国家財政の安定・拡大を意図するにもかかわらず,技術の不 撹lo),国民資本の不足になやまきれるoかっての植民勢力を駆逐しようとすればするほ どいっそう当面の凝済危機が増大するという矛盾になやむ状態をみるのである。しかも 為政者と国民との対立,指導者層と大衆との離反をくi)かえすのは致命的である11).. §2 教育が当面する課題 A. 戦前(植民地時代)からの教育の概観-教育文化の普及度をはかる有力な指標. としてしばしばもちいられるの惟文盲率percentage ごあるo. インドネシアの場合,. of. ilJiteracyめ大小をみる方法. 1930年の国勢調査に患いては原住民のうちで教育ある. ものは6.3%にすぎなかった。一般民衆を文盲のまま放置することは植民政策上通例の 事態であD,高等教育はその大部分を本国に患いてさずけるClが常態であった。. 1954年. 現在にぉいても,インドネシアd文盲は64.5%にのぼるといわれているo したがって,独立政府ほ教育のインドネシア化とその普及に多額の国費を投入してこ. れを推進しなければならなかった。文盲撲滅のためには,. 1951年1月以来社会教育10. カ年計画がたてられ,全国民が少なくとも小学校卒業程度のよみかきができるようにな ることをめぎしている。しかし,教育の後進国は成人教育よi)も義務教育制度の確立・ 普及によi)多くの力をそそがなければならないoそのためインドネシアでは1946年に. 学制審議会を潜き,その起草になる"学校教育基本法"を公布(1950年)して,満8 歳以降6カ年o'.義務教育12)を課することとした.この法律によi)人口2,000人につき. 1校の割合をもってまず小学校の普及にのりだしたのであるが,最新の調査(1954年) によるも,国立Q)'小学校数は約25,000校(生徒数約498,000.・^,教員数約83,000人) すなわち計画の20分o)1紅蓮したにすぎない,,高等教育機関は国立総合大学たるイン. Fネシア大学(医・法社・文哲・経・農・獣医・工・美・理)患よぴガジャマダ大学 (医・津軽一社会・政治・文・教・哲・農・獣医・工)以外に小規模の私学約25校を含 めて学生数20,000人余にとどまっている.. 学校教育をdぞいて注意をひかれる01は,技術者需要対策である。前掲経済建設計画. を達成するためには,一般の教育方式にたよることができない13)やめ,別嘩の技術(職 莱)教育を要求する声が実業界からも出されている。しかしながら専門教育を拡張する ことほ今後数年間期待し得ず,その順列国技術者VZ:依存しなければ,産業開発はもちろ ん,輸送・通信・建設等の諸君BFヨにおける経済建設は実現不可能℡ある.. 成人教育の1方法としてマスコミュニケ-ション手段を利用するこ車は,各国とも採 用しつつあるが,インドネシア国営放送機関RR. I管下58局の聴取者は526,000セッ. ト(登録数は376,000)にすぎず,その大部分が都市に集中している(1954年調),し. たがって村落部Q7:対しては,公民館のサワデスによるラウドスピ-カ-からの共同聴取 施設をそなえた地方また妊エステ←トの同種施設にの.淋伝達がなされるにとどまるo 国営放送のねらいは,. 14).. 1・国家意識の啓発と国家統一(pantajasilaという国政5原則の-)の強調・.
(11) 79. 後進地域の社会教育. 2.具体的目標と重点方向. (イ)大衆教育(ロ)文盲撲滅運動(-)イ,/ドネシア文化の普及 にあり,そQjため教育番組編成にあたって①インドネシア国語⑧除健プtlグラム⑨農. 業向けプログラム④文盲撲滅計画⑤報道⑥広報番組をと患して民衆に批判精神を養 うことVL_留意しているという.番組編成は文部省,社会保障省,保健省等から差し出さ Broadcastによ.ってなされる。r. れるエキスパ-トからなる独立の国内放送部Ilome. 教育放送の聴取者は1950年の',-ネスコ調肇に倉V,ては約500,000/100,000セットと なっているが,農村地帯では`good-neighbour. system'等の活用により伝達の効栄を 拡張している.これによって政策の徹底,就学の奨掛,家屋の改善,保健衛生思想の普 及,農民に施肥・用具・種子等の知識を与え,治安を守るようなことがらをひろめるし ごとがなされてV'るo. つ空わ国民に対してイ-/フォーメ-ションを提供する段階であ. る。. 放送のほか,農民指導におけるエクステンションeXtenSion活動についても考慮は はらわれている.しかし現状では国営農業試験場のごとき限られた少数の機関に付設さ れ充講習所が農村男女青年をあつめて,農業技術や家政管理方法を訓練している程度で ある15)0. 無電地帯をの)ぞいては映画による教育方法も考えられるが,教材の整備という先決条 件をみたしていない現在では,そのような効果をのぞむことができなV,。都市における 商業映画の攻勢はさかんで,欧米映画による影響16)も急速にひろまわつつある。 "バンドン市の教育週間にあた-,,て,.ある. Fischerによれば17). フィッシャーILT.. 講演者が`インドネシアの観たちが子どもの教育に関して大きな失敗をした点は,自立 の訓練を欠いたところにある。 児童が 第2図 Ⅰ. All. 成年に達しても,イニシアティブをと. インドネシア青年団体系統図 indonesian. Federation. :. Youth. Moslem. i). PORPISI. 傘下に15の全国的組織あり,その代表的. プティ,ミズム綻もち得ても,合理的な. なものは下記のとおり) GPII, PII (中等学生回教連盟), ⅢMI (大学生†/ ), ANSOR,. 政治信条さえ養われ患いで,全体主義 的風潮軒こまきごまれることになれば危. 険である。、. ・--. ⅠⅠ.Federation. Yollth. of. (Democrat. Front:. この国の文化政策をみるには,・一般. 牢よびCommunist. -. peふuda Rakjat,かってほPPMI(坐 学連)等をふくむ連合体) ⅠⅠⅠ.'Pemuda IV.. Pemuda. ration:. に国民の知的水準を高めるしごとのほ,. かに,民族(人種),宗教等の相違に. Katolik. rもとづく文物・慣行′・言語(文字)表. Kristen. 象・イデオロギーのちがbを考慮に.い. V.,その一他, ⅤⅠ. The. ,生活や行動に責任をi:わ得・&い・/・ 'とのペている."`理由のないオ. Youth. れなけれぼなら怒レ、ら and. B瓦SPM. Military. Corpo・. イ1/. Fネシアが. 公用文字としてア'L,ファ-iッ トを採用 し潅ことは賢明な策で象ったと思ゎ恥.
(12) 80. 田. 代. 元. るが,文化活動の展開にあたっ. 弥. 第5表. インドネシア政府総支出額. (1954-56年, 【単位百万ルピア、). て,そのにないてで漆る団体の協 同もしくは連合をはかることがで きないのは上記の事情によるものL. である。ーたとえば青年団体の系統 がきわめて榎雑で優るのもこのゆ. 財. 政. 2,277.. かつ政府は,妄の内外政情にも とづいて,各種団体と軍隊とを一. †,249.T. 1,冨29.2. 費. 1,027.. 1, 209.7. ョナ1)ズム感情をかわたてようと してい:る.. 4,390.. 経 済. 省. 大蔵. 省 費. つ,教育費を支出する困難さVZ:遭 遇する。第5表にぉいてみられる. 519.. 1,345.2. 費. 1,413.2. 海運局費. 方面からくる諸必要をかえi)みつ・. 4. 367.6. 5. 498. 9. 費. 運輸通信省・. 一般に独立草創の時期に患いて は,国家財政はきわめて窮屈な状 態にぉかれ,内戦,建設作業の両. 7,201.7. ) (謂醤欝, 農林省. 育成し,これを通じて青年のナシ. 7. 6,482.7. 経済の都. BI(SPMを. 2,512.7. 4. 費. 治安の部. えである(第2図参照)。■. 丸とする御用団体18). 一般の部 大 学. 公共事業省費. 4. 676. 963. 8. 193 4, 456. 1,854.7. 562. 5. 232. 3. 570. 7. 683. 0. 1,237.. 文化の部. 6, 411. 1,353.0. 9. 172.8. 154.6. 情報 文部. 省 費. 856. I. 975. 1. 宗教. 省. 209.. 223.. 3. 580.0. 588.. 7. 事72・1. 292.. 8. 費. 社会の部. 602 1, 658. 省. 費. 484. 1. ) (要義窟・. ごとく,インドネシアの教育費は. 外交の. 大学,文部省令わせて総額の約13. 部. 15, 140.6. 計. 'o'oであるが,これをもrって学校建 設VC'患われ,かつインフレ-ショ. 16,316.5. 注: 1)有馬,長田著インドネシア(昭32)より.. 1956. 年分の外交は一般に包iB,一部細目不明. 2)大蔵省費ほ債務償還.地方機関貸付,政府. ンによる実質的損害,公費以外の. 1955年. および民間企業-の投資をふくむ,. 財源を期待し得ぬ状態を合する. まで経済省にふくまれた食糧貯蓄基金は. と,社会教育費の支弁は経とんど. 1956年より大蔵省費にふくむ。. 不可能といわなければならない。. 参考:貨幣価値の変動甚だしく,公定レートにお. (恵患団体指導者が高等教育修了. いて1952年Rp-31.58円が1957年にほ 18・8円市中レートによると54年12円,56. 者に限られ,青年団体の場合,勤. 年8・57円,. 労青年の団体に学生がはいってい. 57年7.5円に下っている。. る点はEj本と異なると同時に,日本以外の各国には共通にみられる現象で奉る.) ×. ×. ×. ×. ×. ビルマに文吉がいない理由を,同由文部省Directorateof Educationの教育調査官 ウバミ./y. U B畠Myint氏はっぎ0・・ように説明した.. それは主として仏教あ影響によるものである.まず仏教の5戒律の1に仏教徒は親と. して享どもを教育しな抄れぼならぬとある。観たるものは,そのぁせてを忠実にまもっ 七子セもに 教育をう抄さ盲ているoつぎにビルマでは今日でもなぉ男子一生把1度は恰.
(13) 81. 後進地域の社会教育. 新ビルマ教茜プラン(PYIDAWTHAより). /i73E27 TECHNICAL [NSTITUTF.S. AGRICUJ「URAL INSTITUTES. UNNERSITY. //IscHOOL.Sl\-I EZ]. .盟 ○ 0 」=. ロ. ・一■-一. ′○. AGE. ○. ち, の■. d} O. ⊂:) O. i_. .Etp. E) ∈. l卑 ∈. .一一. ‡. EEL ≡_. ノて⊃. 一■. l〇 O. 也). .一一. Eヨ O. 9IhSIond(】rd ・8柵SI8ndQrd. co叩mOhcore o卜Subj■ecls. ¢. lヨ. EI. -4). <. O. 15. l⊃ ゝ_. ■ヨ ⊃+ 1⊃ t=. ∈. ∈-. ⊂P. ∽. E) tコ Eヨ. ⊂1. ⊂). Jq)O ⊂ くD くJ. ∽._ O, ・●-. め C>. ≡0. ⊂⊃. O. U■) ■⊂I.L. O. 一一っ ⊂ ⊂I. ⊂ q). くつ. ○}. >ヽ. EI. 一ロ t= O. L可 lコ. ∈ ⊂. El つご 1=一⊂l OE ・ロ 4>.一⊃. 重言 O. ・旨 < 一っー l= l= q) 一t⊃_. l=0. 4thStQndQrd. 9. もrdSIondQrd. .J⊃. ゝ.. コ:. (コ. =E. 8. 2 nd/SIQnd(】rd. 一t⊃ l= 一っ. 7. lsI■Stdndclrd. lー.. V. PRIM.ARY.. ・●.-. ._O. LL. JO. ・of.Subjects. U. =〉. q〉. <. I.ド ・5Ih:SIQ_nd(】rd. Fi. ーq)I. i... 6IhSIondord. エ. 日. .'.-. 0. GommonCor-e. V. ■lヨ. O. 巨Iヨ. ∈ O.0. Jこ. O、.. 4).J1 ゝ■(′I. 7I,hSIdndQrd. l2. qo-. ¢. 一口. i_. む. ⊂ ゝ.I. MIDDLE -め ■■-. .4}. O. _-I =I. O.. CL. ∈ ■≡ <>、. 各号′■(力1. 0. ・L. 亡. l5. HI6日. lヨ. (∫) =I. ⊂I. ∈. CornmonpCore. E). 義.. ⊂. <.. ofSubiecls. lND∪STR仏LARTS. coMMON■CO能 oFSU白JE,C'TS-. ANDSCIENCEJ, 6-. KINDERGARTENS `NU′RSERY■■SCHOOLS. (privo-1e[yP(ovide.d). .= ■O■. ∽. HUSB牟NDRYAND.DOMESTIC SCIENCE. lNFANTqLASSES. CRELCHEAN:a. ■4. 0` 0. AGRICULTUREAND..ANIMAL. ANDINFANTSCH,00LS. 5. O. I.
(14) 82. 田. ■代. 元. 弥. 侶となるo鮒呂となるために催その準備として,よみかきを習得しなけれぼならないo そのために各地にある寺院は子どもによみかきを習得させる役害陀は発している.伶侶 にならない女子に対しても,よみかきを潜ぼえる目的をもって寺院に立ち入ることを許 しているからであるという.. (この伝統は50-100年前からつずいている)0. ビルマに患いては第3図にしめすごとき学校体系を実現する計画をたてている。しか しながら,現在公立小学校数10,921,児童数1,493,000といい19)下級小学のみを義務. 教育(6-12歳の間に4年間就学)としているにすぎない。地方の学校はほとんどすべ て寺院の一部であるo潅:だし学校整備についての政府の努力はなみなみならぬもQjのあ. るの壕みる.すなわち教育費o・支出は1948-49年には15,106,991ksであったもの が,. 1954-55年には129・. 247,. 120ks. <1ks-76円>にふえているoまた初等教育改善. のためわが国に短期顧問をもとめることもしているo テンダーン大学は,マンダt-一にある学部と合してこの国唯一の総合国立大学である. が・工学部は国が独立後ようやく設置された.ただし現状では壮大な建造物が外観をは こるの†みで,教材教具由設備ははとんどなく,それを外国の援助にたよっているごとく,. 将来にむかって幾多の問題をかかえている. もっとも英国式の輿務教育は都市に患いてさかんであわ,. National. College等と称. する私立Qj各種学校やYMCA等の団体活動によって市民は外国語,簿記その他の技 能を習得し,職業につくことができる。. 独立後の成人教育は,これを要約すれぼ1948年の公衆教育法The. Mass. Education. Actにもとづき種々由施設,機会を開設することに主眼がぉかれているo同法によれば. 公衆教育審議会Tbe. Mass. EducatioII. Councilが教育者と行政官代表合わせて15人. をもって組織され,生産・文化生活,保健衛生の諸般にわ別必要な成人教育施策を講 じ・合わせてリーダ-. organizer養成(目棲は1,000人,これを全国に配置する。現 在達成率84%)を患こなうことになっている.また主要都市には公衆教育センタ-敬 溶くことになっている.. さらに成人大学University. for Adult. Ed・を開設し,勤労者が労働後通学し得るよ. うになっている。現在6-7成人大学ができている。 ビルマ政府はビルマ語,ど,I,マ文字による文化の普及を企図している.そのため1947 年ビルマ翻訳協会Burma. Translation. Societyをつく少,列国の文献(有名な文学作. 品等をふくむ)のゼルマ語訳ならびに出版を急こなっている。そのはか公衆教育のテ辛. 主唱も発行するが,印刷工業の・患くれも関係して書物の価格はたかい。自動車文風 巡回映画もすこしずつ動きだしている.. 社会教育団体のlうち青年組織としては,中央青少年審議会法Union Central. Council. Act. Youth. (1951年)によって構成された占ルマ青年会Union. Affairs Y。uth. Organizationがあるのtみである.同会は中央執行額をは、じめ,中央で訓練されたリダ-. organizerが国内65カ所Q7地点Q7:配置され,それQ7= 226人の有志指導者(1957 年瑞在)が協力して組織活動をぉこなうことをたてまえとしている9その事業拷,.
(15) 83. 後進地域の社会教育 1)一 審議会の政策をしらせるPR活動 2)宗教をふく 3)教育活動. む道徳教育活動. 4)軍事訓練 5 ヽノ. 勘繰. 防救. 活y訓 火.護. 6). となっているが,その授か祭礼奉仕,パゴダ(仏塔)建設奉仕,ダンス・パレードその. 他のvク7)よ-シ;ン行事,もしくは図書館開設,地方QR'J、学校に恵ける教員不良に対 する補強痕動産どゐ臨時プログラムをもって山る.現夜会貝虹 ll-15歳・・・_-. 15,000人. <男女比. チ. 3:1>. 合 計 160,782人 16-1由歳-=」145,782人 (18歳以上はアドヴ7イザ-となる.)執行部81人(全国)をかぞえるが,国家財政窮. 乏のために全額国費で支弁される運営費が削減され20),専従職畠は俸給半減を申し出る. ち"なぉ遵営Q7:-多大ゐ支庵をきたす実情である。その他審議会の機構自藤に大き恵欠陥21) があることに気づき,現在(1957-58年)機能を停止し七再検討をノ(わえなけれぼなら なくなっているo政府与党たる反フ7ツショ自由人民同盟AFPFLもとれに対して関 心をもち再建に心をもちレているという。. 今後の社会教育問題rr制度の面からtlえば,学校教育が社会教育よ'i)も優先的 たとi)扱われるのが後進国の轄であるoそれは"かたち"をととのえた教育のしか潅 B一. が詮にでもわかi)やすく,かつ効果があるよう`にみえるということからも,また基礎教 育の徹底という点からも当無考えつかれることであるoしかしながら,現状では施設の 不屈はも主よわ,教員養成もこれから強化しなければならないところばかi)である.1こ め.;3:うた場合a)社会教育は,施設も指導者の充実rもあとまわしにしてもっぱら伝達的な. 啓発活動(文盲地域では不完全な基礎学習もふくめて)が全体をお患うようになる。し かしその嘘'いだからすこしでも民衆の学習-ネ}7,ギ-の発現をうながすはたらきがみい. だされるか香かが,今後のようすをみと潜す重要な鍵になるであろうo ま潅教育全体の構造のなかで,成人o1学習能力や水準をたかめることは,子どもの教 育を有効なものにし,社会文化を発展させるもとになわ,その関係は原因とな'o結果と 怒って循環する.とくに大衆社会mass ideal バ-. societyに急ける大衆はみずからひとつの計画. planをもち,その実現をはかるような能力をもたなければならなV1.マッキMaclvetがいう"幻の(公衆"でなしに,自立する大衆をもって政治・経. R.M.. 済・社会を構成し,推進していくようにすることが民主社会の方向であi),社会教育も その忽かで自己の位置と役割をみいだすべきである。. 1)ヅク大学の後進社会改善研究が民衆の自惰力. (これに関連して,アメ1)カカト self-helpをやしなうことにむ抄られて. いるのほ興味あることである占) しかるにイ-/Fネシアに患いては,最高指導者たるスカ)LJノ(大統領)が〃指導され た民主主義"をとなえ,国会や国民評議会(国会の外の国会)によぴかけている.上述 のごとく少数の指導者層忙つらなるものと民衆とのあいだ匹明瞭な断層が存在する事態.
(16) 84. 田. 元. 一代. 弥. が,かかる思いつきを許していることは想像に難くないが,これをもって民衆指導の姿 勢とするかぎわ,後進社会の教育的変革は愛すます溶くれをと為で優ろう。との点わが 国社会教育の展開状況と対比して注目すべきことである。 Union. またビルマに患いて,労働者総評議会Trade. Congress. (Burma)幹部のロ. (6,232円)だが,彼等はそれで満足していると. から,同国労働者の平均月収は82ks. きかされたo既述のごときこ四国の現状をもってすれば,それもある程度はうなづける こともあるoJしかし,それは勤労者教育の無にひとしv,実態を裏書きするものであって,. 国(社会)の発展に資する成人勤労者の人間的成長についての理解と配慮を欠いている ことはあきらかである。. 後進社会に患いては,とかく周囲の促進地域からうける刺激や指導者がえがくすじが きにしたがって,. ・急速な文化水準の上昇を指導者(為政者)があせって実現させようと する。ここに教育の立場からいって大きな危険が兆している。歴史的法則性を見失って 一方的な教化をもくろみ,Lそれをもって社会教育と誤認し,あるいはすi)かえることは さけな抄ればならないoにもかかわらず組織化が困難で効果をあけpにくい社会教育の場 面に率いては他の社会的な作用によって道をまけ'られやすい。それに対して民衆の自主. 的な学習意欲の高揚をめぎして側面からa)療助をすることをも,って公共の機関..施設の 任務としていくような社会教育の体制をひらく方途が考究されなければならない℡あ ろう。. バンドン精神その他22)にあらわされた理念と現実の対照,コロンボプラン等による. 域外からの物的支持によってかろうじてささえられている文化水準,政治・経済・社会 をめぐわ錯綜した条件をもつ新生国家が,いかにして自前(じまえ)の生活文任を体系 づけるか.これはひきつずき検討をくわえ,かつ実践をつみあげていくべき問題であ る。. ⊂この小稿を定年退官された前教授,銅直・松崎両先生にさ割ヂるコ 注. 1). Hans,.N・-;. Comparative. Kandel,. 2)例,. Roucek,. Ⅰ・L・;. Comparative. ColnParative. J・S・;. Sprapger,. Education,. 1949,. pp.. Education, Education,. E・;.Probleme. der. 1. 1933,-・および. det. van. 5). ibid,pp218. 6). wertheim,. Kroef,. W・F・;. 学習クラブstudy. J・M・;. Indonesia. Java's. Wild. Kulturmorphologie,. ip the. West,. A.H.. &. 19与1等.. 1939.およびHansの前掲書. ,3)例, 等。. 4). Moehlman,. Modern. 195b,. pp. World,. 5. I954-56,. v91.1., pp. 61. ナショナ.)ズムの勃興と平行して,. clubがフォーラムforumに発展したような動きもある。. この由のナショ・j-I)ストが起した車創ま結局都市め革命であり,農民の変革は将来の問題 であると′wertheimはいうo. 7)ビルマ政府の統計(1952年)にまれば産棄別人口の3 分の2Jが農業鐘事者やあるo女た由家.
(17) 85. 後進地域の社会教育 収入の4割以上は米襲類輸出代金である。 8). Economic tbe. 9). Social. and. New. Burma.. Board,. 1954,. pp. Government. of the. Union. of BuT■ma;. PYIDAWTHA. 128. 1957年10月から11月にかけてインドネシア在留オランダ人排斥迫害運動は頂点に達した。 政治家がそれを煽動したように思われるふしがあった。ビルマにおいても言語,文字をほじ め生活の諸相において,J西欧文化を自国文化にき.りかえる.ことに執着しているようすがみら れた.またしやし品の流入を極度におさえていたbo. 10)農作物反当収量ほ日本の3分の1の以下であり,工業生産性も同様に劣っているo また. ll)インドネシアにおいてほ政党の小党分立,国家統一派と大島自治派との対立力真目立つo ビルマにおいては今日なお政権が及ばぬ地域が国土の3労の1にのぼ■っ七い る。 12). 6・3・3、・4制(6年間の義務教育)を採用してい毒,こ. 13)インドネシア,エンジニア連盟は今後5カ年間の技術者需要量を,政府部門得業士級3,200 人,修士級575人計3,775人,民間部門4,000人と算定しており,しかもこれほインドネシ 1957,29. アの高等教育機関でほまかないきれないとみている一有馬,長田;インドネシア, 頁。 14). Unesco Areas,. 1950,. pp. in. Radio. J.G);. (Williams,. Fundamental. Education. in. Undeveloped. 53. 15)期間はおよそ半年間を課するところが多いo 16)これらの国々における太陰族発生の一因は興行映画の影響にあると考えられる. 17). Fischer,. Kinderaantal,. H.T.;. 1953,. p49. 18)青年祭行事(1957年)がほとんどすべてBKSPM. a)イニシアティブによって実施されたこ. とを視察,Lたo 19). SupdtりGovt. in. cation. 20). Printing Burma,. and. Staty.,. Union. of. Burma;. Octennial-Report. on. Edu-. 1956,付録参照。. 1956-57年国の交付金140,000,000 されたのは300,000ks. ks. の予定が,. 600,000ksに削減され,結局実際に支給. にすぎなかった。. 21)審議会の構成ほ,法律によりつぎの人員をもってする。 議. 最高裁長官. 要. 副議長. 長. 文部大臣. 以下政府. 委. 大蔵大臣. 青年会代表. (18). 〃. 人事院総裁. 青少年事業体代表. (9). 〃. 各州担当大臣(5人). 員. 員. 計. ユネスコ蚕代表 機関代表(8). 45名. そのため役人の介入,会務の執行にこと大小となく上記官僚間の決裁を得る暁雑さが青年団 活動を阻害する結果となった。 22)バンドン会議(1955年4月)の平和10原則 1.基本的人権および国連憲章の目的と原則の尊重 2.すべての国民の主権.領土保全の尊重 3.あらゆる人種の同権,大小すべての国民の同権の承認 4・他国の内政に介入あるいは干渉しないこと.
(18) 86. 田. 代. 元. 弥. 5・国連憲章に一致する諸国民の単独あるいは集団的自衛権の尊重 6・. (イ)大国の特定の利益に奉仕するために集団防衛のとりきめを利用しないこと (ロ)どの国も他の国を圧迫しないこと. 7・いかなる国の額卓保仝,あるいほ政治的独立に対しても侵略行為,侵略の脅迫あるい ほ力の行使をしないこと 8・あらゆる国際紛争の解決は国連憲章に一致する話し合い,護り合い,仲裁あるいは裁 定のような平和的な方法ならびに当事国のえらぶその他の平和的な方法で解決するこ と. 9・相互利益と協力の促進 10・正義と国際義務の尊重 なお1954年6月のネール・周恩来共同声明の5原則もこれと同様の趣旨をもっているo.
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