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福島県立大野病院事件

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福 島 県 立 大 野 病 院 事 件

検 討 報 告 書

-刑事記録等から見えてきたもの-

2009年11月

医療問題弁護団

福島県立大野病院事件検討班

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序 文

2008年8月20日、福島地裁は、福島県立大野病院の母体死亡事例について業務上過 失致死罪等に問われた産科担当医に対し、無罪の判決を言い渡した。 大野病院事件は、現職の産科医の逮捕という特異な経過を辿ったことから全国の注目を浴 び、医療に対する刑事司法の介入の是非について大きな議論を巻き起こした。 また、折から進行中だった「医療版事故調」の導入論議にも大きな影響を及ぼし、さらに は、近年巷間喧しい「医療崩壊」のひとつの象徴的事件とも擬せられてきた。 このような複雑な文脈の中で、本件の無罪判決は、多くの医療関係者の「歓迎」を受けた。 それから1年余が経過し、大野病院事件は、あたかも、無罪判決によって全ての問題点が 解消されたかの如く受け止められている。 しかし、刑事無罪判決は、本当に全ての問題点に応えるものだったのだろうか? 私ども医療問題弁護団の検討班は、ご遺族の協力を得て、刑事事件の訴訟記録を精査し、 併せて医学文献の検討と専門医からの参考意見の聴取を行った。 その結果、大野病院事件には、少なくとも、刑事事件の無罪判決で解消されているとは思 われない多くの疑問点ないし問題点が、再発防止には必ずしも活かされないまま、なお未解 明のままに残されていることを知った。 判決当時、社団法人日本産婦人科医会は、寺尾俊彦会長名で、「このように診療行為に伴っ て患者さんが死亡されたことを深く受け止め、再発防止に努めなければなりません。そのた めには、専門家集団による透明性のある事故調査が必要です。」とのコメントを発表した(日 本産婦人科医会HP)。また、当時、昭和大学産婦人科の岡井崇教授も、「非常に悲しい事件 で、遺族の思いは察するに余りある。しかし、実地の医療の難しさを理解できない警察、検 察がこの問題を調べたことは問題だった。亡くならずに済む方法はなかったのかという遺族 の疑問は、専門家中心の第三者機関でなければ晴らすことはできない。」とのコメントを発表 している(2008年8月21日毎日新聞)。 しかし、大野病院事件について、その後、「専門家集団による透明性のある事故調査」が遂 げられ、あるいは「専門家中心の第三者機関」が設置されて、その成果が広く国民に対して 開示されるということは、今日に至るまでなかったように思われる。 私どもは、本報告書において、主として刑事事件記録の検討を通じて私どもが抱いた未解 決の疑問点ないし問題点を、「調査・検討すべき論点」として敢えて提示し(本報告書119頁 「総括」において掲載する)、広く議論に供したいと考える。 願わくば、本報告書を契機に、我が国の医学界、とりわけ産科医療の「専門家集団」が、 自律的かつ自発的に改めてこの事件を検討し、「透明性のある事故調査」を遂げられんことを、 そして、その結果得られるであろう再発防止のための貴重な教訓が広く国民に開示されんこ とを、強く望みたい。

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【参考資料】 本報告書は、以下の資料に基づいて作成した。 ① 刑事記録(別表4記載のとおり) ② 県立大野病院医療事故調査委員会の平成 17 年 3 月 22 日付報告書(ただし、インター ネット上で入手可能なものであり、報告書全文なのか要約版なのかは不明である。http: //medj.net/drkato/houkokusho.pdf) ③ 医学文献(別表5記載のとおり) ④ 福島県立大野病院から遺族に交付された説明文書(3 枚) ⑤ 医事判例解説 16 巻 20 頁(2008 年 10 月号)掲載の本件判決文 *なお、本報告書における判決引用は、上記資料⑤の頁数で記載した。

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【目次】

【関係当事者の略称】 ... 10

第1 事案の概要... 11

1 診療経過の概要 ... 11 (1)本件病院の診療体制 ... 11 (2)担当医の経歴 ... 11 (3)麻酔医Bの経歴 ... 11 (4)助手C医師の経歴 ... 12 2 専門家証人の経歴 ... 12 (1)杉野隆医師 ... 12 (2)中山雅弘医師 ... 12 (3)田中憲一医師 ... 13 (4)岡村州博医師 ... 13 (5)池ノ上克医師 ... 13 3 死因について ... 14 (1)死亡診断書 ... 14 (2)専門家証人意見について ... 14 ア 田中意見 ... 14 イ 池ノ上意見 ... 14 ウ 岡村意見 ... 14 (3)小括... 15

第2 癒着胎盤の詳細について... 16

1 病理組織学的診断 ... 16 (1)事実関係 ... 16 ア 概略 ... 16 イ 子宮について ... 16 ウ 胎盤について ... 18 (2)医学文献 ... 19 ア 癒着胎盤の分類 ... 19 イ 癒着胎盤の組織所見 ... 19 ウ 文献記載に関するまとめ ... 20 (3)専門家証人意見 ... 20 ア 杉野意見 ... 20 イ 中山意見 ... 23 (4)文献・両専門家証人意見の相違点 ... 26 ア 両専門家証人意見の比較 ... 26 イ 文献との相違点 ... 26

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2 診療経過を踏まえた検討 ... 27 (1)カルテ記載 ... 27 ア 胎盤付着部位について ... 27 イ 癒着胎盤の部位について ... 27 (2)担当医の供述 ... 27 ア 胎盤付着部位について ... 27 イ 癒着胎盤の部位について ... 27 (3)専門家証人意見 ... 27 3 小括... 28

第3 術前の診療経過について... 29

1 術前診断(子宮切開前の術中診断を含む) ... 29 (1)医学文献 ... 29 ア 前置胎盤についての診断 ... 29 イ 癒着胎盤についての診断 ... 29 (2)事実関係 ... 33 ア 前置胎盤についての術前診断 ... 33 イ 癒着胎盤についての術前診断 ... 34 ウ 癒着胎盤についての子宮切開前の術中診断 ... 41 (3)専門家証人意見 ... 44 ア 田中意見 ... 44 イ 岡村意見 ... 45 ウ 池ノ上意見 ... 47 (4)文献・三専門家証人意見の相違点 ... 48 2 術前の準備 ... 48 (1)事実関係 ... 48 ア 当該病院の医療提供体制 ... 49 イ 患者の状態把握(胎盤の状態など) ... 49 ウ 手術体制 ... 49 エ 本件における具体的な術前準備 ... 50 オ 不測の事態が生じた場合に備えた事前の応援依頼 ... 50 カ 転医の判断 ... 51 (2)医学文献 ... 52 ア 出血の可能性について ... 52 イ 準備の内容について ... 53 (3)専門家証人意見 ... 54 ア 田中意見 ... 54 イ 岡村意見 ... 54 ウ 池ノ上意見 ... 55

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(4)文献・三専門家証人意見の相違点 ... 55 3 術前のインフォームド・コンセント ... 55 (1)あるべきインフォームド・コンセント ... 55 ア 厚生労働省医政局の指針 ... 55 イ 医学文献 ... 56 ウ 最高裁判決 ... 57 (2)本件インフォームド・コンセントの内容 ... 57 ア 本件証拠に表れた事実 ... 57 イ 判決の認定 ... 59

第4 術中の診療経過について... 60

1 術中の事実関係 ... 60 1-1 癒着胎盤に対する処置に関する事実関係 ... 60 (1)開腹時の子宮の状態 ... 60 (2)子宮の切開箇所 ... 60 (3)児娩出直後の出血量 ... 60 (4)クーパーを使用するまでの胎盤の剥離の仕方 ... 61 (5)クーパー使用後の胎盤の剥離の仕方 ... 62 (6)胎盤の娩出 ... 63 1-2 循環管理と補充療法に関する事実関係 ... 63 (1)術中の出血量、患者の状態の推移 ... 63 (2)大量の出血が現れた時点 ... 63 (3)医師らは何をしていたのか ... 65 ア 担当医 ... 65 イ 麻酔医B ... 66 ウ 助手C医師(外科、助手) ... 67 エ E院長(整形外科) ... 68 オ 助産師・看護師 ... 68 (4)子宮摘出を遅らせる判断から輸血の準備・施行状況、子宮摘出まで ... 68 (5)応援依頼 ... 69 2 癒着胎盤に対する処置①(胎盤剥離) ... 69 (1)医学文献 ... 69 ア 開腹後の臨床的癒着胎盤の診断 ... 69 イ 臨床的癒着胎盤例に対する胎盤剥離行為 ... 74 (2)各専門家証人意見 ... 79 ア 田中意見 ... 79 イ 岡村意見 ... 82 ウ 池ノ上意見 ... 84 (3)三専門家証人意見の相違点 ... 85

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ア 臨床的癒着胎盤の診断の可否及び診断時期 ... 85 イ 胎盤剥離操作の適否 ... 86 3 癒着胎盤に対する処置②(子宮摘出) ... 86 (1)医学的文献 ... 86 ア 臨床的癒着胎盤例に対する処置 ... 86 イ 止血措置としての子宮摘出 ... 87 ウ 大出血予防のための子宮摘出 ... 90 (2)専門家証人意見 ... 93 ア 田中意見 ... 93 イ 岡村意見 ... 94 ウ 池ノ上意見 ... 95 (3)文献・三専門家証人意見の相違点 ... 97 ア 子宮摘出の要否 ... 97 イ 子宮摘出のタイミング ... 97 ウ 子宮摘出の可否 ... 97 4 癒着胎盤の対する処理③(その他の止血処置) ... 97 (1)医学文献 ... 97 ア 検討 ... 97 イ 本件事故(2004 年 12 月)以前の文献 ... 98 ウ 本件事故(2004 年 12 月)より後の文献 ... 99 (2)専門家証人意見 ... 100 ア 田中意見 ... 100 イ 岡村意見 ... 100 ウ 池ノ上意見 ... 101 (3)文献・三専門家証人意見の相違点 ... 101 ア 判決で認定された胎盤娩出後の止血処置と各専門家証人の意見 ... 101 イ 三専門家証人意見の相違点 ... 102 ウ 医学文献をふまえた検討 ... 102 5 循環管理と補充療法 ... 102 (1)医学文献 ... 102 (2)専門家証人意見 ... 108 ア 田中意見 ... 108 イ 岡村意見 ... 109 ウ 池ノ上意見 ... 109 (3)文献・専門家意見等の相違点 ... 110

第5 事故後の対応... 111

1 遺族に対する対応 ... 111 (1)厚生労働省医政局の指針 ... 111

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(2)国立大学医学部附属病院長会議の提言 ... 111 (3)事実関係 ... 112 ア 事故当日の家族への説明 ... 112 イ 12月26日の説明 ... 113 ウ 翌年1月中旬の説明 ... 113 エ 病院が作成した説明文書 ... 114 2 事故調査委員会 ... 115 (1)院内事故調査委員会のあり方 ... 115 (2)本件の事故調査委員会について ... 116 ア 設置目的 ... 117 イ 事故調査委員会の組織形態 ... 117 ウ 調査経過 ... 117 エ 調査結果報告書の記載内容 ... 118 オ 事故調査委員会調査結果の家族への報告 ... 118

第6 総括... 119

【調査・検討すべき論点】 ... 120 別表1 診療経過一覧表①(術前)... 128 別表2 診療経過一覧表②(術中)... 129 別表3 術中事実経過一覧表... 130 別表4 刑事記録一覧表... 132 別表5 医学文献一覧表... 135

(10)

【関係当事者の略称】 本報告書では、関係当事者(専門家証人と本件事故調査委員会委員を除く)を、次の表の とおり略称する。 資格、専門、役割、所属など 本報告書の略称(*) 産婦人科医、担当医、執刀医 担当医 麻酔科医、手術麻酔担当 麻酔医B 外科医、手術助手 助手C医師 看護師(オペ責) N看護師 看護師(機械出し) O看護師 看護師(外回り) P看護師 看護師(外回り) Q看護師 助産師 M助産師 助産師 L助産師 看護師(外来)、助産師 R助産師 院長、整形外科医 E院長 外科部長 D医師 産婦人科医、W医科大学病院産婦人科助手、担当医 の医局の先輩 K医師(W医大) 産婦人科医、Z病院所属、担当医の医局の先輩 A医師(Z病院) 患者(本件手術時に死亡) 本件患者 患者の夫 本件患者夫 患者の父 本件患者父 患者の夫の父 本件患者義父 患者の夫の母 本件患者義母 * 略称のアルファベットは、原則として、資料⑤医事判例解説 16 巻(2008 年 10 月号)掲 載の判例と統一した。ただし、R助産師については、上記掲載判例にアルファベット表記 がなかったことから、独自につけた。

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第1 事案の概要

1 診療経過の概要

診療経過の概要は、おおむね、別表1及び2記載のとおりである。 ただし、事実関係について、関係当事者の供述に相違がある点や、医学的評価を検討す る上で特に問題となる点については、本報告書第3および第4において後述する。 (1)本件病院の診療体制 本件病院の診療体制は、次のとおりである。 ① 病床数146床、医師数12名(産婦人科1人)、看護師90名前後 ② 診療科目:内科、外科、整形外科、産婦人科、麻酔科 ③ 第2次救急病院に指定された中核病院、地域医療支援病院 ④ 輸血用血液の常備なし、50㎞離れた赤十字血液センターから都度1時間かけて搬 送 (2)担当医の経歴 担当医は、本件事故当時、臨床経験8年7ヶ月の産婦人科医である(判決 21 頁)。 担当医が本件手術以前に癒着胎盤の帝王切開を経験したことがあるか否かについては、 記録からは明らかでない。担当医は、 ① 平成16年4月に大野病院に赴任したが、赴任直後の時期に、経腟分娩の例で、児 の娩出後、子宮の収縮はいいのに、胎盤剥離後にかなりの出血があるという例を幾つ か経験したことから、胎盤を剥離することができても、強出血がある場合は、癒着胎 盤と考えられるのではないかと思うようになった旨(検乙6-4、5) ② 本件患者の前には、前置胎盤の手術を本件手術と同じ年に経験したが、その際は輸 血はしなかった旨(担当医⑪尋問調書-555、558) を供述しているのみである。 (3)麻酔医Bの経歴 麻酔医Bの臨床経験年数は、記録からは不明である。2000 年4月に麻酔科専門医の認 定を受けているので(麻酔科専門医は、麻酔に専従して満 5 年以上経過していることが 認定のための条件になっている。)、本件事故の 2004 年 12 月までに、少なくとも9年以 上は麻酔に専従しているものと推測される(麻酔科B尋問調書 1~2、45~48)。 本件事故までに、大野病院において帝王切開の麻酔を経験した症例数は、30例弱で ある。大野病院に勤務する以前は、国立某病院に勤務していたときに、帝王切開の麻酔 に「幾つか」関わった経験はあるが、具体的な症例数は不明である。国立某病院と大野 病院のほかに、複数の病院に勤務した経験はあるが、それらの病院では、出産や帝王切 開の麻酔を経験したことはない(同尋問調書 1~2、45~48 項)。 前置胎盤の帝王切開の経験数は、多くとも5例程度であり、大野病院ではほとんど初 めての経験であった。癒着胎盤の帝王切開の経験はない(同尋問調書 45~48 項)。

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(4)助手C医師の経歴 助手C医師は、外科医であり、医師資格を取得してから5年目の医師である(助手C 医師尋問調書 1~2 項)。帝王切開の執刀助手としての経験は、大体10例弱である(同 尋問調書 30 項)。前置胎盤について勉強したのは、学生の国家試験対策のときだけであ る(同尋問調書 189~190 項)。

2 専門家証人の経歴

本件専門家証人は、癒着胎盤の病理診断については2名(杉野隆医師、中山雅弘医師)、 産婦人科の臨床については3名(田中憲一医師、岡村州博医師、池ノ上克医師)である。 以下、各証人の経歴や専門等について述べる。 (1)杉野隆医師 杉野医師は、福島県立医科大学病理学第二講座研究室に所属し、病理医として当時 23 年の経験を有するが、専門は腫瘍であり、胎盤病理について専門的に研究したことはな い(杉野尋問調書 58 頁 336 項)。 癒着胎盤症例の病理診断の経験は3件あるが、本件は2件目である。本件前に、癒着 胎盤につき鑑定したことはない(同尋問調書 61 頁 390 項)。なお、本件事故の捜査中に、 再度の検査にあたり、福島県立医科大学病理部に保存してある過去の癒着胎盤の症例の 標本約10例を観察した(同尋問調書 23 頁 141~142 項)。 こうした経歴から、本判決では、「胎盤病理についての専門的な研究の経験はない」「癒 着胎盤を鑑別する技量が完成されたものであるか否かについては疑問を差し挟む余地が ある」「子宮筋層と絨毛の客観的な位置関係というレベルでは一応信用性が高いと評価で きるが、その位置関係のみから癒着胎盤の範囲、程度を導き出せるかは疑問」などと評 価されている(判決 33~34 頁)。 (2)中山雅弘医師 中山医師は、大阪府立母子保健総合医療センター検査科部長であり、専門科目は周産 期病理学(胎盤病理を含む)、小児病理学、SIDSである。 胎盤の診断については約5万例の経験がある(年間平均2000例程度)。これらのお よそ3分の1について顕微鏡による病理診断を行った。子宮については子宮体部につい て280例、子宮頚部について370例程度、全摘出した子宮については60例程度の 診断経験がある。 癒着胎盤に関する診断経験としては、大阪府立母子保健総合医療センター在職中の2 6年間で、楔入胎盤15例、嵌入胎盤8例、穿通胎盤1例の経験がある。そのうち、胎 盤のみで癒着胎盤と診断した例は5例程度である。 これらの経験から、本判決では、「いわば胎盤病理の経験豊富な専門家」「鑑定手法の 相当性や能力の高さは是認できる」と評価している(判決 34 頁)。

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(3)田中憲一医師 田中医師は、現新潟大学教育研究院医歯学系教授、同大学医歯学病院産婦人科長、周 産母子センター部長である。 所属学会は、日本癌学会正会員、日本産科婦人科学会正会員、日本母性保護産婦人科 医会正会員、日本生殖免疫学会正会員、日本妊娠中毒学会正会員、先進医療専門家会議 構成員などである。専門分野は、腫瘍学(産科婦人科の専門分野を、周産期、腫瘍学、 生殖内分泌、その他の4分野とした場合)である。 産科の臨床経験はあるが、現在の臨床の中心は婦人科である。 分娩経験数は、約3000件強であり、用手剥離は何回も経験しているが、癒着胎盤 の経験は助手として1件だけである(昭和 52、53 年前後)。 所属する新潟大学医学部の医局検討会にて、34例の前置胎盤症例を検討したことが あり、内3例は癒着胎盤症例で、この3例については、いずれも胎盤剥離を完了してい る。 (4)岡村州博医師 岡村医師は、現東北大学大学院医学系研究科発達発生学講座周産期医学分野教授・東 北大学病院産科科長、周産母子センター部長である。 日本産科婦人科学会常務理事、同学会周産期委員会委員長(専門:産科、周産期医学) であり、産婦人科医療経験は33年間である(ただし一時、細菌学教室に在籍していた ことがある。)。 分娩経験数は、1万件以上であり、内1000~2000件ほどが帝王切開例である。 帝王切開例中、100~200件が前置胎盤例、前置胎盤例中の半分は用手剥離実施、 前置胎盤例中8~10件くらいが癒着胎盤例(内1例のみが帝王切開時に癒着胎盤例で あることが確認できた。その余は、臨床的には癒着胎盤と評価された例である。)である。 (5)池ノ上克医師 池ノ上医師は、平成3年1月から宮崎大学医学部生殖発達医学講座産婦人科学分野教 授であり、平成8年5月から宮崎大学医学部付属病院周産母子センター部長、平成19 年10月から、宮崎大学医学部長を務めている。 日本産科婦人科学会宮崎地方部会会長、日本産科婦人科学会代議員、日本周産期・新 生児医学会副理事長、日本母性衛生学会理事である。専門は、産婦人科学全般で、中で も周産期医学(とくに、胎児・新生児の管理、ハイリスク妊娠の管理)を専門としてい る。 産婦人科医としての経験年数は、36年である。鹿児島市立病院に勤務していたとき には、年間1000~1800例の分娩を扱っており、宮崎大学に勤務している16年 間には、約4720例の分娩を取り扱っている(直接・間接の関与を含む。)。そのうち 帝王切開は30~40%である。 宮崎大学に勤務している間の、前置胎盤の経験数は46例、癒着胎盤の経験数は12

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例である。(池ノ上尋問調書 19、25~26、35~37 項)。

3 死因について

本件患者の死因について、刑事事件では、検察官は、出血性ショックによる失血死と主 張し、弁護人は、羊水塞栓、産科DICの可能性を指摘していた。記録にみられる死因に 関する記載は、以下のとおりである。 (1)死亡診断書 死亡診断書記載の死亡原因は、以下のとおりである(検甲3)。 (ア) 直 接 死 因:心室細動(2時間30分) (イ) (ア)の原因:出血性ショック(1時間30分) (ウ) (イ)の原因:妊娠 36 週癒着胎盤、帝王切開(不明) (エ) (ウ)の原因:不明(不明) (2)専門家証人意見について 本件では、遺体の解剖は行われていない。各専門家証人は、本件患者の死因について、 以下のとおり述べている。 ア 田中意見 「大量の出血に起因する心室細動であり、大量出血した原因は子宮全摘術中の出血 原因等、一部判断できない点もあるが胎盤剥離面と癒着胎盤の癒着部分をクーパー剪 刀で剥離した部分よりの出血による失血死」としている(検甲 37・鑑定書 7 頁)。 イ 池ノ上意見 「資料からは死亡の原因が単なる循環血液量の不足のみなのか、あるいはその他の 何であるのかを推定することはできないが、循環血液量の不足以外の何らかの致死的 な要素が関与していたことも否定はできないと考える」としている(弁 132・鑑定意 見書 4 頁)。「何らかの致死的な要素」とは具体的に何かについては、鑑定意見書に記 載はない。 池ノ上医師は、公判廷では、15 時 7,8 分頃には産科DICを発症していたのではな いかと述べている(池ノ上尋問調書 263~269、406、734~744 項)。しかし、他方、循 環血液量が大量に失われたことは患者の状態に非常に影響するとも述べており(同調 書 752~754 項)、循環血液量の不足が死因であることを否定する趣旨ではないと思わ れる。 大量出血の原因については、「術中に行われた胎盤剥離の途中に癒着胎盤が発見され、 その癒着部位からの出血と考えるのが順当だと思われる。」としている(同鑑定意見書 3 頁)。 ウ 岡村意見

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鑑定書では、死亡原因は述べていないが、大量出血の原因については、「前置胎盤の 癒着胎盤により、剥離面からの制御不可能な出血があったためである」としている(弁 131・鑑定意見書 8 頁)。 なお、公判廷では、一般論とは思われるが、癒着胎盤のときに、大量出血によるシ ョック死はあり得ると述べている(岡村尋問調書 236 項)。 (3)小括 死亡診断書および田中意見と池ノ上意見は、本件死因を、おおむね、癒着胎盤の剥離 部からの出血による失血死(循環血液量の不足による死亡)であるとしている。ただし、 池ノ上医師は、「何らかの致死的な要素が関与していたことも否定はできない」と付言し ている。 専門家意見の中には、死因として、大量出血や出血性ショックによる失血死を否定し て、弁護人の主張する羊水塞栓や産科DICとするものはなかった。 この点、判決も、死因は「出血性ショックによる失血死」であり、「総出血量のうちの 大半が胎盤剥離面からの出血であることが認められる」と認定しており、死亡診断書や 上記専門家意見に沿うものである。判決は、弁護人の主張していた羊水塞栓については、 ①気分不快は血圧低下によると解される、②カルテに羊水塞栓の可能性の記載はない、 ③他に羊水塞栓をうかがわせる徴候はない、④田中意見も羊水塞栓の可能性は低いと結 論づけている、との理由により否定した。また、産科DICについても、仮に本件患者 が産科DICの状態に陥っていたとしても、その原因として、癒着胎盤剥離面からの大 量出血以外のことは考えられないとしている。(判決 31~32 頁)

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第2 癒着胎盤の詳細について

本件が全前置胎盤(前置胎盤のうち、胎盤が内子宮口を完全に覆うもの)、かつ、癒着胎 盤であることついては、異論はない。しかし、①前回帝王切開創と胎盤付着部位との位置 関係、②胎盤が癒着していた部位・面積・深さ等、癒着胎盤の詳細については、争いがあ った。

1 病理組織学的診断

(1)事実関係 ア 概略 本件で病理の対象となりえたのは子宮と胎盤であったが、胎盤については(3)で 後述するように病理検査等されていない。 子宮については、以下のとおり、4回に渡って病理診断されている。 ・平成 16 年 12 月 29 日:組織診診断書(証拠としては出ず):杉野医師 ・平成 17 年 6 月 27 日:鑑定書:杉野医師 ・平成 18 年 11 月 18 日:鑑定書:中山医師 ・平成 19 年 1 月 22 日:捜査関係事項照会回答書:杉野医師 それぞれにつき、検査対象資料がどのように作成され、何が検査されたのか、検査 対象資料はどのように保管されていたのか等を検討する。 イ 子宮について (ア) 組織診診断書(平成 16 年 12 月 29 日) a 病理検査に至るまで 子宮は、12 月 17 日(事故日)に外科的に摘出された後、大野病院でホルマリ ン固定 10 日後に、福島県保健衛生協会組織診課に送られたようである(検甲6)。 大野病院から、保健衛生協会の組織診課を介して、福島県立医科大学病理学第 二講座研究室に依頼があり、同研究室の杉野医師によって本件子宮の病理診断が なされた。なお、福島医科大学と保健衛生協会は標本の診断で提携している。(杉 野尋問調書(以下、単に「尋問調書」という)53 頁 333~、64 頁 429) b 標本等の作成 同課で、杉野医師による組織の切り出しがなされ、子宮は縦に 6 分割され、そ の 1 部(2.5×2.0×0.5;4 個)は顕微鏡観察用の 4 枚のプレパラートにされた(検 甲6、尋問調書 80 頁 585)。なお、プレパラートに載せる組織片は長さ 2.5~3 セ ンチ、幅 2~2.5 センチほどである(尋問調書 81 頁 594)。 子宮を肉眼的に見て、後壁から 2 ヶ所(3 番のブロックからと推定:尋問調書 138 頁 1051)、前壁から 1 ヶ所、頸部から 1 ヶ所の合計 4 枚の標本が作成されたこ とになる(尋問調書 56 頁 344)。 なお、鑑定書に添付された写真 6 はその際に作成された標本である(尋問調書 17 頁 106)。

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各資料の作成者は以下のとおり。 ・子宮の組織片の切り出しをしたのは、杉野医師 ・パラフィンブロックを作ったのは、保健衛生協会組織診課 ・プレパラートを作ったのも、保健衛生協会組織診課(尋問調書 82 頁 597) c 問題となりうる点 こうした分業により、①ブロックからプレパラートが適正に作成されたのか、 ②プレパラートの中に異物が混入したのでは、③複雑な作成過程で子宮の組織片 が挫滅するのではとの質問が弁護側からなされているが、杉野医師は①照合は確 認した、オートメーション化されている、②ゴミが入っていれば顕微鏡で確認で きる、③組織が挫滅しないよう精度管理をしているので確率はかなり低い(アー チファクトの可能性はかなり低い)とそれぞれ回答している(尋問調書 82 頁 601 ~)。 d 診断 この組織診診断書は証拠として提出されていない。 もっとも、杉野医師によって、「子宮後壁に胎盤の付着を認めます」「筋層の浅 層まで胎盤が癒着しています」との診断がなされたと証言がなされた(尋問調書 131 頁 1001~)。 e その後の子宮組織の取扱 病理検査の後、鑑定の依頼があるまでの5ヶ月間、本件の子宮は、保健衛生協 会組織診課において、ホルマリンに漬かった状態で、他の 20 名くらいの検体と一 緒に、バケツで、保管されていた(尋問調書 79 頁 574)。なお、子宮をバケツに 入れたのは杉野医師ではない(尋問調書 118 頁 894)。 そして、杉野医師は、病理検査後、鑑定書の依頼がくる 1 から 2 か月前にバケ ツから子宮を取りだしている(尋問調書 119 頁 900)。その間、杉野医師の他にバ ケツから臓器を取り出した人はいない。 ブロック 34 の下部については復元できなかった(尋問調書 140 頁 1064)。 (イ) 鑑定書(平成 17 年 6 月 27 日):杉野医師 a 鑑定に至るまで 平成 17 年 5 月 11 日、杉野医師は、富岡警察署の警視渡部から、子宮(ホルマ リン固定された臓器)及び子宮片(パラフィンブロック 4 個、プレパラート標本 4 枚)を鑑定するよう渡された。 b 標本等の作成 杉野医師は、6 分割されていた子宮にさらに 2 分割を加えて 8 分割にし、それ らを更に分割して子宮のブロックを 39 個作成し(尋問調書 12 頁 68~)、ひとつ のブロックからひとつのパラフィンブロックを作って、その断面を観察できるよ うにプレパラートを作った(尋問調書 80 頁 584)。 パラフィンブロックはブロックを水平に 5 ミリの厚さで削いで作る(尋問調書 93 頁 697)。検甲 6 写真 7 下の子宮片の左側断面 3~5 ミクロンのところだけがプ

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レパラートになる(尋問調書 94 頁 702)。 そして、癒着が確認されたプレパラートにつき、5,6 枚の写真が撮影された(尋 問調書 81 頁 592)。 なお、鑑定書では癒着の程度(楔入、嵌入)の分類はなされていない。 c 問題となりうる点 鑑定にあたって、杉野医師に胎盤の写真が示されたかどうかもあいまいであり、 胎盤の状態も勘案したうえでの、子宮組織の診断がなされることはなかった。 絨毛など胎盤の組織は他の組織よりばらけやすいことから、プレパラート作成 時にアーチファクトが生じた可能性についても考慮すべきか。 また、平成 19 年 2 月 19 日に、鑑定書に関する追加説明書が作成されているが、 証拠請求されてはいないため(尋問調書 96 頁 720)、内容は不明である。 e その後の子宮組織の取扱 子宮は、ヒストパックという袋の中にホルマリンをいれて、そこの中に子宮の 残臓器を漬けて、固定しながら保管された(尋問調書 151 頁 1133)。 (ウ) 鑑定書(平成 18 年 11 月 18 日):中山医師 中山医師は、弁護人からの依頼を受け、胎盤の写真(胎児面、母体面)、子宮の組 織片、プレパラート標本を検討し、胎盤癒着を診断した。 (エ) 捜査関係事項照会回答書(平成 19 年 1 月 22 日):杉野医師 a 鑑定に至るまで 弁護側中山医師の鑑定書が提出されたことを受け、杉野医師は、検察からの依 頼を受け、再度、プレパラート標本を顕微鏡で観察し、検査・診断を行う。 b 標本等の作成 当該診断にあたり、新たに標本が作成されたわけではなく、写真の顕微鏡標本 については鑑定書作成時に作成されたものである(尋問調書 92 頁 682)。 c その後の標本の取扱 1 月 22 日付で杉野医師から検察官に返却された。 ウ 胎盤について (ア) 病理検査まで 胎盤は、事故日翌日である 12 月 18 日の時点では存在し、担当医により写真撮影 されている(弁 36~40)。 しかし、胎盤については病理検査にも出されず、胎盤が保健衛生協会組織診課に 送られたとの記載・記録はない。すると、18 日以降に大野病院で廃棄されたことに なりそうである。 なお、杉野医師の検面調書(検甲 8・平成 18 年 3 月 6 日付)において、杉野医師 が胎盤を切った旨の供述をしているかのような尋問がなされているが(尋問調書 78 頁 562)、同検面調書は、弁護人から不同意にされ撤回されているので、その内容は 不明である。

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(イ) 杉野鑑定にあたって 杉野医師の鑑定にあたって、胎盤は示されなかったのみならず、胎盤の写真を示 されたかの記憶もあいまいであり(尋問調書 71 頁 490)、胎盤は廃棄されて、もう ないと警察から言われたと述べている(尋問調書 141 頁 1070)。 警察から依頼された鑑定事項の4には、「胎盤の付着位置、面積、深度、形状」と の記載があるが、胎盤が「付着」している部分のみについての鑑定依頼と杉野医師 は認識していたし(尋問調書 152 頁 1142)、実際にも、胎盤についての鑑定はなさ れなかった。 (2)医学文献 ア 癒着胎盤の分類 癒着胎盤は、「床脱落膜の形成不全および全欠損により、胎盤絨毛が子宮筋層に直接 癒着する胎盤異常」のことである。癒着胎盤は、絨毛の嵌入の程度により、以下の3 つに分類されている(文献 75:高木ら 65 頁 1991 年、文献 76:中山 38 頁 2002 年)。 ① 真正癒着胎盤 「絨毛の癒着が筋層に留まる」 ② 嵌入胎盤 「絨毛が筋層内に浸潤を示す」 ③ 穿孔胎盤 「絨毛が筋層を越え、子宮漿膜あるいは外膜に達する」 イ 癒着胎盤の組織所見 (ア) 文献記載 癒着胎盤の組織所見について、文献には、以下①~④のとおり記載されている。 子宮組織の所見(③)について記載したものもあれば、胎盤組織の所見(④)に ついて記載したものもある(①②は、胎盤組織について述べたものか子宮組織につ いて述べたものか、文献の記述からは不明確である。)。

① 「絨毛は子宮筋層とはニタブッフ線維素層 Nitabuch's fibrin layered で分離 されているか、あるいは筋層内に穿通している。」(文献 77:齋藤訳 53 頁) ② 「組織学的に真正癒着胎盤では……絨毛は薄いガラス化したフィブリン膜を介 して子宮筋層に接している。このフィブリン膜内にはわずかに脱落膜細胞が観察 されるが、床脱落膜の形態は示していない。」(文献 75:高木ら 65 頁)。 ③ 切除子宮の胎盤付着部の H-E 染色標本において、「組織学的に、(報告者注:切 除子宮の頚管部に近い内腔面の)血腫部に胎盤絨毛が少数残存しており、絨毛が 子宮平滑筋層と直接接している。存在すべき脱落膜……が見られない。癒着胎盤 の所見である。」「絨毛と筋層の間に脱落膜を認めない。」(文献 78:堤 19 頁) ④ 「癒着胎盤が肉眼的に診断されることは極めて稀である。……診断には、胎盤 の母体面から多数切出し、組織的に子宮筋層が含まれているのを確認する。」とさ れている(文献 76:中山 38 頁)。 ただし、穿孔胎盤の症例では、子宮について、「肉眼的に筋層および外膜に伸展 する妊娠産物と、それによる子宮頚管層の離断が認められる」という写真も紹介

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されている文献もあるので、肉眼的に診断できる症例がない訳ではないと思われ る(文献 75:高木ら 65 頁) (イ) 文献で発見し得なかったこと 刑事事件では、杉野意見と中山意見において、癒着があることについては見解が 一致していたが、癒着の範囲と嵌入の深さについて、見解の相違があった。しかし、 癒着の有無に関する病理診断だけでなく、癒着の範囲・嵌入の深さに関する病理診 断の手法について研究・論述した文献は、発見し得なかった。 また、刑事事件では、癒着の範囲や嵌入の深さが病理診断結果で明確になれば、 胎盤剥離の難易度や大量出血に至った医学的機序が明らかになる、という前提のも とに、癒着の範囲や嵌入の深さについて、争いになっていたと思われる。しかし、 癒着胎盤の病理診断結果と臨床所見・予後との相関関係(どの程度の癒着の範囲・ 嵌入の深さがあったときに、どのような臨床所見があり、どのような予後をたどる とされているのか。さらには、癒着の範囲・嵌入の深さに関する病理診断結果から、 臨床所見や予後についてどの程度推測できるのか。)について研究・論述した文献も、 発見し得なかった。 ウ 文献記載に関するまとめ 癒着胎盤の組織では、(ⅰ)存在すべき脱落膜が認められず、(ⅱ)絨毛は(薄いフ ィブリン膜を接して)子宮筋層と接している。この点に関する医学文献の記載は、 一致している。 癒着の詳細(癒着の範囲、嵌入の深さ等)の病理診断に関して研究・紹介した文 献は、発見し得なかった。したがって、癒着の範囲や嵌入の深さの診断手法につい て、広く認められた医学的知見があるのかどうかについては、明らかではなかった。 また、子宮や胎盤の病理診断の精度・難易度・限界、病理診断結果と臨床所見・予 後との相関関係についても、文献からは、明らかではなかった。 (3)専門家証人意見 ア 杉野意見 本項では、杉野隆医師の証言内容(第5回公判)について検討する。 (ア) 検討対象 a 杉野医師は鑑定にあたり、子宮を 8 分割にし、それを更に分割して子宮のブロ ックを 39 個作成し(尋問調書 12 頁 68~)、ひとつのブロックからひとつのパラ フィンブロックを作り、その断面をすべて観察できるようにプレパラートを作成 し(尋問調書 80 頁 584)、顕微鏡で観察している。なお、胎盤(異常胎盤)は鑑 定の対象とされておらず、杉野医師は、胎盤の写真を見せられたかの記憶もあい まいと証言している。 b さらに、鑑定がなされた後(鑑定書作成:平成 17 年 6 月 27 日)、捜査関係事項 照会回答書(平成 19 年 1 月 22 日)において、再度、癒着胎盤を診断しているが、

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その際の検討対象は、鑑定時に作成された子宮片の顕微鏡標本である。 c また、鑑定に先立つ平成 16 年 12 月 29 日、大野病院から保健衛生協会の組織診 課を介する依頼を受け、子宮の病理検査を行っている。ホルマリン固定された子 宮につき、杉野医師によって組織の切り出しが行われた。子宮は縦に 6 分割され、 その一部(2.5×2.0×0.5;4 個)は顕微鏡観察用の 4 枚のプレパラートにされた (検甲6、尋問調書 80 頁 585)。それらを検討対象として、組織診診断書が作成 されたが、証拠としては提出されていない(尋問調書 53 頁 333~、64 頁 429)。 なお、胎盤については、病理検査の対象とされておらず、胎盤が保健衛生協会 組織診課に送られたとの記載・記録もない。 (イ) 癒着胎盤の評価 杉野医師は、基本的には、「絨毛組織と子宮筋層の間に脱落膜組織が介在しないも のを癒着胎盤」と判断している。つまり、顕微鏡標本を観察して、絨毛組織と筋層 の間に脱落膜組織がないものを癒着胎盤と評価している(尋問調書 14 頁 79)。 この基準をもとに、本件における癒着胎盤の範囲及び程度については、以下のよ うに述べている。 a 癒着胎盤の範囲 杉野医師は、癒着胎盤の範囲につき、子宮後壁では摘出子宮下半分にかけて、 子宮前壁では中央から右寄りの子宮下部と中央から右寄りにかけての子宮体部に 認められる。癒着の範囲は広範囲に及ぶうえ、前回帝王切開創にあたる部分(標 本 27)にも癒着があった。 (a) 癒着が広範囲に及ぶと推定した理由 一般論として、癒着胎盤は局所的にピンポイントで起こるものではなく、あ る程度面として、筋層に接着するか入り込んで起こるので、その点を線で結ん で範囲を決定するのは出来る(尋問調書 44 頁 274)。 本件では、子宮前壁では、標本 29、30、31、33、34 が楔入胎盤、標本 24、 27 が嵌入胎盤、子宮後壁では、標本 1、4、7、8、9、10、11、12、14、16、17、 19、22 が楔入胎盤、標本 3、13、18、20、21 が嵌入胎盤であり、これらをもと に推定すると、子宮後壁では摘出子宮下半分にかけて、子宮前壁では中央から 右寄りの子宮下部と中央から右寄りにかけての子宮体部の広範囲に癒着が及ん でいたといえる。 この点、本判決では、本件胎盤の形や大きさ、本件帝王切開創部分と胎盤と の位置関係、臍帯を引いた時の胎盤と子宮の形、本件胎盤の剥離時の状況、妊 娠末期の子宮の形や大きさなどをもとに、杉野医師指摘の標本部分全てに癒着 胎盤があったかは相当に疑問としている。 (b) 前回帝王切開創にも胎盤癒着があったと診断した理由 標本 27 には、縫合糸と、その周囲に膠原繊維が多く見られる瘢跡組織が確認 される。組織の損傷があってから時間が経過した古い傷と考えられるので、そ の部分が前回の帝王切開創と判断。そして、標本 27 には前記のように嵌入胎盤

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であるため、前回帝王切開創にも癒着胎盤があった。 この点、本判決では、標本 27 の部分は用手剥離等によらず剥離できるとする 剥離時の状況、及び中山医師は標本 27 には癒着なしと判断していることから、 癒着胎盤といえるか疑問としている。 (c) 鑑定書と捜査関係事項照会回答書での診断が異なった理由 杉野医師は、鑑定書では癒着胎盤ではないと判断した複数の部位について、 捜査関係事項照会回答書では癒着胎盤であると診断しており、その理由につき、 以下のように説明している(尋問調書 21 頁 134)。 「Ⅰ鑑定書では、紛らわしいところは絨毛組織と判断しなかったが、捜査関係 事項照会回答書では、よく見ると、絨毛組織の構造が残り、絨毛を構成する細 胞が認められたところがあり、絨毛組織と診断した。Ⅱ栄養膜細胞と脱落膜細 胞の区別は困難であり、鑑定書では、判断が難しいところは脱落膜としておい たが、その後学習し、捜査関係事項照会回答書では、栄養膜細胞であると判定 しえたため、癒着胎盤であると診断を変更した。」 なお、栄養膜細胞と脱落膜細胞の区別の基準については、脱落膜細胞は細胞 質が明るく、核が小さく、細胞が密集している一方で、栄養膜細胞は細胞質の 色が濃く、核が大型で、細胞が密集していないと述べる(尋問調書 22 頁 139)。 (d) アーチファクトについて 杉野医師は、アーチファクトについて明示的に判断しているとはいえない。 標本作成時の挫滅の可能性については、プレパラートを作成するにあたって は組織が挫滅しないよう精度管理をしていることを理由に、挫滅の確率はかな り低いとしている(尋問調書 82 頁 601~)。 また、手術手技による挫滅の可能性については、標本 34 につき挫滅部分があ ることを認めたうえ、胎盤を剥離した際に挫滅が生じたのだろうとしており、 否定しているとはいえない。 なお、標本 34 の挫滅が標本作成時に挫滅が生じた可能性については、固定し た後に標本をつくる間に、細胞の核が引き延ばされたような形になることはあ り得ないだろうことを理由に否定している(尋問調書 128 頁 984)。 b 癒着胎盤の程度 (a) 程度 楔入胎盤=標本 1、4、7、8、9、10、11、12、14、16、17、19、22、29、30、 31、33、34 嵌入胎盤=標本 3、13、18、20、21、24、27 筋層の 2 分の 1 程度まで侵入と推定(尋問調書 52 頁 324~、83 頁 606~) (b) 癒着の程度の判断方法 ・楔入胎盤:絨毛組織が筋層に脱落膜を介さずに直接接する状態。 ・嵌入胎盤:絨毛組織が子宮筋層の中に入りこむ状態 ・穿通胎盤:絨毛組織が子宮の外膜にまで達し、穿通する状態(尋問調書 14

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頁 81) 上記のように分類し、絨毛の子宮筋層への侵入の有無、深度によって判断。 そして、癒着胎盤で嵌入している場合には子宮の面として筋層が侵食されて 薄くなる、胎盤絨毛が子宮筋層の中に入り込むと子宮の筋は消失することを理 由として、本件では、癒着胎盤がある部分の子宮壁が、それに相応する他の部 分(癒着がない同じ高さの部分)の 2 分の 1 程度に薄くなっていたため、筋層 の 2 分の 1 程度まで侵入と推定している。 この点、本判決では、癒着がない同じ高さの部分と比較する方法につき、胎 盤残存部分は子宮収縮が悪くなることや収縮は区々であること等から誤差が大 きいとされ、胎盤絨毛が子宮筋層の中に入り込むと子宮の筋は消失するとの考 え方につき、消失の原因が不明であるし広く認知された考えとはいえないとさ れ、疑問が呈されている。 イ 中山意見 本項では、中山雅弘医師の証言内容(第8回公判)につき検討する。 (ア) 検討対象 中山医師が証言にあたり検討した資料は、胎盤の写真(胎児面、母体面)、子宮の 組織片、プレパラート標本である。杉野医師と異なり、胎盤の現物を直接観察はし ていない。 胎盤の写真は平成16年12月27日(胎盤が摘出された日)の午後10時から 11時頃に撮影されたものである。この点、中山医師は、このような写真であれば、 病理診断による鑑定に十分問題なく使えると述べている(尋問調書20頁108)。 子宮の組織片は、ホルマリンに残っていた組織で、肉眼による観察を行い、プレ パラート標本は、パラフィン包埋された標本で、顕微鏡写真撮影を行ったものであ る。 判決も指摘するところであるが、中山医師が検討した胎盤に関する資料は写真の みであり、現物を見るのと比べ、果たして適切な鑑定を行うことができるのか疑問 がある(判決では、「撮影時の光線の加減等により、胎盤の現物を観察することに比 べて鑑定の正確性には自ずと限界がある」との指摘がある(判決34頁)。)。 (イ) 胎盤病理鑑定の一般論 中山医師は、弁151号証「鑑定書(追加)」において、胎盤病理鑑定の手法や及び 留意点について述べている。 a 病理鑑定の手法 癒着胎盤の鑑定手法は、子宮の組織標本を観察し、絨毛が子宮筋層と接し、ある いは侵入しているかどうかを観察することにより行う。その際、胎盤の大きさ、形 状、重さ、母体面の状態なども考慮する。子宮及び胎盤の肉眼的観察も重要であり、 これらを総合考慮して判断することになる。 臨床上の所見も重要であり、可能であれば臨床医が立ち会い、胎盤の付着部位や

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出血部位を確認しながら標本を作製することが適切である。 b 病理鑑定の留意点 ①顕微鏡観察用の組織標本の作製方法 ・摘出した臓器をホルマリン水溶液によって固定する。 ・ホルマリン固定された子宮の切り出しを行い、切片を作成する。 ・切片をパラフィンで包埋する(パラフィンブロック)。 ・ミクロトームと呼ばれる機械で数ミクロンから十数ミクロンの薄さにスライス する。 ・プレパラートにのせる。 ・パラフィンブロックのスライスからパラフィンを除去し、染色を加えて完成さ せる。 ②アーチファクトについて 本件では、用手剥離の後、クーパーによる剥離を行い、子宮が摘出されている。 したがって、①手術手技によって観察対象となる絨毛などの組織が破壊されてい ること、②絨毛などの組織が本来の場所から移動して摘出時にすでに別の部位の 表面に付着している可能性があることを考慮すべきである。胎盤の組織は他の組 織よりもばらけやすいことにも留意すべきである。 ③問題点 判決では、上記「鑑定書(追加)」作成の際に改めて子宮片・顕微鏡標本の観察 をしていない上、アーチファクトについて当初の鑑定で述べておらず杉野鑑定弾 劾目的が過度に強調されている旨指摘されているが(判決35頁)、胎盤の変性等 も考慮すれば、アーチファクトも無視できない要素と考えられ、いかなる基準で アーチファクトか否かを判断するのか検討を要すると思われる。 (ウ) 癒着胎盤の判断 中山医師は、基本的には、「胎盤側であれ子宮壁面側であれ脱落膜組織の残存が認 められるときは癒着胎盤ではない」と述べ(尋問調書30頁179)、本件における 癒着胎盤の範囲及び程度については以下のとおり述べる。 a 癒着胎盤の範囲 ①子宮前壁について 子宮前壁については、肉眼では癒着胎盤は認められないとする(弁151「鑑 定書(追加)」、尋問調書32頁192)。 その理由としては、標本23~39の組織の観察、胎盤母体面右側部分に光 沢のある脱落膜が観察されること、子宮切片の前壁内側部分はなめらかである ことが挙げられている(弁151)。また、今回帝王切開創より上の部分(標本 24-1~3)、標本28,29,33には陳旧性の壊死絨毛が観察されるため 絨毛膜無毛部であり、胎盤が付着していたとは考えられないとする(弁151、 尋問調書30頁181)。 ②子宮後壁について

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子宮後壁については、癒着胎盤が肉眼的に確認できるとする(弁130)。 その根拠として、癒着胎盤と考えられる部位は、胎盤母体面全体像において、 中央左側部分にあり(別紙2)、その他の部分は白く光沢性があり脱落膜が存在 していること(弁130,151)、残存子宮片の後壁に対応する部分はざらざ らした感じがあって滑らかでないこと(前壁の方は滑らかである)(尋問調書3 2頁190)、胎盤写真と見比べると脱落膜がない部分とほぼ一致し(尋問調書 33頁195)、その部分が癒着部分であると指摘する。 また、癒着部分には、鋭利な器具を使った剥離の痕跡はないと述べる(尋問 調書33頁197)。 この点、判決は、胎盤の写真のみによる鑑定の限界に関し、「現に、同医師(注: 中山医師)が、脱落膜が欠落している部分として図示した範囲が、鑑定書(弁 130)と公判廷とで一部が異なり、異なっている部分の光沢と一致している 部分の光沢に違いを感知できないことからすれば、本件胎盤の写真を根拠とし て癒着の有無を正確に判断することには困難が伴うと考えざるを得ない。」(判 決34頁)と指摘するが、直接胎盤を観察していないことによる限界をどのよ うに捉えるか、また、脱落膜の存在の判断基準は何か、検討を要すると思われ る。 ③絨毛の残存について 組織切片で絨毛が観察される部分は幅広く、後壁の子宮底部周辺や前壁にも 認められると指摘する(弁130)。〔具体的には標本6,9-1および2,標 本14-1~3,標本24-1~3,標本26,標本27-1~4,標本29, 標本30,31のプレパラート標本(弁130,151)〕 そして、その観察結果につき以下のとおり指摘する。 ・この部分は子宮壁との間に脱落膜が介在し癒着胎盤ではない(弁130)。 ・絨毛は脱落膜に接し、フィブリンと共に存在し、しばしば変性・梗塞を起こ していた。胎盤外膜の組織が子宮底や前壁に広く存在し、膜内に変性絨毛が存 在したと推測される(弁130)。 ・標本内のごく一部に絨毛が観察され、その量は極めて少ないこと、表面に浮 遊する膜状の部分にごく一部が見られることから、他の部位からの移動を含む アーチファクトの可能性を否定できない(弁151)。 ・絨毛があるからその上に胎盤がのっかっていたという推論は無理(尋問調書 34頁203) b 癒着の程度 ①程度 楔入胎盤=標本3,4-1~2,7,8-1~2,11,12,13,19- 1~2 嵌入胎盤=標本17-1~2,20,21,22-1~3 ②癒着の程度の判断方法

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顕微鏡標本を観察し、絨毛が子宮筋層のどの程度の深さまで侵入しているか (浸潤度)で判断するのが通常の方法である(弁130,151)。 標本17-1~2,20,21,22-1~3は、筋層全体の5分の1程度 であり、浅層の嵌入胎盤と判断できる。また、嵌入胎盤である後壁の顕微鏡的 観察で筋融解の所見は認められない(弁151、尋問調書40頁247)。 ※ 判決では、杉野鑑定同様、中山鑑定の方法も誤差を含むとされたが、両者とも本件の癒着 胎盤が嵌入胎盤であることは一致しているため、争点の判断に質的な影響を与えないとして、 5分の1と認定している(判決38頁)。 (4)文献・両専門家証人意見の相違点 ア 両専門家証人意見の比較 (ア) 脱落膜組織の有無 杉野医師、中山医師共に、脱落膜組織の有無によって癒着胎盤か否か判断すると いう点では一致している(絨毛組織と筋層との間に脱落膜組織がないものを癒着胎 盤と診断する)が、脱落膜組織の有無の具体的な判断手法が異なっている。 杉野医師は、脱落膜細胞の特徴を「細胞質が明るく、核が小さく、細胞が密集し ている」と述べるのに対し、中山医師は、「白く光沢性がある」と述べる。その結果、 杉野医師と中山医師が各々診断した癒着胎盤の範囲は、杉野医師の方が癒着を広範 囲に認める結果となっている。 しかしながら、両者の判断基準は抽象的であるため、結論に差異が生じる理由は 不明確である。 (イ) アーチファクトの有無 絨毛の見られる標本について、中山医師は、標本内のごく一部に絨毛が観察され る場合や表面に浮遊する膜状の部分にごく一部が見られる場合などはアーチファク トの可能性も否定できないと指摘し、したがって、子宮筋層と絨毛が接している標 本であっても癒着胎盤ではないと診断している標本もあるが、杉野医師は、標本作 成時の挫滅の可能性はかなり低いとして、明言はしないものの、アーチファクトの 可能性を極めて低いものと評価していると考えられ、その結果、広汎に癒着胎盤と 診断するに至っていると考えられる。 しかし、この点についても、その判断基準は必ずしも明確ではない。 イ 文献との相違点 癒着胎盤の組織では、(ⅰ)存在すべき脱落膜が認められず、(ⅱ)絨毛は(薄いフィ ブリン膜を接して)子宮筋層と接しているという点については、両専門家証人意見と 文献は一致していると思われる。 しかし、それ以外の点については、癒着の詳細(癒着の範囲、嵌入の深さ等)の病 理診断手法に関する文献を発見し得なかったので、両専門家証人意見の鑑定手法と文

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献が一致しているかどうかは不明である。

2 診療経過を踏まえた検討

(1)カルテ記載 ア 胎盤付着部位について 手術当日付のカルテには、「胎盤付着部位をみると、後壁ほとんどが胎盤でおおわれ、 一部前置胎盤であった」「胎盤付着部位:実際は、メインは、後壁」〔ママ〕と記載され ている。 * 本件事故後に病院が作成し、遺族に交付した「平成16年12月26日(*担当医) 説明」の文書には、「第一回帝切、前置胎盤のリスクはあったが、子宮下部横切開創付近 (子宮前壁)への胎盤付着は、横半分のみであったこと、胎盤付着のメインは後壁だっ た」と記載されている。 イ 癒着胎盤の部位について 胎盤が癒着していた部位については、記載がなく、手術当日付のカルテに「癒着胎 盤(++)」とあるだけである。 平成16年12月22日付組織診検査依頼票(子宮)の「現症経過及び所見」には 「子宮後壁~下部にかけての癒着胎盤認め」、「依頼趣旨」には「前壁、後壁、子宮下 部の癒着胎盤の程度」と記載されている。 (2)担当医の供述 ア 胎盤付着部位について 前回帝王切開創と胎盤付着部位の関係について、供述調書では、「胎盤の付着位置と 帝王切開創の関係は気にしていなかったし、見ても分からなかった」と述べている(検 乙 10-7)。 他方、公判廷では、「前回の帝王切開の傷あとと思われる部分には胎盤はなかった」 と述べており(担当医⑦-315~317,320)、供述にくい違いがみられる。 イ 癒着胎盤の部位について 供述調書では、「胎盤を手で剥離することができなくなったとき、剥離している場所 が後壁だったので、後壁だし、まさか癒着胎盤ではないよなと思った」(検乙 17-3)、 「胎盤娩出後、子宮の後壁下部から湧き出るように出血していることが分かった時、 出血したのは癒着胎盤が原因に違いないだろうと思っていた。」(検乙 16-3,5)と述べ ており、癒着部位は後壁であるとしている。 公判廷でも、後壁に癒着胎盤があったとの供述をしている(担当医⑨-81)。 (3)専門家証人意見 田中意見、池ノ上意見、岡村意見は、診療経過を踏まえて後方視的に見た癒着胎盤の

(28)

詳細(癒着の部位、面積、深さなど)について検討していない。癒着胎盤の詳細と大量 出血の関連についても、検討していない。

3 小括

以上のとおり、病理組織学的診断と診療経過を総合考慮して、後方視的にみたときに、 本件癒着胎盤の詳細はいかなるものだったのかは、判然としなかった。

(29)

第3 術前の診療経過について

1 術前診断(子宮切開前の術中診断を含む)

(1)医学文献 ア 前置胎盤についての診断 前置胎盤の確定診断のためには、経腟超音波断層法が最も有用であるとされている (文献3-256 頁、2007 年)。 イ 癒着胎盤についての診断 (ア) 癒着胎盤のリスク因子、発生頻度および診断方法 癒着胎盤の病因は、子宮内の炎症や外科手術による子宮壁の瘢痕組織の存在によ り、脱落膜の発育不全、発育障害が起こり、床脱落膜の欠如が起こった結果、胎盤 絨毛が直接子宮筋層に付着ないし侵入するために起こると考えられている(文献 37 -1840 頁)。そのリスク因子としては、子宮内膜炎、過度の子宮内掻爬、前回胎盤 用手剥離、前回帝王切開術、筋腫核出術、子宮奇形手術など子宮内膜の炎症や損傷 によるものに加え、先天性子宮内膜形成不全、子宮奇形、子宮筋腫、多産などがあ るが、特に前置胎盤での癒着胎盤合併頻度が高いとされている(文献 38-713 頁)。 癒着胎盤の発生頻度については、前置胎盤の約5~10%に癒着胎盤が合併し、帝 王切開既往回数1回の前置胎盤癒着胎盤頻度は 14%であると述べる文献がある(文 献 32、ガイドライン 2008)。他方では、Clark らの報告によれば前置胎盤に癒着胎 盤が合併する頻度は5%であるのに対し、1回帝切既往の前置胎盤では 24%となり、 2回以上では 47%、4回以上では 67%にもなるとの文献(文献 57-197 頁)や、全 前置胎盤における嵌入・穿通胎盤発症率は、帝王切開既往0回の場合 1.12%である が、1回では 37.8%、2回では 46.6%であると報告する文献(文献 53-45 頁)も ある。 また、特に前回帝切既往の子宮前壁(子宮創部)付着前置胎盤は高頻度で癒着胎 盤となるとする文献(文献 45-774 頁)や、既往帝王切開術1回で 35 歳未満の場合、 子宮切開創瘢痕部上に胎盤がない場合の癒着胎盤発生頻度は 3.7%、子宮切開創瘢 痕部上に胎盤がある場合は 15.9%であるとする文献(弁9、10)もある。この意味 で、帝王切開既往の場合、胎盤の位置確認は重要であると考えられる。 なお、既往帝王切開前置癒着胎盤 26 例の平均出血量は 3,915mlであるとの文献 (文献6-503 頁)や、子宮摘出を要する癒着胎盤の平均出血量は 3,500ml(900 ~21,000ml)とする文献(文献 17-166 頁)があるように、癒着胎盤の場合には 大量出血により母体の生命に危険が及ぶ可能性があるとされている。穿通胎盤にお ける母体死亡率が7%であるとする文献もある(文献 53-48 頁)。 癒着胎盤の診断は、多くの医学文献において、超音波断層法、カラードプラ法、 MRI検査、母体血中α-プロテインの測定、尿中潜血の測定、術中所見などを組 み合わせて行うものとされている。 以下、診断方法を個別に述べる。

(30)

(イ) 画像検査 ~ Ⓐ超音波断層法

エコー検査により癒着胎盤を示唆する所見は、文献によれば次のとおりである。 《文献 80、日本産科婦人科学会雑誌 60 巻1号 206 頁、2008 年》

①irregularly shaped placental lacunae(胎盤実質内の不規則形をした無エコ ー領域)

②loss of the retroplacental “clear space”(胎盤後方の低エコー域の消失) ③thinning of the myometrium overlying the placenta(胎壁付着部の子宮筋

層の菲薄化)

④protrusion of the placenta into the bladder(胎盤の膀胱への突出) ⑤increased vascularity of the uterine serosa-bladder interface(子宮漿

膜と膀胱壁の境界の血管増生)

⑥sponge like echo in low uterine segment and/or cervix(子宮下節から頸 部にかけてのスポンジ様エコー)

⑦turbulent blood flow through the lacunae on Doppler ultrasonography (カラードプラ像での lacunae における乱流の増加)

癒着胎盤の病態からこれらの超音波所見の意味を考えてみると、②が最も直接 的な所見といえる。

《文献 21、産婦人科の実際 57 巻6号 900 頁、2008 年》 ①Clear zone の消失

子宮筋層と胎盤組織との境界には低超音波域があり、clear zone (echoluce nt space)といわれる。clear zone は基底脱落膜を示す所見と考えられている。 癒着胎盤では基底脱落膜が欠損し、胎盤絨毛と子宮筋層とが直接接触する。 従って、基底脱落膜を示す clear zone の消失は、癒着胎盤を直接的に示す所 見であり、特に重要と考えられる。 ②Placental lacuna の出現 胎盤内から子宮筋層内に、辺縁不正の、虫食い像のような低輝度の液体貯留 像が見られ、lacuna と呼ばれる。 その病態の詳細は不明であるが、癒着胎盤との関連性は高い。診断感度は約 80~90%であり、また lacuna が多いほど癒着胎盤の可能性も高いことが知ら れている。 Lacuna 内は液体で、乱流を伴う血流を認めることが多い。 (なお、同文献には、この血流をカラードプラ像により確認した図版が掲載 されている。) ③膀胱境界線の不正 子宮頸部と膀胱との間の漿膜は、通常、超音波輝度の高いスムーズな線とし て描出される。癒着胎盤ではこの線が途切れ途切れとなり、また胎盤組織が膀 胱側に突出するように見えることがある。

(31)

この2所見は癒着胎盤に特徴的であるが診断感度は低く、すべての癒着胎盤に 認められるわけではない。 他方において、文献上は妊娠中の超音波による癒着胎盤の診断は困難とされ(検 甲 11-303 頁、2003 年)、特に癒着部位が子宮後壁の場合(文献3-255 頁、2007 年)は胎児の影になって所見がとりにくいとの見解もある(弁 137)。 また、嵌入胎盤や穿通胎盤など侵入程度が高度な場合や広範なものは確診できる が、癒着胎盤(placenta accrete)や癒着が部分的な場合、疑うことはできても確 診は困難であるとする文献もある(文献 81、産婦人科の実際 57 巻 12 号 1974 頁、2 008 年)。 (ウ) 画像検査 ~ Ⓑカラードプラ法 カラードプラ法は、超音波を用いて血流の存在や量・速度等を測定する検査方法 である。この方法の有用性については、文献上、次のような説明がなされている。 癒着胎盤では胎盤から子宮筋層内へ、さらに筋層外にまで入り込むような血管像 の増強を認める場合がある。胎盤と周囲組織との間に、あるいは膀胱境界線に豊富 な血流乱流を認める場合もある。このようなカラードプラ所見が癒着胎盤に特徴的 か否か、あるいは通常の超音波画像所見以上に癒着胎盤の正診率を上げるか否か、 結論には至っていない。また、前述のごとく placental lacuna 内にも血流を認める ことが多く、lacuna か否かの鑑別診断に有用である(文献 21-902 頁、2008 年)。 文献によっては、超音波断層検査に比し異常血管像や血流の観察にはより有用で、 正診率をあげる(検甲 12-430 頁、2001 年)とか、超音波断層法と併用することで 診断の精度が向上すると思われる(検甲9-260 頁、2004?年)とするものもある 一方で、現在のところ、グレースケール断層像での成績を超えるエビデンスは示さ れていないとの報告もある(文献 80、日本産科婦人科学会雑誌 60 巻1号 206 頁、2 008 年)。 (エ) 画像検査 ~ ⒸMRI検査 MRI検査については、超音波検査では得られない所見、特に癒着部分の範囲の 描出に優れているので、超音波検査に加え、MRI検査を併用することも有用と思 われるとする文献(文献 81、産婦人科の実際 57 巻 12 号 1974 頁、2008 年)がある。 その一方で、特に子宮後壁付着の癒着胎盤の診断に有用であるとの報告があるが、 超音波断層法やカラードプラ法以上の所見は得られることが少ないとの文献(検甲 9-260 頁、2004?年)や、現時点では、MRI画像が超音波画像よりも優れてい るという明らかな事実は示されておらず、妊娠後半期に入ると子宮筋層が伸展し菲 薄化するために、癒着胎盤の診断精度も下がると推測されているとの文献(文献 21 -902 頁、2008 年)もある。 また、MRIを用いた分娩後の癒着胎盤の診断は報告されているが、妊娠中の癒 着胎盤の診断は胎児の動きによるアーチファクトの問題や、超音波断層法やカラー ドプラ検査以上の所見が得られないことから、現在のところすぐれた診断法とはい

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