司法権の独立 :
-解釈論を中心として-著者名(日)
名雪 健二
雑誌名
東洋法学
巻
40
号
1
ページ
33-58
発行年
1996-07-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00000497/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja司法権の独立
解釈論を中心として
名
雪
健
二
目 次東洋法学
O 執務不能の裁判 O公の弾劾 ㊤国民審査 日 裁判官の報酬 口 裁判官の懲戒 O 裁判宮の罷免 二 裁判官の身分保障 一 裁判官の職権の独立 3334 司法権の独立 裁判官の職権の独立 裁判官がその職務を果たすためには、法による司法または裁判が厳格にかつ公正に行われなければならない。そ こで、いわゆる司法権の独立という原則が生まれる。憲法第七六条第三項では、﹁すべて裁判官は、その良心に従 ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される﹂と規定して、この原則を謳っている。ここに 司法権の独立の本来の意味があるが、これを確実なものとするためには裁判官の身分が保障されなければならな い。後述するように、憲法第七八条は裁判官の身分保障について定めているが、これは裁判官の職権の独立にと って不可欠の条件である。このようなことから、司法権の独立というときは、裁判官の職権の独立と裁判官の身 ︵−︶ 分保障の二つを意味するものと解されている。 裁判官がその職権を行使するにあたっては、完全に独立であって、いかなるものから指揮命令も受けず、自主 的に判断を下す。したがって、立法機関や行政機関だけではなく、他の裁判官の命令にも服するものではない。そ のかわり、裁判官が裁判をするにあたっては、ひたすらその良心にしたがって、公平無私な態度で行わなければ ならない。そこで、憲法第七六条第三項の﹁良心に従ひ﹂という場合の﹁良心﹂が何を意味するかである。これ については、︵イ︶良心一元説と︵ロ︶良心二元説、すなわち、主観的良心説と客観的良心説が対立している。主観 的良心説によると、人の良心は一つだけであるから、憲法第七六条第三項の良心は、憲法第一九条の良心と同じ ︵2︶ で個人的・主観的良心であるとする。一方、客観的良心説によると、憲法第七六条第三項の良心は、憲法第一九
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条の良心とは異なり、それは裁判官個人の主観的な政治的・宗教的・道徳的・思想的信念や人生観、世界観など を意味するのではなく、裁判官が適用する法のうちに客観的に内在する心意・精神、つまり、いわゆる客観的な ︵3︶ ﹁裁判官としての良心﹂を意味するとする。 このように、学説上対立がみられるが、裁判にあたり客観的法規範を離れた主観的良心に準拠して行うことは 近代司法においては認められないことから、客観的良心説と解するのが妥当であろう。 最高裁判所は、良心を﹁裁判官が有形無形の外部の圧迫乃至誘惑に屈しないで自己内心の良識と道徳観に従う の意味である﹂︵最大判昭和壬二二一・一七刑集二巻二号一五六五頁︶として、あるいは﹁凡て裁判官は法の範囲内 において、自ら是なりと信ずる処に従って裁判すれば、それで憲法のいう良心に従った裁判といえる﹂︵最大判昭 和壬二二二・一五刑集一三巻一七八三頁︶と述べて、必ずしも明らかではないが、主観的良心説に立っているよう である。 良心を裁判官としての客観的良心と解すると、例えば、カトリック教徒のある裁判官がたとえ離婚に反対であ っても、それを理由にして離婚の請求を棄却することは許されない。また、ある裁判官が死刑に反対であるから といって、それを理由にして下級裁判所が下した死刑の判決を破棄することは許されない。したがって、裁判官 を拘束するのは、﹁憲法及び法律﹂のみである。ここにいう﹁法律﹂の意味であるが、これについては︵イ︶形式 的意味説と︵ロ︶実質的意味説が対立している。形式的意味説によると、憲法第七六条第三項が﹁のみ﹂としてい ることなどから、﹁法律﹂および憲法の授権による﹁最高裁判所規則﹂による拘束を受けるだけであって、それ以 35司法権の独立 ︵4︶ 外の諸々の法形式に属する法規範に拘束されることはないとする。これに対して、実質的意味説によると、第三 項にいう﹁法律﹂というのは、法規範の意味であって、形式的意味の法律のみならず、政令、規則、条例等一切 ︵5︶ の法規範が含まれるし、また、不文法たる慣習法や条理をも含むとする。 憲法第七六条第三項の趣旨は、裁判が客観的法規範を準拠にして行われるべきである以上、本項にいう﹁法律﹂ は形式的法律だけではなく、一切の客観的法規範をいうのは明らかなことから、実質的意味説が妥当であろう。 なお、判例法も、憲法第七六条第三項にいう﹁法律﹂に含まれるか否かにつき、判例法は法規ではないから含 ︵6︶ ︵7︶ まれないとする説や含まれるとする説および確立された判例法には拘束されるが、判例そのものには拘束されな ︵8︶ いとする説がある。 ところで、裁判官の職権の独立が脅かされたものとして、明治憲法時代においては、大津事件︵明治二四年︶が ︵9︶ あった。日本国憲法下では、国政調査権との関係で生じた浦和充子事件︵昭和壬二年︶、司法内部における吹田黙 ︵−o︶ 藩事件︵昭和二八年︶、平賀書簡事件︵昭和四四年︶、裁判官再任事件︵昭和四六年︶などがある。 なお、一般市民やマスコミによる、いわゆる裁判批判については、公権力による司法権への圧力とは異なり、犯 罪を構成しない限り言論の自由の一環として認められるべきである。したがって、例えば、裁判官を脅迫するよ ︵11︶ うな手段を伴わなければ、正当な権利行使として容認されるべきである。 36 ︵1︶ 廣田健次﹁新版日本国憲法概論﹂、一九八五年、二二頁。
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︵2︶ ︵3︶((
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))
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佐藤︵功︶、前掲書、九七一頁ー九七二頁。同旨、杉原、前掲書、三八○頁。 頁。和田、前掲書、三五一頁。 清宮、前掲書、三五七頁、同、前掲書、二九三頁。廣田、前掲書、二一二頁。法学協会編、前掲書、一一三九 浦部、前掲﹁第七六条﹂、二四八頁。 一三九頁。和田、前掲書、三五一頁。伊藤、前掲書、五七八頁。長尾、前掲書、三八七頁。 前掲書、三九一頁。橋本、前掲書、五八六頁。法学協会編﹁註解日本国憲法﹂下巻、昭和四五年、一二一天頁−一 条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂共著、注釈日本国憲法下巻所収、昭和六三年、工四七頁。榎原、 頁。佐藤︵功︶、前掲書、九七一頁。同、前掲書、四七五頁。佐藤︵幸︶、前掲書、三二八頁。浦部法穂﹁第七六 清宮、前掲書、三五七頁。同、前掲書、二九二頁−二九三頁。廣田、前掲書、一二二頁。宮沢、前掲書、六〇七 結城、前掲﹁裁判官の良心﹂、一八九頁。 ﹁日本国憲法﹂︵︵新版︶︶、三八七頁。 五年、五八六頁。同﹁裁判官の良心﹂、小鳴和司編、憲法の争点︵新版︶所収、昭和六〇年、二〇二頁。長尾一紘 部法穂﹁裁判所と憲法訴訟﹂、佐藤幸治編、憲法−所収、昭和六一年、二八九頁。橋本公亘﹁日本国憲法﹂、昭和五 三三六頁。伊藤正己﹁憲法﹂第三版、平成七年、五七七頁。佐藤幸治﹁憲法﹂︹第三版︺、平成八年、三二七頁。浦 訂︺、一九九四年、二四〇頁。和田英夫﹁新版憲法体系﹂、一九八二年、三五一頁。小林孝輔﹁憲法﹂、昭和六一年、 版]﹁憲法講義﹂下、一九八三年、三〇六頁。榎原 猛﹁憲法﹂、一九八六年、三九一頁。阿部照哉﹁憲法﹂︹改 三年、四七四頁。宮沢俊義﹁全訂日本国憲法﹂、芦部信喜補訂、一九七九年、六〇五頁−六〇六頁。小林直樹[新 掲書、一二一頁。佐藤功﹁憲法﹂︵下︶︹新版︺、昭和六三年、九六八頁。同﹁日本国憲法概説﹂全訂第四版、平成 清宮四郎﹁憲法1﹂︹第三版︺、昭和五四年、三五七頁。同﹁全訂憲法要論﹂、昭和四八年、二九二頁。廣田、前 八八頁。平野龍一﹁刑事訴訟法﹂、平成三年、五二頁ー五三頁。杉原泰雄﹁憲法H﹂、一九八九年、三七六頁。 結城光太郎﹁裁判官の良心﹂、特集・日本国憲法−三〇年の軌跡と展望、ジュリスト六三八号、昭和五二年、一 37司法権の独立 10 9 ︵n︶ 大津事件については、宮沢俊義﹁大津事件の法哲学的意味﹂、憲法と裁判所収、昭和五二年、一九一頁以下参照。 これらの事件についての概要を知るには、﹁法律事件百選﹂、ジュリスト九〇〇号、一九八八年、四〇百→四一 頁、八二頁−八三頁、一七四頁1︸七五頁、︻八八頁ー一八九頁。 伊藤、前掲書、五七八頁。矢口俊昭﹁司法権の独立と裁判官の独立﹂、和田英夫編、憲法一〇〇講所収、一九八 三年、二三〇頁。 38 二 裁判官の身分保障 裁判官が独立してその職権を行使するためには、裁判官の身分を十分に保障する必要がある。裁判官は、とく に定められた例外の場合を除いて、その身分を失わせられることのない制度が確立されている。憲法第七八条前 段では、﹁裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、 公の弾劾によらなければ罷免されない﹂と規定している。裁判所法も、その趣旨を受けて、﹁裁判官は、公の弾劾 又は国民の審査に関する法律による場合及び別に法律で定めるところにより心身の故障のために職務を執ること ができないと裁判された場合を除いては、その意思に反して、免官、転官、転所、職務の停止又は報酬の減額を されることはない﹂︵裁判所法第四八条︶と定めている。 明治憲法では、その第五八条第二項で、﹁裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ処分二由ルノ外其ノ職ヲ免セラル・コ トナシ﹂とし、刑罰による失官および懲戒免官を定めていた。この規定に基づいて、判事懲戒法が明治二三年法 律第六八号として制定され、懲戒裁判所が各控訴院および大審院に置かれた。したがって、裁判官の懲戒は、他
の官吏一般の懲戒と区別され、法律に基づき裁判所によるものとされていた。この限りにおいて、明治憲法で も、裁判官の身分保障については、一定の配慮を示していたといえる。もっとも、司法大臣による裁判所の監督 ︵−︶ 権が認められていたので、完全な意味での司法権の独立が保障されていたわけではなかった。 ︵1︶ 浦部法穂﹁第七八条﹂、 ー一 一六六百ハ。 樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂共著、注釈日本国憲法下巻所収、 一六五頁
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8 裁判官の罷免 裁判官は原則として罷免されないが、その例外として、次の三つの場合がある。すなわち、第一に、執務不能 による場合、第二に、公の弾劾による場合、第三に、最高裁判所裁判官の国民審査による場合である。 ︵−︶ そこで、罷免とは、公務員に対して、本人の意に反して、その地位を失わせることをいう。裁判官を退官させ るのは、本人が免官を願いでた場合は別として、右の第一と第二の場合とに限られている。ただし、最高裁判所 の裁判官については、これらの二つの場合のほかに国民審査による罷免がある。これら以外の理由によって、裁 判官は罷免されてはならない。したがって、例えば、裁判官の定年は憲法第七九条第五項および第八O条第一項 で法律の定めるところによるとしているが、法律でその年齢を引き下げることで、それに該当する裁判官を自動 的に退官せしめることは許されないと解すべきである。また、裁判官の定員についても法律で定められているの 39司法権の独立 ︵2︶ で、その定員を減少させることにより、自動的に退官せしめることも許されないと解すべきである。 問題は、裁判所法に定める裁判官の任命にあたっての欠格事由に該当する場合、裁判官は当然に失職すると解 すべきかどうかである。すなわち、裁判所法第四六条によると、弾劾裁判による罷免のほかに、禁銅以上の刑に 処せられた者と一般の国家公務員に任命されることのできない者は、裁判官に任命されえないとしている。そこ で、在職中にこれらの事由が生じた場合に、裁判官は当然に失職するのか、それとも当然には失職せず弾劾裁判 の手続を必要とするのかどうかということである。これについては、︵イ︶当然失職説と︵ロ︶弾劾裁判必要説が対 立している。当然失職説によると、裁判官任命について、その欠格事由が定められている以上、その事由が生じ た場合には、公の弾劾の手続を要せず、一般の国家公務員の場合と同様当然に失職する。当然に失職すると解し ても、司法権の独立の原則をとくに害するとは思われないし、国家公務員の場合ととくに異別する必要はなく、そ ︵3︶ う解しても別段裁判官の身分の保障を危うくするとは考えられないとする。これに対して、弾劾裁判必要説によ ると、憲法第七八条は、裁判官の罷免を二つの場合に限っていることから、これ以外に裁判官がその意思に反し てその職を失う場合を認めることは本条の趣旨に反するものであり、したがって、裁判官任命の欠格事由が生じ ︵4︶ たとき、当然に失職するのではなく、改めて公の弾劾の手続により裁判官の職を失わせる必要があるとする。 このように、この問題に関しては学説が対立しているが、裁判官の身分保障を重視するならば、弾劾裁判必要 説が妥当であろう。裁判官任命の欠格事由は法律で定められているが、改正によってそれをさらに拡大する恐れ もあり、その場合にも当然に失職とするのは妥当とはいえず、また、欠格事由をそのまま失職の事由と解したの 40
では、不当に失官の道を開くことにもなりかねず、裁判官の身分保障を危うくすることになろう。 なお、裁判官任命の欠格事由を分けて、国家公務員法第三八条第五号にいう破壊的活動の政党を結成しまたは 加入しても、これによって直ちに失官せず、その場合弾劾裁判の手続を必要とするが、それ以外の場合には当然 ︵5︶ に失職するとの立場もある。
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︵4︶ ︵5︶ 宮沢俊義﹁全訂日本国憲法﹂、芦部信喜補訂、六二八頁。 法学協会編﹁註解日本国憲法﹂下巻、一一六九頁。 宮沢、前掲書、六二九頁。法学協会編、前掲書、一一六八頁、一一七一頁。佐藤功﹁憲法﹂︵下︶︹新版︺、一〇 〇二頁。 浦部法穂﹁第七八条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂共著、注釈日本国憲法下巻所収、二六七頁。 同﹁裁判所と憲法訴訟﹂、佐藤幸治編、憲法−所収、二九七頁。小林直樹[新版]﹁憲法講義﹂下、三二五頁。野中 俊彦﹁司法﹂、清水睦・吉田善明・高見勝利・鴨野幸雄・野中俊彦・中川剛・新正幸著、憲法講義−所収、昭和五 四年、二一三頁。斎藤康輝﹁裁判官の身分保障はどこまで及ぶか﹂、名雪健二・和知賢太郎・斎藤康輝共著、ゼミナ ール憲法所収、一九九六年、一二一頁。 兼子一・竹下守夫﹁裁判法﹂︹第三版︺、平成六年、二五八頁−二五九頁。 e 執務不能の裁判 裁判官は、裁判によって、 心身の故障のために職務を執ることができないと決定されたときは罷免される︵憲法 41司法権の独立 第七八条、裁判所法第四八条︶。これは、裁判官の身分に対する外部からの不当な圧力を排除し、その決定は裁判所 の訴訟手続によって行われるべきものとされている。手続の詳細については、裁判官分限法で定めている。それ によると、執務不能の裁判は、高等裁判所では五人の裁判官からなる合議体で、その管轄区域内のそれ以下の下 級裁判所の裁判官について行い、また、最高裁判所および高等裁判所の裁判官については、最高裁判所の大法廷 で取り扱い、高等裁判所の裁判に対しては抗告が認められている︵裁判官分限法第三条−第八条︶。 執務不能の裁判は、裁判官が心身の故障により職務を執ることができないことを確定する裁判であり、裁判が 確定してもそれによって裁判官はその身分を直ちに失うわけではない。したがって、任命権者が、改めて当該裁 判官を免ずることが必要である。裁判官分限法第一条第一項によると、﹁裁判官は、回復の困難な心身の故障のた めに職務を執ることができないと裁判された場合及び本人が免官を願い出た場合には、日本国憲法の定めるとこ ろによりその官の任命を行う権限を有するものにおいてこれを免ずることができる﹂と定める。ここにいう﹁免 ずることができる﹂とあるが、それは執務不能の裁判が確定し、任命権者がその通知を受けたとき、直ちに当該 ︵−︶ 裁判官を罷免しなければならないと解され、任命権者が罷免しないこともできるとする意味ではない。 罷免事由であるが、それは﹁心身の故障のために職務を執ることができない﹂場合である。これについては、厳 格に解すべきであり、一時的な故障はそれがたとえ重大なものであってもこれにあたらない。また、長期にわた る故障であっても、職務の執行に支障のない程度のものであるならば、罷免事由にあたらない。したがって、故 障が、相当長期にわたって継続することが確実と予想され、しかもその故障が裁判官としての職務の執行にさし 42
︵2︶ 障りをもたらすものでなければならない。この趣旨の下に、裁判官分限法第一条では、﹁回復の困難な心身の故障﹂ と定めている。具体的には、回復困難な精神的・肉体的病気をいう。なお、こうした病気以外に、失踪、行方不 明などで発見の見込がない場合にも、身体の故障として執務不能の裁判による罷免をなしうるとする見解もあ ︵3︶ る。
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︵3︶ 宮沢俊義﹁全訂日本国憲法﹂、芦部信喜補訂、九九四頁。 宮沢、前掲書、六二八頁。浦部法穂﹁第七八条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂共著、注釈日本国 憲法下巻所収、一一六九頁。同﹁裁判所と憲法訴訟﹂、佐藤幸治編、憲法−所収、二九〇頁。伊藤正己﹁憲法﹂第 三版、五八一頁。 佐藤功﹁憲法﹂︵下︶︹新版︺、九九五頁。法学協会編﹁註解日本国憲法﹂下巻、一一六七頁。東洋法学
◎ 公の弾劾 公の弾劾による場合であるが、裁判官は公の弾劾によって罷免される︵憲法第七八条、裁判所法第四八条、裁判官 弾劾法第三七条︶。弾劾とは、一定の官職にある者に対して、直接に国民もしくは国民の意思を代表する機関が責任 ︵−︶ を追及し、それに基づいて当該公務員を罷免する制度をいう。公の弾劾は、国会の弾劾裁判所による裁判であ り、憲法第六四条第一項では、﹁国会は、罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾 劾裁判所を設ける﹂と定め、第二項では、﹁弾劾に関する事項は、法律でこれを定める﹂としている。これを受け 43司法権の独立 て、国会法、裁判官弾劾法があり、裁判官弾劾法第四二条の委任に基づいて裁判官弾劾裁判所規則が定められて いる。 憲法第六四条が裁判官を裁判するための弾劾裁判の制度を認めたのは、身分を保障している裁判官を罷免する には司法機関や行政機関の判定によらず、国会が設置し、国民の代表である両議院の議員で組織され、しかも国 ︵2︶ 会とは別な特別な裁判所によって独立かつ公正に行うことが望ましいとの趣旨からである。この制度はまた、最 高裁判所裁判官の国民審査︵憲法第七九条第二項︶とともに、憲法第一五条の定める国民の公務貝選定・罷免権の ︵3︶ 現われである。 裁判官罷免の訴追は、両議院の議員から選挙された各一〇名の訴追委員会によって行われ︵国会法第二一六条、裁 判官弾劾法第五条第一項︶、弾劾裁判は、両議院の議員から選挙された各七名の裁判員で組織される弾劾裁判所が行 う︵国会法第二一五条、裁判官弾劾法第一六条第一項︶。罷免の訴追を行うのは訴追委員会であるが、何人も裁判官に ついて弾劾による罷免の事由があると考えるときは、訴追委員会に対して罷免の訴追をすべきことを請求するこ とができる︵裁判官弾劾法第一五条第一項︶。最高裁判所長官は、高等裁判所長官および地方裁判所長からの通知が あったとき、または弾劾による罷免の事由があると思料するときは、罷免の訴追をすべきことを請求しなければ ならない︵同法第一五条第二項・第三項︶。訴追委員会は、訴追の請求があったとき、または弾劾による罷免の事由 があると思料するときは、その事由を調査する義務を負う︵同法第二条︶。 罷免の事由であるが、それは①職務上の義務に著しく違反し、または職務を甚だしく怠ったこと︵裁判官弾劾法 44
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第二条第一号︶、②その他職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったこと︵同法第二 条第二号︶の二つに限定している。このように、罷免の事由を﹁著しく﹂または﹁甚だしく﹂に限定しており、そ れは、裁判官の懲戒事由を定める裁判所法第四九条と対比される。いずれにしても、罷免の事由は、厳格にとら える必要があり、裁判の内容の評価などが罷免の事由であってはならず、それが事由とされることになれば、裁 ︵4︶ 判官の職権の独立を侵すことになり許されないといわなければならない。裁判官弾劾法第二条第一号に定める著 しい義務違反または甚だしい職務解怠とは、どのような場合を指すのか。それは、例えば、職務上著しく偏頗な 措置をなした場合、職権濫用や人権躁踊などの著しい行為があった場合、故意に審理や裁判を遅らせた場合をい う。第二号の著しい威信失墜の非行とは、例えば、裁判官の職務の執行中または職務外において、裁判官の威信 を著しく失わしめる非行のあった場合で、それは一般の刑事上の犯罪を犯したり、または著しく社会的な指弾や 非難を受けるような私行上の非行があった場合をいう。しかし、職務上の義務違反や解怠および威信失墜の非行 があったことが認められても、それらが著しくまたは甚だしくという程度に達していないとされる場合には、罷 免の事由とはならず、訴追されることはない。したがって、罷免されない場合や訴追されても罷免には至らない ︵5︶ 場合がありうる。 弾劾裁判所は、すでに述べたように、両議院の議貝から選挙された各七名の裁判員で組織され︵国会法第一二五 条第一項、裁判官弾劾法第一六条第一項︶、両議院の裁判員がそれぞれ五名以上出席しなければ審理および裁判をす ることができない︵裁判官弾劾法第二〇条︶。裁判官は罷免の裁判の宣告により罷免される︵憲法第七八条、裁判官弾 45司法権の独立 劾法第三七条︶。この場合、執務不能の裁判による罷免とは異なり、任命権者が改めてその裁判官を免ずる必要は なく、弾劾裁判所の裁判が終局的に罷免の効果をもたらす。したがって、弾劾裁判所の終局裁判があるまで、任 ︵6︶ 命権者が罷免の訴追を受けた裁判官を免官することは、許されないものと解される。この点を明らかにするため に、裁判官弾劾法第四一条は、﹁罷免の訴追を受けた裁判官は、本人が免官を願い出た場合でも、弾劾裁判所の終 局裁判があるまでは、その免官を行う権限を有するものにおいてこれを免ずることができない﹂と定めている。 裁判官は罷免の裁判の宣告により罷免されるが、その者はそれ以後裁判官に任命されることができない︵裁判所 法第四六条第二号︶。また、検察官に任命されることもできず︵検察庁法第二〇条第二号︶、さらに、弁護士となる資 格も剥奪される︵弁護士法第六条第二号︶。しかし、罷免された裁判官については、資格回復の裁判が認められてお り、裁判官弾劾法第三八条がそれを定めている。それによると、①罷免の裁判の宣告の日から五年を経過し、相 当とする事由があるとき、②罷免の事由がないことの明確な証拠をあらたに発見し、その他資格回復の裁判をす ることを相当とする事由があるときとしており、このようなときには、罷免の裁判を受けた者の請求により、資 格回復の裁判をすることができる。これにより、罷免の裁判を受けた者は、その裁判を受けたために失った資格 を回復する︵裁判官弾劾法第三八条第二項︶。いうまでもなく、この資格回復の裁判は、罷免の効果を遡って消滅さ ︵7︶ せるものではなく、将来に向かってその資格を回復するにとどまる。 46 ︵1︶ 浦部法穂﹁第七八条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂共著、注釈日本国憲法下巻所収、 一七〇頁。
ハ
765432
) ) ) ) ) ) 清宮四郎﹁憲法1﹂︹第三版︺、三六三頁。同﹁全訂憲法要論﹂、二四〇頁。 清宮、前掲書、三六三頁。同、前掲書、二四〇頁。佐藤功、﹁憲法﹂︵下︶︹新版︺、 浦部、前掲﹁第七八条﹂、一一七一頁。 佐藤︵功﹀、前掲書、九九九頁1︸OOO頁。 佐藤︵功︶、前掲書、一〇〇一頁。浦部、前掲﹁第七八条﹂、二七二頁。 浦部、前掲﹁第七八条﹂、一一七三頁。 九九五頁。東洋法学
e国民審査
最高裁判所の裁判官の進退については、前述した執務不能の裁判および弾劾裁判により罷免される。このほか に、最高裁判所の裁判官には、他の裁判官にはない国民審査の制度がある。国民審査制度は、最高裁判所が憲法 解釈権を有する終局的な機関であることに鑑みて、その裁判官に対しても民主的コントロールに服させることが ︵−︶ 望ましいとの趣旨で設けられたものといえる。 国民審査は、制度上、最高裁判所の裁判官の任命を民主的にコントロールすることを目的としたものというこ とができるが、問題はその性格をどのように解するかである。これについては、学説上争いがあり、︵イ︶国民解 職制説、︵ロ︶信任投票説、︵ハ︶折衷説が対立している。国民解職制説によると、憲法第七九条にいう制度は、一 定数の有権者による発議に基づくものではない点からみて本来的なリコール制と異なるが、国民審査以前に、裁 判官は任命により完全に裁判官としての地位についており、国民審査で罷免と決定されても、その効果は将来に 47司法権の独立 ︵2︶ 向かって有するにすぎないので、法定リコール制ともいうべきものとする。信任投票説によれば、国民審査の本 質は、憲法第一五条の公務員選定・罷免権の行使にあり、それは憲法第七九条第二項にいう裁判官の任命の可否 ︵3﹀ を問う制度、すなわち、任命権者の任命行為に対する信任投票とする。折衷説によると、国民審査制度は形式的 にみるとリコールといえるが、この制度の趣旨をそのように限定して解したのでは十分とはいえず、憲法第七九 条第二項が任命後の初の総選挙に際して国民審査を行うことを規定し、また、沿革上、公選制による弊害を回避 しながらも、裁判官の選任について民主的にコントロールしようとするという意味を制度的に含んでいたことか ︵4︶ ら、機能的側面よりみて、任命の事後審査と国民罷免制度の両面をあわせもつとする。 このように、学説は対立しているが、最高裁判所の裁判官は天皇または内閣の任命により裁判官としての地位 につくものであって、任命後の最初の国民審査で罷免を可とする投票が多数であったからといって、任命行為が 無効となるわけではない。したがって、国民審査は、天皇または内閣の行為によってすでに完成した最高裁判所 の裁判官の任命についての批判であり、国民は特定の裁判官を罷免するかどうかを決定するものである。このよ うなことからみて、国民審査は最高裁判所の裁判官についてそれを罷免するかどうかの審査であり、それは、解 職制度とみるべきである。 最高裁判所は、国民審査の制度について、﹁国民審査の制度はその実質において所謂解職の制度と見ることが出 来﹂、﹁このことは憲法第七九条第三項の規定にあらわれている。同条第二項の字句だけを見ると一見そうでない 様に見えるけれども、これを第三項の字句と照らし合わせて見ると、国民が罷免すべきか否かを決定する趣旨で 48
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あって﹂、﹁任命そのものを完成させるか否かを審査するものではないことは明瞭である﹂と述べ、国民解職の制 度とみている︵最大判昭和二七・二・二〇民集六巻二号二一二頁︶。 国民審査の方法であるが、憲法第七九条第二項で定めているように、﹁その任命後初めて行はれる衆議院議員総 選挙の際国民の審査に付し﹂、その後も同様のことが繰り返される。審査に関する事項は、法律でこれを定めると し︵憲法第七九条第四項︶、これに相応するものとして最高裁判所裁判官国民審査法がある。それによると、衆議院 議員の選挙権を有する者が審査権をもち︵最高裁判所裁判官国民審査法第四条︶、審査は投票によって行う︵同法第六 条︶。投票の結果、罷免を可とする投票が罷免を可としない投票より多数のときは、その裁判官は罷免される。投 票は、審査に付される裁判官の氏名が中央選挙管理会のくじで定めた順序によって印刷された投票用紙を用い、審 査人は罷免を可とする裁判官の氏名に×の記号を記載し、罷免を可としない裁判官の氏名にはなんらの記載もし ないで投票するという方法による︵同法第一四条、第一五条︶。 こうした国民審査の投票方法について、罷免を可とするか否かとするかいずれでもない白票がすべて罷免を可 としない投票と同じに取り扱われることになり、この制度が任命の可否を問うものであるとすれば、憲法の趣旨 に反するのではないかという問題が起こる。これにつき、現行法上の白票の取り扱いは、別段憲法に違反するも ︵5︶ のではないし、あえて不合理なことはないとする立場と、現行の方法は、国民審査を単なるリコールの面にとら ︵6︶ われた結果のものであるから、それは不合理で違憲的な規定であるとする立場がある。国民審査の制度を一種の 解職の制度とみれば、こうした投票方法は当然であると解されている。 49司法権の独立 判例は、国民投票の制度を﹁かくの如く解職の制度であるから、積極的に罷免を可とするものと、そうでない ものとの二つに分かれるのであって、前者が後者より多数であるか否かを知らんとするものである。⋮⋮罷免を する方がいいか悪いかわからないものは、積極的に﹃罷免を可とする﹄に属しないことは勿論だから、そういう 者の投票は、前記後者の方に入るのが当然である﹂と述べ、現行の投票方法は憲法に定める国民審査制度の趣旨 ︵7︶ に合致するとした︵最大判昭和二七・二・二〇民集六巻二号二一二頁︶。 さらに、同一用紙への連記制が行われていることから、投票用紙を分割することができず、一部の裁判官につ いては積極的に罷免投票をなし、他の裁判官については棄権しようとする者にとっては、棄権の自由が奪われ、結 局全部について棄権を強制されることになる。加えて、衆議院議員選挙の投票と同じに行われるため、総選挙の 投票はしたいけれども、国民審査の投票は、棄権したい者にとっては棄権の自由が実際上著しく制約されること になり、憲法第一九条に違反するのではないかとの問題がある。これにつき、判例は、﹁国民審査は、⋮⋮積極的 に罷免を可とする意思を有しない者の投票は、罷免を可とするものではないとの効果を発生せしめても、何等そ の者の意思に反する効果を発生せしめるものではない。それ故、思想及び良心の自由や表現の自由を制限するも ︵8︶ のではない﹂と述べている︵最判昭和三八・九・五判例時報三四七号八頁︶。 実務では、国民審査の投票において、棄権をしたい者は、投票用紙を受け取らなくてもよいということを投票 ︵9︶ 所に掲示する措置をとっている。このように棄権の自由を認める趣旨から考えると、現行の連記投票用紙を用い ︵−o︶ ることから生ずる不都合は明らかといえ、改善する必要があろう。 50
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ところで、最高裁判所の裁判官として任命され、すでに国民審査を受けた裁判官が、その後最高裁判所長官に 任命された場合に、その任命についてさらに国民審査の対象となるかどうかである。この問題を巡っては、︵イ︶ 国民審査必要説と︵ロ︶国民審査不必要説が対立している。国民審査必要説によると、憲法第一五条に定める公務 員の選定・罷免権の趣旨を生かすために、国民審査の機会と対象範囲を広く認めるべきであって、また、憲法は 最高裁判所長官とその他の裁判官の任命については任命権者を異にしており、憲法第七九条第二項は第一項の長 たる裁判官とその他の裁判官という区分を受けた規定である。加えて、裁判所法の趣旨からみて、長官の任命が 審査に付される旨明確に規定しており、長官は法律上特殊な地位と権限を有し、さらに、長官は前官たる最高裁 判事を退任して新たな官として任命されると解すべきことから、最高裁判所長官の任命後、初の衆議院議員総選 ︵11︶ 挙で国民審査に付されるとする。これに対して、国民審査不必要説では、最高裁判所長官も憲法第七九条第二項 にいう最高裁判所の裁判官に含まれ、憲法は国民審査に関して両者を区別して取り扱うことを規定しておらず、し たがって、長官の審査を必要とするためには憲法上の明文規定を要するとし、加えて、長官の特別の地位および 権限はいずれも法律上や規則上のものであって、憲法上のものではなく、最高裁判所の権限行使にあたる裁判官 ︵12︶ の地位および職責において、長官と判事との間にいかなる相違もないから、長官の審査は必要ではないとする。 この問題について、憲法は明文の規定を設けていないが、憲法第七九条第二項が最高裁判所の裁判官の任命と だけいっている。したがって、最高裁判所長官と他の裁判官とを区別していないところからみると、後で長官に ︵13︶ 任命された裁判官は、そのことのために国民審査を受ける必要はないと思われる。実際上も、このような解釈に 51司法権の独立 よって行われている。
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︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ 浦部法穂﹁裁判所と憲法訴訟﹂、佐藤幸治編、憲法−所収、二九五頁。 廣田健次﹁新版日本国憲法概論﹂、二〇〇頁。宮沢俊義﹁全訂日本国憲法﹂、芦部信喜補訂、六四二頁。伊藤正己 ﹁憲法﹂第三版、五八二頁。浦部法穂﹁第七九条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂共著、注釈日本国憲 法下巻所収、一一八七頁。同、前掲﹁裁判所と憲法訴訟﹂、二九五頁。佐藤幸治﹁憲法﹂︹第三版︺、一〇五頁。佐 藤功﹁日本国憲法概説﹂全訂第四版、四七九頁。同、﹁憲法﹂︵下︶︹新版︺、前掲書、]〇一七頁。野中俊彦﹁司 法﹂、大須賀明編、憲法所収、一九入一年、四一四頁。畑博行﹁最高裁判所裁判官の国民審査﹂、奥平康弘・杉原泰 雄編、憲法学6所収、昭和五二年、八四頁。阿部照哉﹁憲法﹂︹改訂︺、二四四頁。 大須賀明﹁裁判官の再任と身分保障﹂、裁判官の身分保障、一九七二年、四四頁。 清宮四郎﹁憲法1﹂︹第三版︺、三四九頁。同、﹁全訂憲法要論﹂、二八○頁。和田英夫﹁新版憲法体系﹂、三四四 頁。小林直樹[新版]﹁憲法講義﹂下、三四〇頁。法学協会編﹁註解日本国憲法﹂下巻、一一八五頁。芦部信喜 ﹁演習憲法﹂、昭和五八年、二五八頁。杉原泰雄﹁憲法H﹂、三八九頁。 佐藤︵功︶、前掲書、一〇二〇頁。宮沢、前掲書、六四六頁。法学協会編、前掲書、一一八七頁。畑、前掲﹁最高 裁判所裁判官の国民審査﹂、八六頁。 小林孝輔﹁最高裁判所裁判官の国民審査﹂、憲法三〇年の理論と実際、法律時報臨時増刊、昭和五二年、一六二 頁。浦部教授は、いわゆる白票をすべて罷免を可としない投票として取り扱うことを直ちに違憲とまでいえないとし ても、不合理であることは間違いないとされる。浦部、前掲﹁第七九条﹂、二九二頁。 この最高裁判所の判決に対して、両面的性格があるとする立場からは、民意を背景にした地位の強化という面から みれば、割り切れない不合理なものが残されるとの批判がある。清宮、前掲書、三五一頁。また、この判決にみる国 52東洋法学
︵8︶ ︵9︶ ︵10︶ 13 1211 民審査制は、不合理な違憲的な現行制度を正当化するための理論であって、政治的事実を追認するために作られた理 論であるとの批判もある。小林孝輔﹁学説判例憲法﹂、昭和五四年、一七〇頁。小林直樹教授も、形式論理的にいえ ば、最高裁の考え方はまさにその通りであろうが、こうした投票の方法が制度の目的に適合しているとはとうてい認 めがたいとされる。小林︵直︶、前掲書、三四一頁。 佐藤︵功︶、前掲書、一〇二一頁は、この立場に立つ。こうした考えに対して、杉原教授は、国民の政治における意 思表示は自由でなければならず、棄権の自由が保障されなければならない。これは、民意の正確な表明を確保するた め不可欠のものである。国民解職の場合が選挙と異なり、棄権の自由を保障しなくてもよいとする憲法上の理由はな いとされる。杉原、前掲書、三九〇頁。 浦部教授は、国民審査の投票用紙を受け取らないことが可能となったことにつき、これによって、かえって審査を 棄権しようとする者の投票の秘密が害されることになり、問題があると指摘される。浦部、前掲﹁第七九条﹂、一一 九二頁。 現行の国民審査制度は十分に機能していないということから、その改善策としては、信任意思を○、罷免意思 を×、白票は棄権票と扱うなどが考えられるとする。例えば、小林︵孝︶、前掲書、三六二頁。市川正人﹁第七九 条﹂、佐藤幸治編著、日本国憲法所収、一九九二年、三二頁。また、佐藤︵幸︶、前掲書、一〇六頁も、現行の制度 をリコール制としながら、それが憲法上許容される唯一の方法であるかは疑問であるとして、○×方式も可能である とする。 佐藤︵幸︶、前掲書、一〇六頁。畑、前掲﹁最高裁判所裁判官の国民審査﹂、九〇頁。 佐藤︵功︶、前掲書、一〇二四頁以下。同﹁最高裁判所長官任命についての国民審査の要否﹂、憲法の争点︵新 版︶、二二〇頁−二二一頁。清宮、前掲書、三五一頁。伊藤、前掲書、五八三頁。 この問題について、浦部教授は国民審査必要説と国民審査不必要説ともに成り立ちうるであろうとするが、政策論 としては、最高裁判所判事から長官に任命されたときには改めて審査に付すという方法が妥当であろうとされる。浦 53司法権の独立 部、 前掲﹁第七九条﹂、 一九三頁。同、前掲﹁裁判所と憲法訴訟﹂、二九五頁。 口 裁判官の懲戒 憲法第七八条後段は、﹁裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない﹂と規定する。これは、行 政部の不当な侵害に対して司法部を守り、司法権の独立を保障するためのものである。しかし、裁判所法第四九 条では、裁判官でも、﹁職業上の義務に違反し、若しくは職務を怠り、又は品位を辱める行状があったときは、別 に法律で定めるところにより裁判によって懲戒される﹂としている。 懲戒の事由であるが、それはいずれも罷免の事由よりも軽いものである。懲戒処分は、身分保障の観点から公 正さが要求され、裁判手続によるを要する。そのことを裁判所法第四九条が、明文をもって規定している。詳細 は、裁判官分限法で定められている。 憲法は、罷免の事由を執務不能による裁判による罷免と公の弾劾による罷免に限定しているので、懲戒処分と ︵−V しての罷免、すなわち、免官は許されない。したがって、裁判官の懲戒は、戒告と一万円以下の過料に限られる ︵裁判官分限法第二条︶。また、転所や停職等について、憲法はいかなる規定も設けていないが、裁判所法第四八条 が﹁裁判官は⋮⋮その意思に反して、免官、転官、転所、職務の停止又は報酬の減額をされることはない﹂と定 ︵2︶ めて、裁判官の身分保障を強化しており、懲戒処分としての転官、転所等は認められないと解される。 なお、憲法は行政機関による懲戒処分を禁じているが、立法機関が懲戒処分を行うことも許されないと解すべ 54
︵3︶ きである。 ︵1︶
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清宮、前掲書、三六四頁、伊藤正己﹁憲法﹂第三版、五八四頁。佐藤︵功︶、前掲書、一〇〇四頁。宮沢、前掲 浦部法穂﹁第七九条﹂、樋口陽一・佐藤幸治・中村睦男・浦部法穂共著、注釈日本国憲法下巻所収、一一七四頁。 二四二頁。杉原泰雄﹁憲法n﹂、三八三頁。 学協会編﹁註解日本国憲法﹂下巻、二六九頁。佐藤幸治﹁憲法﹂︹第三版︺、三二九頁。阿部照哉﹁憲法﹂︹改訂︺ 喜補訂、六三〇頁。佐藤功﹁憲法﹂︵下︶︹新版︺、一〇〇三頁。同﹁日本国憲法概説﹂全訂第四版、四七六頁。法 清宮四郎﹁憲法1﹂︹第三版︺、三六四頁。同﹁全訂憲法要論﹂、二九五頁。宮沢俊義﹁全訂日本国憲法﹂、芦部信 書、六一二〇頁。佐藤︵幸︶、前掲書、三一一九頁。野中俊彦﹁司法﹂、清水睦・吉田善明・高見勝利・鴨野幸雄・野中 俊彦・中川剛・新正幸著、憲法講義−所収、二二二頁。矢口俊昭﹁司法権の独立と裁判官の独立﹂、和田英夫編、 憲法一〇〇講所収、二三〇頁。 ㊧ 裁判官の報酬東洋法学
裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。ここにいう﹁相当額﹂とは、裁判官としての職務に専心でき ︵−︶ るほどであって、その地位に相当する生活を営むに足る額をいう。具体的には、裁判所法第五一条および裁判官 の報酬に関する法律で定められており、下級裁判所裁判官の報酬については昇進制が定められている。裁判官の 報酬に関する法律によると、報酬を月額と定め、最高裁判所長官の報酬月額は、内閣総理大臣の俸給月額と同じ であり、最高裁判所判事の報酬月額は、国務大臣の俸給月額と同じとしている。最高裁判所長官および最高裁判 55司法権の独立 所判事の報酬の基準は、最高裁判所の憲法上の地位に鑑みて、長官については内閣総理大臣と同格の地位が与え られており、判事についてはほぼ国務大臣に匹敵する地位と考えられることから、一般に妥当な取り扱いとされ ︵2︶ る。 裁判官の報酬は、在任中減額することはできない。そこで、﹁在任中﹂とは、その官を保有する間の意昧であ り、現実に職務を執っていると否とを問わない。したがって、例えば、病気のため一定期間以上にわたって服務 ︵3︶ しえないときでも、報酬は減額されてはならない。減額は、その理由を問わず許されない。すなわち、一般の公 ︵4︶ 務員の場合︵国家公務員法第八二条︶のように、減給処分は許されないものと解される。裁判官分限法は懲戒処分 として︸万円以下の過料を認めている︵裁判官分限法第二条︶が、これは実質的には懲戒処分による報酬の減額と ︵5︶ 同一の効果をもたらすものであるから、憲法の精神に照らしてみて妥当ではないとする考えがある。確かにその 処分により、実質的には裁判官の収入の減少になるが、それは裁判官の非行に対する懲戒罰であって、減俸とは ︵6︶ 異なり、憲法に違反しないものと解せられる。 最高裁判所は、﹁被申立最高裁判所裁判官四名が⋮⋮なした行為は﹂、﹁裁判所法四九条の職務上の義務に違反 し﹂、﹁よって裁判官分限法二条を適用し過料一万円に処する﹂と述べ、憲法に違反しないと解している︵最大決昭 和二五・六・二四裁判所時報六一号六頁︶。 ところで、国家の財政上の理由から、法律によって全裁判官に対して報酬を一般的に減額することが憲法上許 されるか否かが問題となる。これについては、︵イ︶肯定説と︵ロ︶否定説が対立している。肯定説によると、憲法 56
の趣旨は、個々の裁判官に対する減額を禁ずるものであって、法律の改正による一般的な減額はさしつかえな ︵7︶ い。ただ、一般の公務員については減額せず、全裁判官についてだけ減額するようなことは許されないとする。こ れに対して、否定説によれば、個々の裁判官の立場からは、かような措置は報酬の減額にほかならないから、憲 ︵8︶ 法に違反するとする。 これらの考えのうち、裁判官の身分保障を実行ならしめるためという点からみて、否定説が妥当であろう。し たがって、法律の改正によって︸般的に裁判官の報酬を減額する場合、その改正法は、法律施行後に任命された 裁判官にのみ適用されるものと解するのが憲法の趣旨に合致するといえよう。 ここに﹁報酬﹂とは、裁判官の職務と責任に応じて給される金銭をいい、それを裁判官に保障するのが憲法の 精神であり、金銭たる給与について保障すれば憲法の意図は達せられる。したがって、例えば、最高裁判所の裁 判官に対して、公邸や公用の自動車の使用など金銭以外に多くの利益が供与されているが、これらの利益は報酬 ︵9﹀ には含まれず、憲法の保障はこのようなことにまでおよぶものとは解せられない。 ︵−o﹀ なお、退職手当や恩給は、ここにいう報酬ではない。
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清宮四郎﹁憲法1﹂︹第三版︺、三六五頁。 宮沢俊義﹁全訂日本国憲法﹂、芦部信喜補訂、六五五頁。法学協会編 法学協会編、前掲書、一一九〇頁。宮沢、前掲書、六五六頁。 ﹁註解日本国憲法﹂下巻、 一八九頁。 57司法権の独立 ︵4︶