筋に特異的に反応する経穴への刺激が及ぼす握力への影響について
Stimulation of an acupuncture point for specific to musculoskeletal
system: How affecting to grip strength
D a i k i Y O S H I I
Maya HAGIWARA
吉 井 大 樹
萩 原 麻 耶
【研究論文】
はじめに
東洋医学の考えに経穴(けいけつ)と言われる考えがある.この経穴は,体表の筋と筋の間,筋 と骨の間,関節の陥凹部,神経が筋中に出ているところなどに点在している.また,経穴は経絡に 所属するか,経絡に関係なく,体表に点在し,経絡・臓腑・他の器官など,体の変動・疾病などの 反応点や診断点および治療点であると考えられており,なんらかの病的変化等を生じた場合,関連 する経穴に硬結や圧痛,または反応が表れるとされている.1)経穴は正穴・奇穴・阿是穴と分類す る事ができる.正穴は,十四経に所属されている穴(けつ)の事を言う.奇穴は,正穴に対して異 なる穴の事を言い,阿是穴は名所・部位が不特定であり,痛むところを言う. さらに,その経穴の中でも,特異的な効果を及ぼすものがあり,その一つとして東洋医学におけ る八会穴(はちえけつ)という概念がある.この八会穴は,八種類に分けられた人体の各器官の精 気が集まる場所と考えられている.人体の各器官に集まる精気とは,生体の活力として働く気の類 に含まれ,気や形の類の源であり身体に充ちて活動を起こすものと考えられており,この考えによっ て,八会穴に刺激を行うことで精気が養われ関連する器官に何らかの効果を及ぼすと言われている.2,3) しかし,実際に施術(東洋医学では患者に対する治療にあたるものを施術という)を行う場合,一 つだけの経穴を刺激する事は少なく,施術者によって刺激方法や経穴の数が異なってくる.その為, 従来どの部位のどのような刺激がどんな生体反応を生じさせているのかを科学的に証明することは 十分なされていない. その経穴に対し鍼を用いて刺激する方法としては,皮下組織または筋肉まで鍼を侵襲させ,その 場で数分間留めておく方法や,刺した鍼に対し通電刺激や灸を加え温熱刺激を与えるなど様々であ る.さらに,鍼施術の奏功期間を延ばす目的で使用する円皮鍼を使用する方法がある.この円皮鍼は, 鍼を皮下に留置し絆創膏により固定する事ができ,比較的簡便かつ高度な技術がなくても簡単にセ ルフケアが行えるツールでもある.また,円皮鍼を留置しながら運動を行う事が可能であり,古屋うりょうせんけつ)に円皮鍼での刺激を行うことにより,どのような変化があるかを明らかにする ことを目的とした.さらに,東洋医学には未病という言葉があり,未病とは病気に向かう状態を指し, この未病の時期を捉えて治すと,中国最古の医学書である黄帝内経に記されている.この未病の時 期を広義に捉え考えた場合,筋に関係する陽陵泉穴に円皮鍼で刺激を行うことによって,筋疲労を 抑制する事ができさらに疼痛予防に繋がるのではないかと考えている.それにより,スポーツ選手 に対しては,パフォーマンスの向上やスポーツ傷害や,加齢による全身の機能変化や予備能力の低 下に加え筋骨格系の疲労や疼痛が加わることで起こるフレイル5)などに対する,予防を目的とした 施術につなげる事ができるのではないかと考えた.
対象
本研究の趣旨,方法,注意事項等を書面および口頭にて説明し,測定項目に関する運動器に特筆 すべき問題がなくかつ同意を得られた,男性6名を対象とした.運動器については口頭にて聴取を 行い疼痛が認められた場合を除外条件とした.方法
1.実験の流れ 対象者6名に対して3回以下の流れで測定を行った. 1回目(以下 コントロール①) 無介入:握力測定→10分間の安静→握力測定 2回目(以下 円皮鍼刺激) 介入時:握力測定→10分間の安静および円皮鍼刺激→握力測定 3回目(以下 コントロール②) 無介入:握力測定→10分間の安静→握力測定 2.握力測定 ・測定姿勢は立位とした.(図1) ・ 測定方法は,被験者は握力系を握り被験者は,握力計を握り示指の近位指節間関節が90°になる ように握り幅を調節する.右2回ずつ計測しそれぞれの平均値を比較検討に用いた.(図2) ・測定機器には,松宮医科精器製作所製 スメドレー握力計を使用した.(図3)筋に特異的に反応する経穴への刺激が及ぼす握力への影響について 3.円皮鍼(図4) 円皮鍼とはごく短い鍼を絆創膏に貼り付けたもので,持続的な鍼刺激を 与えることが出来る.今回貼付けたまま運動が可能なセイリン株式会社製 パイオネックス鍼を使用した.鍼の長さは,0.3mm,0.6mm,0.9mm,1.2mm, 1.5mmとあるが,自覚的に痛みが感じにくい0.3mmを使用した. 4.使用経穴 名前:陽陵泉穴 場所:下腿外側にあり,腓骨頭から母指1横指下方のくぼみ.(左右使用) 5.統計解析 右握力の介入前後の比較についてPaired-samples t-testを用いて行い,有意水準は5%とした. この検定は,SPSS Statistics Ver.26を使用した.
結果
介入前後の各測定結果は,表1・2の通りである.コントロール①・②時の安静前の握力測定および, 円皮鍼刺激の安静および円皮鍼刺激前の握力測定において,それぞれ統計学的な有意差が認められ なかった.安静後の測定結果において,コントロール①時およびコントロール②時において統計学 的な有意差が認められなかった.円皮鍼刺激時の安静後測定結果とコントロール①・②時の安静後 測定後結果においてそれぞれ有意差が認められた(p<0.05).(表3)(表4)(図5) (図1) 測定姿勢 (図4) 円皮鍼 (図2) 測定方法 (図3) 測定機器コントロール① 44.4 5.8(±2.4) コントロール① 43.0 4.6(±1.8) 円皮鍼刺激 43.0 5.1(±2.1) 円皮鍼刺激 45.9 5.4(±2.2) コントロール② 43.1 4.5(±1.9) コントロール② 44.1 4.7(±1.9) (表3)介入開始前 各群間比較 (表4)介入開始後 各群間比較 介入開始前 t値 p値 ES 介入終了後 t値 p値 ES コントロール① 円皮鍼刺激 1.8 0.13 0.26 コントロール①円皮鍼刺激 3.4 0.02 0.58 コントロール① コントロール② 1.6 0.18 0.55 コントロール①コントロール② 1.5 0.187 0.29 円皮鍼刺激 コントロール② 1.0 0.86 0.02 コントロール②円皮鍼刺激 5.0 0.004 0.84 介入開始前 介入終了後 コントロール① 44.4 43.0 円皮鍼刺激 43.0 45.9 コントロール② 43.1 41.7 39.0 40.0 41.0 42.0 43.0 44.0 45.0 46.0 47.0
介入前後 握力測定結果
※ ※※ (図5)介入前後 握力測定結果 ※p<0.05 ※※p<0.01筋に特異的に反応する経穴への刺激が及ぼす握力への影響について
考察
コントロール①・②および円皮鍼刺激時の介入開始前の握力測定値において,有意な差が認めら れなかった.この事から,介入開始前のコンディションについてはそれぞれ同じ状態であると考え られる.介入開始後の結果については,コントロール①とコントロール②の握力測定値との間に有 意な差が認められなかったが,コントロール①と円皮鍼刺激およびコントロール②と円皮鍼刺激の 介入開始後の握力値の間では有意な差が認められた.この事から,陽陵泉穴に対する円皮鍼での刺 激を行う事で,なんらかの影響があると考えられる. まず,今回使用した円皮鍼の鍼体長は0.3mmと短く皮下または皮下組織に留まり,筋繊維まで到 達せず身体に対する刺激も強くないと考えられる.この様な痛みを感じない非侵害的刺激に対して 反応をするポリモーダル受容器が反応したと考えられる.6)ポリモーダル受容器によって刺激が感 知され,交感神経系のα受容体の興奮を引き起こされる.交感神経系α受容体は興奮後に2次的に その興奮機能の抑制という反応を繰り返すとされている.7)また,交感神経が興奮し,刺激や反応 によりその興奮が抑制されると,それと同時に副交感神経の機能が誘発されるリバウンド反応が起 こるとされている.8)これらの機序により,全身性の反応としてリバウンド反応が起こり全身の血 管収縮・弛緩を繰り返すことで循環血流量が増加し,円皮鍼による経穴への刺激とコントロール①・ ②の間で有意な差があったと考えられる. 東洋医学的に考えた場合,陰陽五行学説の考えが当てはまると考えられる.陰陽五行学説は,足 の少陽胆経に所属している陽陵泉穴に刺激を行う事により,胆の表裏関係にある肝にも影響を及ぼし, さらに肝は筋にも関係が深いとされている事から,全身の筋に対して何らかの効果があったと推察 される.これにより,足の少陽胆経から足の厥陰肝経に刺激の効果が波及し,さらに巨刺と繆刺と言っ た,左の病は右にとり右の病は左に取る,その部位の左右や手足などを逆にして経穴を選穴する方 法もあることから,下腿にある陽陵泉穴を刺激した事により,握力の主動筋がある上腕にも影響があっ たのではないかと考えられる. また,鍼灸などの治療を行う際,西洋医学および東洋医学の考え方を基に得られた情報を分析し, 身体全体の精気が充実しているか不足しているか(虚実)を判断し施術方針を立てる.東洋医学で は精気が多くても少なくても不健康と考えられ,それぞれ調和がとれた状態が健康と考えられている. この事から,安静または陽陵泉穴に刺激後の安静前に握力を測定した事により,筋の精気が消耗し てしまった可能性がある.そこに,筋会である陽陵泉穴に刺激を行う事で,消耗してしまった精気 が養われた可能性があるとも考えられる. 本研究では,上記に述べてきたように陽陵泉穴に刺激を行う事により,筋に何らかの影響がある と考えられる.先行研究では,筋疲労を起こしてからの効果検証を行っていたが,本研究では筋に 特筆すべき問題のない対象者に対しての効果検証であり,これから運動を始めようとする選手に対その為,被験者に対して円皮鍼刺激のブラインドをかけられていない為,プラセボ効果があった可 能性も否定できない.よって,円皮鍼での刺激によっての効果なのか,陽陵泉穴に対する刺激によっ ての効果なのか解明はできていない. 今後の課題として,比較する経穴や筋力や柔軟性を増やすことにより,さらに陽陵泉穴が筋に特 異的に影響を及ぼすかが明らかになってくると考えられる.また,円皮鍼の鍼体長の種類も様々で あり,現在では皮下組織に刺さないタイプの円皮鍼も出てきている事から,組み合わせて行う事に より円皮鍼の効果検証にも繋がってくる為,今後も検討していく必要がある. 参考文献・引用文献 1)竹之内診佐夫,山下九三夫『経穴の概念-主として東洋医学的解釈-』,日本良導絡自律神経学会誌25(4),1984,73-83 2)趙吉平,『八会穴-要穴解説-Ⅵ』中医臨床14(2),1993,188-190 3)東洋療法学校協会教科書執筆小委員会,『東洋医学概論』,医道の日本社,2007 4)金子泰久,古屋英治,坂本歩,『トライアンスロン競技後の筋肉痛に及ぼす円皮鍼の効果-プラセボを用いた比較試験-』, 第56巻2号,全日本鍼灸学会雑誌,2006,158-165 5)荒井秀典,『フレイルの意義』,日本老年医学学会雑誌51(6),2014,497-501 6)古屋英治,金子泰久,上原明仁 等,『ランダム比較試験による筋疲労の回復に及ぼす円皮鍼の効果-shamを用いた比較 試験-』第59巻4号,全日本鍼灸学会学会雑誌,2009,375-383 7)西篠一止,熊澤孝朗,『鍼灸臨床の科学』,医歯薬出版東京,2000,31-36 8)安保徹,石原結寛,福田稔『非常識の医学書』,実業之日本社東京,212-215