揮発性化学物質の神経系細胞への効果
山田 康枝 , 大谷 航平,白石 浩平
Effects of volatile chemicals on neural cells
Yasue YAMADA, Kohei OHTANI , and Kohei SHIRAISHI
The toxicity of volatile chemicals in the neural cells has not been investigated in detail. The toxicity of 2-ethyl-1-hexanol,n-octanal,and nonanal were examined in human neuroblastoma cell lines SK-N-SH and rat primary cultured neurons. These chemicals were used to strengthen the natural rubbers by polylactic acid (PLA). One of fragrances in the forest (green leaf volatiles), cis-3-hexen-1-ol was examined about the toxic effect on these neural cells. All volatile chemicals except for cis-3-hexen-1-ol showed the high toxic effects on SK-N-SH cells and the rat primary cultured neurons. Additional study is needed to elucidate the mechanism of the toxicity.
Keywords : neural cells / human neuroblastoma / volatile chemicals/ toxicity
1. 緒言
これまで開発された化学物質には,その毒性が問題 なったPCBや内分泌攪乱物質のように,広汎に使用 後にその毒性がわかり,大きな被害をもたらしてい るものがある.今後開発されていく化学物質や多用 される化学物質は,使用前に十分その安全性が検討 されるべきであり,安全性の高い代替物質を使用し ていく必要性がある.そのためにも,事前の安全性 試験をさらに十分検討する必要がある.化学物質に 対しては,化学物質審査規制法や農薬取り締まり法,
薬事法などで急性毒性試験などのような一般的な毒 性試験は行われているが,神経系細胞への直接の毒 性試験はほとんど行われていない.これまでに,ヒ ト神経芽細胞腫由来 SK-N-SH 細胞やラット初代培 近畿大学工学部生物化学工学科
養神経細胞に対して,生分解性プラスチックである ポリ乳酸の原材料であるラクチドの神経毒性につい て検討し,神経毒性が認められない安全な物質であ ることを報告してきた(1).今回,当大学が開発した 天然ゴム/PLA (polylactic acid;ポリ乳酸)ハイブリ ッ ド 樹 脂 ・ ゴ ム 中 に 微 量 に 含 ま れ る 化 学 物 質 toluene, 2-ethyl-1-hexanol,n-octanal, nonanalの 神経系細胞への毒性効果を検討した(2)(3)(4).
これまでに toluene のヒト前骨髄性白血病細胞 K562,ヒトリンパ腫由来細胞株 U937 細胞,ヒト 骨髄球性白血病細胞 HL-60 細胞への毒性と比べる と神経系細胞である SK-N-SH 細胞に対してさらに 高い感受性を示したことを報告している(1).今回検 討した2-ethyl-1-hexanol, n-octanal, nonanalは Graduate School of Systems Engineering,Kinki
近畿大学工学部研究報告 No.46,2012年,pp.1-5 Research Reports of the Faculty of Engineering, Kinki University No.46 2012, pp.1-5
これまでヒトやラット肝臓の初代培養肝細胞やマウ スの精巣ガン細胞で毒性を検討されているが(5)(6)(7), 神経系細胞への効果は検討されていない.
現在,様々な香気成分がアロマテラピーなどで用 いられているが,その神経系細胞への効果は詳細に 研究されていない.今回はその中でも,緑の香りと して,森林浴などの効果を示しているといわれてい る緑の香り cis-3-hexen-1-ol のヒト神経芽細胞腫由
来株 SK-N-SH 細胞とラット初代培養神経細胞への
効 果 を 検 討 し , 揮 発 性 化 学 物 質 (toluene, 2-ethyl-1-hexanol,n-octanal,nonanal)の効果と 比較した(8).
2. 実験材料と方法 2-1 試薬
2-1-1 揮発性化学物質の調製
Toluene,2-ethyl-1-hexanol, n-octanal, nonanal cis-3-hexen-1-olは揮発性物質であるため,使用直前 にSIGMA社のDimethyl Sulfoxide (DMSO) に無菌 的に溶解し,200 mMに調整し,使用の際に,最終 濃度0.5 mM, 2.5 mMになるように調整し,細胞に 添加した.
2-2 実験に用いた細胞 2-2-1 SK-N-SH細胞
ヒト神経芽細胞腫由来株 SK-N-SH 細胞は, 交感
神経系の神経細胞や副腎髄質細胞が分化する前にが ん化したものであり,神経細胞への分化能を持つこ とが知られている.本研究では, ヒト神経系細胞への 化学物質の効果について検討するために用いた.
SK-N-SH 細胞は独立行政法人 理化学研究所バイオ
リ ソ ー ス セ ン タ ー か ら 購 入 し た .GIBCO 社 の Minimum Essential Alpha Medium (MEM)に FCS を最終濃度 10%になるように調整後,播種し,
37℃,5%CO2インキュベーター内で培養した.
2-2-2 ラット初代培養神経細胞培養法
今回用いたラット初代培養神経細胞は,正常ラッ ト胎仔の脳の大脳皮質から取り出した神経細胞を培 養したものである.正常な神経系受容体やタンパク 質を発現しているため,細胞応答性が高く,薬物活 性や細胞毒性評価に用いられている.本研究では,
化学物質が正常な神経細胞に与える影響,細胞毒性 について検討するため大脳皮質から取り出したラッ ト初代培養神経細胞を使用した.初代培養細胞は既 に報告している方法に従って作成した(1).
グリア細胞の増殖を抑制するため,DNA合成阻害 剤である cytosine -D-arabino-furanoside (Ara-C:
SIGMA社) を最終濃度1~1.5 Mになるよう添加 した.HG-D-MEMと10% 牛胎児血清(FBS;fetal bovine serum)とAra-Cを加え,37℃で5% CO2イ ンキュベーターで培養した.神経細胞が神経突起を 伸ばし,他の細胞と接合し神経ネットワークを形成 するのを確認し,実験に用いた.本研究では,培地 とAra-Cの交換を3日に1回行い,培養20日のラ ット初代培養大脳皮質神経細胞を用いた.
本研究は, 近畿大学工学部動物実験小委員会の承 認をへて近畿大学動物実験委員会の承認を受け,近 畿大学動物実験規程に従って実施した.ラットは,
株式会社 広島実験動物研究所から購入した. Fig.1 揮発性化学物質の構造
2-3 MTTアッセイによる細胞毒性試験 2-3-1 MTTアッセイによる細胞毒性の測定
SK-N-SH細胞を2.0 × 105 cells/mlに調製し,コ ラーゲンコートされている 96 穴プレート(住友ベー クライト社)に200 lずつ播種した.試薬を1つのウ ェ ル に 添 加 す る 際 ,toluene,2-ethyl-1-hexanol, n-octanal,nonanal, nonanalは最終濃度が 0.5 mMに cis-3-hexen-1-olは最終濃度が2.5 mM, になるよう調整した. 5% CO2 インキュベーター内 で24時間培養した後, PBS(Phosphate Buffered Saline;リン酸緩衝生理食塩水)に溶解した5% MTT (3-[4,5-dimethylthiazol-2-yl]-2,5-diphenyltetra- zoliumbromide) 液を20 l添加し,4時間,インキ ュベーションした.4時間後,培地の除去とPBSに よる洗浄を2回繰り返した.溶解液100 l (0.04 M イソプロパノール液と10%SDS溶液を等量混合) 加 え測定用96穴プレートに移して30分間,37℃でイ ンキュベーションした.その後,プレートリーダー (Bio-Rad社)で570 nmの吸光度を測定し,揮発性化 学物質の細胞毒性効果を検討した.
2-4 Live-Dead染色
生細胞と死細胞を見分け,細胞毒性を検討するた
め, Bio Vision 社の Live-Dead 染色を用いた.
SolutionA (Live-Dye) と SolutionB (propidium iodide)を用いたが,SolutionA (Live-Dye)は,細胞膜 透過性の緑色蛍光色素で生細胞を緑色に染色し,
SolutionB (propidium iodide) は,核酸にインター カレートする色素で死細胞を赤色に染色する試薬で ある.使用直前にSolution A 0.5 lとSolution B 0.4 lをPBS 800 lに溶解し混合溶液とする.20 日間培養したラット初代培養大脳皮質神経細胞を用 いてtoluene,2-ethyl-1-hexanol,n-octanal, nonanal, cis-3-hexen-1-olを添加し24時間反応させた.その 後,培地を抜き混合溶液を加えて15分間インキュベ ーションし,蛍光顕微鏡で生細胞と死細胞を観察し,
蛍光輝度を測定し,生細胞の割合を求めた.
3.結果と考察
3-1 SK-N-SH細胞に対する揮発性化学物質の効果
3-1-1 SK-N-SH細胞に対するcis-3-hexen-1-olの効 果
2.5 mMのcis-3-hexen-1-olを添加後24時間で,
53.8%の生存率を示した.同様に添加した toluene
0.5 mM では 57.3%の生存率を示したことから,
cis-3-hexen-1-olの毒性はtolueneと比べてかなり低 いことが示された.この物質は動物実験で抗不安効 果をもつことが報告されている(8).そのため,毒性 が低いと考えられる.
3-1-2 SK-N-SH細胞に対するtoluene,2-ethyl-1- hexanol,n-octanal,nonanalの効果
SK-N-SH細胞に対するtoluene,2-ethyl-1- hexanol,n-octanal,nonanalの効果を検討したと ころ,Fig.2に示すように,特に2-ethyl-1-hexanol の細胞生存率が著しく減少した. Touleneの
SK-N-SH細胞への毒性のIC50は0.89 mM であるが,
2-ethyl-1-hexanol,n-octanal,nonanalは,それよ りさらに毒性が強いことが明かになった.これまで,
Fig.2 揮発性化学物質の細胞毒性
細胞濃度2.0×105 cells/mlに調節しcis-3-hexen-1-olは 2.5 mM,toluene,2-ethyl-1-hexanol, n-octanal, nonanal は0.5 mMを添加し24時間後にMTTアッセイによりそ の毒性を測定した.
2-ethyl-1-hexanolは香気成分としても使われていた ため様々な毒性試験は行われてきたが(9),神経系細 胞への効果は調べられてこなかった.今回の実験結
果でtolueneと比べても神経細胞への毒性が高いこ
とが明らかとなった.
3-2 ラット初代培養神経細胞に対する揮発性化学 物質の効果
SK-N-SH細胞への効果をもとに,cis-3-hexen- 1-ol ,2-ethyl-1-hexanol,n-octanal,nonanalの 培 養20日後のラット初代培養神経細胞への効果を検 討した.
3-2-1 Live-Dead染色によるト揮発性化学物質の細
胞毒性の観察
本研究では,ラット初代培養大脳皮質神経細胞に cis-3-hexen-1-ol,2-ethyl-1-hexanol,n-octanal, nonanal を 添加 し,24 時間 培養 した .そ の後,
Live-Dead 染色し,それぞれの物質の毒性について
検討した.
培養 20 日目のラット初代培養大脳皮質神経細胞 にcis-3-hexen-1-olは2.5 mM, 2-ethyl-1-hexanol, n-octanal,nonanalは0.5 mMを添加後,24時間培
養した.その後,Live-Dead染色し,生細胞(緑色) と 死 細 胞(赤 色)を 染 め 分 け , そ の 結 果 を cis-3-hexen-1-ol,n-octanal,nonanalについて Fig.
3に示した.ラット初代培養神経細胞にn-octanalは
赤く,nonanal は黄色く染色された.この画像は赤
の蛍光色の画像と緑の蛍光色の画像を合成したもの であるので,n-octanalでは緑色の生細胞が全く存在 しないことを示し,nonanal の場合は多くが死にか けている細胞であることを示している.この結果か らn-octanalの毒性の方がnonanalより強いことが 示された. cis-3-hexen-1-olを2.5 mM添加した細 胞では死細胞の数は少なかった.Fig. 4 には,生細 胞の輝度を測定した結果を示しているが,n-octanal,
nonanalは明らかに SK-N-SH細胞よりラット初代
培養神経細胞へ高い毒性を示した.揮発性化学物質 の効果は,ラットではあるが,成熟した神経細胞に 対して感受性が高いことが示された.森の香りとし て知られる cis-3-hexen-1-ol はヒトの神経系細胞ま たはラット神経細胞のどちらにも低い毒性しか示さ ない物質であることが示唆された.このように,ヒ ト神経芽細胞腫腫細胞由来細胞とラットの初代培養 細胞を用いることで,ヒトへの神経毒性をこれまで より厳密に予測が可能となった.今後は,この他の Fig.3 揮発性化学物質のラット初代培養大脳皮質
細胞への毒性
20 日 間 培 養 し た ラ ッ ト 初 代 培 養 細 胞 (A) に cis-3-hexen-1-ol は 2.5 mM (B), n-octanal(C), nonanal(D), を0.5 mM,添加し24時間後にLive –Dead 染色した.
Fig.4 揮発性化学物質のラット初代培養大脳皮 質細胞への毒性
20 日間培養したラット初代培養細胞にcis-3-hexen-1-ol は2.5 mM,2-ethyl-1-hexanol, n-octanal,nonanalを 0.5 mM,添加し24時間後にLive –Dead染色後,その 生細胞の輝度を測定した.
揮発性有機化学物質や,香気成分についてその神経 毒性の作用機序を検討する必要がある.
4.結言
ヒト神経芽細胞腫SK-N-SHとラット初代培養神 経細胞に揮発性有機化学物質である2-ethyl-1- hexanol,n-octanal,nonanal添加し,神経細胞毒 性を検討したところ0.5 mMで高い毒性を示した.
特に初代培養神経細胞へ高い毒性を示した.森の香 りとして知られているcis-3-hexen-1-olについて検 討したところ,神経毒性はかなり弱いことが示され た.今後はこれらの物質のIC50 や神経活動への影響 を測定し,その神経毒性の作用機序を検討する必要 がある.
5.参考文献
(1)大谷航平, 山田康枝, 神経系細胞における化学 物質の毒性評価. 近畿大学工学部研究報告, 45,1-5 (2011)
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(3)白石浩平,相良宗作,原田 大,杉山一男,矢 野 徹,阪口敬子,天然ゴム複合化による高強度ポ リ乳酸樹脂の開発.日本接着学会誌, 47(4), 131-137 (2011).
(4)白石浩平,ポリ L-乳酸/天然ゴム複合バイオプ ラスチックの物性に及ぼす加水分解抑制剤ポリカル ボジイミドの分子量の影響.近畿大学次世代基盤技 術研究所報告, 2, 53-59 (2011).
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(6) Martelli, A., Canonero, R., Cavanna, M., Ceradelli, M., Marinari, U.M. Cytotoxic and genotoxic effects of five n-alkanals in primary cultures of rat and human hepatocytes. Mutat Res.
323, 121-126 (1994)
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(8)Tokumo, K., Tamura, N., Hirai, T., Nishio, H., Effects of (Z)-3-hexenol, a major component of green odor, on anxiety-related behavior of the mouse in an elevated plus-maze test and biogenic amines and their metabolites in the brain. Behav Brain Res. 166(2):247-52 (2006).
(9) Nishimura, H., Saito, S., Kishida, F., Matsuo, M., Analysis of acute toxicity(LD50- value) of organic chemicals to mammals by solubility parameter (delta). (1) Acute oral toxicity to rats.Sangyo Igaku. 36(5):314-23(1994)
6.謝辞
論文の作成にあたり,ご協力いただいた別所恵子 さんに感謝します.