博 士 ( 環 境 科 学 ) 一 之 瀬 高 博
学 位 論 文 題 名
国 際 環 境 法 に お け る 通 報 協 議 義 務
学 位 論 文 内 容 の 要 旨
国 際環 境 損 害 に 関 する 従 来 の 国 際法 の 研 究 は 、主 と し て 国際 違法行 為に 対する 国家 の 国 際 責 任、 換 言 す れ ば、 環 境 損 害 に対 す る 国 家 の 事後 賠 償 責任の 問題と して 論じら れ て き た 。と こ ろ が 近 年、 そ の よ う な事 後 賠 償 責 任 の議 論 と 並行し て、損 害の 事前防 止 を 目 的 とす る 国 家 の 「通 報 協 議 義 務」 の 必 要 性 が 認識 さ れ るよう になり 、そ の義務 を 規 定 す る条 約 が 増 加 しつ っ あ る 。
こ の通 報 協 議 義 務 は、 一 般 に 「 自国 の 管 理 又 は管 轄 下 の 活動 が、他 国の 環境又 は自 国 の 管 理 ・管 轄 を 越 え る地 域 の 環 境 に、 重 大 な 影 響 を及 ぽ す か又は そのお それ のある 場 合 に は 、当 該 活 動 国 は、 そ の 活 動 に関 し て 、 潜 在 的被 影 響 国に通 報を行 い、 それら の 国 と 協 議を 行 わ な け れば な ら な い 」と 定 義 さ れ る もの で あ り、環 境損害 に対 する国 際 法 上 の 新し い 規 律 方 法で あ る 。 し かし 、 こ の 通 報 協議 義 務 に関す る理論 的検 討は、
必 ず し も 十分 に 行 わ れ てい な い 。 こ のこ と を 踏 ま え て、 本 研 究は、 通報協 議義 務の法 的 な 構 造 、 性 質 お よ ぴ 機 能 を 包 括 的 か つ 実 証 的 に 検 討 し よ う と す る も ので あ る 。
本 論文 の 特 色 は 次 の点 に あ る 。 一般 に 、 通 報 協議 義 務 は 手続 法規と して の性質 を有 し 、 実 体 法規 と し て の 環境 損 害 防 止 義務 と そ の 法 的 性格 を 異 にする 。しか し、 この実 体 法 規 と 通報 協 議 義 務 は密 接 不 可 分 な関 係 に あ る 。 この 点 を 考慮し て、本 論文 は、通 報 協 議 義 務の 出 現 を 促 した 実 体 法 規 の内 容 と そ の 機 能上 の 限 界、並 ぴに、 手続 法規た る 通 報 協 議義 務 と実 体法 規たる 国際環 境損害 防止義 務と の相互 関係を 中心に 検討 する。
さ ら に 、 通報 協 議 義 務 が、 国 際 環 境 法の 分 野 で い か なる 意 義 を有す るのか につ いて論 じ る 。
第
1章 は 、 序 論 で あ り 、 本 論 文 の 目 的 お よ び 構 成 に つ い て 述 ぺ る 。
第2 章は、いかなる国際環境損害が国際違法行為に該当するかを明らかにするため、
実体法規たる損害防止義務の内容を分析する。国際河川汚染およぴ越境大気汚染に関 する条約、国際判例、国家実行および国際団体の決議を検討した結果、それらの環境 損害の防止義務として「国家は、過失により又は共有資源の合理的な利用に反して、
他国の環境に重大な又は実質的な損害を引き起こしてはならない」とぃう原則が慣習 国際法上存在することを確認する。
第3 章で は、第
2章で検 討した損 害防止義務が必ずしも有効に機能し得ない理由を 明確にするため、損害防止義務に含まれる「損害の重大性」および「国家の側の過失」
というニつの要件を取り上げる。「損害の重大性」は、ある環境損害が損害防止義務 に違反しているか否かを認定するための客観的な基準として必ずしも有用でないこと、
および、「国家の側の過失」については、高度な科学技術に起因する事故を国家が予 見することはきわめて困難であることを指摘する。
第4 章で は、第
2章およ ぴ第3 章 を通じて 明らか にした 実体法規の限界を前提とし て、通報協議義務の必要性が論じられる。その存在理由として、現在の国際社会にお いては、環境損害の事後賠償責任に関する法の発展が容易に期待できないこと、紛争 当事国は相互に事前の紛争解決に利益を見いだしうること、環境損害について事後賠 償 責 任 の 追 及 が 意 味 を な さ な い 場 合 が 存 在 す る こ と 、 を 述 べ る 。
第5 章は 、通報協議義務の成立過程を国際判例およぴ国家実行を中心に分析する。
その検討の結果、現行法上、「他国の環境に重大な影響を及ぼすおそれのある活動を 実施しあるいは実施しようとする国は、潜在的被影響国に事前に通報を行い、協議に 応 じ な け れ ば な ら な い 」 と ぃ う 通 報 協 議 義 務 が 存 在 す る こ と を 確 認 す る 。
第6 章では、′国際河川汚染、越境大気汚染、海洋汚染、放射能汚染の各分野の多数 国間条約に見られる通報協議義務の実定法構造を明らかにする。この義務は、各条約 の内容上、環境影響評価、事前通報、緊急事態の早期警報および協議に細分化しうる。
こ れらの 規定内容を分析し、かつ、第5 章の検討結果をも踏まえて、通報協議義務が 慣習国際法規に成熟していることを検証する。
第7 章は 、第5 章 および 第6 章で 抽出した 実定法 上の通 報協議義務が有する機能的 限界について検討する。通報協議義務はその目的上、理論的には環境影響評価、事前 通報、緊急事態の早期警報およぴ協議といった一連の手続から構成されるべきもので あると考えられる。しかし、実際の条約規定は、そうした通報協議義務のあるべき規
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範内容を具備していない。
第8 章では、実定法上の通報協議義務の違反が、損害防止の義務違反に基づく国家 の国際責任の発生とぃかなる関係を有しているのかについて、検討が加えられる。こ こでの分析対象は、国際河川汚染、越境大気汚染、国際公域の汚染である。問題は、
環境損害の防止義務の内容、すなわち他国の利益に合理的な考慮を払うぺき義務に通 報協議義務が含まれるか否かである。条約上その合理的な考慮義務は他国に対する通 報協議義務に他ならないと具体化されている場合はともかく、それ以外の場合は両者 の関係は不明確である。むしろ、最近では、通報協議義務の規定は防止義務違反に基 づく事後賠償責任の問題とは無関係である、との条項を条約に盛り込む場合もある。
従って、通報協議義務の規定については、既存の事後責任と別個の機能が期待されて いると考えられる。
第9 章では、本研究における以上の多角的分析から得られた結果を総括し、結論と し て 国 際 環 境 法 に お け る 通 報 協 議 義 務 の 意 義 と 今 後 の 展 望 を 述 べ る 。
通報協議義務は、伝統的な事後責任の領域と密接な関係を保ちつつ、その独自の発 展を遂げながら、事後賠償責任が機能し得ない領域に対応しようとする実定国際法上 の義務である。それはまた、現在の国際環境法とりわけ多様な環境損害に関する多数 国間条約の枢要な部分を占めるものであると位置づけることができる。そして、通報 協議義務は、今後、伝統的な国際責任の法体系に新たな変革をもたらす可能性がある と評価することができる。
環境の危機は、今日、国家の安全や存続を脅かしうるものと認識されつっある。国 際社会においては、従来、諸国の共通利益とぃう観念は脆弱であり、一般に個々の国 家は、白らの利益のためにかつ特定の他国との政治的・相対的な関係において、国際 法の支配・規律に服することを要求されてきたにすぎない。しかし、地球的規模の環 境破壊ないし越境損害は、政治的かつ人為的に区分された国境線を容易に無視しうる。
それは、国家間の個別的な利害関係を前提としては必ずしも有効に規制し得ない物理 的要素を含むものである。このような社会的背景のもとで、諸国は、伝統的な法構造 のもつ限界を克服し環境の危機を回避するために、自らの主権的権能を制約しつつ、
通報協議義務を実定法上の原則として積極的に受け入れてきた、と理解されるのであ
る。
学 位 論 文 審 査 の 要 旨
教授 教授 教授 教授 教授 救授
保原喜志夫 黒 柳 俊 雄 齋 藤 和 雄 小 島 壷 道 幸 哲 也 臼 杵 知 史
チ ェ ル ノ プ イ ル 原 発 事 故 に よ る 放 射 能 汚 染 、 ア ラ ス カ の タ 冫 カ ー 事 故 によ る 原油 流 出 、 さ ら に は フ ロ 冫 ガ ス に よ る オ ゾ 冫 層 の 破 壊 、 蕨 酸 ガ ス の 増 加 に よ る 地 球 の 温暖 化 等 の 例 に み ら れ る よ う に 、 現 代 の 科 学 技 術 の 進 歩 と 人 間 に よ る そ の 利 用 に 伴 う 環墳 損 害 ( 暖 墳 破 壊 に よ る 人 的 、 物 的 損 害 ) が 、 国 境 を 越 え て 国 際 化 し 、 き ら に 地 球 的規 模 に ひ ろ が り つ っ あ る 。 こ れ ら の 国 際 環 墳 損 害 に 対 応 す る た め に は 、 国 内 法 では 十 分で は な く 、 国 際 法 に よ る 効 果 的 な 規 制が 強 く求 めら れ ると こ ろで あ る。
と こ ろ が 、 ご く 轟 近 に 至 る ま で 、 こ の 問 題 は 、 環 境 損 害 に 対 す る 国 家 の事 後 賠慣 量 任 の 問 題 と し て 論 じ ら れ る に 止 っ て い た 。 環 境 損 害の 発 生自 体 また はモ の 拡大 防 止が 、 事 後 の 損 害 賠 慣 よ り は る か に 重 要 で あ る こ と は 論 を 待 た な い が 、 国 家 主 権 を 抑制 す る 強 制 の 契 櫨 を 欠 い た 国 際 法 の 領 域 でぇ ょ 、国 家 の事 後 賠償 責 任に つい て 綸じ る こと さ え 決 し て 容 易 な こ と で 誼 な い 。 こ の よ う な 情 況 に お け る 国 際 的 要 請 を 受 け て 、 近 年 事 後 賠 償 責 任 綸 と 並 行 し て 、 損 害 の 事 前 防 止 を 目 的 と す る 国 家 の 「 通 報 協 議 義 務 」の 確 立 の 必 要 性 が 強 く 認 識 さ れ 、 こ の 義 務 を 規 定 す る 国際 条 約が 増 加す る に至 って い る.
こ の 通 報 協 溌 義 務 は ヽ 一 般 に 「 自 国 の 管 理 又 は 管 轄 下 の 活 動 が 、 他国 の 琿墳 又 は自
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国 の 管 理 ・ 管 轄 を 越 え る 地 域 の 環 境 に 、 重 大 な 影 響 を 及 ぱ す か 又 は モ の おモ れの あ る 場 合 に は 、 当 該 活 動 国 は 、 モ の 活 動 に 開 し て 、 潜 在 的 被 影 響 国 に 通 報 を 行い 、モ れ ら の 国 と 協 議 を 行 わ な け れ ば な ら な い 」 と 定 義 ぎ れ る も の で あ り 、 環 境 損 害に 対す る 国 際 法 上 の 新 し い 規 律 方 法 で あ る 。 し か し 、 この 通 報協 議 義務 に関 す る理 論 的検 付 は、
必 ず し も 十 分 に 行 わ れ て い い な い 。 こ の こ と を 踏 ま え て 、 本 研 究 は 、 通 報 協 議義 務の 法 的 な 構 造 、 性 賀 お よ び 禰 能 を 包 括 的 か つ 実 証 的に 検射 し よう と した も ので ある ・
本 論 文 の 特 色 は 次 の 点 に あ る 。 一 般 に 、 通 報 協 隣 義 務 は 手 続 法 規 と し て の性 質 を有 し 、 実 休 法 規 と し て の 環 墳 損 害 防 止 義 務 と モ の 法 的 性 格 を 異 に す る 。 しか し 、こ の実 体 法 規 と 通 報 協 議 義 務 誼 密 按 不 可 分 な 関 係 に あ り 、 本 給 文 は 、 通 報 協 巌 義務 の 出現 を 促 し た 実 体 法 規 の 内 容 と モ の 擬 能 上 の 限 界 、 並 び に 、 手 続 法 規 た る 通 報 協 鱶義 務 と実 体 法 規 た る 国 際 環 境 損 害 防 止 義 務 と の 相 互 開 係 を 中 心 に 検 討 し た ・ そ の 上 で、 通 報協 議 義 務 が 、 国 際 環 墳 法 の 分 野 で い か な る 意 義を 有す る のか に つい て 論じ てい る 。
本論 文 の構 成 は下 記 の通 り である。
第1章 本 論 文 の 目 的 及 び 構 成 。
第2章 実 体 法 規 た る 損 害 賠 償 義 務 の 内 容 の 分 析 。 第3章 実 体 法 規 た る 損 害 賠 償 義 務 の 限 界 の 確 綛 。 第4章 通 報 協 議 義 務 の 必 要 性 の 探 求 。
第5 章国際判例および国家ブラゥティスを素材とした通報協議義務の成立過程の 追跡。
第6章 国 際 河 川 、 越 境 大 気 、 海 洋 、 放 身 ヰ 能 の 各 汚 染 に 関 す る 条 約 中 の 通 報 恊 讎 義 務 の 分 析 な ら び に 第5章 の検 聶 寸結 果 をも ふ まえ た慣 習 国際 法 生成 の 検証 の試 み 。
第7章 以 上 に よ っ て 抽 出 き れ た 実 定 法 上 の 通 報 協 議 義 務 の 手 続 法 的 次 元 に お け る 不 備 の 指 摘 。 す な わ ち 、 環 境 彰 響 秤 価 、 事 前 通 報 、 緊 急 事 態 の 早 期 鬢 鞭 お よ び協 議 に 闇す る 手続 規 定の 不十 分 性の 指摘。
第8章 検 討 の 結 果 、 伝 統 的 な 損 害 防 止 義 務 ( 他 国 の 利 益 に 合 理 的 考 慮 を 払 う べ き 義 務 ) に は 、 特 別 規 定 が あ る 場 合 を 除 き 、 上 記 の 内 容 の 通 報 脇 議 義 務 は 台ま れ ない こ と が わ か り 、 通 姫 協 議義 務 に強 別 個の 機 能が 期待 き れる 旨 の指 摘 。
第9章 結 論 。 通 鞭 協 議 義 務 が 、 事 後 賠 償 責 任 が 機 能 し な い 領 域 に 対 応 し 、 今 日 珥 墳 危 祷 克 服 、 回 缶 の た め の 手 段 と し て 諸 国に 受 け 入 れ ら れ 、国 療 覊 墳 法 の 枢 要 な部 分 を 占 め るに 至って いる との叙 述・
本 強 文の 拝 価 は 下妃の 通り である 。
一 、 鋭 い 問題 意 繊 に 基 づ き 、 適切 な 予 ー マ の 選 択を し て い る . 国 際環 境 損 害 の 発 生 、 拡 大 を 防 止 す る た め の 、 現 代 社 会 が 直面 す る 量 要 か つ 緊急 な 問 題 に 正 面 から 取 り 組 ん で い る 。
二 、 未 開 拓 な 分 野 で あ る に か か わ らず 、 最 新 の 第 一 次賀 料 の 収 集 に 努 カし 、 そ の 分 析 を通 じ て 実 証 的 研究 を行っ てい る。
三 、 論 文 全 体 の 筋 立 て が 良 く 、 論 理 の 流 れ も ス ムー ズ で 、 モ ノ グ 号フ ィ と し て 成 功 し て お り 、 わ が 国で は も と よ り ヽ 国際 的 に も ほ と ん ど頬 奮 を み な い 著 作 とい え る・
四、 舞 点 と し て は 、慣 習 国 際 法 成 立 の箇 所 等 、 部 分 的 に 分析 に 不 十 分 き が みら れ 、 ま た 全 体 と し て 文 章 表 現 に も う少 し の 工 夫 が 望 ま れる が 、 い ず れ も 容易 に 克 服 で き る も の と 考 え ら れ る .
以 上 の 秤 価 か ら 、 本 論 文 に よ り 、審 査 員 全 員 の 一 致 をも っ て 、 申 請 者 が博 士 ( 瑕 墳 科 学 ) の 学 位 を 得る の に 十 分 な 資 格を 有 す る も の と 認める 。
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