• 検索結果がありません。

南琉球八重山語石垣島白保方言の記述研究

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2022

シェア "南琉球八重山語石垣島白保方言の記述研究"

Copied!
252
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

南琉球八重山語石垣島白保方言の記述研究

占部, 由子

http://hdl.handle.net/2324/4784378

出版情報:Kyushu University, 2021, 博士(文学), 課程博士 バージョン:

権利関係:

(2)

南琉球八重山語石垣島白保方言の記述研究

九州大学大学院 人文科学府 2022 ( 令和 4)

占部 由子

(3)

要旨

本論文は南琉球八重山語石垣島白保方言(以下,白保方言)の文法記述研究である。白保方 言は,沖縄県石垣島字白保集落で話されている伝統的な方言である。言語の系統として,

白保方言は日琉語族のなかの琉球諸語に属し,琉球諸語の中でも最南部で話されている南 琉球八重山語の1方言である。

本論文は文法記述,談話資料から構成される。文法記述は,白保方言の音韻・形態・統 語的な現象について,体系的に分析し記述するものである。文法記述の構成を表1にまと める。談話資料は,文法記述で示された分析の妥当性を他の研究者が検証することや,今 後新たな研究課題が生じたときのためのデータとして役立つ。

表1. 文法記述の構成 章番号 章タイトル 内容(節タイトル)

1 言語の概要 地理,系統,先行研究,言語の特徴,データと例文提示法 2 音韻論 音素,音節構造,モーラ,形態音韻規則,アクセント 3 記述の諸単位 語,接語,接辞の定義,語類と機能類,形態法,文法関係 4 名詞形態論 一般名詞の形態論,人称代名詞,再帰代名詞,数詞 5 名詞句 従属部(連体詞,属格名詞句,関係節),主要部(形式名詞) 6 動詞形態論 語幹,接辞(派生接辞,屈折接辞),語幹の変化

7 助詞類 格助詞,とりたて助詞,情報構造助詞,接続助詞 8 機能類 ものの性質を表す語,指示詞,疑問詞

9 構文論 結合化の操作,述語の構造,極性,文タイプ 10 複文 等位接続,従属節,節連鎖,言いさし

11 意味機能の記述 敬語,有生性,テンス・アスペクト,ムード,情報構造 本論文の貢献は以下の2点である。まず,談話資料を主なデータとして扱っている点が 挙げられる。これまで琉球諸語の記述研究では,文法の全容を記述した記述文法書が12 編,各文法形態素の主な機能を記述し文法の骨子を明らかにする文法概説が11編編纂さ れてきた。これらの記述文法書・文法概説は全てコロナウイルス感染症拡大以前の成果で あり,その多くは話者と直接会い質問してデータを収集する面接調査が主な調査方法であ った。それに対し,本論文は一部面接調査のデータを用いつつも,主に約2時間分の談話 データをもとにして分析を行っている。これにより,媒介言語(日本語)の影響という面接 調査に伴う問題を回避することができる。さらに,今後コロナウイルスの影響下や話者が いない状況で琉球諸語の記述研究を行う1つのケース・スタディを提示している。なお,

データの欠落により分析を行えない箇所については,これまでの琉球諸語の記述研究をも とにして,関与する変数と行うべき調査を述べている。これは,単に筆者自身の今後の課 題を述べるだけでなく,今後琉球諸語の調査を行う人にとって,これまでの研究史と個々 の現象に関与する変数を把握する上でも役立つ。

次に,本論文の成果は記述研究にとどまらず,言語変化や歴史言語学的な研究にも寄与 できる。八重山語内部の系統的な議論において,白保方言は地理的に近い集落の方言より

(4)

も,50キロほど南に位置する離島の波照間島方言と言語体系が近いという点で特異な位 置を占める。これは,250年ほど前に白保集落に波照間島からの300人規模の移住があっ たことによる。このことから,本論文の研究成果と波照間島方言の研究成果(麻生2020 ど)を比較することにより,通時的な変化を追う言語変化や歴史言語学の研究にも貢献す る事ができる。

(5)

目次 iii

目次 v

図一覧 vi

表一覧 viii

略号一覧 ix

1章  言語の概要 1

1.1. 地理 . . . 1

1.2. 系統 . . . 3

1.3. 白保集落・方言の歴史的背景 . . . 4

1.4. 話者数 . . . 5

1.5. 先行研究 . . . 5

1.6. 本論文の位置づけ . . . 6

1.7. 類型論的特徴 . . . 8

1.8. 本研究で用いるデータと例文提示法 . . . 8

2章  音韻論 11 2.1. 音素 . . . 11

2.2. 音節構造 . . . 19

2.3. モーラ . . . 22

2.4. 形態音韻規則 . . . 23

2.5. アクセント . . . 27

3章  記述の諸単位 32 3.1. 語,接語,接辞. . . 32

3.2. 語類と機能類 . . . 36

3.3. 形態法 . . . 40

3.4. 文法関係 . . . 44

4章  名詞類と名詞形態論 48 4.1. 一般名詞の形態論 . . . 48

4.2. 人称代名詞 . . . 52

4.3. 再帰代名詞 . . . 61

4.4. 数詞 . . . 63

(6)

5章  名詞句 66

5.1. 名詞句の構造 . . . 66

5.2. 従属部 . . . 67

5.3. 主要部 . . . 71

6章  動詞形態論 75 6.1. 概要 . . . 75

6.2. 語幹の分類 . . . 75

6.3. 接辞の分類 . . . 86

6.4. クラス2のr終わり語幹の分布 . . . 90

7章  助詞類 92 7.1. 格助詞 . . . 92

7.2. とりたて助詞 . . . 101

7.3. 情報構造助詞 . . . 104

7.4. 接続助詞 . . . 106

7.5. 終助詞 . . . 108

8章  機能的なまとまりによるカテゴリー 112 8.1. Property Conceptを表す語根を含む諸形式 . . . 112

8.2. 指示詞 . . . 120

8.3. 疑問詞 . . . 126

9章  構文論 132 9.1. 格体系と結合価の操作 . . . 132

9.2. 述語の構造 . . . 139

9.3. 肯否 . . . 148

9.4. 文タイプ . . . 149

10章  複文 152 10.1. 概要 . . . 152

10.2. 等位接続 . . . 157

10.3. 従属節 . . . 158

10.4. 節連鎖 . . . 164

10.5. 言いさし(Insubordination) . . . 165

11章  意味機能的観点からの記述 167 11.1. 可能 . . . 167

11.2. 尊敬 . . . 168

11.3. 所有 . . . 169

11.4. 有生性 . . . 171

(7)

11.5. テンス・アスペクト . . . 173 11.6. モダリティ . . . 179 11.7. 情報構造 . . . 182

談話資料A 188

談話資料B 210

参照文献 234

(8)

図一覧

1.1 八重山諸島の位置 . . . 1

1.2 石垣島内の大字区画(石垣市総務部市史編集室1989: 10) . . . 2

1.3 Pellard (2015)の琉球諸語区画 . . . 3

1.4 ローレンス(2000)の八重山語系統分類 . . . 4

2.1 下降1 /mizɨ/「水」 . . . 29

2.2 下降2 /naabi/「鍋」. . . 29

2.3 平進/ami/「雨」 . . . 29

2.4 下降1 /kaci/「風」 . . . 29

2.5 下降1 /kaci=du/「風」 . . . 29

2.6 平進/pama/「浜」. . . 30

2.7 下降/utahun/「落とす」 . . . 30

2.8 平進/ndahu/「出す」 . . . 30

(9)

表一覧 vii

1 文法記述の構成 . . . i

1.1 八重山語の方言を扱った記述文法・文法概説 . . . 6

1.2 話者一覧 . . . 8

1.3 談話データ. . . 9

2.1 子音 . . . 11

2.2 母音 . . . 15

2.3 母音の組み合わせと可能な母音連続 . . . 17

2.4 波照間方言と白保方言のアクセント型 . . . 28

3.1 現時点で確認されている重複のパターン. . . 43

4.1 人称代名詞. . . 52

4.2 12人称代名詞の体系 . . . 53

4.3 単数に関する人称代名詞を人称・数・格に分割する案 . . . 53

4.4 1人称代名詞baa/banuと助詞の接続 . . . 54

4.5 2人称代名詞daa/danuと助詞の接続 . . . 57

4.6 再帰代名詞. . . 62

4.7 数詞 . . . 64

5.1 形式名詞一覧 . . . 71

6.1 各クラスが取る不定接辞と命令接辞の比較 . . . 76

6.2 語幹の例 . . . 76

6.3 動詞の過去形の比較. . . 78

6.4 クラス1の動詞 . . . 78

6.5 クラス1の母音終わり語幹 . . . 79

6.6 「言う」の派生プロセス . . . 81

6.7 s-「する」とs語幹動詞の比較 . . . 82

6.8 クラス2の動詞 . . . 83

6.9 k-「来る」とk終わり語幹動詞の屈折体系 . . . 84

6.10 存在動詞とコピュラ動詞の屈折体系 . . . 85

6.11 定動詞の屈折体系 . . . 89

6.12 副動詞一覧. . . 90

6.13 語幹の比較(すべて基底表示) . . . 90

(10)

7.1 格助詞 . . . 92

7.2 談話におけるASの標示 . . . 93

8.1 形容詞の活用体系 . . . 117

8.2 3項対立を示す指示詞. . . 121

8.3 指示場所名詞 . . . 121

8.4 2項対立を示す指示詞. . . 121

8.5 疑問詞 . . . 127

8.6 疑問詞と不定表現 . . . 131

9.1 有生性とPの標示 . . . 135

9.2 . . . 142

10.1 節の分類 . . . 153

11.1 属格助詞=nuの使用範囲 . . . 172

11.2 アスペクトの分類 . . . 176

(11)

Abbreviations 1 first person 2 second person 3 third person abl ablative acc accusative adj adjective adn adnominal adt additive adv adverbial all allative aprx approximate ben benefactive cap capability caus causative cnf confirmation com comitative comp complementizer cond conditional conj conjunction cop copula cor corrective csl causal dat dative des desiderative dim diminutive excl exclusive fl filler foc focus gen genitive hab habitual hon honorification

hor hortative hsy hearsay imp imperative incl inclusive ind indicative inf infinitive ins instrumental lim limitative loc locative neg negative nom nominative npst non-past pass passive pl plural prf perfect prog progressive proh prohibitive pst past

q question particle quot quotative red reduplication refl reflexive seq sequential

sfp sentence final particle sg singular

sim simultaneous sta stative

thm thematic vowel top topic

vol volitional

(12)

1 章 言語の概要

本章では,本論文で対象とする南琉球八重山語石垣島白保方言(以下,白保方言)の概要 について述べる。まず§1.1では,白保方言が話されている白保集落について述べる。次に

§1.2で,八重山語と白保方言の系統的位置について述べる。その後,§1.3で白保集落が波 照間島からの移住者により建立・再興されたことにより,共時的な白保方言と波照間島方 言が,他の八重山語とは異なる語彙を共有していることを述べる。§1.4では白保方言の話 者について述べる。§1.5では,先行研究について白保方言を対象としたものと,八重山語 全般に関してそれぞれ述べる。最後に§1.8.2.で,本論文で用いるデータと,例文提示法に ついて説明する。

1.1. 地理

白保方言は沖縄県の石垣島南東部に位置する白保集落で話されている方言である。

図1.1に石垣島の位置を示す1。石垣島は琉球列島のなかでも最南部にある八重山諸島に属 している。八重山諸島には石垣島のほかに竹富島,小浜島,黒島,鳩間島,西表島,波照 間島,新城島という7つの有人島がある。行政区画としては石垣島単体で石垣市を,ほか の有人島で八重山郡竹富町をなしている。しかし,主要な港や竹富町役場,生活用品に関 する大型販売店は石垣島にあるため,石垣島は八重山諸島の中でも要所となっている。

図1.1.八重山諸島の位置

白保集落には国内最古の人骨が発見された白保竿根田原洞穴遺跡や,大規模なサンゴ礁 を始めとする自然豊かな環境がある。第二次世界大戦のころには陸軍白保飛行場が作られ,

1地図はKenmap Ver.9.11を用いて筆者が作成。

(13)

2013年以降は南ぬ島石垣空港が開港するなど,八重山と他の地域を結ぶ集落となってい る。白保集落は石垣島の中心街である四箇(石垣,登野城,新川,大川)から離れているが,

空港と市街地をつなぐバスが往来しているため,利便性の高い土地となっている。図1.2 石垣島内の大字の区画を示す。

図1.2.石垣島内の大字区画(石垣市総務部市史編集室1989: 10)

図1.2を見ると白保は大字として,北側から桃里,桴海,宮良と接している。桃里や桴海 においてどのような方言が話されているかは分かっていないが,現時点で研究が進んでい る四箇字,宮良,川平で話されている方言と,白保集落の方言は大きく異なっている。こ れは,移住という歴史的な背景による。この点については§1.3で述べる。

(14)

1.2. 系統

白保方言は南琉球語群広域八重山語の八重山語に属する(Pellard 2015)。まず,八重山語 の系統的な位置について述べる。琉球諸語は北琉球語と南琉球語から構成され,そのうち 南琉球語は宮古語と広域八重山語からなる。広域八重山語は与那国語と八重山語からなる。

琉球諸語 北琉球語

奄美語 沖縄語

南琉球語

宮古語 広域八重山語 八重山語 与那国語 図1.3. Pellard (2015)の琉球諸語区画

琉球諸語と日本語との関係については議論がなされている。1つはPellard (2015)が述べ るように,日本語と琉球語の2言語が,場合によっては八丈語を含む3言語が姉妹関係に あるという説である。もう1つは,九州方言と琉球諸語が共通の祖語を持ち,その上に日 本祖語が存在するという説である。この説は服部(2018)で述べられ,近年五十嵐(2021) をはじめとする研究によって再検討されているものである。狩俣(2020)は九州方言と琉 球諸語との関連について,九州から琉球列島へ2度,大規模な人の移動があったと想定さ れうるとしている。

次に,八重山語内の系統関係について述べる。八重山語は1.1節で述べた8つの有人島 で話されており,島ごとにあるいは集落ごとに方言が異なる。八重山語の各方言の系統関 係については,ローレンス(2000)が比較言語学的手法を用いて明らかにしている。ローレ

ンス(2000)は各方言の語彙で生じている不規則音変化を根拠にして,系統関係を検討し

ている。そのなかで白保方言は波照間方言とともに,最初に八重山祖語から分岐したとさ れている。ローレンス(2000)による八重山語の系統分類を図1.4に示す。

(15)

八重山祖語 与那国

波照間 白保

新城 祖納

古見 小浜 黒島

鳩間 上原 竹富 川平 石垣・大浜

図1.4.ローレンス(2000)の八重山語系統分類

図1.4を見ると,白保方言は石垣島内で話されている方言であるが,川平,石垣・大浜と いう他の石垣島島内で話されている方言とは,系統的に離れたところに位置している。こ れは,白保集落が持つ歴史的背景が関わっている。次節ではこの点について詳しく述べる。

1.3. 白保集落・方言の歴史的背景

本節では白保集落の歴史について,特に言語と関連のある点について述べる。歴史的に,

宮古島から与那国島にかけての先島列島は琉球王府の支配下に置かれていた。当時の先島 列島の人々は米や布を納めていたが,それらの生産量を増加させるため,王府によって新 しい村を建て,人々を移住させ,田を切り開かせる寄人制度が取られていた(八重山歴史 編集委員会1954)

白保集落も移住政策により建立・再建された集落である。白保集落は,1713年と1771 年の2度,波照間島から300人規模の移住者が移住している(武者・永瀬2000)。1713年 の移住により白保集落がが建てられ,その後,1771年の明和の大津波により集落は28 を残して壊滅したため,波照間島から2回目の移住者を受け入れ,白保集落を再興した。

2度めの移住に関しては,波照間島にある5つの集落(

いし石,冨嘉, まえ前,みなみ南 ,きた北)のうち,

前村・名石村の住人が大浜集落2に,冨嘉村とその周辺の住人が白保集落に移住になった

という(本田2018b)。このように集落が建立・再興されたという背景により,石垣島の隣

接する集落の諸方言よりも,波照間島方言に近い言語体系を保持している。

2大浜集落は石垣島にある集落の1つである。この集落も波照間島からの移住者が移住しているが,共時的 な大浜方言の体系は波照間・白保方言のみが共有している語彙や文法特徴は確認されていない。ローレン

(2000)において,大浜方言は,系統的に四箇方言に近い位置に位置づけられている。

(16)

波照間方言と白保方言は,語彙においてほかの方言とは異なる特徴を有している。周辺 の方言では「家」を[jaː]というのに対し,波照間・白保では[çiː]という。これらの特徴 は,現時点までで調査されている八重山語諸方言のなかでは波照間・白保方言でのみ共有 されている。

波照間島方言以外との関係について,白保集落には多良間島からの移住者も住んでいる ほか,石垣島には宮古島地方,沖縄本島地方や,台湾からの移住者による集落も存在する。

このような背景を踏まえると,集落間の移動・交流や婚姻より,八重山語内外の多数の方 言との接触が生じていることが推測される。

1.4. 話者数

石垣市の令和元年度の統計情報によると,白保集落の人口は平成301231日時点

で1,627人である3。うち,白保方言で流ちょうに会話ができる話者として該当するのは

70代以上である。世代別の人口は出されていないため,白保方言の話者の数は分からない が,かなり少ないことが予測される。近隣の真栄里集落に関して,真栄里方言の話者自身 が調査を行い,集落内において真栄里方言での会話が可能な人数を調べた結果,平成30 年4月時点で29人しかいなかったという4。「会話ができる」という点で,調査を行った 話者がどの程度のやりとりを想定しているかなど確認・検証する必要があるが,白保集落 も似た状態だとすると,話者数は50人を下回っていることが予測される。

1.5. 先行研究

本節では,白保方言を主な対象とした研究と,八重山語全体の研究について述べる。白 保方言に加え八重山語全体の記述研究についても述べる理由は,八重山語内の方言間バリ エーションを把握しやすくするためである。近年の研究動向として,文法現象を用いた歴 史言語学的な研究や,言語類型論的な手法を用い日琉諸語の通方言的な特徴を調べる研究 が行われている。こうした歴史研究や類型論的な研究には,各方言の記述研究のデータが 活用される。本節において八重山語の研究について概観を行うことにより,他の研究を行 う際に,記述研究が活用しやすくなることを目的としている。

1.5.1. 白保方言

白保方言の文法概説として中川他(2016)がある。中川他(2016)は,音韻論の詳細な説 明は中川他(2015)を参照しつつ簡単に紹介し,主に形態・統語論に関する主要な現象を まとめている。これ以外に個別の現象に焦点を当てたものも存在する。まず,名詞アクセ ントについては中川・セリック(2019)があり,3種類のアクセント型の区別があること が明らかになっている。動詞活用については新垣(2001)が,助詞については新垣(2000)

や野原(2000)がある。語彙については琉球大学琉球方言研究クラブ(2007)が例文付きで

まとめているほか,中川・セリック(2020)がアクセント情報付きの語彙リストを提示し ている。

3 https://www.city.ishigaki.okinawa.jp/material/files/group/1/02_r1.pdf

4令和元年度の石垣市の統計情報によると,真栄里集落の人口は5,577人である。

(17)

1.5.2. 八重山語

八重山語の方言を対象とした記述文法・文法概説は,現時点までに8点存在する。一覧 を表1.1にまとめる。表1.1のうち,Lawrence (2012)は南琉球語全体についての概説である が,鳩間島方言のデータを中心に提示しながら文法の概要を示しているため,鳩間島方言 の概説として入れている。

表1.1.八重山語の方言を扱った記述文法・文法概説 島名 地点 研究

石垣島 石垣 宮良(1995)

石垣島 宮良 伊豆山(2002)

石垣島 白保 中川他(2016)

竹富島 西岡・小川(2011)

黒島 東筋 原田(2015)

鳩間 Lawrence (2012)

西表島 船浮 占部(2018)

波照間島 北 麻生(2020)

これらのほかに,石垣島石垣方言の辞書である宮城他(2003)は主要な文法事項をまと めた「文法編」がついている。鳩間島方言の辞書である加治工・中川(2020)は本文の前に 動詞・形容詞活用や助詞といった文法事項をまとめている。平山他(1967)は宮古語と広域 八重山語を対象としてアクセント・動詞活用・語彙を統一のフォーマットで提示している。

八重山語を対象とした語彙集・辞書として,代表的なものに 宮良(1930) (全集への再録 版に 宮良(1980))がある。これは石垣島四箇方言の語彙を中心に編纂されているが,石垣 島以外の島々の語彙も掲載している。また例文集では八重山語圏にある8つの有人島を 対象とし,同じ例文が各島の方言で訳出されている。次に,平山(1988)は石垣島・波照 間島・与那国島の3地点を対象として生活に関する基礎語彙や民俗語彙をまとめている。

2000年代以降では石垣島石垣方言(宮城他2003),竹富島方言(前新他2011),鳩間島方 言(加治工・中川2020)の大規模な辞書が編纂され,各方言の語彙を調べやすくなってい る。語彙集としては琉球方言研究クラブによって小浜島方言と石垣島真栄里方言の語彙集 や(琉球大学琉球方言研究クラブ1969, 2010),話者個人によって出版された語彙集が存在 する(前大2002,宮里2018)。

1.6. 本論文の位置づけ

本節では,本論文が琉球諸語の記述研究および八重山語研究において,どのような位置 づけとなるかについて述べる。

(18)

1.6.1. 琉球諸語研究における位置づけ

本論文はこれまでの琉球諸語の記述研究と異なる点として,調査環境・調査データの性 質と,これまであまり比重が置かれてこなかった範囲の記述の拡充の2点がある。

琉球諸語研究ではShimoji (2008)を皮切りに,個別の言語の全容を体系的に記述する総 合的記述が盛んに行われてきた。その成果として20221月時点までに,言語を網羅的 に記述する記述文法書が12編,文法の骨子を明らかにする文法概説が11編編纂されてい る。これらの記述文法・文法概説は,面接調査において話者に対して例文を提示しデータ を得る翻訳型の面接調査のデータに比重が置かれたものが主であった。

それに対し本論文は,面接調査でのデータも参照しつつも,主に2時間分の談話資料を もとにした記述を行っている。これは,執筆時の途中(2020年3月頃)から発生したコロ ナウイルス感染症の世界的大流行により,調査が行えない状況が生じたことが大きな要因 となっている。これにより,各項目の記述においてデータが不足し,網羅的な記述ができ ていない箇所も存在するが,談話資料に比重をおいたことによるメリットも存在する。例 えば,主格・対格標示の使用(§7.1, 9.1.1.) は翻訳型調査において,媒介言語(共通日本語) の影響により逐語訳的になりがちだが,談話資料を用いることによってこの問題を回避す ることができる。また,琉球諸語の方言の多くが消滅の危機にあり,近い将来に話者がい なくなり,調査ができない方言が出てくることが予測される。これに対し,本論文は限ら れた談話資料をベースとした記述研究として,1つのケース・スタディを提示している。

次に,これまでの記述研究においてあまり比重が置かれてこなかった範囲,特に複文に 関する記述を,拡充させた点が挙げられる。これまでの記述研究では200ページを超え る記述文法であっても章の配分として,音韻論や動詞形態論に紙幅が割かれ,複文に関す る記述が10ページに満たない研究や,節連結構造に関する議論がほとんど行われていな い研究が多く見られる(: 原田2015,白田2016, Carlino 2019)。それに対し白保方言は 談話がほとんど節連結構造で構成され,面接調査においてもいいさし文による過去の標示 が頻繁に見られることから,複文に関する現象は言語体系において重要な要素になってい る。そのため本論文では,節連結構造に関する議論を行い,複文に関して現時点で明らか になっていることを記述し,先行研究での問題点の解消を行った。

1.6.2. 八重山語研究における位置づけ

本節では,八重山語研究における本論文の位置づけについて述べる。本論文は,八重山 語の中でも白保方言を対象としている。白保方言に関しては中川他(2016)という文法概 説がすでに存在している。中川他(2016)と本論文の最も大きな違いは,近年の琉球諸語 の共時的なバリエーションの類型に関する議論への言及の有無である。中川他(2016) 60ページの文法概説であり,主眼は形態・統語的な構造に当てられている。それに対し,

本論文は八重山語の他の方言についての言及のほか,形容詞(§8.1),使役(§9.1.2.),焦点

(§11.7.2.) に関する記述では近年行われている類型論的な研究についても言及している。

これにより,琉球諸語のバリエーションとその中での白保方言の位置づけが分かるように なっている。

(19)

1.7. 類型論的特徴

白保方言は(S)OV語順であり,自然談話では基本的に(S)OVの語順で現れる。主要部 後置型の言語であり,名詞句において関係節,属格名詞句,指示連体詞は主要部名詞の前 に現れる(第5章)。格標識は名詞句につく従属部標示型言語である(格標識は§7.1)。形態 論的な類型では膠着語に該当し,接辞はほとんどが接尾辞である。格配列は主格・対格型 のシステムを持つ(§9.1.1.)。談話中では他動詞の主語が非主題環境の場合,必ず=nuで標 示される。一方,談話データにおいて目的語はハダカ名詞として現れ,対格標識=yu=ba は中止形節の目的語につく傾向が見られる。音韻論において特徴的な点として,無声鼻音 /n̥/の存在が挙げられる。これは現時点までの琉球諸語の中でも,宮古語池間西原方言(

2013)と八重山語波照間島方言(麻生2020)でしか報告されていない。

1.8. 本研究で用いるデータと例文提示法 1.8.1. データ

本節では本論文で用いるデータに関して,協力していただいた話者に関する情報とデー タの性質について述べる。話者は1920年代生まれの方から1940年代生まれの方が含ま れる。表1.2に一覧で示す。

表1.2.話者一覧 話者 生年

A 1922 談話データ B 1933 談話データ

C 1932 面接調査

D 1933 面接調査,書き起こし E 1936 面接調査,書き起こし

F 1936 面接調査

G 1943 面接調査

H 1949 面接調査,書き起こし

本論文で用いるデータは筆者のフィールドワークにより収集したデータと,中川奈津子 氏から共有していただいたものがある。いずれのデータも同一集落内でフィールドワーク を行って得られたものである。筆者が収集したデータは,20187月から20202月ま でに断続的にフィールドワークを行い,主に面接調査と談話の書き起こしで得たものであ る。中川氏により共有していただいたデータは主にモノローグで,中川氏により書き起こ されたものと,筆者が書き起こしと修正をしたものがある。表1.3にデータの一覧をまと める。

(20)

表1.3.談話データ

ID 話者 内容 時間 備考

1 A 津波の話 0:05:00

2 A 村だての話 0:09:12

3 A 戦争体験 0:28:50

4 A 戦争体験 0:19:44

5 B 石垣島の旅 0:23:11

6 B 食べ物の話 0:11:55 補遺の談話資料A 7 B 食べ物の話 0:12:55 補遺の談話資料B

8 F 戦争体験 0:5:06

方言でのモノローグの合計 1:55:53

これまでに琉球諸語の各方言を対象とした記述文法書では,面接調査と談話データを併 用した調査がなされていた。しかし,本論文に関しては,執筆の途中段階(2020年3月頃) からコロナウイルス感染症の影響により,面接調査が実施できなくなった。そのため,多 くのセクションにおいて,面接調査による追加データが得られず,不明になっている箇所 が見られる。これらについては,追加で確認が必要な事項を示している。

一方で,談話については表1.3,合計115(1時間55)の書き起こしデータを用いて いる5。この量は,既存の記述文法で談話データの合計時間を示しているものの中でも原 田(2015)や横山(2017)に並ぶ。

1.8.2. 例文提示法

本研究では,例文提示方として「標準4段方式」(下地2020)を用いる。この方式では,

各例文の1段目に音韻表記,2段目に基底に存在する形態素,3段目に各形態素のグロス,

4段目に例文の日本語訳を記載する。補遺の談話資料で現れた例を用いる場合には,適宜 参照先を明記している。

(1) 音韻表記

基底の形態素 グロス

uree uri=ya それ=top

urin uri=n それ=adt

hoo ha-u

食べる-npst munu munu もの

yattaro ya-ttar-o cop-pst-ind

例文訳:「それは,それも食べる物だった」

[談話資料B (5)]

グロスは,Leipzig Glossing Rules(LGR, Comrie et al. 2008)に従う。LGRにないものに 5このほか,30分の会話データを書き起こし,分析の上での参考として用いている。しかし,会話参加者の 中に話者の友人がおり,その方との連絡が取れない状況にあるため,本論文の執筆時点では公開できない 状況にある。

(21)

関しては,下地理則氏のホームページで公開されている「グロスのリスト」6を参考にし,

該当するものをもちいる。このリストでは日琉諸語の記述研究で用いられているグロスを まとめているものである。

6 https://www.mshimoji.com/blank-12

(22)

2 章 音韻論

本章では白保方言の音韻論について述べる。まず§2.1では音素について,子音音素,母 音音素,半母音音素の一覧を示し,それぞれ特記すべき事項について述べる。次に§2.2で は,音節構造について述べ,中でも語頭で/nnci/6つ」のような3子音連続が生じたり,

語頭でのみ有声・無声での対立(/n̥da/「なぜ」と/nda/「出て」)が見られる点で特殊なふ るまいをする/n/について個別に述べる。§2.4では形態音韻規則について述べる。最後に

§2.5ではアクセントについて,名詞アクセントに関しては先行研究に触れつつ概観し,動 詞アクセントについては現時点で明らかになっていることを述べる。

2.1. 音素

白保方言は子音音素を15個,母音音素を6個,半母音音素を2(/y//w/)持つ。次 節以降ではそれぞれについて述べる。

2.1.1. 子音音素

子音音素を表2.1にまとめる。

表2.1.子音

両唇 歯茎 軟口蓋 声門 破裂音 無声 p t k

有声 b d g 破擦音 無声 c

摩擦音 無声 f s h

有声 z

鼻音 無声 n̥

有声 m n はじき音 有声 r

子音音素は破裂音,破擦音,摩擦音,鼻音,はじき音に分類される。破裂音の音素はす べての調音位置において有声・無声の区別をしている。摩擦音と鼻音は歯茎音のみ有声性 による区別が見られる。以下では特記すべき事項として,/n̥/と/n/の対立,/c/の認定と /t/との対立,/f/の認定と/h/との対立について見ていく。

2.1.1.1. /n̥//n/の対立

/n̥/は語頭でのみみられ,かつ/n̥da/ [n̥da]「なぜ」という1語でのみ現れる音素である。

これは,/n̥da/ [n̥da]「なぜ」と/nda/ [nda]「出て」という有声音とのミニマル・ペアが存 在し,有声と無声で対立しているため,/n/の異音ではなくそれに対立する音素として存在

(23)

する。[n̥]という音声は語中でも見られるが,これは/n/の異音としてみる。理由は,語中 で見られる[n̥]は直前の音節が無声阻害音を含み,語頭に立つときに無声化する影響で生 じるものであるためである。例として(1a)の/sɨnu/「着物が挙げられる。これは単独発話 では2音節目のオンセットが[n̥]として発音されている。このときの[n̥]は,(1b)のよう に,複合語の後部要素になり直前の音節が非語頭環境に置かれることによって[n]として 発音される。

(1) a. /sɨnu/ [sɨ̥n̥u]「着物」

b. /basasɨnu/ [basasɨ̥nu]「芭蕉布」(/basa/「芭蕉」+/sɨnu/「着物」)

語頭において[n]と[n̥]の対立をもつ方言はほかの琉球諸語でも見られ,そこでは個々 の言語における体系に基づいて,/n̥/という単一の音素として記述する研究と(: 宮古語 池間西原方言, 林2013)/hn/という子音連続として記述する研究がある(:八重山語波 照間島方言, 麻生2020)。本論文の白保方言の記述では,問題となる音素を単一の音素 /n̥/として分析している。これは,子音連続におけるモーラのカウントが,ほかの子音連続 と/hn/という子音連続で一貫しなくなるためである。白保方言で見られる他の子音連続は 語頭(C1C2)・語中(C3.C2)を問わず,C1が1モーラ担い,C2が音節核の母音とともに1 モーラを形成する(例: /m.ma/(C1C2V)「馬」)。それに対し,/hn/という子音連続は,CC 連続で1モーラしか持たず,音節構造とモーラの記述において一貫性が保てなくなる。

2.1.1.2. 歯茎阻害音の対立

/c/は無声破擦音であり,前舌母音/i/の前では[tɕ]として,それ以外の母音の前では[ts]

発音される。日琉諸語の方言には[tɕ][ts][t]の異音として狭母音の前に現れる方言 があるが,白保方言の場合は狭母音の前でも広母音の前でも破擦音と破裂音の間に対立が 見られる。(2)(擬似)ミニマル・ペアを示す。

(2) a. /huta/ [ɸu̥ta]「蓋」vs. /huca/ [ɸu̥tsa]「草」

b. /sɨti/ [sɨ̥ti] 「袖」vs. /sici/ [ɕitɕi]「しながら」

c. /utu/ [utu]「音」vs. /ucu/ [utsu]「落ちる」

有声破擦音は/z/[dz~z]の異音として現れる。これも,狭母音の前でも/d/と対立する。(3) に(擬似)ミニマル・ペアを示す。

(3) a. /daa/ [daː]「あなた」(2人称単数代名詞) vs. /zaa/ [dzaː]「どこ」

b. /dikiya/ [dikija]「出来て」vs. /ziki/ [dʑiki]「時期」

c. /duuru/ [duːɾu]「ドロ」vs. /zuuru/ [dzuːɾu]「サンゴ礁」

[dz]は音声的には破擦音である。しかし,[dz]/z/の異音として現れ,音韻的なふるま いをみると,連濁において/s/と交替する。そのため,/s/と有声・無声の対立をなしている とみなし,摩擦音として分類している。/c/が連濁の対象となる場合のデータが不足してい るため,/c/で始まる名詞(: /cyaa/「お茶」)が複合する例を確認する必要がある。

(24)

2.1.1.3. /f//h/の対立

本論文では,/f/ [ɸ]/h/ [h ~ç ~ɸ ~ɦ]を区別し,/f/は二重子音(/ff/)として現れる音素 として分析する。まず,/h/の異音のうち[ɸ]以外の者について,それぞれが現れる環境を (4)にまとめる。[ɸ]については/f/の分析に関わるため,のちに触れる。Vは任意の母音 を表し,中舌母音(/ɨ/)以外のすべての動詞が現れうる。(4)に示すように,/h/[i]の前 で[ç]として発音される。母音に挟まれた場合には随意的に有声化して[ɦ]となるか,脱 落する。それ以外の環境では,[h]として発音される。

(4) a. /h/ → [ç]/ _i b. /h/ → [ɦ]~Ø / a_V c. /h/ → [h] / elsewhere

次に,音声的に[ɸ]は単子音か二重子音として現れる。単子音としては[u][a]の前 でのみ現れ,二重子音としては[i, e, a, o, u]の前に現れる。なお,単子音の[ɸ][a]の前 でのみ現れるのは現時点で(8b)のみである。

(5) a. [ɸutsa] 「草」

b. [pakanaɸa] 「タカヌファ」1 c. [ɸɸa] 「鞍」

d. [ɸɸi] 「降り」

e. [ɸɸe] 「墨」

f. [ɸɸo] 「降る」

g. [ɸɸu] 「降る」

[ɸ]の分布のうち[u]の前に現れる場合([ɸu])は,単子音([ɸu])は形態論的な観点から 見ると,/h/の異音と同じ振る舞いをしている。例として,(6)/h/で終わる動詞語幹arah-

「洗う」の活用体系の一部を挙げる。このとき,[ɸu]/h/の異音である[ç][h]とともに 活用体系の中に現れている。この点で,[ɸu]は/h/の他の異音と同じふるまいをする。

(6) a. [araha] 「洗おう」

b. [araçi] 「洗え」

c. [araheru] 「洗っている」

d. [araho] 「洗う」

e. [araɸu] 「洗う」

1琉球大学社会人類学研究会(1977)によると,「タカヌファ」は祭祀行事を掌る役割を担う人の名称で,「パ カヌファ」とも呼ばれるという。

(25)

この点から,(5)で示した[ɸ]が現れる環境のうち,単子音の場合は/h/の異音としてふ るまい,二重子音の場合は別の音素として振る舞っていると見ることができる。そこで本 論文では,単子音として現れる[ɸ]を/h/とし,二重子音の場合[ɸɸ]を別の音素とし,/ff/と して分析する。二重子音の場合に現れる[ɸ]を/h/と/w/から構成される/hw/として解釈し,

[ɸɸ]/hwhw/ (または/hhw/)とする分析や/hh/とする分析も考えられるが,本論文ではこ れらの分析を採用しない。まず,/hw/とする分析を取った場合,[ɸɸu]の分析が問題にな る。/h/の異音の分布から[ɸɸu]の音韻表記は,/hhu/でも可能であるはずであるが,これを

棄却し/hwhw/ (または/hhw/)とする理由が見られない。

次に,/hh/とする分析を採用すると,[u]以外の前に現れるときが問題になる。/h/は単子 音のとき,(4)で示したように,[i]の前では[ç]として実現し,[o], [e], [a]の前では[h]と して実現する。ここから,仮に/hh/であるならば,(4)の異音の分布に従って,[ç][h] 二重子音としても現れることが考えられる。しかし,二重子音の場合には必ず[ɸɸ]とし て発音される。[ç],[h],[ɸ]はともに継続音でありいずれも二重子音として現れうるはず であるが,なぜ必ず[ɸɸ]として発音されるのかについて説明できない。そのため,/hh/ する分析は採用せず,[ɸɸ]は基底の段階から両唇摩擦音として指定されている/f/という 音素であると分析する。

/f/をたてる分析で,/f/は基底でモーラを持ち,必ず二重子音(/ff/)として実現する音素 となる。この点でほかの子音とは異なる振る舞いをすることになるが,/h/の異音の分布 との違いや,/hwhw/あるいは/hh/とする分析によるデメリットを回避することができる。

この分布的特徴は通時的な変化をもとに説明できる可能性がある。八重山語は*kurが ffになるという通時的な変化を経ている(Thorpe 1983)。そのため,元々*kuであったも のが/f/に変化しても,モーラを維持しているという説明ができる可能性がある。この説

明は/ffa/「鞍」や/ffuha/「黒い」については妥当である。/ffe/「イカスミ」も,石垣島石垣

方言で/kuri/「イカやタコの墨」という語彙が見られることから(平山1988)*kur > ff いう変化を遂げている可能性がある2。なお,現時点において/f/が連濁したデータは得ら れていない。この点については,面接調査において確認する必要がある。

(4)で示した/h/の異音の出現環境を,[ɸ]として現れる場合も含めてまとめなおすと,(7) となる。

(7) a. /h/ → [ç]/ _i b. /h/ → [ɸ]/ _u c. /h/ → [ɦ]~Ø / a_V d. /h/ → [h] / elsewhere

2宮良(1980)では石垣島石垣方言で見られる/kuri/「イカやタコの墨」が,古典日本語の「涅」に意味的に対

応しているという。この語彙は石垣島石垣方言ではkuri,小浜島方言では「グリ」(宮里2018)として見ら れるのに対し,白保方言,波照間島方言鳩間島方言(加治工・中川2020)では[ffe:]となっている。この分 布から,少なくとも八重山祖語の段階で生じた変化ではなく,個別方言においてそれぞれ変化が生じたか,

分岐していく途中のどこかの方言群でのみ生じている可能性がある。「イカスミ」を表す語彙に生じてい る音変化については,西表島,新城島,黒島のデータを補って変化が生じた範囲を確認する必要がある。

(26)

(5)で示した語彙を,本論文での音韻表記で示すと,(8)のようになる。

(8) a. /huca/ [ɸutsa] 「草」

b. /pakanafa/[pakanaɸa] 「タカヌファ」3 c. /ffa/ [ɸɸa] 「鞍」

d. /ffi/ [ɸɸi] 「降り」

e. /ffu/ [ɸɸe] 「墨」

f. /ffe/ [ɸɸo] 「降る」

g. /ffo/ [ɸɸu] 「降る」

2.1.1.4. 音素のミニマル・ペア

(擬似)ミニマル・ペアを(9)に挙げる。

(9) a. /p/ vs /t/ vs /k/: /paa/「葉」vs /taa/「田」vs /kaa/「におい」

b. /b/ vs /d/ vs /g/: /buu/「麻」vs /duu/「体」vs /guusu/「グース―」

c. /t/ vs /c/ :/utu/「音」と/ucu/「落ちる」

d. /d/ vs /z/: /duu/「体」vs /zuuru/「サンゴ礁」

e. /f/ vs /s/: /ffa/「鞍」vs /ssa/「切ろう」

f. /s/ vs /h/: /sii/「しろ」vs /hii/「家」

g. /n̥/ vs /n/: /n̥da/「なぜ」vs /nda/「出て」

h. /m/ vs /n/: /maa/「孫」vs /naa/「名前」

i. /d/ vs /r/: /udi/「腕」vs /uri/「これ」

2.1.2. 母音音素

母音音素を表2.2にまとめる。

表2.2.母音 前舌 中舌 後舌 狹 i ɨ u

半狭 e o

広 a

母音のうち/i, e, u, o, a/は長短の区別が見られる。琉球諸語には/e/と/o/が長母音でのみ現 れる方言があるが(上村1997),白保方言では/e//o/が短母音でも現れうる(: /meffuna/

(27)

[meɸɸuna]「良い子」/pocca/ [pottsa]「包丁」)/e/は異音として[e ~je]がある。[je]は,

語頭音節において/e/がオンセットを伴わずに立つ場合( /ema/ [jema ~ema]「八重山」) 現れる。オンセットに/s/か/c/が現れた場合には,/yasee/ [jaɕeː ~jaseː]「野菜」のように オンセットに現れた子音を口蓋化することがある。後舌母音(/u/, /o/, /a/)(10)のように,

[j]の有無によって対立が見られるが,/e/の場合には随意的であるため,[je]/ye/とはせ ず/e/の異音とする。

(10) a. /yuu/ [juː]「魚」(vs. /uu/ [uː]「追う」)

b. /yooha/ [joː]「弱い」(vs. /ooha/ [oːha]「青い」) c. /yasi/ [jaɕi]「ヤシ」(vs. /asi/ [jaɕi]「汗」)

/u, o, a/は後舌母音として分析する。このうち,/a/[ɑ]ほど後ろではなく前よりに([ɑ̟]) 発音される。しかし,(10)のように,/y/をオンセットに取れる点で音韻論的な観点から 見ると/u//o//a/は同じふるまいをするため,/a//u//o/と自然音類をなしていると分 析する。

母音音素のうち,/ɨ/は長短の区別の欠如とオンセットに現れる子音が限られている点で,

ほかの母音と異なる。まず,他の母音は長母音として現れることや,二重母音として他の 母音とともに現れることがあるが,/ɨ/は必ず短母音で現れる。次に,/ɨ/はオンセットに取 る子音が摩擦音/s/ ([sɨ̥n̥u]「着物」),/z/ ([miʑɨ]「水」),破擦音/c/ (/kuunacɨyu/ [kuːnatsɨju]

「来夏世」)に限られている。/ɨ/[sɨ̥n̥u ~sɯ̥n̥u ~si̥n̥u] /sɨnu/「着物」のように,[ɯ][i] して発音されることがあることがある。

平山他(1967)によると竹富島方言や石垣島大浜方言において中舌母音が消失の過程に

あるとされており,また石垣島真栄里方言でも同様の指摘がなされている(米澤2018)。白 保方言も同様に,中舌母音が消失する過程にある。系統的に最も近い波照間島方言では,

中舌母音がオンセットに取れる子音に/p, c[ts], z, s, n, r/6つがあるが(麻生2020),白 保方言では/c[ts], z, s/の3つに限られている。また,1930年代生まれの話者は「水」を

[mizɨ]というのに対し,1940年代後半生まれの話者のデータでは[miʑi]と発音されてい

る。世代間比較について,現時点では比較できるデータが少ないため,面接調査によって 比較のためのデータを収集し,さらに上の世代については民話資料の音声データから可能 な限り収集し検討する必要がある。

宮良(1980)の『八重山語彙』が編纂された1930年代では[mɛː]「米」のように母音に

[ɛ]が存在していたようである。しかし,パッパラルド(2012)でも指摘されているように,

現在の白保方言では[meː]「米」のように/e/に合流している。

音声的な特徴として,語頭音節の子音が無声阻害音のとき,母音は無声化して発音され る。これは,狭母音のみならず,/a/にも生じる。

(11) a. /pinakan/ [pi̥nakaɴ]「火の神」

b. /turu/ [tu̥ɾ̥u]「鳥」

c. /pama/ [pḁm̥a]「浜」

(28)

2.1.3. 半母音音素

半母音音素は/y//w/である。/y/[j]と発音され,後舌母音/u//o//a/のいずれかが母音 に立つ。オンセットで他の子音とともに現れることがあるが,このときに/y/の前に現れる 子音は/p, b, k, g, c, s, z, m/に限られ,なかでも/g/は/suigyuu/「水牛」,/m/は/myuumyuutu/

(オノマトペ)1例ずつしか無い。

/w//a/の前にのみ現れる。子音とともにオンセットに立つ場合,/w/の前に現れる子音 は/k/のみである。さらに,語例は/mikkwa/「めくら」に限られている。周辺方言では基礎 語彙の中で他にも/kwaasɨ/[kʷaːsɨ]「お菓子」(石垣島大浜方言)のようにkwの音配列を持 つ語があるが,白保方言では唇音化が見られず,/koosi/「お菓子」のように,*kwaa > koo という変化が生じている4

2.1.4. 母音連続

白保方言の母音6つの組み合わせ一覧と,可能な母音連続を表2.3にまとめる。基底に おける母音連続V1V2のうち,V1を列に,V2を行に示している。母音連続が同化規則や y化規則の対象となる場合には,規則が適用された後に現れる母音を記載している。

表2.3.母音の組み合わせと可能な母音連続

V1

V2 a i u e o ɨ

a /aa/ /ai/ ~ /e/ /o/

i /ya/~ /e/ /ii/ /iu/ /ee/ /yo/ ~/o/

u /ua/ /ui/ /uu/ /ue/

e /ee/

o /oo/

ɨ

長母音は/ɨ/以外の全ての母音で見られる。/ɨ/以外の長母音の例を(12)に挙げる。

(12) a. /kii/「毛」

b. /kee/「井戸」

c. /kuu/「来る」

d. /kooha/「硬い」

e. /kaa/「皮」

白保方言において,母音の長短の区別は存在する。これは,/turu/ [tu̥ɾ̥u]「鳥」と/tuuruu/

[tuːɾuː]「灯籠」のように母音の長短によるミニマル・ペアが見られることによる。ただし,

4狩俣(2008)は宮良(1930)の時点では *gwaの音配列が白保でも見られることから,*kwa *gwa

/ko//go/になる変化が1930年代以降に生じた可能性を指摘している。

(29)

環境によって長母音化(あるいは短母音化)する場合があり,現時点のデータからは長母 音化の条件を全ては明らかに出来ていない。長音化の要因の1つに,アクセントとの関連 がある。アクセント型のうち,緩やかな下降が見られる下降型2のアクセントを持つ名詞 は,単独で発話するときに語頭の母音が長母音で発音されることがある(中川・セリック

2019)。中川・セリック(2019)によると,これは,第2音節のオンセットが有声子音の場

合と,無声摩擦音/s/に見られる。単独形と接語がついた形式をそれぞれ(13)に挙げる。

(13) a. 有声子音: /nabi/ [naːbi]「鍋」,/nabigo/ [nabigo]「鍋に」

b. 無声摩擦音/s/: /basa/ [baːsa]「芭蕉」/basanu/ [basanu]「芭蕉の」

これ以外にも,イントネーションが関与している可能性が考えられる。例えば動詞mac-

「待つ」は命令形を作る際に,命令接辞-iを取り,/maci/[matɕi]「待て」となる。これが,

[matɕiː]長母音として発音されることがある。こうした節末,あるいは句末に生じる長音

化はイントネーションの調査が行えていないため,明らかにできていない。

二重母音は,下り二重母音と上り二重母音の2種類が見られる。相互同化規則やy化規 則が適用されない母音連続の例をそれぞれ(14 )(15)に挙げる。下り二重母音はすべて V2が/i/であり,上り二重母音はV1がすべて/u/になっている。

(14) 下り二重母音

a. /baima/「私達」(1人称複数除外形) b. /kui/「声」

c. /yoi/「お祝い」

(15) 上り二重母音

a. /muanu/「思わない」

b. /uero/「追っている」

c. /uencyu/「ネズミ」

基底においてiaioのような連続が生じた場合,融合やy化規則が適用される。(16) にそれぞれの例を挙げる。V1が/i/となる母音連続は形態素境界で見られるため,( )に基 底の形態素配列を記載する。まず,ia連続の場合,/i//a/と相互同化し/e/になる。io連続 の場合,iyになり/yo/になる。このとき,/y/の前に立つ子音が/y/と共起できないもの であった場合は/y/が消える。

(16) a. /kaken/ (kak-i=a-Ø-n)「書いている」

b. /syoora/ (s-i+or-a)「しましょう」

c. /aroorun/ (ar-i+or-u-n)「おありになる」

(30)

ia連続やio連続の前に更に母音があるとき,どちらも/i/yになり/ya/あるいは/yo/ なる。母音3つの連続であっても,(17d)のように拗音化させる例と,(17e)のようにia 続を相互同化させる例がある。

(17) a. /hiya/ (hii-a)「くれて/あげて」

b. /hiyori/ (hii+oor-i)「ください」

c. /muyakkon/ (mui+akkon)「掘ったあとに残る小さい芋(lit. 生え芋) d. /muyaro/ (mu-i=ar-o)「思っている」

e. /muen/ (mu-i=ar-n)「思っている」

本論文では,長母音を短母音の連続として考える。理由は,動詞形態論で見られる形態 音韻交替による。動詞は2つのクラスに分かれるが,そのうちクラス2の動詞語幹には長 母音あるいは二重母音終わりのものが含まれる。長母音あるいは二重母音終わりのクラス 2の動詞語幹に,aで始まる接辞がつくとき,i/y/になる規則が適用される。

(18) a. /uga/ (ug-a)「起きて」

b. /muya/ (mui-ata)「生えて」

c. /hiya/ (hii-a)「くれて」

このとき,長母音を1つの音素として解釈した場合,(18c)の派生が問題になる。規則と して,hii-aの形態素境界にyを挿入する規則と(hiiya),iを短母音化させる規則(/hiya/) という2つが必要になる。一方,短母音の連続とする分析では,V1V2連続のうちV2i を/y/にするという規則だけで簡潔に(18c)の派生が可能になる。さらに,これは(18b) も用いられる規則であるため,長母音を1つの音素として解釈する分析よりも,規則の数 も減らすことができる。

2.2. 音節構造

(1)に、現時点で設定している音節構造を示す。Cは子音,Gは半母音,Vは母音,Rは 準音節#は語頭であること、( )は出現が必須ではないことを表す。

(19) 音節構造

# (R) ( (C1) C2) (G) V1 (V2) (C3)

音節構造には,語頭の場合と非語頭の場合でそれぞれ配列上の制約が見られる。さらに 語頭の場合には,語中では見られない3子音連続が生じることがある。以下ではまず,通 常の音節構造に見られる配列上の制約について見ていく。そのあと,/n/が語頭音節に立つ 場合に語頭の3子音連続が見られ,ほかとは異なる配列を持つため,準音節を導入して記 述する。

(31)

2.2.1. 音節構造の制約

以下では,通常の音節に見られる配列上の制約について述べる。まず,語頭では(20) 制約がある。

(20) 語頭音節で見られる制約: C1には/s, f, m/のみが現れ,C2は必ず同じ子音(重子 音)になる

( (#C1) C2) (G) V1 (V2) (C3)

/ssan/「しらみ」 s s a n

/ffa/「鞍」 f f a

/mma/「馬」 m m a

語頭または語中の音節では,(21)の制約が見られる。

(21) 語頭または語中の音節でみられる制約

a. 語中の子音連続は/-V C3. C2V-/となる。このとき,C3には/p, t, k, c, f, m, n/

のいずれかが現れる

b. C3に/p, t, k, c, s, f, m/が現れた場合,次の音節のC2 (オンセット)は必ず同じ 子音になる

c. C3に/n/が現れた場合,次の音節のC2 (オンセット)は/p, b, t, d, c, n, k, g, s, z,/のいずれかが現れる

d. 固有語の語中では,V C3. Vは認められない ( (#C1) C2) (G) V1 (V2) (C3)

/kippe/「木の鍬」 k i p p e

/inza/「円座」 i n z a

この言語では,語頭においても(20),語中においても(21),子音連続は二重子音に限ら れる。/n/C3に立つとき,後続の子音と同器官的になる。(22)に例を挙げる。

(22) a. 両唇音が後続する: /minpikari/[mimpikaɾi]「痩せている人」/panbii/[pambiː]「天 ぷら」

b. 歯茎音が後続する: /nta/[nta]「土」/ncu/[ntsu]「満ちる」/sinsii/[ɕinɕiː]「先生」

c. 軟口蓋音が後続する: /gizinkii/[gʲiʑiŋkiː]「燃やすのに一番いい木」,/ngu/[ŋgu]

「行く」

語末音節の場合,コーダに立つ子音に制約が見られる。

(32)

(23) 語末音節の場合,C3には/n/のみが現れる。

( (#C1) C2) (G) V1 (V2) (C3)

/on/「御嶽」 o n

半母音(G)に関しては,以下の制約が見られる。半母音は,単独で現れることも子音を 伴うこともできる。

(24) 語頭または語中の音節でみられる制約

a. オンセットに/y/が現れた場合、V1には/u, o, a/のいずれかが現れる b. G/y/が現れた場合、C2には/p, b, k, g, c, s, z, m/のいずれかが現れる c. オンセットに/w/が現れた場合、V1には/a/が現れる

d. G/w/が現れた場合、C2には/k/が現れる

( (#C1) C2) (G) V1 (V2) (C3)

/gooya/「苦瓜」 goo. y a

/yoo/ (文末助詞) y o o

/kyuu/「今日」 k y u u

/uwa/「豚」 u. w a

/mikkwa/「めくら」 mik. k w a

2.2.2. 特殊な音節

白保方言では語頭においても語中においても,基本的に3つ以上の子音連続が生じるこ とはない。しかし,例外的に数詞語根nn-6」が類別接辞につくときに子音が3つ連続す る。さらに,/n/のみで構成される語が存在する。それぞれの例を(25)に示す。(26)には語 頭に生じるnC連続の例を挙げる。

(25) a. /nnci/6つ」(下降型1) b. /nn/「うん」

(26) a. /n̥da/「なぜ」(下降型1) b. /ngun/「行く」(下降型)

このように語頭にnが現れる語は,下降型1アクセントを持つ場合に/n/のあとに下降 が生じるという共通点を持つ。下降型1アクセントは語頭音節が有声子音または母音で 始まる場合に,第1音節と第2音節の間で下降が生じるという特徴を持つ。この特徴か ら,(25)と(26)に示した語の音節構造はそれぞれ/nnci/「6つ」は/nn.ci/,/n̥da/「なぜ」

は/n̥.da//ngun/「行く」は/n.gun/と分析できる。

(33)

これらの音節において独立した音節をなす/n//n̥/をどのように分析するかが問題と なる。このときの/n/の分析には以下のものが考えられる。

(27) a. 例外的に音節核のスロットに立てる子音とみる

b. /n/のみで構成される準音節という音節を設け,そこに現れていると見る このうち,(27a)の分析の場合,母音と/n/のふるまいの違いが問題となる。まず,母音は オンセットに何らかの子音を取ることができるのに対し,/n/はそうならない。次に,母音 の無声化による音韻的な対立は見られないが,/n/の場合は音節核に立つときに,有声と無 声の対立を認めることになる。以上の点で,音節核に立つ音素に/n//n̥/を含めても例外的 な特徴を認めることになる。そのため,(27b)の分析を採用し,これを準音節(下地2018b) と呼ぶ。(25)と(26)を準音節を用いて音韻構造を示すと,(28)のようになる。音節境界 はピリオド(.) で表す。

(28) a. /nn.ci/ RR.CV「6つ」

b. /nn/ RR「うん」

c. /n̥.da/ R.CV「なぜ」(下降型1) d. /n.gun/ R.CVC「行く」(下降型)

2.3. モーラ

モーラと音節構造の対応を(29)に示す。µは1モーラ持つことを表す。

(29) モーラと音節構造の対応

C1 C2 G V1 V2 C3

µ µ µ µ

白保方言では語頭の二重子音/ss/,/ff/,/mm/が見られ,二重子音のC1がモーラを担う。

(29)を見ると,1音節に付き最大4モーラ持つことが予測される。しかし,実際には単純 語の中で1音節4モーラの例は見られていない。例として単音節語の音節構造とモーラの 対応の例をあげる。

(30)

( (#C1) C2) (G) V1 (V2) (C3) モーラ数

ii「ごはん」 i i 2

en「来年」 e n 2

hii「家」 h i i 2

yuu「お湯」 y u u 2

kan「蟹」 k a n 2

kyuu「今日」 k y u u 2

ffe「イカスミ」 f f e 2

ssan「しらみ」 s s a n 3

参照

関連したドキュメント

関西学院大学手話言語研究センターの研究員をしております松岡と申します。よろ

Jun, Ho Kyung (forthcoming) “Factors affecting accentual patterns of loanwords in Pusan Korean,” Harvard Studies in Korean Linguistics 11. Accentual adaptation in North Kyungsang

②上記以外の言語からの翻訳 ⇒ 各言語 200 語当たり 3,500 円上限 (1 字当たり 17.5

今回の調査に限って言うと、日本手話、手話言語学基礎・専門、手話言語条例、手話 通訳士 養成プ ログ ラム 、合理 的配慮 とし ての 手話通 訳、こ れら

手話言語研究センター講話会.

本センターは、日本財団のご支援で設置され、手話言語学の研究と、手話の普及・啓

尼崎市にて、初舞台を踏まれました。1992年、大阪の国立文楽劇場にて真打ち昇進となり、ろ

山本 雅代(関西学院大学国際学部教授/手話言語研究センター長)