〈資料紹介〉実相院蔵『三十六歌仙画帖』
著者 櫛井 亜依
雑誌名 同志社国文学
号 82
ページ 142‑155
発行年 2015‑03‑20
権利 同志社大学国文学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014368
︿ 資 料 紹 介 ﹀ 実 相 院 蔵
﹃ 三 十 六 歌 仙 画 帖
﹄
櫛 井 亜 依
一. 書 誌 箱入
︒箱 の表 蓋に は﹁ 明正 天皇 宸翰
/三 十六 歌仙
画歌 壹帖
/六 百九 拾六 号﹂ と書 かれ た題 箋が 右上 に貼 られ てい る︒ 表蓋 中心 には
︑
﹁本 院宸 翰 衣装 人形
/御 細工
﹂と 直接 書き 付け られ てい る︒ 折本
︵画 帖仕 立て
︶︒ 一帖
︒縦 二四
・三 セン チ︑ 横一 九・ 八セ ン チ︒ 表紙 は後 補装 と思 われ
︑布 表紙 で金 襴︒ 見返 しは 鳥の 子に 金砂 子 とな って いる
︒ 前述 の寸 法の 色紙 に︑ 縦一 六・ 二セ ンチ
︑横 一五
・一 セン チの 鳥 の子 紙が 貼ら れ︑ そこ に歌 仙絵 と和 歌が 書か れて いる
︒ 墨付 き一 八丁
︒箱 書き は前 述の とお りだ が︑ 画帖 には 外題 およ び 内題 なし
︒奥 書な し︒
明正 天皇 の宸 翰と され る︒ これ を踏 まえ るな らば
︑書 写は 江戸 時 代前 期で あろ う︒ 二. 翻 刻
︻凡 例︼ 一︑ でき るか ぎり 資料 の書 写の 様態 をそ のま まの 形で 残す こと を目 指す
︒そ のた め︑ 以下 のと おり 原則 を立 てた
︒
① 旧漢 字は 新漢 字に 改め るこ とを せず
︑異 体字 もで きる かぎ り その まま に残 す︒
② 踊り 字は
︑﹁ ゝ﹂
﹁々
﹂﹁ 〳〵
﹂を 区別 して 用い るも のと する
︒
③ 字の 大き さは 意図 的に 全て 統一 した
︒
④ 虫損 など によ り判 読が でき ない 字は
□で 示し た︒ 一︑ 紙幅 の都 合上
︑以 下の とお り意 図的 に体 裁を 整え た︒
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﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一四 二
① 散ら し書 きや 改行 は﹁
/﹂ を用 いて 示し た︒
② 行が 左か ら右 に書 かれ る左 書き の和 歌に つい ては
︑行 末に
﹁︵ 左書 き︶
﹂と 記し た︒
︻翻 刻︼
︿表
﹀ ほの
/〳 〵と
/赤 石の
/う らの
/朝 きり に/ しま かく
/れ ゆく
/船 をし
/そ 思ふ 左 柿本 人丸
﹂︵
ઃオ ) 右 紀貫 之 さく らち る/ 木の した
/か せは さ/ むか らて
/空 に/ しら れぬ
/雪 そふ りけ る
﹂︵
ઃウ ) 左 躬恒 いつ くと も/ 春の
/光 はわ か/ なく に/ また みよ しの ゝ/ 山は 雪ふ る
﹂︵
オ ) 右 伊勢 みわ の山
/い かに 待/ みん 年ふ とも
/た つぬ る/ 人も
/あ らし と思 へは
﹂︵
ウ )
左 家持 まき もく のひ はら
/も いま たく も/ らね は小 松の
/は らに あは 雪/ そふ る
﹂︵ અオ ) 右 赤人 わか の浦 にし ほ/ みち くれ は/ かた を/ なみ
/あ しへ を/ さし て/ 田鶴 なき わた る
﹂︵ અウ ) 左 在原 業平
/朝 臣 はな にあ かぬ
/な けき は/ いつ もせ し/ かと も/ けふ のこ よひ にゝ る/ 時は なし
﹂︵ આオ ) 右 遍昭 石上 ふる の山
/へ のさ くら
/花 うへ けん 時/ をし るひ と/ そな き
﹂︵ આウ ) 左 素性 見て のみ や/ 人に
/か たら む/ さく らは な/ 手毎 にお りて
/家 つと にせ む
﹂︵ ઇオ )
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﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一四 三
右 友則 ゆふ され は蛍 より
/け にも ゆれ とも
/ひ かり
/み ねは や/ 人の つれ なき
﹂︵ ઇウ ) 左 猿丸 太夫 おく 山に
/も みち ふみ
/わ けな く/ しか の/ 声き くと きそ
/秋 はか なし き
﹂︵ ઈオ ) 右 小野 小町 わひ ぬれ は/ 身を うき 草の
/ね をた えて
/さ そふ 水あ らは
/い なん とそ 思ふ
﹂︵ ઈウ ) みし か夜 の/ 更行 まゝ に/ 高砂 の/ みね の松 風/ ふく かと そき く
︵左 書き ) 左 中納 言兼 輔
﹂︵ ઉオ ) 右 中納 言/ 朝忠 あふ こと の/ たえ てし
/な くは
/中 くに
/人 をも
/身 をも
/怨 さら
/ま し
﹂︵ ઉウ )
左 中納 言敦 忠 あひ みて の/ のち の心 に/ くら ふれ は/ むか しは
/物 をお も/ はさ りけ り
﹂︵ ઊオ ) 右 高光 かく はか り/ へか たく
/み ゆる
/世 中に
/う ら山
/し くも
/す める 月か け
﹂︵ ઊウ ) 左 公忠 行や らて 山路
/く らし つ/ ほと ゝき す/ いま ひと こゑ の/ きか ま/ ほし さに
﹂︵ ઋオ ) 右 壬生 忠峯 有明 のつ れな く/ みえ し別 より
/あ かつ き/ はか りう き/ もの はな し
﹂︵ ઋウ )
︿裏
﹀ 袖に さへ 秋の
/ゆ ふへ はし られ
/け りき えし
/あ さ地 かつ ゆ/ をか けつ ゝ︵ 左書 き) 左 斎宮 女御
﹂︵
ઃオ )
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﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一四 四
右 頼基 ひと ふし に/ 千世 を/ こめ たる 杖な れは
/つ くと もつ きし
/君 かよ はひ は
﹂︵
ઃウ ) 左 敏行 秋は きの
/花 さき にけ り/ たか さこ のお のへ の鹿 は/ いま やな くら ん
﹂︵
オ ) 右 重行 夏か りの
/玉 江の あし を/ ふみ した き/ むれ ゐる 鳥の
/た つ空 そな き
﹂︵
ウ ) とき はな る/ 末の みと りも
/春 くれ は/ いま 一し ほの
/色 まさ りけ り 左 宗于 朝臣
﹂︵ અオ ) 右 信明 朝臣 ほの 〳〵 と/ 在明 の月 の/ つき 影に
/も みち
/ふ きお ろす
/山 おろ しの かせ
﹂︵ અウ )
左 藤原 清正 あま つか せ/ ふけ 井の うら に/ ゐる たつ の/ なと か/ くも ゐに かへ ら/ さる へき
﹂︵ આオ ) 右 順 水の 面に てる
/月 なみ を/ かそ ふれ は/ こよ ひそ 秋の
/も なか なり ける
﹂︵ આウ ) たれ をか も/ 知人 もな し/ 高砂 の/ 松も むか しの
/友 なら なく に 左 藤原 興風
﹂︵ ઇオ ) 右 清原 元輔 ちき りき な/ かた みに
/袖 をし ほり つゝ
/す ゑの まつ 山/ 波こ さし とは
﹂︵ ઇウ ) 左 是則 みよ し野 の/ 山の しら ゆき
/つ もる らし
/ふ るさ と/ さむ くな りま さる なり
﹂︵ ઈオ ) 右 元真
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一四 五
夏く さは
/し けり にけ
/り な玉 鉾の
/道 行人 も/ むす ふ/ はか りに
﹂︵ ઈウ ) いは ゝし る/ よる の契 も/ たえ ぬへ し/ あく るわ ひし き/ かつ らき の袖
︵左 書き ) 左 小大 君
﹂︵ ઉオ ) 右 仲文 思ひ しる 人に
/み せは やよ もす から
/わ かと こ夏 に/ おき ゐた る露
﹂︵ ઉウ ) 千と せま て/ 枩も かき れる
/け ふよ りは
/君 にひ かれ て/ 万代 やへ む︵ 左書 き) 大中 臣能 宣朝 臣
﹂︵ ઊオ ) 右 忠見 いつ かた に/ なき て/ ゆく らん
/ほ とゝ きす
/よ との わた りの
/ま た夜 ふか きに
﹂︵ ઊウ ) 左 兼盛
深山 いて ゝ/ 夜□
□/
□き つ□
/郭 公/
□□ つき かけ て/ 声□
□こ
□る
﹂︵ ઋオ ) 右 中務 秋風 のゆ くに
/つ けて も/ とは ぬか な/ おき の葉 なら は/ 音は して まし
﹂︵ ઋウ ) 三. 所 見
︵一
︶ 箱書 き 箱書 きに は︑
﹁明 正天 皇﹂ の宸 翰と ある
︒明 正天 皇と は︑
﹃国 史大 辞典
﹄の 項に 次の よう にま とめ られ てい る︒ 一六 二九 四︱ 三在 位︒ 幼称 は女 一宮
︒諱 は興 子︵ おき こ︶
︒ 後水 尾天 皇の 第二 皇女
︑母 は皇 后和 子︵ 東福 門院
︶︒ 嫡出 の第 一子 で︑ 将軍 徳川 秀忠 の外 孫に あた る︒ 元和 九年
︵一 六二 三︶ 十一 月十 九日 誕生
︒︵ 中略
︶在 位十 五年 にわ たり
︑そ の間 父上 皇が 院政 をと った が︑ 寛永 二十 年十 月三 日皇 弟紹 仁親 王︵ 後光 明天 皇︶ に譲 位︒ 以後 仙洞 に在 るこ と五 十四 年に して
︑元 禄九 年︵ 一六 九六
︶十 一月 十日 崩御
︒七 十四 歳①
︒ この 箱書 きを 踏ま えて 成立 を考 える なら ば︑ 実相 院蔵 本の 成立 は この 一六 二三 年か ら一 六九 六年 の間 と推 測で きる だろ う︒
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﹄
一四 六
︵二
︶ 形 態 実相 院蔵 本を みる と︑ 和歌 や絵 が描 かれ てい る和 紙の 部分 に虫 食 いに よる 損傷 があ るが
︑こ れを 裏打 ちで 補修 した 形跡 があ り︑ その うえ で水 色の 色紙 に貼 って いる
︒完 成当 初か ら画 帖仕 立て であ った のか
︑巻 子本 や屏 風絵 のよ うな もの が切 断さ れて 現在 の画 帖仕 立て にな った のか は推 測し かね るが
︑完 成当 初の まま の状 態を 保っ てい るの では なく
︑修 繕や 装丁 の直 しを 経て 現存 の状 態と なっ たと 考え られ る︒
︵三
︶ 書と 絵 和歌 の書 に関 して は︑ 少な くと も四 つの 異な ると 思わ れる 筆跡 が 確認 でき る︒ した がっ て複 数名 の人 物に よっ て書 がし たた めら れた こと が想 定さ れる
︒ま た︑ 実相 院蔵 本が 納め られ てい る箱 の﹁ 明正 天皇 宸翰
﹂と いう 題箋 を勘 案す るな らば
︑複 数の 筆跡 のう ちの 一つ が明 正天 皇の もの とな るか と思 われ る︒ また 絵に つい ては
︑多 少の 剥落 は見 られ るも のの
︑彩 色が 鮮や かに 残っ てい る︒ 装束 の文 様や 扇絵 も緻 密に 描か れて いる
︒た だし
︑書 と絵 につ いて は︑ 識者 に判 断を 仰ぎ たい
︒
︵四
︶ 歌人 の配 置 実相 院蔵 本は
︑藤 原公 任撰 の歌 合形 式の 歌仙 秀歌 選﹃ 三十 六人 撰﹄ に取 り上 げら れた 歌人 につ いて の和 歌を 所収 して いる
︒実 相院
蔵本 では
︑一 丁に つき 歌人 一人 が配 され
︑見 開き によ って 左右 の歌 人を 番え た︑ 歌合 形式 を意 識し た配 列と なっ てい る︒ 絵入 りの
﹃三 十六 歌仙
﹄の 現存 資料 のう ち最 古と いわ れる 佐竹 家 旧蔵 の﹃ 三十 六歌 仙絵
﹄︵ 以下 佐竹 本と 略す
︶が ある
︒森 暢氏 によ ると
︑佐 竹本 の歌 人の 配置 は﹁ 上下 二巻 の体 裁に 左右 が意 図さ れた ので あっ て︑ 歌仙 の姿 に左 右が 示さ れて いる ので はな い②
﹂と いう
︒ 実相 院蔵 本は 画帖 の見 開き に左 右の 番い が描 かれ
︑歌 仙の 体は それ ぞれ 相手 方に 向か って いる 構図 とな って おり
︑佐 竹本 の趣 向と は一 致し ない こと が分 かる
︒一 方︑ 趣向 が実 相院 蔵本 と近 似す るも のと して
︑業 兼本 が挙 げら れる
︒こ れに つい ては
︑森 氏に よっ て次 のよ うに 説明 され てい る︒ 然し なが らこ の歌 仙絵 に見 える 左右 の形 式は
︑大 きく 佐竹 本 など と異 なる とこ ろで あっ て︑ 左右 歌仙 の歌 を絵 の左 右に 書き 分け
︑ま た歌 仙の 姿も その 形式 に準 じて 左右 相対 する が如 き形 に描 かれ てい る︒ つま りこ の形 式は
︑三 十六 歌仙 の左 右を 十八 番の 歌合 とし て絵 の上 に示 した もの であ り︑ 歌仙 絵の 上に 左右 の意 義を 新た に打 ち出 した もの であ るが
︑三 十六 歌仙 の左 右は
︑ 遺品 の示 すと ころ この 業兼 本に 至っ てあ る新 しい 段階 に入 った もの と見 られ る③
︒ この よう に︑ 左右 を意 識し た構 成と いう 点で は︑ 実相 院蔵 本は 業
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﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一四 七
兼本 の趣 向に 近い
︒し かし これ にと どま らず
︑実 相院 蔵本 には
︑こ の見 開き の左 右の 配置 につ いて さら に特 徴的 な点 が挙 げら れる
︒実 相院 蔵本 では
︑左 方に 配さ れる 兼輔
︑斎 宮女 御︑ 小大 君︑ 能宣 の四 首の 和歌 が左 書き とな って いる
︒画 帖を 見開 きに 開い た状 態に おい て︑ 中心 に左 右の 別と 作者 名を 記し
︑そ こか ら︑ 初句 から 結句 への 流れ が左 右対 称に なる よう に和 歌が 書か れる ので ある
︒し たが って
︑ 左方 の和 歌の 改行 が左 から 右へ 行わ れる こと にな る︒ この
﹃三 十六 歌仙
﹄の 左書 きに つい ても
︑す でに 森暢 氏が 指摘 さ れて いる
︒森 氏に よる と︑ この 左書 きと いう 特徴 は一 歌人 につ き二 首を 挙げ る二 首本 三十 六歌 仙絵 の系 統の 鎌倉 後期 の現 存資 料に 確認 する こと がで き︑ 室町 時代 にお ける 扁額 歌仙 絵へ と受 け継 がれ てい くと いう④
︒ 近年 では 寺島 恒世 氏に よっ て︑ 二首 本系 統で ある 俊忠 本三 十六 歌 仙絵 の考 察の 中で
︑次 のよ うに 述べ られ てい る︒ 図の 通り
︑俊 忠本 は︑
﹃時 代不 同歌 合﹄ と同 様に 番い ごと に 対面 する 歌合 の形 式を 取り
︑そ の左 方に 属す る歌 人︵ 猿丸
・能 宣︶ は︑ 作者 名を 左︑ 歌を 右︑ 右方 歌人
︵小 町・ 忠見
︶は 作者 名を 右︑ 歌を 左に 記し
︑左 方の 歌を 左書 きに して
︑右 方の 右書 きと の対 称性 を強 く示 して いる
︒業 兼本 に﹁ 時代 不同 歌合 絵﹂ を融 合さ せた 形の 新し いこ の本 文に おい て︑ 留意 され るの は左
書き の登 場で ある
︒早 く森 暢氏 が指 摘さ れた この 左書 きは
︑管 見の 及ぶ 限り
︑先 例は 見出 し難 く︑ 現在 のと ころ
︑俊 忠本 が起 源の 位置 を占 める もの と認 定さ れる
︒日 本語 の表 記に おい て通 常存 しな い左 書き が︑ 左右 の対 称性 に関 わっ て成 立し たの は確 かで あろ う⑤
︒ この 寺島 氏の 考察 を踏 まえ るな らば
︑実 相院 蔵本 もま た左 右の 番 いを 強く 意識 した 形式 にな って いる とい える だろ う︒ もち ろん
︑実 相院 蔵本 は前 掲の 翻刻 のと おり 一歌 人一 首を 挙げ るも ので あり
︑一 歌人 につ き二 首を 挙げ る二 首本 の系 統と は異 なる
︒そ のた め︑ 実相 院蔵 本は 二首 本系 統と 同系 統で はな いが
︑こ の左 右の 対称 性を 意識 する 形式 は俊 忠本 と同 様に 特徴 的で ある とい える だろ う︒ 実相 院蔵 本で は︑ 左書 きと なっ てい るの は四 首で ある から
︑一 八の 左右 の番 いの うち
︑二 割を 超え てこ の形 式の 対称 性を みる こと がで きる こと にな る︒ さら に︑ 作者 名と 和歌 との 配置 だけ を見 るな らば
︑実 相院 蔵本 に おい ては
︑右 方が すべ て右 側に 作者 名︑ その 左側 に和 歌が 書か れて いる のに 対し て︑ 左方 一八 首の うち
︑七 首︵ この うち 四首 は前 掲の 左書 きの もの
︶が 右側 に和 歌︑ 左側 に作 者名 が書 かれ てい る︵ 左書 きの もの 以外 では
︑人 丸︑ 宗于
︑興 風が これ に該 当︶
︒し たが って
︑ この 七首 を含 む左 右の 番い を画 帖見 開き で見 ると
︑作 者名 と和 歌の
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﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一四 八
配置 は右 から 順に
︑左 方和 歌︑ 左方 歌人 名︑ 右方 歌人 名︑ 右方 和歌 とな って いる
︒こ の形 式か らは
︑四 割近 くが 左右 の対 称性 を意 識し て書 かれ てい るこ とが ここ から うか がえ る︒
︵五
︶ 所収 和歌
﹃新 修絵 巻物 全集
﹄で は長 谷川 信好 氏に より
︑代 表的 な八 本の
﹃三 十六 歌仙
﹄諸 本に おけ る所 収和 歌の 比較 がな され てい る⑥
︒本 稿 でも これ を踏 まえ
︑実 相院 蔵本 の所 収和 歌を 諸本 と比 較し た︵ 末尾
︻歌 表︼ 参照
︶︒ そう した とこ ろ︑ 長谷 川氏 が取 り上 げた 八本 の諸 本 には なく
︑実 相院 蔵本 にの み所 収が 確認 され た和 歌は 三六 首中 一五 首で あっ た︒ これ に該 当す るの は︑ 伊勢
︑家 持︑ 業平
︑遍 昭︑ 素性
︑ 小野 小町
︑兼 輔︑ 斎宮 女御
︑敏 行︑ 信明
︑元 輔︑ 元真
︑仲 文︑ 忠見
︑ 中務 であ る︒ さら に調 査の 結果
︑こ の一 五首 の中 で先 に触 れた 藤原 公任 撰の
﹃三 十六 人撰
﹄に 所収 され てい ない 和歌 は︑ 一二 首に のぼ るこ とが 明ら かに なっ た︒ つま り︑
﹃三 十六 歌仙
﹄諸 本と 共通 しな い所 収和 歌の うち
︑そ のほ とん どが
﹃三 十六 人撰
﹄以 外の
︑別 の歌 集か ら採 集さ れて いる とい うこ とに なる
︒ では
︑そ の参 考と なっ た歌 集と はど のよ うな もの か︒ この 一二 首 はす べて 勅撰 集に 所収 され てい るよ うな 著名 なも ので ある ため
︑ 様々 な歌 集に 所収 され てお り︑ 特定 の歌 集と の関 係性 は判 断し がた い︒ ただ
︑今 回の 調査 を踏 まえ て述 べる なら ば︑ この 一二 首す べて
を所 収す る歌 集は 確認 でき なか った が︑ 最も 多か った のは
﹃俊 成三 十六 人歌 合﹄ で一
〇首 あっ た︒ これ に続 くの は﹃ 時代 不同 歌合
﹄で 九首 であ る︒ この よう に歌 合形 式の 歌集 を踏 まえ て選 歌し た可 能性 は高 い︒ ただ し︑ 小野 小町 と元 真に 関し ては
﹃俊 成三 十六 人歌 合﹄
﹃時 代不 同歌 合﹄ のど ちら にも 実相 院蔵 本の 所収 和歌 に該 当す るも のが ない
︒し たが って 選歌 にあ たっ ては この 二つ の歌 合形 式の 歌集 以外 の複 数の もの も参 考に され たこ とが 推測 され る︒
﹃三 十六 歌仙
﹄ 諸本 自体 が多 様な 選歌 の傾 向を 見せ るが
︑実 相院 蔵本 にお いて も︑ 藤原 公任 撰の
﹃三 十六 人撰
﹄の 人選 には 則り つつ
︑選 歌に つい ては 必ず しも それ にと どま らな い独 自性 を有 して いる と言 える だろ う︒ 四. ま と め 以上
︑実 相院 蔵本 の翻 刻を 報告 した うえ で︑ その 特徴 を絵 入り の
﹃三 十六 歌仙
﹄諸 本の 先行 研究 に則 って 確認 して きた
︒実 相院 蔵本 は︑ 業兼 本に 端を 発し
︑二 首本 系統
︑扁 額歌 仙絵 に継 承さ れて いく よう な︑ 歌合 にお ける 左右 の番 いの 対称 性を 強く 意識 した 画面 構成 とな って いた
︒一 方︑ 所収 和歌 につ いて は︑ 佐竹 本や 業兼 本を はじ めと する 諸本 とも 一五 首が 異な って おり
︑特 定の 系統 との 関わ りを 見出 しが たい
︒加 えて
︑藤 原公 任撰
﹃三 十六 人撰
﹄の 人選 のな かで
︑ 選歌 はそ れに とど まら ない とい う編 纂に 対す る意 識も 確認 する こと
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﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一四 九
がで きた
︒今 回は 検討 する こと がで きな かっ たが
︑彩 色が 鮮や かに 残る 絵や 宸翰 とす る書 につ いて の分 析を これ に重 ねて いく こと によ って
︑さ らに その 特異 性も 明ら かに なる と思 われ る︒ 以上 の報 告に 当た り︑ 識者 から の斧 正を 賜る こと がで きれ ば幸 い であ る︒
︻歌 表︼ 凡例 一︑ この 表は
︑﹃ 新修 日本 絵巻 物全 集﹄ 第一 九巻⑦
所収 の︑ 長谷 川信 好氏 が作 成し た﹁ 歌表
﹂
︵一
〇三
~一
〇四 頁︶ の諸 本の 所収 和 歌比 較に 実相 院蔵 本を 加え たも ので ある
︒ 一︑
﹁歌 人﹂ の項 目は
︑実 相院 蔵本 の歌 人の 配列 の順 に挙 げた
︒ 一︑
﹁初 句﹂ の項 目は
︑す べて ひら がな で記 載し た︒ なお
︑異 同が ある もの の同 一の 和歌 と考 えら れる もの につ いて は︑ 諸本 の異 同 はひ とま ず問 わな いも のと した
︒ 一︑
﹁三 十六 歌仙 諸本
﹂に つい ての 調査 結果 は﹃ 新修 日本 絵巻 物全 集﹄ に従 い︑ 略称 は以 下の とお りと する
︒﹁ 佐﹂ 佐︱ 竹本
︑﹁ 上﹂ 上︱ 畳本
︑﹁ 業﹂ 業︱ 兼本
︑﹁ 後﹂ 後︱ 鳥羽 院本
︑﹁ 藤﹂ 藤︱ 房本
︑
﹁木
﹂︱ 木筆 本︑
﹁光
﹂︱ 光廣 奥書 本︑
﹁実
﹂︱ 実相 院蔵 本︒ 一︑
﹁当 該和 歌所 収和 歌﹂ の項 目の
﹁三
﹂の 欄に は︑ 藤原 公任
﹃三 十六 人撰
﹄の 所収 の有 無を 示し た︒ 他の 歌集 に所 収さ れて いる 場
合に おい て︑ 他の 歌人 の歌 とさ れて いる 場合 は︑ その 歌人 名を 記 入し た︒
﹁特 記事 項﹂ の欄 には
︑﹁ 三十 六歌 仙諸 本﹂ の中 で実 相院 蔵本 にし か確 認で きな い和 歌に つい て︑
﹃三 十六 人撰
﹄以 外の ど の歌 集に 所収 され てい るか を調 査し
︑そ の結 果を 掲載 した
︒そ の 際に
︑他 の歌 人の 和歌 とし て所 収さ れて いる 場合 は︑ 歌番 号の あ とに その 歌人 名を 記入 した
︒な お︑ この 調査 には
﹃新 編国 歌大 観⑧
﹄を 用い た︒ 歌人
初 句
三十 六歌 仙諸 本
当該 和歌 所収 和歌 集 佐 上 業 後 為 藤 木 光 実 三
特記 事項 人丸 ほの ぼの と
○
○
○
○
○
○
○
○ たつ たが は
○
○ 貫之 さく らち る
○
○
○
○
○
○ むす ぶて の
○ とふ ひと も
○
○ 躬恒 いづ くと も
○
○ わが やど の
○
○
○
○
○
○ すみ よし の
○ 伊勢 みわ たせ ば
○
○
○
○
○ おも ひか は
○ さく らが り
○
○ みわ のや ま
○
○ 家持 さを しか の
○
○
○
○
○
○ かさ ゝぎ の
○
︿資 料紹 介﹀ 実相 院蔵
﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一五
〇
まき もく の
○
﹃萬 葉集
﹄︵ 巻一
〇︑ 冬 雑歌
︑二 三一 八︶
﹃家 持集
﹄︵ 一四 一︶
︑﹃ 古 今和 歌六 帖﹄
︵第 一︑ 七五 四︶
︑﹃ 俊成 三十 六 人歌 合﹄
︵一 三︶
︑﹃ 新古 今和 歌集
﹄︵ 巻第 一︑ 春歌 上︑ 二〇
︶︑
﹃時 代 不同 歌合
﹄︵ 一三
︶︑
﹃歌 枕名 寄﹄
︵第 九︑ 二七
〇一
︶︑
﹃夫 木和 歌抄
﹄
︵巻 二九
︑一 三九 三二
︶︑
﹃雲 玉集
﹄︵ 春部
︑一 五︶ 赤人 わか のう らに
○
○
○
○
○
○
○ 業平 よの なか に
○
○
○
○
○ つき やあ らぬ
○ はな にあ かぬ
○
﹃伊 勢物 語﹄
︵二 九段
︶︑
﹃俊 成三 十六 人歌 合﹄
︵一 九︶
︑﹃ 定家 八代 抄﹄
︵第 二︑ 春歌 下︑ 一〇 八︶
︑﹃ 時代 不同 歌合
﹄
︵四 三︶
︑﹃ 新古 今和 歌 集﹄
︵第 二︑ 春歌 下︑ 一〇 五︶ 遍昭 すゑ のつ ゆ
○
○
○
○
○
○ いそ のか み
○
﹃遍 昭集
﹄︵ 四番 歌︶
︑
﹃後 撰和 歌集
﹄︵ 第二
︑ 春中
︑四 九︶
︑﹃ 古今 和 歌六 帖﹄
︵第 六︑ 四二
三〇
︶︑
﹃袋 草紙
﹄︵ 下 巻︑ 七七 二︶
︑﹃ 五代 集 歌枕
﹄︵ 上︑ 二五 四︶
︑
﹃古 来風 体抄
﹄︵ 下︑ 三
〇二
︶︑
﹃俊 成三 十六 人歌 合﹄
︵二 二︶
︑﹃ 定 家八 代抄
﹄︵ 第一
︑春 歌上
︑九 二︶
︑﹃ 秀 歌 大体
﹄︵ 二二
︶︑
﹃時 代 不同 歌合
﹄︵ 三一
︶︑
﹃歌 枕名 寄﹄
︵第 九︑ 二 五七 五︶
︑﹃ 釈教 三十 六人 歌合
﹄︵ 一〇
︶ 素性 いま こむ と
○
○ みわ たせ ば
○
○
○
○
○
○ みて のみ や
○
○ 友則 ゆふ され ば
○
○
○
○
○
○
○
○
○ あき かぜ に
○
○ 猿丸 をち こち の
○
○
○
○
○ おく やま に
○
○
○ 小町 いろ みえ て
○
○
○ はな のい ろは
○
○ おも ひつ ゝ
○
○
○
○ わび ぬれ ば
○
﹃小 町集
﹄︵ 三八
︶︑
﹃古 今和 歌集
﹄︵ 第一 八︑ 雑歌 下︑ 九三 八︶
︑﹃ 新 撰和 歌﹄
︵第 四︑ 恋雑
︑ 二七 四︶
︑﹃ 古今 和歌
︿資 料紹 介﹀ 実相 院蔵
﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一五 一
六帖
﹄︵ 第六
︑三 八三 六︶
︑﹃ 無名 草子
﹄︵ 七 九︶
︑﹃ 定家 八代 抄﹄
︵第 一六
︑雑 歌上
︑一 五四 二︶
︑﹃ 西行 上人 談抄
﹄︵ 二四
︶︑
﹃十 訓 抄﹄
︵三 三︶
︑﹃ 古今 著 聞集
﹄︑
﹃女 房三 十六 人歌 合﹄
︵二
︶︑
﹃桐 火 桶﹄
︵二
〇八
︶︑
﹃悦 目 抄﹄
︵九 八︶
︑﹃ 歌林 良 材集
﹄︵ 八四
︶ 兼輔 ひと のお やの
○
○
○
○
○
○ ゆふ づく よ
○ みじ かよ の
○
﹃後 撰和 歌集
﹄︵ 第四
︑ 夏︑ 一六 七︶
︑﹃ 五代 集 歌枕
﹄︵ 上︑ 五三 七︶
︑
﹃六 百番 陳状
﹄︵ 九七
︶︑
﹃古 来風 体抄
﹄︵ 下︑ 三一 一︶
︑﹃ 俊成 三十 六人 歌合
﹄︵ 三七
︶︑
﹃定 家八 代抄
﹄︵ 第三
︑ 夏歌
︑二 五八
︶︑
﹃時 代 不同 歌合
﹄︵ 九一
︶︑
﹃歌 枕名 寄﹄
︵第 三一
︑ 八〇 九一
︶ 朝忠 あふ こと の
○
○
○
○
○
○ 敦忠 あひ みて の
○
○
○
○
○
○ けふ そへ に
○
○
との もり の
○ 高光 かく ばか り
○
○
○
○
○ はり すぎ て
○
○ みて もま た
○ 公忠 ゆき やら で
○
○
○
○
○
○ よろ づよ も
○
○
○ ひと ふし に
○ 忠峯 はる たつ と
○
○
○
○
○
○
○ あり あけ の
○
○ 斎宮 こと のね に
○
○
○
○
○
○
○
○ そで にさ へ
○
﹃斎 宮女 御集
﹄︵ 一七 一︶
︑﹃ 俊成 三十 六人 歌 合﹄
︵五 五︶
︑﹃ 新古 今 和歌 集﹄
︵第 八︑ 哀傷 歌︑ 七七 八︶
︑﹃ 時代 不 同歌 合﹄
︵一 六三
︶︑
﹃女 房三 十六 人歌 合﹄
︵一 九︶ 頼基 つく ばや ま
○
○
○
○ ひと ふし に
○
○
○
○
○ こひ しさ は
○
信明
敏行 あき ゝぬ と
○
○
○
○ すみ のえ の
○ ひさ かた の
○
○
○ あき はぎ の
○
﹃新 撰万 葉集
﹄︵ 上︑ 一 二七
︶︑
﹃敏 行集
﹄︵ 一 六︶
︑﹃ 古今 和歌 集﹄
︵第 四︑ 秋歌 上︑ 二一
︿資 料紹 介﹀ 実相 院蔵
﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一五 二
八︶
︑﹃ 古今 和歌 六帖
﹄
︵第 六︑ 三六 三三
︶︑
﹃五 代集 歌枕
﹄︵ 上︑ 五 三四
︶︑
﹃俊 成三 十六 人歌 合﹄
︵六 二︶
︑﹃ 定 家八 代抄
﹄︵ 第五
︑秋 歌下
︑四 二四
︶︑
﹃秀 歌 大体
﹄︵ 五八
︶︑
﹃時 代不 同歌 合﹄
︵五 一︶
︑﹃ 歌 枕名 寄﹄
︵八
〇九 三︶ 重之 よし のや ま
○
○
○
○ なつ かり の
○
○ はな のい ろに
○ 宗于 とき はな る
○
○
○
○
○ やま ざと は
○
○
○
○ 信明 こひ しさ は
○
○
○
○
○
○ あた らよ の
○
○ ゆき やら で
○
公忠
ほの ぼの と
○
﹃信 明集
﹄︵ 一八
︶︑
﹃深 窓秘 抄﹄
︵五
〇︑ 無名
︶︑
﹃和 漢朗 詠集
﹄︵ 下︑ 四
〇二
︑中 務︶
︑﹃ 俊頼 髄 脳﹄
︵五 一︶
︑﹃ 和歌 色 葉﹄
︵上
︑九
︶︑
﹃俊 成三 十六 人歌 合﹄
︵七 一︶
︑
﹃新 古今 和歌 集﹄
︵第 六︑ 冬歌
︑五 九一
︶︑
﹃定 家八 代抄
﹄︵ 第六
︑ 冬歌
︑四 八六
︶︑
﹃詠 歌
大概
﹄︵ 五四
︶︑
﹃近 代 秀歌
﹄︵ 四九
︶︑
﹃時 代 不同 歌合
﹄︵ 一八 三︶
︑
﹃詠 歌一 体﹄
︵五
〇︶
︑
﹃三 五記
﹄︵ 二三
〇︶
︑
﹃愚 見抄
﹄︵ 一〇
︶︑
﹃愚 問賢 注﹄
︵三 八︶
︑﹃ 六 華和 歌集
﹄︵ 第四
︑冬 歌︑ 九九
〇︶
︑﹃ 心 敬 私語
﹄︵ 一六
〇︶
︑﹃ 歌 林良 材集
﹄︵ 五︶ 清正 ねの ひし に
○
○
○ あま つか ぜ
○
○
○
○
○
○ 順 みづ のお もに
○
○
○
○
○
○
○
○ 興風 たれ をか も
○
○
○ うら ちか く
○ ちぎ りけ む
○
○
○
○
○ 元輔 あき のゝ の
○
○
○
○
○
○ うき なが ら
○
○ ちき りき な
○
﹃元 輔集
﹄︵ 二一 八︶
︑
﹃惟 規集
﹄︵ 七︑ 惟規
︶︑
﹃後 拾遺 和歌 集﹄
︵第 一 四︑ 恋四
︑七 七〇
︶︑
﹃五 代集 歌枕
﹄︵ 上︑ 四 八九
︶︑
﹃袖 中抄
﹄︵ 第 一八
︑九
〇〇
︶︑
﹃俊 成 三十 六人 歌合
﹄︵ 八二
︶︑
﹃定 家八 代抄
﹄︵ 第一 五︑
︿資 料紹 介﹀ 実相 院蔵
﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一五 三
恋歌 五︑ 一三 一五
︶︑
﹃詠 歌大 概﹄
︵一
〇二
︶︑
﹃近 代秀 歌﹄
︵九 五︶
︑
﹃八 代集 秀逸
﹄︵ 三七
︶︑
﹃百 人秀 歌﹄
︵四 五︶
︑
﹃百 人一 首﹄
︵四 二︶
︑
﹃時 代不 同歌 合﹄
︵二 一 七︶
︑﹃ 歌枕 名寄
﹄︵ 第 二七
︑七
〇一 三︶
︑﹃ 歌 林良 材集
﹄︵ 五九 九︶ 是則 みよ しの ゝ
○
○
○ かげ さへ に
○ やま がつ と
○
○
○
○
○ 元真 とし ごと の
○
○
○
○
○
○ あさ みど り
○ なつ くさ は
○
﹃元 真集
﹄︵ 九四
︶︑
﹃新 古今 和歌 集﹄
︵第 三︑ 夏歌
︑一 八八
︶︑
﹃定 家 十体
﹄︵ 二三 四︶
︑﹃ 定 家八 代抄
﹄︵ 第三
︑夏 歌︑ 二〇 二︶
︑﹃ 秀歌 大 体﹄
︵三 三︶
︑﹃ 三百 六 十首 和歌
﹄︵ 一一 三︶
︑
﹃六 華和 歌集
﹄︵ 第二
︑ 夏歌
︑四 三七
︶︑
﹃雲 玉 集﹄
︵夏 部︑ 一二 八︶ 小大 夫
いは ゝし の
○
○
○
○
○
○
○
○ たな ばた に
○
○
仲文 あり あけ の
○
○
○
○
○
○
○
○ おも ひし る
○
○ 能宣 ちと せま で
○
○
○
○
○ もみ ぢせ ぬ
○
○
○
○
○ 忠見 やか ずと も
○
○
○ ねの ひす る
○
○
○
○
○ いつ かた に
○
﹃拾 遺抄
﹄︵ 第二
︑夏
︑ 七三
︶︑
﹃拾 遺和 歌集
﹄
︵第 二︑ 夏︑ 一一 三︶
︑
﹃五 代集 歌枕
﹄︵ 下︑ 一 七〇 五︶
︑﹃ 俊成 三十 六人 歌合
﹄︵ 一〇 二︶
︑
﹃歌 枕名 寄﹄
︵第 五︑ 一 四九 六︶ 兼盛 かぞ ふれ ば
○
○
○
○
○
○ しの ぶれ ど
○ みや まい でゝ
○
○ 中務 うぐ ひす の
○
○
○
○
○ いそ のか み
○
○ かみ なづ き
○ あき かぜ の
○
﹃後 撰和 歌集
﹄︵ 第一 二︑ 恋四
︑八 四六
︶︑
﹃古 今和 歌六 帖﹄
︵第 六︑ 三七 一八
︶︑
﹃中 務集
﹄
︵二 三〇
︶︑
﹃三 十人 撰﹄
︵一 二九
︶︑
﹃和 漢朗 詠 集﹄
︵下
︑四
〇 一︶
︑
﹃類 聚抄
﹄︵ 二八
︶︑
﹃俊
︿資 料紹 介﹀ 実相 院蔵
﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一五 四
成三 十六 人歌 合﹄
︵一
〇六
︶︑
﹃時 代不 同歌 合﹄
︵一 七五
︶︑
﹃女 房 三十 六人 歌合
﹄︵ 一三
︶ 注
① 武部 敏夫
﹁明 正天 皇﹂ 国史 大辞 典編 集委 員会 編﹃ 国史 大辞 典﹄
︑吉 川 弘文 館︑ 一九 七九 年三 月︒
② 森暢
﹃歌 合絵 の研 究 歌仙 絵﹄
︑角 川書 店︑ 一九 七〇 年三 月︑ 一二 頁︒
③ 前掲 書② に同 じ︑ 二二 頁︒
④ 前掲 書② に同 じ︑ 二九 頁︒
⑤ 寺島 恒世
﹁歌 仙絵 にお ける 文字 表記
︿
︱
左右
﹀の 意識 と左 書き の来 歴
︱
﹂﹃ 日本 文学
﹄第 六三 巻七 号︑ 二〇 一四 年七 月︒
⑥ 長谷 川信 好﹁ 歌表
﹂
﹃新 修日 本絵 巻物 全集 第一 九巻 三十 六歌 仙 絵﹄
︑角 川書 店︑ 一九 七九 年三 月︑ 一〇 三~ 一〇 四頁
︒
⑦ 前掲 書⑥ に同 じ︒
⑧
﹃新 編国 歌大 観﹄ 編集 委員 会編
﹃新 編国 歌大 観D VD
︱
RO M﹄
︑角 川 学芸 出版
︑二
〇一 二年 一二 月︒
︹付 記︺ 今回 の報 告に あた って
︑資 料の 内容 を公 表す る御 許可 をい ただ い た実 相院 御門 跡に
︑心 から の謝 意を 表し ます
︒
︿資 料紹 介﹀ 実相 院蔵
﹃三 十六 歌仙 画帖
﹄
一五 五