隈 圧 小 野 口 正 見
〔研究と教材研究〕
宇 土 市 網 田 一 平 岩 間 の 地 質 と 地 質 教 材
よる崖錐堆穣物が斜面をおおい、・網田及び古 屋敷には沖積層が分布している。
1.姫浦層群
は じ め に
宇土市網田一平岩間には国道57号線に沿っ て両側に白亜紀姫浦層群が良い露出状態で分 布している。この地域には古第三系の赤崎層 と姫浦層群との不整合が観察され、姫浦届群 からは各所に化石を産するので種々の学術鵠 文でふれられてはいるが、まとまった発表が なされていない稲田・古川(1960)、』麺8mo
(1962)等)。
鉦者は熊本県科学教育研究室の派遣生とし て昭和43年4月1日〜9月30日迄の間熊本 大学教育学部地学の田村実先生の御指導で上 記地域とその南方に基盤岩である白亜系及び 古第三系赤崎層をおおって分布する安山岩類 分布也域の野外調査を行った。更にこれらの 鯛査から得られた資料を教材という立場で検 討した。以下は私の研究結果である。
本研究を行なうにあたり野外、室内研究に 御指導給った田村実先生に深く感謝します。
尚綱校・田代正之、魚貫小・酒井武己、向山 小・西村渡、熊大地学研究室の松井紀志子の 皆棟にはこの研究及びこの報文の作製にあた って種々御助力を得て厚く感謝しますc、、
最後に科学教育研究派遣生としての機会を 与えて下さいました県教育庁関係の方為及び 隈庄小の山田熊雄校長先生以下職員の方々に 厚く御礼申し上げます。
地 質 概 説
この地域に分布する地層及び火成岩類は下 位より白亜紀の姫浦層群、古第三系の赤崎届、
これらを基盤として分布する第三紀末叉は第 四紀の安山岩類である。
網田駅の東南方ではこれら諾岩類の崩壊に
本層群の基底部は東部で火山岩類及び崖錐 堆穣物におおわれて観察しえない。最上部ば 赤崎層及び火山岩岩類に西方でおおわれる。
略東西方向の軸を有する向斜樽造をなし、西 方に上位層が分布する。この地域では全届厚 450mで砂岩頁岩の互届を主とするが岩相に よって下位より頁岩勝ちの砂岩頁岩互層(地 質図では①の印)急砂岩勝ちの砂岩頁岩互層
(砂岩と略頁岩とは等量である)、(②)、
頁岩勝ち砂岩互層(③)、ノジュールを特徴 的に有する)、砂岩届(○頁岩も諸所には
さむ)にわけることができる。
砂岩.頁岩互層は1〜10CUEの厚さの砂岩薄 層が5割5cmの頁岩と交互するものが大部分 で頁岩勝ちであるが、砂岩・頁岩の量比は
:3位のものが多い。しかし②で示す互層30 czR以上の砂岩層が頻繁に挟まり、砂岩頁岩の 量比は1:1或は15:1である。
殆んど全層準に亘って1mq内外の頁岩を基 質とする磯岩を挟むが、横への変化が大で尖
減するようである。
網田駅の南方の①の砂岩.頁岩互層中に酸性 の淡緑色凝灰岩を挟むようである。露頭はな いが風化物の分布から推定出来るc③の頁岩 がちの砂岩、頁岩互層中の頁岩部には'0cmE〜
80cm位の石灰質団塊(ノジユール)が特徴的 である。
本層群では殆んど全層準に亘って散点状に アンモナイト.二枚貝・巻貝・ウニ化石を産 出する。しかし各種の層準例えばふとん岩や 平岩.景行天皇の石碑の西の海岸等の陳岩層
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宇 土 市 網 田 一 平 岩 間 の 地 質 瓶
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①〜4:姫浦層群(①:頁岩がちの砂岩頁岩互層②:砂岩がちの砂岩頁岩互層③:頁岩が ちの砂岩頁岩互層④:砂岩頁岩層(砂岩に富む)
⑤:赤崎層C⑦:大岳火山岩類(C:凝灰角喋岩⑦:溶岩)③:崖錐堆積物⑨沖積層
の基質の頁岩中に化石を多産する。それらは
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等の二枚貝、その他巻貝、ウニ化石であるが 殆ど全層準から生痕化石を産する。
3.大岳火山岩類
宇土半島山稜部には顕鏡図に示す如き含角 閃石複輝石安山岩の凝灰角喋石及び溶岩が分・
布し、角閃石安山岩も分布する。本地域では これら諸岩類の風化が激しく凝灰角喋岩が溶 岩かを職別することは困難であるが地質図の 如く大部の凝灰角喋岩は溶岩の下位にあるよ うである。今回の調査地外であるが戸口浦海 岸では明らかに水の存在を予想させるような 成層のよい砂岩、凝灰角藻岩層が露出し泥岩 もはさむ。又石打の西方では泥岩が下位に発 達している。
植田・古川(1960)は、
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の産出を報じて、この地質時
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るが、西方の調査地外で田代 正之氏が、エ.Oria.ta皿日
を採集し、平岩海岸からの
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のようであるので地質時代は 上部ではK5γではないかと 考えられる。
宇土・網田一平岩間の模式窪状図
見る角度が異なるので一見平行状不整合の如
くである。
2 . 赤 崎 層
調査地の両端部に赤崎層が 姫浦層群を不整合におおって 分布している。今回の調査で
/
は研究の主対象ではなし、ので 地層の説明は省略する。赤崎 層は平岩の国道沿いでは30cm 内外の細藻石を華底礁岩とし その上に赤色シルト岩が続く。
海岸では両者の接触面の観察 が困難であるが、写真にみ られる如く、明らかに軽微な 傾斜不整合で、道路沿いでは
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1.成層状態
姫浦層群は国道沿いではゆるい傾斜で西方 へ傾いている。そして侵食に対しては砂岩の 方がよりつよいので差別侵食の結果宮崎の青 島の海岸と同じ風殿を呈している。これらは 砂と泥が交互にたまったもので砂と泥という 栂成物質の違いにより地層が極めてよく観察 される。又景行天皇石碑下の海岸等では写真 3の如く地層の露頭線を地質図に記入する時 の勉学をするのに好適なところが沢山ある。
2.摺曲
この付近では写真6の如く姫浦層群と赤崎 届群との間には軽い傾斜不整合が承られるが 両者の地質構造は略同じで、このことはこれ らの地層にみられる摺曲構造が両者の堆積後 出来たことを示している。その運動は第三紀 中頃の高千穂変動といわれているもので、天 草では流紋岩をはじめとする多通の火成岩の
貫入を伴っている。
平岩の海岸では写真5と写真6に示す如き 背斜向斜が観察され、複雑な櫛造を呈してい るが両図の如く小規模な背斜向斜であるため に却ってこれらの椛造を一望の下に観察出来 て便利である。
4.崖錐堆積物及び沖積層
この山地は侵食をうけた期間が比較的長か ったので地質図に示す如く、古屋敷の北方尾 根では凝灰角喋岩が侵食しつくされて基盤の 姫浦層群が露出している。このような侵食に よる崖錐堆積物は網田駅東南方の斜面にゆる い地形をなして分布している。又この一部は 平岩赤瀬間や網田海岸で地滑りをおこしてい る。網田駅の周辺や古屋敷には沖積低地が分 布している。
この地域の地質教材
5 . 断 層
平岩の少し網田よりの道路傍に写真2の如 き断層を観察しうる。これ』ま北の方の海岸に ものびており、断層ののびも数えることがで きて好適である。断層では断層面より上の岩 塊を上盤、下の岩塊を下盤と称し上盤が下方 へ変位したものを正断層、上へ変位したもの を逆断層とし、一般に圧縮力による逆断層は
低角度のことも多い。この場答は断厨面iが多
少左の方(東の方)に傾いているが、恐らく これは略垂直でこの断層がのびてゆけばここ では東傾斜ではないように考えられる。とも かく写真2にみられる如く断想面より(西)
のブロックでは地層が恐らく下方へ変位右し、
そのひきづりの為の折れ曲がりを示しており、
図の右方の断層は明らかに正断層であるが左 方の主断層もその断層面が局部的に東へ傾斜 しているらしいので正断層であろう。正とか 逆とかいうことは約束事であるからその変位
の様子をよく説明することが大切である。
4.生痕化石
化石には貝殻や骨のような古い時代の生物 の遺骸もあるが、生物のつくつメニ巣のように 生活の遺跡が残っているものもある。こうい
う遺跡も昔これらが含まれている地層がどん な場所で出来たかを示す重要な手がかりとな ることがある。
景行天皇の石碑の下の海岸や、平岩の不整 合下の砂岩頁岩互層中には砂岩にも頁岩中に も虫の巣のあとが沢山承られる。水平的に拡 がり枝分れしているものや(写真9)、垂直 に入っているものもあるが、頁岩中のもので は上の砂岩との境界面よりはじまって頁岩中.
で終っている\ものがある。これは上の砂の層 がたまる前の泥底に穴をあけていたもので、
その後砂でおおわれたわけである。もしこの 地層が摺曲などで逆暖すると、頁岩の中に上 方ぺ句って細まっている穴があることになり
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写真1海底地滑りでできたふとん岩
亜毒琴
琴白 ゴエ
写 真 3 策 行 天 晶 石 碑 下 の 砂 岩 ・ 興 岩 細 互 僻
写 真 5 平 岩 海 簾 の ゆ る い 背 斜
写真7平岩海岸の姫浦層群と赤崎隔 一の軽微な傾斜不整合
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写典4平端の国道 傍の断臓・地臓の ひ き づ り が よ く 観 察 出 来 為
写爽6昌階海岸のゆるい向斜
写 真 8 平岩国道傍の赤崎胴と姫浦曜 群の不整合
手袋の上端の面が不整合面
写真9平岩海岸の砂岩中の水平方向 にひろがるパイプ状の生痕
含角閃石複輝石安山岩
.(宇土市網田南方産)
虫が上から穴をあけること湯盾し、地層の
逆転を示す。長浜や網田の海岸で現在の干潟 の虫の巣を観察し'よう。
5.ふとん岩と巨大な花問岩喋 おこしき海水浴場の海岸には厚さ1m前後 の傑岩が2屑、砂岩、頁岩の互屑中に挟まれ ていて、そのうち下位の喋岩とその下の砂岩
写真10平岩海岸の頁岩中のノジユー
・ ノ レ
頁岩互層の部分が写其1 1の如く丁度ふとんで くるんだような恰好を『
呈している。
昔摺曲(横臥)(横 だお、しになった)の例 として或博物の教科書 にのったことがある。
しかしこれを摺曲とす ると、まっすぐだった 地厨をたどると図の如 く砂岩頁岩の互層が牒 岩の中につっこんだり して普通の摺曲と異な る曲部的なものである ことだろう。これは地 層がたまってまだかた
まらない前に海の底で るノ海底地滑りがおきてま
だ完全に固まっていな い地層がおれ、牒岩の 中に砂岩、頁岩互層の 部分がつきささったような形になったのであ
る。との互層には喋岩が2層挟まれており、
上の藤岩には長径が3m近い花局岩藤等も入 っており、地滑りした部分が不均等な力もう けただろう。ここから網田の方へ80m程いっ た海岸に』やはりこんな大きな花尚岩藤をもっ た陳岩の部分がある。これらの大きな花尚岩 牒はその由来した原地があまり遠くない土地
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であったことを示し、宮原花間閃緑岩の一部.
が宇土山地の安山岩下に存在することを暗示 するものがあるかもしれない。
6.不整合
平岩の海岸では写真7に示す如き軽い傾斜 不整合が下位の姫浦層群と、上位の赤崎層の 間に易 られる。両者が交叉していることは写 英7から明らかで、従って、姫浦層群堆積後 この土地が陸化し、その後沈降して赤崎層が 堆積する迄の間に姫浦層群が変位したことは 明らかで侵食作用も勿論働いている。この図 は南北方向の境界を示しているが、写真8の 方は国道沿いで東西方向の断面で、ここでは 両者の間に殆ど平行状である。従ってこのよ うな不整合面の観察は立体的にみることが如 何に大切かがわかるであろう。この刀整合面
参 考 文 献
lま天草松島町の中之島や、松島町役場か千厳
山への登山路の横にも露れており、これらの
標子を総合するとより立体的な不整合面の性 質が見分けられるわけである。
スノジユール(団塊)
引当当海岸の砂岩・頁岩互層中の頁岩は写真 10のような団塊が沢山含まれている。これは ノジュールと称し、ここでは石灰分が多く堅 い。ノジュールの中には珪酸分が多かったり 中には黄鉄鉱が多いものもある。又こういう
ノジュールの中には中心に化石が入っている ことも多いがここでは稀である。この付近の 地層を分けるとき、このノジュールがこの層 準に特徴的に出てくるのでこの性質を基準と
して、地層を細分したが、ノジュールの出来 方やその生成雲境の解明は重要な問題である。
Amano,M(1962);TheGecmogicHigto可CrtheP臼ユeo‑BhiranmnBayint2コe Neo‑CretaceouBPbripd.(Pt2RegionaユGeoユ、訂・)KmamqotoJ血.
Bci・国運BjBectlQeoユo四,VOユ,5,蝿1 植田芳郎・古川允凡(1960);天草上島の姫浦層群、九州大学理学部
研究報告地質学之濁j第5巻第1号
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