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* 山形市白鷹山麓の陸成層

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Academic year: 2021

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(1)

山 形 市 白 鷹 山 麓 の 陸 成 層

山 野 井 徹 *

は じめ に

土 の中か ら土器が出て くる.この ことは別 に珍 しい ことで もな く,当た り前 の こととして見過 ごして しま いそ うな ことである.しか し,古代人が ,それ らを土 の中に意図的に埋 めた ものでない とすれば ,なぜ土 の 中に土器があるかは実 に不思議 な ことである.土器が も ぐり込む もの と仮定 し

,

これを真剣 に実験 した考古 学者 もいた .地質学 では上 にある物 が ,その下 の地層 に も ぐ り込 む ことは基本原理 に反す ることである. し か しなが ら,土は地層 と違 うのであれば ,その よ うな ことが起 こ り得 るか も知れ ない.では一体 , 「 土」とは 何 であろ うか .自然科学 の世界 では 「 土

は , 「 土壌 」

(これには 「 古土壌 」 も含 める) として扱 うことがで きる.土壌 は ,一般的には母岩 ( 地層や岩石)があ っ て ,それが風化 した物 に地表 で堆積 した植物遺体が分 解す るな どしてで きた腐植 が交 じり込 んで形成 され る

と解説 され ている.

ここで地表 ( 土壌 の表面) に置かれた物質について 考 えてみ よう.まず ,有機物 である動植物 の遺体 は菌 類 に よって分解 された り動物 に よって食べ られた りし て細片化す る.これ らは化学的な分解 に よって腐植 と な り,雨水に溶けて地 中に浸透す る.つ ま り腐植 は上 か ら下‑ も ぐ り込 んでい くことになる.他方 ,無機物 である磯や土器が地表 に置かれた とす る.これ らはそ れ 自体 で土壌 中に も ぐり込む ことはない .また ,どん なに落 ち葉 な どの有機物 が上 に重 なろ うとも,有機物 は最終 的には分解 して地表 に残 らないか ら,磯や石器 な どの無機物 はそのまま地表 にある.ではいつ まで も 地表 にあるか とい うと,そ うあることは難 しく,いず れは運 ばれた り,埋め られた りす ることになる.運 ば れ ることは浸食作用が ,埋 め られ ることは堆積作用そ れぞれ働 くことである.

現在 の地表 において,無機物 の堆積量 がその浸食量 よ りも多い場合は ,堆積物 は累積 して残 る し,少 ない 場合は残 らない .したが って ,土器を埋積す る よ うな 土壌 は堆積物 である.ただ し,土壌 とは ,室 内に もっ て きて乾燥 した よ うな物 は土壌 と言わない ように ,土 壌 として現在機能 しているものを言 う.こ うした表層

*

山形大学理学部地球環境学教室

の土壌が ,堆積物 として ,深 く唾横 していけば ,土壌 としての機能 を失 ってい くことになる.この よ うな , かつての土壌 を 「 古 土壌 堆積 物 」 と呼 ぶ こ とに した い .す なわ ち , 「 古土壊堆積物」は,地表 において ,腐 植 を集積す るな どの土壌化作用 を受けなが ら,累積 し た堆積物 である.この ように考 えると,水成 の堆積岩 が ,かつての水域 の底質 の環 境 を反 映 して い る よ う に,古土壌堆積物 はかつての地表 の堆積環境を反映 し ているに違 いない.

堆積条件が整 えば ,こ うした古土壌 は各地 に残 され ているはずである.そ うした古土壌を探 していたが , 今回 ,山形市西部 の 白鷹 山麓 で見つか ったので,その 形態を報告 し,堆積機構 を考 えてみ ることに したい . なお ,本露頭を観察す るに当た り,現地 で種 々の討 論を していただいた本 田康夫氏 と田宮良一氏にお礼 申

し上げ る.

露頭の観察

露頭 は山形市か ら 「 県民 の森」 に至 る道路 の拡幅工 事 に よる切 り取 り法面 の もので ( 写 真 ‑ 1) ,図 ‑ 1 の○ 印にその位置 を示 してある.

写真

‑ 1 切 り取 り法面として現れた露頭 ( 東側)

地層 は約 1 5m の厚 さで見 られ ,ゆ る く西に傾斜 して い る.ただ しこの傾斜は山腹 の地表面 の傾斜 とほぼ平 行す ることか ら構造運動に よるものではな く,堆積時 の面 である と考 え られ る.露頭 の地質柱状図は図 ‑2

に示す とお りである.岩質 は淘汰 の不良な基質に安 山

岩 の円磯 を伴 うもので ,大局的には磯 の多い部分 (G

(2)

6 6

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赤褐色岨粒 ローム質

2枚のテフ

褐色ローム質

磯交じりローム質

山 野 井

‑2

地質柱状図

層) と少ない部分 (S層)が互層 をなす ものである.

G 層 は ,その最下位 で下 の S 層 を切 って明確 な境界を もって接 し,中位 では磯が少な くな り,上位 では S 層

写真

‑ 2

露頭の西側 (下半部が見 られる)

に漸移す ることが一般的に認め られ る.こ うした G 層 で始 ま り S 層 に移化 して再 び上位 の G 層 に切 られ るま での一連 の地層 は ,本露頭 で くり返 し見 られ ることか ら,堆積 の 1 単位 とみなす ことがで きる.これ らの単 位 は ,下位 よ り, L , M‑P , Q と ‑ 6 つのユニ ッ トに 記号を もって表す ことがで きる ( 図 ‑ 2) .各 ユ ニ ッ

トごとの岩質は次 の とお りである.

L 層 :切 られた露頭 の範 囲で見 られ る最下位層 で , 細磯 を含む ローム質層 である ( 層厚 :1m 以上).

M 層 :下位 よ り大磯交 じり粗粒 ローム質土 ( 5 0 c m) , 細磯交 じり粗粒 ローム質土 ( 2 0 c m) ,ローム質土 ( 1 5 ‑ 2 0 c m) ,細磯交 じりローム質土か ら大磯交 じ りロー ム 質土‑ と逆 グ レーデ ィソグ状を皇す る地層 で,最大 4 0 c m の ロー ム質土 の レンズ層 を爽 む ( 層厚 : 1 2 0 c m). 磯

‑ 1

露頭の位置

(

○印) と周辺の地形

(3)

写真

‑3 N 層とその中に見られる小断層

の多 くは風化が激 しく,いわゆる 「 腐れ 磯」 である.

N層 :疎 の多い部分 と磯が比較的少ない粗粒 ローム 質土の部分が不連続な層状をな して,不規則 な互層状 に重 なる ( 層厚 : 20 0 c m) .なお,このN層の中には上 位 の磯層に よって削 られ る小 さな逆断層がみ られ る.

この断層面 の方 向はN40oW ,4

0o

Nである ( 写真 ‑ 3).

0 層 :大磯以下の円磯を不規則に含む粗粒 ローム質 土である ( 層厚 :約30 0 c m).ほぼ中央部に連続性のあ る3 0‑40 c m の褐色 ローム質土がある.上位 の粗粒 ロー ム質土の中には微小断層が見 られ る ( 写真 ‑ 4).

P層 :下半部に大磯以下 の円磯 の密集す る部分があ り上位‑ほ粗粒 ローム質土‑ と漸移す る ( 層厚 : 150 c m) .写 真 ‑ 5 は最 下 部 の硬 質 部 が 下 位 の 0層 を

シャープ に切 る状況である.

Q

層 :円磯 の多い下半部 とローム質土を主体 とした 上半部か らな る( 層厚 :約500c m) . 磯 のほ とん どは風 化 が進 まず ,r 腐れ磯」化 していない . 中位 のやや下位 に テ フ ラ状 の堆 積 層 ( 2‑ 3 c m) が 2 層 認 め られ る ( 写 真 ‑ 6) .これ よ り上位 の ロー ム質層 は赤 色化 が

写真

‑4 0 層最上部の粗粒ローム質土と微小断層

写真

‑5 P 層の最下部が下位の○層を切る状況

写真

‑ 6

Q

層の中位に見られる 2 枚のテ7う

著 しい.地表下5 5 c m か ら 25 c m の厚 さで クロボク土が発 達 している.この クロボク土の下位は下の ローム質土 層か ら漸移す るが ,上限は地表 に続 くローム質土 ( 3 0 c m)にシャープに覆われ る.

白鷹火山の形成 との関係

白鷹 山は第四紀 の古い火山で ,火山体が形成後 ,大 崩壊を起 こして現在見 られ るような多 くの沼や丘を形 成 した と考 え られている ( 山野井 ,1 9 9 0 ).大崩壊が , 火山体 の陥没 に よるものなのか ,大地すべ りに よるも のであるかは不 明である.白鷹火山の崩壊地 内にある と考 え られ る地塊 は破壊 されているのに対 し,崩壊地 の外の地層は成層構造を もっている ( 山野井 ,1 9 90 ).

本露頭で見 られた地層は,大崩壊地外の白鷹 山高原放

牧場付近で見 られ る地層 と同様に成層 している.した

が って,本地点の堆積物は大崩壊にはかかわ らなか っ

た ことを示 しているし,地形的には図‑ 1に示 され る

ように ,ゆ るい斜面を形成す る地層 である.ここの周

囲の地形は,火山体形成後か ら現在に至 る激 しい浸食

に よってかつての白鷹火山の山麓地形はす っか り失わ

れて しまっているのに対 し,ここのゆ るい斜面は白鷹

山の本来の山腹 の姿をわずかに とどめている部分 と考

(4)

6 8 山 野 井

図‑3 大沼西方の露頭に見られる火砕流堆積物とそれに爽まれた古土壌 ( 表面は火砕流の勲で炭化)

えられ る.したが って ここの地層は 白鷹 山の山麓が ど の ようにできたかを解 く鍵 になるはずである.

本地点の地層は前述 の ように ,い くつかのユニ ッT が重な っているものである.それ らのユニ ッtは下位 は磯 の含有が卓越 し,上位 は粗粒 の ローム質土が優勢 であるとい う共通性がある.したが って,まずは この ユニ ッ トの形成機構を考 えてみたい.

ユニ ッ トの最下位は下の地層を切 る円磯を主体 とし た地層である.この地層 の堆積機構 は,かな りの運搬 エネルギーを伴 うもので,その磯 の堆積が ,不連続 , 不規則であることを考 え合わせ ると,具体的には土石 流的な ものが考 え られ る.これに対 し,上位 の粗粒 な ローム質土は

,

運搬エネルギーが よ り小 さな静かな堆 積環境であったはずである.ラ ミナの発達が見 られな い ことか ら堆積 に継続的な流水の関与はなか った と考 え られ る.そ うなると,堆積 の主体は風成に よるもの が予想 され る.ローム質土の堆積が ,火山灰の堆積 と は無関係の風成層 で あ る ことが最近 明 らか に され た ( 山野井 ,1 9 9 6 ).したが って,ここの ローム質層 も風 成層 と考 えて良いであろ う.

以上の ように本露頭 の堆積 は,磯 を主体 とす る部分 は土石流 ,ローム餐土を主体 とす る部分は風成層 と考 え られ るので,両者 は ,急激 な堆積 と静穏 な堆積 に よって形成 された対照的な堆積物 であるといえる.

さて,白鷹山の形成 は ,火山体 のいろいろな部分の 地層 の形成史を総 合す る ことで 明 らか にな るで あろ う.本露頭は 白鷹火山の中央部か ら離れた山裾 に近い 部分である.したが って,火山体 の中心部を構成す る 地質 との対応関係が明 らかになれば ,白鷹火山の全体 像 の一端を明らかにできるであろ う.写真 T 16 は火山 体の中心部に近 い と考 え られ る大沼西方 の小丘の断面 である.この露頭の観察に よるスケ ッチは図 ‑ 3 に示 す ( 山野井 ,1 9 9 5 ). この露頭は大崩壊に よる 2 次的な 破壊を受けてはいるが ,い くつかの火砕流 のユニ ッ ト

があって,その間に古土壌 が爽 まれ てい る もので あ る.火砕流は噴火に伴 って急激な堆積を もた らすのに 対 し,爽 まれ る古土壌 は次 の火砕流 の流下があるまで の間にゆるやかに堆積 した風成堆積物を主体 とす る地 層である.この露頭で も急激 な堆積 と緩やかな堆積に よってで きた地層が重 なっている.そ こで,こ うした 両露頭 の地層を対応 させて火山体 の形成 を考えてみた い.

まず ,急激な堆積を した火砕流 と土石流堆積物 の形 成を考 えてみる.白鷹 山は火山であったか ら,時期が 来 ると一定期間火山活動が続 く.すなわち,火 口か ら 溶岩 の噴出があったであろ う.白鷹 山の場合 ,マグマ の粘性が高いためか溶岩流の発達が悪 く火 口か ら遠 く にまで達せずに,火砕流 とな っていることが多い.し たが って活動期には火 口近 くには多 くの火砕流堆積物 が堆積 したはず である.火山体の上部に,短期間の内 に火砕流堆積物がたまれば,降雨な どがあった場合 , それが土石流 とな ってさらに下方‑再移動す る.こう して再移動 して円磯 とな って堆積 した ものが ,山腹 の 下プ封こある土石流堆積物であると考 えられ る.こうし た上部の急激な浸食 と下方の土石流の堆積は,火山活 動がおさまった後 もある期間続 き,火 口付近が再び安 定 した角度の斜面になるまで継続 したであろ う.

他方 ,火砕流に爽 まれている古土壌や ,下方 の土石 流堆積物 の間の ローム質土は火山活動の休止期の静穏 な時期に,風成粒子を主体に堆積 した地層 である.こ うしたゆ っ くりと堆積 した地層 の堆積環境を よ り具体 的に求めるな らば,それは現在の山腹斜面を考 えれば よい.すなわち,植物 に覆われ ,土壌が形成 されてい る地表 である.土壌はその最上部は植物の分解過程に ある遺体や腐植に富み (A 層),徐 々に下方 ‑無機 質 な土壌 ( B〜 C 屠 :現在 の東北地方 で あれ ば ,「 褐 色 森林土 」) に移化 している.

火砕流に爽 まれた古土壌 は当時の土壌層位を よく保

(5)

l

写真 ‑7 大沼西方の火砕流とそれに爽まれた古土壌,矢印は古土壌の表面で写真 6 の位置

存 している.すなわち,最上部層 は茶黒色の腐植に富 む地層である.この地層 の最上部には炭火 した薄層が ある.この炭化部は黒い燃焼炭状 とな っていることか ら,植物遺体が徐 々に炭化 していった ものではな く, 当時の地表を突如 と しておお った火砕流 の熱 に よっ て ,地表部にあった植物や植物遺体に富む土壌 の最上 部 のA層 が燃焼 してで きた もの と考 え られ る . ( 写真

写真 ‑8 古土壌の表面は火砕流の熱のため燃焼炭化

‑ 7). 茶黒色土の下は レンガ色を した赤色土であ り, 両者の境は漸移的である.このことか ら,当時は,腐 植 に富む表層部の土壌 である A 層 の腐植が分解 されれ ば赤色土が形成 され るような環境であった ことが推定 され る.この環境 は,現在 の褐色森林土ができる環境 とはかな り異な っていたであろ う.この ように当時の 土壌が土壌層位を残 したまま良好に保存 されているの は ,厚い火砕流に急激に覆われ ,地下深 くに埋設 され ることに よって地表 の酸化的な環境か ら遮断 されて

,

分解が進 まなか ったため と考え られ る.

山腹下方の土石流 の間の ローム質層 には土壌層位を 認めることはできない.すなわち,腐植土に富む部分 は残 っていないか らである.これは当時の腐植に富ん だ表土が,土石流に覆われた後 も分解が進んだため と 考え られ る.つ ま り,土石流の厚 さが腐植の分解を止 めるに十分な厚 さではな く,酸素が供給 されたために 腐植 は分解 されて しまった と考 え られ る.

ま と め

山形市 の西部 ,白鷹 山地 の裾部で,道路の法面工事 に よって,山地が形成 された ときの堆積物 ( 陸成層) が出現 した.この露頭では,陸成層 の 6 つのユニ ッ ト が議 め られた .各ユニ ッ 吊ま下部は円磯層が優勢で, 上部は粗粒 の ローム質土が優勢な地層か らなるもので ある.これ らの陸成層 は,火山体の上部の大沼付近に ある火砕流堆積物 とその間の古土壌堆積物 とに対比 さ れた .その結果 ,下部の円磯層は火山活動が活発な時 期に,土石流 として上部か ら供給 された ものであるの に対 し,上部 の粗粒 の ローム層 は火 山活動 の休止期 に,斜面に緩やかに堆積 した風成堆積物を主体 とす る 古土壌堆積物 であると考 え られた .

引 用 文 献

山野井 徹 ( 1 99 0 )山形市西部地域 の山地の形成 と浸 食 .西 部地 域 自然環 境調査 ( 報告書),山形市 , 1 5 9‑1 6 9.

山野井 徹 ( 1 9 9 5 )山形市西部 (白鷹)山地 の形成 . 山形応用地質 ,1 5 号 , 9‑1 6.

山野井 徹 ( 1 9 96)黒土 の成 因に関す る地質学 的検

討 .地質学雑誌 ,第1 0 2 巻 ,5 26‑5 4 4.

参照

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