1 9 フ 7 年 夏 季 四 国 巡 検 会 報 告
今年の夏は、8月1−4日(3泊4日)の 日程で、四国西半部の地質巡検会が実施され た 。 佐 伯 か ら フ ェ リ ー で 宿 毛 に 渡 り 、 土 佐 清 水、足摺(泊)、佐川盆地、高地、室戸、高 知(泊)、面河、石鎚山、久万、砥部、松 山(泊)、八幡浜からフェリーで臼杵に渡る コースで、四国西半部の四万十帯、秩父帯、
三波川帯と砥部の中央構造線を観察した。
案内は熊大教育学部、田村実先生、参加者 は27名、7台の車を連ねての旅行であった。
田宿毛一土佐清水海岸一足摺岬
(1)土佐清水海岸の四万十川層群
宿毛港でフェリーを下船すると四国上陸で ある。宿毛から土佐清水の海岸へ国道321 号線を南下する。この国道は、四万十川層群
を走向にほぼ直角に切っている。道路のカッ ティングで、この層群特有の砂岩頁岩互層が
しばしば見られる。狭い国道を上り下りして やっと土佐清水の海岸に出ると、そこには、
眼を見はるばかりの岩石海岸と紺青の太平洋 が待っていた。
この海岸の四万十川層群は、イノセラムス 等の化石より上部白亜系とされてv,る須崎層 の一部で、砂岩頁岩の規則正しい互層が主体 をなしてv,る。その中のやや厚v,砂岩が太平 洋の荒波の浸食に抵抗して、ゴツゴツとした スケールの大きい岩石海岸を形成し、その背 後には数10mの海食崖が切り立っている。約 lOKraも続くそのような海岸を海食崖にへば りつくようにして卜・ライフ.していると、遠く 四国まで来たとv,う感がする。との一帯(竜 串より西方の幡多半島)には、明瞭な海岸段 丘がない点、後述の土佐湾の海岸とは対しよ 的である。
第 一 高 校 徳 山 康 浩
凡 例 A : 須 崎 層 B:清水廟 cg:レキ岩 c : 三 崎 刷 り : 海 岸 段 丘
准 積 物 E : 花 ゴ ウ 岩 類
l : 叶 岬 2 : 趣 串 3 : 松 崎 4 8 滴 水 港 5:足摺岬 6 : 蝦 崎 7 : 仰 j 崎
図−1:竜串一足摺岬付近の地質図
② 竜 串 海 岸
土佐清水市下川口から竜串、三崎間の海岸 は、急に穏かな砂浜さえある海岸となる。こ こには、前記の須崎層と始新世の清水層には さまれて(断層関係)、漸新世後期の宿毛層 群三崎層が、くさび形に分布している。との 三崎層は時代が新しく余り固結していないの で須崎層などに比べて風化浸食には格段に弱
く地形が一変するのである。
三崎層は、大体、優白色の砂岩泥岩の互層 から成り、この地層中には、クロスラミナ、
ノジユール、サント・パイプ、スランピングな どが発達し、その構造が海岸に洗い出されて 美事である。砂岩層が海岸浸食を受けて蜂ノ 巣の様になっている部分もある。
竜串海岸を一周した後、日本最大とかv,う 海中展望塔に入った。満ち潮に乗って来る魚 群もさるとと乍ら、塔下の海岸に見られるク ロスラミナのスケールの大きさには、一同感 嘆して、カメラを向けていた。
(3)足摺岬の花コウ岩類
竜串の東方から足摺岬にかけては、海岸段 丘がよく発達してv,る。土佐清水市松崎の海 抜20‑25漉の美事な段丘地形をカメラに納め て足摺岬へ向う。足摺岬泊。
足摺岬の貫入花コウ岩類の年令はIZm.y.
(中新世後期)である。後述の面河、ある v,は本県の市房山などと共に、外帯花コウ岩 類には、この時代のものが多い。
尚、との項は、地学会誌妬50.「中国.匹 国の地質有名地を訪ねて」(田村先生記)を 参照のこと。
図足摺岬一佐川盆地一室戸岬
(1)中村市を流れる四万十川
足摺岬を後にして、数々の海岸段丘を眺め 乍ら、国道321号線を北上する。土佐清水 市と中村市の境、伊豆田峠を越えて山を下る と四万十川畔に出る。熊本県の地質を語ると き、いつも口にしてきた四万十帯の発詳の地 である。
四万十川は、流域、流量とも、球磨川より 一まわり大きv,大河で、その豊かな水は悠然 と 流 れ て い た 。 た だ 、 こ の 四 万 十 川 で は そ の 河口に三角州がない。これは、海が急に深く なっていること、外洋性の海に洗われている ことなどで、三角州がなかなか発達しなv,た めであろう。
四万十川を渡り中村市の市内に入る。これ から国道は56号線となる。
(2)佐川盆地の鳥巣石灰岩とタ.オネラ 中村市を過ぎて須崎市迄の国道56号線は、
5万分の1の地形図を斜めに2枚もつっ切る たいくつな長v,行程であった。その間の地質 は、四万十川層群の野々川層と須崎層(とも に上部白亜系)で、単調な砂岩頁岩の互層が 続く。須崎市で車に給油した後、ぃよv,よ佐 川盆地へ向う。
須崎市小浜で国道56号線と分れて勝森の 山へ向って北上する◎宮ヶ谷を過ぎた当りで 道路は仏像構造線を切っているが、露頭が悪 く断層の位置は、はっきりしない。しかし、
急 に 石 灰 岩 塊 が ゴ ロ ゴ ロ と 眼 に つ き は じ め る ので、秩父帯に入ったことがわかる。勝森の 山腹を廻って道が下りにかかると、佐川盆地 が眼下に開けてくる。ここで車を止めて、佐
川盆地の地質について田村先生の話を聞くo 眼下を真直に北上する道路のつき当りに、鳥 巣統と鳥巣石灰岩の名の発詳の地である烏巣 の部落があった。天気は!快晴、一同カメラに 収めて鳥巣石灰岩の産地へ向う。
佐川町下美都岐の石切場横で、サンゴ、ス トロマトホーラ、シダリス(ウニ)の練など の入った烏巣石灰岩を採集した。本場物のた めか、なかなか採集を終えてくれない会員を せき立てて、次の蔵法院へ向う。
蔵法院統(三畳紀ラディニック世)の化石 産地は、佐川町の東部、国道33号線のすぐ 北側にある。産地は住宅地の裏山で、28人も 行ってハンマーを振るうのは問題だというこ とで先生の説明を聞くに止めた。化石は、前 夜のミーテ, ングで、石膏模型を先生にいた だいていたので、採集は断念した。
日高村のドライブインで、途中からはぐれ てv,た5号車ともうまく合流でき、昼食を済 まして、遥かなる室戸岬へ向う。
(3)室戸岬まで(海岸段丘、砂岩岩脈等)
当初の計画では、行程上少しむりだという ことで、室戸岬は予定に入れてなかったが、
前夜のミーティングでの参加者一同の強v,要 望から、強行することになった。
高知市内をぬけ、広庵とした高知平野を卜・
ライブして物部川を渡り赤岡町に来ると海岸 に出る。物部川河口の両側には、長く砂喋の 浜堤が続くが、赤岡町も、その浜堤上の町で
ある。
手結から室戸岬までの約50Kmの海岸は、
岬と浜が交互するが、岬では海岸段丘が美事 である。手結.安芸川の間は須崎層、安芸川 を渡ると室戸岬迄始新世の室戸層群の地帯と なる。室戸半島及び足摺岬一帯の海岸段丘は、
大きく高中、低の三段丘面に分けられるが、
その中でも中位段丘面の発達が最も著しい。
この中位段丘面は、関東の下末吉段丘面 (s面)に対比されている。下末吉面直上の 軽石層の年代は12−13万年前とされている。
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写真l:海岸浸食によって生じた蜂ノ巣状 の三崎層の砂岩(竜串海岸)
写 真 3 : 三 崎 畷 中 の ク ロ ス ラ ミ ア
(竜串海中展望塔下)
塁罵3闘露
写真5:室戸半島の海岸段丘(手前が行 当 岬 、 先 が 室 戸 岬 、 高 、 中 、 低 位の三つの段丘面がよく分る。)
汎世界的にも、ほぼこの年代の最終間氷期の 海進が知られている。一般に、海岸段丘面は 海進に続く海面停滞期に形成され、その後の 急、速な海退によって海岸段丘が出現するとさ れている。との土佐湾両岸に広く見られる中 位段丘面(s面)は、下未吉海進期に形成さ れたと考えられている。さらに、このS面の 高度は半島の先端部で最も高く、湾奥のもの 程低,ハことが顕著な事実として知られている。
鍵
写真2:三1埼層中のスランピング
(竜串海岸)
写真4:室戸層中の砂岩岩脈(室戸半島、
羽根岬)
図−2砥部時階の中央構造線の概念図 [z:和泉層部Kg:久万屑群 Mr:領家変成岩類Gr:領家花コウ岩類 8a:三波川変成岩類(高橋1977による l征L:中央椛造線
室 戸 岬 羽 根 I 穴 広 室戸半臆 1 9 0 " 1 2 0 ' 6 0 m
足 摺 岬 蟻 醐 松 嶋 足摺I'll 6 0 魂 30斤 30in
(土佐湾岸のS面高度の変化)
との事実は、最近のプレーl、テクトニクス
で、南海トラフから四国の下へもぐり込むフ
イリピン海プレートの押し上げによる傾動と 説明されている。
室戸岬への途中、羽根岬では室戸層群室戸 層中の砂岩岩脈を観察した。この室戸層中の 砂岩層には、色々な底痕や堆積構造が発達し ている。今回は時間の都合で、砂岩岩脈だけ 観察して、室戸岬へ向った。
室戸岬は、低位段丘面上に集落が発達し、
その背後に100恥以上の崖が切り立ち、その 上にS面が広く発達している。室戸岬の先端 には、室戸層に貫入したハンレイ岩と室戸層 のレキ岩があって、これらが海岸浸食に抵抗 して岩石海岸を形成している。とのハンレイ 岩は、主に斜長石と輝石の大きな結晶より成
るoとのハンレイ岩を採集した後、高知市内 へ引き返した。高知泊。
中に細く分布する紅レン石片岩を採集し、そ のきれいな微摺曲のある露頭を観察した。さ らに、少し上流の面河村昼野では白い石英の 微摺曲の発達した黒色片岩を採集した。また 面河漢入口のドライブイン横の谷川の川床で は、きれいな緑色片岩が見られた。
回高知一面河渓・石鎚山一砥部一松山
(1)三波川帯の結晶片岩
高知より国道33号線を松山方面へ向うo 県境近く迄は、ずっと秩父帯である。佐川か ら河内ケ谷をトンネルで越し、横倉山を望み ながら越知町を出、仁淀川に沿って西進する。
県境に近v,吾川村秋葉口付近で、三波川帯に 入る。
ととから愛媛県の美川村御三戸迄の面河川 沿いは、三波川南縁帯u,わゆる御荷鉾帯)
で、秩父帯と三波川帯主部の漸移帯である。
黒色片岩・千枚岩及び緑色片岩から成る変成 度の低い地帯で、その大量の緑色片岩の原岩 は、大部分、海底火山活動による塩基性凝灰 岩だとされている。また、その活動の時代は 秩父帯北帯との対比から、中部二畳紀とされ てv,る。私達は、その緑色片岩を上浮穴郡美 川町本組で採集し、次の目的地へ向った。
美川村御三戸の橋を渡ると、清水構造線
(いわゆる御荷鉾構造線)を切って三波川帯 主部に入る。ここから面河漢入口迄の面河川 沿いには、黒色片岩帯と緑色片岩帯が2回く
り返して出ている。美川村横山で緑色片岩帯
(副面河漢と石鎚山(石鎚円形岩体)
面河漢入口のドライブインで昼食を済まし 面河漢へ向う。面河漢は細粒花コウ岩が浸食 されてできた谷で、河岸にそそり立つ花コ ウ岩の絶壁を見上げ、在た、清涼な流れに夏 の暑さをしばし忘れた。との花コウ岩類は、
天狗岳火砕流に貫入したものである。
面河漢入口へ引き返し、そこから、石鎚山 スカイラインを登る。道は、石鎚陥没カルデ ラの東縁近くを、カルデラ内に入ったり出た りして登ってv,るo道路横のカッティングで は、三波川結晶片岩と石鎚円形岩体との内側 へ傾いた境果面(断層?)も見られた。
石鎚円形岩体の主体をなす帯黒色安山岩質 岩石は、従来、両輝石安山岩とされていたが 最近の研究で、均質ち密な火砕流堆積物とさ れ天狗岳火砕流と呼ばれている。この円形岩 体は、大規模な火砕流の噴出、陥没カルデラ の形成、環状岩脈と花コウ岩類の貫入と う 一連の活動で形成されたと考えられている。
そして、現在は、その下部構造が見えている と解されている。この火成活動は、前記の虹
〈、中新世後期である。
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内帯
外帯
和 泉 層 群
帯 1 局
V、
一