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『舞の本絵巻』の制作をめぐる諸問題

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Academic year: 2021

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『舞 の 本絵巻』 の 制作をめぐる諸問題

付 、 幸若 舞曲 の 絵 入り本一覧稿 (増 補改 訂)

小 林 健 二

要旨

舞の本絵巻』は江戸初期に刊行された絵入り版本「舞の本」三十六番を粉本に制作された大部で豪華な揃いの大型絵巻で

ある。三十六番が絵巻として作られたと想定できるが、現在は散逸して国内外に十二軸十五番のものと六軸十一番の二系統

の伝本が確認できる。それらを悉皆調査して「舞の本」から豪華な絵巻へと作られた様相を考察し、同時代の文芸享受史へ

の位置づけをはかった。さらに、「舞の本」を粉本として豪華な絵本も同じ工房で作られたこと、これらの豪華な絵巻・絵本

が松平家などの大名によって注文制作されたことにも言及した。また、現存する幸若舞曲を題材とした絵巻・絵本を概観で

きるように「幸若舞曲の絵入り本一覧稿(増補改訂)」を付した。

(2)
(3)

『舞の本

絵巻』と

』についべる、「舞の本につい説明しがあろう舞の本」とは、幸若舞曲の

正本を読み物に用したテキストのあるが、狭義には江戸初期に刊行された幸若舞曲の絵入り整版十六番を

指す。享和二年(一八〇二)に刊行され崎雅嘉編『群書覧』によると

鹿・大職・百合若大臣・信田・・伊吹せ・馬揃・浜・築学・木曾願書・盛・

那須与一伏見常盤問答笛の巻

館・元服盛・小袖討曾我・切・新曲

の三十六番の曲名があげられておりいが一般的であっられる。本古典文学大

59『舞』(

成六年、岩波書店)もこセット三十六番を所る。し、寛十年(六七〇)に刊行された『書籍

録』の「物語草子并舞」は、「剣讃嘆」せ」のわりに「鎌か城」を入、「讃嘆」切兼曾我」

「静せ」の四曲を番外とし掲するなどの出入りはあっようだ。

舞のの刊行時あるが、東洋文蔵丹緑本「文学」と岩瀬文庫「清重の刊記に「寛永一六

三二)申十二月/吉日中野道也梓」とあるとから、寛永年前半に肆中野道也とは

確か渡辺守邦氏は、五季文庫蔵の寛永五年刊『翻訳名義集』の表紙裏に貼り込まれた反故紙に二十三番の

曲の名前が記り、その曲目と「舞の本三十六番の曲目が重なるとを報告さ、反故の書かれた時期が寛

永六・年頃でとから「舞の本」行もその頃であろうとの見解を示されているされるべ

(4)

ろう

需要よう文庫には、「帽子折」「高館」 1)

新たにした三十六番の揃い本がある。の揃い本は版式はそのままに、本文は読み易さをはか句読点を施すなど

訂がまた、挿それの構図を踏襲するもの風は変わおり、従前の「舞の本」の挿絵を

照しなが刻されているこが認めら。こは右五番中の「烏帽子折」に「十二年(一六

亥二月吉日開板之」という刊記があり、岩瀬文庫に単独に存する新刻の「盛」にも「寛永十正月吉日

こと二年にことがかるがれるの本

があっがうかがえよう

幸若とその本・絵巻

くせまい

舞々・舞とも称さ。その淵源は曲舞という中世芸能あり、鎌倉時代にした白拍子舞の芸系を継ぐものと

ている「舞とは書くにお貴顕の日曲舞を聞く、聴聞いうが多く見

ように、主と謡い聞かせる芸能でようだ。能楽の大成者でる世阿弥の伝書によると、「道の曲舞」とい

曲舞専の芸能者は一部除い町初期に衰退ようだが、各地の声聞師などの散所民が余芸として

え、十六世紀には猿楽と並ぶ人気芸能となった。特に若狭国拠とす演じ、織田信

などの戦国大名に重用されるようになる。この芸能を幸若舞曲と称するのも幸若大夫に由来するのる。その内

(5)

るが、初期の曲舞は寺社の縁起などをり聞かせる短いもあったうだが、応仁明の乱あたり

て軍記物を素の物語が語れるようになっ。現在は約五十曲のレパートリーがテキストとしてって

おりのほ義経物・物・源平物・太平どのなどの雄の物語、地族の

を扱物語などを題材といる。

ろで、室代後期あから、物語り物が絵巻や絵本にてら現象がおこっ

くの材料たの伽草子と呼ば物語あり、次ぎにのが舞曲でる。、管見よると

絵巻・絵本に仕立てられた幸若舞曲は約三〇〇点を数え、そ一覧を付録と後に掲げた。絵入り本に作ら

由は、内容がお伽草子と同様に絵化するのに相応しかとと、長くも三巻程度という分量が適いたた

と考えられる。語り物芸としての幸若舞曲は、江戸時代に入ると浄瑠璃などに取っわられ衰退してまうが

一方み物として享受され、り本化れるようになる。そしその絵巻や絵本、「舞の本三十六番が流

江戸前期を境に大きく変する。すち「舞のが刊行された以後に作られた絵巻・のほとんどは「

の本」を粉本としられたもの、その代表的な作例が次に取り上げる『舞の巻』なのでる。

『舞の本

絵巻』の

』は、版本「舞の本」を型の豪チェー・ビーティー・ライブ

ラリィ(以下、CBL)にされる絵巻六軸が早くから知られていた。

2)

その簡単な書誌を示する。

○書写時、江戸前期(寛文・延宝頃)の写。

(6)

○外題金色地の題簽の上半分に「三十六番舞」と墨書され下半分にその巻に所収される以下の曲名が記される。

巻一「ゆり高たち」、巻ふしきは・ときはもんたう・いる但し名の

文はなし)巻四「□」、巻五「笛のまき・来記・剣さんたん」巻六は墨書

○内題、各曲の冒頭に以下の曲名が記されゆりわか大臣」巻二「高たち」巻三清」とき

、巻六「」。

による但し、箱書き題には巻六の題は記されていない)

法、紙高は三三・ンチ。さは各軸二〇メートル前後。

○字髙、約

○表紙、紺地に金緑獅子牡丹唐草綾文様

○見返し、金箔地布目押し文様

○料紙、鳥の子・流網代など金泥の下様が描か

○用字、漢字平仮名交じりで一行の字詰めは二十四字前後とり詰書か、長編の作品

「大職」は二~三軸れる。三十六番絵巻に仕立るとなると大部になる書は

るべくコンパクトに収めたのであろう。

○書体、『太平記絵巻』の詞書筆者と同じ筆跡とられる

3)

○挿絵、細密濃彩の大挿絵り霞が輪郭線を用に金の砂子を散布しようるのが特徴。

、素材は桐。蓋表の右に「三十六番舞」書され右かへ「ゆりわ・ふしみときは・ときはもんたふ

□□未来□さんたん高たち景清曲名が二段にさらに左上に読みづらいが「□

(7)

ら絵」と墨書される。

よう題と書に「三十舞」と記とから、三十六番てを絵巻たも

とが知られ少なくとも二十軸以上の豪華絵巻のセッあったと推測これは林原術館蔵平家絵巻

二十四軸に

4)

匹敵するもの近年発見さた某家蔵『源平盛衰記絵巻十二軸や

5)

海の見える杜美術館蔵『保元・平

物語絵』十二軸

6)

埼玉県立歴と民博物館巻』十二軸よ

7)

りも規模が揃い物でたと

像されある。

BL本の連れと思しき絵としーヨーク公図書館スペサーション討曾我

一軸られ

8)

他にも慶応塾図書館蔵伊吹」一軸同じくなすの与市一軸(絵抜

9)

學院大學図書館蔵「きよ重」

大学川並記念図書館蔵「敦盛」二軸(もとは一軸) 10

が認められ、ベ 11

リン東アジア美術館蔵「烏が新たな連絵巻として加わとな

内、CBL本と同じく 12

装でして

・ コレク

ョン本「夜討曾我ベルリン東美術館「烏帽折」(ただし題

簽は欠けてる)本の「伊吹」は後半の三分の一ほどが残いる零本で、「なすの与

するものの挿絵は抜かれており、両本とも改装されている。また、國學院本「きよ重」や聖徳敦盛」も改装本

ある。は詞書や挿絵、料下絵模様の特徴からCBL本の連れと判明するので

る。

ともあれ、こ十二軸十五番が確認されものの、本来は三十番があたわ程度しか見

ていことに

(8)

もうの『舞の本絵巻』

ろで、C本系統との「舞の本三十六番巻にが存在している。日本総合学術

ンター蔵の「幸若舞曲集」

9 1 2 . 2 K o . 9 5 .

子本五は、紙高の豪華絵書がCBL

1 )

本と同じ太平記絵巻の筆跡なのCBLれと思われてかし、絵の画風がなるの

料紙の下絵が金泥の霞み引き様のあるのが異なおり、また、その見返しに三つ葉葵の丸紋散ら文様が施

るこるこ

○書写時、江戸前期(寛文・延宝頃)

題、金色霞引き地の題簽に巻に所収る以下の名が記されるわん巻二「もく・

ゆめあはせ・馬そ「ゑほ折」、巻四「小袖曾我・十番切」巻五「我・和田さもり」

○内題各曲の冒頭に以下の曲名が記され文覚あは馬そろ巻三折」

巻四「小袖曾十番切」、巻五「元・和田り」

法、紙高は三三・七センチ。さは各軸二〇メートル前後。

○字髙、約

○表紙、紺地に金襴の花立涌文様

○見返し、金箔の格子地模様に三つ葉葵の丸紋散ら空押し文

○料紙、鳥の金泥霞引き下絵文

○用字、漢字平名交じりで一行の字詰めは二十八字前後とり詰書か

(9)

○書体、『太平記絵巻』と筆跡と認められる

○挿絵、細密濃彩の大挿絵り霞が輪郭線を用に金の砂子を散布しようるのはCB

本と同趣向。

○備考、各の冒頭十行くきとな絵と続くこれはの系統絵巻の特徴ある。

なお、同系統のとしミュージアム学院美術資料館)に所蔵される書」

軸と「屋し満」一軸がある。の二軸は改装さり、もとは一軸あったと思。日大本と同じく巻頭

一行から十四きとなっ挿絵第一図へと続く書の形あり、改装故に返しの三つ葉葵の丸紋は確

いが、挿絵の画風や詞書の書体、そし料紙の下絵が金泥の霞み引き様のみあるこなどから日大本の

連れでると判断できる。とすると統は今の大本の番と久米アートミジアム本の二軸

番(六軸るわけで

ていであろうこにて大とが

認め、しかも、その豪華な体裁は良くおり、詞書の筆者が同一ある、同じ工房製作された可能

性が浮上くるのある。

「舞の本

」を粉本た揃いの絵本

ろで、「舞の本」を絵入りにしたものは絵巻だけで年、海の見る杜美館の所蔵とった

た絵本はつもり十番切」巻を大型の十七冊

(10)

ので

『舞の本絵巻』に対して仮に『舞の本』と呼んの書次に記す。 13

○書写時、江戸前期(寛文・延宝頃)

題、表の左肩に金・金砂子散し文様を貼りする。

○内題、なし。

○寸法、各縦三〇・一×横二二・五センチ。

○箱、塗りの二段箱入り。きはなし。

○表紙、紺地に金泥下絵花等)と霞引を描金の砂子と切箔を散らしたを加えたもの。

○見返し、布目押し金箔貼り。

○挿絵、細密濃彩の大。挿絵数は全二百八十図(内、見開図三図、連続図一図)よぶ。絵師

人の手が入ってると見ら

○書体詞書の筆跡は一手で『太平記絵』と同と思わる。

○料紙、本文の料紙は金泥で草木花等の下様が描かれまたは、摺り模様(飛雲散ら・花紋菱繋ぎ・

畳・毘沙門亀甲地信夫丸散らし)が施される

、各冊巻首に「游焉圖書」の方印が捺される。游焉館は豊後府内藩二万千石の藩校で

により豊後松平(大給 おぎゆう)家から游焉館に移管されて来したとが判明し、松家によっつらえられたこ

知られ

○それの外題と冊数、挿絵図数は次の通り。)内開き図数

「いる冊六図・「りわか」二冊十三図

( 一図

) ・

( 二図

まんち冊十一図

) ・

( 一図

) ・

(11)

「い」一冊八図

( 一図

伏見ときは」一冊九しま」二冊十二図

) ・

( 三図

) ・

( 一

) ・

( 一図

あはせ」・「そろ

) ・

( 二図

) ・

「あつもり」冊六図巻上欠・「冊十六

( 一図 ) ・ 「

( 一図 ) ・ 「

( 二図

) ・

( 二図

) ・

へ」一冊五図ほり川夜討一冊九四国落」一冊六図

( 一図

) ・

( 一図

) ・

七図・「ま」二冊十一図

( 三図

しけ」・「高たち」冊十四

) ・

( 三図

) ・

( 一

) ・

( 四図

) ・

( 一図

) ・

( 一図

) ・

二冊十二

( 二図

び五丁連一図

) ・

( 巻上欠

) ・

( 一図

) ・

一図

( 二図 ) 。

右のよるが、舞の六番中の那須与浜出三番が欠けおりとして

三十六番に入いな鞍馬出「九穴「張良」三番が新調して補され舞の本絵本』は刊行さ

りの「舞」を粉本に制作されているのあるが、こ三番にのところ版本はず、どの

れたかの追求れからのとな

14

この揃いの絵本CBL本や日大本の『巻』書が同じ筆跡挿絵BL本とが近く、

ると多少の違いはあるものの、同構図が多いこどから工房作されたもわれる。とると

時期に、粉本た二種類の絵巻と一種類が同じ工房で作されていたこがうかので

る。こような豪華な揃いの絵巻・は特別注作られたものと考えられ日大本海の見える杜本が徳川家・

松平ったよりされのでので

参照