本稿の課題
下請取引においては︑取引の開始から終結に至る各段階において︑親事業者が恣意的な裁量権を専有し︑行使する点
に︑対等な取引関係に例をみない特徴かある︒親事業者は︑取引の内容及ぴ条件︑更には︑その継続等を自己本位に決
定し︑又はその決定を任意に変更しうる立場にあり︑その立場を利用して︑しばしば下請事業者に不利益を強要する︒
これに対して︑下請事業者は︑結局は︑親事業者の意のままにならざるをえない︒この親事業者の恣意的な裁量権の行
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
四独占禁止法制下の下請法の位置
下請法の概要
下請法制定及び改正の経緯 本稿の課題
目 次
辻
吉
ーその独占禁止政策上の位置づけを中心に│ーー
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
彦
題の検討に努めてみたい︒
第 一 巻 第 一 号 香川法学
使は︑両者間に存在する支配・従属関係の端的な現われであるが︑それか度を過ぎると︑﹁親事業者の支配的地位の濫用﹂
1 1
﹁下請事業者に対する理不尽な不利益の強要﹂として︑社会的に非難されるところとなる︒
下請制のもとにおける支配・従属関係は︑親事業者の取引上の地位の優越性より生ずるのであるか︑
構造が形成され︑ は︑大企業を中心とした比較的少数の親事業者を頂点とし︑極めて多数の小零細企業を底辺とするピラミッド型の下請
かつ︑下請制が広範に普及している︒この下請構造は︑下請分野への参入か比較的容易であるのに︑
退出か困難であることもあって︑親事業者の支配的地位を支える要因となっており︑
事業者による不利益強要の可能性か存続することになる︒また︑広範に亘る下請利用は︑親事業者の支配的地位濫用行
このような事情から︑上述の社会的非難が一層強まり︑下請問題か為による弊害の及ぶ範囲が広いことを示している︒
社会問題︑政治問題に押し上げられるに至ったのであり︑下請関係に法か介入せざるをえない理由も︑
下請代金支払遅延等防止法︵昭和三一法一︱
1 0 )
は︑下請取引にみられる弊害を除去することをねらいとして制定され たのであるが︑
独占禁止法制の一翼を担う立法である点に︑その特色かある︒このことは︑単に︑親事業者による不利 益の強要が道徳的見地からみて︑規制に値するとか︑支配・従属関係か反社会的であるから︑抑制する必要があるとい
うことではなく︑独占禁止政策の遂行上︑その規制が必要であることを意味している︒それでは︑一体︑下請法は独占禁
は︑比較的少ない︒ わが国において
本稿の主要な課題は︑右の設問の検討にある︒下請法は︑制定後二
0
年を経るが︑この点を含めて︑その理論的研究 そこで︑本稿では︑本法の内容︑性格︑制定経緯︑改正経過について︑問題点を提起しなから︑本
これ
によ
って
︑
かつて︑本法の運用に携わりなから︑その理論的検討を怠ってきた者として︑ 止政策のいかなる部分を担当しているのであろうか︒ あ
る︒
ここにあるので こうした構造が存在する限り︑親
下請法の目的 下請法の概要
ー下請法は︑﹁下請代金の支払遅延等を防止することによって︑親事業者の下請事業者に対する取引を公正ならしめる
とともに︑下請事業者の利益を保護し︑もって国民経済の健全な発達に寄与する﹂︵一条︶ことを目的としている︒ここ
に明らかなように︑下請取引の公正化及び下請事業者の利益保護が︑同法の目的であるが︑この二つは︑それぞれ独立
の目的として掲げられているのではなく︑同一の目的を側面を変えて述べているに過ぎない︒すなわち︑同法は︑その
目的の達成手段として︑下請代金の支払遅延等の防止を規定しているのであるから︑これによって︑下請取引の公正化
を図ることを目的としていることは明らかである︒そして︑公正化を図ること自体が︑その範囲において︑下請事業者
の利益保護となるところから︑下請事業者の利益保護が目的として掲げられているのである︒換言すれば︑下請取引を
公正ならしめることは︑とりもなおさず︑﹁経済的弱者の立場にある下請事業者の利益か親事業者の行為によって不当に
害されないようにその利益を保護﹂︵公取編下請法解説三九頁︶することになるのである︒したがって︑同法の目的は︑
つまるところ︑下請取引の公正化にあるのであって︑下請事業者の利益保護の部分に︑右の範囲を越える独自の意味は
(1 )
ない
下請法が下請取引の公正化を目的としていることは︑以上により明らかであるが︑下請取引の公正化の意味について ︒
は︑更に検討を要する問題がある︒
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題 何がしかの罪滅ぼしができれば幸甚である︒
解釈としては妥当であろう︒ 必ずしも容易ではない︒
第 一 巻 第 一 号
それは︑下請取引を公正ならしめるという意味を︑親事業者の下請事業者に対する取引︑すなわち︑縦の取引に限定
して︑その公正化と解するのか︑下請取引の場における親事業者間又は下請事業者間の競争を含めて︑その競争秩序の
公正化と解するのか︑という問題である︒この点をどのように解釈するかは︑下請法の独占禁止法制における位置づけ
に直結する重要な課題の︱つである︒
まず︑下請取引を縦の取引に限定して解し︑その公正化を図ることをもって︑下請法の目的が完結するという解釈が
考えられる︒この場合︑取引の公正化の意味は︑取引から反社会的な要因を除去するとか︑対等な取引を確保するとい
(2 ) う趣旨になり︑他の法令における同様の用語例とも符合するので︑常識的には︑この解釈が妥当であるといえよう︒し
かし︑この解釈からは︑本法が独占禁止法制のもとにあることの説明がつかず︑その意味で不十分であるといわざるを
これに対して︑下請取引には︑下請取引の場における競争を含むと解することは︑文理上やや無理があるが︑取引の
正な競争の促進に資することを証明することによって︑ 公正化の意味を︑公正な競争秩序の維持にまで拡げることになる︒独占禁止法制下の本法の目的の解釈としては︑この方が両法の斉合性を保つので︑適当であるとも考えられる︒しかし︑この解釈は︑本法による規範のすべてが直ちに公
はじめて︑成立するのであるが︑後述するように︑この証明は
したがって︑下請取引の公正化の解釈は︑上述の狭義の方に解するのが︑文理上からも︑後述︵③回︶の本法の性格
からも︑無理のないところであるが︑しかし︑縦の取引の公正化によって︑下請法の目的が完結すると考えるのではな
<︑その究極の目的は︑独占禁止法第一条に掲げられている目的に合致すると考えるのが︑独占禁止法制下の下請法の え
ない
︒ 香川法学
四
ならないことは︑
いう
まで
もな
い︒
かで
ある
︒
正化よりもその内容が広いように考えられる︒
する
こと
を︑
五
次に︑下請法の目的と密接な関係にあるものとして︑中小企業甚本法︵昭三八法一五四︶がある︒同法は︑中小企業
政策の目標を示すために制定されたものであり︑中小企業の事業活動の不利の補正︵三章︶の一っとして︑下請取引
の適正化(‑八条︶を掲げている︒﹁国は︑下請取引の適正化を図るため︑下請代金の支払遅延の防止等必要な措置を講
ずる﹂ものとするとの同条の規定から︑ここでは︑下請代金支払遅延防止の目的が︑下請取引の適正化にあることは︑
明らかである︒そして︑下請法が中小企業甚本法の示す政策目標を実施するための具体的方策の︱つであることも明ら
そこで︑下請法にいう公正化と中小企業基本法にいう適正化とが︑どのように係わり合うのかが︑
となる︒この二つの用語の語感からも︑また︑中小企業甚本法と下請法との上述のような関係からも︑適正化の方が公
たとえば︑下請事業者に対して︑親事業者からの継続的な発注を確保す
一応
問題
一般的に制度化することは︑下請取引の適正化の範囲に含まれうる問題であるが︑公正化のなかに組み入
るのは︑無理であろう︒このような公正化の範囲からはみ出す部分については︑下請法とは別個の方策によらなければ
下請法の構成
2
右に述べた目的を達成するため︑下請法には︑二条から︱二条までの規定が設けられている︒
まず︑二条は定義規定であり︑本法の規制対象である下請取引の内容をなす製造委託及ぴ修理委託︑下請取引の両当
事者である親事業者及ぴ下請事業者︑規制対象行為の中心となる支払遅延の対象である下請代金について︑それぞれの
範囲を規定している︒
(3 )
次に︑三条ないし五条は︑本法の実体的な規定であって︑製造委託又は修理委託をした場合に︑親事業者が遵守すべ
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
り書面の交付︵三条︶
親事業者は︑直ちに︑下請事業者の給付の内容︑下請代金の額︑支払期日及び支払方法その他の事項を記載した書面
を︑下請事業者に交付しなければならない︒
回親事業者の遵守事項︵四条︶
親事業者は︑遵守事項として定められた次の行為類型に該当する行為︑すなわち︑①下請事業者の給付の不当な受領
拒否②下請代金の支払遅延︑③下請代金の不当な値引苔④下請事業者の給付の不当な返品︑⑤下請代金の額の不当
な買叩き︑⑥指定する物の購入の強制及び⑦下請事業者の申告行為に対する報復措置をしてはならない︵一項︶︒
また︑親事業者は︑遵守事項として定められた︑下請事業者に対する不当な利益侵害︑すなわち︑有償支給した原材
料代金を早期に決済すること及び下請代金の支払につき割引き困難な手形を交付することにより︑下請事業者の利益を
不当に侵害してはならない︵二項︶︒
り遅延利息の支払︵四条の二︶
親事業者は︑下請代金を支払期日までに︑支払わなかったときは︑下請事業者に対し︑法定の遅延利息を支払わなけ
れば
なら
ない
︒ 目書類の作成及び保存︵五条︶
親事業者は︑下請事業者の給付︑給付の受領︑下請代金の支払その他の事項について記載した書類を作成し︑保存し
なければならない︒
右の
Si
目のうち︑実体規定の根幹となる規定は︑回の四条の規定であって︑同条の見出しは︑遵守事項となってい き義務として︑次に掲げる事項を定めている︒香 川 法 学 第 一 巻 第 一 号
'
Iヽ
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
るが︑親事業者が﹁してはならない﹂行為を具体的に列挙し︑違反行為に対しては︑後述の勧告等の措置を講ずること
とし
てい
る︒
さらに︑本法において注目すべき点としては︑下請代金の支払期間が法定化され︵二条の二︶︑下請代金の
支払遅延の判断基準が明定されていることである︒
四条違反に対する規制措置は七条及び八条に定められている︒公正取引委員会は︑親事業者の遵守事項に違反する
事実があると認めるときは︑親事業者に対し︑その是正を勧告し︑勧告に従わなかったときは︑その旨を公表するもの
とするとされている︵七条︶︒つまり︑勧告という行政的規制手段と公表という実質的な制裁手段が設けられているが︑
この勧告制度の法制化に伴って︑勧告に従った親事業者に対しては︑独占禁止法の規定による事件処理方式︵同法四八
条︑四九条︑五三条の三及び五四条︶は︑適用しないこととされている︵八条︶︒
次に︑違反行為に対する監視体制は︑九条と六条に定められている︒九条においては︑本法の執行機関である公正取
引委員会に︑報告徴収及び立入検査の権限を付与する︵一項︶とともに︑中小企業庁長官及び関係主務大臣にも︑一定
の範囲で同様の権限を与え︵二項︑三項︶︑政府機関による積極的な監視の途を開いている︒しかも︑報告徴収権及び立
入検査権は︑親事業者に対してだけでなく︑被害者としての立場にある下請事業者に対しても発動できることになって
いる︒また︑中小企業庁長官に対してはとくに︑公正取引委員会に対する措置請求権︵六条︶が認められている︒
(5
)
最後
に一
0
条ないし︱二条では︑三条︑五条及び九条に対応する罰則が定められている︒七
以上のほか︑本法に準拠する公正取引委員会規則がある︒三条の規定にもとづき︑親事業者か下請事業者に対し交付
すべき書面の記載事項等について定めた規則︵昭四
O ・
六・三
0
規則四号︶︑四条の二の規定にもとづき︑遅延利息の利率を定めた規則︵昭三七︑五︑一五規則一号︶ならびに五条により親事業者か作成︑保存すべき書類の記載事項︑記載
方法︑記載時期及び保存期間を定めた規則︵昭三一︑六︑二規則三号︶の三つであり︑公正取引委員会の規則制定権が︑
(6 )
いくつかの観点から︑その性格や特徴を論ずることができようが︑本稿は︑独占禁止法と係わり
あう問題を解明することをねらいとしているのであるから︑まず︑本法と独占禁止法との関係及びそれに関連する問題
を明らかにし︑次に︑本法と類似点をもつ内外の法制との比較によって︑本法の性格︑特徴を側面からみてみたい︒
下請法の規制対象である下請代金の支払遅延等の行為が︑取引上の優越的地位の濫用行為の一種であり︑この種の行
為が︑独占禁止法上︑不公正な取引方法︵同法二条七項五号及ぴ一般指定一
0 )
として︑禁止されていることについて
は︑ひろく一般に認められているところである︒したがって︑下請代金支払遅延等の行為に対する規制に関しては︑下
請法と独占禁止法が競合する関係にあるが︑両法の関係については︑前者を後者の補完法と解するのが定説となってい
(7 )
る︒このことは︑後述︵三
m
︑③)するとおり︑独占禁止法による規制の経験にかんがみ︑本法の制定が必要とされた明らかなところである︒
経緯
から
も︑
このように︑下請法が︑独占禁止法による不公正な取引方法の規制を︑
よ ︑
9 1
こと
独占禁止法との関係
下請取引の分野において補完するものである
明確であるが︑単独法として制定された結果︑下請法か担当すべき補完の意味︑内容については︑次のような
下請法は︑﹁下請事業者の利益保護を目的とする単独の立法として定められたものであるが︑沿革的にも︑これは本号
︵独占禁止法二条七項五号筆者注︶による規制の発展として︑不公正な取引方法としての制約からの脱却を目指すもの 問題提起がなされている︒
︑ ー︑
3
, 1 ,
下請法については︑ 下請法の性格
第 一 巻 第 一 号
十分に活用されているのが目につく︒
香川法学
八
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
しい分野を開拓しつつあるということにもなる︒
九
であったのである﹂︵今村独占禁止法︱二九頁︶とする見解が︑それである︒この見解によれば︑下請法は︑補完法とし
て制定される際に︑不公正な取引方法規制の従来の枠から脱却することをねらいとしていたということになり︑更に︑
この見解を発展させると︑下請法は︑不公正な取引方法の規制とは係わりのない別個の規制として︑独占禁止政策に新
右の見解は不公正な取引方法か﹁公正な競争を阻害するおそれがある﹂から禁止されるのに対し︑下請法の規制す
る行為は︑直接には競争秩序に影響を及ぽすことかないものであるから︑﹁公正な競争を阻害するおそれ﹂という要件に
当てはめることに無理かあるとの認識に立つものである︒
これに対して︑不公正な取引方法規制の究極の目的を︑従属者の権利の擁護に置き︑﹁本法の目的は︑独占禁止法の目
的に通ずるものであり︑とりわけ︑公正な取引秩序の確立を直接の目的とする﹁不公正な取引方法﹂の禁止規定の目的と一致す
る︒本法か独占禁止法一九条の補充立法と解されるゆえんである﹂︵正田独占禁止法九〇一頁︶とする見解があるのみで︑
その他の文献は︑直接このことに触れていない︒しかし︑下請法の起点である一般指定一
0
について︑間接的︑結果的に﹁公正な競争を阻害するおそれ﹂かあるとする見解をとるものが殆んどであるから︵後述四注
(l
)参
照︶
︑下
請法
は︑
不
公正な取引方法規制の延長線上に位置づけられるという考え方に立つことになる︒
右の見解のいずれを採るかは︑下請法の性格を規定する重要な論点であり︑前述したように本稿の主要な課題である
ので︑後述四において検討を加えることにしたい︒
次に︑下請法は︑独占禁止法に対し︑特別法の立場に立つのであるから︑特別法優先の原則によって︑下請代金支払
遅延等の親事業者の行為についてはまず︑下請法が適用されると考えられる︒
ところか︑この点について︑併存する二つの法律のいずれを適用するかは︑公正取引委員会の自由裁量に委ねられて
にわたっている︒
回 建 設 業 に 対 す る 認 定 基 準 と の 比 較
る場合をあげている︒
第 一 巻 第 一 号
いるとする考え方かある︒公正取引委員会は︑下請代金支払遅延等の行為が︑﹁取引上の地位を不当に利用して﹂おり
独占禁止法にも違反していると認めるときは︑必要に応じ︑本法の観告等の措罹を経ることなく︑直ちに︑独占禁止法
の手続をとることができる︵公取編下請法解説︱一九頁︶とし︑たとえば︑その行為が極めて悪質であり︑独占禁止法による
制裁を加えるべ苔であると思料する場合︑あるいは︑勧告等の措置をもってしては︑十分な効果か期待されないと認め
これは︑下請法において︑事件の簡易処理を図るために設けられている勧告制度か︑行政措覆と
しては︑弱い措置であるので︑
みでなく︑実体面において規制規定の具体化か図られている下請法について︑このような裁量の余地かあるか否かは疑 問であり︑これまでの運用にあっても︑下請法の適用を排して︑独占禁止法か適用された事例はない︒
独占禁止法と下請法の関係を解明するもう︱つの手がかりとして︑
業固有の下請取引には︑適用されないか︑建設業における下請問題の解決を図るために︑建設業法︵昭二四法一
0 0 )
か制定されている︒同法は︑昭和四六年の改正によって︑下請取引を規制する規定を備えるに至ったのであるが︑これ らの規制は︑包括下請の禁止紛争処理の手続など建設業における下請取引の特殊な実態を反映した部分を含み︑多岐
このうち︑注文者による︑不当に低い請負代金の禁止(‑九条の三︶及び不当な使用資材等の購入強 制の禁止二九条の四︶並びに元請人の義務としての下請代金の支払︵二四条の三第一項︶及び検在︵二四条の四︶︑特 定建設業者による割引困難な手形交付の禁止︵二四条の五第三項︶及び法定支払期日をこえる下請代金支払遅延の禁止
及び遅延利息の支払義務︵二四条の五第四項︶の各条項は︑それぞれ︑下請法に対応する規定かあるものである︒そして︑
建設大臣又は都道府県知事は右の各規定に違反する事実があり︑かつ︑その事実が独占禁止法第一九条の規定に違反している
香 川 法 学
それを補強する趣旨から出た見解であると考えられる︒しかし︑手続面における特例の
建設業における下請の問題がある︒
10
下請法は建設
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
にし
てい
る︒
と認めるとぎは︑公正取引委員会に対して︑措置請求ができる︵四二条︶とし︑右の一連の規制と独占禁止法との関係を明確に
している︒公正取引委員会では︑これに対応して︑﹁建設業の下請取引に関する不公正な取引方法の認定基準﹂︵昭四七︑
四︶を設定している︒この認定基準に掲げられている行為類型は︑建設業における下請取引に対応する修正が施されて
いるか︑基本的には下請法の遵守事項に掲げられている行為類型と同一である︒しかし︑認定基準においては︑各項の
内容に応じて︑﹁正当な理由がないのに﹂とか﹁自已の取引上の地位を不当に利用して﹂といった文言か挿入されている︒
これは︑下請法の行為類型を独占禁止法に還元するに際して︑このような要件を付加することか不可欠であることを示
すものであり︑
もの
であ
る︒
反対解釈として︑下請法においては︑﹁公正な競争を阻害するおそれ﹂の判断を要しないことを裏づける
類似の法律との比較
下請法と中小企業基本法との関係については︑既述のとおりであるが︑中小企業対策の観点からみれば︑下請問題の
解決を図るためには︑一般論としては︑下請事業者の経済力を向上させるとか︑下請事業者の組織化を促進するといっ
た施策も考えられる︒下請法は︑これらの施策に比し︑弊害除去的な役割をもった施策である︒しかも︑下請取引の特
性から︑親事業者と下請事業者の間の取引関係から生ずる紛争を仲裁するというような︑調整法的な解決方法は︑現実
に即さないために︑下請法は︑いわば対症療法的な解決方法を採らざるをえない︒このように︑下請法は︑中小企業対
策としては︑対症療法的に弊害を除去することを︑その基本的特徴としており︑他の多くの中小企業対策とは︑趣を異
次に︑家内労働法︵昭四五法六
0 )
との比較をしてみたい︒下請事業者の底辺には︑生業的な経営形態を余儀なくさ
れているものか︑相当多数あると思われるが︑実体的にはこれと紙一重の近似した取引環境にあるものとして︑家内
第 一 巻 第 一 号
労働者か存在する︒そして︑﹁家内労働者の労働条件の向上を図り︑もってその生活の安定に資する﹂︵同法一条︶ことを
海外法制との比較 この法律は︑事業者である下請企業を対象とする下請法とは︑その目的も
異なり︑規制の内容や方式を異にしているのであるか︑両法に共通する点か多いことも否定できない︒
家内労働法における家内労働手帳制度は︑下請法の書面交付義務との共通点か多く︑工賃又は代金の支払期間が法定
化されていること及び申告に対する報復措罹が禁止されていることは︑両法に共通である︒また︑委託者側に︑取引の
てん末を記載した帳簿書類の作成︑保存が義務づけられていることも︑両法に共通している︒
右のような共通点は︑取引の両当事者の力関係に格差かある場合に︑その是正のために法が介入していく場合の一
つのパターンを示すものといえようか︑労働基準法的な考え方を家内労働の分野に発展させた家内労働法と不公正な取
引方法の規制を発展させた下請法とか︑共通の因子を多く持っていることは︑単なる偶然とはいえない︒独占禁止法に
は︑市場支配による経済的従属関係を規制するという社会法的な性格かあり︑その性格か下請法に継承され︑その発展
の結果として︑類似の取引実体を対象とするこの二つの法律に︑相似する部分が多くみられるようになったものと考え
ロ
海外においては︑下請法に類似するものは︑これまでのところ見当らないようである︒強いていえば︑西ドイツの競争制限禁止法における市場支配力の濫用行為の禁止の規定が︑やや類似した側面をもっている︒同規定︵同法二二条三
項︑四項︶は︑市場支配的事業者がその地位を濫用して︑相手方と取引をする場合について規制しており︑その目的は
独占力の濫用にある︒したかって︑親事業者が︑下請事業者に対して︑買手独占の立場にあるような場合に限って︑こ
の規定か機能しうると考えられ︑本来的には︑下請法とその趣旨を異にしている︒
(8 )
られ
る︒
目的として︑家内労働法か制定されている︒
香 川 法 学
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
て︑その改善を促すような運用が図られている︒
(4
取編改正法解説︵昭四一︶九六ー九八頁参照
(3
)
なお︑取引上の地位の格差を是正するという意味で︑下請法と相い通ずる側面を持つものとして︑
(9
)
かある︒同法は︑自動車メーカーと自動車ディーラーの取引において存在する両者の力関係の格差を均衡させることを 目的とした法律であって︑力関係に差異のある取引自体に︑法か介入するという点で︑下請法と共通している︒
メーカーの誠実を欠いた行為により︑ディーラーが受けた損害を回復するため︑ディーラーが民事訴訟を提起する
ヽべく
アメリカの反トラスト法を補足するという趣旨のことが述べられていることは︑注目に値しよう︒しかし︑
法律と反トラスト法がどのような論理で結びつくのかは︑定かでない︒
このように目的か書きわけられた理由は︑明らかでないが︑下請事業者に対する心理的な効果が多分に考慮された結果とも考えら
れる
︒ま
た︑
下請法九条一項及び二項において︑公正取引委員会及び中小企業庁長官の報告徴収及び立入検査に関する権限発動の 際の要件として︑この書きわけがそのまま用いられているが︑このことは︑書き分けが実務的にも必要であったことを推測する手
証券取引法︵昭和二:・‑法二五︶︑商品取引所法︵昭二五法二三九︶︑宅地建物取引業法︵昭二七法一七六︶︑旅行業法︵昭二七法二三九︶
及び割賦販売法︵昭三六法一五九︶各一条に取引の公正化が目的として掲げられている︒
定義規定によれば︑建築等の工事︑運輸等のサービスは︑本法の対象とされていない︒このはかの経済実体上下請取引と目される ものと製造委託修理委託の範囲とは︑概ね重なりあっているか︑細部においては岩干のくい違いがある︒この点については︑公 下請代金の支払遅延については︑遅延している下請代金を支払うべきこと︑すなわち︑特定の時点の支払遅延に対し︑その支払を
勧告するのか法の建前であるか︑現実には︑下請取引が一回限りの取引でなく︑継続して取引されるものが多いので︑期限を対し
(2 )
がかりとなろう︒
(l
)
したかって︑規制の方法は︑下請法と異なるが︑
この
途を開いたものである︒この法律の前文で︑︵両者の︶力を均衡させる は ヽ
誠実法
アメリカの誠実法
ヽ ー
Jー
,1
,
下請法が制定される以前に︑
(9 )
(8 )
(7 )
(6 )
(5 ) 期
下請法制定及び改正の経緯 をあげておく︒
第 一 巻 第 一 号
中小企業庁設置法三条七項で︑
独占禁止法に違反する行為によって中小企業者が不利を蒙っている事実について︑中小企業長官の
公正取引委員会に対する措置請求権が定められているが︑下請法六条はこれに対応する︒
本法が下請契約について︑民商法上の原則に対し特例を設定しているとの観点から︑種々の議論もなしうるし︑また︑一時期には
本法がいわゆるザル法の典型であるかのごとき議論がなされたこともある︒前者に関連あるものとして︑北川善太郎﹁書評下請代
金支払遅延等防止法﹂︵民商法権誌一九六八・三︶を︑後者に触れたものとして︑拙稿﹁﹁盲点からみた外注管理﹂︵公正取引一
0
0号 ︶
吉田編独占禁止法三二二貝︑今村独占禁止法一五八頁︑
親事業者の優位性は︑経済実体としては︑買手独占者であることから生ずるとする見解があるが︑すぺての親事業者に︑それが通
用するとはいえず︑また︑法律的にそう認定できる場合は稀である︒
通称
Go
od
F a
i t
h A a t
,
19
56
.
前文では︑﹁自動車販売店との一手販売契約の条件に従って行動する際に︑あるいは又同契約を終
了さ
せ︑
又はこれを更新しない場合に︑自動車メーカーか誠実を欠いた行為に出たために蒙った損害を回復するため︑自動車一手 販売ディーラーが米国の地方裁判所に訴訟を提起することができるようにすることによって︑現在自動車側に著しく有利に与えら
れている力を均衡させるべく米国の独占禁止法を補足する法﹂とされている︒︵公法一0二六ー第八四議会
香川法学
議案三八七九︶
下請法の準備段階 正田独占禁止法九〇一頁など︒
第 一
0三八章ー第二会
下請代金の支払遅延等の規制が︑独占禁止法により試みられた時期があった︒その法的
一四
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
過することはできないので︑そのあらましを紹介する︒ 根拠は︑昭和二八年の独占禁止法改正により︑不公正な取引方法の一っとして新設された優越的地位濫用行為の規制に関する規定︵二条七項五号︶である︒この規定は︑﹁不当な事業能力の較差の排除に関する規定か削られたのに対応して︑大規模事業者⁝⁝等が︑その優越した地位を利用して︑中小企業その他を不当に圧迫するような取引を行う場合に︑これを厳に取締る﹂︵公取編改正独占禁止法解説ニ︱四頁︶趣旨で設けられたとされており︑下請代金の支払遅延等の行為は︑この規定の立案当時から︑その規制対象とすることが意図されていたようである︒
(2
)
公正取引委員会は︑右の規定にもとづいて︑不公正な取引方法の指定を行い︑﹁自己の取引上の地位が相手方に対して
優越していることを利用して︑
一 五
正常な商慣習に照して相手方に不当に不利益な条件で取引すること﹂︵一般指定一
0 )
を禁止することとし︑下請代金の支払遅延等の規制についても︑この指定を拠所にすることとした︒しかし︑この指定
は︑下請取引のみならず︑経済力濫用行為一般を規制するためのものであるから︑抽象的な表現が多く︑下請代金支払
そこ
で︑
遅延の当不当の判断基準としては︑明確さを欠いていた︒
公正取引委員会は︑この欠陥を補うために︑﹁下請代金の不当な支払遅延に関する認定基準﹂︵昭二九︑三︶を
定め︑公表した︒これ以後下請法の制定までは︑認定基準によって規制がなされたのであるか︑実際の運用では︑認定
基準に準拠した行政指導によって︑事態の改善が図られた︒したがって︑認定基準は︑厳密な意味における解釈上の指
針というよりも︑運用上の目安としての性格が強いものといえ︑これを根拠にして︑綿密な法律論を展開することは
適切でない︒しかし︑下請法の発展過程を辿るうえで︑認定基準に反映されている当時の公正取引委員会の考え方を看
(3 )
認定基準では︑対象業種を機械器具等の製造︑修理業に限定し︑﹁親企業﹂については︑資本金額等による制限を設け
ず︑﹁下請業者﹂については︑①社会通念上小規模の事業者であり︑②親企業の製品の下請を行い︑③特定少数の親企業
第 一 巻 第 一 号
いず
れも
︑ 下請代金の支払に関連した優越的地位の
ここでは︑親企業と下請業者の取引上の地位の優劣関係は︑もっぱら下請業者 の規模の小雰細性と親企業への依存性によって︑規定されている︒
次に︑下請代金の支払期間について︑認定基準は検査完了の日から三十日以内とし︑検査期間を原則として納品を
しよ
︑
こ
i
l
この程度の期間が下請取引における正常な商慣習として︑あるべき姿と判 断された結果であろうが︑同時に︑当時の実態からみると︑多分に警告的に︑親事業者の努力目標を示したものと考え られ︑そのために︑後述のような支払能力の有無か判断要素に加えられ︑
下請事業者にとって正規の金融機関で直ちに割引ける手形の交付が︑
その弾力的な運用の途か開かれている︒また︑
支払手段については︑現金またはこれに準ずる確実な支払手段によらなければならないとされ︑手形払いについては
正常な商慣習として︑望ましいものとされている︒
第三に︑認定基準では︑不当な支払遅延であるか否かを判断する基準として︑親企業の経営の状況その他の事情より みた支払能力を勘案することとし︑具体的には︑販売代金の回収状況︑運転資金の銀行等からの調達能力などの数項目 の事項を掲げ︑これらを総合勘案して︑その判定をすることにしている︒
つまり︑上記の支払期間内に支払いをしない 親企業に対して︑直ちに違反として措置をとるのではなく︑その支払能力の程度を参酌するという趣旨である︒これを︑
前記の一般指定一
0
に則してみると︑必ずしも判然としないが︑多分﹁正常な商慣習に照して不当に不利益な条件﹂
とあるなかの﹁不当に﹂
の部分の判断要件の一っとして︑支払能力があげられているものと考えられる︒前述のとおり︑
この点は︑﹁正常な商慣習﹂の部分を厳密に規定したことに対応させて︑その弾力的運用を図る必要から規定されたもの と思われるか︑建前論としては︑このような要件を加えることには︑疑問かある︒
このはか︑認定基準においては︑納品後における︑下請代金の支払条件に関連させた単価の値引きの強要及び下請業
者の支払要求に対する報復措置に対する規制が規定されているが︑ つけてから十日以内としている︒ に依存しているものであるとしている︒
香 川 法 学
一 六
を示すものといえる︒ 樹立が強く要望され︑
一七
一定の限界があるということ ところで︑独占禁止法においては︑不公正な取引方法は︑公正な競争を阻害するおそれがあるゆえに
囲において︑禁止されているのであって
か つ
︑
その範
一般
指定
一
0
についても︑その例外ではない︒しかるに︑認定基準は︑点については︑何も触れていない︒その理由は明らかでないが︑認定基準は違反行為の形式要件を具体的に示した
もので︑公正競争阻害性という質的な側面については︑個別の事件に対して法的な措置をとる際の判断に委ねていると
2
公正取引委員会は︑下請法制定の理由として︑次の二点をあげている︒第一点は︑経済実体上の問題で︑昭和二七年
されないのみか︑ 末頃から遅延が目立つようになった下請代金の支払状況が︑昭和三
0
年の経済事情の好転にもかかわらず︑一向に改善( 4)
むしろ慢性的に悪化する傾向がみられたことである︒そのために︑中小企業の側から︑対策の早急な
これを放置することが許されない情勢にあったのである︒第二点は︑法律的な理由で︑前述のよ
である︒この二つの理由から︑﹁独占禁止法のほかに︑ うな独占禁止法による問題の解決方法には︑下請取引に固有の特殊な性格を勘案すると︑
それと相並んで別個の法制を整えることが必要である﹂︵独占禁止
政策二
0
年史五四二頁︶と判断され︑下請法の制定に至ったのである︒右の経済的な側面は︑下請代金支払遅延等の行為の反社会性を裏づけるものであって︑本法の社会倫理的性格の根拠
次に︑法律的な理由は︑本法と独占禁示法との問係を解明するうえで︑重要な参考資料であるので︑当時の公正取引
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題 下請法の制定理由 解するのが︑常識的であろう︒ 濫用行為に対する規制の範囲内に留っている︒
この
第 一 巻 第 一 号
委員会の見解を要約してみると︑次の三点になる︒
(5 )
とが必要であるのに︑ 第一には︑この種の規制にあっては︑規制基準の明確化が必要とされるが︑独占禁止法の枠内では︑それが極めて困難な要件が存在することが︑あげられている︒具体的には︑下請取引にあっては︑下請代金を約定しないまま取引が行われることがあるが︑不当な値引きを規制するためには︑その前提として︑取引の開始時に︑下請代金を約定させるこ
これを命じる根拠規定が独占禁止法にはないこと︑独占禁止法により支払遅延の不当性を判断す
るに当っては︑親事業者の支払能力の有無を判断甚準の一っとせざるをえないが︑この基準の明確化が極めて難しいこ
と︑が例示されている︒この例に即していえば︑規制甚準設定の前提となる条件の整備を図る法制を設けるため︑及び
明確化が至難な基準の設定を回避する方法として︑その源泉である独占禁止法による制約を除去するため︑単独法の制
定が必要とされたということになる︒
うえ︑下請関係をかえって悪化させる原因となるおそれもある︒ 第二の理由としては違反事件の処理手続の問題があげられている︒独占禁止法による事件処理は︑最終的には審杏審判手続によるのであるが︑下請代金支払遅延等の問題は︑親事業者に対する指導により︑問題の円滑妥当な解決を図る方法が適している場合が多く︑審査審判手続になじまない︒また︑審査審判手続によるときは︑相当の期間を要する
このような理由から︑審査審判手続にかわる違反事件
第三には違反行為に対する監視体制が︑他の不公正な取引方法の場合と基本的に異ることが︑理由とされている︒
不公正な取引方法違反事件にあっては︑被害者からの申告によって︑その端緒か得られることか多いが︑下請取引にお
いては︑親事業者からの報復をおそれて︑下請事業者が申告したがらない︒また︑景品付販売のような手段については
同業者間の相互監視による自粛が期待できるが︑同業者間の直接的な競争手段とは性格を異にする下請取引にあっては︑ の処理手続が必要であるとされたのである︒
香川法学
一八
一 九
親事業者間の相互監視は考えられない︒このような理由から︑政府機関による積極的な監視が必要とされるので︑その
ための立法が望ましいとされた︒
以上の三点は︑要するに︑下請取引については︑規制の内容︑違反事件の処理手続及ぴ監視体制のいずれの面におい
ても︑独占禁止法による規制のみでは︑一定の限界があり︑下請問題の解決策を前進させるためには︑この限界を打破
するほかないので︑単独法の制定が必要であったということになる︒
③ 制 定 時 下 請 法 の 特 徴
制定当初の下請法は︑親事業者に対する規制基準の設定︑違反行為に対する勧告制度の採用及ぴ関係政府機関への監
督権の付与の三点を︑その骨子としている︒この三点は︑前記の下請法制定を必要とした理由としてあげられた三点に
対応するが︑このうち︑勧告制度の採用と監督権の付与については︑一見して︑前記理由に合致することが明らかであ
るので︑説明の要がないが︑設定された基準が︑基準の明確化の要請にどれだけ応じているかについては︑検討を要す
基準明確化を必要とする理由の︱つは︑基準設定の前提となる条件の整備であった︒この点については︑﹁親事業者は︑
下請事業者に対し製造委託又は修理委託をした場合は︑直ちに︑下請事業者の給付の内容及ぴ下請代金の額を記載した
書面を下請事業者に交付しなければならない︒﹂︵制定時法三条︶こととなり︑不当な値引の規制に必要な前提条件は︑
一応というのは︑交付書面の記載事項が狭い範囲に限定されていたこと及ぴ本条がいわ一応整えられることとなった︒
ゆる訓示規定であったことから︑条件整備としては︑未だ万全でなかったという意味である︒
次に︑基準の明確化の第二の障害は︑下請代金支払遅延の不当性の判断に際し︑親事業者の支払能力の有無が要件と る ︒
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
ある
︒
第 一 巻 第 一 号
されていることにあるか︑この点については︑親事業者のしてはならない行為として︑﹁下請事業者の給付を受領した後︑
下請代金を遅滞なく支払わないこと﹂︵制定時法四条二号︶と規定された︒﹁遅滞なく﹂という場合には︑正当または合理
的理由による遅延は許されると解されるが︑親事業者の資金繰りが苦しいというような事情は︑遅延の理由にならない
と解される結果︑
一般的には︑支払能力の有無の判断を要しないこととなり︑上記の問題は解決されたのである︒
ろが︑この点の問題の解決はみたものの︑逆に︑下請代金の支払期間についての基準か明確さを欠くに至った︒すなわ
ち︑認定基準においては︑前記のとおり︑支払期間が具体的に定められていたのであるが︑それが右のように︑遅滞な
く支払わないことという極めてあいまいな表現になったのである︒また︑支払手段についても︑認定基準に定めたのと
同様の規定は設けられず︑条文のうえではこの点でも明確さを欠くこととなった︒
他方
では
このように︑基準の明確化を図る目的から︑
明定されていた部分を後退させてしまった︒
ととなったのである︒
香川法学
ヽ
ょ
1一方
てー
明確化が困難な要件を基準外に置くことに成功したものの︑
そのために︑後述するような改正が二度にわたってなされるこ
以上のほか︑認定基準と制定当初の下請法とを比較すると︑次の二点で顕著な差異がみられる︒
の定義の仕方である︒認定基準においては︑下請業者は︑社会通念上の小規模事業者︑親企業の製品の下請︑特定の親
企業への依存の三要素により︑判定するとされていた︒これに対し︑下請法においては︑下請事業者とは資本金一千
万円以下の事業者または個人であって︑資本金一千万円超の事業者から製造委託または修理委託を受けるものとされた︒
すなわち︑認定基準にみられる親企業への依存性は︑要件でなくなり︑取引上の地位の優劣は︑単に︑資本金額によっ
て形式的に区分されることになり︑当時の中小企業の区分基準であった資本金一千万円のラインがとりいれられたので ︱つは︑下請事業者 二0
どこ
昭和三七年と四
0
年の
改正
は︑
はな
かっ
た︒
て改正かなされた︒
このうち︑昭和三八年と四九年の改正はいずれも中小企業認定上の資本金額の上限か引上げられ 認定基準との二つ目の差異は︑下請法には︑下請代金支払遅延以外の不当な行為についても︑規制基準が設けられたc
てはならない行為として規定されたのかそれである︒ ことである︒不当な受領拒否︵制定時法四条一号︶︑不当な値引︵同三号︶及び不当な返品︵同四号︶が︑親事業者のし
ただし︑認定甚準にあった親事業者の下請事業者に対する報復行
らか
であ
る︒
為の禁止は姿を消している︒
最後に︑下請法においては違反事件の処理に際して︑当該違反行為が公正な競争を阻害するおそれがあるか否かを
判断することは︑全く必要とされなくなった︒このことは︑前述の二③回で述べた建設業の認定基準との対応からも明
そして︑実は︑この点が︑下請法が単独法として制定された結果もたらされた最も重要な変化であるが︑
その意義については︑後述の四において触れることとする︒
④ 下 請 法 の 改 正 経 緯
(6 )
下請法制定の疸後から︑その改正強化を望む動きか︑中小企業の側から活発になり︑昭和三三年には︑改正政府案が
(7 )
国会に提出されたが︑陽の目をみるに至らなかった︒しかし︑その後︑昭和三七︑三八︑四〇︑四九年と四回にわたっ
たのに対応して︑下請事業者の定義のなかの資本金額を改めたもので︑昭和三八年には五千万円︑
改めるとともに︑従来の一千万円ラインによる保護法益を維持するための修正を施したものであり︑実体規定には変更
いずれも︑政府提出の改正法案に︑国会における修正が加わったもので︑実体規定に
大きな変更ないし追加がなされた︒以下︑順を追って︑主要な改正点について述べる︒
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題
四九年には一億円と
昭和三七年における第一の改正点は︑下請代金の支払期間の法定化である︒下請取引に際しては︑当事者間で下請代
金の支払期日が定めわれなければならないこととされ︑定められる期日は︑できる限り短い期間内であることを要し︑
親事業者が下請事業者の給付を受領した日から六
0
日の期間が許容しうる最長期間とされた︒また︑支払期日が定められなかった場合には︑給与の受領日を︑支払期日が給付の受領後六
0
日の期間をこえて定められた場合には︑六0
日目
を︑それぞれ支払期日と定められたものとみなすこととされた︵二条の二︶︒この規定の新設に伴い︑﹁下請代金を遅滞な
結果
︑
く支払わないこと﹂が︑﹁下請代金をその支払期日の経過後支払わないこと﹂︵四条一項二号︶と改められた︒この改正の
(8 )
旧法のもとでは︑明確さを欠いていた下請代金支払遅延の不当性の判断基準は︑極めて明白になった︒なお︑こ
の改正に伴って︑親事業者が下請事業者に交付すべき書面︵三条︶の記載事項に︑下請代金の支払期日が加えられた︒
第二の改正点は︑親事業者の遵守事項の行為類型に追加がなされたことである︒従来規定されていた四つの類型に加
えて︑不当な買叩き︵四条一項五号︶︑物品等の購入強制︵同六号︶︑下請事業者の申告行為に対する報復措置︵同七
号︶の各行為が︑規制の対象とされることになった︒このうち︑下請取引の実態との関係で︑とくに注目されるのは
﹁不当な買叩き﹂の規制であるが︑﹁下請事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に
比し著しく低い下請代金の額を不当に定めること﹂︵四条一項五号︶が違法とされている︒この規定では︑規制基準がも
うひとつ具体的に明確でないきらいはあるが︑不当な買叩きを規制する手がかりとなる規定として︑重視する必要があ
第三の改正点は︑遅延利息制度の創設である︒親事業者が下請代金をその支払期日までに支払わなかったときは︑下
請事業者の給付を受領した日から六
0
日経過後︑支払をする日までの日数に応じ︑公正取引委員会が定める率︵年一四・る ︒
香 川 法 学 第 一 巻 第 一 号
印 昭 和 三 七 年 の 改 正
⑭
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題 六パーセント︶の遅延利息を支払わなければならないこととされた︵四条の二︶︒
昭和四
0
年の改正回
以上が昭和三七年の主要な改正点であり︑中小企業の要望は︑
ける企業間信用の異常な膨脹もあって︑ かなり実現をみたのであるが︑折柄の景気調整期にお
一層の改正強化を望む声が根強く︑昭和四
0
年に︑中小企業政策審議会下請小委員会の具申した意見をうけて︑再び改正がなされた︒改正点は多岐にわたっているが︑主要な部分をあげると︑次の
ように要約できる︒
い交付書面の記載事項の追加等
親事業者わ下請事業者に対し交付すべき書面の記載事項か︑公正取引委員会規則に委ねられることになり︵三条︶︑同
規則により記載事項が大巾に追加されるとともに︑書面不交付の違反について罰則が設けられた
( 1 0
条 ︶︒
⑯ 遵 守 事 項 の 追 加
親事業者が︑下請事業者に有償支給した原材料等の代金を︑その原材料等を使用した製品についての下請代金の支払
期日前に支払わせたり︑他の下請代金と相殺すること︵四条二項一号︶及ぴ下請代金の支払につき︑その支払期日までに一
般の金融機関による割引を受けることが困難であると認められる手形を交付すること︵同二号︶によって︑下請事業者
の利益を不当に害してはならない︵同本文︶こととされた︒
団別会社による脱法行為の規制
親事業者が︑本法による規制を免れる目的で︑自己の支配下にある別会社を通じて下請取引を行ない︑下請代金の支
払遅延等の行為を行なうことを防止する規定︵二条五項︶が設けられた︒
遅延利息の支払の勧告
第一
には
る ︒
下請法改正の意義 ︵
そ の 他
公表の規定が適用されることとなった
第 一 巻 第 一 号
この発展の過程から︑次のような特徴を見出すことかでき
遅延利息の支払︵四条の二︶については︑その支払を親事業者に促す規定を欠いていたが︑
︵七
条一
項︑
四 項
︶ ︒
支払期日の起算日か︑親事業者が下請事業者の給付を事実上受領した日であることを明確にするため︑
下請代金の支
払期日の規定︵二条の二︶に︑﹁親事業者か下請事業者の給付の内容について検壺するかどうかを問わず﹂という文言か
加えられたはか︑固ー団に関連して︑所要の改正か施された︒
5 以上のとおり︑下請代金支払遅延等の規制は︑独占禁止法による指導行政という経験を経て︑下請法の制定をみ
らに数次にわたる改正によって強化されてきたのであるか︑ さ
一般
指定
一
0
に規定されている要件のうち︑質的な判断を要する部分︑弾力的な運用を必要とする部分が︑下請法においては︑大胆に切り捨てられ︑形式的な要件に関する部分について︑画一的な法定化がなされていることで
ある︒取引上の地位の優越性が資本金額によって判断され︑正常な商慣習に照して不当に不利益であるか否かの判断が︑
法定支払期間によってなされることになったのはその代表的なあらわれである︒
第二の特徴としては︑規制の対象とすべき親事業者の不公正な行為の類型か拡大される傾向にあることをあげること
かできる︒前述の認定基準はともかくとしても︑制定当初の下請法にあっては︑不当な受領拒否︑下請代金の支払遅延︑
不当な値引︑不当な返品を規制対象としていたか︑現行法のもとではこれに加えて︑不当な買叩き︑原材料等の購入
香川法学
この点についても︑勧告︑
ニ四
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題 ( 4)
(3 )
(2 )
(l
)
この辺の事情については︑公取編下請法解説五頁参照
ことになっている︒
(9
)
社を利用する脱法行為についても︑規制策が講じられている︒
わないことが違法とされ︑
長期サイトの手形の交付を規制することが明文化されている︒
一 五
強制︑報復措置︑有償支給原材料代金の早期決済︑長期サイトの手形の交付か規制対象行為とされている︒また︑別会 第三には︑下請代金の支払遅延に関する規制甚準の明確化か図られていることをあげることかできる︒認定基準時代
の親事業者の支払能力の判断か不要になったことか︑この︱つである︒また︑制定当初は︑下請代金を遅滞なく支払
その基準は運用に委ねられていたか︑現行法では支払期間の法定化とともに︑割引困難な 第四としては︑下請取引における取引条件の明示か推進されていることをあげることかできる︒制定当初は︑親事業
者か下請事業者に交付すべき書面の記載事項として︑給付の内容と下請代金の額か掲げられていたのが︑現行法では︑
このはか︑下請代金の支払期日︑支払方法をはじめ主要な取引条件がはとんど網羅されており︑前記の規制の前提条件を
整備する域を超えている︒また︑根拠規定も訓示規定ではなく︑罰則を伴う規定に改められている︒
最後に違反行為に対する措置の強化があげられる︒制定時からの勧告・公表の制度に加えて︑法定期間経過後の下 請代金の支払遅延に対しては遅延利息が課せられることになり︑その不払についても︑勧告・公表制度が適用される
当時の下請代金支払の実態等については︑公正取引四六号﹁下請代金の支払遅延﹂参照 武器も含む︒その他の業種については︑この基準を準用するとされていた︒なお︑認定基準については︑公取編下請法解説六ー八
貞及びで三予貝以下参照 当時の下請代金の支払状況については︑公取編下請法解説第一章三!八︑第二章第一節参照
評価するかという点である︒ らかであり︑したがって︑
四独占禁止法制下の下請法の位置
拙 稿 下 請 取 引 の 実 態 と 問 題 点
(9
)
(8
)
一定の日に納品を締切り
(7
)
(6
)
(5
)
第 一 巻 第 一 号
︱二六ー七頁参照︒
公取編下請法解説第二章第二節参照
公取編改正下請法解説︵昭四一︶
I
3参照
他の法案と同様︒三0︑三一両国会とも廃案となった︒
取編改正法解説︵昭四一︶
︵前記三⑥末尾︶︒このことも考慮 一定期間後に支払う制度をとっている親事業者か多いが︑これと法定支払期間との関係については︑公
下請法の運用の状況と問題点は︑本稿の三として述べる予定であったが︑
記したが︑それ以外の点については︑次の文献を参照されたい︒
公正取引九三号︑九四号︒ 紙数の関係で割愛した︒
必要な範囲で二及ぴ三に注 公取編改正法解説︵昭三七︶三下請取引の概要︑公取編改正法解説
︵昭
四一
︶ I l l 逐条解説の各条の実務上の問題の部分及び
N王請法施行一0
年の
歩み
︒
下請法が独占禁止法の補完法であり︑その補完関係がどのような内容のものであるかは︑以上に述べたところから明
このような側面からの独占禁止法制下における下請法の位置づけについては︑あらためて述
べるまでもない︒最後に残された問題は︑既に再三に亘って指摘したように︑下請法と公正な競争秩序との関係をどう
この点について既述したところを要約しながらその相互の関係を整理し直すと︑次のようになる︒下請法は︑独占禁
止法による不公正な取引方法の規制を︑下請取引という特定の分野において補完するものであるが︑同法のもとでは︑
不公正な取引方法の要件である﹁公正な競争を阻害するおそれ﹂
香川法学
の判断を要しない︒
二六
下請代金支払遅延等防止法をめぐる諸問題 問題の所在を明らかにしてみたい︒ に入れると︑下請取引の公正化という本法の目的は︑縦の取引の公正化と解するのが無理のないところであるが︑その究極の目的は︑独占禁止法第一条の目的の実現にあると解すべきである︒︵前記二①︶︒そして︑このような解釈を裏づける論拠としては︑論旨明快な前掲の正田教授の見解を除けば︑下請法を︑不公正な取引方法規制の延長線上にあるものとする見解と不公正な取引方法からの脱却を目指す別個の規制への発展とみる見解とがあるが︑これをどう評価するべきか︵前記二③印︶ということになる︒
右の二つの見解を評価するためには︑一般指定一
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の優越的地位の濫用行為と公正競争阻害の要件との関係を究明するとこから始めるのが本筋であるが︑紙数の関係もあるので︑以下においては︑下請取引の実態に重点を置いて︑その
優越的地位の濫用行為は︑競争手段として用いられるものではなく︑直接︑競争秩序に影響を及ぽすことのないもの
であるから︑これと﹁公正な競争を阻害するおそれ﹂という要件とは︑間接的︑結果的に結びつくものであるというの
が︑多数意見である︒そこでまず︑この点について︑下請取引の実態に即して︑見直してみよう︒
下請法の規制対象である親事業者の行為類型のはとんどか︑親事業者を基軸とする競争秩序に直接影響を及ぽすもの
でないことは︑概ね︑通説のとおりである︒したがって︑これらの行為が親事業者の地位を不当に強化することにより
間接的︑結果的に競争秩序を阻害するおそれがあることも︑そのとおりである︒この場合の競争阻害の効果については
取引上優位に立つ親事業者が︑その力関係を︑一方的に︑弱者である下請事業者との取引においてほしいままにするこ
とは︑親事業者が︑競争の中核であるべき能率中心の企業努力によらずして︑自己の地位を競争者に比して不当に強化
(3 )
する結果をもたらすこととなり︑このことが︑公正な競争秩序を維持するうえでの障害となると考えられよう︒﹁阻害す
るおそれ﹂とは︑可能性を指すのであるから︑右の競争阻害の効果について︑これ以上の詮索は必要のないことである
二七