ピュロス文書にみえる漕ぎ手たち : ピュロス王国の軍制の一側面
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(2) . ピ ュ ロ ス 文 書 にみ える 漕 ぎ手 た ち. - ピュ ロス王国の軍制 の一側面 -. 山. 川. 鷹. 目. 次. 司. はじめ に. 1, ピュロス文書の漕ぎ手 2, 3文書の関連 について 3, 漕ぎ手の出処 4, 当時の社会状況 おわりに. は じめ に. 筆者 は以前, ミケーネ時代oピュロス 王国 における軍事制度を, 主に 0-ka文書とよ ばれる海岸警 } 王 権 は ko「e-te po-ro-ko-re-te など王の役 備 隊 の指 揮 系統 を 示 す 粘 土 板 文 書 を 中 心 に考 察 し1 , , ta ) を現地と王宮との連絡役としてかなり整っ た指揮 e-qe- 人を指揮官 として, また 「王の従者」( 系統をもっており, 他方王国各地から緊急に兵を徴募し, その徴募の代償 として貢納免除の措置を とっ ていたことから, 恐らく王国の軍事力の中核 は主直属の戦士および支配下村落の戦士であろう が, それに加 えて緊急事態下では徴募によって兵力を補充 し, 王(wanax)の統帥権の下 で上記の事 態に対処 していたのではないかと推測した. )とこ 0十x 人を以て ピュロス王国の軍隊 と捉 えられるかについて は議論の分 かれる2 兵員総数78 ろである が, たとえ防御の本隊ではなく警備の分遣隊だっ たとしても, 王の役人によっ て指揮され た警備隊は10の倍数を構成単位とするかなり整っ た組織を示 しており,王権によって ピュロス王国 の軍制 が掌握されていたことは間違い ない. ところで 0-ka 文書 は主 に海岸地方警備の ための兵を扱っているが, もう1つの範噂として船の が海を媒介にして王宮 t a 漕ぎ手( r e- e- , あるてm) に言及している文書 が3枚ある, ミケーネ諸王国 を中心に外国 と交易を行っていたことは, ギリシア各地で発掘出土した数々のす ばらしい工芸品 に }に つ ) 更 にミ ケ ー ネ と エ ジ プ ト パ レス チ ナ シリ ア を 含 む 東 地 中 海 交 易 圏4 よ っ て 示 され て い る3 , , ,. いても, 考古学の成果から確認されてし・る, このような交易の前提 は海上交通手段の占有であり, ) そして海上交易のための 恐らく王宮 が中心となって活発な交易活動 が展開 されていたであろう5 . 題とする文書 は えられる しかしここで問 漕ぎ手 がいたことは当然考 , このような通常の交易の た , めに派遣される漕ぎ手の文書で はなく, 警備船あるいは兵船の漕ぎ手の文書であり, 従ってこれは ) 海軍組織の一部であり, その軍事行動を示 していると考 えられる6 , 本稿ではこの3 枚の漕 ぎ手文書を検討 することで, いわゆる 0-ka文書以外から探れる ピュロス 23.
(3) . 山 川 鷹 司. 王国の軍制 の一側面と当時の王国の状況について考察 してみたし・. )の 漕 ぎ手 1. ピ ュ ロ ス 文 書7. 〈1〉 Anl=Docs .53 l e-re-ta, P te - jo- pe-re-u-ro-na-de, i vIR 8. 2 ro-0-Wa. i 3 r - jo. VIR 5. 4. VIR 4. PO-ra-PI. 5 te-ta-ra-ne 6. VIR 6 VIR 7 [. a-Po-ne-We. 7-8. 空. 白. これ は各 地 区 か ら プ レ ウ ロ ー ソ P1 eur6n へ 派 遣 さ れ た漕 ぎ手 の 数 の リ ス ト で あ る.1 行 目 で「プ レ. i ウローソヘ行く ( t ) 漕ぎ手たち」 と文書 の内容呈示があり, 2行目以下で漕ぎ手たちの出処地 on e s とそ の数 が列挙されている. まず漕ぎ手派遣地 の プレウローソである が この地がどこか確定する ,. ) ま た 漕 ぎ手 が 徴 発 さ れ た地 域 に い て れ ば こ と はで き な い8 つ み . , 2 行 目 の Ro-o-wa は ピ ュ ロ ス 王 ) An519=Docs 57 で は To-ro-o の 指 揮 下 で 警 備 隊 が 配 置 さ れ 国の重要 な沿岸地 区の1 つであり9 . , て い る. 3 行 目 の Ri - jo は元来岬( ioジ )を示す普通名詞から派生した言葉で 文書では近州 ピ ロ p. ュ. ,. ス 9 市 (村) の 最 後 に数 え ら れ, ア ク リ ー タ ス 岬 をメ ッ セ ニ ア 湾 西 岸 に沿 っ て 北 上 し た と こ ろ に位 1 0 ) 置 し, 現 在 ゴ ロ 一 二(K0r6ni , Kopあり“)と よ ば れ て い る と こ ろ で あ る, こ れ も 文 書 に度 々 言 及 さ れ る 重 要 な場 所 で あ る,4 行 目 の Po-ra-pi も Na228=Docs 5不 .184 の亜麻貢納不足文書 で SA3. ,. 足 の Ro-o-wa 地 区 と と も に SA IO の不足が記されて いる 何故不足 したか理由 はわからないが 漕 . , 1 ) によ れ ば An656=Docs 59 で ピ ロ ス 9 ぎ手 の 徴 発 と 関 係 が あ る か も しれ な い, ま たパ ー マ ‐1 ュ . , 市(村)の 6 番 目 に位 置 す る A-ke-re-wa 地 区 に配 置 さ れ た 指 揮 官 Du-wo- io の 下 で,60人 はA-ke- re-wa に留 ま っ て 警 備 して い る も の の 20 人 が Po-ra- i に派 遣 さ れ て い る こ と か ら A-ke-re-wa , 地 区近 辺 の 場 所 で あ っ た と考 え ら れ る.5 行 目 の Te-ta-ra-ta 地 区 と 6 行 目 の A-po-ne-we 地 区 は An6 10 でも Ri - j oの次 に同じ順序で記されている 現在のところ Ri - jo以外の場所の確定 はされて. . いないが,し・ずれの地 区も漕ぎ手となりうる人々を擁 している沿岸地 区ではなかっ たかと考 えられ , 恐らく漕ぎ手 はそれらの地区から徴発され, プレウローソ ヘ派遣されたのであろう , 次 に漕ぎ手の数であるが, 総計30人(但し A-po-ne-we は8人の可能性も あり も し8人なら総 , 計31人となる)になり, ここでも ○-ka文書と同様1 0の倍数(A-Po-ne-we が7人の場合)となる ことは軍事組 織を考 える上で注目されるだろう. ホメーロスの叙 事詩での乗員数を計算したトムソ 2 ) は トロ イ 遠 征 に オ デ ュ セ ウ ス が 率 い た 艦 隊 数 は12 隻 ( ン G. Thomson1 1 1 1 ッ , .工 ,637) で あ り,. 各船 に船長1人, 舵手1人, 漕ぎ手50人の乗員数 であることから総数を624人と算定 している 同 . じく イ リ ア ー ス の「船 の カ タ ロ グ」で ビ ロ ク テ ー テ ー ス Phi lokte tきs に率 い ら れ た7 隻 に は 各 々 , ,. 弓矢の技 に練達 した武勇 の強者である漕ぎ手 が50人乗船 し( 1 1 1 18一7 20 ) .1 ,7 ,他方ボイオーティ ア か ら の 50 隻 の 船 に は 各 120 人 の 若 者 が 乗 り 組 ん で い た ( 1 1 1 .1 ,509-510) . ま た 別 の 場 面 で, オ. プュッ セウスを統率者 にアポローソ神 のための百牛の大賀を積み込む船に,20人の漕ぎ手を撰りす IL 1 ぐっ て い る ( -310) ,309- . 一 方 霞トラ ュ ッ セ イ ァ」 で も 20 挺 櫓 の 船 の 記 述 (od .IX,321) が. 24.
(4) . ビュロス文書にみえる漕ぎ手たち 3 ) によ れ ば 1959-60 年 にイ オ ル コ ス lolkos の 王 宮 壇 か ら出 土 し た 船 を 描 あ る, 更 に太 田 秀 通 氏1 , ,. 0本の樵 が復原されている, このような三十機船を想定する いた壷絵の断片 には各舷15本, 合計3 なら, ここでの漕ぎ手数30人は丁度1隻分の数に相当する, しかしホメーロスの記述は20樵船か 0樵船まで多様であり, 従って Anl の30人 ( 31人) についても, 1隻の兵船の乗員数とも乗 ら12 4 〉 員数の一部 にすぎないとも解釈 される1 。 〈2> An610=Docs .54 ]ne, e-re-ta [. 1. i-ta ]e, ki-t. 2 3. 空白. ]. VIR I 9[. i-ta me-]ta-ki-t. VIR 3 6[. i-ta ]wa, ki-t. 4 5. i-ta me-ta-ki-t. 6. e-wi-ri-po. [. VIR 4 6[. VIR 3. [. vIR 9. po-si-ke-te-re [. VIR. 7. a-ke-re-wa. VIR 25. wo-qe-we[. VIR. 8. io ri-. VIR 24. i‐ io[ wi-nu-r. VIR. 9. te-ta-ra-ne. VIR 31. i-ta me-ta-ki[-t. VIR. I0. a-po-ne-we. VIR 37. me-ta[. VIR. I1. ma-ra-ne-nu-we. VIR 40. i- ja-ke-e po-t. VIR 6 [. i - io ]-ku-s. 12. vIR 8. za-e-to-ro. 13. da-mi-ni-io. VIR 40. 14. we-da-ne-wo. VIR 20. 15. po-ku-ta. vIR 1o. we-re-ka-ra, te-qa-ta-qe. 空. 白. 16-20. e-ke-ra2-wo‐no. k. io ni-. 126. i-ta me-ta-ki-t. VIR 3 VIR 4 0[. 6 VIR 2 VIR 20. この文書 は左上及 び右上半分 が破損 している が, 概要 は理解できる. 1行目では]-ne(地名) で の漕ぎ手 と頭書され, この地に徴発された漕ぎ手 が集められていたらしい. そして2行目以下で各 ki ita46 人 me-ta-ki - 出 処 地 か らの 漕 ぎ手 数 が 挙 げ ら れ て い る,2 , ,3 行 目 で]-e(地 名) か ら の -t- 1 5 ) k i i R t t i l 9 が t- ta 人 の 計 65 人 , ま た 4 , 5 行 目 で o-o]-wa と 復 元 さ れ う る 地 区 か らの - -a36 人, i i t -t -ta の 解 釈 に つ い て は, “れ “ (pl - -ta3 人 の 計 39 人 が 列 挙 さ れ て い る. ki me-ta-ki . 1 6 〉 k i ta- i t ta に つ い て は 〆”α-”売 物ぐ (pl - - 瓦”てα‘)= 住 民, 移 住 者, 定 住 者, 開 拓 者 な ど , me- , 1 7 ) f ” を 寄寓者 地片 ) ( 後の移住者 移動を余儀なくされた住民 ぴ )=新住民 r 『 c em〃 β α リ α‘ 卿 ” .” , , ,. 8 }が挙げられる この両者 は先 に移住 し ) しなければならない移住者など1 を転地 (””α- , , change ていた住民と後に移住 してきた新参の住民を区別したもの という解釈も可能であろう. i i t t - - aの語 はなく直接人数 が記されているが,1行 6行目以下からは書式 が変わる, ここからはk. 9 )か ら9 人 i i -r -po(Eur に2 項 目 か ら3 項 目 を記 入 す る た め の 省 略 で あ ろ う. 6 行 目 で は E-wi pos)1. i t -ke- r e人数欠損が続く が, この語 についても移民, 地名, 職業名 など解 徴発され, そしてpo- s e- 0 ) 7 行 目 で は A-ke-re-wa 地 区 か ら の 漕 ぎ 手 25 人 と そ の近 隣 に 位 置 し た と 思 釈 が 分 か れ て い る2 ,. jo - われる Wo-qe-we[から人数欠損の漕ぎ手が徴発されている, 8行目は Anlにも挙げられた Ri i か ら24 人, Wi - io[か ら人 数 欠 損 の 漕 ぎ手 を 記 して い る,9 -nu-r ,10 行 目 の Te-ta-ra-ne ,A-po-ne- i i t ta 共 に人 数 欠 損 の 漕 ぎ手 を 徴 ‐ ta)31 人, 37 人, me-ta-ki - -t - we は An1 と同 じ順 序 で 各 々 (ki D M M 発 さ れ て い る, 11 行 目 の a-ra-ne-nu-we は a393= ocs ,175 文 書 と の 関 連 で 注 目 さ れ る, 25.
(5) . 山 川 鹿 司. Ma393 で は Za-ma-e-wi- ia 地 区 で の 6 品 目 の 貢 納 査 定 量 (A28 B28 C8 D12 E5 F6 00 ) のうち ma-ra-ne-nl- ) を 貢 納 免 除 に な っ て い る. ma-ra-ne- io は そ の 4 分 の 1(A7 B7 C2 D3 E2 F150 nu-we. は地名かあるいは地名 に由来する種族名 と解されている が, 40人の漕 ぎ手を徴発された代. i 償として貢納免除になっ たのだろうとも受 け取れる. 更 に Po- t - j a-ke-e地区からの漕ぎ手 は6[人 i と 復元 され る. 12 行 目 の Za-ku-s ioi - jo は人 名 か地 名 に由 来 す る 種 族 名 (Zakuns ) を示 して い る, ま た Za-e-m-ro 地 区 は An661=Docs -no- jo 指 揮 下, ピ ュ ロ ス 9 市(村) .60 の ○-ka 文 書 で,E-ki の 1 つ Ka-ra-do-no か ら 徴 発 さ れ た 兵 員 と 共 に KO- k - - - - r へ 20 人 の 兵 員 を 派 遣 し て い o u r 1 a o i ,. る. ここではわずか3人の漕ぎ手を徴発されて いる が, 陸海両軍へ兵を派遣してし・る.1 3行目のda- i i i? -n - j ) と思われる が40人の漕 ぎ手を徴発されてし・る. mi oも種族名 (Damn o 1 )と 14 行 目 の 帆re-da-ne-u は共 に ピ ュ ロ ス 王 国 で 重 要 人 物 で あ 次 に13 行 目 の E-ke-ra2-wo2 っ. i -t -me-na は土地文書 Er880=Docs .153 で Sa-ra-pe-da にク テ ィ メ ナ (ki , 私 的所有の土地) をもち, また神への献納文書 Un718-Docs .171 で は同 じ く Sa-ra-pe-da で 王(wa- た. E-ke-ra2-wo. na-ka) に次 ぐ高 位 者 ラ ー ワ ー ゲタ ー ス (ra-wa-ka-ta) や ヴ ォ ル ギ オ ー ネ ス (wo-ro-kトjo-ne). と並んでポセイ ドーソ神 へ小麦4単位, ぶどう酒3単位, 牡牛1頭, チーズ10単位, 羊皮1枚, 蜂 蜜 v3 を 献納 して い る. 一 方 駅r e-da-ne-u は家 畜 文 書 Cn655 .62 で, Ma-ro-pi ,6 , 13-20=Docs. .雌羊307頭, 雄雌不明の羊8 において彼の牧人たちが雄羊260頭, 0頭の計647頭とず ばぬけて多数 E 6 4 D 6 K K = ocs の羊を集めてい る. s .169 で は O-pe-re-u( opereus) よ り, ポ セ イ ドー ソ神 や An 656 で e-qe- ta と し て み え る Di -wi - je-u らと共 に小麦 T1v4 の貢納 を受 け 同 じく Es647 で ○- , pe-ro-me-no より小. 麦 T1v2 .170で A-re-ku- , Es648 で A-ne-no か ら 小 麦 vl , Es649=Docs. tu-ru-wo-ne か ら 小 麦 T2v4 な ど Es-シ リ ー ズ で 一 連 の 貢 納 を 受 けて い る, こ の よ う に 貢 納 を 受 ける側 の人 物 と して, か な り 高 位 の 有 力 者 で あ っ た こ と が わ かる. こ こ で は E-ke-ra2 -wo が 40 人, 帆尼-da-ne-u が 20 人 の 漕 ぎ手 を 徴 発 さ れ て い る. KO-ni-no. は種族名 か, 地名 (KO-no ) の派生語か, 共有地(“o 乙恥シ) の人を指すとの解釈がなさ. 2 } ま た こ こ で は男 子 を 示 す イ デ オ グ ラ ム は な い2 3 )が (ki れ て お り2 i t i - t -ta) 126 人, me-ta-ki - - , ,. t a26 人と最大の漕ぎ手を徴発されている. 15行目は職業名で示される集団からの漕ぎ手徴発である,po-ku- ta についてはある種の職人, ぶ. 4 )が 想 定 さ れ て い る we-re-ka-ra-ta t qa-ta-qe も 職 業 名(織 どう酒 の 注 ぎ人, 毛 刈 り 職 人 な ど2 . 5 )を 示 してし・る 物 の 専 門 家 ?)2 . 以上逐次文書を検討 してきたが, ここで注目されることは, まず第1に Anl に比べて An610 で. 確認できる漕ぎ手 は, 25 の グ ル ー プ(う ち 数 字 が 示 さ れ て い る も の は20 グループ)に分かれ, 総数 569人以上の多数 に上 っていることである, 仮に一隻 の漕ぎ手数 が30人の榛船だとするなら, 少な く とも 19 隻 以 上 が1 行 目 の 恐 らく 港 の あ っ た]-ne に結 集 して い た こ と に なる, こ れ が ピ ュ ロ ス 海. 軍の本隊の一部であっ たのか, それとも 0-ka文 書に対応する海上での分遣警備隊なのかはわから なし・ . i i 第 2 に1~5 行 目 で は]-e や Ro-o]-wa の ki -t -ta t - -ta の 漕 ぎ 手 数 が 列 挙 さ れ て い , me-ta-ki i る が,6 行 目 以 下 で は前 述 の よ う に改 め て ki -t -ta の語 は見 当 ら な い. し か し me-ta-ki i t - -ta ,人 名,. 種族名, 職業名 などで特に限定されていなし・場合は, 各地区のki i t t - - a からの漕ぎ手の徴発であっ 6 ) 従 っ て こ の 文 書 の キ ー ワ ー ド で あ る ki た と み て よ い で あ ろ う2 i ta と me- i ta-ki -t - t ta と は何 - - . な の か と い う こ と が 問 題 に な る. 先 に み た よ う に, こ の 語 は諸 学 者 に よ っ て 解 釈 さ れ て い る が ピ ュ , ロ ス 王 国 の有 力 な 大 土 地 所 有 者 E-ke-ra2 -wo や 頓尼-da-ne-u と 並 ん で 土 地 保 有 に与 か る 者 で あ っ. たと考 えられる. また An610 は土地保有の故に漕ぎ手 としての奉仕を行う土地 保有者たちの義務 26.
(6) . ピュ ロ ス文書 にみ える漕 ぎ手 た ち. 7 )も 注 目 さ れ る を記 録 し たも の で あ る と す る キ ル レ ソ の 解 釈2 .. 第3に徴発 された漕ぎ手数 は, 人名, 種族名, 職業名 と思われるもの がピュロス軍制の基礎単位 ki i 示 さ れ て い る, こ の 違 い i t -ta - で あ る 10 の倍 数 で示 さ れ る 反 面, ki , me-ta- -t-ta の数 は端 数 で. は何を意味しているのか. 倍数グルー プ は通常の徴発であっ たのに対 し, 端数グルー プ は緊急事態 下で急速行なわれた臨時の徴発 とも考えられる, しかし端数 グルー プも土地保有 に与かる限り当然 その保有に拘わる奉仕義務 があっ たはずであり, この漕ぎ手派遣も通常の奉仕義務遂行の一環とみ る こ とも で き, い ろ い ろ な解 釈 の 可 能 性 は あ る が, よ く わ か ら な い.. 〈3> An724=Docs ,55 1 ro-o-wa, e-re-ta, a-pe-o-te , 2. 3. me-nu-wa, a-peモーke, a-re-sa-ni-e. i i ta -t - - j de -ke‐r , , ki. 4 e-re-e. VIR I. ばVIR I =. pe-ro-ta , 虹e刀. VIR. k i -e D 5 e-ke-ra2-wo-ne r , =vIR I , a-pe-e- e, a - 6 0-pe-ro-te, e-re-e. VIR 5. 7 ra-wa-ke-ta, a-pe-e-ke[. i t -qo-we-u 8 ta- , o[ 9. a-ke-re-wa, ki-e-u, o-pe-[. i t - -ta VIR I I0 ki. ]e vIR 1[ io ]qe-[ ]- , VIRI iia-to ]e , a-r-. vIR I. i i - io -qo O-ro-t , a-[ , d. i-qe e-qe-ta ka-ma[ ], e-ko-s , , .・ i t VIR I io, e-nwa-rl- I2 e- o-n - io 11 0-pe-ro, [. 13 wo-qe-we , [ io, o-no, 14 ri-. te - ia ]qo- , ru-ki , a-ko-wo e-qo-te. vIR[. VIRI0[. この文書 は頻繁な削除 と再記入の痕跡や, 書記の誤 っ た記入も見受 けられる上に, 文の構成や内. 8 }が そ の 内 容 は Ro-o-wa や A-ke-だ- 容 も よ く わ か ら な い 点 が 散 見 さ れ る 不 完 全 な 文 書 で あ る2 , - io で お こ っ た, 不 在 に な っ た漕 ぎ手 へ の 言 及 で あ る,ま ず 最 初 の グ ル ー プ Ro- wa , Ri , 帆わ-qe-we -wo や 王 に次 く 地位 にあり 土地文書 (Er312=Docs o-wa で は前 述 の E-ke-ra2 .152) で テメ ノ. ,. k lawagetas) ス 所 有 に与 か っ て い たra-wa-ke-ta( , 更 に An654 の ○- a 文 書 で の指 揮 官 の 1 人 Ta- i t -qo-we-u な ど高 位 有 力 者 の 漕 ぎ手 が 1~5 人 不 在 に な っ て い る. 次 に A-ke-re-wa 地 区 で は船 i i i - io - ia-to -tトta -re-u を漕 ぐ奉 仕 義 務 を 負 っ て い る ki , a-r , ki , o-ro-t , d-qo , a-[ ]ら の漕 ぎ it Ak kit 0 手各1人(?) が列挙されている. 13 , 14行でも, An61, 7 で - e-re-wa か ら の - -a の漕 io な ど の 地 名 が み えて い る, こ こ で 注 目 さ れ - ぎ手 に続 いて記 さ れ て い た 近 隣 地 区 Wo-qe-we や Ri る の は, 第 1 に Ro-o-wa で の 高 位 有 力 者 た ち の 漕 ぎ手 へ の記 述 に a-peモーke(apheきke , ム〆“〆‘). 9 ) 第2に船 を漕く 奉仕義 の語 が用いられ, その不在理由を示 しているように思われることである2 , 0 )が 挙 げ ら れ て い i i ta や a2 - -r -e(没入‘e食, 漁 夫, 水 夫)3 務をもっ た者として An610 に み ら れ た ki-t. る. ここにも物品のみならず, 賦役貢納を課す王権の一側面をみるこ とがでる. 第3 に前後の文脈 i to-n - io) に与 か っ て と の 結 び付 き はよ く わ か ら な い が, ka-ma(農 地 保 有 の 一 種) の 自 由 保 有 (e- ta (「王 の 従 者」) が み えて い る. e-qe-ta は○-ka文書で分遣警備隊ととも に各地 に派遣 い る e-qe- io の下 で A-ke-re柵wa され, 現地と王宮との連絡の任 に当っていたが, An656 で は指 揮 官 Du-wo- 27.
(7) . 山 川 鷹 司 地 区 にい た警 備 隊 は, そ の 地 区 の 他 に Po-ra- i i の 計 3 ヵ所 に分散して警備の任につき そ , U-wa-s , ta が 1 人 ず つ 配 備 さ れ て い る. こ の A-ke-re-wa 地 区 に駐 屯 して い たe-qe- の 各 々 にe-qe- ta で あ る Ka-e-sa-me-no と ka-ma の 自 由 保 有 に与 か っ て い た e-qe-ta と は同 一 人 物 で あ ろ う か 少 な く .. とも陸上での警備の任を負っ ていたe-qe- taも漕ぎ手の徴発を受 けていたことがわかる. 第4にこ の文書で扱われている何らかの事情で不在となっ た漕ぎ手の数 は非常 に少ない. このこと は僅かな 漕ぎ手の不在をも王宮が掌握 し, 記録 していたということであり, ピュ ロス王国の貢納制がこの時 期 に充分機能 していたことを示 している, 以上が漕ぎ手 に言及している主 な文書である. では次 にこの3つの文書の関連 について考 えてみた し・ ,. 2. 3 文 書 の 関 連 に つ い て. 1 )が示唆的である 氏は An これらの文書の関連 について は『ミノス』誌掲載のキルレソ氏 の論文3 . l 文書の編集に至 っ た状況の確証のため に 一 方では古代オリエントで類似 した社会からの記録と , 3 2 )に注目し 両者の内 して, ウガリ ッ ト王国での海上軍事奉仕 のための徴発記録 CTC79(UT8 3 ) , 容の類似から, 両国とも同様の現実を反映したも のであり, このビュロスの記録も海上での軍役奉 lservi 仕 (nava ce) の 義 務 を 負 っ て い る 各 地 の住 民 の 徴 発 記 録 で は な い か と し, 他 方 ピ ュ ロ スAn- シリ ー ズ の他 文 書 An610 と 724 と の 比 較 を 行 っ て い る, こ こ で 氏 は An724 3-4 の「漕 ぎ手とし ,. i ての奉仕義務を負 っている土地保有者kt t an ophelontaereen」 の 句 は土 地 保 有 の 故 に漕 ぎ 手 と し 3 )が ての奉仕義務を負っ た土地保有者への言 及であり, この徴発義務を遂 行 しなかっ た個人の記録3 An7 24 であっ たと考 えてもほとんど問題 はないとしている. 更に An72 4 で明記されている漕ぎ手 としての奉仕 が土地保有者の義務 とするなら, k i i t t - - a が列挙されている An610も土地保有の故 に漕ぎ手 として奉仕する土地保有者の奉仕義務の記 録であろうとし, そ して An61 0がそのような 奉仕義務を負っ た土地保有者 の記録だとするなら,Anl もまた同様の奉仕義務記録ではないかとし ている. 即ちここでキルレソ氏 はこれらの漕ぎ手文書 は土地保有 に拘わ って課せられた一種 の軍役 奉仕義務の記録ではないかとの仮説を提示しているのである. 表 1. 文書 \\ \\ 場所. Anl. An610. 8. 3 9[(+?). - r l 〕O. 5. 24. t ta-ra-ne e-. 6. 3 1(十?). a-PO-ne-W e r. 7[( 8?). 37(+?). 3 4 )にま とめ ま た キ ル レ ソ 氏 は An1 と An6 10 で共通する場所での漕 ぎ手数 の関係を表1. , Anl の漕ぎ手数 は An610 の漕ぎ手数のほぼ5分の1を示 しているとし, このこと は Anlが課税記録で あるという見解 にもよく一致しており, 文書 にリストされている各地区からの漕 ぎ手の数 は 各々 , の地区の標準の課税評価を基礎 に算定されたものであるとの見解を示 している.そして最後に氏 は , An610 は王国各地で奉仕 していた漕ぎ手の総数であっ たのに対 して Anl は特別の事態での特別 , 28.
(8) . ピュロス文書にみえる漕ぎ手たち. の徴発かあるいは定例の徴発かはともかく, 漕ぎ手の補充記録であり, 王宮は通常の課税と同じ課 税評価に基づ いて 、徴発を行っていたと結果している. 以上キルレソ氏の所説を長々 と引用 したが, それはウガリッ ト王国との対比について は類似の文 書 と の指 摘 に留 ま っ て い る も の の, PYAn シリー ズの漕ぎ手文書の結論 は文書の内容を理解する上. で重要な示唆を含んでし・ると思われるからである, ピュロス王国の国家形態 は未熟 ながら官僚制を 備えた貢納王政であり, 主要な生産手段たる土地を媒介に, 種々の貢納を支配下地区に課せていた ことは一連の ピユ ロス文書から確認できる. 漕ぎ手の徴発もまた, 貢納制の一環として王権によっ i i ta ta-ki -t - -t - て 沿 岸 地 区を 中 心 に課 せ ら れ て い た こ と は充 分 に予 想 さ れ る. An610 は正 にki ,me- ta ら の土 地 保 有 者 E-ke- -wo や 訳厄-da-ne-u らの高位有力者 らが,漕ぎ手奉仕の義務を負っ て ra2 ,. i ・た -ta らの土地保有者 はあるいは自ら漕ぎ手の義務を果してし -t い た こ とを 示 して い る. 各 地 の ki -wo らは彼らの土地の借地 人を借地の故に漕ぎ手として派 遣していたの かも しれ な い が, E-ke-ra2. かもしれない. ここに農業を主要な生産形態としながらも, 土地保有の代償として漕 ぎ手の奉仕義 務を負っ た当時の農民の姿 が窺 える. ま た An724 は派遣先で何らかの事情で不在 になっ た漕ぎ手をその派遣者 (有力者 であっ たり地 名であっ たりする が) を明示 しながら記録 している, 既 に述べたとおり僅かな人数まで王宮 が掌握 していたことは, 王国内でこの賦役制がいかに確立 していたかを示すと同時に, 王権が依然として 機能 していたことを裏付 けている. Anl の3 0人の漕ぎ手 はプレウローソヘの警備のために派遣された1隻の乗組員 の構成を示 して 24 でみられたように, 何らかの事情で不在 になっ たり, 漕 い る と の解 釈 も で き る が, あ る い は An7 ぎ手の増員の必要から, 本来の奉仕義務 に加 えて, 漕ぎ手補充の指示記録と考 えることもできる. 1 0 で共通する地名 の漕ぎ手の比率 は1:5であるこ 即 ち キ ル レソ氏 が指 摘 す る よ う に An1 と An6 とから, 名地からの漕ぎ手補充の基準 は本来 王宮が徴発している人数の20%増だと解釈することは 可能であろう. しかし Anl文書 はブ レウローソヘの漕ぎ手の派 遣を明示しているにすぎず, 補充文 書と断言 はで きない. ピュロスでの漕ぎ手文書 はわずか3枚 しか残存 していないので, いろいろな推測 が許される が, キルレソ氏の解釈 が今のところ最も説得力 に富んでいる. ただ しピュロス王国の漕ぎ手の全体数が どれ位か, またどのような艦隊を組んで事軍事行動 に当 っていたのか,0-ka文書にみ られる陸上の 警備隊の構成に対して, 海上警備隊の構成はどのようになっ ていたのか, といっ た重要 な点につい ては依然わからないままで ある,. 3。 漕 ぎ手の出処 -wo や 帆尼-da-ne-u か ら の 漕 ぎ手 の 徴 発 につ い て は, 彼 ら 自 ら が 派 遣 さ 前 述 の よ う に E-ke-ra2. れたというより, その配下の者 が徴発されたのだろうと推測したが, 実際に漕ぎ手の出処を示す文 書 が あ る. Ad684=Docs .14 の労 働 集 団 を 示 す と 思 わ れ る 文 書 が そ れ で あ る. .15 , Ad697=Docs a-Pu-ne-We e-re-ta-o. Ad684 i pu-ro t. Ad r697. i te- ia - - ia-o i wa-t. e-re[. ]. ko-wo. ko-wo. VIR 5. ko-wo 2. qe-ro-me-no 29.
(9) . 山 川 da-ml-nl- ja-o ia ri-ne-. ko-wo. 贋 司 vIR. 前 者 は王宮 の あ っ た ビ ュ ロ ス で t i -nwa-t - ja(地 名 に 由 来 す る 種 族 名)の 女 羊 毛 織 工(おてe‘&のり) , i の息子たち男5人, 少年2人と並 んで粘土板上部 の側面 に An610 10 の A-po-ne-we(こ こ で は , ,. A-pu-ne-we と表記)の漕ぎ手 の息子たち(人数記載な し3 5 } )を記録 している. ここで は船の漕ぎ手 の息子も羊毛 の織物労働 に従事する労働集 団の息子たちと同じグループに分 けられてし・る , また後者 は Da-mi i -n - ja(地名)での女亜 麻職工, あるい は亜麻労働 に従事する女たちの息子(人 数記載なし) の上段 に 「漕ぎ手 になるであろう」 「漕 ごうとするであろう」 の語 が付記されて いる . ここで は亜麻の織物労働 に従事する女たちの息子が漕ぎ手と して徴発されることにな ていること っ 6 ) Anl 610 724で は ピ ロ ス や D - i を 示 して い る3 - ja か ら 徴 発 さ れ た 漕 ぎ手 へ の 言 及 は見 a m -ni ユ . , ,. 当らなし・が, これらの地区でも実際漕ぎ手として徴発されるのは上記 のような下層 の人々であ た っ ろう. これ は丁度武器自弁であっ たアテナイ で ソロソ So l onの改革の際に設 けられた財産評価 に , よる区分の最下位テーテス級 は民会や法廷 に出席すること はできたが アルコーソなどの官職には , 就 けず, 戦時には軽装 歩兵, 水夫 として出陣していたことを想い起させる もちろんミケーネ時代 .. ビ ュ ロ ス 王 国 で 武 器 が 自 弁 で あ っ た か 否 か を 知 る 術 も な い3 7 )が 戦 車 を 所 有 し て い た e- e- q ta や Sh ,. 文書にみられる胴鎧や兜を着用 しえた人々 とは対 照的に これら下層 の人々 は身体一 つで奉仕義務 , を果たしたのであろう. 漕ぎ手の実体 はこのような人々 であっ たと考 えられる .. 4. 当時の社会状況 ミケーネ諸王国を含めた当 時の東地中海世界での注目される動きは エジプトの史料3 8 }にも述べ ,. られ て い る「海 の 民 Sea Peopl es」と よ ば れ る 人 々 の 活 動 で あ ろ う. こ の 時 期 に エ ー ゲ海 域 を 荒 し 回 っ た「海 の民」に よ っ て, ミ ケ ー ネ 諸 王 国 ヒ ッ タ イ ト 帝 国 は滅 び エ ジ プ ト は衰 退 して い た3 ) , っ 9 , . こ の よ う な国 際 環 境 の 中 で ピュ ロ ス 王 国 は ど の よ う な状 況 だ っ た の だ ろ う か ,. LHI I IB 期末期の ピュロス王国 に緊急事態が存在したこと は文書の上からも辿 れる4 0 ) もちろん . 1 )もあるが 筆者 はJn文書 にみ られる武器を作 る目的での青銅徴集 緊急事態説 に反対の論4 や鍛冶 , 師の中にも青銅不足を反映してか青銅の割当を受 けれない非受給鍛冶 師がいたこと またJo43 8の , 2 } 更には亜麻貢納o貢納免除 (Na-文書) 4 3 ) 黄金の貢納文書4 4 4 ) , , 6品目の貢納・貢納免除 (Ma-文書) などにみられる貢納免除措置から ピュロス王国 は異常事態 にあっ たのではないかと考 えている , . このような異常事態 の中で海上からの脅威 に対処すべく 陸上からの海岸警備に派遣された警備 , 隊 は, いくつかの拠点で侵入防御 の任 に当っ ていた この動きに連動 して漕 ぎ手 として徴発された . 人 々 も Ro-o-wa A-ke-re-wa など海岸地区の拠 点に派遣され , , 事態 に対処 していた. そ して 漕 ぎ手 奉 仕 の 代 償 と し て 例 え ば An610で 漕 ぎ 手 を 40 人 も 派 遣 し た Ma-ra-ne-nu- we の ,. 3で貢納査定量 の4分の1を免除された者もし・たのであろう このこと は土地保有者 ように, Ma39 , が土地保有の故に漕ぎ手 として 徴発されたり 漕ぎ手の出処 のところでもみたように女性 の労働集 , 団の息子たちが漕 ぎ手として 徴発されていることから 日常の生業を営む傍 ら 緊急事態 に対処す , , べ く 漕 ぎ手 と して 奉 仕 し た の で あ っ て Ma-ra-ne-nu-we の よ う に通 常 課 せ ら れ た以 上 の奉 仕 が 要 ,. 求された時, 別の奉仕義務 をその代償として免除されたと考 えられないだ ろうか .. 30.
(10) . ピュロス文書にみえる漕ぎ手たち. おわ りに. いわゆる軍事文書 とみられている一連 の文書のうち特に漕ぎ手文書を中心に検討してきたが, 依 然として ピュ ロス 王国の軍事制度の全体が明らかになっ たわ けではない. 漕ぎ手 にしろ海岸警備隊 にしろ王国の軍事組織に関係 してし・たことは確かだ が, これらは恐らくその一部にすぎなかっ たで あろう. 前述のように徴発された漕ぎ手たち がどのように編成 されていたのか, また各船には船長 5 〉も不明であ らがいて乗組員を統轄していたはずであるが, それがどのように構成されていたのか4 る,. 1 1 奉仕内容につし・ても, 漕ぎ手 は単に船を漕ぐためだ けの者であっ たのか, それともイリアース( . 1 1 18-20 ) に描かれているように漕ぎ手 が同時に弓矢の技 に練達 した強者であっ たのかもわから ,7 ない. もし漕ぎ手と同時に戦士であっ たとしたなら, 漕ぎ手の実体 は下層民だ けではなく, 武器を 整 えることのできる階層の人々も含まれたと考 えなけれ ばならない. 文書 から漕ぎ手の出目 がわか i i ta らの土地保有者 ta - - -t るのは王宮の労働者集団の 息子 た ち で あ る が, あ る い は ki-t , me-ta-ki が武器を装備 しながら船の漕ぎ手として奉仕 したとも考 えられる,. もしビュロス王国 が緊急事態下にあっ たと前提するなら, このような事態下にあっ ても王宮が従 来の貢納を支配地区に課 し, 記録に留めていたこと は驚くべきことであろう. かつ An1 と An610 にみられるよ うに, 王宮への賦役貢納には通常の課税基準に従って一定の率で課税を付加 し, 当然 それに見合う代償として別の品目の貢納を免除した. また An724の漕ぎ手不在文書で, たとえ1人 たりとも不在 になっ た場合 にはその事実 が王宮へもたらされ, 記録されたことは, ビュ ロスの王権 はかなり整っ た賦役貢納制を有していたとみて間違し・ない. 従って王宮 は緊急事態下 にはあっ たけ れ ども, 決して混乱状態 にあっ たわ けではなく, 依然として貢納制 は遂行されていたと結論するこ とができる. また王国の住民たちも 王宮への奉仕義務からとはいえ, 差 し迫る危険に対応すべく鍬 や鋤を槍や弓, 榛に持ち代 えて, 王国防衛のために戦っ たのであろう. わずか3枚の文書から果 してどれだ けのことが言 えるのか心許ない限りだ が, その他の粘土板文 書, 考古学上の遺物, ホメーロスの叙事詩の記述, 更にはヒッタイ トやウガリッ トの史料などを援 用することにより, 上記のような王国末期の社会状況を描くことができないであろうか.. 〈註〉 5年 7 5一8 6頁, 1 ) 拙稿, 「ピュロス王国の軍制につし・て」『明治大学大学院紀要』 第13集, 197 T彬 /“≠のめだ加飾れ 可 ハ妙”’ Z s 2僻の2 Gだ豹 罷尤 2 ) L, R, Ralmer .154-163; 馬 場 恵 二, , oxford ,1963 ,pp ,7 97頁, 96一2 「回顧と展望 古代ギリシア」『史学雑誌』87編5号, 1 97 8年 2 ince ton UP,1966 l ) G 3 onas .187-202 , ,pp ,211 , Pr , My , 加算8棚β の司 Z庇 財寛ぎ加数“ Age 3 i i i C A甘 ″ P C b d h i M C i i l r ヱ T R f t a o n am r s e c e n a e a n v z e o ge UP,1973 4 ) F. H.Stubbings y ,633 , , , ,PP , , 3Z PZ 2 Cambr i dge UP,1975 i i ion i l zat on ofthe Mycenaean Ci v 一645; The ExPans .181 . , ,PP , CA打 Z -187 .. i dge UP,1976 5 2 g財 1 Wo″〆 ) J. Chadwick, 77 )雛棚鋤7 ,156一158 . (安 村 典子 訳, 『ミ ュ ケー ナイ ,pp , Cambr 9 83年) 世界』 みすず書房 1 idge UP,19732 s ’ 7惚可s 勿 朋yα 伽 如“ G7僻々 6 ) M, Ventris & J, Chadwick, Doα‘ , .183(以下 Doc ,p , Cambr と略記);J ck .173 , Chadwi , , 幼溺. ,p 1幼/ i Z iv t t 8 s er s ) 本稿において使用した文書 は, 注 6 の Doc 7 ,& J .-P, 0l , , 77悌 乃 わs 7 ,及 び E, L, Benne ,lr 31.
(11) . 山 川 鷹 司 Tm〃s cγ必須, Roma ,1973 で あ る. 8) Doc s 3 ck .184 . , pp ,430 ,570; Chadwi . 凋ん p , op .17 , 北西から迫る危険に対処するために, 王国の領土外 に あ っ たコ リ ン トス北 岸, ア エ トリ ア の地名 かも しれ なし・が わ か ら ない と して いる , . 9 ) Docs .187 . . ,p i z 10) Chadwi ck . ,41 . , oぬ c , PP ,43 1me 11) Pa r .7〇 , め. cほ, pp ・ ,16〇一16. 3 423 12) G. Thomson Z Z G〆 I Pres tade s Z“ A”“の2 〃 8た Soc β匁 s , S彰霞g , The Ci . . ,1961,P 13) 太田秀通, 『ミケーネ社会崩壊期の研究』 岩波書店 1 9 68年 16 6頁. .. 14) Doc s .184 . . ,p T K i l 15) J en s 18 , , l , PYAnl , 肌勿o .74‐75 , ,1983 ,pp T h P l 16 ) Doc f Py l s l l ndgren e e o e o osl a p ,431; M.Li .p , .82 , Uppsa . ,1973 ,p lmer 17 ) Pa .c誌 .90 .ヒ ッ タ イ トの NAM, RA 階級 との類 似 を指 摘 して いる, . , op ,p 18) DOC Sリ 431; Li ndgren . ”ん p ・97 ・ , 0ゑ lmer Zん pp 19) Pa - jo 近 隣 の場 所 を推 定 して いる. .c .68一69 , op . Ri ▼ 448; Li 4 3 P 1 5 7 4 l 20) Doc s a m e r ndgren ; s , . , , pp . , 海謬り p . c猛, p .124 . Doc ,op ,p .186 の「嘆願 者, 亡命者」の lmerや Le 解 釈 は Pa jeune によ り否 定 され た. 21) Li ndgren -wo を wa-na-ka と, 次 の 訳/ e-da-ne-u をra-wa-ke- ta に一致させてし .154 は E-ke-ra2 、 , 必然 p. 54では, 少なくとも非常に重要な役人ではあるが, 王の名前であるとは確認されないとして るが, Doc s .p .4. いる. る溺. 22) Li ndgren .83一84 . ,す , PP 2 23) Dαs 6 α ・ .431 , PP . .83 , ,555; Lindgren ,2 ,P P l 1 8 3 i 4 4 24) Doc t 6 Li る溺. s a m e r o c ; ndgren P P P ; . , . , . . , . .118 . ,す ,P lmer る Z d 25) Pa Z 屍 d 1 4 3 1 5 1 5 7 P P . .463; Lindgren ,ぼ ,P . , , . , . l l すん p 26) Ki en ,74 , め. c . l l る緩. 27) Ki en .75 ・ ,ぼ ,P iv i 28) DOC~ pp すん p t-。l er .184 .c .60 ,431; Bennet . , ◇ぬ 4 1 3 29) Do s c p , , . . l l 30) 1 t te PY An724 e tl l i te Py ou e a 日ot enne s9 ndgren .-L. PerPi , La tabl .208一215; Li , 財物o ,1968 ,PP , Z Z op . ・28 . .C ,P l l 31) Ki en . c鳶 . .71一79 . , OP , PP l 32) M. He t zer ’ 碗粥””メケ 物 AれdBねZ Ugα“ち 斬i esbaden , Z脳 尺“焔/ CO .PP .21一22 . ,1976 l l す 3 33) Ki 7 l こ en O ん t で P c そ は He zer P , . . . .59 .ウ ガリ ッ トの例 が挙 げ られて いる, , 必滅, p l l 34) た だ し Ki en i e a-ra-ne -ta を1以 上 と 数 え て 各々 . c効, P .78 はt , OP ,a-Po-ne-we の me-ta-ki-t , 32 (+ ?) 3 8 ( 十 ? ) と して いる , . ZL P 35) Li ndgren .c .49 は同じ数 即ち7人であろうとしている , OP. , . f 3 6 ) c 1一112頁. 労働者集団を女奴隷とみている. .太田, 前掲書11 37) Chadwi ck, op . cえ, P .173 は武器自弁を想定している. B P i h d d T 38) j r c r a e r Againstthe PeoP1esofthe Sea, Aれじ彰鰯 ~β〃 Eq”““ . . . , he Wa 3 PP 262- ton UP,1974 ‐263 . , .. ince e 尤鳶, Pr. 3 9 ) 太田, 前掲書26 9一3 1 1頁. 『東地中海世界』 岩波書店 19 77年 13一7 7頁.. 40) L i i dence for a Stat on ofthe Ev l e of Bmergency at Py , Baumbach osc1200 Bc from , An examinat Linear B Tabl 2 i t et s;Z e s ルイ 8 7 2 αmB ngen yc .40 . , G6t ,1983 ,P 41) D, L, Page ′α oり 7 2α 豹8 品。粥e“c ″海α , 猛禽f ,193-196 . , 1969 ,PP α 1 42) Chadwi L ck O P P . 45 は , . , ビュロスでの金の産出はごく僅かで, ほとんどが輸入であり 毎年徴収するほ. , ど豊富ではなく, 従ってこれは臨時の徴収であり, その用途は武器購入 兵士徴募の使節派遣資金 侵入者を , , 追い払うための資金などと推定し, それらを緊急事態の徴候とみている. 43 ) 拙稿, 「ビュロス文書にみえる亜麻貢納・貢納免除について」『駿台史学』4 0号. 1 97 7年 36一5 9頁, 44 ) 拙稿, 「ビュロス Ma文書にみえる貢納・貢納文書について」『史流』2 0号, 1 97 9年 1-1 6頁. ) cf 45 .馬 場 恵二, 『ペ ル シア 戦争』 教 育 社 1982 年 146一152 頁. トロ イ ゼ ソ 出土 の 「テミ ス トク レス の決 議」 から, ペルシア戦争時の三段機船の配属は, 艦長1名, 配属編成隊(物と仰ぎ硫α)1 4名, 漕ぎ手1 00名の計1 15 名 によ り 構 成 さ れ た と して いる.. 32. (本 学助 教 授. 釧 路 分 校).
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社会的に排除されがちな人であっても共に働くことのできる事業体である WISE
これも、行政にしかできないようなことではあるかと思うのですが、公共インフラに
北区らしさという文言は、私も少し気になったところで、特に住民の方にとっての北