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九州大学学術情報リポジトリ

Kyushu University Institutional Repository

低温で生成した金属水素化物ナノコンタクトで発現 する量子現象に関する研究

髙田, 弘樹

http://hdl.handle.net/2324/1937181

出版情報:九州大学, 2018, 博士(工学), 課程博士 バージョン:

権利関係:

(2)

博 士 論 文

題 目

低温で生成した金属水素化物ナノコンタクトで 発現する量子現象に関する研究

2017 年度 九州大学大学院

工学府エネルギー量子工学専攻

高田 弘樹

(3)
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謝辞

本研究を行うにあたり、非常に多くの方々から多大なるご支援・ご指導を頂きました。

皆様のご助力とご教授のもと、研究成果を本論文としてまとめることができました。はじ めに研究および研究生活を支えてくださった皆様に深謝申し上げます。

河江達也准教授には、研究室配属後の6年にわたりご指導・ご鞭撻を賜りました。特 に、実験・研究を行ううえでは大局的視点や普遍的な思考が非常に重要であることを繰り 返し学ばせて頂きました。また、研究発表の資料作成の際などにおいては、お忙しい中繰 り返しご指導しても頂くなど、私の不足によりなかなかうまくいかない場合にも辛抱強く ご教授を頂きましたこと、本当に感謝しております。さらには、私が研究生活を続けるう えで普段から大変な心遣いを頂いたことに対してもお礼を申し上げます。

稲垣祐次助教には、実験装置の工面や実験環境の整備に加え、測定で不明なこと、実験 結果に対する助言・議論等を頂きました。また我々学生の研究を支えようと心を砕いてお られたことに大変感謝していると共に、その姿勢が私にとって大変な励みにもなっており ました。

九州大学工学府エネルギー量子工学専攻の松村晶教授には副査を勤めて頂きました。本 論文の内容・構成に関して、精緻なご議論とご指摘を頂きましたこと、感謝いたします。

九州大学理学府物理学専攻の木村崇教授には本論文の副査を勤めて頂き、専門的見地か らの重要なご意見・ご指摘を頂きました。大変貴重な知見を頂きましたこと御礼申し上げ ます。

また副査を勤めて頂いたお二人には、私の至らなさから大変なご苦労もおかけしまし た。大変お忙しい中、真摯なご指導いただけましたことに心から感謝申し上げます。

九州大学総合理工学研究院高密度エネルギー理工学の橋爪健一准教授には、本研究で用 いた水素化物サンプルを作製して頂きました。本研究を始めた当初には、作製頂いた水素 化物サンプルを用いての実験サンプルの作製がうまくいかず、繰り返しサンプルを作製し て頂くなど、大変なご助力頂いたことに感謝いたします。

金沢大学学校教育学類の辻井宏之教授には、学会等でお会いした際に沢山のご助言を頂 いたほか、同分野での興味深い現象などに関してご教授・ご議論を頂きました。また論文 の執筆時には、構成や英文に関して細やかにご指導頂きましたこと感謝しております。

福岡工業大学工学研究科情報システム工学科の丸山勲准教授には、理論的見地からご意 見・ご議論を頂きました。また、福岡工業大学で開かれた研究会に参加させて頂くなど、

本研究結果に関する議論の場を積極的に設けて頂けましたこと、感謝しております。

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エネルギー量子工学専攻技術職員の蓮尾斎彦様には、実験装置の作製や修理の際に大変 なご協力をして頂きました。また、エネルギー量子工学専攻技術職員の山口恭平様にも工 場での実習や工場利用の際に大変お世話になりました。装置等に関して、迅速に対応して 頂いたことにも謝意を表させて頂きます。

九州大学伊都地区低温センターの佐藤誠樹様には、実験でトラブルが生じた際などにご 助言・ご協力を頂きました。また実験に関してもご教授を頂きました。また、同じく低温 センターの松尾政昭様、上田雄也様には、実験室で生じたトラブルなどに迅速に対応して 頂きました。大石泰男様、森育子様には、多くの心遣いを頂きました。池田弘幸様には寒 剤供給の際取り計らって頂きました。職員の皆様に感謝を申し上げます。

エネルギー量子理工学専攻事務の皆様には、予算の手続きに関してなど大変な面倒を見 て頂けましたこと感謝しております。

当研究室の先輩で、東京大学物性研究所の吉田靖夫助教には学会等でお会いした際に、

大変率直な意見を頂きました。研究結果に対する議論の仕方など、多くを学ばせて頂けた こと、感謝いたします。

当研究室の先輩であり、東京工業大学理学院の家永絋一郎助教には、本研究を行ううえ で多大なるご助力・ご教授を頂きました。当研究室に在籍されていた間には、実験装置の 構造・原理・注意点や、実験結果に関する考察、発表資料作製の指導、さらには生活面で のお気遣いなど、お世話になったことは枚挙に遑がありません。また所属を移された後に も、実験結果に関する考察、論文の執筆において大変なご助力を頂きました。大変に心を 砕いて頂いたことに心から感謝申し上げます。

当研究室の先輩である佐藤由昌様には、当研究室に在籍されている間、研究結果に関す る議論や実験の方針などに関して相談に乗っていただきました。また国際学会に参加する 際など、非常に細やかなお気遣いを頂きましたこと、お礼申し上げます。

同じく当研究室の先輩である諸富大樹様には、研究発表の資料作製などの際に有意義な ご意見を頂きました。また、実験で困ったことがあった際には相談に乗って頂きました。

同じく当研究室の先輩である大西雄貴様とは、研究室に所属した当初に共に研究を行わせ て頂き、実験手順など学ばせて頂きました。当研究室の卒業生である川崎洋輔君や田中直 生君には装置作製など手伝っていただきました。同じく卒業生であるモハメドサイフルイ スラムさん、上野友輔君、瀬尾雄太君、M2として在籍している梶原雄太君、B4の宮川一 慶には実験サンプルの作製や測定を手伝って頂きました。また本研究室の卒業生である横 大路穂香さん、現在D1である志賀雅亘君には私の他愛ない会話にも付き合っていただけ ました。皆様のご協力に感謝するとともに、研究生活を支えて頂きましたことにもお礼申 し上げます。

また、ここに挙げきれなかった全ての皆様に対して感謝の意を示します。

最後に、いつも私の選択を後押ししてくれる両親と私を支えてくれる家族に感謝の気持 ちを示します。

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概要

低温・高密度状態にある水素は波動関数の大きな重なりのため、量子多体現象の発現が期 待されている。また、金属表面に吸着あるいは内部に吸蔵された水素の解離、吸蔵、拡散過 程にも顕著な量子性が現れることが、これまでの研究から明らかになっている。さらに、高 濃度に水素吸蔵した金属では水素電子軌道と母金属電子バンドの混成により、電子状態も 大きく変化することが期待されている。実際、これまでには水素吸蔵に伴う金属-絶縁体転 移などの現象が見出されている。一方、金属内水素の量子諸現象の解明は十分進んだとは言 い難い。これは、一般に水素吸蔵は高温で行われるため試料作製時に空孔・欠陥が発生し てしまうことや、金属内部の水素吸蔵・拡散過程やその電子状態を微視的に直接検出できる 方法が限られていること、などの理由による。

以上の背景より本論文では、パラジウム(Pd)、ニオブ(Nb)、バナジウム(V)などの単一 元素からなる金属ナノコンタクトを用い、液体水素中での電子輸送特性から、各種金属内に おける水素の量子的挙動の検出・制御を試みた。本論文は、各種金属ナノコンタクトの伝導 特性から得られた水素吸蔵・拡散現象過程、及び母金属の電子状態の変化に関する結果をま とめたものであり、以下の6章から構成されている。

第 1 章では、まず遷移金属に対する水素の吸蔵・拡散過程と金属内部における水素の原 子状態について概説し、金属中水素の物性を説明するには量子論的に取り扱う必要がある ことを示した。次に、金属中水素原子の拡散現象は高温では古典論に従い、低温では量子論 的なトンネル過程に移行することを説明した。合わせて水素のトンネル拡散過程に関する 研究事例を示した。続いて、金属内に吸蔵された水素の1s電子軌道は金属dバンドと混成 するため、高濃度の水素吸蔵に伴い母金属の電子状態に大きな変化が生じることを、過去の 研究事例を交えながら説明した。これらを踏まえて研究の目的を設定し、本研究の位置付け を明確にした。

第2章では、まず、金属中水素の検出に利用した点接合分光法について説明した。特に、

金属ナノコンタクトで測定される電流―電圧(I-V)特性には、電子とフォノンの非弾性散乱 に起因して非線形な振る舞いが現れることを示し、その2階微分(d2I/dV2)の信号強度には 電子―格子相互作用の大きさが反映されることを説明した。次に、本研究で金属ナノコンタ クト作製に利用したMechanically Controllable Break Junction(MCBJ)法の原理とこの 手法の利点についてまとめた。最後に、本研究で用いた低温装置の構造を概説し、MCBJ機 構を装着した液体水素セル内での金属ナノコンタクトの制御法を説明した。

第 3章は、液体水素に浸した Pdナノコンタクトに30mV程度の電圧を印加することで 観測された、低温水素吸蔵現象についてまとめた。まず、高温で水素化したPdH0.6を用い

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たナノコンタクトを作製し、微分伝導信号(dI/dV信号)とd2I/dV2信号を測定することで、点 接合分光法を用いることで金属内水素の検出が可能であることを示した。続いて、液体水素 に浸した状態で測定したPdナノコンタクトの微分伝導信号は経時変化することを示し、最 終的にPdH0.6ナノコンタクトで得られたdI/dV,d2I/dV 2信号と形状がほぼ一致することを示 すことを確認した。さらに、Pdナノコンタクトへの印加電圧値に対する信号変化を追跡す ることによって、水素吸蔵はコンタクトへの電圧印加により誘起される現象であることを 明らかにした。

第4章は、Nbナノコンタクトで観測された集団的な水素のトンネル運動についてまとめ た。まず、液体水素中に浸したNbナノコンタクトに対して電圧を印加することで水素吸蔵 が誘起されることを示し、低温における水素吸蔵現象の一般性を明らかにした。続いて、低 温水素吸蔵で作製した試料ではd2I/dV 2信号に複数のスパイク構造が観測されることを示し た。このスパイク構造が出現する電圧値は、ナノコンタクトのサイズに依存して変化するが、

電流値と電圧値の積は、ナノコンタクトのサイズに依存せず一定値となることが分かった。

さらに、コンタクトへの電圧印加により励起されるフォノン数に関する考察をもとに、スパ イク構造はフォノンアシスト過程による水素の移動誘起に起因する信号であると結論付け た。合わせて、このスパイク構造の経時変化・コンタクトへの印加電圧依存性から、金属中 水素原子の配置構造変化が本現象を観測する上で重要であると結論付けた。

第 5 章は、V ナノコンタクトへの低温水素吸蔵により誘起される電子状態変化について まとめた。まず、液体水素に浸した V ナノコンタクトに対する水素吸蔵現象の印加電圧依 存性を述べ、水素の希薄領域における吸蔵現象は、fcc構造を持つPdとは定性的に異なり、

同じbcc構造を持つNbと同様の電圧依存性が見られることを示し、低温水素吸蔵過程は母 金属の結晶構造の違いにより大きく変化することを明らかにした。また、ナノコンタクトに

110mV 程度以上の電圧を印加して高濃度水素化物を作製すると、dI/dV 信号が劇的に変化

することを示し、そのコンタクトサイズ依存性の測定から信号変化は水素吸蔵に伴う V 電 子状態の変化を反映したものであることを明らかにした。さらに、水素吸蔵後のdI/dV信号 はクロム(Cr)金属のナノコンタクトで得られたdI/dV信号と定量的に一致していることを示 し、この信号変化はVの水素化に伴い電子状態が電子数の1つ多いCrへ近付いたことに起 因すると結論付けた。

最後に、第6章において以上の結果を総括し、今後の展望と課題について記述した。

(8)

目次

第1章 研究背景 ... 1

1.1 本研究の背景と本章の構成 ... 1

1.2 金属内への水素の吸蔵過程と原子状態 ... 2

1.2.1 水素分子と金属表面の相互作用 ... 2

1.2.2 金属中水素の原子状態 ... 5

1.3 金属内水素原子の拡散現象 ... 11

1.3.1 金属内水素原子の拡散と量子性 ... 11

1.3.2 熱励起による原子の拡散過程の理論的取り扱い ... 12

1.3.3 水素拡散の温度依存性とトンネル過程 ... 16

1.3.4 フォノンアシストトンネル拡散機構の理論的取り扱い ... 18

1.3.5 水素拡散に関する実験的研究... 21

1.4 水素吸蔵と母金属の電子状態 ... 24

1.4.1 水素s軌道電子と母金属d電子の相互作用... 24

1.4.2 水素吸蔵による電子状態変化に関する実験的研究 ... 28

1.5 本研究の目的と構成 ... 30

第2章 水素検出原理および実験方法 ... 31

2.1 ナノコンタクトの電気伝導特性と点接合分光法 ... 31

2.2 Mechanically Controllable Break Junction 法 ... 33

2.2.1 コンタクト作成方法 ... 33

2.2.2 本実験装置におけるコンタクトの制御 ... 34

2.2.3 実験試料 ... 35

2.3 微分伝導度測定方法 ... 36

2.4 極低温装置 ... 37

第3章 Pdナノコンタクトへの低温水素吸蔵実験 ... 42

3.1 背景:Pd単原子コンタクトに対する水素架橋実験 ... 42

3.2 Pdナノコンタクトに吸蔵された水素による電気伝導特性変化 ... 43

3.3 Pdナノコンタクトにおける低温での水素吸蔵実験 ... 45

3.3.1 液体水素中で測定したPdナノコンタクト微分伝導信号の経時変化 ... 45

3.3.2 Pdナノコンタクトへの低温水素吸蔵と印加電圧依存性 ... 47

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3.4 まとめ ... 50

第4章 Nbナノコンタクトへの低温水素吸蔵実験 ... 51

4.1 Nbナノコンタクトに吸蔵された水素による電気伝導特性変化 ... 52

4.2 Nbナノコンタクト内への低温水素吸蔵実験 ... 53

4.3 d2𝐼/d𝑉2信号に出現するスパイク状ピーク ... 56

4.4 スパイク構造の起源:非平衡フォノンの生成 ... 61

4.5 スパイク構造の起源:水素の集団的移動の誘起と配置変化 ... 64

4.6 高エネルギー注入後の微分伝導信号 ... 69

4.7 まとめ ... 70

第5章 Vナノコンタクトへの低温水素吸蔵実験 ... 71

5.1 Vナノコンタクトに吸蔵された水素による電気伝導特性変化 ... 71

5.2 Vナノコンタクトへの低温水素吸蔵実験:

|𝑉| ≦ 80mV電圧スイープ結果

... 72

5.3 Vナノコンタクトへの低温水素吸蔵実験:

𝑉 ≥ 120mV 電圧印加による 信号変化

... 74

5.4 Vの超伝導転移温度以下におけるV水素化物の電気伝導特性 ... 78

5.5 水素脱離に伴うVナノコンタクトの電気伝導特性変化 ... 79

5.6 V水素化物の電気伝導特性:Cr信号との類似性 ... 80

5.7 まとめ ... 83

第6章 結論 ... 84

6.1 結果 ... 84

6.2 課題・今度の展望 ... 85

参考文献 ... 87

在学中に発表した論文... 90

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(11)
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1

1. 研究背景

1.1 本研究の背景と本章の構成

水素は元素の中で最も質量が軽いため、ヘリウムと並び顕著な量子現象を示す。実際に高 密度水素は波動関数のオーバーラップが大きくなるため、ヘリウム同様に低温で量子多体 現象の出現が期待されている。例えば、水素に超高圧をかけることで実現するとされる金属 水素では、非常に高い温度で超伝導転移することが予測されている[1]。金属水素そしてそ の超伝導転移の実現は、超高圧研究における長年の課題の1つである。その他にも、最近で は複数の水素原子が同時にトンネル効果によって移動するconcerted tunnelingと呼ばれる 現象が実験、理論双方から活発に研究されている[2,3,4]。

物質表面に吸着あるいは内部に吸蔵された水素も顕著な量子性を示す。例えば水素原子 の拡散過程では、トンネル効果が重要な寄与をする [5]。実際、金属表面上に吸着した水素 原子のトンネル過程については、走査トンネル顕微鏡(STM)を用いた微視的測定から直接観 測されている[6]。一方、金属内部へのトンネル効果による水素原子の吸蔵・拡散過程は温 度変化に注目することになる。高温域における水素拡散ではアレニウスプロットに従う温 度依存性を示すが、低温になるとトンネル過程が関与するようになりアレニウス的振る舞 いからずれていく。しかしながら水素化物の実験では、試料作成に伴い空孔・欠陥が生 じる、低温へ冷やす過程でスピノーダル分解により試料が破損するなどの問題に直面す るため、金属内部に吸蔵された水素の量子性は十分に解明できていない状況にある。

水素はそれ自身が量子性を示すだけでなく、水素化した物質に量子現象を誘起するとい う特徴も合わせ持つ。最も有名な例が、物質中水素の振動モードが誘起する超伝導現象であ る。金属パラジウム(Pd)を高濃度(PdH𝑥: 𝑥 > 0.75)まで水素化させた場合には、常圧下で も超伝導が現れることが発見されている[7]。さらに2015年には、硫黄水素化物(H2S)に 超高圧を印加することで𝑇C ~ 200Kという高い超伝導転移温度が得られることが報告され 大きな注目を集めている[8]。また、水素の1s軌道が母物質の電子軌道と混成することで、

その電子状態を大きく変化させることもある。一例として、イットリウム(Y)などランタ ノイド元素の高濃度水素化物で見られる金属-絶縁体転移が上げられる[9]。上記の金属では 電気伝導性に大きな変化が現われる例だが、水素吸蔵により磁気的性質が変化する可能性 もある。バナジウム(V)では水素吸蔵に伴い、原子番号の1つ大きなCr と類似した特性 となることが実験及び理論計算から示唆されている[10,11,12,13]。これは非磁性の V 金属 に水素を吸蔵させることで、磁気的状態を誘起できることを示唆している。

(13)

2

以上のように、水素はその質量の軽さに起因して様々な量子現象を示すことが期待され ている。この様な背景のもと、本研究はパラジウム(Pd), ニオブ(Nb), バナジウム(V)金属 内に吸蔵・拡散された水素の量子性を実験的に調べている。これら金属は水素溶解熱が負 であるため容易に水素の吸蔵・拡散が起こり、水素は金属内では原子状態で存在すること になる[5]。以下の節では金属内部への水素吸蔵現象について詳しく説明する。まず1.2節 で水素分子が金属表面で解離し金属中へ吸蔵される過程について述べ、吸蔵された水素の 原子状態について説明する。1.3節では金属中水素拡散の理論的取り扱いと水素の原子状 態が拡散に与える影響について説明し、水素拡散現象に関するこれまでの研究事例を示 す。次の1.4節では水素吸蔵に伴う母金属の電子状態変化について説明し、水素の吸着・脱 離による電子状態制御の研究事例を示す。最後に1.5節で本研究の目的と本論文の構成に ついて述べる。

1.2. 金属内への水素の吸蔵過程と原子状態

水素は金属内では原子状態で存在する。この吸蔵過程においては、まず金属表面との相 互作用によって水素分子が原子状に解離吸着する。その後、吸着原子が金属表面の障壁を 乗り越えることで金属内部に吸蔵される。吸蔵された水素は格子間サイトを占有し、母金 属の格子を歪ませてセルフトラップ状態を形成しエネルギーを安定化させるため、この状 態は水素原子の金属中での拡散に大きな影響を与えることになる。金属中に捕捉された水 素原子は、量子論的な調和振動子モデルで近似できエネルギー状態が離散的になることが 実験的に観測されている[5]。本節では、以上について詳しく述べていく。

1.2.1. 水素分子と金属表面の相互作用

水素分子を2つの水素原子に解離するにはE0 = 4.748eVという大きなエネルギーが必要 である。しかしながら、水素分子は遷移金属表面と相互作用することで、解離に要するエネ ルギーは大きく減少する。この様相を以下で説明する[14]。

水素分子が金属表面から無限遠点にある時のエネルギーをE = 0 eV、表面からの距離をz、

x-y方向には正弦関数型の相互作用ポテンシャルであるとし、水素分子がz軸方向から接近 する場合を考える。この場合、ポテンシャルのエネルギーダイアグラムU(z)はよく知られた レナード・ジョーンズ型になる(図1.1(a))。ファンデルワールス相互作用に起因した引力 相互作用が働くため、表面から距離 Zphys離れた位置に浅いポテンシャルの底を生じる。こ こにトラップされた状態は物理吸着に対応する。一方、表面と相互作用する前に水素分子が 原子状に解離している場合を考える。この場合、水素が解離している状態を考えているため

(14)

3

図1.1(b)に示すように表面から十分遠い位置で高いエネルギーを持った状態にある。水

素の1s軌道は反応性が高く表面と化学結合を作りやすいため、この水素原子が金属表面 に接近すると強い引力相互作用が働くことで化学吸着する。この様にして化学吸着の場 合、U(z)に非常に深い底が現れる。

これら物理吸着と化学吸着の両者を考慮すると、図1.1(c)の様にお互いのU(z)が交点を 持つ。このときの交点におけるU(z)の正負により、図1.1(d)および(e)のような場合に 分かれる。交点で𝑈(𝑧) < 0の時はエネルギーの注入がなくとも自発的に解離することがで

図 1.1 水素分子および水素原子と遷移金属表面との相互作用エネルギー

𝑈(𝑧)。𝑧 は金属表面と水素分子・原子の距離を表す。(a)、(b)、(c)はそれぞ れ水素分子、解離した2H原子、水素分子と2H原子、に対する𝑈(𝑧)の関係。

(d)は自発的解離吸着の場合、(e)は活性化解離吸着の場合の𝑈(𝑧)を示す[14]。

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きる。この自発的解離はNiやPd、Ptなど遷移金属の高指数表面でしばしば見られている。

これに対して交点で𝑈(𝑧) > 0の場合には、水素分子の解離を引き起こすにはエネルギーを注 入しなければならない。

Pd(100)面と水素分子の相互作用のポテンシャルエネルギーの計算からは、エネルギーの 注入を必要としない解離パスが存在することが示されている[15]。この場合、水素分子はポ テンシャルに沿って回転しながら移動することで、金属表面に解離吸着することが可能と なる。このような分子の運動はsteering効果と呼ばれている。図1.2はPd表面に水素分子 が飛来するときの、入射水素分子の持つ運動エネルギーの違いによる軌跡の変化を示して いる[16]。この図の縦軸は反応経路の座標𝑠をパラメータとしており、sはs →∞では金属表 面と水素分子の重心間の距離に相当し、s ≤ −2.5Åで物理吸着した2つの水素原子間の距離 を示す変数であり、sの値の減少は分子が金属表面に解離吸着することに相当する。大きな 運動エネルギー(𝐸kin= 0.15eV)を持つ分子は金属との相互作用時間が短くポテンシャルエ ネルギーに沿った変化が難しいため単に方向を変えるだけであるが、運動エネルギーが小 さい分子(𝐸kin= 0.05eV)ではポテンシャルに沿って動くことにより最終的に表面へ解離吸 着できている。つまり、水素分子の持つ運動エネルギーが小さい場合には、低温での吸着確

図1.2 potential energy surfaceを2次元面で切り出すことに よって表示した図[16]。分子の配向は金属表面と平行としてお り、Pd 原子はポテンシャルの最も高い位置にある。Surface coordinate は 水 素 分 子 の 重 心 の 座 標 。Reaction path

coordinate(s)はs →∞で表面と水素分子の重心間の距離に相当

し、sが−2.5Å程度以下の領域は水素分子が物理吸着して2つの 水素に解離する過程に対応しており、sは原子間の距離に対応す る変数である。左の実線は遅い分子(運動エネルギー𝐸kin= 0.05eV)、右の実線は速い分子(𝐸kin= 0.15eV)の運動経路を示 している。等高線の単位はeV。

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率が上昇する。これは水素分子を遷移金属表面へ入射させた場合、分子の持つエネルギーに よって吸着確率は大きく変化することを意味する。解離吸着に十分なエネルギーを持った 状態からエネルギーが小さくなるにつれて、障壁による反射をうけるようになり吸着確率 が徐々に減少するが、さらにエネルギーが低くなると上記のsteering 効果によって吸着確 率が上昇に転じる。この一連の振る舞いは実験的にも観測されている[15,16]。

金属表面に解離吸着した水素原子は表面ポテンシャルを乗り越えることによって金属内 部のバルク領域へと吸蔵されていく。例として、図1.3にPd(110)表面近傍で水素分子が表 面サイトに解離吸着し、次いで表面下サイトをへて金属内部へと水素が吸蔵される際のポ テンシャル変化の概要図を示している[14]。最表面、表面下サイトから金属内部へと水素が 吸蔵される場合の活性化エネルギーは数百meV程度であり、金属内部での拡散に必要なエ ネルギーよりも高いことになる。つまり、この障壁を乗り越えるエネルギーを与えてやるこ とができれば、水素は内部に侵入することになる。

以上示してきたような一連の過程を経ることで、水素分子は金属中へと原子状で吸蔵・拡 散する。

1.2.2. 金属中水素の原子状態

金属中の水素原子のエネルギー状態は離散的であることが、中性子をはじめとした多く の実験から明らかにされている[17,18,19]。これは、金属内水素は量子論的に取り扱う必要 があることを示している。金属内に吸蔵された水素は格子間サイトを占有しており、隣接す るサイト間の移動を繰り返すことによって金属内部を拡散するが、水素の量子的特性はこ の金属内水素の拡散過程に影響を与える。そこで、水素拡散過程について説明する前に、金

図1.3 金属の表面近傍における水素原子のポテンシャル図[14]。

(17)

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属内に吸蔵された水素がどの格子間サイトを占有しているのか、どのような状態で存在す るのかについて以下で説明する。

(1) 水素原子の占有サイト

fcc hcp bcc

サイト O T O T O T

数 1 2 1 2 3 6

まず、金属内で水素が占有可能な位置について説明する。図1.4はfcc、hcp、bcc格子にお ける4面体サイト(Tサイト)と8面体サイト(Oサイト)を示している。fcc格子ではT サイトを囲む金属原子は正4面体、Oサイトでは正8面体を形成している。bcc格子におい てはOサイトを囲む8面体サイトはつぶれた形になっており、4回対称軸方向の2個の再 隣接金属原子の距離は著しく近くなっている。これによりO サイトは4回対称軸の方向に よってO𝑥、O𝑦、O𝑧の3種に分けられる。T サイトを囲む4面体も正4面体でないため3種 に分けられる。これらの格子間位置の数(金属原子1個あたり)を表1.1にまとめてある。

水素の占有位置はこれまでに重水素化した試料の中性子回折やイオン・チャネリングと

図1.4 fcc、hcp、bcc格子中の格子間位置。上段には8面体サ

イト(Oサイト)、下段には4面体サイト(Tサイト)を示して いる。

表1.1 各結晶構造における原子1個あたりの格子間位置の数

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呼ばれる方法などを用いて決定されてきた[5]。その結果から水素濃度の低い固溶相(α相)

での占有位置は母金属がfcc格子の場合にはOサイト、bcc格子の場合にはTサイト、hcp の場合には主としてTサイトを占有することが明らかになっている。図1.5から図 1.7に Pd-H系、Nb-H系、V-H系の相図をそれぞれ示す。Nb-H系のβ相、ε相などでは、高濃

図1.5 Pd-H系の相図[5]。α相 とα′相はそれぞれ固溶状態とさ れており、水素濃度が異なる。

𝑇~50Kの相境界はPd-H系で観 測される50K異常と呼ばれる変 化に対応した境界を示している。

図1.6 Nb-H系の相図[20]。α相 とα′相はそれぞれ固溶状態とされ ており、水素濃度が異なる。対し て、その他のβ相やζ相、η相などで は金属中水素の配置に一定の周期性 がある。

図1.7 V-H系の相図[20]。α相と α′相はそれぞれ固溶状態とされてお り、水素濃度が異なる。対して、β相 やη相では金属中水素の配置に一定の 周期性がある。

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度で固溶水素原子が規則配列をとるときでも占有位置は変わらないが、V-H 系のβ相では α相とは異なり、水素はO𝑧サイトを占有するようになる。また、次の項で示すように水素 位置は波動関数で記述されるため金属中でも空間的に広がりをもって存在することになる ため、占有位置はあくまでも広がりの中心位置に当たるものである。

(2) 水素原子の振動状態

金属中での水素原子核の密度分布は、主に重水素を用いた単結晶試料の中性子回折実験 から明らかにされている[5]。これは、中性子がX線よりもずっと強く水素・重水素の原子 核によって散乱されるため、水素化物の複雑な構造を決定するのに有用であるためである。

中性子回折の場合には図1.8 は温度4℃での NbD0.73中の𝛼相における重水素原子の密度分 布を示している。図内でNb原子は4隅に位置している。これを図1.4のbcc金属の水素位 置と比較すれば、重水素原子が T サイト周辺に局在していることがわかる。ただし、この 結果はフーリエ合成によって得られた平均的な確率密度分布であり、同時に隣り合う4つ の T サイトをすべて占有している訳ではない。実際には水素原子同士が接近しすぎないよ うにしながら、6個のTサイトにつき0.73個の割合でサイトを占有している。

このように重水素原子核は格子間位置の周りにある広がりをもって存在しており、水素 原子でも同様である。これは、周囲の金属原子が作るポテンシャルの中で水素・重水素原子 が振動していて、その振動状態の空間的な広がりが見えていることに対応している。水素原 子と金属原子はすべて互いに力を及ぼし合っているが、その質量が大きく異なるため、ゆっ くりと振動している金属原子のポテンシャルの中で1つ1つの水素原子が独立に早い運動

図1.8 温度4℃でのNbD0.73(𝛼相)中の重水素原子の{100}面の

密度分布[5]。単結晶中性子回折実験から3次元フーリエ合成に よって求めている。4隅にNb原子が位置しており、重水素原子 はTサイトを占めている。

(20)

9

をしているとみなすことができる。このような系においては、その振動モードの周波数分布 は低周波数側の金属原子の音響フォノンモードと高周波数側の光学フォノンモードの2つ に分かれる。音響フォノンモードは母金属格子の格子振動と非常に類似したモードである のに対して、光学フォノンモードは格子間の水素原子による振動モードに対応している。

このような金属中水素原子の運動は中性子の非弾性散乱実験によって調べられている。

図1.9はTiH2中の水素原子による中性子の非弾性散乱の測定結果である[17]。散乱により 生じるピークは離散的で、140meV程度の等間隔となっていることがわかる。この離散的ピ ークは、波動関数が調和振動子型のポテンシャル中に閉じ込められていることに起因して おり、水素が金属中で量子的に振る舞っていることを反映している。表1.2には金属中にお ける水素・重水素の光学振動の励起エネルギーをまとめて示している。2つの励起振動エネ ルギーの値が示されているものに関しては、金属の結晶構造の異方性に由来する。

金属 組成

[水素/金属] 結晶構造 占有サイト 振動励起エネルギー

[meV]

Pd-H 0.002-0.014 fcc O 69

Pd-H 0.68 fcc O 56

Nb-H 0.03 bcc T 163 107

Nb-H 0.75 ~bcc T 167 116

V-H 0.012 bcc T 170 106

V-H 0.51 bct Oz 56 221

図1.9 中性子非弾性散乱測定によるTiH2中の水素原子の振動

励起エネルギー分布[17]。

表1.2 格子間水素原子の振動励起エネルギー一覧[5]

(21)

10

(3) セルフトラップ状態

金属内における水素は母金属の格子を局所的に広げるため、水素と金属元素の間には斥力 が働いていると見なすことができる。水素原子周りの金属原子が広がることによって、その ポテンシャルは深くなり幅も増加するため、ポテンシャル中の水素原子の振動に起因した 運動エネルギーは低減する。一方、弾性エネルギーは格子が広がることによって増加する。

図1.10は基底状態にある水素原子の格子変形に対する運動エネルギーと弾性エネルギーの 変化を示しているが、金属原子の位置が若干変形することで合計エネルギーが極小を持つ。

このように格子を変形させ水素原子が安定化する機構はセルフトラップと呼ばれており、

水素はそれ自身が引き起こした格子変形により束縛されることになる[5]。経験的なポテン シャルを用いたNb、Ta中の水素原子のセルフトラップ状態の計算によると、Tサイトの最 隣接原子は0.01nm程度変位し、それに伴うエネルギーの低下は400meVにもなる[21]。

セルフトラップ状態の形成によって水素占有サイトのエネルギー準位が下がるため、水 素が存在しないサイトの準位との間にずれが生じる(図1.11)。これにより隣接するサイト への水素原子のトンネル確率は小さくなる。また、水素原子がサイト間を移動する場合には、

周囲の格子ひずみも伴って移動することになる。つまり、格子ひずみと水素原子の間には相 互作用が生じており金属内水素の拡散現象に対して強い影響を与える[22-23]。

図1.10 格子間水素原子のセルフトラップに伴うエネルギー変

化。水素原子の基底状態エネルギーe0、弾性変形エネルギーeL

と全エネルギーetot= e0+ eLの周囲の金属原子の変位による変 化を示す。

(22)

11

1.3. 金属内水素原子の拡散現象

前節で述べたように金属内に吸蔵された水素は格子間サイトを占有する。さらにこの水 素は隣接するサイト間の移動を繰り返すことによって金属内部を拡散するが、水素の量子 性はこの金属内水素の拡散過程に強い影響を与える。本節では量子性を取り入れた際の拡 散機構について説明する[5,1,24]。

1.3.1. 金属内水素原子の拡散と量子性

水素原子が母金属格子のポテンシャル中で振動運動しているとみなし、格子の運動が十 分遅いとして断熱近似により取り扱うと、水素原子の波動関数は調和振動子モデルにより 得られる解と同じ形であらわすことができる[5]。よって基底状態の波動関数はe−(𝑥/𝑥0)2に従 って空間変調する。ここで𝑥は調和振動子ポテンシャルの安定位置からの変位を示している。

また、𝑥0はℎ/√2𝜋𝑀H𝛥𝐸で表され、ℎはプランク定数、𝑀Hは水素の質量、𝛥𝐸は励起エネルギ ー(障壁高さ)である。一般的な値として𝛥𝐸 = 0.1eVを代入すると𝑥0= 0.29Åが得られる。

H-1s軌道の大きさが𝑎B= 0.529Åであるから、その実効的大きさは~ 0.8Åと見積もること ができる。見積もられた水素原子の波動関数の持つ大きな広がりは、ある格子間サイトを占 有している水素原子が近くの格子間サイトへと、トンネル効果によって移動しうることを 示唆している。

図1.11 金属中の水素によって占有されているサイトのエネル

ギー準位とその隣接サイトにおけるエネルギーダイアグラム。

水素がセルフトラップ状態をとることでエネルギー準位が低下 している。

(23)

12

実際、格子間を占有した水素原子は他の原子と比較してずっと速い速度で金属内を拡散す る。この例として、図1.12にV内の水素原子の拡散速度Dを炭素(C)やVの自己拡散の 拡散速度と比べたものを示している。水素原子の拡散は他の二つに比較して何桁も早く、さ らに低温ではその差がより顕著になっている。これは水素原子が低温でも十分早く拡散す ることを示している。

1.3.2. 熱励起による原子の拡散過程の理論的取り扱い

この節では熱励起を伴う拡散について考察を行い、拡散係数とアレニウスプロットの関 係について説明する。この問題を取り扱うため、格子間原子が1つの安定位置から隣の安定 位置にジャンプする過程を考える。周囲の格子変形が起こらないものとして考えれば、格子 間原子は与えられた周期ポテンシャルの中で運動することとなる。2個の平衡位置の間には ポテンシャル障壁があり、粒子がこの鞍点を通り抜けるにはその障壁の大きさ𝐸𝑎以上のエ ネルギーを持たなくてはならない。粒子はポテンシャルの谷の中で熱運動により振動して おり、ある確率でジャンプに成功する。統計力学によると温度𝑇の熱浴に接している粒子が 熱振動の結果、エネルギー𝐸𝑎以上のエネルギーを得る確率はe−𝐸𝑎/𝑘𝑇に比例する。したがっ て、平均ジャンプ頻度𝜔は

𝜔 ≅ 𝑣De−𝐸𝑎/𝑘𝑇 (1.1)

になると直感的には予測される(𝑣Dはデバイ振動数、kはボルツマン定数)[24]。

図1.12 金属V中における水素、炭素および自己の拡散係数の

アレニウスプロット

(24)

13

Vineyardはこの問題をより正確に扱うことによって、以下のように振動数因子や活性化

エネルギーの持つ意味を明らかにしている[25]。原子N個からなる系の格子間位置Aに格 子間原子I が1つ置かれており、これが隣の格子間サイトB にジャンプする過程を考える

(図1.13)。まず、I原子を周囲の原子が安定位置をたどることができる程度にゆっくりと結

晶中を移動させたときに感ずるポテンシャルを考えると、これはI原子とN個の母体原子 の空間座標𝑟, 𝑅i: 𝑖 = 1, ⋯ , 𝑁からなる3 + 3N次元の空間で表現される量になっている。空間の ポテンシャルは点AとB で極小となっており、2つの点は面で隔てられている。I 原子は できるだけポテンシャルの低い経路をたどりながら鞍点を超えてB側へと入る。

図1.13 結晶内のポテンシャル中でのI原子の運動

図1.14 多次元空間でのポテンシャル分布の概念図。点Aから

Bへと移動するには、鞍点Pを含む面Sを通る。

(25)

14

I 原子の経路は主としてI原子の座標で決定されるが、I原子の移動に伴い周囲の格子に も緩和が起こるため、他の原子の座標も含むことになる。しかし、この経路はポテンシャル 分布によって決まるため、I原子がこの面を横切る過程はこの経路上でのI原子の位置を表 す座標𝑥1(反応座標)で表現することができる。したがって、位相空間上ではこの𝑥1の経路 と極小点AとBは、直交する3𝑁 + 2次元の超曲面Sによって隔てられている。系の統計力 学的記述はこれら(3 + 3𝑁)個の座標に、運動量座標の(3 + 3𝑁)個を加えた、6 + 6𝑁次元の位 相空間で表される。また、𝑦𝑗 = √𝑚𝑗𝑥𝑗として新たに座標を定義し、この𝑦𝑗に対する系全体の ポテンシャルエネルギー𝛷(𝑦1⋯ 𝑦3+3𝑁)の変化を図1.14に示している。

原子がAからBへと移動する確率𝜔は、面SをA側からB側へと単位時間に横切る状態 の確率𝐽とI原子が格子点Aを占める確率𝑃Aを用いて

𝜔 = 𝐽/𝑃A (1.2)

と表すことができる。そこで𝐽と𝑃Aを順番に求める。𝑃AはI原子の状態を表す位相空間での 状態数を計算することで求められる。一般に、状態が位相空間での点(𝒙, 𝒑)の近傍d𝒙d𝒑に入 る確率は(𝒙, 𝒑はそれぞれ(𝑥1⋯ 𝑥3+3𝑁)および(𝑝1⋯ 𝑝3+3𝑁)である。)、

𝑃(𝒙, 𝒑) = 𝑃0

3𝑁+3exp [−( ∑ 𝑝𝑛𝑖2 2𝑀

3𝑁+3

𝑛=1

+ 𝛷(𝒙))/𝑘𝑇]d𝒙d𝒑 (1.3) で表される。状態が𝒙の近傍d𝒙に入る確率は、運動量空間について積分することによって、

𝑃(𝒙) = 𝑃0

3𝑁+3∙ (2π𝑀𝑘𝑇)(3𝑁+3)/2∙ exp [−𝛷(𝒙)/𝑘𝑇]d𝒙 (1.4) となる。従って、𝑃Aは面 SよりA 側の領域で𝑃を積分することによって次のように得られ る。

𝑃A= ∫ 𝑃(𝒙)

A

d𝒙 = 𝑃0(2π𝑀𝑘𝑇 ℎ2 )

(3𝑁+3)/2

∙ ∫ exp [−𝛷(𝒙) 𝑘𝑇 ]

𝐴

d𝒙 (1.5) 次に鞍点を超えてAからBへ向かい流れていく状態の単位時間あたりの数を求める。面 S上のある点Yで速度𝑽 = {𝑦̇1… 𝑦̇3𝑁+2}から幅d𝑽 = d𝑦̇1… 𝑑𝑦̇3𝑁+2にある状態は、

𝑃(𝑌, 𝑽)d𝑽 = 𝑃0

3𝑁+3exp [− ( ∑ 𝑝𝑛𝑖2 2𝑀

3𝑁+3

𝑛=1

+ 𝛷(𝒙)) 𝑘𝑇⁄ ] d𝑽

= 𝑃0

3𝑁+3exp [−𝛷(𝑌)

𝑘𝑇 ] exp [−𝑀𝑽𝟐

2𝑘𝑇] d𝑦̇1… d𝑦̇3𝑁+2

(1.6)

で表される。点Yにおける𝑆の要素がd𝑺 = {d𝑆1… d𝑆3𝑁+2}で表すことができるとすると、d𝑺 を横切る流れは次の式によって表せる。

d𝐽 = d𝑺 ∙ ∫ 𝑉𝑃(𝑌, 𝑽) 𝑑𝑽 (1.7) ここで積分はA側からBへ向かって𝑥1の正の向きに通過していく𝑽 について行う。点Yで

d𝑺に平行になるように𝑦1などを選ぶことにより、

(26)

15 d𝐽 = d𝑺 ∙ ∫ 𝑉𝑃(𝑌, 𝑽) 𝑑𝑽

= 𝑃0

3𝑁+3exp [−𝛷(𝑌) 𝑘𝑇 ] d𝑆1

× ∫ 𝑦̇1

𝟎

exp [−𝑀𝑽𝟐

2𝑘𝑇] d𝑦̇1 ∏ ∫ exp [−𝑀𝑽𝟐 2𝑘𝑇]

−∞

𝟑𝑵+𝟐

𝒋=𝟐

d𝑦̇𝑗

= 𝑃0

3𝑁+3(2π𝑀𝑘𝑇 ℎ2 )

(3𝑁+3)/2

√𝑘𝑇

2πexp [−𝛷(𝑌) 𝑘𝑇 ] d𝑆1

(1.8)

と求まる。よって𝐽は

𝐽 = ∫ d𝐽

S

= 𝑃0

3𝑁+3(2π𝑀𝑘𝑇 ℎ2 )

(3𝑁+3)/2

√𝑘𝑇

2π∫ exp [−𝛷(𝑌) 𝑘𝑇 ]

𝑆

d𝑆

(1.9)

となる。積分は超曲面Sに渡って行う。

これらの関係式より𝜔は次の式で表すことができる。

𝜔 = √𝑘𝑇 2π

∫ exp [−𝛷(𝑌) 𝑘𝑇 ]

𝑆 d𝑆

∫ exp [−𝛷(𝒙) 𝑘𝑇 ]

𝐴3𝑁+3d𝒙

= √𝑘𝑇 2π

∫ exp [−𝛷(𝑌) 𝑘𝑇 ]

𝑆 d𝑆

∫ exp [−𝛷(𝒙) 𝑘𝑇 ]

𝐴 d𝑣

(1.10)

分子の積分は鞍点を通る3N+2次元の面S上で、分母は点A周りの3 + 3𝑁次元空間で行う。

I原子がA点近傍にあるときすべての原子は平衡位置にある。そこで適当な基準座標をと り、𝛷(𝒙)をテイラー展開の2次の項までを用いて表せば、

𝛷(𝒙) = 𝛷(𝑥A) + ∑ 1 2

3𝑁+3

𝑎=1

𝜔𝛼2𝑞𝛼2 (1.11)

となる。ここで、𝑥Aは点Aの座標、𝑞𝛼は点Aにおける標準運動量座標、𝜔𝛼は標準角周波数 である。これより𝜔の分母は

∏ √2π𝑘𝑇 𝜔𝛼

exp [−𝛷(𝑥A) 𝑘𝑇 ]

3𝑁+3

𝛼=1

(1.12) となる。同様にして、分子も展開することができ、

∏ √2π𝑘𝑇 𝜔𝛼exp [−

𝛷(𝑥P) 𝑘𝑇 ]

3𝑁+3

𝛼′=2

(1.13)

が得られる。ここで、𝑥pは点pの座標、𝜔𝛼′は点P周りでの標準角周波数である。したが って、これらを代入することで次式を得る。

(27)

16 𝜔 = ∏ 𝜈𝛼

3𝑁+3

𝛼=1

∏ 𝜈𝛼 3𝑁+3

𝛼=2

⁄ ∙ exp [−𝛷(𝑥p) − 𝛷(𝑥A)

𝑘𝑇 ] (1.14)

ここで、𝜔𝛼= 2𝜋𝜈𝛼、𝜔𝛼′= 2𝜋𝜈𝛼′とした。この式から、活性化エネルギーの持つ意味が よくわかる。拡散速度の対数と温度の逆数の間には比例関係があり、その傾きが鞍点を超え 隣のサイトに移動するのに必要な活性化エネルギー𝐸𝑎= 𝐸𝑎𝛷(𝑥p) − 𝛷(𝑥A)に対応する。以上 の描像で熱活性化過程による拡散速度がアレニウスプロットに従うことが説明される。ま た、頻度因子

𝜈= ∏ 𝜈𝛼

3𝑁+3

𝛼=1

∏ 𝜈𝛼 3𝑁+3

𝛼=2

⁄ (1.15)

はポテンシャル谷中での水素原子の単なるジャンプの試行頻度という意味ではない。𝜈はI 原子が平衡位置にあるときと鞍点を通過しようとするときの、境内のすべての原子の基本 振動数によって決まる量になっている。つまり原子ジャンプは原子間の相互作用を反映し た多体問題であることを示しており、(1.1)式はあくまで近似的な関係式になっている。

高温度領域では、以上のような熱活性化過程によって母金属内部の軽元素は内部を拡散 する。

1.3.3. 水素拡散の温度依存性とトンネル過程

水素などの軽元素の金属中における拡散機構についての研究は、水素とその同位体およ びミュオンにおいて盛んに行われてきた。その結果、軽元素の拡散においては低温でトン ネル拡散が主要になることが明らかになっている[5,26]。図1.15に軽元素の拡散機構とし て寄与しうる過程を温度領域ごとに分けて示している。以下で金属中の軽元素の拡散過程 について高温域から順に説明する。

高温域(図1.15(I)、(II))では軽元素は古典粒子として振る舞う。最も高温の領域では ポテンシャルの谷にとどまっておらず気体中の粒子のように自由な運動をしている(図

1.15(I))。少し温度が下がった領域になると、軽元素は格子間サイトに捕まり、熱励起に

よって障壁を越えて移動するようになる(図1.15(II))。前節の議論はこの描像に対応す る。

温度がさらに下がると障壁を越えて拡散する確率は低下し、代わって量子性に起因した トンネル過程により軽元素は拡散するようになる(図1.15(III))。この温度域では多くのフ ォノンが金属中に存在しているため、水素のエネルギー準位がフォノンによる格子ひずみ によって隣り合う非占有サイトとのエネルギー準位と一致するときにトンネル効果により 移動が起こる。この過程はフォノンアシスト過程と呼ばれており、この過程を反映した拡散

(28)

17

は熱活性型の温度依存性を示すものの、その活性化エネルギーは古典的な障壁高さからず っと小さな値を示す。このフォノンアシスト過程は、さらに温度が下がるとフォノン数が減

少するため抑制されていく。このフォノンアシスト過程は理論的にはおよそ𝑇 ~ 𝜃D⁄5程 度以下の温度で寄与が小さくなるとされている。

図1.15(V)には最も低温で観測されるコヒーレントトンネル過程と呼ばれる移動過程を示

している。これは軽元素の波動関数と周囲の格子・電子の波動関数が一体の波動関数となっ てトンネルする過程である。この過程では移動する前後でエネルギー的に違いが無いため、

セルフトラップ状態が解消されずとも移動がおこりうる。また、フォノンのアシストが無く とも生じることからゼロフォノン過程とも呼ばれる。また、図1.15(III)と(V)の拡散過程の 間には移行領域が存在する(図1.15(IV))。(V)の領域から温度が上昇するに伴い、伝導電子 やフォノンとの相互作用により波動関数のコヒーレンスが乱されるため、コヒーレントな 過程は徐々に減衰され、インコヒーレントなホッピングによる移動過程へと推移する。これ に伴い拡散係数は温度上昇により一旦減少を示し、さらに温度上昇するとフォノンアシス ト過程の寄与によって再度拡散係数は上昇へ転じる。この温度域の軽元素移動過程はイン コヒーレントトンネル過程と呼ばれる。これらコヒーレントトンネル過程及びインコヒー レントトンネル過程が期待される温度条件については次節で簡単に示す。

このような拡散機構を反映して、軽元素の拡散係数は図1.16のような温度依存性を示す

図1.15 金属中軽元素サイト間移動機構を示す図。(I)が最も高

温で生じる機構であり、(II)~(V)の順番で温度域がより低温で 生じる機構を示している。

(29)

18

と考えられており、ミュオンの拡散に関する研究においては実際にコヒーレントトンネル 過程が観測されている[27]。図1.16中の領域(I)~(V)は図1.15の(I)~(V)の過程に対応して いる。水素原子の場合には、金属表面の拡散については図 1.16領域(IV)に示す振る舞いと 類似した拡散係数の温度依存性が観測されている[6]。一方、金属内部の拡散においては、

急冷・回復法を用いた実験で金属 Ta 中に吸蔵された水素原子が𝑇 ~ 1.5Kという低温でも 内部を移動することが示されているものの[28]、領域(IV)および領域(V)に示すような温度 依存性は直接的には得られていない。

1.3.4.

フォノンアシスト拡散機構の理論的取り扱い

この項ではトンネル効果による量子拡散機構の温度変化が、理論的にどう取り扱われる かについて、フォノンアシスト過程に重点をおいてその概要を説明する[5]。

量子拡散機構の理論的な取り扱いはこれまで活発になされており、2つのサイトの間で生 じるトンネルプロセスを 2 準位系とみなすモデルを拡張することで行われる。完全結晶に おいては、多くのセルフトラップ状態が等価な格子間サイトに存在することができるため、

これに伴い幅𝑊 ≈ 2𝑧𝐽Tを持ったエネルギーバンドが形成される。このとき𝑧 は配位数、𝐽Tは 隣接サイト間のトンネル行列要素で状態aと状態b間の相互作用𝑉𝑎𝑏を用いて𝐽T = ⟨𝑎|𝑉𝑎𝑏|𝑏⟩

図 1.16 図 1.15 に示す移動機構により観測される拡散係数の

温度依存性。縦軸は拡散係数を対数で、横軸は温度の逆数によ りプロットしてある。IおよびIIは古典的拡散過程、IIIはフォ ノンアシスト過程、IVはインコヒーレントトンネル過程、Vは コヒーレントトンネル過程が生じる温度域を示している。

(30)

19

で表される。したがって、𝐽Tはエネルギー次元を有している。

量子機構による拡散は、この𝑊とダンピング因子𝛤(ℎ/𝛤は波動関数の位相コヒーレンス がどの程度の時間維持されるかを示す)の値の関係によって決定される。タイトバインディ ング的モデルでは、有効質量𝑀(𝑀は𝐸 = ℏ2𝑘2/2𝑀により定義される)は、隣接サイト間 の距離𝑑𝑛を用いて

𝑀= ℏ2/𝐽T𝑑𝑛2 (1.16)

で表される。これらの値を用いて、熱的ド・ブロイ波長𝜆dBは次の式で定義される。

𝜆dB= ℏ

√2𝜋𝑀𝑘𝐵𝑇= √ 𝐽T

2𝜋𝑘𝐵𝑇𝑑𝑛 (1.17)

対して、拡散の平均自由行程𝑙diffは群速度𝑣g= 𝐽T𝑑𝑛2𝑘/ℏと散乱時間𝑡sc= ℎ/𝛤の関係から次の 式で与えられる。

𝑙diff= 𝑣g𝑡sc= 2𝜋𝑘𝐽T

𝛤𝑑𝑛2 (1.18)

このダンピング因子𝛤は温度に依存し、高温でより大きな値を持つ。また、非常に低温では 伝導電子との散乱による準弾性的な散乱によってダンピングが起こる。この過程によるダ ンピング因子𝛤は、温度に依存しない定数𝐾(𝐾は近藤定数と呼ばれる)を用いて次の式で表 すことができることが知られている[29]。

𝛤 = 2𝜋𝐾𝑘𝐵𝑇 (1.19)

最低温での拡散機構であるコヒーレントトンネル過程はこれら𝜆dB、𝑙diffおよび𝑑𝑛の値の 大小関係によって以下の2つに分類できる(図1.17)。1つ目は、𝜆dB> 𝑑𝑛の領域でのトン ネル過程で、サイト間の水素原子の波動関数が強くオーバーラップすることにより、セルフ

図 1.17 水素サイト間距離𝑑𝑛とド・ブロイ波長𝜆dB、水素拡散の平均自由

行程𝑙diffの大小関係による非常に低温における量子拡散機構の違い。

(31)

20

トラップ粒子はブロッホ波として振る舞うようになるとされている。この拡散過程は(1.17) 式から、理論的には𝑘𝐵𝑇 < 𝐽T⁄2𝜋の温度域で現れると考えられるが、実験的には金属中水素 原子のブロッホ波的振る舞いは観測されていない。2つ目は、温度が上昇して𝜆dB< 𝑑𝑛 < 𝑙diff となった場合である。この時、粒子は 1 つのサイトに局在しておりその状態はサイト的描 像により記述されるが、移動に関してはコヒーレントトンネル過程によって生じる。この様 な状態は、(1.18)式及び(1.19)式より𝐽T⁄2𝜋< 𝑘𝐵𝑇 < 𝐽T⁄2𝜋𝐾の温度域で生じる。

さらに温度が上昇し𝑙diff< 𝑑𝑛となると、セルフトラップ粒子のコヒーレントトンネル過程 による移動も強く抑制され、インコヒーレントトンネル過程によりサイト間を移動するよ うになる。

多くのフォノンが励起される高温域では、前述のように水素のエネルギー状態がフォノ ンによって押し上げられ隣接サイトの準位がそろうことによって移動が生じるようになる。

このフォノンアシストトンネル過程は系の温度が𝛩D/5程度以上(Θ𝐷:デバイ温度)になる とその寄与が顕著になってくる。

この問題は、セルフトラップ状態aから状態 bへ遷移する確率が次の形で表すことがで きるというモデルで取り扱うことができる。

𝜔ab= 〈∑2𝜋

ℏ |⟨a𝛼|𝐻|b𝛽⟩|

2

𝛿(𝐸𝛽− 𝐸𝛼)

𝛽

av (1.20)

𝐻は2つの隣接サイト状態aとbの間の相互作用を示しており、𝛼と𝛽はそれぞれ状態aと 状態bでの系の内部自由度(電子と格子の状態)を示している。〈− − −〉avは状態aでの熱 平均、𝐸𝛼と𝐸𝛽は状態aとbのエネルギー固有値であり、次の関係を満たす。

𝐻aΦaΨ𝑙a= 𝐸𝛼ΦaΨ𝑙a (1.21) 𝐻bΦbΨ𝑙b= 𝐸𝛽ΦbΨ𝑙b (1.22) Φa、Φbは状態a、bにおける電子の波動関数、Ψ𝑙a、Ψ𝑙bは状態a、bにおける格子の状態を 表す波動関数である。デルタ関数を積分の形

𝛿(𝐸𝛽− 𝐸𝛼) = 1

2𝜋ℏ∫ ei(𝐸𝛽−𝐸𝛼)𝑡/ℏd𝑡

+∞

−∞

(1.23) で置き換えることで

𝜔ab=𝐽02

2∫ 𝜙(𝑡)d𝑡

+∞

−∞

(1.24) が得られる。𝐽0は式(1.21)で定義される行列要素であり、𝜙(𝑡)は

〈⋯ 〉av= Tr{e−𝐻a/𝑘𝐵𝑇⋯ } Tr{e⁄ −𝐻b/𝑘𝐵𝑇} (1.25) という表現を用いて次の形になっている。

𝜙(𝑡) = 〈ei𝐻a𝑡/ℏe−i𝐻b𝑡/ℏav (1.26) これらの関係式に対して、具体的なハミルトニアンを代入し、摂動法を用いてこの波動関数 を計算することによって粒子の量子トンネル現象を取り扱うことができる[5]。電子系と格 子系が独立である場合には、𝜙(𝑡)は電子に関する項𝜙𝑒𝑙(𝑡)とフォノンに関する項𝜙𝑙(𝑡)を用い

図 1.2  potential energy surface を 2 次元面で切り出すことに よって表示した図[16]。分子の配向は金属表面と平行としてお り、Pd 原子はポテンシャルの最も高い位置にある。Surface  coordinate は 水 素 分 子 の 重 心 の 座 標 。 Reaction  path
図 1.23  Ce 水素化物中の Ce サイトと H サイト(O サイトおよび T サイト)
図  2.10  水素分子の温度―圧力相図[5]

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