高 岡 定 期 大学 た 安 井19 巷 平 成1年年3 月 B d .T 血oh Nado nal Conege,Vol.1 9,M ar ch 2 ∝姓
復元鋳造と出土遺物から考察する韓国青銅八珠鈴の鋳造方法
三 船 温 尚 ● 後 藤 直 ●●
要 旨
韓 国国立中央 博 物館で調 査し た青 銅八珠 鈴の鋳 造工程を復 元し, 同 形の青 銅八珠鈴を制 作し た。 本 箱は, そ れ ら 両者の鋳 造 痕 跡比較と, 関 連 する 出 土遺物の考 察か ら、 これ まで不 明であっ た朝 鮮 半 島に おける古代 鋳 造 技 法の詳細を解 明し ようとするもの である. 八珠 鈴は紀 元 前3 ‑ 2 世 紀
の朝 鮮 半 島南 部 地 域独 特のさま ざま な儀礼 用 鈴 具のひ とつで、 ほ ほ同形 ・ 同 大 ・ 同文 様の 2 個1 対で用い、 こ れまで に 4 遺 跡 出 土の・8 例が知ら れ てい る。
こ の復 元鋳造か ら は 以下のような 点が判 明し た。
1 . 鈴にある双 頭 渦文 ( 双 頭 蕨 手文) は、 常温で固体の油 脂を用いて原 型に凹線を作 り、 細かい 鋳型砂を その凹線に流 し 込ん で鋳型 を作る方 法であっ た 可能 性が高い。 し か し、 狭くて深い
凹線に充 分に鋳型砂を 流 し 込 むこと は 困難で、 復元では 一 部に空気が溜まっ た。
2 . 八珠鈴 本 体の凹線に凸 線を組み合わ せ た文 様の、 凹線 部は広 くて浅いた め双 頭 渦 文と同様の 方 法で容 易に復元 が 可能である。 し か し、 鋳 型 面に直接 彫 り 込む凸線 部では、 砂 崩れ が発生 し精赦に復元できな かっ た。 用ぃる鋳 型砂の質に起 因 する と思わ れ る.
3 . 文 様の復元鋳 造か ら推 測 する と, 八珠 鈴の鋳型 は滑石 な ど を削っ て作っ たの では なく, 文様 を鋳 造 する た めに常温で固体の油 脂を用 いた 土 ( 真土) 製の分割鋳型である。
4 . 鉦の復元鋳 造では、 蛾を 用いる方 法、 蛸を 用いず 鋳型砂だ けで分 割 する方 法、 共に可能であ
っ た. こ の こと か らいずれの方 法で八珠 鈴の鉦原 型 を作っ た か は判 断でき ないo
5 . 鈴の復元鋳 造では、 二つ の鈴 孔 部で鈴 中 子 ( 中型) と鋳型 を粘土汁で接 着 する方 法で可能で あった。 こ の こと は 八珠 鈴が分割 鋳 型 法である可能 性を示してい る。
キー ワ ー ド
韓 国青 銅人珠 鈴 復元鋳 造 出土遺 物 土( 陶) 製鋳型 石製鋳型 分割鋳型 油脂 蛾
* 産 業 造形 学 科, 二上古 代 鋳金研 究会
* * 東 京 大学 大 学 院人文社 会 系 研 究科 教 授, 北 九州鋳金研 究 会
1 .はじ めに 一朝鮮半島南部の異形有文青銅器 ‑ 後藤 直 朝 鮮 半島に青野器が出琴す b=のI事、 頒堺社 会q)形恥 社 会 的 階層 分 化が始まろ無 文羊器 時 代
( 青 銅 器時代 ・ 初廟鉄 器時代た相 当) であぇ.
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こ の時ぬま土器 わ 変速を も とに前 ・ 中 ・ 後 期に わ けら れ、 日本列 島の時 代 ・ 時期 区分とのお およその平 行 関係は、 前 期が縄 文 時代 晩期、 中期が弥 生時代 早 期 ‑ 前 期は じめ、 後 期が弥生時代 前期はじめ ‑ 中期であるo
青銅器は無文土器 時代 前期に小形品 数例 が 認められるが、 儲 期後半ころか ら中国遼寧省地 域の 琵琶形銅 剣が 流 入 しはじめ、 中 期に青 銅 器文 化が定 着 する。 剣の ほかに琵琶形 鋼 矛、 多 鉦粗 文 鏡, 扇形 銅斧、 鐸形 鋼 鈴も ある。 剣以外は石製鋳型 が発 見さ れており、 鋳型未発 見の琵琶形銅剣も含
め, 朝鮮 半 島で の青銅 器 製 作が 石 型 か ら始まっ た こと を確 認できる。
後 期 初頭に は琵琶形銅 剣か ら変 化した朝鮮 半 島独 自の細 形銅 剣の製作が始ま り、 若 干遅 れて細 形 鋼矛 ・ 鋼 曳、 さ ら に多 鉦 細 文鼓 ・ 銅 斧.・ 銅盤‑・ 銅 鈍 ・ 銅 鐸 ( 弥生銅 鐸と区 別して朝 鮮 小 銅 鐸 と もいう) も作り始め る。 多鉦 細文鏡以外は石製鋳型 がみつ か っ てい る。 精赦な文様が鋳出 され てい る多鉦 細文 鍬ま土製鋳型 で製 作したことが確 実で ( 鋳型は未発 見) , 土 型が遅れ て登場 するo
こ の時 期の朝鮮 半島南部地 域に は、 ごく少数で はあるが精 赦な幾何 文様を もつ 異様な 形態の青 銅器 も 生 まれ る ( 異 形 有 文銅 器, 文 様のない ものも若 干含む) (図1 T 3) o 製作技術の源 流は中 国東北部, 遼寧 省地 域に求め ら れ、 一 部の祖型 も そこ
.にある が, 多くは朝 鮮 南部で創出さ れ たも
のである。 これらは形 態・ 文 様か らみ て石製鋳型で は製作できず、 土製鋳型 を 用 いて、 文 様の鋳 出 な どにさ ま ざま な工夫をこら したと考え ら れる。 鋳型は見つ かっ て い ないo
北部九 州に は弥生時代 前 期 末に、 細形鋼 武器 ( 剣 ・ 矛 ・ 曳) , 銅鈍, 銅鐸, 多鉦 細文鏡がも た ら さ れ、 ほ ぼ同時に製作も 開始さ れ た。 弥 生社 会で製 作し た の は石 型 を 用 い る剣、 矛、 曳, 銅 鈍 、 銅鐸で、 土 型 を 用い る多 鉦細文鏡は製作し て い ない 。 異 形 銅 器は弥 生 社会に持ち 込 まれ た形 跡はなく、 し た が っ てその製 作 技 術が伝 えら れた痕跡 も ない 。 その後、 弥生時 代 青銅 器 ( 剣 ・ 矛 ・ 曳 ・ 銅 鐸) は大型化 ・ 祭 器化し, 銅 鐸の鋳型は石 型から 土 型 (土製 外 枠型鋳型 など)
に代わるが、 武 器 製作に は最 後まで石 型 を 用い る。 (ただ し平形銅剣は土塑に よ る可能性が あり、 大 阪 湾型銅曳の 一 部は大 阪府 茨 木市 来 奈 良遺跡の鋳型 か ら 土 型で製作して い る) 銅鐸に かな らず
っ けられ る文様は凸線や浮き彫 り状で、 鋳型に は陰刻さ れ、 土 型になっ ても 石 型の場 合と変わら ない . 朝 鮮 半島の異形 有 文青 銅 器め 施 文法とは異なる.
本研 究の目的は、 弥生社 会に は製品も製作技 術も伝え ら れ な か った異 形有 文 青銅器につ い て観 察、 製作 技術 復元、 鋳造実験を行い、 製作 方 法の特徴を 明 らか にすること、 それとの比掛こよ っ
て弥生時 代 青銅 器 製作 方 法 ・ 展開の特 質を考 える手が かりを得る ことである。
その対 象のひとつ と して全羅南 道 大 谷里出土八珠鈴 (図3 ‑1) を とり あげ, 2 0 0 0 年1 2 月4 日に韓国 国 立中央 博 物館で調査 を行った。 こ の観 察にもとづき、 鋳造方 法を検 討し、 復元製作を 行った。
な お、 参考の ため に異形 有 文 青 銅 器の 一 覧を示し ( 表1)・、 時 期 ・ 共伴 品な どにつ い て簡 単に
記しておく。 さ ま ざ ま な異形 有 文青 銅 器は、 各 種類の組み合わせ、 共 伴品に よっ て大きく3 期に わ け ら れる。
1 期 防牌形銅器 ・ 剣 把 形銅器 ・ ラ ッ パ形 鋼券 ・ 鈴付き 防牌 形銅 器のうちの 2 種 類が■、 細 形銅 剣 ・ 新しい段階の多鉦租 文鏡 あるい は古い段階の多 鉦細文 鏡・ 石鉄 ・ 天 河 石製 曲玉 ・ 後期 前 半の 土 器 と と もに副葬さ れる。 無文の円蓋形銅 器が伴 うこと も ある。 細 形 鋼矛 ・ 銅曳との共伴 例はな
い。 出土 地は息清 南 道のみ である。 伴 出土器か ら無 文土器 時代 後 期前 半に位 置づけ ら れる ( 弥生 時代 前 期平 行 期) 0
2 期 鈴具が主 流になる。 八珠 鈴 ・ 双頭 鈴 ・ 組 合双 頭鈴 ・ 竿 頭 鈴のすべ てまた は 2 ‑ 3 種類の
復元弾道 と 出土 遺 物 か ら考察する韓 国青角八珠鈴の♯立方法 1 8 5
組み合わ せ で発 見さ れ、 柄 付 鈴が伴うこと も ある。 八珠 鈴、 双頭 鈴、 竿頭鈴は, 出土 地 が明ら か な場合は形態 ・ 文様がほ ぼ同じ2 点1 対で発 見さ れるo 細 形 銅剣 ・ 銅 矛 ・ 銅曳, 多鉦 細 文鏡な ど が共伴 するo 有 文の円 蓋形 銅 器は鈴具と共伴し ない が, この時期であり、 鋳 造鉄 斧 ・ 鉄 豊を伴う 例がある。 分 布は息 清 甫 道か ら全 羅南 ・ 北 通さ らに慶 尚 北道に拡 大し, 北部の東 海岸、 成東 南 道
でも 竿頭 鈴が1 点発 見さ れている。 2 期は無 文土器 時代 後期の前 半か ら後半にかけて、 鉄券 普 及
の時 期であろう ( 弥生時代 前 期末 ‑ 中 期 中 頃併行 期) o
3 期 以前の異 形 銅 器はま ったく 姿を消し, 胡 瓜形 鈴のみ と なる。 文 様はなく上記各種 鈴 具と は系 統が異なる。 出土 地 が確か なものは平壌2 例2 点、 慶尚 北 道1 例2 点で、 伝 息清 南 道公 州出 土1 点が ある。 青銅 器の衰退 期 ・ 鉄器の急 増 期、 無 文土器 時代 後期 束 ( 弥生時代 中期 兼 併行 期) 、
B .C .1 世紀 後半である。
表1 異形有文書 銅器 一 覧
道 遺 跡 遺 構
異 形 有 文 育 銅 器 主 な 共 伴 遺 物 防
形
…剣
弛
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顔
2
≡ ラ
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形
鋼 器
蘇
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防
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器 八
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…頭
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…
双 顔 鈴
i組
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b柄
‖桓
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≡
準
邑形
i
蘇
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胡 瓜 形 鈴
+
…円
蛋H
i
(
宿
蛋H
…H
窮武器 銅工 具 多量塩
a 矛 曳 鈷 斧 盤 文
H
如!文
管‖
i
毒 顔
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H‖M
南道 陽里 下50c m u
‖ I ) u H)
平壌 貞柏里 ( 採土 場) d 1 d 6
貞拍洞 97号木榔墓 1 1 ○ ○
忠清 南道
南城 里 石櫛墓 3 1 9 l □ 2 ○
里 石 櫛墓 3 2 I+ 9 3 1 1 ○
伝 徳 山面 2 2 2 1 iu i ‖u
潤 石 1i3 i i i I+ 1 i 2 HH 2 ○
伝 大田 1 HM
ロ松里 石櫛墓■ 1 2 1 1 2 ○ ○
伝 論 山 2 2 2 1 1
伝 公 州 l 1 日 1
薙北 道 伝 益 山 1
南道 谷里 石 榔 墓 2 2 3 ∩ 1 2
浦里 石 櫛 茎 2 2 1 1 4 2 3 1 1 2 3
慶 尚北道
伝 尚州( 洛 東江 灘 鉛 2 2 2 1
川洞 不 明 i i ∃2 BI r ■一 l ■1 2事2 i lJ rJ 1
入 室里 不 明 i 1 1喜1 i 6 Eg tg ‡ Ⅷ 2
不 明 2 2 5 3 1 1 ○
東里 不 明 2 1 1 1
云 洛東江 流域 2 ロ ∩
伝 慶尚北 道 1
不 明
小倉 収集品 鯛 1 1
国立 中央博 物館 伽296) 1
‡創又集品 偵! 州博) ∈ i Pi 1 i ! i
異形有 文書 銅器欄の★印は文様がない。
1 . 復元工程
(1) 復元概 要 三船 温尚
調査 し た全 羅南 道 大 谷呈 出 土人珠鈴の側 面は充 分な 研磨が な さ れ、 こ こ に鋳型 を分 割し た痕跡 を見出すことは でき ない。 し か し、 八珠 鈴本 体 部, 腕 部の側面は表面に向か って抜 け勾 配であ り, 鈴 部も側 面に稜 線を持つ という 形状か ら, 上 下に分か れる分 割 鋳型で鋳 造さ れ た 可能 性が高い 。 また、 八珠 鈴本 体の文様は凹線と鋳型面に直接 措く凸線の組み合わ せか ら なり、 鋳型面に線を描 くに は や はり分割 鋳型でな け れ ば な ら ない。 こ の 2 点を根 拠に、 分 割鋳型法で 八珠 鈴を復元 し た。
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川
園1 異 形 有 文 書銅 器(1)
1 防 牌 形銅 器 ( 塊 亭 洞)、 2 防牌形 銅 器 ( 伝 大田)、 3 剣 把形 銅 器 ( 南城里) 、 4 鈴 付 防 牌 形銅 器 ( 南 城里), 5 ラッパ形 銅 器 ( 東西 里)
復元幹造 と 出 土 遺物か ら考寮する帝 国青銅八珠鈴の♯造 方法 1 8 7
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図2 異形 有文 銅器(2)
1 双 頭鈴 (伝徳 山)、 2 組 合双 頭鈴 (伝徳 山) 、 3 柄 付 鈴 ( 革 浦里)、 4 竿頭鈴 ( 竹 束里)、 5 胡 瓜 形鈴 ( 李 養 辞 蒐集) 、 6 円蓋 形銅 器 ( 東 西 里)、 7 円蓋 形銅 器 ( 伝益 山)、 8 肩 甲 形銅 器 ( 出土地不明)
図3 八珠 鈴
1 ・ 2 大谷里、 3 4 伝 論 山、 5 伝 徳 山、 6 伝 尚州 ( 洛 東江 流域)