三階教文献の仏名と諸経の交渉
──『七階仏名経』を基軸にして──
石 垣 明 貴 杞
はじめに
三階教は隋から唐代に五回もの禁圧を受けて,時にその典籍群は廃棄や経典目 録からの削除を受けた.しかし彼らはそのような社会的環境下でも数百年にわた る支持を得て『七階仏名経』を後世に伝えたのである.成立初期の本経は国家が 日時を限り使用した『仏名経』と異なり,個人の滅罪と成仏を主要な目的として 昼夜六度生ある限り用いた.現存資料には不定形な写本と石刻がある.儀礼の形 態から分析した議論は未だ決着を見ないが,北地仏教の影響を受けた儀礼である という位置付けは,両資料へのアプローチから出された共通見解である. 本研究では『七階仏名経』と諸経の交渉から検討を行い,弾圧下においても長 く支持された仏教教団を思想的側面から考察する.1.
『七階仏名経』の基層部分
『七階仏名経』の多くの写本は巻首から順に五十三仏,三十五仏,二十五仏,二 仏を掲げ,下記のようにその引用元を明記する. 薬王薬上経空有目而無名号,此三十五仏出決定毗尼経,已上七階仏依薬王薬上経文次第, 已下別依余部経等疏出…〔此二十五仏名出仏名経第八巻〕…〔此二十五後二仏名号出十 二仏名神呪校量功徳除障罪(滅)経〕.(『七階仏名経』〈515–516 頁〉)1) これらについて三階教の開祖信行(540–594)の真筆である『受八戒法』などの 三階教文献は ①–③ のように述べる. ① 其礼仏法,依薬王薬上経.礼七階有縁仏.(『受八戒法』(P2849R3)〈595 頁〉)2) ② 六時礼拝,仏法大網,昼三夜三,各厳香華供養行道.…○平旦及与午時並別唱五十三 仏,余階総唱.日暮初夜,並別唱三十五仏,余階総唱.半夜後夜,並別唱二十五仏余階 総唱.不得増減.(『制法』(P2849R1)〈586 頁〉)3) 印度學佛敎學硏究第 65 巻第 2 号 平成 29 年 3 月 (75) 3)栢庵撰『栢庵浄土讃』(韓国仏教全書 8, 513 下)(以下韓仏全と略称する).金鍾眞 2010a, 59. 4)金鍾眞 2010a, 17.金鍾眞 2010b, 177. 5)これは金鍾眞 2010a の韓国語訳書に倣う. 6)韓仏全 8, 512 中. 7)韓仏全 8, 517 中. 8)韓仏全 8, 516 中. 9)韓仏全 8, 513 中. 10)韓仏全 8, 515 中. 11) 韓仏全 8, 516 下. 〈参考文献〉 韓普光(泰植)2016「朝鮮・栢庵性聡の『浄土宝書』について」『印度学仏教学研究』64 (2): 1021–1014. 金鍾眞訳 2010a『栢庵浄土讃』東国大学校出版部. ――― 2010b「宗教的理想郷과自己敍事의교직,「栢庵浄土讃」 의作品世界」『韓民族文化 研究』32: 177. 〈キーワード〉 栢庵性聡,『浄土宝書』,『栢庵浄土讃』,依報荘厳,正報荘厳,念仏修行, 称名念仏,念仏結社 (東国大学校教授,文学博士) 梶濱亮俊 訳チベットの屍鬼四十七話
上下
上 A5 版・294 頁・Amazon.co.jp 価格 2,728 円 下 A5 版・304 頁・Amazon.co.jp 価格 2,802 円 Texnai・2016 年 2 月 新刊紹介 (74) 朝鮮・栢庵性聡の『栢庵浄土讃』について(韓) ─ 964 ─像仏」と表現している8).すなわち本経は後世学派を超えて承認された9).開祖が 用いていない仏名を採用したのである.信行の行儀をそのまま継承しようとした 三階教徒が開祖以外の用いた表現を早くから取り込むことは考え難い.故にこの 部分は後の増広であると推定されるのである. また,本経と並行する文章を持つ典籍に,三階教との関係が疑われてきた『占 察善悪業報経』がある.この典籍は地蔵信仰や道教思想を述べ,信行在世の 593 年に流行禁止の勅命が下されたほど民衆からの信仰が厚かった.今,『七階仏名 経』との類似部分を比較すると『占察善悪業報経』の「菩薩」への祈願が『七階 仏名経』では「三宝」になっている. 唯願十方諸大慈尊証知護念…懺悔已帰命礼三宝.(『七階仏名経』〈519 頁〉) 唯願十方諸大慈尊証知護念…願令十方一切菩薩,未成正覚者,願速成正.(『占察善悪業 報経』〈T17. 903c–904a〉) この相違は,仏と全典籍,また如来蔵を持つ全ての人々を敬う三階教の教義に 合致しない限定された部分を意図的に編纂したことを示唆する.つまり本経は民 間に人気の典籍を増広に採用したが,三階教の思想に則る態度は堅持したのであ る.同様の姿勢は『法門名義集』との比較からも確認できる.第五念の「捨」が 『七階仏名経』では「施」になっており,布施を行法の高い位置に置いた信行の思 想をここにも見ることができるのである10). 第一念仏.…第五念施.施能利益一切衆生.(『七階仏名経』〈521 頁〉) 第一念仏.…第五念捨.捨是衆生除樫雑著.(『法門名義集』〈T54. 196c〉)
結語
本考察では,『七階仏名経』の初期の成立部分における仏名や思想が『薬王薬上 経』を軸とする諸経典に依拠して生み出されたことや,増広過程では概ね開祖信 行の思想を保持しようとしていたことが明証された.また編纂時には高僧の思想 を含有する仏名を採用したり,時には民間で流行した典籍を取り込むなど,仏教 社会の上層部と在家の双方に歩み寄る態度が確認された.禁圧下においても長き にわたり活動を継続させることができた理由の一つに,三階教のこのような姿勢 が貢献していたことを浮き彫りにすることができたのではないかと思う. 1)本論の『七階仏名経』は矢吹氏作成の校本による.校本には「滅」が含まれていな いが,現存写本と大正蔵の記載を鑑みてここでは(滅)を加えた.底本は S59.矢吹 三階教文献の仏名と諸経の交渉(石 垣) (77) ③ 若復有人能至路心敬礼五十三仏者,除滅四重五逆及謗方等経,皆悉清浄.…如『観薬 王薬上二菩薩経』説.(『人集録明諸経中対根浅深発菩提心法』(羽 411)〈42 頁〉)4) 上記のように三階教の文献は『七階仏名経』の現存写本にある『十二仏名神呪 校量功徳除障滅罪経』と二仏の名号には言及せず,それ以外の経典名と仏名数に は異なりがない.更に二仏名を書写しても経典名のない写本があり,仏名以降で 内容を分岐させるパターンも多く確認された.これらのことから,成立初期の本 経は『薬王薬上経』『決定毗尼経』『仏名経』の仏名に依拠する礼仏儀であり,三 階教徒は増広時もその原型を留めて伝授したことが推察されるのである. それでは仏名を引用した典籍は何を根拠に選出されたのか.三階教の特徴的な 行法に,如来蔵思想に基づく人々への礼拝や,檀波羅蜜の重視から実践された命 終後の捨身がある.礼拝は『法華経』の常不軽菩薩に倣うものであり,捨身も『法 華経』に説かれている.それならばなぜ信行は『七階仏名経』の仏名を『法華経』 ではなく『薬王薬上経』に依拠したのか.理由として『薬王薬上経』の内容に起 因する可能性を挙げることができる.経中で薬王菩薩は仏滅後も観仏可能であり, 衆生の滅罪と救済の実践で新たな記別を得ることが説かれている5).末法思想の 自覚が教義の根底にある三階教にとり,仏滅後の観仏保証は価値が高い.また『法 華経』では喜見菩薩が捨身で授記されて薬王菩薩になるが,『薬王薬上経』では薬 王菩薩が授記されて浄眼となる.信行は重要視した捨身の観点から『法華経』の その後が『薬王薬上経』に説かれていると理解したのかもしれない.『薬王薬上 経』には仏名の唱和や昼夜六度の懺悔も見られ,引用した他の典籍にも犯戒時の 礼仏や懺悔と滅罪が説かれている.つまり本経の素材は,三階教が礼仏する根拠 となる思想的内容を持つことから選出されたと考えられる.2.
『七階仏名経』の増広部分
『七階仏名経』は増広部分でも仏名を挙げる.その中に「清浄法身毘盧舎那仏」 「円満報身盧舎那仏」「千百億化身釈迦牟尼仏」がある6).毘盧遮那仏等は後にも 再登場するが,それには法身,報身,化身が付属しない.本来サンスクリット語 の Vairocana は,毘盧遮那と盧舎那を区別しない.しかし諸経典では,実叉難陀訳 『華厳経』は毘盧遮那を用い,『梵網経』では盧舎那を使用した.これに仏の三身 を対応させた漢語の現存資料は智顗の『妙法蓮華経文句』や『維摩経玄疏』が初 見である7).一方,信行は『対根起行法』で仏の三身を「真身仏」「応身仏」「形 (76) 三階教文献の仏名と諸経の交渉(石 垣) ─ 963 ─像仏」と表現している8).すなわち本経は後世学派を超えて承認された9).開祖が 用いていない仏名を採用したのである.信行の行儀をそのまま継承しようとした 三階教徒が開祖以外の用いた表現を早くから取り込むことは考え難い.故にこの 部分は後の増広であると推定されるのである. また,本経と並行する文章を持つ典籍に,三階教との関係が疑われてきた『占 察善悪業報経』がある.この典籍は地蔵信仰や道教思想を述べ,信行在世の 593 年に流行禁止の勅命が下されたほど民衆からの信仰が厚かった.今,『七階仏名 経』との類似部分を比較すると『占察善悪業報経』の「菩薩」への祈願が『七階 仏名経』では「三宝」になっている. 唯願十方諸大慈尊証知護念…懺悔已帰命礼三宝.(『七階仏名経』〈519 頁〉) 唯願十方諸大慈尊証知護念…願令十方一切菩薩,未成正覚者,願速成正.(『占察善悪業 報経』〈T17. 903c–904a〉) この相違は,仏と全典籍,また如来蔵を持つ全ての人々を敬う三階教の教義に 合致しない限定された部分を意図的に編纂したことを示唆する.つまり本経は民 間に人気の典籍を増広に採用したが,三階教の思想に則る態度は堅持したのであ る.同様の姿勢は『法門名義集』との比較からも確認できる.第五念の「捨」が 『七階仏名経』では「施」になっており,布施を行法の高い位置に置いた信行の思 想をここにも見ることができるのである10). 第一念仏.…第五念施.施能利益一切衆生.(『七階仏名経』〈521 頁〉) 第一念仏.…第五念捨.捨是衆生除樫雑著.(『法門名義集』〈T54. 196c〉)