活性化拡散モデルに関する実験的研究
An Experimental Study on Spreading Activation Model
佐 藤 基 治
*
坂 元 滋 信**
はじめに
「記憶」は最も身近で、そして最も謎の多い領域のひとつである。記憶研究
の歴史は
Aristotle
にまで遡るとされ、その後も哲学の重要なテーマとして取り上げられてきた。心理学における記憶研究は、Ebbinghaus(1885)に始ま る。Ebbinghausの研究は、無意味綴りを記銘材料として用いていることに象 徴されるように、白紙の状態から新たに記銘していくメカニズムに着目したも のであった。そのため、"記憶している知識"についての問題は扱われることが なく、それが研究対象とされるようになったのは、Collins & Quillian(1969)
からである。
その後、心理学において、記憶研究は
Tulving
やLoftus
など数多くの研究 者によって多種多様な方向へと展開されていったのはいうまでもないが、もと もとCollins & Quillian
(1969)の研究自体がQuillian
の提唱した計算機上で の意味記憶モデルを人間に適用したものであったこともあり、計算機工学等に おいても同時並行的に意味記憶モデルの研究が行われてきた。人間の記憶モデ* 福岡大学人文学部助教授
**㈱ USEN
ルを計算機上で模擬したニューラルネットワークは自然言語を扱うための一手 法として注目され、「優れたヒューマンインターフェースを実現するために非 常に重要な基礎分野の一つである」(田中ら,2002)とされている。これらは
web
上の検索エンジンなど、一部では既に実用化が始まっているが、人間の 意味ネットワークの完全な模擬にはまだ至っておらず、例えば「自我を持ち、人と自由にコミュニケーションの取れるようなロボット」の開発には程遠いの が現状のようである。
このように、計算機上に人間と同じ記憶構造を持たせることができない要因 の一つとして心理学側の問題もある。つまり、心理学において未だ、完全な人 間の記憶システムの構築には至っていないのである。そこで本研究では、心理 学における意味ネットワークの代表的な理論、Collins & Quillian(1969)の 階層的ネットワークモデルと、Collins & Loftus(1975)の活性化拡散モデル
(spreading activation model)の
2
つの理論について、実験的な実証を行う。1.記憶とは何か
1.1 Tulving による記憶の分類
記 憶現 象 は大 き く
"手 続 き的 記 憶 (procedural memory) "
と"命題 記 憶
(propositional memory)
"
に分類することができるが、この分類は多くの理 論家によって提唱されてきた(例えば、Kolers, 1975)。Tulvingは、記憶は 手続き的記憶と命題記憶によって成り立っているとする、それまでの分類に疑 問を投げかけ、命題記憶はその中にエピソード記憶と意味記憶を内包している と主張した。また、Tulvingは手続き的記憶と命題記憶について「根本的に別のものであ る」と考え、手続き的記憶とは、知覚運動技能、認知技能により成り立ってい るもので、命題記憶とは、様々なシンボルで表象・表出できる知識であり、命 題記憶は、 その中に 「エピソード記憶 (episodic memory)」 と 「意味記憶
(semantic memory)」を内包していると主張している。エピソード記憶は、
個人的な体験を記憶したものであり、意味記憶は、このような個人との関係に よる記憶とは独立の、「世界に関する知識の記憶」(Tulving, 1983)である。
しかし
Tulving
は、これらエピソード記憶と意味記憶は全く別の記憶システムなのではなく、エピソード記憶と意味記憶には類似性があると主張してい る。
1.2 「手続き的記憶」と「命題記憶」の相違点
Tulving(1983)によれば、手続き的記憶も命題記憶も "記憶"
という点では 共通しているが、次のような相違点がある。①表示の方法:手続き的記憶は、その技能を必要とする課題を行うことでしか 表示することができないが、命題記憶の表示方法は多様である。
②真偽性:手続き的記憶には真も偽もない。真偽性が問題となるのは命題記憶 についてのみである。
③表象の形式:命題記憶に貯蔵される情報は、命題の形で表象されているとす る考えは古くからある。一方、手続き的記憶の表象形式はまだよくわかってい ないが、本質的に命題の形をしていないことは、一般的に認められている。
④習得方法:手続き的知識の取得は一定の練習を必要とするのに対して、命題 的知識は
1
回の機会のみで習得することもある。⑤表出:これは最大の相違点である。手続き的知識による行動は自動的に考え なくてもできる。しかし、命題的知識による行動は、注意を向けることが多く の場合求められる。
⑥情報の伝達方法:命題記憶で検索した知識を他人に伝えるためには、普通、
自然言語か何か他のシンボル系が使用されるが、手続き的記憶は非シンボル行 動によって伝えられる。
1.3 エピソード記憶と意味記憶の類似・相違点
エピソード記憶と意味記憶のシステムは、全く異なる別々のシステムではな
く、いくつかの類似点を持っている。まず、両システムはどちらも「記憶のシ ステム」である。そして、「両システムにおける情報の保持は、一般的に、受 動的で自動的であると考えられており」、保持・保存のために努力は必要ない。
貯蔵された情報は「それと関係した精神活動によって部分的あるいは全体的に 変容」することもある。また、われわれは普段、保存された情報についての意 識はなく、情報検索の結果、初めて意識する。その意識する情報も「検索可能 な全情報のほんの一部分」でしかなく、検索の過程についても意識はない。他 方、エピソード記憶と意味記憶は、いくつかの相違点も有している。とりわけ 重要な点は、記憶するソースについて、エピソード記憶が知覚情報をそのまま 記憶できるのに対して、意味記憶はそれを解釈し、記号化された情報でしか保 存することができないことである。「エピソード記憶では、直接的なものすな わち一次的知識(first-hand knowledge)が登録され、意味記憶では、間接 的なものすなわち二次的知識(second-hand knowledge)が登録される」の である。さらに、記憶の体制化についても差がある。「エピソード記憶は、そ の構成要素をいつでも思い出すことはできないという点で、それほど体制化さ れていない」。一方、「意味記憶又はカテゴリー記憶は、有効な検索を可能にす るようなシステムの中で、よく体制化されている」(Estes, 1976)。体制化と いう点では、エピソード記憶が情報を時間軸上におき、それを長く保持できる のに対して、意味記憶にはそのような機能がない。また情報へのアクセスに関 して、エピソード記憶は意図的に行う必要がある一方、意味記憶では自動的な 傾向がある。さらに、検索が行われ情報が活性化すると、エピソード記憶では 活性化した情報に変化が起こり、同様か関連する質問に関しての検索時間が短 縮される。一方、意味記憶では活性化しても情報の変化はない。これに関連し て、意味記憶において、同じ質問が繰り返されると反応時間が短くなっていく という研究結果(たとえば、Anderson & Ross, 1980 ; Jacoby, 1978)は、意 味記憶システム上での情報が変化したのではなく、エピソード記憶システムか
らの影響を受けたものと考えることができる。
1.4 意味記憶モデル
Collins & Quillian の階層的ネットワークモデル
Collins & Quillian(1969)は、Quillian
の人工知能モデルに基づく階層的 ネットワークモデルを意味記憶モデルとして提唱した。このモデルでは、意味 記憶を概念同士が結びついたネットワークであると考える。ネットワークの中 で、概念はノード(node)として、概念同士の関係はリンク(link)によっ て表現されている。また、ネットワークは上位-下位概念に基づいて階層的に 体制化されており、各ノードの情報量を最小限にしている。現在では、その厳 密な階層性には否定的な結果が得られ(太田, 2000)、体制化は上位-下位概 念ではなく意味的類似性によって行われていると考えられているが、Collins& Quillian
は、情報の検索がリンクをたどることによって行われ、リンクの移動距離と検索時間は比例するという仮説を提示し、その検証方法として、文 の真偽判断課題(sentence verification task)の反応時間を測度として用いた 点で、後の研究に与えた影響は極めて大きい。
Collins & Loftus の活性化拡散モデル
Collins & Loftus
(1975) が 提 唱 し た 活 性 化 拡 散 モ デ ル (spreadingactivation model)は、「意味記憶の代表的理論」(太田,1988)とされ、「構
造に重点を置いた階層的意味ネットワークモデルと、処理に重点を置いた特徴 比較モデル(feature comparison model)との混合モデル」(川口,1983)と 考えることができる。活性化拡散モデルは、概念をネットワーク構造によって表し、リンクの距離 と検索時間が比例するという、従来の階層的意味ネットワークモデルの特徴を 引き継いでいるが、体制化は上位-下位概念ではなく、概念の「意味的近さ」
によってなされるとしている。つまり、「意味の近いものは空間的に近くに、
遠いものは遠くに位置」(川口,1983)するようなネットワークを想定してい
るのである。また、階層的意味ネットワークモデルが概念の意味を考慮する
「意味ネットワーク」のみだったのに対し、活性化拡散モデルは、語彙の名前 を考慮し、音素の類似性によって体制化された「語彙ネットワーク」も仮定し、
語彙ネットワークにおけるノードと意味ネットワークのノードは相互に接続さ れているとしている点も大きな特徴である。つまり、活性化拡散モデルにおけ る語彙の検索は、概念の意味だけではなく、音素・綴りの類似性をも検索条件 として利用できる。
1.5 プライミング効果
プライミング効果は、言語の連合過程の研究の中で最初に用いられ、「特定 の刺激に対する特定の反応の生起確率を増すために、計画された先行条件の変 化」(Cramer, 1968)と定義される。意味記憶研究の中でプライミング効果が 見出されたのは、Meyer & Schvaneveldt(1971) が文字列の語彙判断課題
(lexical decision task)を導入した実験が最初である。
プライミング効果は、多くの意味記憶研究において見いだされており、語彙 判断に限らず命名課題(naming task)、文の真偽判断課題、単語の産出課題 など様々な課題においても観察されている。先行刺激(あるいは処理)が後続 処理に影響を及ぼすというプライミング効果は、意味記憶の貯蔵構造が意味的 類似性に沿って体制化されたものであることを反映しているとともに、検索の メカニズムを解明する重要な手掛かりであるとされている。またプライミング 効果は、Ebbinghaus以来、主要な測度とされてきた「反応の正誤」を測度と せず、反応時間を測度としている。反応時間は情報の処理に費やされた時間を 反映していると考えられ、「反応の正誤の分析からは得られない人間の記憶メ カニズムに関する多くの情報を我々に提供してくれるはずである」(岡,1993)
と期待されている。そのため、プライミング効果を研究法として利用する研究 も盛んに行われている (例えば、
Ratcliff & McKoon, 1978
、McKoon &Raticliff, 1980、岡,1986)。一方で、そのメカニズムについては解明されて
いないことも多く、プライミング効果そのもののメカニズムを解明しようとす る研究も多くなされている。たとえば、Fischler & Goodman(1978)は、語 彙決定課題におけるプライミング効果が、プライムとターゲットとの連想強度 によって影響されることを示した。このことから、プライミング効果の最も重 要な要因は、「プライム・ターゲット間の意味的関連の強さ」(川口,1983)で あると考えられている。
Collins & Quillian
の階層的意味ネットワークモデルは、意味記憶モデルの研究に多大な影響を与えたが、Meyer & Schvaneveldtによってプライミング 効果が意味記憶研究に導入される前のことであったこともあり、階層的意味ネッ トワークモデルだけで、プライミング効果を説明することは難しいと思われる。
しかし、プライミング効果が「意味記憶研究においては非常に重要な現象」
(齊藤,1996)とされながらも、「プライミング効果が意味記憶システムによっ て説明できるか」という問題については未解決であり、そもそも、プライミン グ効果は意味記憶システムによる現象であるかどうかは疑問の余地が残る。一 方で、プライミング効果は、エピソード記憶システム、手続き的記憶システム、
あるいはそれ以外の記憶システムによるものだとする議論もなされている。
活性化拡散モデルによる説明
Collins & Loftus
が提唱した活性化拡散モデルは、意味記憶の代表的理論であることは先にも述べたが、プライミング効果が意味記憶システムによって 説明できるということは、つまり活性化拡散理論によって説明できるというこ とであり、「このような現象をどのように説明するかについては、間接プライ ミング効果に関しては主として活性化の拡散という概念が用いられている」
(川口,
1988)
。活性化拡散モデルでは、ネットワークは概念の意味的近さによって体制化さ れており、活性化はリンクを伝って拡散する。また、その活性化拡散の規定要 因としては「①活性化の源泉ノードから導かれるリンク数、②ノードへと導か
れるリンク数、③連合の強度、④ノードの痕跡強度、⑤時間的過程、などが示 唆されている」(北濱,1984)。つまり、プライムとターゲットが関連している とき、意味ネットワークにおけるプライムとターゲットの距離は近く、そのた め反応が速くなり、プライミング効果が発生すると考えるのである。活性化拡 散モデルによるプライミング効果の説明については、
Posner & Snyder
(1975)の2過程理論(two process theory)で、ロゴジェンの活性化と拡散 という表現ではあるが、活性化拡散理論に極めて近い考え方をベースとして理 論を展開していることからも、活性化拡散モデルによる説明はかなりの程度有 効であることがうかがえる。
活性化拡散モデルによる説明の問題点
活性化拡散モデルによるプライミング効果の説明は、多くの実験結果を説明 できる反面、それだけ多くの仮定をもうけ、可能性を認めているのだから、そ れは当然のことではないか、という批判があり(Smith, 1978)、実際、活性 化拡散モデルでは説明のできないプライミング効果も報告されている。代表的 な
2
つの主張を以下に挙げた。一つは、直接プライミング効果は長時間持続す るということである。Jacoby & Dallas(1981)は24
時間、Tulvingら(1982)は7日間、Kolers(1976)においては、12ヶ月以上の間隔を開けてもプライ ミング効果がみられたと報告している。活性化拡散モデルでの活性化は一時的 なものと仮定されており、1年どころか、24時間も続く活性化など想定して いない。 もう一つは、 モダリティ間のプライミング効果に関してである。
Jacoby & Dallas
(1970)は視覚モダリティ内ではかなりのプライミング効果がみられたが、提示時とテスト時のモダリティが異なる場合にはプライミング 効果はみられなかったとしている。Morton(1979)も、同様のことを報告し ている。意味記憶は間接的な二次的知識が登録される(Tulving, E, 1983)の に異なるモダリティでプライミング効果が発生しないのはおかしい。これはプ ライミング効果が意味記憶以外のシステムによって発生していることを示唆す
るものと考えられる。
プライミング効果における SOA の議論
「プライムとターゲットの間の意味的関連の強さが、プライミング効果の大 きさに影響する」という見解に対して、必ずしもそうではないと主張する研究 も見られる(Warren, 1977; Fischer, 1977)。この差異の理由としては、定かで はないものの、1)課題が異なる、2)刺激として使われたプライムとターゲット ペアの平均連想強度が異なる、3)プライムとターゲットの
SOA
が異なる、な どが考えられている(de Groot et al., 1982)。SOA(stimulus onset asyn- chrony)に関連して Posner & Snyder
(1975)は、情報処理過程には自動的 な活性化の拡散による処理過程(自動的活性化)と注意や意識的な方略・期待 に基づく制御的処理過程(制御的活性化)の2
種類があるという2
過程説を提 唱し、自動的活性化は刺激提示からSOA250
ミリ秒までの間にかけて生起し、促進効果のみをもつのに対し、制御的活性化は遅れて(SOA700ミリ秒以降)
生起し、促進効果と抑制効果の両方を持っているとしている。
エピソード記憶による説明
プライミング効果は、先行刺激が後続の刺激に対して影響を持つという現象 であり、そのため「以前に学習したエピソードに源がある」(Tulving, 1983)
という考え方に基づいて、Anderson & Ross(1980)は、意味的判断課題に おける練習効果や転移効果と解釈している。しかしながら、Tulving et al.
(1982)の実験において、意味記憶における成績とプライミング、あるいは意 味記憶における成績とエピソード的再認課題との独立性が見出されており、
Jacoby & Dallas
(1981)も、エピソード的再認と知覚的同定との間の独立性を見出している。その他にもプライミング効果とエピソード記憶との相関はな いとの報告は多く(Kihlstrom, 1980 ; Williamsen et al., 1965など)、プライ ミング効果はエピソード記憶システム以外によって発生していると考えられて いる(Tulving, 1983、太田,1988 など)。
手続き的記憶による説明
手続き的記憶による仮説では、プライミングを「認知操作の容易さの進歩の 表れ」(Tulving, 1983)とし、「プライマーの認知処理様式の記憶が、その後 の単語完成課題の解決過程における情報処理に促進効果を持つ」(太田・原,
1983)と考える。つまり、プライマー提示時に行った情報処理結果を手続き的
記憶システムが保持しているために、ターゲット提示時には処理時間が短縮さ れ、促進効果として現れるということである。手続き的記憶システムがプライミング効果を発生させているという仮説は、
健忘症患者の研究を通して論じられることが多い。一例として太田(1988)は、
健忘症患者を被験者とした多くの研究を基に、プライミング効果を手続き的記 憶によって説明している
Squire、情報処理過程における手続こそ、記憶の全
てであろうと、手続き的記憶の絶対性を主張しているKolers & Roediger、単
語完成課題を使ったプライミングの研究課題を基に、情報処理様式でプライミ ングを説明しているRoediger & Blaxton
らを挙げ、これらの考え方と軌を一 にするものに、Jacoby & Brooksを挙げている。しかしながら、太田(1988)によると、「記憶や学習には、全て内容的側面と方法的側面があり、情報の内 容的側面は意識されることが多いが、情報獲得過程における方法的側面は、意 識されることは、ほとんどない」という。つまり、手続き的記憶システムが扱 うものは、この
"情報獲得過程における方法的側面"
であり、無意識的性質が 強いと考えられ、「このような性質を持つ手続き的記憶の実証的研究は、大変 難しい」(太田,1988)といえる。1.6 直接プライミングと間接プライミング
これまで、"プライミング効果"として直接プライミング効果と間接プライミ ング効果を一緒に論じてきたが、一方で、これら
2
つは相互にメカニズムが異 なっており(Dannenbring & Briand, 1982)、分けて考えるべきではないかと いう議論もある(太田・原,1983)。また、川口(1984,1988)も、直接プライミングと間接プライミングには、先行刺激が後続の刺激に影響を及ぼすこと は共通しているものの、その刺激間の時間間隔が間接プライミングでは「せい ぜい数百ミリ秒から数秒程度」であるのに対し、直接プライミングでは数週間・
数ヶ月と長期間持続することから「前者を短期プライミング、後者を長期プラ イミングと呼ぶことも出来よう」とし、直接プライミングと間接プライミング を分けて論じるべきだと主張している。直接プライミングと間接プライミング に分けて論じると、間接プライミングについては
"活性化の拡散"
という概念 で理解することができるという。残るは直接プライミングで、「直接プライミ ング効果については、活性化の拡散によるとする考え方や手続き的記憶と捉え る考え方などがあるが、どれが妥当かということについては現在論争の渦中に ある問題である」(原田,1988;大田,1988)。太田ら(小松・太田,1983、太田・原,1983、原田・太田,1983)は、直接 プライミングと間接プライミングの
"実験方法の違い"
に注目し、直接プライ ミング研究で一般的に用いられる、単語完成課題に焦点を当てることで、直接 プライミングにアプローチしている。それによると、再認課題と単語完成課題 を8分と1週間の遅延条件で比較してみたところ、再認は遅延条件間で正答率 に有意な低下がみられたのに対し、単語完成課題では殆ど低下しなかった。こ のことから、単語完成課題によるプライミング効果は「エピソード記憶とは異 なった他の認知システムが関与していると結論できる」(小松・太田,1983)。しかし、プライマーの提示直後、あるいは
10
分・20分程度の遅延では、プラ イミング効果と再認記憶は独立したものではないという結果も得られている(太田,1983)。以上から原田ら(1983)は、単語完成課題と語彙判断課題とは
「類似のプライミング効果を示しており、何らかの過程またはメカニズムを共 有している」とし、間接プライミング効果については活性化拡散モデルによる 説明を支持し、語彙判断課題による直接プライミング効果の発生を否定してい ない。また、直接プライミング効果は説明不能であるとし、「プライミング効
果の原因を探ることが今後の課題と思われる」としている。
2.予備実験 2.1 実験の目的
Collins & Quillian
の「意味記憶の階層的ネットワークモデル」の実験的実証を行う。
2.2 実験の方法
被験者:大学生4名を被験者とした。
条件の設定:実験用の階層的ネットワークモデルを構築した。このモデルに は、それぞれに座標を割り当てた。s*は概念文であり、p*は特性文である。s,p の後ろには番号を振り、それぞれのノードを区別した。例えば、Fig.2-2にお いて、概念文「ダチョウ」は
s0
であり、その上位概念である概念文「鳥」はs1、その特性文「翼がある」は p1-1
といった具合である。このモデルに基づき、被験者に対する提示は『<<概念>>は<<特性>>である。』という文 章で行った。
Fig.2-1 実験用階層的ネットワークの座標
要因計画:2×6の要因計画を用いた。第1の要因は
sp
条件で、概念を表 す文章(例:「カナリアはカナリアである。」)が提示された時をs
条件、特性 を表す文章(例:「カナリアはさえずる。」)が提示された時をp
条件とした。第
2
の要因は座標位置である。実験装置:パーソナルコンピュータ(NEC MA20V)と、CRTディスプレ イ(Mitsubishi RDF221H)、及び刺激提示ソフトウェア(E-Prime)を使用 した。
手続き:CRTに注視点を2秒間提示した後、文章を提示した。被験者は提 示された文章を読み、意味の通る文章ならばキーボードの『スペース』キーを、
そうでなければ『b』キーを押した。文章の提示時間は最大2秒であり、それ までにキーが押されない場合は次へ進むようにした。文章の提示からキー入力 までの時間を記録した。
2.3 結果
sp
条件に着目すると(Fig.2-3)、RTはp
条件よりs
条件の方が速かった(F(1)
=41.035, p=.001)。
Fig.2-2 実験で使用した階層的ネットワーク
距離に注目すると(Fig.2-4)、s0条件と
s1
条件において、s0の方がRT
が 速い(t(46)=2.394, p=.021)が、s0
とs2'条件においては差は見られなかった
(t(46)
=1.846, p=.071)
。2.4 考察
太田(2000)によると、Collins & Quillianの階層的意味ネットワークモデ ルは、「その後多くの追試が行われ、彼らが規定したような厳密な階層性につ
Fig.2-3 s条件とp条件の平均反応時間の比較
Fig.2-4 s条件での距離による平均反応時間の比較
いては否定的な結果が得られている」。本実験においても、直接的な上下関係
(親子関係)にある
s0-s1
条件においては、反応時間に差が見られたが、共通 した上位概念を持つ関係、いわゆる兄弟関係であるs0-s2'
条件においては差が 見られなかったことから、Collins & Quillianが主張したような厳密な階層性 については支持できない。3.予備調査 3.1 調査の目的
「活性化拡散モデル」の実験的実証のために、必要な単語を選定することを 目的とした。実験はプライミング効果を使ったものとなるので、単語はプライ ミング効果を発生させる単語対である。
3.2 調査の方法
被験者:大学生
82
名を対象とした。条件の設定:連想を開始する単語(開始単語)として4つの単語を設定した
(「赤」「教室」「お酒」「さかな」)。調査は全部で9試行行い、「赤」のみ3回繰 り返し、その他は2回繰り返しを行った。
要因計画:1要因4水準の要因計画を用いた。要因は「開始単語」で、それ ぞれ「赤」「教室」「お酒」「さかな」の4水準である。
手続き:調査は講義室で実施し、アンケートの形を取った。調査は、まず、
スクリーンに「開始単語」と呼ばれる単語が提示される。被験者は開始単語に ついて、そこから連想する単語を回答用紙に記入した。また、"直感的な回答"
を得るために、実験は作業能力テストとして説明し、1試行
30
秒の制限時間 内に、できるだけ多くの単語を記入するように教示した。3.3 結果と考察
まず、前提として「単語の連想強度は、その単語を連想する時間と相関する」
という仮説たてた。連想強度は、総被験者数に対して何人がそれを回答したか
によって決定した。つまり、多くの被験者が回答した単語は、それだけよく知 られた単語ということであり、連想する時間も短くなるだろう、ということで ある。例えば、開始単語「赤」の時、リンゴの連想強度がミカンより高かった という結果がえられたとする。これは、ミカンよりリンゴの方を回答した被験 者が多かったということであり、ミカンよりリンゴの方が「赤」との関連性が 強いことを意味している。つまり、活性化拡散モデルの意味ネットワーク上に おいて、「赤-リンゴ」の距離は「赤-ミカン」の距離に比べ、近いと考えら れ、さらに、意味ネットワーク上での距離はその単語の検索時間に比例(活性 化はネットワークに沿って拡散する)するので、「赤」から「リンゴ」を連想 するまでの時間は「ミカン」より速くなるはずであり、結果として連想強度と 連想時間との間に相関関係が生まれることになるはずである。
さらに、本調査で総回答数が多かった被験者は「語彙力があるからより多く の単語を連想することができた」と説明できる。そうすると、「語彙力の比較 的有る人は回答することができたが、比較的無い人は回答することのできなかっ た単語」を見つけることで、この単語より連想強度が高い単語は「語彙力によ らず、誰でも連想することの単語」とすることができるはずである。本調査は この点に注目し、以下の検定を行った。
最初に単語ごとに何人の回答者がいたかを集計した。今後、本調査ではこれ を連想強度と呼ぶ。なお、繰り返しによって一人の被験者から複数回同じ単語 が出てきた場合は、まとめて1回としている。さらに、被験者を総回答数の多 い順に、「上位
20%(高語彙力グループ)」「下位 20%(低語彙力グループ)」
「中間
60%」の3グループ(語彙力グループ)に分類した。これらを使い、単
語毎に「被験者×語彙力」のクロス表検定を実施したところ、全て棄却され、
「語彙力の比較的有る人は回答することができたが、比較的無い人は回答する ことのできなかった単語」を見つけることはできなかった。
全て棄却された理由として、実験が自由記述式であったことが挙げられる。
例えば、開始単語「赤」において、同じ単語を回答した人の平均が
1.95
人で あり、577種類の回答(「赤」から連想できる単語の回答)に対して、標準偏 差が3.5
単語であった。つまり、回答が一点に集中しながら、それ以外の単語 については個性が強く反映された回答となっており、重複は殆ど見られなかっ たということである。これは、他の開始単語についても同様の傾向が見られた。本実験では「単語の連想強度は、その単語を連想する時間に相関する」とい う仮説を基に検定を進めてきたが、以上の結果から、この仮説についての疑問が 浮かび上がってきた。
4.予備実験 4.1 実験の目的
予備調査での作業仮説「単語の連想強度は、その単語を連想する時間(検索 時間)に相関する」について検証を行う。単語の連想強度と検索時間に相関関 係があるとすると、より連想強度の高い単語の方が、より強いプライミング効 果が見られるはずである。そこで、予備調査で使用した開始単語をプライム、
得られた回答をターゲットとし、ターゲットごとの反応時間と連想強度の相関 関係を検討することにより、仮説を検証する。これにより、例えば、開始単語
「赤」の時、「リンゴ」の連想強度が「ミカン」より高いならば、プライムを
「赤」とし、ターゲットに「リンゴ」と「ミカン」を用いたプライミング効果 を観測することにより、「リンゴ」の方が「ミカン」より反応時間が速い、と いった結果を得られるはずである。
4.2 実験の方法
被験者:大学生
16
名を被験者とした。刺激:使用する単語は、予備調査で使用した開始単語をプライム(4語+統 制群=5種)、得られた回答のうち連想強度の高い
20
単語をターゲット(20×5種=100語)として使用した。制御的処理過程(Posner & Snyder, 1975)
を抑制するために、SOAは
250
ミリ秒に設定した。要因計画:5×3の要因計画を用いた。第1の要因は「プライムの種類」で あり、「赤」「教室」「お酒」「さかな」「****」(統制群)の5水準を設けた。
第2の要因は「ターゲットの種類」であり、「有関連・有意味語」「無関連・有 意味語」「無意味語」の3水準を設けた。
手続き:実験は
Neely(1977)が行った実験をモデルとし、被験者はプライ
ムとターゲットによる語彙判断課題を行い、その反応時間を計測した。実験装 置は予備実験Ⅰと同様である。被験者には、プライムは注意してみること、プ ライムとターゲットの多くは関連していることを教示した。実験の流れとして は、まず合図のための音と画面上の注視点が同時に提示された後、プライムが150
ミリ秒提示される。プライム提示後にマスク刺激が100
ミリ秒提示され、その後ターゲットが提示される。被験者はターゲットが日本語であるかどうか の語彙判断処理を行い、日本語であればPCのキーボードの『スペース』キー を、そうでなければ『b』キーを押す。このターゲット提示からキー入力まで の時間を反応時間として記録した。なお、プライムは白背景の黒文字で、ター ゲットは黒背景の白文字で提示した。
4.3 結果
語彙判断処理のみに要する時間を得るために、被験者ごとに実験中で最も速 い
RT
を、語彙判断処理を行わずに回答した「単純反応時間」と考え、全体のRT
から単純反応時間を引いた「処理時間」を設定し、これを語彙判断処理の時 間とした。処理時間において、ターゲットと関係のあるプライムが無い時より 有る時のほうが速く(F(1,5096)=29.771, p<.001)、ターゲットが無意味語よ
り有意味語の方が速く(F(1,5096)=66.521, p<.001)、また無関連語より有関
連語のほうが速かった(t(2003.127)=2.941, p=.003)。予備調査で得られた単
語の連想強度と、 処理時間との間に相関関係 (Fig.4-1) は見られなかった(γ=-0.18, p=.140)。
4.4 考察
処理時間において、ターゲットと関連のあるプライムが無いときより有ると き、ターゲットが無意味語であるより有意味語、無関連語であるより有関連語 である方が速いことから、プライミング効果が発生していることが確認でき、
予備調査で使用した開始単語と回答との間には、ある程度の関連があることが 明らかになった。しかし、連想強度と処理時間との間に相関関係は無く、少な くとも連想強度の上位
20
単語において、「単語の連想強度は、検索時間に相関 する」という仮説は成り立たないといえる。以上のことから、「予備調査での連想強度上位
20
単語において、その開始単 語との間には極めて強い関係がある」と考えることができる。あるいは、今回 の実験ではSOA
を200
ミリ秒に設定していたが、この間に(ノードを伝って 拡散した)活性化した単語は20
語を超えていたと考えることもできる。Fig.4-1 出現率と平均処理時間
5.予備実験 5.1 実験の目的
前章の予備実験Ⅱにおいて、「予備調査での連想強度上位
20
単語において、その開始単語との間には極めて強い関係がある」という可能性が示された。本 実験では、これに注目し、さらなる検討を試みる。
5.2 実験の方法
被験者:大学生5名を被験者とした。
条件の設定:SOAを
250
ミリ秒に設定しているのは予備実験Ⅱと同じだが、その他の条件については見直しを行った。まず、プライムの種類は、「赤」「さ かな」「****」(統制群)の3種に絞り、ターゲットは、有関連語に予備調 査での連想強度が高いものから上位9種(連想強度の平均は
.266)を、無関
連語に連想強度が.24~.049
までの任意の9単語(連想強度の平均は.037)を
それぞれ用いた。無意味語は、予備実験Ⅱで使用した単語から2語を除いた18
単語を使用した。なお、予備調査での連想強度.24~.049
とは、回答者数2~4人に相当する。
要因計画:3×3の要因計画を用いた。第1の要因は「プライムの種類」で あり、「赤」「魚」「****」(統制群)の3水準を設けた。第2の要因は「ター ゲットの種類」であり、「有関連・有意味語」「無関連・有意味語」「無意味語」
の3水準を設けた。
手続き:実験装置は予備実験Ⅰと同様である。「プライムを注意してみるこ と、プライムとターゲットの多くは関連していること」を被験者に教示した。
その他の手続きは予備実験Ⅱと同様である。実験の流れとしては、まず合図の ための音と画面上に注視点が同時に提示された後、プライムが
150
ミリ秒提示 される。プライム提示後にマスク刺激が100
ミリ秒提示され、その後ターゲッ トが提示される。被験者はターゲットが日本語であるかどうかの語彙判断処理 を行い、日本語であればPCのキーボードの『スペース』キーを、そうでなければ『b』キーを押す。このターゲット提示からキー入力までの時間を反応時 間として記録した。なお、プライムは白背景の黒文字で、ターゲットは黒背景 の白文字で提示した。
5.3 結果
ターゲットと関連のある語がプライムとして提示された方が反応時間は速かっ た(t(358)
=2.871, p=.004)(Fig.5-1)。
また、有関連語ターゲットが提示された方が、無関連ターゲットが提示された ときよりも反応時間が速かった(t(358)
=3.192, p=.007)(Fig.5-2)。
Fig.5-1 プライム提示による反応時間の変化
Fig.5-2 ターゲットによる反応時間の変化
5.4 考察
ターゲットと関連のあるプライムが提示されたときの方が、そうでないとき より反応時間が速いことから、プライミング効果がみられ、その中でも、有関 連語と無関連語では反応時間に差があることが分かった。予備実験Ⅱでの考察 と合わせると、厳密なボーダーラインは引けないものの、連想強度と反応時間 との間には、一定の関連があるといえる。これによって、予備調査の結果から 連想強度(回答率)を使って、有関連語と無関連語を選び出すことが可能となっ た。
6.実験 6.1 実験の目的
予備調査で得られたデータをもとに、Collins & Loftusの活性化拡散モデ ルの実験的検証を行う。Collins & Loftusの活性化拡散モデルとは、概念同 士をリンクによって繋ぐネットワーク構造を仮定し、活性化はこのリンクを通 じて拡散していくとするモデルである。このモデルでは、概念は意味的類似性 によって体制化されており、プライミング効果を
"リンクの距離"
によって説 明している。つまり、意味的に近い概念同士は、それだけリンクの距離も近く なり、活性化の拡散が速い時点で到達し、反応が促進される。また、全ての概 念は必ず、他の概念とリンクしているため、直接関係のない概念同士も、間接 的には繋がっていることになる。本研究では、この直接関係のない概念同士を 結びつける概念を"介在ノード"
と呼ぶことにする。前述したとおり、全ての ノードは何らかのノードと結びついているので、現実には"介在ノード"
とい う概念は存在し得ないし、全てのノードが介在ノードであるともいえる。つま り、ネットワーク空間上で遠くに位置しているノード(概念)同士でも、適切 な介在ノードを仲介することにより"最短距離"
のリンクで繋ぐことができる はずである。本実験ではこの点に着目し、間接プライミングにおいて、直接関係のない単 語同士をプライム・ターゲット語とし、間に介在ノードを仲介させることで反 応が促進されるかを検討する。もし、介在ノードによって反応が促進されれば、
活性拡散モデルは実験的に実証できたことになり、意味記憶システムは活性化 拡散モデルによって説明できることになる。
6.2 活性化拡散モデルの構築
予備調査の結果を用いて、実験用の(限られた空間の)活性化拡散モデルを 構築した(Fig.6-1)。実験用モデルでは、まず「赤」と「さかな」というリン クで直接繋がっていない概念が存在している。直接リンクで繋がっているのは、
それぞれが持つ関連語と、介在ノードだけである。介在ノードを除く全ての概 念は「赤」か「さかな」のどちらか一方としかリンクで繋がっていない。以上 のような実験用モデルを使って実験を行う。なお、使用する単語は予備調査で 得られた連想強度リストから上位
3
語を関連語、連想強度.049
の3
単語を無 関連語とした。6.3 実験の方法
被験者:大学生
23
名を被験者とした。条件の設定:実験では、プライムが2回連続して提示された後にターゲット Fig.6-1 実験用の活性化拡散モデル(一部)
が提示される。このプライムのうち、最初に提示されるものを
"プライム A"
その次に提示されるものを
"プライム B"
と呼ぶ。本実験では、プライムA
と ターゲットに提示されるものは基本的に2種類の有意味語(赤とさかな)しか なく、これがプライムA
とターゲットの間で一致しているか、そうでないか の違いである。重要なのはプライムB
であり、プライムB
を操作することに よってRT
に差が生じるかが本実験の目的となる。このプライム
B
を操作するに当たり、3つの条件を設定した。1つめはプライム
A、プライム B、ターゲット全てに同じ単語を提示し、直接プライミ
ング効果による促進効果が予想される「直接プライミング条件」。2つめはプ ライム
A
とターゲットに異なる単語を、プライムB
にはプライムA
の有関連 語を提示することで、間接プライミング効果による抑制効果が予想される「間 接プライミング阻害条件」。3つめはプライムA
とターゲットに異なる単語を 提示し、プライムB
にはプライムA
とターゲットに共通して関連する単語を 提示する「介在ノード条件」である。要因計画:3×3の要因計画を用いた。第1の要因は「ターゲット」であり、
「ターゲットに無意味語が提示される条件(UR条件)」「ターゲットに
"赤"
が 提示される条件(AT条件)」「ターゲットに"さかな"
が提示される条件(ST 条件)」の3水準を、第2の要因「プライムB」には「直接プライミング(DP
条件)」「間接プライミング阻害(IP条件)」「介在ノード(MN条件)」の3水 準をそれぞれ設定した。なお、実験にはプライムA
とプライムB
にそれぞれ「****」が提示され、ターゲットには有意味語が提示される「統制群」を 設定し、さらにターゲットにおいては、有意味語と無意味語が同じ確率で提示 されるようにし、被験者ベースにおいてカウンターバランスした。
手続き:実験装置は予備実験Ⅰと同様である。被験者には、プライムは注意 してみること、プライムとターゲットの多くは関連していることを教示した。
実験の方法は、Marcel(1980)の研究を参考にした。まず、画面中央に注視
点が表示され、同時に合図のための音が提示される。次に、プライム
A
が75
ミリ秒、プライムB
が75
ミリ秒、白背景に黒文字で提示され、50ミリ秒のマ スク刺激の後にターゲットが黒背景に白文字で提示されると、被験者は提示さ れた単語が日本語であるかの語彙判断課題を行い、日本語であればキーボード の『スペース』を、そうでなければ『b』キーを押した。プライムA
の提示 からターゲットの提示までのSOA
は250
ミリ秒である。ターゲット提示から キー入力までの時間をRT
として記録した。6.4 結果
Fig.6-2 AT 条件(ターゲット:赤)の反応時間の比較
Fig.6-3 ST 条件(ターゲット:さかな)の反応時間の比較
ターゲットに「赤」が提示された時(AT条件)の直接プライミング条件
(AT-DP)、統制群、介在ノード条件(AT-MN)の平均
RT
をFig.6-2
に、ター ゲットに「さかな」が提示されたときのものをFig.6-3
に示す。Fig.6-2におい て、AT-MN条件(ex.さかな-青-赤)は、統制群(ex. ****-****-赤)よりも
RT
が早い(t(66.628)=3.937, p<.001)。この傾向は ST
条件においても 見られ(Fig.6-3)、同様にST-MN
条件(ex. 赤-青-さかな)は、統制群(ex.****-****-さかな)よりも
RT
が速い(t(90.626)=3.314, p=.001)。一
方、AT-IP(間接プライミング阻害)条件と、AT-MN(介在ノード)条件と を比べると差がみられず、ST
条件においても同様であった (AT条件:t(182.526)
=.252, p=.802、ST
条件:t(154.549)=-.207, p=.836)。また、統制群
とIP
条件には有意な差がみられた(AP条件;t(57.709)=4.281, p<.001、SP
条件:t(66.729)=3.890, p<.001)。
6.5 考察
統制群と
AT-MN、ST-MN
条件に注目すると、介在ノードにより促進効果が現れているように見える。ところが、間接プライミング効果によって促進効 果が現れると予想した
AT(ST)-IP
条件とAT(ST)-MN
条件の比較では、介在ノードによる促進効果を見出すことはできなかった。統制群はプライム
A、プライム B
ともにマスク刺激が提示されるため、被験者は、いきなりターゲットの語彙判断を迫られることになる。一方、IP条件ではプライム
A
とプ ライムB
に意味的に関連した語が提示されるが、ターゲットにはそれらと関 連のない単語が提示されるため、被験者はプライムによって活性化させた語と は異なる語に注意を向ける必要がある。すなわち、両者はターゲットに対する 正しい期待(あるいは活性化)を持つことができないという点で共通している はずである。しかし、統制群とIP
条件との間でRT
に有意な差があり、何ら かのシステムを共有しているとは考えられない。岡(1990)は、意味的プライ ミング効果の生起・活性化の拡散・制止に関して、「期待は非常に重要な要因である」とし、期待は実験の試行毎ではなく、「実験全体」として捉えねばな らないとしている。また、期待効果は従来、SOAが
700
ミリ秒以上の制御的 処理過程においてのみ生起するものであると考えられてきたが、岡(1995)は 自動的処理過程においても期待が何らかの影響を及ぼすことを示唆している。これと同様に、プライミング効果の自動性に関する疑問点としては、ターゲッ ト刺激の命名課題において
Flowers et al.
(1984)が短いSOA
条件でのプラ イミング効果の制止を示唆し、Smith et al.(1994)は、提示されるプライム 刺激が、提示時間が短く、知覚しづらい場合と、そうでない場合が混在してい る場合、知覚しづらいプライム刺激によるプライミング効果がみられないこと を見出している。このように、関連比率の変化が、プライミング効果に影響するという結果か ら岡(2000)は、「プライムに意図的処理がなされる事態では、プライミング 効果は主に、被験者の期待に基づく方略的コントロール下にあるメカニズムか ら生じることが推察される」とし、意味記憶検索の基本過程は自動的な活性化 の拡散によるが、検索そのものは検索の方略決定・評価・判断などを制御する
「制御システム」によりコントロールされるというモデルを構築する必要があ ろうと主張している。つまり、岡らの主張によると、本実験では
SOA
を250
ミリ秒にすることで回避していたと思われていた"被験者の期待"
という要因 が、実は回避しきれていなかったということである。たしかに、統制群ではターゲットに有意味語が提示されたときと無意味語が 提示されたときに
RT
の差は認められない(AT条件:t(69.784)=.296, p=.768、
ST
条件:t(92.085)=.751, p=.455)のに対して、IP
条件では有意な差がみら れる (AT条件:t(263.465)=4.272, p<.001、ST
条件:t(286.815)=3.850, p<
.001)。これは、被験者がプライムを見てターゲットに対する反応をしていた
ということを示す証拠となると同時に、IP条件においては、ターゲットに対する
"有意味語"
の期待を持って反応をしていたということを示している。岡(2000)の主張する「制御システム」によって、冒頭の統制群と
IP
条件 の結果の差異を再度考察してみると、本実験ではターゲットこそカウンターバ ランスしてあったが、プライムで有意味語が提示されることが多く、被験者は 有意味語に対する期待を持って実験を行っていた。しかしながら、統制群にお いてはプライムA、プライム B
共に有意味語が提示されることはなく、ター ゲットに対する有意味語の期待を持つことができなかった。これにより、統制 群においては、有意味語に対する反応が促進されることがなかったが、IP条 件においては、有意味語ターゲットに対する期待から反応が促進され、統制群 とIP
条件との間にRT
の差異が生じたと考えられる。7.全体的考察
本研究は、意味記憶の体制化について、Collins&
Quilian
による階層的ネッ トワークと、Collins & Loftusの活性化拡散モデルについて考察したものである。7.1 階層的ネットワークモデル
階層的ネットワークモデルについては、単純な上下関係においては、RTの 促進が見られるものの、例えば同一の上位概念から派生した兄弟のような関係 や、2階層上の概念が同じという従兄弟関係など、複雑な関係になるほど
RT
の変化は見られなくなった。このことから本研究では、階層的ネットワークモ デルの厳密な階層性については否定的な結果が得られたとする、太田(2000)の主張を支持する。
7.2 活性化拡散モデルの構築
活性化拡散モデルは、本研究の中心となるものであり、そのため、被験者と なる「現在の大学生の平均的な意味ネットワーク」を構築するために、実験で 使用する単語の選定作業から行った。その選定作業の過程で、筆記による連想 強度と、RTとの間には一定の関係が見られるものの、例えば連想強度が1上 がれば、RTは何ミリ秒減少する、というような厳密な相関関係は見られなかっ
た。これは、活性化拡散モデルにおける活性化の拡散が、水面の波紋と同様に、
同時に複数のノードを活性化していくのに対して、筆記による回答は1つのノー ドしか表すことができないという、方法的・方略的な問題があるのではないか と考えられる。つまり、被験者の脳内(意味ネットワーク上)では筆記回答以 上の単語を活性化していたのにもかかわらず、筆記回答をする時点で取捨選択 が行われてしまうことで、結果として
RT
と連想強度との間に差異が生じてし まったのではないかということである。本研究では予備調査での連想強度の上 位10
語程度を関連語、連想強度.049
以下を無関連語とし、それに基づいて実 験用の活性化拡散モデルを構築した。7.3 活性化拡散モデルの実験的実証
プライミング効果の強度の変化、すなわち