博士学位論文
航空無線通信の高信頼度化に関する研究
Studies on High Reliable Air Band Wireless Communication
2003 年 7 月
早稲田大学大学院国際情報通信研究科 津田 良雄
Yoshio TSUDA
目 次
第1章 序論 1
第2章 航空機搭載無線通信システム 6
2.1 航空機搭載無線通信システム 6
2.1.1 VHF通信システム 8
2.1.2 HF 通信システム 11
2.1.3 衛星通信システム 15
2.2 航空機搭載無線通信機器の標準化 18
第3章 低ひずみ可変利得増幅器 21
3.1 はじめに 22
3.2 フォトカップラを用いた可変利得増幅器 23
3.2.1 概念図 23
3.2.2 CdS フォトカップラ 24
3.2.3 実用回路 25
3.3 計算機シミュレーション 27
3.4 実験結果 29
3.5 提案回路によるIF増幅部 34
3.5.1 中間周波数の選定 34
3.5.2 第 2 中間周波数増幅部 36
3.5.3 実用回路 37
3.6 DSP接続 42
3.7 制 限 増 幅 器 4 2 3.8 まとめ 44
第4章 低位相雑音VCO及び高選択度電子同調プリセレクタ 45
4.1 はじめに 46
4.2 航空機搭載VHF通信システムの概要 47
4.2.1 諸元 47
4.2.2 構成 50
4.2.3 空中線位置 51
4.3 干渉発生メカニズム 52
4.3.1 系統間アイソレーション 52
4.3.2 過大受信信号 54
4.3.3 隣接チャネル漏れ電力 54
4.3.4 受信機の第 3 次相互変調ひずみ 55
4.4 低位相雑音 VCO 57
4.4.1 VCO の位相雑音 58
4.4.2 実用回路 60
4.4.3 実験結果 61
4.5 電子同調プリセレクタによる強電界干渉対策 64
4.5.1 バラクタダイオードの並列接続による複同調回路 64
4.5.2 パスバンドチューニング方式 65
4.6 RF AGCによる強電界干渉対策 66
4.7 RF AGC付きプリセレクタの試作 67
4.8 運用実験 69
4.9 受信機における低位相雑音VCO 70
4.10 まとめ 72
第5章 洋上航空路アドホックネットワーク 73
5.1 はじめに 74
5.2 伝搬特性測定飛行実験 75
5.2.1 VDL-2の評価試験 75
5.2.2 空対空 VHF 通信の伝搬試験 80
5.2.3 実験結果 82
5.3 洋上航空路アドホックネットワークモデル 82
5.3.1 概要 82
5.3.2 空間時分割多重アクセス方式 84
5.3.3 隠れ端末 85
5.3.4 情報伝送プロトコル 86
5.4 計算機シミュレーション 87
5.5 まとめ 90
第6章 結論 91
謝辞 94
参考文献 95
研究業績 100
第 1 章 序論
航空需要の増大に伴う新空港開港や新航空路開設などにより航空交通量が急 増しており,航空機の安全飛行と効率的な運航を提供するため,航空交通流管 理[1]が導入されている.そのなかで航空交通管制業務(ATC:Air Traffic Control) は重要な役割を担っており,近距離はVHF帯の振幅変調による無線電話を使用 し,洋上航空路などの遠距離はHF帯のSSB無線電話を用いて航空機と航空交 通管制担当者間で通信を行い,航空機の衝突を防ぎ安全飛行を確保すると同時 に航空交通の秩序を保ち効率的な運航を提供している.しかしながらATCに使 用されるワイヤレス技術やネットワーク技術の進歩は極めて緩やかである.航 空無線の性質上,全世界的に統一された規格が必要であるにもかかわらず,関 係する国や企業の利害が絡み標準化に時間を要することが,新技術導入を遅れ させる要因の一つと考えられる.一方で航空交通量増加は現実であり,航空機 の安全性,運航の定時性や効率性を確保でき,更に所要性能を満たす本格的な 空地ディジタルデータ通信を可能とする新しいシステムの標準化が求められる.
その結果,国際民間航空機関(ICAO:International Civil Aviation Organization) の 国 際 標 準 及 び 勧 告 方 式(SARPs: Standards And Recommendation
Practices) として VHF 通信による本格的な空地ディジタルデータリンクの
VDL-2が提案された[2].今後,急速にデータ通信が普及すると考えられ,VDL-2 の導入に備え,使用環境を整備する必要がある. VHF による航空交通管制通 信業務は,駐機場,地上滑走,離陸,着陸,着陸進入,離陸出発,航空路,洋 上航空路,レーダ管制など航空機の位置や飛行状態によって役割が異なり,そ れぞれ異なる周波数にて運用される.運航乗務員は航空機の移動に伴い航空交 通管制官の指示に従って周波数を変更し,通信を継続する.このため,規模の 大きい空港のATC は 10波程度の周波数が必要であり,加えて航空会社,海上 保安庁,警察,消防,ヘリコプタ運用会社,新聞社などが各々周波数の割り当 てを受けている.更に,各地上局には第 2 運用周波数が必要である.新規に周 波数を割り当てる場合,干渉障害が生じない周波数を指定することで干渉障害 を未然に防止できたが,データ通信の普及や新空港の開港によって新たな周波
数割り当てが必要であり,一部の空域では隣接チャネルの使用は避けられない 状況であり,深刻な干渉障害の発生が懸念される.一方,運航に供されている 大型航空機はFail-safeとして独立した3組のVHF通信システムを搭載してお り,通常,それぞれ異なる周波数で異なる相手局と通信を行う.また,ある系 統が送信状態の時,残った系統は受信を継続し,常に相手局からの呼び出しに 対応する.このような送受信同時運用では,送信による受信障害を防ぐため送 信空中線と受信空中線間の距離を離すべきであるが,航空機の場合は適用でき ない.また,航空機製造会社及び無線機器製造会社の干渉障害対策に対する取 り組みは,システムの性能限界及び経済性を理由に挙げ,必ずしも十分ではな い.干渉障害は,さまざまな要因が有機的に結び付ついて引き起こされるが,
影響力が顕著であるプリセレクタ特性,受信機の相互変調ひずみ特性,送信機 の隣接チャネル漏れ電力(ACP:Adjacent Channel Leakage Power)を検証し,
対策を行う必要がある.電波の送信に伴い規定の占有周波数帯域外に微弱な送 信エネルギが輻射され,隣接チャネル干渉を引き起こすため不用波の輻射は厳 しく制限されている.しかし,航空機のように各系統の空中線が接近して設置 されている環境下では,ACPが規定値内であっても障害が発生する可能性があ り,規定値より更にACPを下げる工夫が必要である[3].隣接チャネル干渉障害 の原因となる側帯波の広がりを抑制する手法の一つとして,シンセサイザに用 いられる電圧制御発振器(VCO)の位相雑音に関する研究が報告されている
[4][5][6][7].しかし,共振回路を構成するバラクタダイオードの Q 値低下によ
る側帯波の広がりに対する対策が不十分である.このため本論文では新たに開 発した低位相雑音VCOを用いて搬送波の純度を改善し,隣接チャネル漏れ電力 に起因する干渉障害を減少させること,及び電子式自動同調回路とRF増幅段専 用のAGC回路を用いて強電界干渉障害を減少させることを提案し,航空機搭載 無線通信システムの品質及び信頼性向上を図り,航空機の安全運航に寄与する ことで国際社会の発展に貢献する.
受信機は,入力端子に加わる微弱な信号からフロントエンドを飽和させる高 レベル信号など多種多様な信号を処理し,送信された情報を忠実に再現する能 力や自動音量調整機能など所要性能を満たす必要がある.これらの所要性能を 満 足 さ せ る た め に 用 い ら れ る 自 動 利 得 制 御 回 路 (AGC:Automatic Gain
Control)の中心的役割を果たすのは可変利得増幅器 (VGA:Variable Gain
Amplifier)である.VGAには幾つかの方式[8]があるが,一般に用いられるトラ
ンジスタの相互コンダクタンスを変化させるVGAは,高減衰領域において直線 性が劣化する.また,PIN (Positive Intrinsic Negative)ダイオードを用いた
VGAは,500 kHzのような比較的低い周波数において相互変調ひずみ特性が劣 化する欠点を有している[9].更に,IC化されたVGAは周波数帯域幅が必要以 上に広く,RFI (Radio Frequency Interference)耐性が低いため,事前に RFI 対策を行う必要がある[10].また,受信機の中間周波数増幅部の総合利得は 60
〜80 dB程度であり,AGC制御回路による不安定動作を防ぐ工夫が必要である.
このように受信機の中間周波数増幅回路には解決すべき問題が数多く残されて おり,要因を分析検証し対策を考案し,無線通信の品質及び信頼性を向上する 必要がある.本論文ではCdSフォトカップラ (CdS-PC) を用いた,新たに開発 した可変利得増副器[11]を中間周波数増幅回路に適用することを提案する.
CdS-PCによる制御は制御する回路と制御される回路の分離特性が優れており,
不必要な結合を効果的に防止でき,高利得・高安定度の中間周波数増幅器を比 較的簡単に構成できる利点を有する[12].
ディジタル信号処理技術をフィルタリングや復調に適用する場合,アナロ グ・ディジタル融合技術が必要不可欠である.また,AD変換器の負担軽減及び 少数ビットで所要ダイナミックレンジを確保するため,AD変換器に入力する信 号は,振幅変動が少なく高 S/N であることが求められる.したがって,低雑音 で利得制御能力に優れた中間周波数増幅部を構築する必要があり,本論文で提
案する CdS-PC を用いた可変利得増幅器による中間周波数増幅部は,基本的要
件を満足しており,ディジタル通信用受信機としての所要性能を有している.
他方,HF通信は電離層反射波を利用しており,時間,場所,季節,太陽黒点 数などのパラメータで伝搬状態が異なり,通信達成率は 80%程度である[15]. 洋上航空路を飛行する航空機は,飛行位置と時刻,飛行高度,燃料残量,次の 通過地点または空港到着予定時刻,気象状況などを航空交通管制当局に対して HFの SSB無線電話を用いて通報している.また,洋上航空路を飛行する一部 の航空機には,航空会社の運航通信及び乗客への公衆電話サービスとして,海 事衛星を利用する航空移動体衛星通信システム(SATCOM)が搭載されているが,
航空機搭載用のSATCOM装置は非常に高価である[16].このため,経済性と信 頼性に優れた新たな洋上航空路通信方式を開発し,航空無線通信の品質及び信 頼性を向上させる必要がある.
一方,VHF による ACARS (Aircraft Communications Addressing and Reporting System)データ通信が導入されているが,利用航空機数の増加に伴い,
極端にスループットが低下するため,本格的なVHFディジタルリンク(VDL-2) の開発が国際的に行われており,我国では独立行政法人 電子航法研究所が評 価試験を実施している.早稲田大学国際情報通信研究センターは,電子航法研
究所とVDL-2の共同研究を2001年4月より開始し,飛行実証試験により取得 した50飛行時間分のデータを検証し,性能を明らかにした[18][19][20].
本論文は,航空交通管制における航空無線通信の重要性に鑑み,航空機搭載 無線通信システムの信頼性を向上させ,音声及びデータ通信の両面において所 要性能を満たす電子回路及び通信方式を提案し,航空無線通信の高信頼度化技 術を提供することで,航空機の安全性及び航空交通の効率向上を図るとともに ワイヤレスコミュニケーション技術の発展を目的に研究した内容を取りまとめ たものであり,6つの章で構成する.
2章では,各章における技術検討が容易に進められるよう,航空機搭載無線通 信システムの概要及び国際標準化について概説する.
3 章では,CdS フォトカップラを可変抵抗素子として用いる新たに開発した 低相互変調歪の可変利得増器を中間周波数増幅部に使用し,航空無線通信の品 質及び信頼性を向上させることを提案する.最初に,提案回路の動作原理を述 べ,提案回路を計算機シミュレーションにより評価し,回路の妥当性を検証す る.提案回路は不必要な結合を防止でき,中間周波数増幅回路のような高利得 回路を比較的簡単に構成できること,及び従来型のバラクタダイオードによる 可変利得増器に比べ,高信号入力時における第3次相互変調ひずみが10 dB改
善され,IP3 = +25 dBmで非常に低ひずみであること,並びに温度特性に優れ
安定であることを実測した特性を示し,提案回路の有用性を検証する.加えて,
DSP を用いたディジタル信号処理を受信機に適用する場合のアナログ・ディジ タル融合技術について述べる.更に,提案回路を実装した中間周波数増幅回路 の特性を示し,提案回路の妥当性を検証する.また,フォトカップラによる可 変利得制御方式は,オーディオ回路等への適用が可能であり汎用性に優れ,使 用分野が広く有益であることを述べる.
4章では,送受信同時運用を行う航空機搭載VHF通信システムの干渉障害発 生メカニズムを検証し,干渉障害発生を抑制して航空無線通信の品質及び信頼 度を向上させ,航空機の安全運航に寄与する無線技術を提案する.提案方式は,
干渉障害が発生し易い隣接チャネルの有効利用や狭帯域化による周波数の有効 利用を促進でき,無線通信全般に適用が可能であり,通信品質及び信頼度を向 上させ,無線技術の発展に貢献するものである.具体的には,バラクタダイオ
ードのQ値とコイルの無負荷Q値の低下を防止して共振回路の負荷Q値の低下 を防ぐことによって位相雑音を低減した低位相雑音 VCO を用いて搬送波の純 度を改善し,隣接チャネル漏れ電力に起因する干渉障害を抑制し,航空無線通 信の信頼度を高める.更に,実測した低位相雑音VCOの特性を示し,提案回路 の妥当性を検証する.また,希望波を通過帯域内に保ち,干渉障害を与える非 希望波を通過帯域外に排除するパスバンドチュニング回路,及びバラクタダイ オードの直並列接続法により選択度を改善した電子式自動同調回路,並びにRF 増幅段専用の AGC 回路を備える干渉対策プリセレクタによって干渉障害を抑 制し,航空無線通信の品質及び信頼性を向上させる.加えて,受信機の局部発 振器の雑音が受信性能に及ぼす影響を述べ,受信機における低位相雑音VCOの 研究の必要性を明らかにする.
5章では,HF通信とSATCOMに次ぐ第三の洋上航空路通信手段として,自
律分散型アドホック無線による単一チャネル VHF 空対空無線中継通信システ ムを提案し,航空無線通信の信頼性を向上させ,航空機の安全運航に寄与する.
最初に,飛行実験によりVHF航空移動伝搬特性を検証し,空対空通信における 有効中継距離を検証する.次に,洋上航空路アドホックネットワークモデルを 示し,航空機が持つ位置情報を自律分散型アドホックネットワーク形成に必要 な経路情報として,すべての航空機がある時間間隔で航空機識別符号と現在位 置をブロードキャストする方式について述べ,洋上航空路のような広大な空域 に適した無線アクセス方式として,使用フレーム時間を航空路上の空域ごとに 分ける空間時分割多重アクセス方式(STDMA :Space Time Division Multiple
Access) を提案する.また,STDMA方式が隠れ端末に対して耐性を有し,航空
移動体通信の無線アクセス方式として優れていることを述べる.更に,航空機 のトラヒックをパラメータとして洋上航空路アドホックネットワークにおける データ転送失敗率を計算機シミュレーションによって評価し,本章で提案する 自律分散型アドホック無線による単一チャネル VHF 空対空無線中継通信シス テムの有効性を検証する.
本提案はレーダの覆域外である洋上航空路において,高信頼度の航空機搭載無 線通信装置による航空機間通信による新しい通信インフラ技術を用いることで 自律衝突防止航法を可能とし,新しい通信の役割及び地上のレーダ監視を必要 としない航法開発への道を開くものである.
6章は結論であり,本研究で得られた成果について総括を行う.
第 2 章
航空機搭載無線通信システム
本章では,以下の章において技術検討を進めるうえで必要となる航空機搭載 無線通信システムの概要及び国際標準化について概説する.
この章の構成は,
2.1 航空機搭載無線通信システム
2.2 航空機搭載無線通信機器の標準化 である.
2.1 航空機搭載無線通信システム
一般に民間の大型航空機は,近距離通信に使用されるVHF通信システムと洋 上航空路などVHF通信の覆域外である遠距離通信に用いられるHF通信システ ムを装備している.また,一部の新型航空機はインマルサットを利用する衛星 通信システムを装備しており,世界的規模による航空情報ネットワークの構築 が計画されている.また,SATCOMを装備する航空機においては,公衆電話サ ービスが受けられる.
航空機内に設置される無線機器は,−15〜+70℃,湿度95%の環境下におい て動作し,所要性能を満たす必要があり,更に不要発射や雑音発生を厳しく規 制している[1].ここで,一例として,世界的に数多く運航されている在来型
B-747 機における通信システムの空中線の位置及び電子機器や無線通信機器が
設置される電子機器室(MEC:Main Equipment Center)の位置を図2.1(a)に示 す.なお,MECの様子を図2.1(b)に示す.多くの電子機器及び通信機器がMEC 内に設置されており,干渉障害が発生し易い環境である.なお,MECは空調に よって温度管理され,更に個別の強制空冷装置が据付ラックに取付けられてお り,装備機器の信頼性を確かなものにしている.
図 2.1 通信システム空中線位置及び電子機器据付棚
2.1.1 VHF 通信システム
一般に,VHF帯電波を使用する通信の場合,見通し距離内の通信が主であり,
近距離の通信に使用される.航空移動体VHF通信は,航空交通管制通信業務に おいて中核をなし,航空機の安全飛行に直接かかわる重要なシステムである.
VHF通信装置は航空機の離発着過程において頻繁に使用され,航空交通管制通 信には必要不可欠であり,世界的に118〜137 MHz帯を使用し,25 kHz間隔に よるチャネル割当てが採用されている.ただし,ヨーロッパにおいては周波数 不足を解決するため,8.33 kHz間隔が導入されている.変調方式として,音声 通信に振幅変調,データ通信に MSK (Minimum Shift Keying)と D8PSK (Differential Encoded 8 Phase Shift Keying)が使用されている.伝送速度は2.4 kbpsまたは31.5 kbpsである[2].
一般に民間航空会社が運航する大型航空機は,独立した3組のVHF通信装置 を搭載し,同時送受信運用を行う.通常,No.1 VHF は機長が使用する.No.2 は副操縦士によって使用される.No.3はデータ通信及び航路や飛行場情報の受 信並びに航空会社のカンパニ無線として運航,乗客,整備などの情報を伝送す るために使用される.航空機搭載VHF通信システムの概念図を図2.2に示す.
Cockpit Equipment room Surface of fuselage
Frequency
Selector
Antenna118.00
MHzFrequency information
◎ ◎
Audio VHF Comm.
Selector
RX audioTransceiver
Coaxial cableTX audio Speaker
Microphone
図 2.2 航空機搭載 VHF 通信システム構成図
航空機に搭載されるVHF通信システムは,図2.3(d)に示す送受信機をMEC内 に設置し,操縦室(図2.3(a))より周波数切換器(図2.3(b))と音声切換器(図2.3(c)) を用いて遠隔操作によって運用される.周波数切換器(Frequency Selector)は運 用周波数を設定するために用いられ,設定された周波数情報は VHF 送受信機 (VHF Comm. Transceiver)へ送られる.音声切換器(Audio Selector)は通信装置,
航法援助無線装置,機内インターホン装置などの受信音量調整及び増幅したマ イク音声信号を使用装置へ接続するために用いられる.モノポール空中線をア ンテナドームに固定収納した図2.3(e)に示す航空機仕様の空中線が用いられ,送 受信共用である.空中線の位置は電気的特性に加えて,空力学的見地及び他の 航法援助無線用空中線の位置を考慮して決定される.図 2.1 に示す No.1 VHF
とNo.2 VHF空中線間の距離は15 mであり,互いに見通し状態のため干渉障害
が発生し易い.なお,系統間の干渉障害については第 4 章にて詳しく述べる.
電源はDC 28 Vが使用され,主として機長が使用するNo.1 VHF装置は非常事
態に対処するため,バッテリ付28 V DC電源系に接続されている.一例として,
VHF送受信機本体は,縦20 cm,横9.5 cm,奥行き38 cm,重量4.7 kgであ り,地上局 VHF 通信装置の 3 分の 1 程度の大きさと重量である.航空機搭載 VHF通信システムの主要規格を表2.1に示す[3][4].
表 2.1 航空機搭載 VHF 通信システムの主な規格
周波数 118.000〜136.975 MHz 周波数間隔 25 kHz,8.33 kHz
送信電力 30 W
変調方式 振幅変調 (電話),MSK (ACARS) D8PSK (VDL-2)
データ速度 2.4 kbps (ACARS),31.5 kbps (VDL-2) 受信感度 −98 dBm (6 dB S/N)
選択度 16 kHz (25 kHz運用) 5.56 kHz (8.33 kHz運用) 空中線
利得:0 dBi,偏波:垂直 指向性:無指向性(水平面内)
VHF通信システムは離発着時の航空交通管制通信に使用され,航空機の安全飛 行に直接関係するため高信頼度・高品質でなければならない.航空機搭載VHF 送受信機の品質を示す指標の一つであるMTBF(Mean Time Between Failure) は,2万飛行時間を超えており,航空機の年間飛行時間を3000時間として年換 算すると約7年間に1回の割合で故障が起きることになる.
2.1.2 HF 通信システム
一般に,洋上航空路はVHF通信の覆域外であり,洋上航空路を飛行する航空 機との通信は,HF の SSB 無線電話によって行われる.HF 通信は電離層反射 波を利用しており,時間,場所,季節などのパラメータによって伝搬状態が異 なるため,状況に応じて使用周波数を変更する必要がある.また,デリンジャ ー現象や磁気あらしなどの自然現象によって通信状態が極端に悪化することが ある.更に,雑音や混信が多く通信路の信頼性が低い.安定な通信路を確保す るためには通信路の状況を把握し,状況変化に応じて運用周波数や変調パラメ ータを変更する必要がある.
一般に,洋上航空路を飛行する民間の大型航空機は 2 系統の HF 通信装置を 備えている.航空機搭載HF通信システムの概念図を図2.4に示す.
Cockpit Equipment room Wing tip
Frequency
Antenna
Selector 13.273
MHzFrequency information
◎ ◎ Antenna
Coupler Audio HF Comm.
Selector
RX audioTransceiver
Coaxial cableTX audio Speaker
Microphone
図 2.4 航空機搭載 HF 通信システム構成図
基本構成はVHFシステムと同様であるがHF通信システムでは,空中線の同調 とインピーダンス整合を自動的に行う空中線整合器(Antenna Coupler)を空 中線直下に設置し,HF帯での運用を可能としている.また,空中線整合器や送 受信機を落雷から保護するため,大型の避雷器(Lightening Arrester)を空中線と 空中線整合器の間に挿入している.翼端における空中線整合器,避雷器,空中 線の取り付け状態を図2.5に示す.
図 2.5 HF 空中線,整合器,避雷器の取付状態
なお,空中線整合器は高度 1 万メートルの−55℃の環境下において所要性能を 満たす必要がある.なお,効率の良い HF 用空中線を設置することは,航空機 の構造と大きさから制限を受けるため困難である.このため,高品質の通信は 期待できない.
航空機搭載HF通信システムの主要規格を表2.2に示す[5].HF送受信機本体 は,縦20 cm,横19 cm,奥行き38 cm,重量12 kgであり,送信電力が400 ワットの送受信機としては,軽量小型である.電源は400 Hz の3相115 Vを
使用している.VHF 送受信機と同様に, HF 送受信機本体をMEC に設置し,
コックピットより周波数切換器と音声切換器によって遠隔操作する.HF送受信 機本体と周波数切換器を図2.6 に示す.在来型 B-747 機の場合,図 2.5に示す
長さ3.5 mのプローブ型空中線が,主翼の先端に空中線整合器と共に設置され,
サーボ機構を用いた自動同調によって2 MHzから29.999 MHzでの運用を可能 としている.
表 2.2 HF 通信システムの主要規格
周波数 2.000 〜29.999 MHz 周波数間隔 1 kHz (100 Hz間隔可能)
送信電力 400 W PEP
変調方式 電話:平衡変調によるSSB データ:BPSK,QPSK,8PSK
データ伝送速度 300 bps,600 bps,1200 bps,1800 bps 受信感度 1μV (10 dB S/N)
選択度 2.15 kHz以上 (−6 dB帯域幅) 周波数許容偏差 最大20 Hz
空中線 3.5 m長のプローブ型
空中線整合器 サーボ機構による自動同調
航空機搭載HF通信装置はVHF装置に比べ構成が複雑で,取り扱う電力も大き いため,故障発生率がVHF通信システムに比べて高い.なお,HF送受信機の MTBFはVHF送受信機の3分の1程度である.
一方,洋上航空路におけるデータ通信ネットワークとして,HF データリンク
(HFDL)がICAOによって標準化され,運用が開始されている[6].HFデータ通
信は,最適運用周波数や変調パラメータを伝搬状況に応じて自動的に決める適 応変調方式を採用しており,主に衛星通信装置が使用できない北極上空の航空 路を飛行する航空会社によって使用されている.
2.1.3 衛星通信システム
1990年以降に製造された洋上航空路を飛行する航空機は,衛星通信システム を装備している場合が多く,インマルサットを利用する衛星通信が航空会社の 社用通信及び乗客が利用する公衆電話サービスを目的として導入されている.
洋上航空管制通信に衛星通信は使用されていないが,データ通信の導入に備え,
管 制 官 パ イ ロ ッ ト デ ー タ リ ン ク(CPDLC :Controller Pilot Data Link
Communication)が試験運用されている.また,2004 年に国土交通省が打ち上
げ を 予 定 し て い る 運 輸 多 目 的 衛 星 シ ス テ ム(MTSAT:Multi-functional Transport Satellite)による本格的な洋上航空管制通信が計画されており,今後,
GPS衛星を利用することで得られる正確な位置情報をMTSATを介して管制機 関に伝送し,洋上航空路を飛行する航空機の位置を監視することが可能となる.
このため,航空機の飛行間隔を現状より短くでき,効率化が図れる.また,2001 年9月11日のアメリカにおける同時テロ事件発生以来,緊急情報の確実な伝送 について見直しが行われ,衛星通信システムを装備する航空会社もあり,今後,
衛星通信が普及すると考えられるが,航空会社の経済的負担がSATCOMの展開 を妨げる最大の要因である.
航空機搭載衛星通信システムの基本概念図を図2.7に示す.基本構成は,サテ ライトデータ装置(SDU:Satellite Data Unit),電力増幅器(HPA:High Power Amplifier),ダイプレクサ(Diplexer),低雑音増幅器(LNA:Low Noise Amplifier), ビーム形成器(BFU:Beam Forming Unit),フェーズドアレイアンテナから成 る.サテライトデータ装置はシステムの中核をなすものであり,通信プロトコ ル処理,信号処理,データ処理,変復調,周波数変換及び増幅,チャネル増幅 などを行う.電力増幅器はSDUからの信号を所要電力に増幅するために使用さ れるが,マルチチャネル増幅を行うため相互変調歪の抑制が必要であり,A 級 電力増幅器の使用やバックオフを設定することで所要規格を満足させている.
ダイプレクサは送信信号系と受信信号系を 1 つの空中線に接続し,送受信同時 運用を行うために使用される.ビーム形成器は空中線の指向性ビームを静止衛 星に向けるためにフェーズドアレイアンテナの位相制御信号を航空機の位置情 報から作る働きをする.SATCOMシステムを構成する主要機器は,給電線の損 失による空中線電力の損失及び受信雑音指数劣化を防ぐため,図2.8に示すよう に空中線直下の客室天井(Cabin Ceiling)内に設置される.なお,航空移動体通 信に使用される衛星通信はインマルサットを利用しており,インマルサット利 用技術基準を満たす必要がある.航空機搭載衛星通信システムの主要規格を表 2.3に示す[7].
Cockpit / Cabin Cabin Surface of Fuselage
Antenna Satellite Data Unit
Dialing
Unit
Beam
Forming Unit
PositionInformation
High Power Amplifier
Duplexer / Low Noise
Amplifier
図 2.7 航空機搭載 SATCOM 通信システム構成図
表 2.3 衛星通信システムの主要規格
送信電力 +48 dBm
周波数 1.6 GHz帯(送信),1.5 GHz帯(受信) アクセス方式 データ:Slotted ALOHA,予約型TDMA
電話:予約方式1チャネル1周波数 データ伝送速度 600 bps
変調方式 BPSK(データ),オフセットQPSK(電話) 空中線 型式:フェーズドアレイ型アンテナ
利得:12 dBi,0 dBi 偏波:左旋円偏波
図 2.8 航空機搭載衛星通信装置の取付
2.2 航空機搭載無線通信機器の標準化
航空機は国境を越え運航され,関係主官庁による管制を受けて飛行する.こ の際,国によって通信周波数帯や通信方式が異なると,航空機は異なる方式の 数だけ通信機を準備する必要があり,極めて不都合・不経済である.このため,
世界的に規格や性能を統一し,標準化する必要がある.民間航空の通信に関し ては,国連の専門組織である国際民間航空機関(ICAO:International Civil Aviation Organization) と 国 際 電 気 通 信 連 合 (ITU : International Telecommunications Union)が,それぞれの担当分野において基準を制定してお り,ICAO ではITU へ担当者を派遣し,協力体制を構築している.ICAO は国 際民間航空における原則を定め,技術を発達させることで国際航空運送の発展 を促進することを目的としている.一方,ITUは電気通信の改善,合理的利用,
普及,技術的手段の発達などを国際協力のもとに実施することを目的としてい る.各国は条約を批准することでICAOとITUに加盟し,条約の付属書,諸規 定,規則に基づき国内法を整備し,国際的に均質な業務を達成させる.
2.2.1 ICAO の電気通信に関する諸規則
国際民間航空条約には付属書があり,国際民間航空の健全な発展のために具 体的な基準が定められている.第10付属書「航空通信」(Annex 10:Aero- nautical Telecommunication)が航空固定及び移動通信の規則を定めており,一
般に,Annex 10と呼ばれている.Annex 10では,通信機器及び装置,無線周
波数,通信手続が定められており,VHF データリンク(VDL-2),HF データリ
ンク(HFDL),SATCOMなど新しい通信や方式をAnnex 10に追加し,次のよ
うに再構築されている.
第1巻 機器及び装置,無線周波数 第2巻 通信手続
第3巻 通信システム(1部 ディジタルデータ,第2部 音声通信)
第4巻 監視レーダ及び航空衝突防止システム 第5巻 航空用無線周波数スペクトラムの利用
2.2.2 ICAO と ITU の関わり
航空の分野で利用している電気通信技術基準及び運用手順などは,ITU が定 めた基準や手順をもとにして ICAO で決められるのが一般的である.したがっ
て,ICAOでは ITUのITU-R やITU-Tなどのセクタへ担当者を派遣し,航空
分野で必要としている通信手段,運用要件につきITUの協力を得て,適切な技 術基準や運用基準を策定している.例えば,航空移動衛星通信周波数の分配や 技術基準の策定及びVHF通信周波数帯の1 MHz幅の拡張などは,ITUでの活 動の結果である.
2.2.3 国内法との関わり
国際的に基本となる取り決めは,ICAOと ITU条約で規定されており,日本 の航空法,電波法,有線電気通信法,電気通信事業法などの国内法へ反映され る.しかし,詳細な部分における数値などが合致しない場合があり,国内法と の不整合性を残した標準化である.航空機搭載用無線通信機の場合,アメリカ の製造会社製が一般的に使用されており,アメリカの国内法を参考に標準化さ れることが多く,各国の事情が必ずしもICAO標準に反映されるとは限らない.
日本の場合,特に B-747 型機はアメリカに次いで多く所有しており,日本の意 見,提案,技術を積極的に航空機搭載無線通信機に反映するべきである.今後,
日本は使用者の立場から所要規格を ICAO 標準に反映させるよう明確に提案す るべきである.日本には世界的水準の無線通信技術があり,関連技術の研究を 進める環境は整っており,ICAOでの標準化に携わり,現実の必要性と運用要件 に沿った規格,制度,規則について広く議論し,実態に則したものに改正する 必要がある.
2.2.4 ICAO SARPs
国際民間航空機関の標準及び勧告方式(ICAO SARPs:Standards And
Recommended Practices)は,航空界における最終的な国際合意であり,国際
的に遵守されるべき最小限度の技術基準及び運用方式を定めている.この最終 合意は,多くの関係する団体や業界などで検討討議された結果である.
航 空 機 に 搭 載 さ れ る 各 種 の 電 子 機 器 や 通 信 機 器 の 規 格 に つ い て は , AEEC(Airlines Electronics Engineering Committee)で策定されるARINC 規 格を用いる.また,装置の信頼性,環境基準,運用要件については,航空無線 技術委員会RTCA(Radio Technical Commission for Aeronautics)が基準を策定 している.このように国際的な機関が分野別に活動し,成果を ICAO にて集大 成したのがSARPsである.一つのSARPsの完成には時間と労力が費やされて おり,急速な技術革新と急変する経済状態に合っていない.合意が困難である のは国際機関の共通の問題点であり,新技術の世界規模での展開を妨げている.
民間航空輸送業界は,安全性,快適性,利便性,効率性などを求めて,新し
い航空機の開発やそれに伴う新たな電子機器及び通信機器並びにシステムの導 入を推進しており,その中心的機関がAEECであり,AEECによって発行され
るのがARINC規格,仕様,報告である.一般に,アメリカ製の航空機に搭載さ
れる無線通信機器は,ARINC規格,ARINC仕様,RTCA基準およびアメリカ の連邦航空局の基準(TSO:Technical Standard Order)に従って製造されること が求められる.なお,ヨーロッパのエアバス社製の航空機についても,ほぼ同 様の基準が適用される.
第 3 章
低ひずみ可変利得増幅器
本章では,CdSフォトカップラ (CdS-PC) を可変抵抗素子として利用する新 たに開発した高利得・高安定度の可変利得増器 (VGA: Variable Gain Amplifier) を中間周波増幅器 (IF AMP) に適用することを提案する.CdS-PCを可変抵抗 素子として用いる制御は,1次側と2次側の電気的分離(アイソレーション)特 性に優れ,制御する回路と制御される回路のアイソレーションが容易であり,
不必要な結合を防止できる利点を有する.
最初に,提案回路を示し基本的な動作原理を述べる.次に,提案回路の特性 を計算機シミュレーションにて評価し,回路の妥当性を検証する.提案回路は,
高レベル信号入力時に第3次相互変調ひずみ(IM3)によって受信品質の劣化が生 じないよう,従来型のPIN (Positive Intrinsic Negative)ダイオードによる可変 利得増幅器と比べ, IM3を10 dB程度改善させ,第3次入力インタセプトポイ
ント(IIP3) =+25 dBmとする.また,スーパヘテロダイン式受信機における中
間周波数増幅回路の設計指針を述べ,CdS-PCを用いた中間周波数増幅回路の実 用例を示し,実測した特性を検証することにより,提案方式の有効性を明らか にする.更に,DSP (Digital Signal Processor)を用いたディジタル信号処理を 受信機に適用する場合のアナログ・ディジタル融合技術について述べる.
この章の構成は,
3.1 はじめに
3.2 フォトカップラを用いた可変利得増幅器
3.3 計算機シミュレーション
3.4 実験結果
3.5 提案回路によるIF増幅部 3.6 DSP接続
3.7 制限増幅器 3.8 まとめ である.
3.1 はじめに
一般に無線通信に用いられる受信機は,入力端子に加わる最小検出可能信号
(MDS:Minimum Detectable Signal)のような微弱信号からフロントエンド を飽和させる高レベル信号など多種多様な信号を取り扱う必要がある.特に,
移動体通信においては送信電力,通信距離,伝搬状況などの違いによって受信 信号のレベル差は120 dBに達する.このため,実用に供される受信機は,120 dB のレベル差が生じる状況下において,受信信号の品質を劣化させることなく処 理し,送信された情報を忠実に再現する能力が求められる.微弱信号を受信す る場合,受信信号の信号対雑音電力比(S/N)の劣化を防ぎ,変調された信号を正 しく復調するため低雑音で高利得の増幅器が必要である.逆に,高レベル信号 の受信においては過大信号による歪の発生を防止するため,低利得の増幅器と 高い利得制御能力が必要である.このように受信機は受信信号の品質を維持し 適切に処理するため,受信信号レベルに応じて利得を変化させる機能が必要で あり,一般に自動利得制御回路 (AGC : Automatic Gain Control)を用いて受信 機の増幅度を変えることで,所要ダイナミックレンジを確保している.基本的 に,AGCは可変利得増幅器 (VGA : Variable Gain Amplifier),レベル検出器,
ループフィルタから構成されるが,特に,可変利得増幅器は重要な役割を担っ ている.
一般に,可変利得増幅器は BJT (Bipolar Junction Transistor) または FET (Field-Effect Transistor) の相互コンダクタンス(gm)を変化させることで構成
している[1][2][3].しかしながら,gm変化型の可変利得増幅器は,高減衰領域
において直線性が劣化する.このため,FET を帰還素子として帰還回路に用い て直線性を改善した可変利得増幅器は[4],帰還素子としてのFET回路と信号回 路を分離する必要があり,回路が複雑で使用部品点数が増える欠点を有する.
一方,図3.1のようにPIN (Positive Intrinsic Negative) ダイオードを増幅器の 入力回路に挿入し,信号を減衰させることで,可変利得増幅器を構成できる.
しかし,PINダイオードは455 kHzのような比較的低い周波数で使用した場合,
相互変調ひずみ特性が劣化する性質がある[6][7].また,IC化された高性能の可 変利得増幅器,例えば,アナログデバイス社の AD600 や AD602,並びにナシ ョナルセミコンダクタ社のCLC5523などが商業市場で販売されている.しかし,
各ICの周波数帯域幅は,AD600及びAD602が35 MHz,CLC5523について は250 MHzであり,455 kHzや500 kHzの中間周波数増幅器に使用する場合,
周波数帯域幅が必要以上に広いため,実装にあたり電磁環境両立性 (EMC :
Electromagnetic Compatibility) に対し細心の注意を払う必要がある.更に広 帯域高利得ICを使用する場合はRFI (Radio Frequency Interference)耐性が低 いため,高出力発振回路,シンセサイザ,送信機などによる強電界や高周波ノ イズの影響を受け易い.
そこで,光導電性素子であるCdSフォトカップラを可変抵抗素子として帰還 回路に用いる可変利得増幅器を開発した.
図 3.1 PIN ダイオードによる可変利得増幅器
3.2 フォトカップラを用いた可変利得増幅器
3.2.1 概念図
提案する可変利得増幅器の概念図を図3.2に示す.可変利得増幅器は入力増幅 部,出力増幅部,帰還部から構成され,CdS-PCを可変抵抗素子として帰還回路 に用いる.図 3.2 に示す可変利得増幅器は出力増幅部の出力信号の一部を
CdS-PCを介して入力増幅部に帰還させ,帰還量を制御することで利得を変える
負帰還増幅器であり,利得制御信号を CdS-PCの 1 次側に加え,2 次側の光導 電性抵抗値の変化を利用して帰還量を変え,総合利得を変化させる可変利得増 幅器である.
図 3.2 CdS-PC VGA の概念図
3.2.2 CdS フォトカップラ
CdS は光導電素子であり,光導電性抵抗値は光の強弱に応じて変化する.
CdS-PCはCdSとLED (Light Emitting Diode)から成り,両素子を1つの閉ざ された容器に組み込み,1次側をLED,2次側をCdSとしてリード線を引き出 したものである.1次側と2次側は電気的に隔離された状態にあるが,光を通し て 1 次側の信号電流によって 2 次側の抵抗値を変化させることができる.
CdS-PC は一般市販品として,例えば,浜松ホトニクス社の P873-G35-552 や
P873-25,並びに,モリリカ社のMCD-735やMCD5221L等が市場で入手可能
である[8][9].代表的なCdS-PCの特性として,1次電流対CdS抵抗値を図3.3 に示す.図3.3の横軸はCdS-PCの1次側電流,縦軸は2次側抵抗値を表し,
抵抗値の範囲は最大100 kΩ,最小200 Ω程度であり,直線性は良好である.
CdS-PCの応答時間(立ち上がり時間)は1 msと遅延を伴うが,アナログ音声
通信や30 kbps程度の低速ディジタルデータ通信用AGC回路に利用できる[10].
図 3.3 CdS フォトカップラの抵抗値特性
CdS-PCを可変抵抗素子として用いる制御は,1次側と2次側の電気的分離(ア
イソレーション)特性に優れ,制御する回路と制御される回路のアイソレーシ ョンが容易であり,不必要な結合を効果的に防止できる利点を有する.
3.2.3 実用回路
提案する可変利得増幅器の実用回路を図 3.4 に示す.入力増幅部は FET
(Q1,Q2)を用いた一般的な差動増幅器である.出力増幅部は BJT (Q3)によるエ
ミッタ接地型増幅器である.帰還回路は CdS-PC,Rf,Rg,Cg で構成される.
入力信号はRgとCgの直列接続回路を通りQ1のゲートに加えられる.
図 3.4 CdS フォトカップラを用いた可変利得増幅器
出力信号は Q3 のコレクタから結合コンデンサ Cc とアイソレーション抵抗 Rc を通し次段へ送られるが,同時に出力信号の一部はCdS-PCとRfの並列接続回 路を通し,Q1 のゲートへ戻される反転型増幅器である.Cg のインピーダンス はRgに比べ非常に小さい値であり,CdS-PCの2次側抵抗とRfの並列接続回 路の合成抵抗値をRtとすると,裸利得が 40 dB 程度であるため,利得Avは概 略値として
Av ≒ − Rg
Rt (3-1) ただし,Rt≫RgおよびRt≪Rgの場合を除く
で簡易的に求められる.また,マイナス符号は入力信号と出力信号の位相が反 転することを表している.利得は式(3-1)よりCdS-PCの2次側抵抗値とRf及び Rgの組み合わせによって決まるが,Rg値の選定に際してはRgが入力信号源イ
ンピーダンスに直列に加わるため注意が必要である.一般に,Rgの実用値とし て1 kΩ前後が選ばれる.出力回路のCcとRcは次段への結合回路であり,Rc はアイソレーション抵抗としての役割に加え,次段の入力容量と回路の浮遊容 量を利用してローパスフィルターを形成し,不必要な高い周波数成分を減衰さ せる目的を兼ね備える.利得制御回路からの信号電流を制限するためにCdS-PC の1次側にRsを接続している.図3.4の利得はQ3の出力増幅部よりQ1のゲ ートへの帰還量によって決まり,帰還量を変えることで利得を変化することが できる.例えば,スーパヘテロダイン式受信機の中間周波数増幅部に適用する 場合,中間周波数増幅部より取り出した受信信号を基に作られるAGCプロセッ サの利得制御信号を用いてCdS-PCの 1次側を駆動することによって受信信号 レベルに応じて帰還量を変化させることができる.具体的には,利得制御信号 であるAGC 電圧によってCdS-PCの 1次側電流値に応じて 2次側の光導電性 抵抗とRfの並列合成抵抗値が変化し,結果として可変利得増幅器の利得が制御 される.したがって,図3.4のCdS-PC VGAは受信信号レベルに応じて利得を 変化させ,受信信号に歪を与えずに増幅する回路,例えば受信機の中間周波数 増幅回路に適している.
図3.4のCdS-PC VGAはFETによる差動増幅器を使用しており,温度変化
に対する安定性が良く,更に利得を制御する回路が CdS-PC によって電気的に 分離されるため,利得制御回路を介して回路が結合することを抑制できる利点 を有している.したがって,提案回路を用いることで,安定した低歪で高利得 の中間周波数増幅回路を比較的簡単に構成することができる.
3.3 計算機シミュレーション
図 3.4 に示す可変利得増幅器回路の利得及び位相特性をマイクロコード社の 電子回路シミュレーションソフトである Circuitmaker を用いて計算機シミュ レーションによって評価し,提案する回路の妥当性を検証した.計算機シミュ レーションに使用したパラメータは,次のとおりである.
CdS PC = モリリカ MCD-735(最小抵抗値 = 100Ω), Q1 = Q2 = 2SK125,
Q3 = 2SA1015, Rd = 1 kΩ,Rk = 510Ω,R1 = 51 kΩ,R2 = 30 kΩ,Ca = 0.047μF,Rf = 39 kΩ,Rg = 910Ω,Cg = 0.01μF,Ce = 0.47μF,Re = 680 Ω,Cc = 0.047μF,Rc = 820Ω,Rl = 1.2 kΩ (4.7 kΩ,10pF負荷).
利得及び位相特性の計算機シミュレーション結果を図3.5に示す.図3.5の横軸 は周波数,縦軸は利得及び位相であり,−3 dB帯域幅は増幅器の利得を30 dB とした場合において約2.1 MHz,−20 dBの場合には,帰還量が多いため周波 数帯域が広がり約5 MHzである.また,位相特性の場合,−3 dB帯域幅内で は概ね180度に保たれているが,帯域外では位相回転が生じ,利得の低下に伴 い偏差が拡大している.特に,30 MHz付近(利得30 dBの場合)と80 MHz付近
(利得20 dBの場合)において,360度に達している.しかし,利得が0 dB以下
であり発振条件は成立しない.一方,代表的な中間周波数である100 kHz,455
kHz,500 kHz,1650 kHzにおける位相特性は,およそ180度であり基本性
能を満足している.
図 3.5 利得及び位相特性の計算機シミュレーション結果
図3.4の可変利得増幅器回路における最小及び最大利得はRf値,Rg値,CdS-PC の 2 次側最小抵抗値によって決まるが,図 3.5 の計算機シミュレーション結果 から,実用的な利得可変範囲は−20 dBから+30 dBであり,使用可能周波数範 囲は100 kHzより2100 kHzである.
3.4 実験結果
図3.4に示す可変利得増幅器をプリント基盤個別部品装着(ディスクリート)法 にて試作し特性を測定した.提案方式の CdS による可変利得増幅器(CdS-PC
VGA)と従来から使用されている PIN ダイオードによる可変利得増幅器(PIN
VGA)の第3次相互変調歪(IM3)の比較を図3.6示す.
図 3.6 提案回路と PIN ダイオード型回路の IM
3特性比較
(f
1=455 kHz, f
2=456 kHz)
図3.6の横軸は入力信号レベル,縦軸はIM3のレベルを表し,455 kHzと456 kHz の等振幅正弦波による 2信号を入力に加え,増幅器出力信号をスペクトラ ムアナライザにより測定したものであり,CdS-PC VGA及びPIN VGAの減衰 量を,それぞれ 15 dB とした場合の値である.図 3.6 に示す測定結果から,
CdS-PC VGA のIM3特性は,PIN VGAに対して入力信号レベルが0 dBmの
場合に約10 dB改善され,更に,入力信号レベルが10 dBmの場合は,約12 dB
の改善である.したがって,本章で提案する図3.4に示すCdS-PC VGAの455 kHzにおけるIM3特性は,従来から使用されている図3.1に示すPIN VGA と 比較し,10 dB程度優れていることが分かる.
また,図3.4のCdS-PC VGAの入力信号レベルに対するIM3特性を図3.7に 示す.図 3.7 の横軸は入力信号レベル,縦軸は IM3のレベルを表し,455 kHz
と456 kHzの等振幅正弦波2信号を入力信号に用い,増幅器出力信号をスペク
トラムアナライザにより測定したものである.
図 3.7 第 3 次相互変調ひずみ特性
(f
1=455 kHz, f
2=456 kHz)
図3.7が示すように,例えば,40 dBのIM3を容認する場合,+5 dBm以下の入 力信号レベルに対するIM3特性は良好である.また,利得を15 dBに設定した 場合に優れたIM3特性が得られている.
次に,第 3 次の入力インタセプトポイント (IIP3)について述べる.IIP3は,
式 (3-2)によって表される[6][11].
IIP3 = 2
1IM3 + 入力信号レベル (3-2)
利得を15 dBに設定した場合のIIP3は+25 dBmである.一方,利得を15 dB 以下に設定した場合,IIP3の改善割合は低い.IIP3 の改善率が低下する要因と して,回路方式及びCdS-PC,FET,BJTなどの性能限界が考えられる.
図 3.8 は利得をパラメータとした場合の周波数特性を標準信号発生器 (SSG) とスペクトラムアナライザを用いて測定した結果である.
図 3.8 周波数特性(実測値)
図3.8の横軸は周波数,縦軸は利得を表している.図3.8 より利得が30 dBの
場合,−3 dB帯域幅は2000 kHzであり,実装に伴う浮遊容量によって計算機
シミュレーションの結果に比べ100 kHz程度低下しているが,基本設計指針を 満足しており一般に使用される100 kHzから1650 kHz帯における中間周波数 増幅器として用いることができる.試作した図3.4の可変利得増幅器回路におけ る最小及び最大利得はRf 値,Rg値,CdS-PC の 2次側最小抵抗値によって決 まり,実験結果から中間周波数増幅器として用いる場合の実用的な可変利得範 囲は,−20 dBより+30 dBである.
図3.9は455 kHzにおける利得制御特性の測定結果であり,横軸は利得制御
電圧,縦軸は増幅器の利得を示している.利得制御電圧に対して増幅器の利得 が直線的に変化する範囲は,制御電圧が0.4 Vから1.4 Vにおいて約48 dBで ある.利得が+30 dB付近及び−20 dB付近においては,CdSの光導電性抵抗と 帰還抵抗Rfの合成抵抗値が直線的に変化しないため,利得制御特性の直線性が 劣化しているが,AGC制御リニアライザを用いることで制御特性の改善を図る ことができる.
図 3.9 利得対制御電圧特性
図3.10は利得及び雑音指数(NF)の温度特性を利得が20 dBの場合について455 kHzにて測定したものであり,横軸は温度,縦軸は利得とNFを示している.
図 3.10 利得及び雑音指数の温度特性
実測した基本性能を表3.1に示す.使用可能周波数範囲は,100〜2000 kHzで 可変利得範囲は,−20 dBから+30 dBである.また,第3次の入力インタセプ トポイントは,利得を+15 dBに設定した場合において+25 dBmであり,雑音 指数は利得を20 dBに設定した場合において6 dB (50Ωにて)である.したがっ て,実験結果より,設計目標とした第 3 次の入力インタセプトポイントを達成 しており,図3.4の可変利得増幅器回路は温度特性や安定性に優れ100 kHzか
ら 2000 kHz 帯の周波数を用いる中間周波数増幅器として適していることが分
かる.
表 3.1 提案回路の基本性能
電源電圧 18 V DC 周波数範囲 100 kHz〜2000 kHz
利得 −20 dB〜+30 dB
IIP3 (Gain=15 dB, f1=455 kHz,f2=456 kHz)
+25 dBm
雑音指数(NF) 6 dB (50 ohm)
3.5 提案回路による IF 増幅部
3.5.1 中間周波数の選定
一般に,スーパヘテロダイン式受信機においては,受信信号を受信周波数よ り低い一定の周波数である中間周波数に周波数変換した後に増幅するが,受信 機の総合利得,近接周波数選択度,忠実度,影像周波数妨害排除能力に対し中 間周波数増幅器の性能が支配的であり,中間周波数増幅器の周波数は,受信機 の特性を決める要素の一つである.しかし,実用的な中間周波数増幅器の周波 数を選定する場合,相反する性能要求があり,次に述べる特性を考慮する必要 がある.
(1)影像周波数妨害排除能力
中間周波数を fi,希望波を fdとすると影像周波数 faは
fa= fd+2 fi または fa= fd−2 fi
であり,影像周波数 faは中間周波数 fiの2倍の周波数だけ離れるため,
中間周波数 fiを高くすることで,希望波 fdと影像周波数 faを離すこと ができ,影像周波数妨害波をフィルタや同調回路で減衰させることが 容易となり,影像周波数に対する選択度が向上し,影像周波数妨害排 除能力を高めることができる.
(2)高安定度・高利得増幅器
受信機の利得は微弱電波を受信し,変調された情報を正しく復調する
上で高い方が望ましいが,高利得増幅には低い中間周波数が有利であ る.一般に高い周波数における高利得増幅器は,ミラー効果や入出力 間の結合による帰還による発振の危険性がある.このため中間周波数 増幅部が受信機の総合利得を決定し,高利得であること及び実装にお ける容易さを考慮した場合,中間周波数増幅部の周波数は低い方が有 利である.
(3)近接周波数選択度特性
受信機の近接周波数選択度特性は,中間周波数増幅部の初段に挿入さ れる帯域制限フィルタの特性によって決まり,希望波の側波帯が帯域 制限フィルタによって削り取られることがない帯域幅で,加えて急峻 な近接周波数選択度特性を持ち形状比(シェイプファクタ)の優れた フィルタが必要である.一般に,クリスタルフィルタ,メカニカルフ ィルタ,セラミックフィルタ,表面弾性波 (SAW:Surface Acoustic
Wave) フィルタなどを用いて所要の通過帯域幅を満足させる.しかし,
これらのフィルタは中間周波数増幅部の初段に挿入されるため,挿入 損失による受信機の雑音指数劣化を防ぐ必要があり,挿入損失の少な いフィルタの使用が求められる.また,通過帯域内のリップルは忠実 度に影響を与えるため小さくする必要がある.更にディジタル通信で はフィルタの群遅延特性を考慮しなければならない.これらの所要性 能を満足させるフィルタの製作及び長期安定性に関しては,周波数が 低い方が有利である.
(4)局部発振器の雑音
スーパヘテロダイン式受信機において中間周波が低い場合,中間周波 数を得るために用いる局部発振器の周波数が希望波に近くなり,局部 発振器の側波帯雑音(サイドバンドノイズ)が希望波に重畳し,信号 対雑音電力比(S/N)やビット誤り率(BER:Bit Error Rate)を劣化さ せる可能性が大きくなる.中間周波数を高くすることで希望受信周波 数と局部発振周波数が離れるため,局部発振器の側波帯雑音による影 響を抑制できる.したがって,中間周波数は高い方が有利である.
このように,スーパヘテロダイン式受信機の中間周波数増幅器の周波数選定に あたり,前記(1)と(4)については高い周波数,(2)と(3)については低い周波数が有 利であり,互いに相反する事項であるが解決策の1つとして,2つの異なる中 間周波数を備える2重スーパヘテロダイン式受信機(ダブルスーパヘテロダイ ン式受信機)の使用が考えられる.すなわち,受信周波数を高い周波数の第 1
中間周波数に周波数変換し,受信周波数帯域の最も高い周波数での影像周波数 妨害排除能力を確保した後,更に低い周波数の第2中間周波数に周波数変換し,
高安定・高利得増幅を行い総合利得及び忠実度並びに近接周波数選択度特性を 満足させる方式である.ダブルスーパヘテロダイン式受信機において高性能が 求められる場合,80 dB程度の影像周波数妨害排除能力を得ることが可能である.
例えば,航空機搭載VHF送受信機の場合,第1中間周波数として20 MHz付近 を使用し,第2中間周波数として500 kHzや455 kHzを用いて所要性能を満足 させる.また,前記(3)で述べた中間周波数増幅部の初段に挿入する帯域制限フ ィルタとして,455 kHzまたは500 kHz用が数多く開発され,市販品として種 類も多く高品質である.このため,第2中間周波数を455 kHzまたは500 kHz とすることで,受信機の近接周波数選択度を決定する中間周波数用フィルタの 選定の幅が広がり,高品質の中間周波数増幅部を経済的に構成できる.
3.5.2 第 2 中間周波数増幅部
一般的に,スーパヘテロダイン式受信機における周波数変換器の出力レベル は非常に低い.このため復調部が受信信号に含まれる情報を正しく復調できる よう中間周波数増幅部は,周波数変換された受信信号を高利得増幅器と利得制 御回路を用いて増幅し,適切なレベルで復調部へ出力する必要がある.中間周 波数増幅部は 2または 3段の可変利得増幅器と利得制御回路で構成され,受信 機に必要な利得の大部分を中間周波数増幅部において確保する設計を行うのが 一般的である.ダブルスーパヘテロダイン式受信機では,第 2 中間周波数増幅 部において強力な近接周波数信号による混変調歪(CM:Cross Modulation
Distortion)の発生低減及び強力な信号による飽和を防止するため,一般に受信
機の近接周波数選択度を決定する中間周波数用通過帯域制限フィルタは,第 2 中間周波数増幅部の初段に挿入される.このため,フィルタの挿入損失が受信 機の雑音指数(NF)に与える影響が大きく,挿入損失を十分に配慮した設計を行 う必要があり,挿入損失の少ないフィルタを使用し,第 2 中間周波数増幅部で のNF劣化を防止しなければならない.したがって,第2中間周波数増幅部は,
低雑音で非線形歪特性の優れた可変利得増幅器を用いて構成する必要がある.
更に,ディジタルデータ通信用受信機の場合,中間周波数増幅部の出力は,
アナログ・ディジタル変換器(AD 変換器)の飽和防止及びデータ復調における BER劣化を防ぐため,振幅及び位相特性が平坦であることが求められる.近年,
DSP (Digital Signal Processor)を用いたディジタル信号処理能力が飛躍的に向 上し,アナログ技術では実装が困難であった信号処理をディジタル信号処理に
より比較的簡単に実現できる.しかしながら,AD変換に至るまでの受信機入力 端より中間周波数増幅部出力端における信号処理にはアナログ技術が必要であ り,アナログ技術による信号処理が適切に行われることが,ディジタル信号処 理が設計どおりに動作するための条件の一つである.したがって,受信機にお ける中間周波数増幅部での適切なアナログ信号処理は,DSP によるディジタル 信号処理を行う上で非常に重要である.このように整合性に優れたアナログ技 術とディジタル技術を効果的に組み合わせたアナログ・ディジタル融合技術を 適用することによって,更なる性能の向上が図れる.
3.5.3 実用回路
図3.4の可変利得増幅器を実用受信機の第2中間周波数増幅器に適用した例を 図3.11に示す.図3.11は2信号特性の向上を目的として,フロントエンドの利 得を所要 NF が満たされる程度の低い値に抑え,必要な利得を中間周波数増幅 部において確保する利得配分手法により設計したスーパヘテロダイン式受信機 の455 kHz狭帯域用中間周波数増幅部である.また,図3.12に実装した455 kHz 中間周波数増幅回路基盤を示す.更に,測定した第 2 中間周波数増幅部の特性 を表3.2に示す.
表 3.2 中間周波数増幅部の特性
電源電圧 18 V DC
周波数 455 kHz
利得 85 dB
利得制御範囲 80 dB
雑音指数(NF) 8.7 dB (50Ω) 選択度(−6 dB幅) 18 kHz
3段のCdS-PC VGAによる第2中間周波数増幅部の総合利得は95 dBであり,
近接周波数選択度特性を決める帯域制限フィルタBPF-1と広帯域雑音を低減さ せる目的で用いるBPF-2の挿入損失合計は10 dBである.したがって,実用的