学位論文の内容の要旨
論 文 提 出 者 氏 名 八木 茂典
論 文 審 査 担 当 者 主 査 大川 淳
副 査 秋田 恵一、森田 定雄
論 文 題 目 Incidence and risk factors for medial tibial stress syndrome and tibial stress fracture in high school runners
(論文内容の要旨) 要旨 目的 ランナーにおけるシンスプリントと脛骨疲労骨折は発生頻度の高いスポーツ障害であ る。高校陸上競技選手におけるシンスプリントと脛骨疲労骨折の発生率と発生要因を同定するた め本前向きコホート研究を実施した。 対象と方法 対象は高校陸上競技部234 名(年齢 15 歳、高校 1 年生)。方法は、入学時に身長、 体重、BMI、股関節と足関節の可動域、下肢伸展挙上角度、下肢アライメント、Q 角、足部回内 (舟状骨降下)、股関節外転筋力を測定した。以後3 年間、シンスプリントと脛骨疲労骨折の発生 についてフォローアップした。 結果 シンスプリントは102 件の発生があった(0.29 athlete-exposures)。脛骨疲労骨折は 21 件(0.06 athlete-exposures)の発生があった。ロジスティック回帰分析の結果、女子選手におけ るシンスプリント発生とBMI 値との間に調整オッズ比 0.51(95%信頼区間 0.31-0.86)、股関節 内旋可動域の値との間に調整オッズ比 0.91(95%信頼区間 0.85-0.99)で有意な相関があった。 男子選手における脛骨疲労骨折とSLR 値は、修正オッズ比 1.38(95%信頼区間 1.04-1.83)で有 意な相関があった。 結論 女子選手におけるシンスプリント発生とBMI, 股関節内旋角度、男子選手における脛骨 疲労骨折発生とSLR との間に有意な関係があった。 はじめに シンスプリントと脛骨疲労骨折は、ランニングやジャンプを要するスポーツ障害として知られ ている。フィンランドのスポーツ医学クリニックにおける下肢に疼痛を訴えた495 名のうち、最 も多かったのはシンスプリントと脛骨疲労骨折で、下腿の疼痛の75%を占めた。これらは復帰ま で数週間かかり、スポーツパフォーマンスに影響する。過去の報告ではシンスプリント発生率は 4~35%。脛骨疲労骨折は 3~5%と述べられている。スポーツ選手を対象にした前向き研究は、 筆者が調べた限り2 件しかなかった。ほとんどは軍隊を対象にしたもので、スポーツ選手に当て はめることはできない。 スポーツ障害の発生要因は、内因性要因と外因性要因に分けられる。内因性要因は、競技歴、
- 2 - 競技レベル、既往歴、身体コンディショニングなどである。外因性要因は、スポーツ種目、練習 頻度、硬いサーフェス(床や地面)、シューズなどである。ランナーを対象とした過去の報告は内 因性についてのものだけであった。 今回、高校陸上競技選手におけるシンスプリントと脛骨疲労骨折の発生率と発生要因を調べる ために、前向きコホート研究を実施した。 対象と方法 すべての情報はヘルシンキ宣言にもとづき、被験者にインフォームドコンセントを実施し、書 面でもって了承を得た。それぞれの高校において了承を得たが、2002 年研究開始当時は、日本に おいて前向き研究に対する承認組織は一般的でなく、当大学においても倫理審査委員会の了承を 得ていない。 本研究は2002 年から 2010 年の間実施した。 対象は、高校陸上競技選手234 名(男子 137 名、女子 97 名)であった。短距離から長距離ま でを含んでいる。週に8 回以上の練習を実施しているアスリート。調査時点で下肢痛のあるもの は除外したが、シンスプリントと脛骨疲労骨折の既往歴のある選手は含まれている。高校3 年間 で、4 名がドロップアウトし、結果的に 230 名(男子 134 名女子 96 名)フォローアップできた。 指導者は練習と競技結果を記録した。 リスクファクターのスクリーニング 身体測定は、高校入学後の1 か月以内に実施された。すべての計測は一人のスポーツ理学療法 士が実施した。身長、体重、Body mass index(BMI)、股関節と足関節の関節可動域、下肢伸展挙 上角度(SLR)、下肢アライメント、Q 角、足部回内(舟状骨降下)テスト、股関節外転筋力を調 査した。 障害の報告 研究期間中、各指導者は下腿の疼痛のため1週間連続で十分な練習ができなかった者を連絡し、 スポーツ整形外科医によって診察された。米国医師協会(1966)により、シンスプリントは「硬い 路面でのランニングや底屈筋の過負荷によって誘発される下腿の違和感や疼痛であり、コンパー トメント症候群や疲労骨折を除いたもの」と定義されている。脛骨疲労骨折の場合は、局所的な 圧痛が生じるため、Batt らが述べるように脛骨の内後方に縦 5cm 以上の圧痛を認めるものをシ ンスプリンとした。X 線を正面、側面より2方向撮影した。X線所見にて異常所見のないものは シンスプリントとした。疑わしい場合は、10 日後に再度X線撮影するか MRI でもって鑑別した。 それ以外のアキレス腱や筋腱付着部障害、コンパーメント症候群は除外した。 統計分析 発生率は1000 athlete-exposures を用いた(1 人が 1000 回の練習、または 1000 人が 1 回の練 習をした際の発生率を表す尺度)。 リスクファクターを決定するために、ダネットの多重比較検定を実施後、ロジスティック回帰
分析を用いた。調整オッズ比、95%信頼区間を求めた。計算には SPSS(version18.0)を用いて、 危険率0.05 を有意差ありとした。 結果 発生率について 230 名におけるの発生率を求めた。総量は 352263 athlete exposures であった。123 件の下腿 痛があり、障害のなかった者は142 名であった。 シンスプリントは102 件の発生があった(0.29 athlete-exposures)。右 29 件(男性 20 件、女 性9 件)。左 23 件(男性 15 件、女性 8 件)両側 50 件(男性 25 件、女性 25 件)であった。う ち17 件(男性 13 件、女性 4 件)に再受傷があった。 脛骨疲労骨折は、21 件の発生があった(0.06 athlete-exposures)。右 11 件(男性 2 件、女性 9 件)、左 6 件(男性 2 件、女性 4 件)、両側 4 件(男性 1 件、女性 3 件)であった。うち 4 件(男 性1 件、女性 3 件)の再受傷があった。 発生要因について 性差は、シンスプリント発生率においてはなかったが、脛骨疲労骨折において女子選手が高い 発生率であった。学年(高校 1 年生、2 年生、3 年生)では、シンスプリント、脛骨疲労骨折と もに高校1 年生が高い発生率であった。練習頻度(週 12 回以上、週 9~11 回、週 8 回以下)に おいては、差はなかった。競技レベル(全国大会レベル、県大会レベル、地区大会レベル)では、 シンスプリントにてレベルが上がるほど発生率が高かった。 身体コンディショニングについて 男女それぞれを、障害発生のなかった群、シンスプリント群、脛骨疲労骨折群に分けて、ロジ スティック回帰分析を行った。女子選手におけるシンスプリント発生と BMI 値との間に調整オ ッズ比0.51(95%信頼区間 0.31-0.86)、股関節内旋可動域の値との間に調整オッズ比 0.91(95% 信頼区間0.85-0.99)で有意な相関があった。男子選手における脛骨疲労骨折と SLR 値は修正オ ッズ比1.38(95%信頼区間 1.04-1.83)で有意な相関がった。 考察 本研究の最も重要な知見としては、高校陸上競技選手におけるトレーニング頻度とシンスプリ ントや脛骨疲労骨折の発生率には関係がなかった。足部回内とも関係なかった。 女子選手のシンスプリント発生とBMI、股関節内旋とに有意な相関があった。男子選手の脛骨疲 労骨折発生とSLR 値との有意な相関があった。 本研究は、アスリートを対象とした、過去最大の前向きコホート研究である。過去の報告の多 くは軍隊を対象にしたものである。これらの報告と比較し、非常に高い発生率の現実があった。 本研究におけるシンスプリント発生に性差はなかったが、過去の軍隊における報告の多くは女性 に高いと報告されている。ランナーだけを対象としたOrava らの報告と一致した結果であった。 シンスプリントにおけるリスクファクターとして女性の BMI 値については、Plisky らの報告
- 4 - をはじめ過去に多数の報告があり、本結果もそれを支持するものとなった。 本結果では、足部回内(舟状骨降下)はリスクファクターではなかった。過去には足部回内が 発生要因と述べた報告があるが、これら報告はすべて後ろ向き研究であった。本研究は前向き研 究での結果であり、足部回内(舟状骨降下)は原因ではなく、機能低下した結果の所見である可 能性がある。 Tiberio らは Q 角の増加を述べたが本研究では関係を見つけることができなかった。 脛骨疲労骨折群は、股関節、足関節の関節可動域、足部回内(舟状骨降下)が小さかったが有 意差が出るまでに至らなかった。 男子選手の脛骨疲労骨折発生と SLR に関係があり、Giladi らの報告と同様であった。筋のタ イトネスが発生要因である可能性がある。 これらを踏まえ、筆者の経験から提言を述べると、シンスプリントと脛骨疲労骨折の発生要因 には、身体コンディショニングの不良が一因として挙げられる。選手と指導者は、身体コンディ ショニングの不良がシンスプリントと脛骨疲労骨折の発生要因となることを知る必要がある。女 子選手は体重をコントロールすること、男子選手は筋タイトネスを改善させることに注意すべき である。 本研究のlimitation として、1 つ目は対象が日本の高校陸上選手に限られているため全民族、 全年代のランナーに言及することができない。2 つ目の問題は、今回もちいた診断基準が世界中 の医師で統一されていない。3 つ目の問題は、今回は競技ランナーを対象としたため、結果を他 のスポーツ種目に当てはめることはできない。これら制限があるが、長期的な前向きコホート研 究は類を見ないので価値があると考える。 結論 高校陸上競技選手におけるシンスプリントと脛骨疲労骨折の発生率と発生要因を決定するため に前向きコホート研究を実施した。女子選手における BMI と股関節内旋可動域に有意な関係が あった。男子選手における疲労骨折とSLR に相関があった。その他の身体コンディションとトレ ーニング頻度は関係なかった。 謝辞 対象となった選手、協力していただいた高校指導者の方々に感謝申し上げます。
論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号 乙 第 号 八木 茂典 論文審査担当者 主 査 大川 淳 副 査 秋田 恵一、森田 定雄 【論文審査の要旨】 1.論文内容 青少年期のスポーツ選手に多く発生するシンスプリントと脛骨疲労骨折について、前向きに 10 年間経過を追って、発生の危険因子を明らかにした。 2.論文審査 1)研究目的の先駆性・独創性 アスリートにおけるシンスプリント(運動時の下腿痛)は発生頻度の高いスポーツ障害であ るが、その発生頻度や要因はいまだ明確にされていない。このような背景のもと、申請者は高 校入学直後の部活開始時に対象者を診察し、その後卒業までフォローすることを 10 年間継続す ることで発生率および発生要因を明らかにした。一般の青少年のスポーツ障害に対するこうし た前向きコホート研究は世界的にもこれまで類を見ず、高い評価を与えることができる。 2)社会的意義 234 名の対象者のなかで、102 件のシンスプリントと 21 件の脛骨疲労骨折が発生した。ロジ スティック回帰分析の結果、女子では BMI と股関節内旋可動域、男子では体幹の柔軟性のなさ が危険因子として抽出された。シンスプリント予防のためのコンディショニングの目標を明ら かにした点で、スポーツ医学的にきわめて重要な研究成果といえる。 3)研究方法・倫理観 研究は前向きに行われ、部活開始時に下肢関節可動性や筋力を調査した。その後 3 年間の経 過を観察し、傷害発生の頻度を調査した。1 学年あたり 10~20 名のエントリーで、7 年の間に 234 名が対象となった。最終エントリーから 3 年間の経過観察を行い、計 10 年間の時間をかけ た貴重な研究である。対象は基本的に健康人であり、エントリー時に研究の倫理性と重要性を 十分に説明が行われている。 4)考察・今後の発展性 すでに本研究に基づいたストレッチ訓練が行われ、シンスプリント発生予防に対して有効性 が高いことが確認されている。今後、前向き介入試験を行うことで効果を科学的に実証し、青 少年アスリートのスポーツ障害の軽減に資することが期待される。 3. その他 スポーツ医学関連の国際誌においても評価は高く、必読の論文として紹介されている。2340
( 2 ) 4.審査結果