グローバル化する介護労働と福祉国家における女性の役割:
韓国のケースから考察する
The Globalization of Care Work and the Women’s Role in the Welfare States:
The Consideration of the cases in Korea
杉 本 貴代栄
Kiyoe SUGIMOTO はじめに 近年になり,福祉国家の国際比較として, 東アジア諸国を比較対象国とする傾向が見ら れるようになった1)。その理由はいくつかあ るだろうが,その大きな理由として,高齢者 介護問題が表出したことが指摘できるだろ う。日本が世界における高齢化第一位の国で あることはよく知られているものの,それに 準じて,東アジアの国々も,それぞれ高齢化 が進行しているからである。以下の統計に見 るように,現状において東アジアの国々が, 欧米諸国と比べて特に高齢化率が高いという わけではない。しかしその高齢化の速度が速 いこと,またそれぞれの国に共通する,欧米 諸国とは異なる「世代間・性別間で支え合う 介護意識」という伝統的な特徴があることに よって,今後の介護問題がより深刻化するこ とが懸念されているからである。このような 急激な高齢化(と少子化)を経験しつつある 東アジアの諸国においては,限られた財源の 1) 代表的なものとして,以下をあげておく。大沢 真理編著『アジア諸国の福祉戦略』(ミネルヴァ書 房,2004年),金 成垣編著『現代の比較福祉国家 論:東アジア発の新しい理論構築に向けて』(ミネ ルヴァ書房、 2010年),「特集:東アジア社会政策研 究が問いかけるもの」『社会政策 第 5 巻第 2 号』 2013年12月 なかで,効果的な高齢者介護システムを早急 に構築しなければならないという,共通の政 策課題を抱えている。 まずは,データを確認しておこう。2010年 の国際間の高齢化率を高い順に並べると,日 本(22.6),ドイツ(20.5),フランス(17.0), イギリス(16.6)であり,東アジアの国々は, 香港(12.9),韓国(11.0),台湾(10.3),中 国(8.2)であり,欧米諸国と比べると,現 状の高齢化率はむしろ低い国に属する。しか し,長期予測によれば,2050年には日本(37.8) に次いで,韓国(34.2),シンガポール(32.6), 香港(32.6)と続き,20パーセント代を維持 するフランス,イギリスを追い越し,中国も 23.3%に達すると推測されている2)。 特に韓国は, 1 位の日本に迫る第 2 位の高 齢化の国となるであろうこと,また高齢化が 特に速い速度で進むことが推測されている。 65歳以上の人口が7%を占める高齢化社会か ら,14%を占める高齢社会に至るまでにフラ ンスは115年,アメリカは71年,イタリアは 61年かかったが,それに比して日本は24年, さらに韓国は18年で達している。さらに14%の高齢社会から,20%を占める超高齢社会に 達するまでに,イギリスは45年,ドイツは40 年,そして日本は12年,韓国は 8 年と予測さ れている。 <表1> 人口高齢化速度の国際比較 国 名 到達7 % 年度 14% 到達 年度 20% 到達 年度 7→14 14→20 日本 1970 1994 2006 24 12 フランス 1864 1979 2020 115 41 ドイツ 1932 1972 2012 40 40 イギリス 1929 1976 2021 47 45 イタリア 1927 1988 2007 61 19 アメリカ 1942 2013 2028 71 15 韓国 2000 2018 2026 18 8 (出典:統計庁,2006年,「将来人口推計」) このように日本と韓国の高齢化とは,なか でも韓国の高齢化とは,世界の他の地域より も規模も速度も抜きんでて進行中なのである。 かつ,子が親を扶養すること,家族介護に価 値を置くという,ジェンダーと世代が交差す る問題-これまで「家父長制」という概念で 指摘されてきた問題-を顕著に抱える社会で あるため,今まで欧米諸国が経験したことの ない,新たな問題を抱える高齢化なのであり, その政策の行方が注目されるゆえんである。 著者はこれまで,日・米・韓国の比較を中 心として母子福祉政策の国際比較研究を行っ てきた3)。その研究の蓄積の上に立って,科 研費助成を受けた本研究(2012年-2014年) においては,比較対象国を拡大し,日・米・韓 ・北欧における介護労働に関する比較研究に 着手した。いずれの国々においても,私的介 護はもちろんのこと,介護労働の多くは女性 に委ねられてきたことは言うまでもない。し かしそのなかで各国は,それぞれ独自の方法 を模索し,いくつかの類型を示しつつある。 本論文は,韓国のケースの報告である。 1.韓国の家族の変化 韓国では日本の制度を見習って,2008年 7 月から介護保険(韓国での正式な名称は「老 人長期療養保険制度」であるが,ここでは日 本と同様に「介護保険」と称することとする) を実施した。ちなみに台湾においても2016年 3) 国際比較研究の成果として,以下の著作をあげ ておく。杉本貴代栄編著『シングルマザ-の暮ら しと福祉政策:日本・アメリカ・デンマ-ク・韓 国の比較調査』(ミネルヴァ書房,2009年) <図1> 高齢化率の国際比較 (出典:国土交通局白書)
からの実施が既に予定されている。中国にお いては,現状では都市ごとの制度を策定中で あるため,全国一律の制度の施行には時間が かかるであろうが,何らかの「介護保険制度」 のようなものに向かっていくと推測されてい る。このように東アジア諸国においては,介 護保険は共通の課題となりつつある。 他の東アジア諸国に先駆けて介護保険を実 施した韓国であるが,その背景には,速い速 度の高齢化とともに,従来型の家族が急速に 変化したために,老親扶養が大きな関心と課 題となったことが指摘できる。しかし韓国を 含む東アジア諸国は,戦後においては高い出 生率と急速な人口増加が特徴であり,家族計 画事業を通じて人口増加をいかに抑制するか は近代化を果たすための共通の重要課題で あった。つまり「若い国」であり,現在取ら れている出生促進政策(反高齢化政策)は, ごく近年から始まった政策に過ぎない。 韓国では,戦後のベビーブームによる人口 増加を抑え,人口をコントロールすることは 経済発展計画の重要施策であり,1960年代か ら1996年まで人口抑制政策がとられてきた。 そして人口抑制政策が終わった 8 年後の2004 年から出生促進策が導入されたことからもそ の急速な政策の方向転換は明らかである。日 本でも事情は同様であり,韓国のような明 白な人口抑制政策はとられなかったものの, 1970年代にはローマクラブが提言した人口抑 制策がおおいに取りざたされ,1970年代-80 年代にかけては人口抑制策が推奨されたので ある4)。日本が明白な出生促進策をとるように なったのは,1989年の合計特殊出生率が1.57 となり,「1.57ショック」と呼ばれた1990年か らである。つまり日本も韓国も,高齢化政策 4) 民間のシンクタンクであるロ-マクラブが, 1972年に発表した『成長の限界』のなかで人口抑 制策を提言し,広く受け入れられたことを指す。 に関しては歴史の浅い,経験が蓄積されてい ない分野であると言うことができる。 韓国は,人口学的なデータによれば,高齢 化だけではなく,核家族化,小家族化,出生 率の低下などが平行して進行し,家族形態の 大きな変容を経験している。1960年代初めか らの急激な経済成長の過程で,農村部から都 市部への人口流出が起こったこと,晩婚化と 理想とする子どもの数の減少による少子化に 寄るところが大きい。つまり,従来の韓国の 家族は,親と長男夫婦,孫の同居する父系血 縁を中心とした直系家族がその典型であっ た。ところが産業化と都市化における就業機 会の増加,高等教育機関の都市部への集中, 農村地域の低開発によって,若い世代を中心 として大量の人口が都市へ移動した。その結 果,現実生活において,従来のように長男と の同居扶養を期待することが困難となった。 親を地方に残し,息子たちが都市に移住して 所帯を持つケースが急増した。都市では,サ ラリーマン化した子どもたちにとって,親を 扶養することは経済的な負担も大きく,また, 同居を妨げる住宅事情もある。また,若い世 代には核家族志向も強く,親と息子夫婦が別 居するケースが増えた。 統計により,まず世帯の平均規模を見る と,1960年に 1 世帯当たりの平均人数が5.6 人だったものが,1980年には4.5人に,1995 年には3.3人に減少した。また,家族形態か ら見ても,3 世代世帯は1960年の26.9%から, 1995年の9.8%へと大幅に減少し,代わって 1 世代世帯,単身世帯が増加した。成人子ど もとの別居による高齢者世帯の増加,高齢者 の一人暮らし世帯の増加も顕著である5)。老 親扶養は,新たな時代に直面したのである。 5) 統計庁「韓国の社会指標」1996年
2.老親扶養意識の変化 しかし,急速な家族形態の変化に比べて, 家族意識はそれほど急激に変わってはいな い。東アジアの国々のなかでも韓国は,「儒 教の伝統」が依然として色濃く残っている社 会であり,父系血統継承観念と男児選好思想 が依然として残存している。つまり,変容す る家族形態と,ゆっくりとしか変化しない家 族意識の狭間にある独特な社会であると言う ことができるだろう。韓国の家族は急激に縮 小化,核家族化したにもかかわらず,従来で は高齢者の扶養は家族の責任とされ,家族主 義的伝統のなかで高齢者達は,敬老孝親の価 値観を持つ子どもや孫世代から手厚くもてな されてきた経過がある。しかし,家族形態が 大きく変容した今日では,伝統家族で一般的 に行われていた親世代の長男による同居は困 難になり,孝の実行は難しくなった。一方, 高齢者の間でも子どもに頼らない自立した老 後を理想とする考えも広まりつつあり,家族 扶養に代わる所得保障と社会福祉サービスの 拡充が求められるようになった。 一般的に高齢者扶養は,公的扶養と私的扶 養に分けられるが,私的扶養の中心をなす家 族扶養とは,子どもによって扶養されること であり,それには次の 3 つの形態がある。 ①子どもと同居し,かつ扶養される ②独立した老人世帯を構成しながら,子ども から経済的・情緒的な援助を受ける ③有料養老院など社会施設に預けられ,子ど もから経済的な援助を受ける 年金等の社会保障の発達が立ち後れた韓国 では,介護保険施行以前の社会的施設とは, 低所得者を対象とした無料施設か,または高 額な有料民間施設に限られていた。介護保険 の導入以前には,公的なサービスを利用して いた高齢者は,高齢者人口の 1 %にも達して いなかった。サービスの絶対量が不足してい たからである6)。ゆえに家族扶養の大部分は, ①同居の子どもによる扶養,であった。家族 形態の変化により,家族の扶養機能が弱体化 したことは,老親扶養の基盤を大いに揺さぶ り,かつ,社会的な支援体系の構築が求めら れたのである。 家族形態の変化だけではなく,高齢者自身 の高齢者扶養意識の変化にもふれなければな らない。まず,60歳以上の人を対象とした 調査によると,「老後の生活費に対する考え 方」について,「家族が面倒を見るべきだ」 は,1981年の49.4%から,1996年には28.2% まで減少した。逆に,「社会保障でまかなわ れるべき」は,1981年の8.2%から,1996年 の29.2%まで増加した。このように高齢者自 身は,子どもに頼らずに自立する意思が強く, また社会保障制度の整備を望んでいる7)。次 いで,15歳以上の世帯員を対象とした調査 を見てみよう。「老親の扶養責任に対する態 度」は,1979年の「長男」30.6%が,1998年 には22.4%へと減少し,1979年の「子ども」 59.8%が,1998年には89.9%へと増加した8)。 しかし,この数字には多少の説明がいるだろ う。韓国では伝統的に高齢者が子どもによっ て扶養されてきたとは言っても,すべての子 どもによって扶養されてきたわけではない。 長男が老親扶養,家系継承,祖先祭祀などの 責任を負う代わりに,戸主権と財産に対する 優先権が与えられてきた。しかし1990年に家 族法が改正され,老親は子ども全員で扶養す ることになり,財産相続においても,従来の 長男優先の不均衡相続から均等相続へと変化 した。このような法的な変化により,調査結 6) 孫 珉景「施行 4 年目を迎える韓国介護保険: その現状と課題」『佛教大学大学院 社会福祉学研 究科編第40号』2012年 3 月 7) 金 香男「韓国における老人扶養の変化と老人 扶養政策」『同志社社会学研究』NO. 4 ,2000年 8) 同上
果のように,「長男」が減少し,「子ども」が 増加した結果となったと判断できよう。その ような変化はあるものの,子どもたちの老親 扶養意識は依然として高いことが明らかであ る。しかし,上記したように,家族形態の変 化,または社会保障制度や社会的施設の未整 備により家族扶養が困難となった状況下にお いては,新たな高齢者政策を策定することは, 緊喫の課題となったのである。2008年 7 月か ら,韓国において介護保険が実施された背景 には,このような事情が横たわっていた。 3.韓国の介護保険の施行とその後の展開 2008年 7 月から施行された韓国の介護保険 については,介護保険創設の経過や日韓の比 較,実施時の実態や課題については別の機会 に論じたので9),ここでは施行以降の変遷と 改正等についてみていくことにする。といっ ても入手できる資料は2012年が限度であるた め,施行後4-5年の変遷に限られることを 断っておきたい。 1)認定者,利用者の推移 韓国の介護保険の最大の課題とされた,高 齢者全体に対する認定率の低さは暫時改善さ れた。保健福祉部及び国民健康保険公団によ る介護保険施行 3 周年資料(健康福祉支部・ 国民健康保険公団,2011年)によると,介護 保険の認定者及び利用者は継続的に増加して いる。制度開始時(2008年 7 月)の認定者の 人数は21万人(2.9%),利用者数 7 万人にす ぎなかったが,その後日時が経過する毎に増 加し,2009年には認定者数26万人,利用者数 18万人となり,2010年 3 月には認定者数32万 人,利用者数28万人にまで増加し,施行当時 より2倍以上増加した(詳細は<表 2 >を参 照のこと)。2010年の約31万人の認定者とは, 9)「介護保険の日韓比較」『金城学院大学人文・社 会科学研究所紀要』第16号,2012年 6 月 高齢者人口の5.7%であり,2011年には約34 万人(6.2%)が利用するであろうと想定さ れている10)。しかし,増加したとはいっても, 2010年の認定者数は約 5 %余で有り,同年の 日本の介護保険の認定者が17%(494万人) であることと比べるとその認定数の少なさは 明らかである。それでも年次が上がるごとに 認定者と利用者が増加した理由としては,介 護保険の認識度が上がったことと,サービス に対する必要性が高まりつつあることが指摘 できるだろう。また,制度導入後, 3 等級の 認定者が急増したことが明らかであるが,こ れは制度導入時よりも, 3 等級の認定点数が 緩和されたことに寄っている。1等級者の死 亡と,2.3等級者の健康状況の維持という 理由も付加できるであろう。 <表2> 年次別の認定者数の推移 認定者 2008年 2009年 2010年 合計 214,480 258,476 315,994 1 等級 57,396 43,349 46,994 2 等級 58,387 65,570 73,833 3 等級 98,697 149,557 195,167 (出典:注10) また<表2>に数字はいれてはいないが, 同資料からは介護保険の等級外者の数も明ら かである。2010年の介護保険の等級外者は, 149,783人である。介護保険は,等級判定に よる認定者だけが介護保険サービスの利用が 可能で有り,等級外者は介護を必要とする 場合でも介護サービスを受ける権利はなく, まったく介護保険を利用できない。このよう に多数の等級外者が出現したことにより,日 10)保健福祉部・国民健康保険公団,2011年,「老 人長期療養保険施行 3 周年記念式及び国際シンポ ジュウム」からの資料。孫 珉景「施行 4 年目を 迎える韓国介護保険:その現状と課題」『佛教大学 大学院 社会福祉学研究科編第40号』2012年 3 月 からの引用。
本の介護保険のような,要介護予防制度のた めのような要支援システムの導入の検討が必 要であるという意見もある(日本の介護保険 に要介護予防のための要支援システムが導入 された際には,国内では大いに異論がでたも のではあるが)。 またサービスに対する給付の支出割合を見 ると,制度開始時には施設給付が61.6%,在 宅給付が38.4%であったが(2008年),2012 年の統計を見ると, 施設給付が51.1%,在宅 給付が48.9%(2012年)と,在宅利用に多少 とも移行したことがわかる。しかし,韓国の サービス内容としては,依然として施設志向 が高いことが明白である。 2)介護労働に関する改正について 本論文の主旨に従って,介護保険の実施以 降の介護労働に関する改正点にふれておこ う。一つは,療養保護士に関する問題である。 介護保険の実施を見込んで,療養保護士の教 育機関が乱立し,2008年1月の101カ所から, 2009年10月には1,233カ所と急増し,その増 加率は12倍となった。そのなかで363カ所が 不法・不当行為による行政措置を受けたこと もあり,療養保護士の教育の向上が緊急な改 正の課題となった11)。このような問題点を改 正するために,教育機関を申告制から指定制 に改正し,2010年には課程別教育時間を増加 し,また2010年からは年 1 回の資格試験制度 が導入された。 このような改正は評価されるものの,療養 保護士の過剰供給による過当競争や低賃金問 題などの処遇問題が存在するため,労働実態 の改善は困難である。療養保護士の勤務実態 調査によると,その平均所得は68.7%が月平 均100万ウオン未満であるという。次いで月 11)(注 6 )参照。 150万ウオン未満が28.9%,月200万ウオン未 満が2.0%,月200万ウオン以上が0.4%である。 賃金が低額であるだけでなく,労働環境とし ても,入所施設は40.4%が,在宅サービスの 場合は95.5%が契約制であることも問題であ る12)。 他のデータによると,入所施設では月120 -140万ウオン,訪問サービスではの場合は 月55万ウオン(時給が6-7千ウオン,月平均 勤務時間は84時間程度の場合)という平均賃 金が示されている。また社会保険加入率も, 施設で92.9%,訪問サービスでは50.3%と, 特に訪問サービスに関する労働条件が悪い ことが明らかである13)。韓国では日本の場合 と異なり,(まだ介護保険施行からの年数が 経っていないためでもあろうが)介護人材の 離職は深刻な問題とはなってはいないようで はあるが,人材を継続的に確保すること,地 域格差の解消,人材採用情報の共有化等,介 護人材をめぐる課題は,日本と同様に深刻な 問題の一つとならざるをえない。 介護労働に関わるもう一つの制度として, 韓国の介護保険独特の制度である,「現金給 付サービス」の改正についてもふれておきた い。韓国独特の現金給付には 2 種類あり,一 つは,島や僻地等の地域を対象とする家族療 養支給制度であり,もうひとつは,同居家族 療養保護士による事実上の現金給付制度で ある。一つ目の制度に該当する家族療養費支 給は減少傾向にある。2010年 7 月の利用者の 総人数が747人であったことに比して,2011 年7月には総人数が585人に減少している。そ の原因としては,家族療養費の支給には様々 な条件が付くため,受給がそれほど簡単で はないことがあげられるだろう14)。もう一つ 12)同上。一人あたりの家族療養費は,等級に関係 なく,月15万ウオンである。 13)同上。 14)同上。
の,同居家族療養保護士による現金給付サー ビスは,縮小する方向へと改正された。理由 は,不当請求の増加が顕著で有り,2010年の 不当請求全体のうちの54%を占めるに至って いた。そのため,下記<表 3 >に見るように, 利用時間・利用料金共に縮小された15)。 <表3> 家族療養保護士の現金給付サービスの改正 現 行 改 定 案 適用対象 同居家族 療養保護士 同居・非同居家族療養保護士 認定時間 1 日90分 (1ヶ月31日迄) (1ヶ月20日迄)1日60分 1回利用料 90分利用: 2万1,360ウオン 60分利用:1万6,120ウオン (出典:「韓国日報」2011年 6 月14日) 4.韓国調査の結果 そ れ で は 上 記 の 報 告 を 踏 ま え て, 今 年 (2014年 3 月)訪問した韓国の 2 つの介護保 険施設について,特に療養保護士の労働条件 にも注目しながら報告することにする。 ①<ガンブク・シルバー・福祉センター> (区立,運営はイレント社会福祉財団) 〈環 境〉 ソウルの中心街である明洞から車で北へ 20分位の所に位置し,周辺は住宅街である。 敷地面積:5,381㎡ 建物面積:1,600㎡ 〈設立・運営〉 設立は2013年11月オープン。入所療養 サービス(定員100人)とデイサービス(定 員34人)を行う。 〈入居者〉 現在入居者53名。うち生活保護を受けて いる人が10%。デイサービス利用者は10名 と少ない(まだ地域の理解が少なく,利用 者は少ないこのこと) 15)「韓国日報」2011年 6 月14日号。 〈施設の設備〉 1ユニット16名(患者の行動や特徴別だ と看護しやすいため,疾患別にユニットを 組んでいる)。4人部屋が基準,特別支援 室は2つ。 〈入居者自己負担〉 介護保険20%+食事代+おやつ代。介護 度 1 は58万ウオン(食費込み),介護度 2 は56万ウオン,介護度 3 は54万ウオン。利 用者自己負担金が60万ウオン以上にならな いようにしている,とのこと。 〈療養保護士について〉 療養保護士38名(全員女性で契約職員。 最初の10日間はアルバイト,次に契約職員, さらに正規職員ということでインセンティ ヴを上げて雇用する(離職者が多いため, それを防ぐための工夫)。年代は50歳代が 多い(平均年齢50歳)。50歳の正職員療養 保護士の給料は150万ウオン(他より10万 ウオン高い)。 *大卒の初任給が150万ウオン程度。60歳 定年で,その後嘱託職員として雇用する。 〈感想・所見〉 韓国施設の支援方法は,看護支援方法と, 生活支援方法のどちらかに重点をおいてい る。この施設は利用者の生活支援を中心に 行っている。設立して日が浅いのでまだ全 体像は不明であるが,施設長は「人材養成 として知識を高めるためにはどのようにし ていくかがキーワードである」と述べてい る。利用者に対しては「供給中心」から「人 間中心」「利用者中心」のケアというパー ソン・センタード・ケアを3ヵ年計画のな かで取り入れて実践しようとしている。こ のような理念を聞いたのは韓国調査で初め ての施設である。今後,できるだけ個室化 を目指したいという話があったが,設立し たばかりの施設であり,そこで個室化が実
現していない現状では,個室化までにはま だ時間がかかると思われる。 区役所の建替を断念して本施設を建設し たため,当初は地域住民からの根強い反対 があった。そのため,トレーニングジムを 地域住民に開放することを条件に,地域と の関係を構築しつつある。高齢者施設に対 する住民の偏見はまだあるが,高齢住民の 利用や地域ボランティアの確保を考えれ ば,地域との関係は最重要項目である。区 として民間経営力をどのように活用しなが ら,国や地域と協働してゆくのかが注目さ れる。国との連携は既にあるとのことで あったが,それは中央地方間の行政システ ムという意味かと思われる。 ②<ハナ・ケアーセンター> (Hana (銀行) グループ出資の民間施設。 介護保険利用者・非利用者ともに入居可) 〈環 境〉 ソウルの中心街から車で北東へ1時間位 の所に位置し,施設周辺は美しい景色のリ ゾート地である。敷地面積約15,409㎡,建 物の面積約4,046㎡ 〈設立・運営〉 設立は2009年 3 月31日。運営はハナ金融 公益財団(2006年設立)。本施設の他に児 童福祉施設も運営している。施設長(女 性・看護師・社会福祉士),副施設長(ハ ナ銀行退職者・社会福祉士),福祉チーム 長(社会福祉士10年経験者) 〈入居者について〉 定員は99人( 1 人部屋が 7 室,2人部屋 が30室, 4 人部屋が 8 室) 利用者は92名(平均年齢は84.5歳) 介護度3度(軽度)は57名,介護度2度は 27名,介護度1度(重度)は 8 名。 保険外利用者は7名 介護保険利用者の自己負担金は, 1 人部 屋が190万ウオン,2 人部屋が130万ウオン, 4 人部屋が70万ウオン *保険外利用者(100%自己負担者)の自 己負担金は, 1 人部屋が310万ウオン, 2 人部屋が250万ウオン, 4 人部屋が190 万ウオン 〈施設の設備等〉 ユニットケア中心 1ユニット15名( 1 人部屋は1室,2人部 屋は 5 室,4人部屋は 1 室) 〈職員について〉 スタッフ77名(男性 6 名,女性71名(社会 福祉士 4 名)) 施設チーム,療養チーム,栄養チーム,医 療チーム,看護チーム等に分かれている。 〈療養保護士について〉 療養保護士スタッフの平均年齢54歳(全員 女性) 1日目 (昼勤) +2日目 (夜勤) =2日休み 療養保護士の給料-給料は低くても環境 (福利厚生),勤務体制がよいので離職者は 少ない。月額160万ウォン(昨年,10万ウ オン上げた)。 療養保護士は地域住民,運営スタッフはソ ウル市民(ソウルから通勤) 〈感想・所見〉 本施設は前記の施設と異なり,生活支援 よりも看護支援を主に行っているため,看 護しやすい設計となっている。家族の看護 ニーズを意識した戦略を早期から打ち出し た施設であり,介護よりも看護に力点をお いているため,家族としては安心感が得ら れる施設となっている。しかし看護支援が 中心のため社会福祉士の存在は稀薄であ る。利用者の服装を見ると,寝間着の上に 何か羽織っている。その理由は「洗濯を少 なくするため」との回答があった。両施設
ともに,見学を受け入れる介護施設である だけに,療養保護士の待遇も(一般の調査 よりも)かなり良く,労働環境もかなり良 い,という印象が強かった。 帰りの車中で話を聞いた若い男性の社会 福祉士によると,当施設,ひいては韓国の 介護保険の実施体制には多々問題があるよ うである。必要な人にサービスが届いてい ない,またサービスの総量も不足している という。介護保険利用者と非介護保険利用 者(100%自己負担者)が一緒に入居して いる施設は,ソウルでここの施設だけだそ うだ。入居人数は10%以内になるようにし ているとのこと。しかしこのような混合が 可能なら,収入確保のためには,認定外利 用者を入れる施設が急増するのではないか (あるいは,保険入所の場合,施設に保険 公団からの支払いがあるので,総収入とし てはたいした違いはないのかも? そうだ とすると,認定外の人を入所させることは, 収入以外の意味を持つことになる-介護保 険も取り扱う広範な施設という印象を与え る?)。今後の方向が注目されるところで ある。 おわりに 介護保険実施後 5 年が経過した課題として は,日本と比べて介護保険の認定者が少ない こと,また認定された場合でもその個人負担 額が大きいことがまずはあげられるだろう。 現状の韓国の介護保険は,ある程度の資産の ある者に取っては利用しやすい制度である が,低所得者にとっては,利用者負担により 利用が抑制されがちである。今後の展開とし て,介護保険料を支払ったとしても,利用者 負担により結果的に排除される人々が出現す ることが危惧される。もうひとつの大きな課 題である療養保護士については,まだ実施後 間がないために深刻な問題には至っていない が,労働環境の改善も含めて,早急に取り組 むべき課題である。 著者は,科研費助成を受けた本研究に着手 するにあたって,介護労働の福祉国家モデル をいくつか想定したうえで研究を開始したと いう経過がある。そのモデルのなかであえて 類型化すれば韓国は,「移民によって担われ ているモデル」であると想定した。今回の2 施設の調査においては,移民が療養保護士と して働くケースは含まれはしなかったが,資 料やデーターにはそのようなケースがいくつ も含まれていた。昨年行った調査においては, 子どもの保育が朝鮮族の人々によって多く担 われているという証言を得た。また医療現場 においては,朝鮮族の人が安く雇われている という調査結果もある16)。介護現場の人手不 足を補うために,安価な労働力として使用す るために,外国人労働者や移民がそれを補う -という韓国独自の方法がとられつつある現 場もあるのである。このような傾向は,日本 の介護現場の今後を考察するうえでも,参考 になると思われる。 16)上野千鶴子,立岩真也「労働としてのケア」『現 代思想』Vol.37-2, 2009年 2 月