平成11年4月1日
肺癌との鑑別が困難であった炎症性肉芽組織による肺野
の結節性病変の一例
山梨医科大学第二内科 山家理司 成宮賢行 西川圭一 石原裕 田村康二 山梨医科大学第二外科 高橋渉 吉井新平 要旨:患者は74才の男性。左上葉気管支のsquamous cel I papi l bmaの経過観察中、 右肺に結節性陰影が出現した。画像所見から原発性肺癌を疑い気管支鏡下でのTBLBを 施行したが診断が得られず、開胸生検を行ったが、病変は炎症性肉芽組織であった。病 変の一部に石灰化した日本住血吸虫卵を認めたが、原因とは考えられず、炎症性肉芽を きたす他の主な疾患の所見もなく、原因は不明であった。 Key words:pulmonary nodule, granulation tissue, Schistosoma japonicum はじめに 近年、画像診断の進歩により直径2cm以下で発見される肺癌の症例が増えているが、 術前の病理診断が困難であり、開胸生検あるいはVATSにより確定診断される場合も多 い。他方、肺癌との鑑別を要する良性結節性病変も一部を除いて診断が難しく、肺癌が 否定できず開胸生検やvideo−assisted thoracoscopy(VATS)下での生検で確定診断さ れる場合が多い。今回我々は画像所見から原発性肺癌が疑われたが開胸生検で炎症性肉 芽組織が得られた症例を経験した。生検組織には石灰化した日本住血吸虫卵を認めたが、 これとの関連を含めその成因について考察した。 症例 患者:74際、男性 主訴:胸部異常陰影 現病歴:1990年10月血疾を主訴に当科を初診、気管支鏡検査にて左のBl+2とB3の分 岐部のsquamous cell papillomaと診断され、以後経過観察されていた。1998年5月、 胸部レントゲンにて右中肺野に孤立性結節性陰影が認められた。画像所見から原発性肺 癌が疑われ気管支鏡検査が行われたが、診断がつかなかったため同6月入院した。 既往歴:97年7月より糖尿病にて食事療法中、日本住血吸虫症の既往はないが97年糖 尿病の教育入院の時の腹部エコーにて肝臓に亀甲状紋理を認められている 家族歴:母親が心不全にて死亡、息子が糖尿病 嗜好:飲酒歴なし、喫煙歴60本/日(20−63才) 身体所見:身長172cm、体重70 kg、体温36.5℃、血圧100/80 mmHg、脈拍70/ 分、表在リンパ節は触知せず、胸部に心雑音、ラ音を聴取せず、腹部は平坦で肝、脾、 その他異常腫瘤を触知しなかった。 −19一山梨肺癌研究会会誌 12巻1号 1999 検査所見(表1):一般血液検査ではFBSとHbAlcの高値以外に異常所見はなく、腫 瘍マーカーは測定したものはいずれも正常範囲内であった。簡易スパイログラフィーで は閉塞性換気障害を認めた。 画像所見:胸部レントゲン写真(図1)では右中肺野に直径約1cmの辺縁明瞭な孤 立性結節性陰影を認めた。胸部CT(図2,3,4)では病巣は右肺S6に存在し、辺縁には spiculationを伴い、周囲血管の巻き込み像も見られた。また、肺全体に気腫性変化が見 られた。肺門、縦隔のリンパ節の腫大は見られなかった。タリウムシンチグラフィー (SPECT像)では右S6の病変はearly像では強い集積が認められたが、 delayed像では 流出していた。頭部MRI、腹部CT、骨シンチグラフィーでは異常所見はなかった。 以上より原発性肺癌を否定できず、また、病変の大きさや位置から経気管支的なアプ ローチは困難と判断し、7月開胸生検を施行した。迅速病理にて悪性疾患が否定された ため部分切除のみとした。 病理所見(図4,5):病変は線維化と強いリンパ球浸潤を伴う肉芽組織からなり、こ の炎症巣の内外に石灰化した日本住血吸虫卵を認めた。悪性所見は見られなかった。 肉芽組織の成因を示す所見は得られなかったが、悪性疾患は否定されたため部分切除 のみとし、squamous cell papillomaとあわせて引き続き経過観察中である。 考察 画像所見から原発性肺癌が疑われたが開胸生検により炎症性肉芽組織が得られた症例 である。病巣には石灰化した日本住血吸虫卵が認められたため、まず、これによる炎症 を疑った。 日本住血吸虫症には急性、および、慢性の肺病変を伴うことが知られている(1)。感 染から1週間以内に幼虫が肺を通過するとき、および、感染約4週間後、成熟した成虫 が門脈末梢で産卵するときに、高熱とともに、咳、喘鳴を生じる。この時、レントゲン 上一過性の浸潤影が出現する。これは、虫体や虫卵に対するアレルギー反応と考えられ ている。門脈内で産卵された虫卵は肝臓に塞栓し、この周囲に肉芽腫性炎症を引き起こ し、線維化、肝硬変を生じる。このため門脈と体循環との間にシャントが形成され、虫 卵は肺、さらには全身に到達するようになる。肺に到達した虫卵は肺動脈の末梢に塞栓 し、閉塞性動脈内膜炎、血管周囲病変を形成し(cardiovascular type)、また、血
管内から肺実質や気管支壁に到達しそこに肉芽腫性結節性病変を形成する
(parenchymatous type)。いずれの場合も胸部レントゲンではびまん性の微細穎粒 状陰影を呈し、進行すると肺高血圧症をきたす。 本症例では、腹部エコーで肝臓に亀甲様パターンが認められていたものの、腹部CTで は肝臓の線状、亀甲状の石灰化像や脾腫は認められず、肝臓の病変は軽度で門脈一体循 環シャントは存在しなかったと考えられ、虫卵が肺に到達したのは他の理由によるもの と考えた。 日本住血吸虫と同じ生活環をもつS.mansoniの虫卵が肝臓に病変を伴わない患者の肺 に認められたとの報告や(2、3)、感染者の剖検27例のうち12例の肺に住血吸虫卵を 一20一平成11年4月1日 認めたとの報告(4)があり、また、感染者の剖検肺全例存在する可能性も指摘されて おり(小山敏雄、私信)、明らかな門脈一体循環シャントが存在しなくても虫卵は肺へ 到達すると考えざるを得ない。臨床的に捉えられないほどのごくわずかの門脈一体循環 シャントが存在するのか、あるいは、吸虫の異所性寄生があるのか、あるいは、直腸近 くで産卵されたものが直接体循環に乗るなどの可能性が考えられる。 虫卵と肉芽組織との関連については、肺癌による切除肺に見られる住血吸虫卵につい て検討した報告(4)の中で、癌巣とは別に直径約1cmの線維化巣の中に多数の虫卵が 認められ、周囲の非線維化部には虫卵が全く存在しなかった1例の記載がある。虫卵と 線維化巣との因果関係については明言されておらず、また、線維化巣が臨床的にいつか ら存在していたのかは不明である。この例を除けば虫卵は多くは胞隔内に存在し、周囲 の隔壁が線維性に肥厚している程度であり、虫卵が肺に本例のような結節性病変を形成 するのはまれであったという。我々の症例においてはかなり以前から肺に存在していた と考えられる石灰化虫卵が今年になって周囲に炎症反応を起こしたとは考えづらく、ま た、肉芽組織が存在しないところにも虫卵が存在しているが、こちらには全く周囲に反 応がなく、病巣内の虫卵も肉芽組織の中心から離れたところに少数存在するのみであっ たことからこの肉芽組織が虫卵に対する炎症反応として生じたことを支持する証拠はな い。つまり、虫卵は病巣内に偶然存在していたのであり、成因としての意義はないと考 えられた。 一般的な呼吸器疾患の中でその過程の少なくとも一時期に炎症性肉芽を生じることが ある疾患として肺梗塞、bronchiolitis oblite rans organizing pneumonia(BOOP)、細 菌性肺炎が挙げられる。 肺梗塞では壊死に陥った肺組織は肉芽組織により置換され、収縮傾向のある癩痕とな るが、出血や壊死部分が共存していないと肉眼的には肺腫瘍との鑑別が難しいことがあ るという(5)。本症例では壊死、血管の閉塞、ヘモジデリンの沈着などの組織所見は 見られず、また、病巣が肺梗塞の好発部位である胸膜直下ではなかったことから肺梗塞 の治癒過程であった可能性は低い。 また、BOOPでも末梢気道から肺胞腔に肉芽を生じるが、既存構造を破壊することは ない。本症例では一部末梢気道にも肉芽が見られたが、肺の基本的構造は破壊されてい た。画像上もBOOPでは両側多発性の肺胞性陰影が典型的であるが、境界明瞭な結節ま たは、銭型影も6−29%にみられ、病変は収縮傾向があるという。 (6、7)。本症例で は孤立性結節性陰影であり画像所見からもBOOPには相当しないと考えられた。 細菌感染による肺炎の治癒過程において炎症性浸出物の吸収が遅延し、線維性組織に 変化することもあるが(器質化肺炎)、この場合も基本的肺胞構造は保たれる(8)の であって、本症例の組織像には相当しないと考えられた。 以上より本症例は開胸生検で肉芽組織が得られたものの既知の疾患概念には相当する ものはなく、臨床的に診断は確定できなかった。 ところで、本症例の肉芽組織はspiculationや周囲血管の巻き込み像など肺癌に特徴 一21一
的と言われる画像所見を呈する一方、タリウムシンチのdelayed像の陰性など良性疾患 を示唆する所見もあった。我々はCT所見を重視し、また、孤立性結節性陰影が今年に なり現れてきたという臨床経過を重視し、開胸生検に踏み切った。Matsumotoら(9) はタリウムシンチグラフィーのSPECT像によって直径1cmの肺癌原発巣3例のうち全 例を検出できたと報告しているが、これ以下の大きさの病変についてはまとまった報告 はない。今後、微小肺癌症例が増えるにつれ小病変の良悪性の鑑別におけるタリウムシ ンチグラフィーの意義についても検討する必要があろう(10)。 結語 画像所見から原発性肺癌が疑われたが開胸生検により炎症性肉芽組織が得られた症例 を経験した。炎症性肉芽の成因、特に日本住血吸虫の虫卵との関連について考察した。 おことわり 本演題は研究会では「肺癌との鑑別が困難であった日本住血吸虫卵によると考えられ る肺肉芽腫症の1例」の演題で虫卵による肉芽腫との趣旨で発表しましたが、当日の議 論を踏まえ、また、座長の小山敏雄先生のご指導を受け以上のように訂正しました。し たがって、内容は発表されたものと異なることをおことわりいたします。 (血算)
WBC
Neut Eosino Baso Mono Lympho RBC Hb Ht PLT 4300/μ1 58.896 4.096 0.7% 6.0% 30.5% 473万/μ1 15.Og/dl 43.496 11.4万1μ1 (生化学) TP AIb CHE T.Bit ALP γ・GT LDH AST ALTTG
T.Chol 6.8g/dl 3.99/dl 2801Ull O.8mgldl 1431Ull 221Ull 1701UII 181Ull 161U/1 †18mg/dl り89rngldl 表1 BUN CRE Na K Cl (血清学) CRP 25mg/dI O.9mg/dt 140mEq11 4.3mEq/1 104mEq/| 0.3mgldl以下 FBS l1Z mg/dl HbAIC 6」196 一22一平成11年4月1日 図1 図3 図2 図4 ・きざ芸sぷ馨難緩響三さ縢㌧繋ぐ 完ごき㌦饗驚☆簸≦講ごる。;r/1,
図5
図6 一23一文献 1,Bethlem, EP et al:Pulmonary schistosomiasis. Curr Opi n i n Pul m Med 1997, 3:361−365. 2,Schaberg, T et al:Pulmonary schistosomiasis resembling acute pulmonary tuberculosis. Eur RespirJ 1991,4:1023−1026. 3,Morris, W et al:Cardiopulmonary manifestations of schistosomiasis. Seminars in Respiratory lnfections 1997,12:159−1 70. 4,小山敏雄、他:日本住血吸虫症を肺内に合併した原発性肺癌一手術症例の検討一. 山梨肺癌研究会会誌 1990,3:41−45, 5,Fraser, RG et al:Pulmonary th romboembolism. ,n Fraser RG, et al(eds): Diagnosis of the diseases of the chest, vol川. p 1711,WB Saunders, Philadelphia, 1990. 6,Epler, CR:Bronchiolitis obliteranse organizing pneumonia. N Eng J Med 1985, 312:152−158. 7,山村淳平、他:特発性器質化肺炎の臨床的検討.日胸1988,47:123−129. 8,Spencer, H:The bacterial pneumonias. ln Spencer H:Pathology ofthe lung. p 174,Pergamon press, Oxford,1985. 9,Matsumoto, S et al:Effectiveness of planner image and single photon emission tomography of thallium−201 compared with gallium−67 in patients with primary lung cancer. Eur J Nucl Med 1992,19:86−95. 10,阿部庄作:肺野小型肺癌の確診は必要か,呼と循1995,43:531. 一24一