文化変容の視点に基づいた歴史教育の研究 : 高等学校「日本史」を事例として
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(2) 目 次 序 研究の動機と目的 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一 研究の方法 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一∼一一. 1. 4. 第1章 高等学校「日本史」の文化史学習の現状 第1節 文化史学習の先行研究の整理 時代背景をふまえての先行研究の成果 一一一一一一一一一一一 5 1. 2.. 第2節 1. 2. 3.. 第3節 1。 2. 3.. 第4節 1. 2.. 先行研究からみた文化史学習の課題 一一一一一一一一一一一一一 7 日本史教科書の分析 分析方法 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一10. 分析結果と考察 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一12 考察からみた課題 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一20. 現行学習指導要領の分析 分析視点 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一21. 分析結果 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一22. 分析結果からの考察 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一24. 文化の総合的学習の考察 文化の総合的学習の特質 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一26. 文化の総合的学習の問題点と文化史学習の課題 一一一一一一28. 第2章 文化史学習に取り入れる文化変容の視点 第1節 文化人類学の活用の意義 1. 2. 3. 4. 5.. 第2節 工.. 2, 3.. 第3節 1. 2. 3. 4. 5.. 歴史学と歴史教育からの考察 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一31 文化人類学の目的 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一33. 文化入類学の対象 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一34 文化人類学の有効性 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一35. 文化人類学の研究方法 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一36. 文化変容の概念 文化変容への着目 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一42 文化変容の概念 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一43 文化変容の有効性 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一45. 文化変容の視点 文化変容の研究方法 一一一一一一一一一一一一一一一∼一一一一一一一一一一一一一一48. 文化変容の理論 一一一一一一一一…一一一一一一一一一一一一一一一一50 文化変容の視点 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一52. 文化変容論でとらえた単元構成 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一54 文化変容の個別理論 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一55. 第3章文化変容の視点に基づいた授業設計 第1節文化変容の視点に基づいた授業設計原理 1. 文化変容の理論探求における授業設計原理 一一一一一一一一一一73 2. 授業設計の手順 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一73 3. 授業過程 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一74. 第2節文化変容の視点に基づいた授業モデル 1. 小単元「通過儀礼にみる文化変容」の授業モデル 一一一一一一76 2.小単元「茶にみる文化変容」の授業モデル 一一一一一一一一一一一一一93 結 研究の成果 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一113. 今後の課題 一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一120.
(3) 序 1.研究の動機と目的. 現行の高等学校地理歴史科の「日本史B」では、 「文化の総合的学習」が強 調されている。そのねらいの一つは、人物と文化遺産中心に自国史を学ぶ小学. 校歴史学習、世界史を背景に自国史を学ぶ中学校歴史学習pを受けて、高等学 校の日本史学習の特色を明確にしたことである。もう一つは、政治史中心の総 合史に対する批判の意味をこめてのものである。2)つまり、文化を中心に時代 背景や社会構造を関連づけて学習させようとしているのである。. 高等学校日本史で文化が重視されるようになったのは、昭和35年版の学習指 導要領からであって、以後、学習指導要領が改訂されるごとに徹底されていっ た。. 文化史学習の困難さについては、これまでもさまざまなことがいわれてきた。. 例えば、政治・経済の領域は動態的であるのに、文化の領域になると静態的で ある、それぞれの時代に生きていた人々には文化がなかったように受取られか ねないなどである。つまり文化が、主として、 「文献史学」の成果と「考古学」. の成果によって、その時々において珍しいもの、以前になかったものを取り上 げようとする内容構成がされているのである。. 文化というと、普通、すぐれた芸術とか文学・学問とかを連想するが、文化 人類学では生活様式の意味で用いている。学習指導要領はその両方を包含した 概念として文化という言葉を用いている。、)その意味からも、本研究では、固. 定的・伝統的な文化を伝達するのではなく、文化はどういう時代の入々も、自 らつくりあげてきたものであり、現代に生きるわれわれ自身も文化の形成者と して位置付けるものである。. 第15期中央教育審議会の審議の中で、 「これからの学校教育と「生きる力」. の育成」の論議がなされている。その中で教育内容の厳選(精選ではなく)が 示され、厳選の視点として、 「単なる知識の伝達や暗記に陥りがちな内容の精 選を図る」があげられている。その内、 「中学校社会科の歴史における各時代 の詳細な文化史」という具体例が示されている。。)文化史の内容については、 一1.
(4) 中学校社会科に限らず高等学校地理歴史科においても上記の視点は以前から指 摘されてきたものの、改善がなされていないのが実状である。歴史は、過去の 足跡のうち、科学的に確認できた事実の中からあるものを選択し、それを構成 していく作業によって具体化するのであるが、しかし、それはいくつかの歴史 認識のうちの一つに過ぎないのである。よって、現状の問題点を解決していく ための方途としての歴史教育の方向は、歴史を客観的な知識として知るのみで いいのかということである。過去の長い時間の経過の中で生起した事柄は数限 りなくあるのである。. もう一つの「生きる力」の重要な要素は、文化・伝統を尊重する態度の育成 である。 「つまり、集団の一員として安定的に生きていこうと考えれば、自分. の所属する集団の生活スタイル・価値判断を修得しそれを手がかりに判断し行 動することが必要になる。」5)としている。しかし、こうした考え方に対し、 「生徒を文化・伝統の単なる継承者としてではなく、むしろ新たな文化の創造 者、形成者として位置づけるような歴史教育に転換してゆかなくてはならない。」 6)とする見方もある。. 日本史の文化の取扱いについては、昭和53年度版学習指導要領から「文化の 総合的学習」 「生活文化の重視」が唱えられ、それは平成元年度版においても 受け継がれている。しかし、現行の教科書では、原始文化や古墳文化の内容で、 考古学的史料から当時の衣食住など生活史としての文化史が展開されているが、. 奈良・平安時代以降は、全く文化史が独立している。教育現場の現状は、各時 代の学習で、政治史や経済史を済ませたあとの文化史、というように狭い意味 の文化史としてとらえる傾向が強い。,). 高等学校地理歴史科は、 「文化理解を通して、国際的な資質を育成する」8). 教科としてとらえることができる。国際的資質とは、 「異なった文化をもつ人. 々と相互に理解し協力できる資質」を意味するところがら、地理歴史科の成否 を握るのは、「文化の理解」であることがわかる。つまり、日本史では日本文 化の形成過程の理解が重視されるのである。文化は固定的なものではなく、制 度や意識と同様に構造的なものでゆっくりと変化する。日本の歴史においては、. 原始以来長年の国際的交流の中で文化が形成されてきた。. 従来の文化のとらえかたは、文化をその時代の特徴的な固定的なものに限定 2一.
(5) してしまいがちであった。そこからは文化の連続性や複雑性を読み取ることは できないし、歴史を平板なものとしか取り扱うことができない。したがって、 文化史を中心とする通史学習や総合的学習には限界があるのである。. 本研究では、上記のような現状は、これまで展開されてきた文化史学習の方 法論に問題があるためであるという前提に立ち、その改善をめざして、地理歴 史科日本史における文化史学習の内容構成と方法のあり方について考察する。. そのために、これまでの社会科および地理歴史科日本史における文化史の問題 点を分析し、改善すべき問題点を明らかにする。さらに、文化変容の視点を導 入し、その成果をふまえて、新しい文化史学習の授業モデルを構築する。. 一3一.
(6) 2.研究の方法. (D文化史学習の現状を探るために、先行研究の成果を時代背景を踏まえな. がら整理し、文化史学習の課題を指摘する。現行(平成元年度版学習指 導要領) 「日本史B」の教科書を取り上げ、その記述量と内容を分析す ることによって、文化史学習の課題を指摘する。次に現行学習指導要領. を内容構成の面から分析することによって、文化史学習の課題を指摘す る。さらに、 「文化の総合的学習」の特質と課題を指摘する。 (第1章). (2)(1)で指摘した課題を改善するために、文化人類学の研究方法である「. 文化変容」論を援用する。そこで、まず文化入類学の意義、有効性、研 究方法を探る。ついで、文化変容論の特性を明らかにし、その成果をも とに文化変容の視点を示す。 (第2章) (3)(1)(2)の研究成果に基づいて、文化史学習の授業を構想し、具体的な授. 業計画モデルを提示する。 (第3章). 【 註 】. 1)社会認識教育学会編『地理歴史科教育』学術図書出版社、1996、p.73. 2)熊谷幸次郎『歴史教育への道』法律文化社、1980、pp、94−97.. 3} 『教職研修総合特集 キーワード中教審答申読本』Nαi30. 教育開発研究所、1996. 4)同上.. 5)亀井浩明「文化と伝統を尊重する態度をどう考えるか」奥田二丈監修 『「総合的な学習」の実践「生きる力」100の課題徹底理解』 教育開発研究所、1997、p.27.. 6)原田智仁「高校日本史カリキュラム論」『教育科学 社会科教育』 明治図書、Nα445、1997−9,p.118.. 7)熊谷幸次郎、前掲書、pp.90−93.. 8}原田智仁「高等学校地理歴史科の授業づくりの方法」星村平和編 r社会科授業の理論と展開』現代教育社、1995、p.II2. 一4.
(7) 第1章高等学校「日本史」の文化史学習の現状 第1章では、文化史学習からみた日本史学習の現状と課題について、先行研 究・教科書・現行学習指導要領の分析を通して明らかにするとともに、文化の 総合的学習の意義と課題を明らかにする。. 第1節 文化史学習の先行研究の整理. 本節では、文化史学習に関する先行研究を整理・分析し、その意義と課題を 明らかにする。その際、文化史に関する問題意識が歴史教育を取り巻く状況に 影響されていることを考慮しながら考察する。. 1.時代背景をふまえての先行研究の成果. 文化史学習に関しては、これまでさまざまな方向から論議がされてきた。そ こには、当時の文化史学習を取り巻く時代背景が影響を及ぼしている。高等学 校日本史学習で、特に文化に重点を置くようになったのは、昭和35年10月に発. 表され、昭和38年4月から実施された学習指導要領からであった。特に「日本 の文化の流れを政治(・経済)や社会との関連において考察させることに重点 をおく」ことが打ち出されてきた。以後の改訂でも、この方針は受け継がれて いる。D文化史学習に関する先行研究の主なものを取り上げて整理してみると、 概略以下のようになる。. 時代背景の時期区分については、宮原武夫氏に従った。2)すなわち、①1940 年代後半の歴史学が主導する歴史教育の時期、②1950年代の歴史学と歴史教育 の関係の模索の時期、③1960年代の歴史教育と歴史学の自立と連帯の時期、④ 1970年代の歴史教育者の固有の仕事の時期、の4期である。その時期区分に従っ て先行研究を整理する。. 戦後まもなく、歴史教育運動は歴史学者の主導で進められ、歴史研究者と歴 史教育者との結びつきが弱く、教師の自主性は弱かった。いわゆる初期社会科 の時代で、コア・カリキュラムの申心的役割を社会科が担った。経験主義的な 一5.
(8) 社会科ともいわれる時代である。当然、文化史が独立した形をとってはいない。. 1950年代になると、高等学校学習指導要領が示すようにζ明らかに系統主義的 な内容が導入されてくるようになる。文化史の登場もこの頃である。浜口二二 氏は、文化の捉え方が宗教や文学や芸術のような文化現象だけに限定されてい て、民衆の生活を軽視したものになっていることを指摘している。3)また、石. 田真一氏は、「文化を固定した動かぬもの、単に受取るものとしてみるのでは なく、人間が働きかけて創りだすものだという理解は、文化の理解を見る上で 欠くことのできないものである。一」一⇔之.している。一..浜口氏’頁田二一とも.に文化... 史学習の範囲の限定、民衆からの視点の欠如についての指摘をしている。. 1960年代から70年代にかけては、系統主義的な内容が頂点に達する時期であ る。遠山茂樹氏は、 「歴史教育は文化遺産の現代における文化的価値までも教 えなければならないのではない。」5)としている。つまり、文化史学習の目的. を批判的に指摘している。また、平田嘉三氏は「文化財は、一応その時代の傾 向や特色の枠外には出られないことが多いが、本来、文化財は個性的なもので あるから、その作者との関係(入物の個性、逸話など)においてとらえるのが、. オーソドックスな行き方である。」6)としている。これは、文化史学習の回歴. 史的な見方を示唆している。尾河直太郎氏は、文化史学習の取り扱いについて 次のように批判している。「「文化」を文化だけまとめて扱うというやり方は、. 歴史の本質に背いた「便宜主義」だと思います。」η. 1970年代にはいって、安井俊夫氏を代表とする歴史教育者固有の主張がみら れるようになってくる。安井氏は、 「科学的歴史学にもとづいた教材だからと. いって、それがそのままで、子どもの歴史意識を高める保証になるとは限らな いでしょう。私たちは科学的歴史学と子どもの認識(生活)との接点を求めな くてはならないわけです。その接点とは、「いかにして子どもの歴史認識を高 めうるか」、「子どもの主体的な歴史意識をどう育てるか」にこたえうるもの でなくてはなりません」と述べ、 「歴史の系統性」や「科学の立場」をそのま. ま子どもにぶつけていくのではなく、「科学(教材)を子どもの認識とどうか みあわせていくか」という視点が重要だと指摘するのである。8)和歌森太郎三. は、文化史の課題として、「文化史それぞれの範域に理解を限ってしまい、そ の理解内容が、,その時の、その社会とどうからみつくのか、美術と文学とは、 一6.
(9) あるいは宗教とは、その時の人間の「生」の充実現象として、どういう意味の ものとして、互いに結びつくのか、美術・文学・宗教… の個々はわかった けれども、 「文化」としてどうなのか、それを解き明かさぬままに終わったこ とが多い。」g)と指摘している。. 昭和53年度版の学習指導要領の改訂から、内容の精選、民俗学の導入、生活 文化の重視がいわれるようになってきた。それに関連するかのように歴史学者 の門脇禎二氏からもそれを指示する提言が次のようになされている。 「文化創 造と歴史教育を考えてゆく場合’にも歴史研究にとっても、今後文化の考察の一. つの課題として、生活文化という視角を投げかけてよろしいんではないだろう か、とこう思っておるわけです。」、ωと。 また、門脇氏は文化の変動性につ いても触れている。 「文化の交流ということも、文化の在り方、文化の構造と. いうことをのぞいては考えられないわけです。その際留意しなければならない のは、文化の国際交流というとき、従来常に固有文化と外来文化という発想が あったわけですし、現在もなおあるわけです。」11)柴田三千雄氏は、最近の 文化人類学の影響を受けた文化史は、 「教科書でいう文化よりは広い内容をもっ. ている。」と指摘している。さら一に、「人間の行為にはすべて文化的な意味が. あり、その意味をさぐるのが文化史だとされている。アメリカの文化史家に影. 響力のつよい人類学者C・ギアーツによれば、文化とは事件や制度の原因を説 明する要因ではなく、それらを理解させるコンテクスト(脈絡)なのだと言う。」 12)と述べ、文化人類学的な文化の捉え方を提示してい.る。. 2.先行研究からみた文化史学習の課題. 簡単な先行研究の成果の概観ではあるが、以上の批判・指摘は、文化史学習. の問題点を再認識させるものである。以下3点に文化史学習の課題をまとめる ことにする。. (D 文化の範囲. 文化の範囲のとらえ方は、さまざまな視点によって異なってくる。広義に文 化をとらえた場合、人間の諸活動とその所産をすべて含んだものとなって、歴 一7一.
(10) 史教育として侮をあつかったらよいのかが問題となってくる。狭義に文化をと らえた場合、政治や経済、社会と並立した存在となり、内容的に独立したもの となり、時代背景や社会構造との関連について触れられないことになってしま う。広義に文化をとらえる場合、従来は縦割りの歴史認識になりがちであった が、構造的・全体的な歴史認識への転換が必要である。 (2)文化の構造. 文化の構造に着目すると、表層文化と深層文化に分けられる。前者は、文化 の表層に着目し、個々の傑出したズ物の一創造物や思想、権力者や支配体制がつ一. くりだした文化的なもの、つまりエリート文化と称される、それぞれの時代ご とに変化するものである。後者は、文化の深層に着目し、文化人類学などがと らえるもので、入間の生活様式そのものである。生活様式は、長期にわたって 持続するもので、世代から世代へと受け継がれ、学習によって人間が後天的に 獲得していくものである。現行の学習指導要領でも「生活文化」について言及 はされているが、実質的には表層文化が重視されている。 (3)文化の学習方法. 文化の学習方法としては、文化財的事物の解説・鑑賞の方法と学習指導要領 の内容の取扱いのなかでいわれている「文化の総合的学習」の方法に分けられ る。文化財的事物の解説・鑑賞の方法は、生徒たちの経験とかけはなれたエリ ート文化について、ある特定の見方による鑑賞や解説の方法で展開されるので ある。文化の総合的学習は、学習指導要領解説によると、 「歴史の展開そのも. のを、世界史的な広い視野に立って、文化、政治、経済、社会などを歴史を構 成する要素を総合した幅広い見方で大きく把握させる。」、「諸要素の相互関 連の下にそれぞれの時代像を理解させるとともに、次の時代への変容や発展を 動的にとらえさせるという意味も含まれている。」、 「各時代及び全体の理解. を通じて、我が国の文化がどのような特色をもち、どんな伝統が形成されてき たかについての認識を深めることを重視する必要がある。」B)としている。 これまでの政治史中心の傾向から、文化が主流にすえられた意義は大きい。、、). しかし、文化要素を羅列する学習から脱しきれていないのが現状である。. 一8.
(11) 【註】. 1)佐藤照雄他編『改訂 高等学校学習指導要領の展開』明治図書、 1981、 P.139.. 2)宮原武夫「歴史学と歴史教育」『岩波講座 日本歴史24 別巻1』 岩波書店、1982、pp.181−218.. 詳しくは、1940年代後半を「歴史学が主導する歴史教育」、1950年代を F歴史学と歴■史教育の関.係の模索上一と.嵐尋960年代を「歴史教育と歴史学. の自立と連帯」、1970年代を「歴史教育者の固有の仕事」の時期としてい. る。 3)浜ロ量枝「歴史教育における文化の取り扱いについて」 歴史教育者協議会『歴史地理教育』NO. ll l955−8、pp.52−54.. 4)石田真一「歴史教育と文化」 歴史教育者協議会『歴史地理教育』NO.16王956−2、 pp.2−9.. 5)遠山茂樹「歴史教科書の実践的批判検討のために」 歴史教育者協議会『歴史地理教育』NO.100 1964−9、 pp.28−38.. 6)吉村徳蔵「江戸時代の文化をどう捉えるか」. 歴史教育者協議会『歴史地理教育』Nα1151964−9,pp.49−50. 7)尾河直太郎「「文化史」一わたしのとりくみ」 歴史教育者協議会『歴史地理教育』Nα259 1977−1、pp.82−83. 8)宮原武夫、前掲書、pa 208−209.. 9)和歌森太郎『日本文化史学への提言』弘文堂、1975、pp.7−8. 10)門脇禎二二「日本文化の創造と歴史教育」. 歴史教育者協議会『歴史地理教育』NO.285 1978−11臨時、pp.38−52. ll)同上書、 p.41.. 12)柴田三千雄、歴史教育者協議会『歴史地理教育』Nα535 1995−7、p.55.. 13)文部省『高等学校学習指導要領解説 地理歴史編』実教出版、1995. 14)熊谷幸次郎r歴史教育への道』法律文化社、1980、pp.94−97.. 一9一.
(12) 第2節 日本史教科書の分析. 本節では、文化の総合的学習という方法論的枠組みの中で現行の「日本史」 教科書は、どのように構成されているのかを明らかにする。. 1.分析方法. (D分析視点一一. 分析視点として次の2つを設定した。 1. 1視点1:現状の高等学校日本史教科書において文化史に関する記述量が教l. l 鰭全体に対してどれくらいの牌を占めているか. 「 } }. 履点2・その内容はどのようなものであるか・ l l i. 視点1については,学習内容の分野を大きく4つに分け(政治史・対外交渉 史・社会経済史・文化史)、どれだけの量が記述されているかを算出する。 分析する際の学習分野の詳細な構成は、以下の通りとする。 政治史一政治史一般、法制史、行政制度史、軍制史、戦乱・事変史、. 議会政治史 対外交渉史一対外交渉史一般、日中交渉史、日朝交渉史、. 対欧米交渉史、貿易史、日本史関係の外国人 社会経済史一社会経済史一般、土地制度史、農民史、産業史、. 貨幣・金融史、交通・都市発達史、社会運動史 文化史一文化史一般、宗教史、学問・思想史、教育史、史学史、 芸能史、美術・工芸史. 視点2については、教科書のある箇所を抽出し、その内容について項目別 (人名・事項)に整理してみる。. 一10一.
(13) (2)分析対象. 視点1の対象:平成6年発行(平成5年文部省検定済)の高等学校「日本史 B」の教科書6冊(自由書房、山川出版社、実教出版、第一 学習社、三省堂、.清水書院). 視点2の対象:自由書房『ワイド日本の歴史B』1995年で、天平文化の部分 (pp.32 ∼34). 視点1一の分析結果から.、’原始・一古代に.お一いて記述量が多いことがわかっ一たb. そのうち、原始時代については生活や生業の視点に立った記述がなされていた。. では、古代においてはどのような記述の内容になっているのだろうか。. そこで、対象を天平文化に限定し、文化に関する人名と事項を抽出することに した。. 教科書の記述は、以下の通りである。. 【天平文化】. 遣唐使の派遣と、律令体制による国力の充実で、華麗な文化が展開された。. この時代の文化を天平文化という。それは、盛唐文化の影響をうけた国際色 ゆたかな仏教文化であった。. 仏教は、聖灘らの保護をうけてますます興隆した。当時の仏教は、国 家の平安を祈る鎮護一国家.の宗教としての性格が強かったが、なかには行基の. ように、民衆の教化や社会事業につくす者もあった。造寺・造仏がさかんに おこなわれ、建築は、国力の充実を反映して雄大壮麗なものが多い。. 彫刻は、盛唐の様式をうけて、白鳳期の豊満さをさらに発展させ、乾漆像 や塑像など、他の時代にはみられない技法も発達して、傑作が多くのこされ ている。. 建築では盤去.華堂や唐一高」提圭金堂、彫刻では墓太圭法董堂の諸像など、. 絵画では薬師一象や正一倉院の鳥壬立一女展風などが代表的な遺品であ る。. .正面院一には、光明飯が大仏に献納した聖」無皇の遺愛品を中心に、武器 一11一.
(14) ・文房具・遊戯具・楽器などが大量に伝わっている。これらの工芸品の技法 は、きわめて多様で、材料にはインド・イラン・東南アジア産のものが多く 、その意匠も、イラン・エジプトに源を発するものが少なくない。 その国際性の豊かさは、近代.以降を.別.、とすれば、わが国史上最大のもの:で ある。. こうした国際性をもった文化の繁栄の底にも、強い国家意識が流れていた。 712(和銅5)年に」:査事証L、720(養老4)年には」且杢書紀Lを完成して、. 国家の成立ど発展の歴史を示ぞ「う「ど慌ごどやマ各地の風土τ伝説‘産物な. どを記した_幽を献上するよう諸国に命じたことなどは、そのあらわ. れである。文学では和歌がさかんで、山鰍や山.上憶良・太撫・太儀 家記らの歌人が活躍し、8世紀の末ごろには、」五葉集⊥20巻がまとめられ た。この歌集には、名のある歌人の歌から地方農民の束歌や防.ム歌まで、約. 4500首がおさめられており、質量ともに世界的な大歌集である。一方、漢詩. では淡海三船・磁置らが代表的な詩人で,漢詩集_墜しが編集され た。. (一は事項, は人名を示す). 2.分析結果と考察. q)視点1に基づく分析結果と考察 ①分析結果. 表1−1は、教科書ごとに、章ごとの4つの学習内容分野別の記述量を示し たものである。数字は乱数を数え、四捨五入したページ数を表している。合計 のところで、4つの学習内容分野別の合計と全体に対する百分率を示している。 ここから4つの学習内容分野ごとの全体での記述量:の割合が判断できる。. 表H−2は、表1−1のデータをもとにして、6時代区分内で4つの学習内 容分野の割合がどうなっているかを百分率で示したものである。ここからは時 代区分ごとに4つの学習内容別の記述量の割合が判断できる。. 一12一.
(15) 【表1−1】部門史別記述量の比較 (a)実教出版 1. 1. 時代i原始i古. 1判甲. ド. 1 ,. ロな あ. 1. 甑章. もピヨコ む 胞道一坦一II姓 ド ヘビ ユエム ロ. 一代睨代. i. ・日311516. 掴. 9口o. 1い2113. 計(%). l l ; 政治. 0}3i11∵哨H}’Oi11}231715即7 ∵∵■マ3∴ [ l l ∵1∵3∵2∵9、1、lil ll. 対外∵2. 59(17.3). 11. P. 1一「 1 1 1 i , 1. 社細3i5. 1 1;l ll田:516{815116141911 ト i … l i l. 文化14{6ほi. (b)第一学習社. l l. 引6 @{. @3142団. 171合計(%). @1 }8}97133.2). 1918㌦17 1 22{. 政治. 1. @1 ∼. 対外. 1. 0. 社経. 5. 1. 4. 10. 20. 1. U 53α8.2). 13 8. 6. 1. 10 54(18.5). @「 1 88(30.1). 文化. 7. 27. P6. 73(2L4). ∴1り’ 」. 」 o ヨ 1. 85(24.9). l l. 分 章. 1 [ 1 E7,3. p31・…5}5レ114回8! 1 1 1 [ 1. − ll. 1. 124〈36.4). 19 p22. 8. 4. 1. 一13一.
(16) (c)自由書房. 時代i原.. 現代1 古 代【中 世 .ピー一‘... 1. 野 章. 一5. Q131. 酬1・lg. 近 世. 近 代. X 10. 一 一 一 一. U. V. W. 4. 6. 5. 4. 1. P1 合計(%). 18}7 61・ }. 69. 68131.6>. 12ほ∴14 11}. 対外. 1. 社経. 2. ・1・闘51 1 1 1. 1文化15. 12. 15. 6回7. 6. 53(24,7). 9. 43(20.0). 2. 51(23.7). 6i. 4臨}4146 }11 i. @1. V. 1. 51. P. (d)山川出版社. 二才論 世. 近代i現代. 代{中1. 章『. ユ21314 口. 近 世. 5. 6. 7. 8. 9. 10. 11. 合計(%). 10. 125(35.7). 政治. 3. 16. 13. 12. 14. 13. 4. 1D. 対外. 2. 2. 1. 1. 3. 10. 0. 3. 13. 20. 8. 63(1&0). 社経. 6. 2. 2. 6. 8. 2. 7. 1. 17. 11. 12. 74(21.ll. 文化. 11. 12. 9. 7 9. 6. 7. 11. 13. 3. 0. 88(25.1). 一14一. 23 7.
(17) (e)三省堂. 紳代画綱合計(%) 廠溜i』1};∴7.∵iiπし一漉gl;). 目} }排__ 酬51・・11回31}13}821m. }文化18}1514}14120}5}82(2&3■ , l l I l I I F I. (f)清水書院. 1嘆聯代中世騨酬合計(%) 政治i2}2226∵28∵111、320) 凡 ll I ロ l l l. 対外}3}8}11}12}35}1・}79蜘. . 1 甜㈹「^1.・^^ _ 1で. 脱{δ1㌔乙z. ^一 .噸 ^.,^虚^、 δ4α4.∠ノ 〃 11. @ l l. 1 2. 文化{10{19112’18 1 1 1. 12. 73(2LO). 一15一.
(18) 【表1−2】時代区分別記述量の比較 (a)実教出版 古代鼠l l l i }. 近世1近代厩 }‘1一一一一眉 肖一一1一 げ. 一 幽 i. 1 { 〔 47. 政治10 ^38 対外 7.. ミ帥7 1 1. 一一.. X. 21. 2㍉34 58 曾一. 19. 7−7 . 3 G一. 281・7 1 1. 一1◎一. 21. {2∵712エ. {文化14. 謔Q. ド6. (b)第一学習社. 擁代副認嗣副近代魔 , { l l. 政治. P44 1@ 35 7・. {71 対外. 31. 32. 32. 0. 7. 17. 36 24. 社経. 36. 2. 24. ユ4. 19 40. 文化. 50. 54. 35. 38. 13. 一16一. 4.
(19) (c)自由書房. 翻原始1古代1中世姻近…代. Xi1癖・i31い2123. 一㎞. く ロ. 対外. ヨら ヨら. .一1一一一_.一..一.._. === ク==r「. 社経12219}24. 22h7. }; }. }35 i. 1. 価一山一川出.版.〒社一. 分騨愚問帖副副現代 ! l l } l l. l l { 1 { 1 政治. P1415114∵6128133. ミ . 対州引 5. 丁∵1∵「1. 1 i 社経. 27 7. 文化 50 37. 40. 23. 27 32. 27. 15. 一17一. 0.
(20) (e)三省堂. 分野時代留認嗣副副現代 l l { l l. 剣・!三一r P33121 4・. ミ. 対外!26i、。{17 I一一■一一■一. _.一. 社経{321ユ42・. 22!32 !.. 17 3 1. 司2714・. [ 1. 1 〔. 文化 142129 12ユ 1. 「 1 1 「. 26 20. エ2. <汁清水書院一 ∼近代 [現代. 、、%}4、}37 「. 36 27. 政治. 23. 34 33. 対外. 17. 15. 15. 16. 社経. 17. 8. 31. 23 27. 文化. 55. 36. 17. 25. 12. 一18一. 37 7.
(21) ②分析結果の考察 (a)学習内容別の記述量を見ると、文化史は政治史についで量:が多い。. 平成6年度から、 「文化の総合的学習」が高等学校学習指導要領に強調され てばい.るが_日本史の内容構一成が通史釣方法を採用.して!い.る限り.においては、. 事件や傑出した文化を扱う政治史、文化史の分野が記述量で他を上回ることは やむをえないことになる。. (b)時代別の記述量を見ると、原始・古代が多く、近代・現代になると少なく なっている。. 特に原始においては、文献史料の欠如から考古学的アプローチ、文化入類学 的アプローチがなされる結果、一般の入びとの生活文化が政治・社会の発展を 包含した形で描かれる。しかし、古代以降は文献史料の登場によって、権力者 ・傑出した入物の文化のみが描かれる。. ②視点2に基づく分析結果と考察 ①分析結果 【入名】. 行基、聖武天皇、光明皇后、山部赤人、山上億良、大伴旅人、大伴家持、 淡海三船、石上宅嗣 (9人) 【:事項】. 鎮護国家、乾漆像、塑像、東大寺法華堂、唐招提寺金堂、薬師寺吉祥天像 正倉院鳥毛立女屏風、 正倉院、 「古事記」、 「日本書紀」、 「風土記」、「万葉集」、東歌、 防人歌、 「懐風藻」 (15個). ②分析結果の考察 (a)用語羅列型の内容. 短い記述の中に傑出した人物や作品、権力者のための建築・彫刻などが補足 説明もないままに羅列されている。なぜその作品が成立したのか、その建築物 の特色は何なのかがわかりにくい内容である。文化を成立させる時代背景がご く簡単なもので、文化の実態を理解することを困難にしている。. 一19一.
(22) ω権力や傑出した人物のエリート文化の内容 事項にあげられている15個のものは、ほとんどエリート文化に属するもので ある。エリート文化は、当時の人びとの表層部分を形成しているもので、文化 開の全体を表しているもので弦な鎗⊥」そ麺辺にL.そ塑瞳代を.代表す登文化ζ.. して取り扱うことによって、偏った文化理解がなされることになってしまう。. 3.考察からみた課題. 教科書の文化史の記述:量と特色から考察した結果、①内容過多による用語の. 羅列的傾向、②エリート文化重視による生活文化の不十分な取扱い、③特定の 時代に偏った内容の配置、とまとめることができる。 ①のような傾向では、学習自体が記憶本位に終始する傾向を生みかねない。. 本来、歴史の構造的内容を分析・解釈する学習が文化史では展開されるべきで あるの.に一も「がかわ「ら.ず、そ.う’なうてし》な可当_、、 ・心、 を一育でる靭ア. になっていない。. ②のような傾向では、生徒’の経験とは遊離した文化を学習することになり、 文化の創造者の育成を目指す歴史教育にならない。. ③のような傾向は、文献史料に依拠する歴史学の学問的性格といえる。日本 史全体を歴史学のみで内容構成することができれば、それでよいが、文献史料 が欠如している時代や文献史料だけではある特定の階層のみに偏る時代がある。 その場合、社会諸科学を援用して内容構成を図るべきではなかろうか。例えば、. 原始時代でいえば、遺物から歴史を構成する考古学が援用できるであろうし、 文化そのものを科学的にとらえる文化人類学も援用できるのではなかろうか。. 一20一.
(23) 第3節現行学習指導要領の分析 本節では、現行学習指導要領の内容構成の特徴を分析し、考察する。. 1.分析視点. 学習指導要領の内容を構成するものは、目標、内容、内容の取扱いである。 これから分析する『平成元年度版高等学校学習指導要領地理歴史編』の「日本. 史B」は、社会科が解体されて地理歴史科となってからの日本史であり、教科 の目標や内容も、従来の社会科とは異なっている。 『昭和53年度版高等学校学 習指導要領社会科編』の目標は、 「広い視野に立って、社会と入間についての. 理解と認識を深め、民主的、平和的な国家・社会の有為な形成者として必要な 公民的資質を養う。」である。地理歴史科の目標は、 「我が国及び世界の形成 の歴史的過一三と.生活一・『文化の地域的特色.琵つザでの理解と認識を深め、一国際社. 会に主体的に生きる民主的、平和的な国家・社会の一員として必要な自覚と資 質を養う。」である。両者の比較から、従来の社会科は「社会認識を通して公 民的資質を育成する」教科であり、それに対して、地理歴史科は「文化理解を 通して、国際的資質を育成する」教科といえる。D 目標において、これだけの相違をみるわけであるから、内容についても特徴. がみられる。そこで、内容構成の特徴を分析するための視点として、以下3点 をあげる。. 視点1:歴史構成は、どのような構成となっているか。 (通史的構成・主題史的構成). 視点2:日本史と世界史の関連をどのようにとらえているか。 (世界史的視野). 視点3:文化の総合的学習とはどのようなものか。. 視点1は、歴史を構成する場合、通史的構成か、主題史的構成である。この 点を考察する視点である。視点2は、歴史観の立場といえるもので、どのよう 一21一.
(24) な世界史的視野なのかを考察する視点である。視点3は、主に文化の総合的学 習とは、どういう視点なのかを考察する視点である。. 2.一分析結果一、. ①視点1に基づく分析結果 平成元年度版学習指導要領に基づく日本史Bの内容構成についてみていく。 内容については、以下の通りである。. 【表1−3】平成元年二三. 学習指導要領高等学校地理歴史科編「日本史B」. の内容構成. }. (D 日本文化の黎明 ”アー日.本死島.に鷲げるフて類文イヒ.の「発笙.一. イ農耕の開始と社会生活の変化 (2)古代国家.と古代文化の形成. ア国家の形成と大陸文化の摂取 イ律令体制の推移と古代文化の形成 ウ文化の国風化と地方の動向 (3)中世社会の成立と文化の展開. ア武家政権の成立と文化の新気運 イ武家政権の展開と国際関係 ウ社会・経済の変容と庶民文化の萌芽 14)幕藩体制の推移と文化の動向 アヨーロッパ文化との接触と織豊政権 イ幕藩体制の形成と鎖国 ウ産業経済の発展と都市や農村の文化 1 工国際環境の変化と幕藩体制の動揺. ㈲近代日本の形成とアジア ア欧米文化の導入と明治維新 22一.
(25) 1 イ立憲体制の成立と政治思想 レ ウ国際関係の推移と近代産業の発展. t 工近代文化の発展と都市や農村の生活 十一㈲一両世界宍戦と日本. 1二二世界大戦と躰の繍 1 イ政党政治の発展と大衆文化の形成 } ウ第二次世界大戦と日本 1. {17槻弓の世界と躰 { ア戦後の諸改革と国民生活の変化 イ国際社会の動向と経済の発展. } 三代の世界と躰 1 (8)地域社会のの歴史と文化. 日本史Bの科目の内容は、上記のとおり8つの大項目からなっている。縄文 ・弥生から時間の順に、日本の歴史の全時代を通観し、政治・経済・社会・外 交・文化について、総合的に取り扱ったものとなっている。明らかに通史的構 成となっている。. ②視点2に基づく分析結果 「世界史的視野に立って我が国の歴史的位置を考察する」ということがよく いわれるが、それでは世界史的視野とは、何だろうか。次の3点が考えられる。 第一に、自国史(日本史)の中に現われた世界に着目するものである。第二に、. 他国史(世界史)の中に現われたB本に着目するものである。最後に、日本と 世界(諸外国)との接触・交流に着目するものである。2) 現行の内容構成からは、 「自国史の中に現われた世界に着目する」視点が読. みとれる。さらに、内容の取扱いの(Dウには、「文化に関する指導に当たって は、各時代の文化とそれを生み出した時代的背景との関連、外来の文化などと の接触や交流による文化の変容や発展の過程などに着目させ、我が国の文化と 伝統の特色とそれを形成した様々な要因を総合的に考察させるようにすること。」. 3)とある。ここからは、 「日本と世界との接触・交流に着目する」視点が読み とれる。. 一23一.
(26) (3)視点3に基づく分析結果. 現行学習指導要領の日本史Bの目標に、 「我が国の歴史の展開を・世界史的. 視野に立って総合的に理解させ、我が国の文化と伝統の特色についての認識を 一深め.さ・泌ことに.よっ訟..歴.史的思考力灘玉_国民どし工.の畠覚と.国際社.会. に生きる日本人としての資質を養う。」とある。また、内容構成でも、 「(2). 古代国家と古代文化の形成 ア国家の形成と大陸文化の摂取 イ律令体制の推 移と古代文化の形成 ウ文化の国風化と地方の動向」とあるように、我が国の 歴史の展開を文化の総合的学習によって学習させる内容となっている。では、. 文化の総合的学習とは、何なのだろうか。学習指導要領解説には、次のように 述べられている。. まず第一に「歴史の展開そのものを、世界史的な広い視野に立って、文化、. 政治、経済、社会などを歴史を構成する要素を総合した幅広い見方で大きく把 握させる。」とある。第二には「諸要素の相互関連の下にそれぞれの時代像を 理解ざぜる『と.ど一もτご▽.次の時代:ぺの変.容や発展.を動的にとbえさせるという意. 味も含まれている。」とある。第三には「各時代及び全体の理解を通じて、我 が国の文化がどのような特色をもち、どんな伝統が形成されてきたかについて の認識を深めることを重視する必要がある。」としている。つまり、文化の総 合学習の視点としては、①文化の総合性の視点、②文化の連続性の視点、③文 化の全体性の視点が考えられる。4). 3.分析結果からの考察. 以上、分析結果の考察から学習指導要領の内容構成の特徴は、次の3点にま とめることができる。①日本の歴史的展開を過去から現在へという時代の移り 変わりとしてとらえ、内容を設定する通史的構成となっている。②国際理解、 異文化理解が叫ばれる世情を反映した形で、世界史的立場が強調されている。 その立場の視点は、 「自国史の中に現われた世界に着目する」視点、 「日本と. 世界との接触・交流に着目する」視点である。③系統学習の行き過ぎの緩和と して、前回(昭和53年度版)より文化の総合的学習が強調され、今回(平成元 年度版)においてもそれがなお強調される形となっている。具体的な視点とし 一24一.
(27) て、文化の総合性の視点、文化の連続性の視点、文化の全体性の視点が盛り込 まれている。. これらのことから考えられる課題は、. 1①騨撒だけでは、一定の観点から歴史をみることになり、目標に述1 1 {. 1 べられているさまざまな歴史的分析・解釈を行う歴史的思考力を培うこl i }. i とができなくなる。つまり、一定の価値形成を行なうことになってしま}. l l. }②鹸欝灘讐曇勝ゑξ中嚇れた躰に着目す1 1 1. 1る視点が欠落している.つまり泊国史と他国史を区別した上で相互にl l l. l 関連づけようとするのではなく、世界史の大きな動きの中で自国史そのl. l l. ;ものの髄し姻ることである.、, } 1③文化の総合的学習では、部門としての文化をみることになる.つまりq ミ. 「『政治更一を中心とする傾面が一ら文化史が主流の位置範なったが、文化要素耳. ; 1. 1 の羅列に終わる部門史的傾向に陥りやすいのである。文化史を中心とし1 { l. l た学習から、広義の文化史の学習への転換が必要である。 1. } 1 〔 1. 【註】. 1)星村平和編『社会科授業の理論と展開』現代教育社、1995、p.I12.. 2)星村平和・原田智仁編『歴史授業のワールド化』明治図書、1996、p.15. 3)文部省『高等学校学習指導要領』大蔵省印刷局、1989、p.34.. 4)文部省『高等学校学習指導要領解説 地理歴史編』実教出版、1989、 P.123.. 5)星村平和・原田智仁編、前掲書、n15.. 一25一.
(28) 第4節 文化の総合的学習の考察 本節では現行の日本史Bにおける「文化の総合的学習」を批判的に考察し、 日本史学習の課題を明らかにする。. 1.文化の総合的学習の特質. 現行の高等学校学習指導要領「日本史B」の目標には、 「我が国の歴史の展 開を、世界史的視野に立って総合的に理解させ、我が国の文化と伝統の特色に ついての認識を深めさせることによって、歴史的思考力を培い、国民としての 自覚と国際社会に生きる日本人としての資質を養う。」とある。つまり、文化 の総合的学習に力点が置かれていることがわかる。. 小・中・高の一貫性の観点から、それぞれの発達段階に応じた歴史学習が強 一調されでいるげ1」、学榔こおげる.大物学習v申学校分通史学習に寵し.でマ高等.学一. 校では文化の総合的学習が強調されるようになってきた。 そこで文化の総合的学習の中で、 「文化はどうとらえられているのか」 「文. 化の総合的学習の原理は何か」を学習指導要領の分析によって明らかにしてい く。. (D文化の位置付け. 学習指導要領の内容の取扱い(1)のウのところに、次のように述べられてい る。. 文化に関する指導に当たっては、各時代の文化とそれを生み出した時代的 背景との関連、外来の文化などとの接触や交流による文化の変容や発展の過 程などに着目させ、我が国の文化と伝統の特色とそれを形成した様々な要因 を総合的に考察させるようにすること。また、生活文化については、時代の 特色や地域社会の有様などと関連付けるとともに、民俗学などの成果に基づ きその具体的な三二を把握させること。. つまり、文化の総合的学習は、従来の政治史を中心とする部門史的学習に代 一26一.
(29) えて、文化吏を中心に、人間生活の全体との関わりにおいて歴史を理解させよ うとするものである。つまり、文化そのものは狭義に扱い、狭義の文化を中軸 にして広義の文化をとらえ、文化の対象を広げることをねらいとしている。し た.がユて.L文化の.位置付壷土と一して.蝕⊥一政治」_経渣.竺塑晶晶と並ぶ狭義の文{ヒ.史. でとらえて、相互に関連付けようとしているのである。. それでは、歴史教育が依拠する歴史学では文化についてどのような見方がな されているのだろうか。近年の歴史学は、人類学や社会学など、周辺諸学問の 影響を受けている。特に人類学では、文化の対象が生活様式を指し、 「日本の. 文化を日本の全地域、全階層の文化の総合としてとらえなおす。」Dことにな る。生活文化については、民俗学などの成果に基づいてのとらえ方が示されて いる。しかし、伝統文化、}については従来の歴史学に依拠するならば、歴史学. が依然として支醒階級の歴史に主点をおいていることを考えると、文化の位置 付けとしては狭義の文化史とならざるをえない状況になる。 (2)学習の特色. 高等学校の学習指導要領に、文化の総合的学習が導入されてくるのは、昭和 53年度版からで、それまでの日本史学習の問題点を改善する一手段として取り 入れられた。従来の日本史学習においては、系統主義的な政治史を中心とする 部門史による学習であった。よって、ある意味においては、従来の日本史学習 でも総合的な取扱いがなされてきたのである。その場合、部門史の寄せ集め的 な傾向が強かった。それゆえ、 「年代史な学習においては、歴史の連続的取扱. いと総合的取扱いとが同時に要請されるので、勢い事実中心、網羅主義の学習 とならざるをえない」3)傾向を生み出すことになるのである。また、従来の日 本史学習の内容は、主として、 「文献史学」の成果と「考古学」の成果によっ て構成されていた。、)このことは、日本史教育が歴史学の成果に制約されるこ とを意味している。 「社会科学としての歴史学は、史的事実の上に立って、歴. 史像を構築するための論理を展開する学問である。」5)日本史教育が個別事象 の把握にとどまり、社会科学的な思考方法や歴史学的発想法を育成することを 怠っているならば、歴史学の論理をも無視していることになる。. 高等学校の日本史学習の特色を文化の総合的学習ととらえるならば、現行の 高等学校学習指導要領の目標の解説は、文化の総合的学習について述べている 一27一.
(30) ことになる。まず第一に「歴史の展開そのものを、世界史的な広い視野に立っ て、文化、政治、経済、社会などを歴史を構成する要素を総合した幅広い見方 で大きく把握させる。」とある。第二には「諸要素の相互関連の下にそれぞれ の二代像を一理解一豊せるとともに、次の時代への変容や発展を動的にとらえさせ. るという意味も含まれている。」とある。第三には「各時代及び全体の理解を 通じて、我が国の文化がどのような特色をもち、どんな伝統が形成されてきた かについての認識を深めることを重視する必要がある。」としている。つまり、 文化の総合的学習の特質は、①国際化の観点に立っての歴史理解、つ.まり、日. 本史という枠組みにとらわれることなく、文化史の視点に立って、世界史レベ ルから我が国の歴史を考察してみるということである、②文化事象を動態的に とらえることによって、文化そのものの考察と文化を中軸にしながら、時代像 や歴史の流れそのもののを深くとらえさせる、③文化の構造面をとらえ、その 接点において、その時代の社会との関連をとらえる、ことになる。. 2.文化の総合的学習の問題点と文化史学習の課題. 文化の総合的学習の特質について、以上のように考察してきた。その中で明 らかになった文化の総合的学習の問題点について整理していく。. 文化の総合的学習の特質を現行日本史の内容構成と学習原理から整理してい くと、文化の位置付けに関しては、文化が中核に据えられてはいるものの、政 治史・経済史・外交史などと並ぶ狭義の文化史ととらえた上で、総合的に関連 しようとしている。. 次に、現行の日本史教科書の内容構成は通史的構成になっており、歴史の変 化・発展といった歴史の流れを中心に扱うために、文化の内容が網羅的になり やすく、結局は各時代の文化を総合的に考察させることになる。. さらに、現行の日本史が目指すものは我が国の文化と伝統の特色についての 認識である。日本史が採用している時代区分にも影響しているかもしれないが、. 政権の所在地を中心とする内容構成になっている。そこで展開される内容は、. 支配階級の権力抗争が中心となり、多様な階層、さまざまな地域の視点に立っ た内容とはなっていない。そして、生活文化や地域の文化は含まれないのであ 一28一.
(31) る。. つまり、高等学校の日本史学習の特色は、 「文化の総合的学習」にあるとい われるが、以上のような問題点が指摘できるのである。. では、こうした文化の総合的学習の問題点をふまえた上での文化史学習の課 題は何か。以下、3点にまとめる。. 第一に、狭義の文化史から広義の文化史の学習への転換である。文化の総合 的学習で文化が中核に置かれても、政治史・経済史などと並立する文化史は、. 権力者を対象とする政治史に対応するものとなるために、どうしても民衆の姿 が欠如したものになってしまう。広義の文化史とすることで、従来途切れがち にされていた政治と文化、権力者と民衆など歴史の全体的なとらえかたができ るようになる。. 第二に、静態的な文化史の学習から動態的な文化史の学習への転換である。 文化の総合的学習は、通史的学習を前提として、各時代の文化を総合的に学習 させよう一と一するものな一ので、一文化要素Q変容を各時代に限って考察する剛ことに_. なる。そこで扱われる文化は、表層的なものとなり、学習内容は事項羅列的な ものとなってしまう。文化そのものを動態的にとらえることで、時代の枠を越 えた、文化の領域に固執しないダイナミックな文化の変容をみることができる。. 第三に、自国史中心の視野から世界史的視野への転換である。国際化の視点 に立っての歴史理解がいわれているが、世界史レベルの視野で日本史をとらえ 直すには、それぞれの時代の世界システム(地域世界システム)の中で、日本 の歴史や文化を考察することが必要になる。日本史においては、前近代は中国 を中心とする「東アジア世界」の中で、近代以降は西欧市民社会、産業社会の 影響を受けた「近代世界」の中の文化を取り扱わなければならない。しかし、 文化の総合的学習では文化を中心とはしているが、文化の要素の羅列に止まり、. 文化的交流における文化と文化の接触がさまざまな側面に波及的な影響を及ぼ したことを考察する段階にまではいたつていない。当時の日本は、日本独自の 展開というよりは、 「東アジア世界」 「近代世界」という大きな枠組みの中で とらえた方が理解しやすい。. 一29一.
(32) 【 註 】. 1). 佐藤照雄『歴史学習指導の視点と方法』東京法令出版、1980、p.129.. 2). 原田智仁氏は、 「高校日本史カリキュラム論」 『教育科学 社会科教育 NO.445』の中で、 「伝統については、学習指導要領や解説書のどこにも■. 明確な説明が見られないのである。このことは何を意味するのであろう か。なかなか定義が難しいということもあろうが、あえて定義しないと いう点にこそ意味があるのではないか。つまり明確に定義すれば、その 是非に関して議論が沸騰する恐れもあるし、定義された内容さえ理解さ せればよいということにもなる。だが、日本の歴史を総台的に学習して 初めて実感的にわかるものが伝統だとすれば、内容の吟味を不問に付し たまま、国民的自覚を酒養することが可能になるからである。」として いる。ここでは、伝統文化は、一般的に古くから引き継がれて守られて き元文二一として.とらえる.ζ≧と.にする全 3). 星村平和『新しい歴史学習の構想』東京法令出版、1980、p.52.. 4). 佐藤照雄編『日本史の授業展開』新高校社会科双書、1981、pp.15−19.. 5). 歓喜隆司『教育大学教科教育講座6 社会科教育の理論と展開』 第一法規、1980、pp.265−268。. 一30一.
(33) 第2章 文化史学習に取り入れる文化変容の視点. 第1章では、高等学校の「日本史」教育の現状についての課題を指摘した。 本章では、その課題を克服するために、文化入門学の文化変容論を援用する手 だてを示し、内容構成・授業構成のための文化変容の視点を示す。. 第1節 文化人類学の活用の意義. 本節では、歴史学、歴史教育双方からの文化人類学を活用する意義を指摘し、. 文化人類学の有効性と具体的な研究方法を明らかにする。. 1.歴史学と歴史教育からの考察. 文化人類学の意義について、歴史学と歴史教育の双方の立場から考察する。 歴史学については、横田健一氏の論にしたがいながら整理してみる。横田氏は、. 文化人類学の定義を次のように述べている。「現在学的性格が強く、あくまで も現在の民族文化の直接的観察と記述を行い、その成果を他のそれと比較して 分析をする科学である。」それに対し、歴史学は、 「現在も扱わないでもない が、現在の状況成立をもたらした過去に遡り、過去の歴史事象の意味を探り、. これに意味を附与し、その意味の構造的連関を追究し、歴史的再構成を行うこ. とを目的とする。」Dとしている。両者の性格を比較して、文化人類学は、 「現在的、共時的」な性格で、歴史学は、「過去的、通時的」2)と性格づけて. いる。また、取り扱う資料の差異に関して、「文化人類学が、文字の記録より も、口頭伝承、無形文化財や社会構造を主資料とするのに対し、歴史学は文献 を最も主要な研究資料とする。」3)と論を展開している。. 次に、横田氏は、文化史研究と文化人類学についての考察から、歴史学にお ける文化史研究の限界について、次のように指摘している。 「貴族や有識階級. の日記・記録においても、非常に特異な重大事やすぐれた文化に関する記録は 残しているが、日常の食物や、ふだん着の衣服に関する記録のごときは、ほと んどしるさないのである。記録、文献を中心にする史学の対象が政治史・軍事 一31一.
(34) 史中心となり、文化史がはじまっても、すぐれた上層文化を中心に記述し、研 究してきたのも、残存史料の性格によるところは少なくなかったのである。歴 史学が急激な変革:、突発した大事件を中心に扱うのも、学問自体の性格に基づ くと同時に、史料の性格による。」、). 文化人類学が研究対象とするのは、日常の生活文化や慣習などの生活様式で ある。現在の諸民族のそれらについては、現地におけるフィールドワークによっ. て研究をすすめることができるが、「過去のそれについてはどうして知り得る か。」、)という問題意識を提起している。その方法として、現在の社会に残る. 風習や文化遺物から復原・類推することをあげる。また、歴史学との提携とし て、外国入による視点の活用をあげている。 「要するに外人には、日本人自身. に盲点となり、死角となって見えない普通のことが、非常に珍しく、特異なも のとして、眼に映ずるので、記述しているのである。」6). 文化入際学の研究対象とする異種の文化の比較(比較文化史)が、歴史学で も盛んになってきている。歴史学と文化人類学とは、基本的には学問の方向性 については異なるかもしれないが、先にあげた比較文化史的な学問的経験と成 果は双方の学問領域に貢献することになるとしている。. 一方、歴史教育の観点から星村平和氏は、歴史学や歴史学習の手詰まり状況 を打開する一つの方策として、文化人類学の方法やその成果に学ぶべきだとす る。それでは、文化人類学の導入によって、歴史学習の何が変わるのか。まず 文化入類学は、研究手法において、共時的であり、対象は諸地域の文化や生活 を探る。その研究成果から学べることは、異文化理解への探求のしかたである。. 星村氏は、 「狭い政治史的な枠でしか歴史学習に取り組まなかった我々に、新. しい視野を提供してくれるのである。」ηとする。そして、文化人類学に学ぶ ということは、 「単に異質文化を理解する手立てをそこに求めるだけでなく、. 今日の世界や文化を見るとらえ方の枠組みの修正にまで及ぶものでなければな らない。」8)としている。つまり、「著しく異なる社会にわけいることによっ. て、その社会に通用している概念を手がかりに、逆に”われわれ”の基本概念 を再検討する」g)必要性があることを指摘するのである。. 一32一.
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の原文は“ Intellectual and religious ”となっており、キリスト教に基づく 高邁な全人教育の理想が読みとれます。.
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