福井 彩恵子 論文内容の要旨
主 論 文
The Contribution of Serum Complement Component 3 Levels to 90-Day Mortality in Living Donor Liver Transplantation
生体肝移植患者において血清補体第3成分の値が90日死亡率に与える影響の検討
福井 彩恵子,日髙 匡章,福井 翔一,森本 心平,原 貴信,曽山 明彦,
足立 智彦,松島 肇,田中 貴之,渕上 麻衣,長谷川 寛雄,
栁原 克紀,江口 晋
(Frontiers in Immunology・12巻652677号 2021年)
〔ページ数:14〕doi: 10.3389/fimmu.2021.652677
長崎大学大学院医歯薬学総合研究科医療科学専攻
(主任指導教員:江口 晋 教授)
緒 言
補体系は自然免疫系の重要な生体防御因子の一つであり多彩な役割を持つ.3つの経 路を介した補体カスケードの活性化により,単核食細胞による病原体の効果的な除去 や,膜侵襲複合体を介しての抗原の破壊を行う.腎移植をはじめとした臓器移植領域 では,補体系の拒絶反応への関与などの臨床的重要性が報告されている.また近年で は,細胞性免疫を標的とする従来の免疫抑制療法に加えて,補体系を標的とした新し い治療戦略も期待されている.そのため臓器移植における補体系の動態や役割を明ら かにする必要性は高まっている.しかし肝移植においては,補体系は日常臨床で測定・
評価されることは少なく,補体系の肝移植への関与の詳細は未だ明らかではない.本 研究は,成人生体肝移植術における補体系の臨床的意義の解明を目的とし,血清補体 値の経時的変化,他の免疫学的マーカーとの相関関係,感染症の合併や生命予後との 関係を評価した.
対象と方法
2013 年1 月から2018年2 月まで長崎大学病院で生体肝移植 (LDLT) を受けた 82人 の成人患者を対象とし,診療録を用いて後方視的に検討した.患者背景および臨床的 特徴,関連する検査データを収集した.免疫学的検査として術前および LDLT後1,
2,4 週で,血清 C3,C4,免疫グロブリン G (IgG),末梢血白血球分画 (CD3,CD4, CD8,CD16,CD19,CD20,CD22,CD56) を測定した.転帰に関して,抗生物質治療 を要する感染症(以後,「感染症」),サイトメガロウイルス (CMV) 感染症,菌血症,
および死亡の情報を収集した.カテゴリ変数にはFisherの正確確率検定,連続変数に
はWilcoxonの順位和検定およびWilcoxonの符号順位検定を用いて変数間の関連を評
価した.相関関係にはSpearmanの順位相関係数を用いた.CMV感染症の累積発生率
と生存率をKaplan-Meier曲線を用いて描出し,log-rank法で検定した.免疫学的マー カーに基づく患者特性の多変量解析としてk-means法によるクラスター分析と主成分 分析を用いた.
結 果
LDLT後90日以内の死亡は9名 (11%) であった(非生存者).C3とC4はLDLT後 1週で術前と比較して変化しないが,その後経時的に上昇した.術前のC3はMELD スコア (ρ = -0.40, p = 0.0008),Child-Pughスコア (ρ = -0.46, p < 0.0001) と負の相関を 示した.非生存者は,生存者より術後2週のC3が低かった(56 [49-70] mg/dL vs. 88 [71-116] mg/dL, p = 0.0059).術後2週のC3のカットオフ値を71 mg/dLとすると感度
87.5%,特異度75.0%,AUC 0.80で非生存者を識別することができた.カットオフ
値に基づいて患者を2群に分けLDLT後90日の生存率を比較すると,C3 ≤ 71 mg/dL の群は生存率が低かった (p = 0.0003).術後1週と2週のC3の比をとり「C3比」と 定義し,C3比のカットオフ値を1.09とすると90日死亡の識別能が向上した(感度 87.5%,特異度83.6%,AUC 0.91).C3比のカットオフ値に基づいた2群において,
C3比と90日死亡率の両方に影響を与える臨床的背景に対し,傾向スコアを算出す ることで調整を行った.C3比 ≤ 1.09は生存率が低く (p < 0.0001),90日死亡率に対 するオッズ比は13.07754だった(95%信頼区間:1.38513〜123.47035,p =
0.02793).クラスター分析では,術後2週の低補体はCD8,CD16,CD56陽性白血
球高値と関連付けられた.全ての非生存者は,術後2週の時点でこの群に含まれて いた.
考 察
主な低補体血症の原因として全身性エリテマトーデスや血管炎などの免疫複合体形 成に関連する疾患のほか,肝移植合併症としても報告されている血栓性微小血管症
(TMA),アテローム塞栓症,およびクリオグロブリン血症がある.本研究は後方視 研究であり剖検例も限られ,臨床情報のみから低補体血症の原因を特定することは困 難だった.C3の半減期は64〜81時間であるとされることから,LDLT後1週のC3値 はドナー肝臓の合成能を反映している可能性がある.このため,本研究で LDLT後2 週と1週のC3から算出した「C3比」は,グラフト肝の基礎的な蛋白合成能と,術後 のレシピエントにおけるグラフト肝の蛋白合成能の正常化プロセスをともに反映す るため非生存者の識別能が高いのではないかと考えられた.一方で,患者背景を調整 した解析結果からは,独立した低補体血症を引き起こす病態の存在も示唆された.
LDLT 後の C3 値のモニタリングは,顕在化していない合併症探索や移植後の死亡予 測に寄与する可能性がある.
また免疫学的マーカーによる主成分分析により,C3 低値が CD8,CD16,CD56 陽性 白血球高値と関連付けられる群が存在し,全ての非生存者は,術後2週の時点でこの 群に含まれていた.CD8,CD16,CD56はそれぞれ,キラーT細胞,単球,ナチュラ ルキラー (NK) 細胞の主要な表面マーカーであるが,これらの細胞と補体とを繋ぐ過 去の報告は少なく,C3 値の死亡率への寄与が,補体系の直接の関与によるものなの か,または他の免疫担当細胞の影響を反映したものなのか検討することは今後の課題 である.
本研究においてはLDLT患者における補体,転帰,およびその他の免疫マーカーの関 係から,LDLT 後 2 週での C3 値が予後予測因子になる可能性ならびに低補体にキラ ーT細胞や単球,NK細胞が関わることを示唆した.