オーストラリアにおける伝聞証拠の意義の変遷
(1)
佐藤友幸
第1・本稿の位憧付けと検討対象一一伝聞証拠の意義をめぐる研究全体との関係性
1.本稿の目標
2. オーストラリア法を参照する意義
(1)オーストラリアとイギリス・アメリカとの関係性
(2)オーストラリア法それ自体の特性 3.具体的検討対象・本稿の検討順序 第2、 コモンロー時代の状況
1.Walton判決前の状況
(1)伝聞証拠の意義について
(2)伝聞例外について
(3)コモンロー時代の問題点 2.Walton判決による問題提起
(1)事件の概要
(2)証言の推論過程
(3)共同意見一厳格な立場の維持
(4)Mason意見一一伝聞法則の「柔軟な」適用
ァ.一般的視点 イ.留意点 ウ.本件の検討 (5)Deane意見
(6) 「明示的主張」の部分について ァ.①の部分の許容性
イ.③の部分の許容性
(7)本判決の問題点
ア. 「明示的主張」と「黙示的主張」の取り扱いの差異 イ.伝聞証拠の厳格な取扱いの不貫徹
3.Benz判決Gaudron・MCHugh裁判官意見による「一般的例外」の提唱
(1)Gaudron・McHugh意見(2)その他の裁判官の意見
4.高等法院の動向に関する整理 (以上、本号)
第3、統一証拠法成立から改正までの状況
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早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)第4・統一証拠法改正以降の状況 第5、 オーストラリア法のまとめ
第1 ・本稿の位置付けと検討対象
一一伝聞証拠の意義をめぐる研究全体との関係性
1 .本稿の目標
本稿は、伝聞証拠の意義をめぐるオーストラリア法の改革動向を紹介し、
これに分析を加えるものである。具体的には、 イギリス(イングランドおよ
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びウェールズ)およびカナダの改革について紹介した旧稿と同様に、オース トラリア法において伝聞証拠の規律にいかなる改革が実施されたのかという 点についての、客観的な状況説明を中心とする。それによって、各国の改革 動向を踏まえた詳細な理論的検討および最終的な日本法の検討への足掛かり
とすることが、本稿の到達目標である。要するに、本稿は、筆者が旧稿より 行っている英米法諸国の客観的な状況説明の作業を続行し、かつ、今後本格
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的に行う日本法への示唆探求作業への移行の準備を行うものである。本稿の 記述にあたっては、制度の変遷の理解に必要な限りにおいて、判例および立 法の立場の理論的根拠について説明を加えるが、それぞれの理論に関する個
(3)
別的な検討は別稿に委ねる。
2.オーストラリア法を参照する意義
日本の伝聞法則の研究に際して、アメリカとイギリスは、 日本との関係性 や証拠法発展の歴史における位置付けなどの観点から、重要な国家に位置づ けられるであろう。すなわち、 日本の伝聞法則の母法たるアメリカ法の重要 性が認められることはいうまでもない。また、伝聞法則の発祥国であり、 し かも、 日本法の発想にない抜本的な立法改革が実践されたイギリス法を参照
(4)
することの意義も認められるであろう。
他方で、オーストラリア法を参照する意義は、必ずしも自明のものではな く、一定の説明が必要であると思われる。そこで、以下では、 まず、この点 について説明を加える。
(1)オーストラリアとイギリス・アメリカとの関係性
オーストラリア法を参照する意義は、第一に、 イギリス法およびアメリカ 法における伝聞証拠の規律と密接な関係性が認められる点に求められる。す なわち、伝聞証拠の規律について、オーストラリア法には、 コモンロー時代
(5)のイギリス法に接近していた時代と、連邦証拠規則(FederalRulesof
Evidence)の規律するアメリカ連邦法に接近している時代の2つの時代が存
在するのである。
周知の通り、オーストラリアはもともとイギリスの植民地であったとこ
ろ、 1901年に6つの植民地を州とした連邦を形成し、 1931年に独立国と同等
(6)の立場になった。その時点では、オーストラリア国内の判決に関して枢密院 司法委員会への上訴の途が残されており、部分的にイギリスの裁判所による 拘束力が認められていたが、その後、段階的にその拘束から抜けていった。
オーストラリアにおいて完全にイギリスの裁判所の拘束力がなくなったのは
(7)1986年であるが、それまでの間、伝聞法則についても、基本的にはイギリス 由来のコモンローの伝統が受け継がれていた。このような歴史的背景から、
オーストラリアではイギリス法の参照が盛んに行われてきた。また、以前ほ どではないものの、現在においても参照は続けられており、 イギリス法の事(8)
実上の影響力が一定程度残存している。
さらに、後述するように、オーストラリア統一証拠法(UnifbnnEvidence Law)の立法議論においては、伝聞証拠の意義に関し、アメリカの連邦証拠 規則が参考とされていた。そして、最終的に、連邦証拠規則と類似する定義 規定を設けるべきという提言がなされ、これを踏まえて該当規定が制定され
たという経緯がある。
要するに、オーストラリアの伝聞法則は、 イギリス法およびアメリカ法の
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早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)状況を、いわば両睨みしながら今日まで生成・発展してきたものである。そ して、このような歴史を有するオーストラリア法は、 イギリス法およびアメ リカ法に対する第三者的視点が反映されたものであるといえることから、 こ れらを相対化するための比較素材として適切と思われる。
また、 イギリスの証拠法学者や裁判所の側からも、オーストラリア法の動
(9)
向が絶えず参照されており、学説や判例を形成する基礎となっている。つま り、オーストラリア法の状況を理解しておかなければ、 イギリス法を理解す
ることも容易ではない。その意味で、一面において、オーストラリア法の参
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照は、 イギリス法の理解を深める作業としての性質も有する。
(2)オーストラリア法それ自体の特性
オーストラリア法の改革は、各国の改革の中では比較的「保守的 (conservative)」なものであると評されている。確かに、伝聞証拠の意義に大
(11)胆な変更を加えたイギリス法や、プリンシプルド・アプローチ(pnncipled approach)のもとで伝聞例外の裁量的性格を著しく強化したカナダ法などと
(12)比べれば、オーストラリア法の改革は穏当なものと考えられる。しかし、こ のように「保守的」と評される改革のもとでもなお、コモンロー時代と比較 すれば、いくつかの点で大I隔な修正が加えられており、 また、現在の日本法 の視点から見れば、むしろ斬新な議論が展開されてきた。したがって、オー
ストラリア法の改革は、参照のしやすい穏当な側面と、新たな知見を提供す る斬新な側面を併有しており、現実的な示唆に富んでいると見込まれ、この
点からも参照する意義が認められよう。
3.具体的検討対象・本稿の検肘順序
オーストラリアは連邦制国家であり、連邦の最高裁判所に相当する高等法 院(HighCourtofAustrana)が存在するものの、各州が独自の裁判所制度を
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構築しており、それぞれが異なる法域をなしている。
そして、現在、オーストラリアの伝聞法則は、多くの法域において、統一
証拠法によって規律されている。統一証拠法とは、連邦の証拠法典たる1995 年証拠法(EvidenceActl995(Cth))を中心として、ニューサウスウエールズ 州、 タスマニァ州、 ノーフォーク島、ビクトリア州、首都特別地域、北部準
(14)
州において採用されている、ほぼ同内容の証拠法典の総称である。この統一 証拠法は、 クイーンズランド州、南オーストラリア州、西オーストラリア州
(15)
では未だ採用されていないものの、オーストラリアの法域のかなり大きな割
(16)
合を規律していると評価されており、同国内における中心的な証拠法典であ
ると理解されている。そこで、本稿では、検討の対象として、統一証拠法による伝聞法則の改革 と、それ以前のコモンロー時代の状況を取り上げる。これらについて検討を 加えれば、オーストラリアの全法域の状況を網羅的に理解するまでには至ら ないものの、少なくとも、改革の趨勢を把握することが可能であると考えら
れるためである。
また、本稿では、伝聞例外の規律の大枠についても取り上げる。伝聞例外 をめぐる議論は、一見すると、伝聞証拠の意義の議論とは区別されるもので あり、参照する実益に乏しいようにも思われる。しかし、 カナダ最高裁判所 が、 「黙示的主張」を伝聞証拠として扱い、伝聞証拠の意義について厳格な 考え方を維持することができたのは、プリンシプルド・アプローチというき
わめて柔軟かつ包括的な伝聞例外の枠組みが存在したため、許容性について(17)
現実的妥当性を図ることが可能であったということが背景にある。つまり、
伝聞例外の枠組みの広狭やその適用の難易度の差異は、伝聞証拠となる証拠 の範囲に影靭を及ぼし得る要素であり、その概要を把握する必要があると考
(18)
えられるのである。
順序としては、 まず、第2において、 コモンロー時代の状況を検討する。
続いて、第3および第4において、統一証拠法の制定から現在に至るまでの
議論状況を検討する。
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早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)第2・ コモンロー時代の状況
1.Walton判決前の状況
(1)伝聞証拠の意義について
(19)
まず、コモンロー時代のオーストラリアでは、 イギリスとは異なり、確立
した伝聞法則の公式(伝聞法則の適用範囲に関する公式)が判例上承認されて いたわけではなかった。しかし、先に述べた通り、オーストラリアの伝聞法 則は、 イギリス由来のコモンローの伝統が受け継がれてきたこともあり、伝 聞証拠の意義の理解にイギリスと本質的な相違点があるわけではなかった。例えば、証拠法の体系書の権威としての地位を得ている、Crosson Evidenceのオーストラリア版では、 コモンロー時代を総括して、 「当該手続
において証言している間に証人によってなされる主張以外の、口頭または書 面の主張は、主張されるいかなる事実または意見の証拠としても許容されな l,、 (anoralorwrittenassertionotherthanonemadebyawimesswhiletestijingin
(20)
theproceedmgisinadmissibleasevidenceofthetruthofanyfactoropmonstated)」
(21)
という公式が提示されている。要するに、伝聞法則の中核的な要素が、証人 の証言以外の供述を、その供述内容の真実性を証明するために用いることが できないという点にあるということに関しては、特段の異論は存在しなかつ
(22)
た。そのため、知覚・記憶・表現・叙述の正確性のいずれかに関して誤謬の 危険性が認められ、その吟味を要する証拠は、たとえそれらのうちの一部に 誤謬の危険性が存在しない−または、危険性がきわめて小さい−場合で あっても、伝聞証拠に分類されるという厳格なスタンスが司法上維持されて
きたといえる。
(23)
また、 「黙示的主張(impliedassertion)」の論点については、オーストラリ
(24)
ア国内においても講学上の重要性が認識されてきたが、 これを正面から取り
(25)
上げた判例は、後述のWalton判決まで存在しなかったと考えられる。
(2)伝聞例外について
オーストラリアの伝聞例外も、 イギリスと同様に、 コモンロー上確立され
(26)
た伝聞例外と個別的に制定された立法によって規律されていた。イギリスで
(27)
は、貴族院の下したMyers判決によって、司法上の新たな伝聞例外の創出
が禁じられたところ、オーストラリアにおいては、カナダの¥侭のように、
これを踏襲しないと明言した判例は存在しなかった。むしろ、Myers判決
(29)
は、オーストラリアにおいて権威的先例と考えられており、その影響力は強
(30)
<、司法上の伝聞例外の創出の動きは特段見られなかった。また、制定法に
(31)
よる伝聞例外の創出状況は、各法域によって区々であった。各法域において 概ね共通して設けられていた代表的な伝聞例外規定として、 イギリスの1938
年証拠法(EvidenceActl938)−一定の書証の伝聞例外を規定した制定法 一に相当する規定、様々な業務記録に関する規定、 コンピュータ記録に関
(32)
する規定などが挙げられる。
(3)コモンロー時代の問題点
統一証拠法制定を主導したオーストラリア法改正委員会(Austrananlaw
(33)
RefOnnCommission)−以下、 「ALRC」とする−が作成した中間報告書
(IntelimReport)および最終報告書(FinalRep淵において指摘され、解決が
(34)図られた、 コモンロー時代のオーストラリア法の問題点は、概ねイギリス法
(36)
におけるそれと同様であった。すなわち、価値が高いと見込まれる証拠が伝 聞法則により排除されることがしばしばあり、かつ、伝聞・非伝聞の区別お よび伝聞例外の判断が複雑かつ一貫性を欠いているという不合理性が指摘さ
(37)
れていた。
前者の問題点について、 イギリスでは、2003年刑事司法法(CrimnalJustice
Act2003)により、伝聞証拠となる証拠の範囲を大幅に縮減きせ、同時に、伝聞例外の範囲を拡張した上で残余例外規定を設けるという手段による解決 が図られた。また、カナダでは、プリンシプルド・アプローチによる包括的 な伝聞例外の枠組みの構築によって解決が図られた。そして、 イギリスで
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早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)は、裁判所による司法上の問題解決の直接的な動きは見られず、 カナダで は、逆に、包括的な立法による問題解決は行われなかった。
一方で、オーストラリアでは、統一証拠法の成立以前においても、高等法 院裁判官が、 コモンロー上の伝聞法則の問題点を打破するべく動きを見せて いた。この高等法院裁判官の動きは、結果として統一証拠法に部分的にしか 反映されなかったものの、現在でもなお、従来の状況からの脱却を目指した
(38)
有力な動きとして評価されている。
2.Walton判決による問題提起
(1)事件の概要
高等法院が「黙示的主張」の証拠に対する伝聞法則の適用の可否の問題を 初めて正面から取り上げ、その際に従来の状況からの脱却を目指す動きを示
(39)(40)
した判例が、 1989年のWalton判決である。同判決は、伝聞法則適用の柔軟
(41)
化を図る、影響力の大きい意見が示されたものであると同時に、事件の内容 そのものが伝聞証拠の意義に関する重要な示唆を含んでいるとして、盛んに 検討が加えられてきたものでもある。本稿においても、その両面に着目しな がら説明を行うこととする。事件の事実関係は以下の通りである。
上訴人Waltonは、 自身の元妻Eに対する謀殺罪で起訴された。Walton は、Eと離婚する以前は、Eの連れ子のM(事件当時3歳) と同居していた ところ、Mは、Waltonのことを、 "Daddy" と呼んでおり、かつ、他にM が"Daddy"と呼んでいる人物は存在しないということが、証拠上明らかと
なっていた。本件では、Eが殺害される前日に、E宅内の電話で行われた通 話の状況を見聞きした訴追側証人一たまたまE宅を訪れていた13歳の少 女一による証言の許容性が争われた。その証言の内容は以下の通りであ る。①最初に通話していたEが、Mに"Daddysonthephone"と話しか
けて受話器を渡した。L
②Mは受話器を受け取って、 "Hello,Daddy"と通話の相手方に挨拶 をして、Mに受話器を返した。
③Mから受話器を受け取ったEが、通話の相手方と翌日に会う旨の 約束を交わしていた。そして、通話を終えた後、Eは、証人に対し て、翌日Waltonと会うつもりであると述べた。
事実審理において、公判裁判官は、 この証言を、Mが翌日にWaltonと会 う旨の意図(intention)を有していたことの証拠として許容したが、一方で、
陪審に対して、これを通話の相手方がWaltonであったことの証拠として用 いてはならないと説示した。有罪評決を下されたWaltonは、この証言の許 容性が全面的に否定されるべきであるとして、高等法院に上訴を行った。
上訴を審理した高等法院の5名の裁判官の見解は、公判裁判官の措置は誤 判の恐れを生ぜしめるものではないため上訴を棄却すべきという結論におい て一致していた。しかし、証言の許容性については3通りの意見が表明され た。すなわち、Wilson,Dawson、Toohey各裁判官による共同意見一以 下、単に「共同意見」とする−と、Mason首席裁判官の意見一以下、
「Mason意見」とする−と、Deane裁判官の意見一以下、 「Deane意見」
とする一の意見がそれぞれ表明された。
(2)証言の推論過程
この証言は、事件の日にEとWaltonが会っていたことを証明し、 もって
Waltonの犯人性を証明するための証拠である。そして、Waltonの犯人性の 推論に至るまでには、以下の2通りの過程が考えられる。推論過程1
③の前段部分から、 「Eが通話の相手方と翌日会う約束をしていた」こ
とが推論され、①ないし②の部分から、 「通話の相手方がWaltonであ
った」ということが推論される。そして、両者が組み合わさることによ
124
早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)り、 「EがWaltonと翌日会う約束をしていた」ことが推論され、 「事件 の日にEとWaltonが会っていた」ことの証明に関連性を有する。
推論過程2
③の後段部分から、 「Eが翌日Waltonと会う意図を有していた」ことが 推論され、①ないし②の部分が許容されないとしても、 「事件の日にE
とWaltonが会っていた」ことの証明に関連性を有する。
つまり、①ないし②の部分と③の前段部分の許容性が肯定される場合、陪 審は両方の推論過程を経ることが可能となるため、 この証言のWaltonの犯 人性に関する推認力が高度なものとなる。一方で、③の後段部分の許容性が 肯定され、かつ、①と②の部分の許容性がともに否定されれば、陪審は推論 過程2を経ることしかできず、推認力は低いものとなる。また、③の部分全
体の許容性が否定されるなどして、いずれの推論過程を経ることもできない 場合には、証言全体が関連性を失うことになる。公判裁判官の説示内容は、
(42)この3つのパターンのうち、 2番目の見解に立ったものであると考えられ
る。
そして、②の部分において、Mは、通話の相手方が"Daddy"、すなわち
Waltonであると明示的に主張したわけではないことから、これは、明らか に「黙示的主張」の証拠に該当する。以下では、②の部分の許容性に関する 各意見の概要について説明し、それを終えた後、①と③の部分について説明 する。
(3)共同意見一厳格な立場の維持
共同意見は、Mの"Hello,Daddy" という挨拶は、通話の相手方が
"Daddy"である旨の「黙示的主張」であり、伝聞法則により排除されると する一方で、一定の状況においては(msomech℃umstances)、挨拶が、挨拶 された相手方の識別する状況証拠(circumstantialevidence)となり、非伝聞
(43)
となる場合があるとしている。ここでは、いかなる場合に、なぜ、そのよう
や
な「黙示的主張」の証拠が状況証拠となり得るのかという点について、特段 の説明はない。
(4)Mason意見一一伝聞法則の「柔軟な」適用
Mason意見は、議論の出発点として、 「黙示的主張」の証拠も伝聞証拠に
該当するということを認めている。すなわち、 「黙示的主張」と「明示的主
(44)
張(expressassertion)」の双方に対して同様の準則を適用することは不可避 であり、 「それ以外のあらゆるアプローチは、人為的で混乱を招く区別とな
(45)
るであろう」と論じている。
ア.一般的視点
一方で、Mason意見は、伝聞法則は、 「硬直的に(innexibly)」適用される べきではないとして、その厳格な適用に否定的な見解を示した。そして、具 体的には、Mason意見は、一般論として、以下の2つの場合には、伝聞法 則の「柔軟な(nexible)」適用をすべき、すなわち、非定型的な伝聞例外と
(46) (47)
して許容性を肯定すべきと提唱している。
・伝聞法則によって対処が図られている危険性一知覚.記憶.表現.叙述
の誤謬の危陸樫一が存在しないか、無視できるほどの取るに足らないも
のである場合。
・公判裁判官から見て、伝聞法則によって対処が図られている危険性が、当 該証拠に信頼性と証拠価値(reliabintyandprobativevalue)を付与するその 他の特徴に凌駕されている場合。
イ.留意点
このような一般的な基準を前提とした上で、その基準の適用の在り方につ
(49)
いて、以下のように説明している。
.特に、問題の証拠が「黙示的主張」である場合には、類型的に、上記の危
険性が必ずしも全て存在するとは限らない。そのため、公判裁判官は、当
該証拠に内在する上記の危険性の有無および程度と、当該証拠の信頼性お よび証拠価値とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に限り伝聞法則126
早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)が適用されるべきである。
・伝聞証拠に含まれている危険性はしばしば非常に顕著なもの(ve'y considerable)となるということを頭に留めておかなければならない。問題 の証拠が「黙示的主張」ではない場合には、原則として伝聞法則が適用さ れるべきであるが、上記の危険性が存在しないか無視できるほど取るに足
らない「非常に稀なケース(ve,yrarecase)」においては、 「黙示的主張」
に対するのと同様の比較衡量が妥当する。もっとも、 この場合には、一般
的に、でっち上げ(concoction)の疑いが残り、真筆性の問題があること から、通常は比較衡量を行うべきではない。ウ.本件の検討
Mason意見は、以上の一般論を前提として、証言の②の部分の許容性に
(50)
ついて以下のように検討する。すなわち、Mを反対尋問して知覚の正確性 を吟味することができないという問題はあるものの、Mの供述はでっち上
げの蓋然性がきわめて低いと認められることから、公判裁判官は、許容性を
肯定すべきであったとする。I
(5)Deane意見
Deane裁判官は、Mason首席裁判官のアプローチに共感を示している。
Deane裁判官は、 まず、伝聞法則を硬直的に適用すると、 「黙示的主張」が 伝聞証拠に該当し、排除されるということを認めたうえで、以下のような一 般論を述べている。すなわち、伝聞法則を硬直的に適用することで、正義 (justice)または常識(commonsense)に反する場合、あるいは、社会の状況 に法が調和しなくなるような場合には、伝聞法則は硬直的に適用されるべき
(51)
ではなく、修正されるべきであるとしている。
ただし、Deane意見は、同時に、他の証人の証言を踏まえれば、Walton の有罪評決について、誤判の危険性は生じていないことから、②の部分の許 容性を具体的に検討する必要はないとする。したがって、Deane意見は、
Mason意見のように、具体的な修正の在り方まで論じたものではない。し
I
かしながら、少なくとも、伝聞法則の硬直的な適用に修正が加えられるべき とした点ではMason意見と一致していることから、こちらも、 コモンロー 上の伝統的な厳格な伝聞法則からの脱却を図る見解に位置づけられよう。
(6) 「明示的主張」の部分について ア.①の部分の許容性
証言のうち、①の部分については、通話の相手方が"Daddy"、すなわち Waltonである旨のEによる「明示的主張」の証拠であるため、伝聞証拠に
(52)
該当し許容性が否定されるという点で全ての意見が一致した。
ィ.③の部分の許容性
証言のうち、③の後段部分、すなわち、Eが証人に対して、翌日Walton と会うつもりであると述べたという事実の部分は、その事実の存在自体が、
「Eが翌日Waltonと会う意図を有していた」ことの証明に関連性を有すると いう点について、全ての意見が一致した。そして、この部分は、 「関連性の ある事実(relevantfact)」を証明する状況証拠として非伝聞となり、許容性
(53)が認められるとされた。なお、前段部分、すなわち、Mから受話器を受け 取ったEが、通話の相手方と翌日に会う旨の約束を交わしていたという事 実の部分については、各意見において特段言及されていないものの、推論過 程1を経る場合には約束の存在それ自体が証明されれば足りることが明らか であるから、この部分は当然に非伝聞であると解されていると考えられる。
(7)本判決の問題点
以上のように、本判決は、単一の証言についての綴密な分析を必要とする 難解な事件である。そして、上記の意見には、 「黙示的主張」の取り扱い、
ひいては伝聞証拠の意義との関係で重要な問題点が含まれている。
ア. 「明示的主張」と「黙示的主張」の取り扱いの差異
まず、第一に、本判決は、伝聞・非伝聞の区別に際して、供述内に含まれ る「黙示的主張」と「明示的主張」とを類型的に別異に取り扱うことの不自
128
早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)然さが示された一例に当たる。
というのも、①の部分と②の部分は、どちらも、ほぼ同じ状況下でなされ た、同一事実の主張についての証言であり、ただ、それが供述に明示されて いるか黙示的なものであるかという点に違いがあるに過ぎないためである。
コモンロー上、①の部分が伝聞証拠であることについてほぼ争う余地はない と考えられるところ、これを差し置いて②の部分を非伝聞とすることは、理 論的な正当化が困難であるといえよう。他方で、繰り返し述べているよう に、 「黙示的主張」を伝聞証拠とすると、伝聞証拠となる証拠の範囲が著し
く広範なものとなり、価値が高い証拠を排除せざるを得なくなる危険性が増 大すると考えられる。
Mason意見は、これに対処すべく、公判裁判官が裁量的に伝聞証拠を許
容する、非定型的な伝聞例外の枠組みを提唱したものと位置付けられる。も っとも、このMason意見の枠組みにも疑問を差し挟む余地がある。という のも、この枠組みは、 「明示的主張」に適用されることが「非常に稀」であ るとされており、現に、本件では、①の部分についてこの枠組みによる検討 がなされていない。しかし、先に述べたように、伝聞・非伝聞の区別におい て①の部分と②の部分を別異に取り扱う理論上の根拠が明らかでない以上、
伝聞例外の適用の検討場面においても、これらを別異に取り扱う理由は判然
(54)
としない。
イ.伝聞証拠の厳格な取扱いの不貫徹
第二に、本件は、−−伝聞例外の問題は別論としても−−伝聞証拠となる
証拠の範囲に関して厳格な立場を確立しているように見えるが、必ずしもそ れが一貫しておらず、高等法院裁判官が跨踏していることが示唆されてい
(55)
る。
本件では、裁判官全員が「「ある行為を将来行う意図がある』旨の供述が
なされた事実」−いわゆる「心理状態の供述」の一類型に属するものと考
えられる−の存在自体が、 「実際にその行為がなされたという事実」を証
明することとの関係で関連性を有する場合があるという理解をしている。し
かしながら、少なくとも、現代のアメリカ法およびイギリス法においては、
このような供述の証拠は伝聞証拠として扱われており、それと比すれば高等
(56)
法院の立場は異例であるといえる。理論的には、 「ある人物がある行為を将 来行う意図がある」ことを、そのような意図を表明した当該人物の供述から 推論する場合、この推論は、本来、供述の存在自体から直接的にできるわけ ではなく、供述の内容が真筆であり正確に叙述されているという評価を介在 することによってできるものである。そして、各意見では、そのような理論 上の問題点を克服するような論理が提示されているわけではないことから、
(57)
理論的に疑問があると考えられている。
また、先に述べた通り、共同意見は、挨拶が、挨拶された相手方を識別す る状況証拠となり、非伝聞となる場合があるとしている。しかし、挨拶をし た人物の認識に依拠しなければ、挨拶の相手方の識別を行うことはできない はずであり、共同意見がいかなる論理でこのような見解を示しているのかが
(58)
不明である。
上記の問題点は、従来型の伝聞証拠の意義を堅持しながらも、それに伴い 価値の高い証拠に伝聞法則が適用されかねないという不都合が生じること
を、できる限り回避しようとした結果生じたものと推察される。
(59)3.Benz判決Gaudron・McHugh裁判官意見による
「一般的例外」の提唱
以上のように、Walton判決は複数の問題点が残るものであったが、
Mason意見およびDeane意見が裁量的な伝聞例外による厳格性の緩和を提 唱したという点において、従来の判例には見られない性質を有する画期的な 判決であった。Walton判決が下された直後から、高等法院がさらなる緩和 への動きに着手することが既に予期されており、実際、その10か月後に新た(60)
な高等法院判例が出現した。その判例が、以下で説明するBenz判決であ
(61)る。
本件では、早朝に若い女性と中年女性の2人組に出くわし、その様子がお
130
早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)かしいと考えた訴追側証人が、両名に話しかけたところ、若い女性の方が
「大丈夫です。母の気分が少し悪いだけです(Ifsallright,mymotheIJsjust feelmgsick)」と返事をした旨を証言した部分が、両名の母娘関係を証明する 証拠として許容されるかが問題となった。これは、若い女性による、 もう一 方の中年女性が自身の母親である旨の「黙示的主張」の証拠に当たる。な お、この部分は、Walton判決と比べて、既存の伝聞例外として許容される
(62)
見込みが比較的高いものであった。
本判決には、Walton判決と同様に、Mason首席裁判官、Deane、Dawson 各裁判官が審理に加わったが、Wiilson、 'Ibohey各裁判官は参加せず、代わ
りに、Gaudron,McHugh各裁判官が参加した。本判決は、Walton判決を 受けて、 「黙示的主張」が伝聞証拠に該当することを前提として許容性の検 討が進められた。そして、ここでは、事件の事実関係そのものに関する問題
よりも、Gaudron、McHugh各裁判官の共同意見一以下、 「Gaudron・
MCHugh意見」とする−において提唱された、伝聞例外に関する一般論
が特に注目される。
(1)Gaudron・McHugh意見
Gaudron・McHugh意見は、Walton判決におけるMason首席裁判官の意 見の趣旨に賛意を示したうえで、これをさらに発展させる傍論を示した。具
(閃)
体的には、以下のような内容の意見が述べられている。
、伝聞例外の理論的根拠は、例外に該当する証拠には高度の信頼性(high degreeofreliability)があり、これに依拠しても問題がないという点にあ る。そして、この理論的根拠を踏まえれば、Myers判決にもかかわらず、
以下の強力な見解が認められる。すなわち、伝聞証拠が高度の信頼性を有 していると思われる場合には、これを許容するという原理(principles)に 従い、 コモンロー上の証拠法則を発展させて適用すべきという見解であ る。この場合には、当該伝聞証拠は、 「一般的例外(generalexception)」と
して許容されるべきである。
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他方で、Gaudron・McHugh意見は、訴追側が一般的例外による証拠の許
容について主張しておらず、 もっぱら既存の伝聞例外に該当する旨の主張し かしていないことから、本件ではこれが一般的例外に該当するかを具体的に 検討する必要はないとして、既存の伝聞例外該当性の検討しか行わなかっ た。そして、その検討の結果として、これがレス・ジェステーの伝聞例外と(64)
して許容されると認定した。
(2)その他の裁判官の意見
Mason首席裁判官とDawson裁判官は、本件の証拠がレス・ジエステー ないしは家族関係に関する供述として、 コモンロー上の伝聞例外に該当する
(65)
ため許容されるとした。本件は、既存の伝聞例外の枠内で処理が可能なもの
であったためか、Mason首席裁判官は、Walton判決における自身の意見に ついては何ら言及していない。
Deane裁判官は、本件の証拠は既存の伝聞例外にも該当しないと判断し、
しかも、Walton判決における自身の意見についても言及しなかった。本判
(66)決の時点でDeane裁判官が非定型的な伝聞例外の枠組みについてどのよう に考えていたのかは必ずしも明らかではない。しかし、少なくとも、本件の 証拠は非定型の伝聞例外としての許容性の検討を要するほど、高度の信頼性
(67)
を保持しているわけではないという価値判断が存在していたと推察される。
4.高等法院の動向に関する整理
以上により、統一証拠法の成立以前においても既に、コモンロー時代の問 題点のうち、司法上の対処が可能な部分、すなわち、価値が高いと見込まれ る証拠が排除される危険性があるという問題点を克服しようとする高等法院 の動きが存在していたことが分かる。
まず、Walton判決およびBenz判決のいかなる意見においても、伝聞証
拠の意義それ自体については、明確な変更が加えられなかった。むしろ、「黙示的主張」が伝聞証拠となることを明らかにしたという点で、許容性に
132
早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)ついて一層厳格な一面が見られた。一方で、Walton判決におけるMason意 見およびBenz判決におけるGaudron・McHugh意見は、公判裁判官の裁量 による非定型的な伝聞例外の枠組みを設けることにより、上記問題点に対処 しようとした。Mason意見の枠組みは、 「明示的主張」に対しては「非常に
稀なケース」にしか適用されないとするやや限定的なものであったが、
Gaudron・McHugh意見では、信頼性という伝聞例外の原理に沿って、 「黙 示的主張」と「明示的主張」を一元的に取り扱う−少なくとも両者を類型
(68)
的には区別していない−「一般的例外」の枠組みが提唱された。これら は、伝聞法則の厳格性から生じる問題を、伝聞例外の拡張によって解決しよ うとする点において、 カナダ法のプリンシプルド・アプローチに共通する側
(69)
面があるといえよう。
また、同時に、状況証拠とされる証拠の範囲を拡張的に捉えることによっ て、間接的に伝聞法則の厳格性を緩和しようとする方向性が認められる。上 で説明したように、この試みは理論的な問題点を残すものであったが、 コモ ンロー上の伝聞法則を厳格に適用することの不都合性を高等法院が認識して
いたことが窺われる。つまり、高等法院裁判官は、従来の伝聞証拠の意義を維持したうえで、
「黙示的主張」が伝聞証拠に分類されることを明らかにしたが、同時に、そ のことに過度の厳格さという難点が伴うことを明確に意識していたといえ る。そして、裁量的な伝聞例外の余地を肯定することと、関連性の範囲を拡 張的に解釈することが、その難点への対処方法として示されていたといえよ
う。
(1) 佐藤友幸「イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(1) (2 .完)
−伝聞法制改革前史一」早稲田大学大学院法研論集170号131頁以下、
171号137頁以下(2019年)、同「伝聞証拠の意義をめぐるイギリスの法制改 革」早稲田法学会誌70巻2号(2020年) 139頁以下、同「カナダ法における 伝聞証拠の意義と「原理』に基づく伝聞例外の規律」早稲田大学大学院法研 論集174号(2020年) 109頁以下。
(2) 今後、別稿にてアメリカ法の動向を紹介したのち、各国の改革内容を踏 まえて理論的問題点について検討を加え、それを終えたのち、 日本法への示 唆を本格的に探求する段階へと移行する。
(3) 以下の2点の理由により、そのような手順を採用する。
第一に、各国の制度は時として複雑な変遷をたどっていることから、これを 理解する作業と詳細な理論的検討は切り分けて行われないと、議論が混乱す る危険性がある。
第二に、証拠法学者等によって提唱されてきたいくつかの有力な理論は、
必ずしも明確な形で典拠として示されているわけではないものの、複数の国 家により横断的に参照されてきた。逆に、複数の国家の状況を踏まえたうえ
で、有力な理論が提唱されていることもある。それらの国家横断的な理論 は、それぞれの国家の概況を把握したうえでその後に一括して検討する方が、分析が容易となり、適切であると考えられる。
(4) イギリス法を参照する意義について、具体的には、佐藤・前掲注(1)
「イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(1)」131‑134頁参照。
(5) 本稿では、 2003年刑事司法法成立前のイギリスと、統一証拠法成立前の オーストラリアの時代を、 「コモンロー時代」と総称する。
(6) 田中英夫「英米法総論(上)」 (東京大学出版会、 1980年)353頁。
(7) オーストラリアでは、 1942年にウェストミンスター憲章が批准され、枢 密院司法委員会への上訴を禁じることが可能となった。その後、 1968年に、
連邦法の事項について、高等法院から枢密院司法委員会への上訴が禁止さ れ、 1975年には、州法の事項についても上訴が禁止された。さらに、 1986年 に、州最高裁判所から枢密院司法委員会への上訴が禁止され、オーストラリ ア国内の事件が枢密院司法委員会に上訴される余地はなくなった。以上につ
いて、特に、齋藤憲司「オーストラリアの「独立」 :イギリス議会による 1986年オーストラリア法制定」ジュリスト872号(1986年) 56‑62頁、平松紘 ほか「現代オーストラリア法」 (敬文堂、 2005年)27‑29頁〔平松〕参照。(8) 平松ほか・前掲注(7)44‑45頁〔平松〕参照。
(9) 浅香吉幹「コモン・ロー諸国間の判例の相互引用:イングランド、カナ
ダ、オーストレイリア、ニュー.ジーランド」比較法研究74号(2012年)198頁以下参照。イギリスの証拠法学者が伝聞法則をめぐるオーストラリア 法の動向を比較の対象とした論稿は多数存在する。近時の文献として、例え ば、AndrewL‑TChoo,"DenningtheScopeoftheHearsayRuleinCriminal Case3, inAComparativePerspective,Principles,Procedure,andJustice
(17) 佐藤・前掲注(1) 「カナダ法」 124‑125頁参照。
(18) CharlesRobertWilliams,"ImpliedAssertionsinCriminalCase3(2006) 32MonashUniversityLawReview47,at71‑72は、 コモンロー時代の伝聞例 外の不備が、 「黙示的主張」の証拠を伝聞証拠から除外する見解が提唱され た原因であった可能性を指摘している。
(19) イギリスでは、同国の証拠法の権威的体系書であるCross&'Inpperon Evidenceの公式が、貴族院裁判官によっても採用されていた。佐藤・前掲 注(1) 「イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(1)」 138‑139頁。
(20) 本稿でも、旧稿と同様に、伝聞法則の議論の文脈における「主張 (assertion)」という語を、 「「何かが発生している」または、 「何らかの状態 が存在する」などといった事項を述べること」という、一般的辞書的意味と は異なる意味で用いる。この点について、佐藤・前掲注(1) 「イギリスに おけるコモンロー上の伝聞法則(2 .完)」150‑151頁注(58)参照。
(21) JohnDysonHeydon,CrossonEvidence(11thed.2017),atll76.
(22) RupertCross,"ThePeripheryofHearsay" (1969) 7Melbourne UmversityLawReviewlでは、 イギリスの証拠法学者Crossが、オーストラ リア法とイギリス法双方の伝聞証拠の意義に本質的な相違点が存在しないこ とを前提として、両国の伝聞法則の適用の在り方について論じている。
(23) 「黙示的主張」の問題に関する一般的説明について、佐藤・前掲注(1)
「イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2 .完)」 138‑140頁参照。
(24) Cross,s""note22;MarkWeinbeIE,"ImpliedAssertionsandtheScope oftheHearsayRule"(1973)9MonashUniversityLawReview268;Charles
RobertWilliams,"IssuesatthePenumbraofHearsay"(1987) 1IAdelaideLaw Reviewll3参照。(25)Weinbelg,s""note24,at270‑271によれば、Wright対'Ihtham判決 (Wrightv.DoeTatham(1837)7Ad&E1313)が、 1973年当時のイギリスお よびオーストラリアにおいて「黙示的主張」を正面から取り上げたおそらく 唯一の判例であるという。コモンロー時代の判例の状況について、Wilnams, s""notel8,at51‑52も参照。また、Wright対'Ibtham判決については、佐 藤・前掲注(1) 「イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(2 .完)」
140‑143頁参照。
(26) 以下、 コモンロー上の伝聞例外と、統一証拠法成立以前の個別具体的な 伝聞例外立法を「既存の伝聞例外」と総称する。
(27) Myersv.DPP[1965]AC1001HL・同判決の詳細については、佐藤.前
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早稲田大学大学院法研論集第176号(2020)掲注(1) 「イギリスにおけるコモンロー上の伝聞法則(1)」 140‑143頁参 照。
(28) AI・esv・Vemer[1970]SCR608.
(29) Cross,st@Pflanote22,at2‑3参照。
(30) 以上の点について、ALRC,ReportNo.26:Evidence(Interim) (1985), voll,para.337も参照。
(31) 例えば、 タスマニア州とクイーンズランド州では、後述の統一証拠法60 条の制定に先立ち、証人の過去の一致供述および不一致供述を、それぞれ増 強証拠−ごく例外的に許容される場合がある一および弾劾証拠として許 容するにとどまらず、その内容の真実性を証明する証拠として許容する立法 がなされていた。
(32) Heydon,s""anote21,atl373参照。
(33) AIRCおよび各報告書の位置付けについては、第3において説明する。
(34) AIRC,s""note30.
(35) AIRC,ReportNo.38:Evidence(1987).
(36) イギリス法については、佐藤・前掲注(1) 「イギリスの法制改革」152
‑154頁参照。
(37) AIRC,s"ranote30,voll,paras.329‑331.
(38) Munday,s""notell,at570.
(39) オーストラリア法においても、 イギリス法およびカナダ法と同様に、
「黙示的主張」の伝聞証拠該当性が重要な問題とされている。そのため、本 稿においても、 「黙示的主張」をめぐる判例および立法の展開を説明するこ
とに相当の紙幅が割かれることとなる。
当然ながら、伝聞法則の適用範囲をめぐる重要問題は、 「黙示的主張」の 問題に限られるわけではない。しかし、 「黙示的主張」の問題以外の重要問
題は、究極的には一般的な関連性の問題に帰着することが通常である。すな わち、これらの問題の場合、ある人物の供述や行為の証拠が、当該人物の知
覚・記憶・表現・叙述の正確性とは無関係に証拠としての関連性を有するの
かという議論が行われるのである。この議論は、既に認められている伝聞証 拠の意義を前提として、個別の証拠がその範囲に含まれるかを問うものであ る。実際上の重要性は別論としても、これ自体は、伝聞証拠の意義に変容を
もたらす議論ではない。
一方で、 「黙示的主張」の証拠の場合、 「黙示的主張」の定義上必然のこと として、当該「黙示的主張」を行った人物の知覚・記憶・表現・叙述の正確
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性が問われる。すなわち、伝聞証拠が原則として排除される理論的根拠を前 提とすると、 「黙示的主張」の証拠は伝聞証拠に分類されるはずであるとい うことが、議論のそもそもの出発点なのであり、 「黙示的主張」を非伝聞と するためには、伝聞証拠を排除する論理に何らかの修正を加える必要が生じ るのである。しかし、 もし、 「黙示的主張」の証拠を伝聞証拠として扱うと、
伝聞法則の適用範囲が過度に広範なものとなり、同時に、価値の高い証拠が 排除される危険性がより一層増大するという問題が生じる。そのため、 「黙 示的主張」を非伝聞として扱うべきという見解が唱えられ、伝統的な伝聞証 拠の意義の再考が求められるのである。
「黙示的主張」の論点は、 19世紀前半には既にWright対Tatham判決にお いて判例上争われたことがあり、少なくとも講学上は、古くから重要問題と して認識されてきた。しかし、英米法諸国において、これが司法ないし立法 の課題としてスポットライトを浴び始めたのは比較的近年になってからのこ とである。近年になって各国で「黙示的主張」に関する判例が続出した原因 は必ずしも明らかではないものの、従来あまり問題が顕在化してこなかった 理由としては、 「黙示的主張」の把握の困難性が指摘されている。すなわち、
「黙示的主張」の場合には、当該主張について、これを行った人物の知覚・
記憶・表現・叙述の正確性の吟味を要すると理解されがたいという性質を有
するため、訴訟の場で争われることが少なかったのであろうと考えられている。このことを指摘する文献として、例えば、Winiams,s"Pmnote24,atl34
がある。
(40)Waltonv.R(1989) 166CIR283.
(41) StephenOdgers,"Waltonv.T11eQueen‑HearsayRevolution?"(1989) 13
CIimmalLawJoumal201,at214は、本判決の内容を「革命(I℃volution)」と評している。
(42) 以上の推論過程について、MarkMcKenna, "WaltonvTheQueen, 'IYle QueenvBenzandBeyond:ANewDirectioninHearsay"(1990)20Umversity ofWestemAustralialawReview675,at682‑683参照。
(43)Waltonv.R,s""note40,at306.
(44) 「黙示的主張」の対概念としてしばしば用いられる言い回しであり、供 述や行為に、証明の対象とされる主張が明示されている場合の当該供述・行 為を意味する。
(45)Waltonv.R,s"mnote40,at292.
(46) Mason意見においては、 自身のアプローチを「非定型的な伝聞例外」
が経験則上認められる」という論理で、非伝聞としての関連性を肯定してい る。しかし、 'Iapper,s""anote55,at446が指摘するように、意図を述べた 人物が不正確な説明をした可能性や、冗談を述べていた可能性がある以上、
このような経験則を是認することは自然な推論とはいいがたいと思われる。
これは、究極的には一般的な関連性の問題に属する事項であるから、これ 以上の立ち入った議論については、本稿では割愛する。
(58) Heydon,s"'qnote21,atll87参照。
(59) 'Inpper,s"anote55,at446参照。
(60) StanleySadinsky,TheQueenvBenz:TheHearsayRuleGoing…Going…!"
(1991) 13SydneyLawReview85,at86参照。
(61) Rv・Benz(1989) 168CLR110.
(62) 事件の詳細な事実関係は以下の通りである。
本件では、共同被告人のBenz(事件当時19歳の女性) とMurray(Benz
の実母)が協力して、Murrayの内縁の夫‑Benzの実父ではない−を殺 害したとして謀殺罪で訴追された。また、他の証拠により、ある川で被害者
の死体が発見きれ、その直接的な死因は溺死であるということが明らかとなっていた。許容性が争われたのは、死体が発見された日の早朝に、その川の
橋の上で2名の女性を目撃した旨の、第三者sの証言である。sは、公判の証人尋問において、以下の趣旨の証言を行った。すなわち、
深夜に及ぶ工場勤務を終えて、川の上に架かっている橋一この橋から川に 被害者が突き落とされたことが既に証明されている−の上を自動車で走行 していると、若い女性と中年女性の2名が背を向けて立っているところを目 撃した。そこで、 Sは自動車を止め、大丈夫かと話しかけると、若い方が、
sの自動車の方を向き、 「大丈夫です。母の気分が少し悪いだけです」と返 答したという。
さらに、sは、返答した人物の容貌について証言したところ、その容貌 は、明確な識別にまでは至らなかったものの、 Benzの容貌と似ている部分 があった。以上より、sの証言は、①死体発見日の早朝、死体発見現場付近 の橋の上に2名の女性がいたこと、②2名の女性のうち、若い方はBenzで あったこと、③もう1名の女性はMurrayであったこと、の3つの事実の証 明に関連性を有し得る。そして、①②は、sが直接認識した事実であるが、
③は、Benzと目される女性の発言内容に依拠して関連性を有する事実であ る。そのため、公判において「黙示的主張」の問題が生じた。すなわち、S の証言をBenzの犯人性を立証する証拠としてしか利用できないのか、ある