子宮内膜症病巣における
MAS1 (Angiotensin 1-7 receptor)
の発現とその意義(要約)
日本大学大学院医学研究科博士課程 外科系産婦人科学専攻
中島 隆広
2017
年指導教員 川名 敬
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子宮内膜症病巣におけるMAS1(Angiotensin 1-7 receptor)の発現とその意義
【目的】子宮内膜症とは子宮内膜あるいはその類似組織が子宮内膜または子宮筋層以外 で発生、増殖するエストロゲン依存性の疾患である。
レニンーアンジオテンシン系renin-angiotensin system (RAS) は血管系への作用だ けでなく、細胞増殖、炎症作用との関連もある[1, 2]。AngiotensinⅡは2つの異なる受 容体であるAngiotensin Ⅱ type 1 receptor (AT1R)とAngiotensin Ⅱ type 2 receptor (AT2R)に結合する。AngiotensinⅡが結合したAT1Rは細胞増殖や細胞肥大、血管収縮、
血管新生に関わる[3]。子宮内膜症におけるレニン-アンジテンシン系の役割は不明で あったが近年、Nakaoらにより子宮内膜症組織におけるangiotensin receptorの存在 が証明され、RAS が子宮内膜症の病態に関連している可能性が示唆された[4]。 Angiotensin II が Angiotensin Converting Enzyme 2 (ACE2)により切り出された Angiotensin (1-7) は 受 容 体 で あ る orphan heterotrimetric guanine nucleotide-binding protein (G protein) coupled receptor (GPCR) Mas (MAS1) を介し て、血管拡張、細胞増殖抑制、抗炎症作用を持ち、AT1Rを介したAngiotensinⅡと相 反する作用を示す[5]。今回、子宮内膜症病巣においてangiotensin 1-7のreceptor で ある MAS1 の発現を確認し、子宮内膜症とレニン-アンジオテンシン系の役割を解明 する事とした。
【方法】Informed consentのもと、当施設で2009年から2016年の間に開腹手術また は腹腔鏡下手術を施行した婦人科良性疾患患者を対象とした。子宮内膜症患者30名よ り検体を採取し、正所性子宮内膜組織 15 検体、内膜症性嚢胞 30 検体とし、非子宮内 膜症の良性疾患の正所性内膜組織を対照とした。子宮内膜症患者より採取した正所性子 宮内膜組織はヘマトキシリン・エオジン染色後に鏡検し、月経周期を同定した。非子宮 内膜症患者の詳細は子宮筋腫が 5 名、良性卵巣腫瘍が4名、頸管ポリープが1 名であ った。今回、子宮腺筋症患者は対象から除き、また、oral contraceptive (OC) やlow dose estrogen progestin (LEP)、Dienogest、GnRH-analogなどのホルモン治療中の患者は 今回の対象から除外した。qRT-PCR を用いて子宮内膜症病巣における MAS1 mRNA 発現、また、AT1R、AT2R との関連性について検討した。統計学的解析について、相 関関係の解析はscatter plotよりpearsonの積率相関係数を用いて検討した。P値<0.05 をもって有意差ありと判定した。更に免疫組織化学染色を施行し MAS1 蛋白局在につ いても検討した。
【結果】子宮内膜症患者の内膜症性嚢胞壁は非子宮内膜症患者の増殖期正所性内膜と比
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較してMAS1 mRNAの発現が有意に増加していた。また、非子宮内膜症患者の正所性 子宮内膜ではMAS1 mRNAとAT1R mRNAに強い相関関係を示した。一方で内膜症 性嚢胞壁ではMAS1 mRNAとAT1R mRNAに相関を示したが非子宮内膜症患者の正 所性内膜と比較して相関は弱かった。子宮内膜症患者の増殖期正所性子宮内膜は非子宮 内膜症患者の増殖期正所性子宮内膜と比較してMAS1 mRNAの発現が有意に増加して いた。MAS1/AT1 mRNA 比では非子宮内膜症患者の正所性内膜と比較して、子宮内膜 症患者の正所性内膜で有意に増加していた。一方で内膜症性嚢胞壁では有意な増加は認 めなかった。免疫組織化学染色より MAS1 は子宮内膜症病巣において腺上皮に蛋白の 局在を認めた。
【考察】今回、筆者はMAS1が子宮内膜症病巣とどのような関連性があるか検討した。
レニン-アンジオテンシン系を構成するMAS1は近年、様々な分野で研究が進められ、
すでにヒト正所性子宮内膜でのMAS1の局在が確認されている。MAS1と子宮内膜症 病巣との関連について検討した報告は未だなく、今回、筆者は初めて子宮内膜症病変に おいてMAS1 mRNAの発現を確認し、その発現が増強していた事を報告した。
非子宮内膜症患者の正所性内膜と比較して、内膜症性嚢胞壁ではMAS1 mRNAの発 現が有意に高値であった。Angiotensin (1-7)はMAS1を介してNF-κBやERK1/2のシ グナル経路を抑制し、関節炎や心血管系の疾患、気管支喘息などの慢性炎症疾患に対し て抗炎症作用を示すといわれている[6, 7]。また、AT1 Rは細胞増殖や細胞肥大、血管 収縮、血管新生といった働きに関与する。Nakaoらは子宮内膜症病変にAT1R、AT2R が発現していることを報告し、AT1 / AT2R mRNAの発現比が有意に増加しており、
AT1R 作用が子宮内膜症病巣の細胞増殖や血管新生に関与している可能性が考えられ た[4]。今回の検討で子宮内膜症病巣でのMAS1 mRNAが高発現を示したのは子宮内膜 症病巣での細胞増殖、血管新生、抗炎症反応、AT1Rに対する抑制系として二次的な生 理反応が働いた可能性を考えた。
非子宮内膜症患者(コントロール群)の正所性内膜ではMAS1 mRNAとAT1R mRNA が強い相関を認めたが、一方で子宮内膜症病変においては MAS1 mRNA と AT1R mRNA は相関を示したが非子宮内膜症患者と比較し相関関係が強くなかった。レニン
-アンジオテンシン系はACE / Angiotensin Ⅱ / AT1R軸とACE2 / Angiotensin (1-7)
/ MAS1 軸の二つの相反する軸として捉えられた概念があり、この2つの相反する軸の
バランスが組織の生理的なリモデリング過程に重要であると考えられている[8]。非子 宮内膜症患者の正所性内膜において、このMAS1とAT1Rの発現のバランスが、組織 のホメオスタシスに重要な働きをしていると考えられる。一方で子宮内膜症の患者の内 膜症性嚢胞ではMAS1とAT1Rの発現のバランスの破綻が子宮内膜症病巣での増殖、
進展に関わっている可能性がある。実際、Angiotensin (1-7)はMAS1を介して、AT1R によって誘導される血管での平滑筋細胞の増殖や肥大の抑制[9]、内皮細胞では血管新
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生や成長の抑制作用がある[10]。MAS1を介したAngiotensin (1-7)による作用はAT1R と相反作用を有する事で組織の成長や分化の調節に重要な働きをすると考えられてい る。
子宮内膜症患者の増殖期正所性子宮内膜では非子宮内膜症患者の増殖期正所性子宮 内膜と比較して、有意にMAS1 mRNAの発現が増加し、また、MAS1 / AT1mRNA比 でも増加していた。内膜症性嚢胞ではMAS1 mRNAの発現の亢進を認めたが非子宮内 膜患者と比較してMAS1 / AT1mRNA比の増加はみられなかった。Yunらは炎症関連 タンパク質であるHigh-mobility group box 1 (HMGB1) が正所性子宮内膜で非子宮内 膜症患者と比較し、子宮内膜症患者では発現が亢進している事を報告している[11]。 HMGB1やその受容体であるToll like receptor 4が子宮内膜症の増殖、進展にかかわ る可能性が考えられた。正所性子宮内膜でのMAS1 mRNA発現の亢進は子宮内膜症患 者の正所性子宮内膜の異常に対して生理的に血管新生の抑制や抗炎症作用が働いた可 能性を考える。また、内膜症性嚢胞では腹腔内環境下で子宮内膜症病巣の血管新生や細 胞増殖に関わる増殖因子やサイトカインに暴露され、AT1Rの働きに対して、MAS1の 増加傾向が弱く、これらの受容体の発現異常が内膜症性嚢胞の病態形成に関与している 可能性がある。子宮内膜症患者では正所性子宮内膜の異常が子宮内膜症の病態形成に関 わっている可能性があるがいまだ不明な点が多い。今後、正所性子宮内膜での MAS1 発現と子宮内膜症の関連について検討していく事が課題である。
Sukumaran ら は ラ ッ ト 自 己 免 疫 性 心 筋 炎 を 用 い た 研 究 で ARB (angiotensin receptor blockers)で あ る Olmesartan や Telmisartan の 投 与 に よ り 、ACE2 / Angiotensin (1-7) / MAS1の発現亢進から抗炎症作用をもたらし、炎症促進作用を有す
るTNF-α、IL-6の減少、抗炎症作用を有するIL-10の増加が認められたと報告してい
る[12]。以前より ARBがマウス子宮内膜組織に対して増殖抑制効果があったとの報告 がある[13]がMAS1を介して子宮内膜症病巣の増殖、進展の抑制に働いている可能性が ある。また、AT1Rと違い、MAS1の発現は月経周期に依存しないため、ホルモンによ る治療効果の変動や閉経後の子宮内膜症での治療に応用できる可能性がある。ARB の 投与が子宮内膜症病巣の増殖、進展の抑制に働いている可能性があり、今後、子宮内膜 症の新たな治療戦略として期待される。
引用文献
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knowledge and perspectives. Endocrine regulations 2013; 47: 39-52.
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in press.
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