カルロス・
C
・マラガリー
ガ著「アルゼンチン商法史大要( 一 八 一 〇年1
一九六〇
年)」
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その重要性ないし必要性が早‑から指摘されていた(例え
ば'田中耕太郎博士)にもかかわらず'アルゼンチンを含
め'ラテン・アメリカ諸国の法制はわが国にほとんど紹介さ
れていない。その理由として種種のものを考えることができ
‑ 226‑
るが︑その一つとして文献の僅少︑又はわが国において文献
の入手が困難であるという実情があげられるであろう︒︵言
語を同じくするスペインにおいても同旨が説かれる︒Sola
Canizares:Iniciacicnaiderectiocomparado'Barcelona.
1954。p.135)
アルゼンチンは︑ラテン・アメリカ諸国の中では︑比較的
法学文献が豊富である︵拙著﹁ラテン・アメリカ法律書概説﹂
五八頁以下を参照されたい︶とはいうものの︑その商法史に
関する書物は乏しく︑筆者の知る限りにおいては︑ここ二〇
年間︑その刊行例は本書の他にない︒ここに本書を紹介する
のは︑一つにはこのような事情のためである︒
次に︑本書の著者︑マラガリーガの人となりについて︑本
書扉頁の肩書きにLaPlata大学名誉教授︑BuenosAires
大学正教授とあり︑別著︵Trat乱oelementaldederecho
8mercial.4vols.1958。の第一巻︶に付された著作目録に
よれば︑その著書数は︑一九一〇年代から現代まで︑商法を
主として延七〇数冊に達している︒又︑一九五九年の会社一
般法草案の起草にもあたっており︑アルゼンチンでは︑可成
り年配で︑長老的存在の代表的商法学者と云うことができよ
本書は︑その表題を︑一八二〇年から二九六〇年に至る一
五〇年間にわたるアルゼンチンの商法史の概要というが︑そ
の内容は︑その独立前のスペイン統治時代の商事快翔の概説 から始り︑独立から約一五〇年後の一九五〇年代までの立法の変遷をたどり︑さらに最近の立法の動きの紹介をもって終っている︒記述は年代順に次の七章に分かれる︒次にその大要を紹介しよう︒lLasOrdenanzasdeBilbao(ビルバォ条例︶
その独立前のスペイン統治時代の商事法制を概説する︒現
在のアルゼンチンの中心部を占めるLaPlata地方へのスベ
イン人の植民︑およびプエノス・アイレス市の建設は一六世
紀の中頃から末にかけて行なわれたが︑ブエノス・アイレス
に領事裁判所ConSFdoが設置されたのは︑それから約二
世紀後の一七九一年であった︒この領事裁判所で商事事件が
審理された︒その場合︑適用されるのは︑原則として︑ビルバ
ォ条例こ七三七年︶であり︑副次的には︑leyes de Indias
や︑FydQcastillaであった︒
本章は︑スベイン統治下︑この地方の主な商事法であった
ビルバォ条例の解説に主としてあてられている︒
Ⅱ図}DerechoIntermedio(中間期の法律︶
本章では︑その独立から商法典制定までの期間の商事法を
素描する︒
二八一〇年五月二五日︑クリォーリョたちは副王を辞職
させ︑副王事に対する戦いが始められたが︑スペイン本国か
ら完全独立をなし︑自らは﹁ラ・プラタ諸州連合﹂を形成す
ることを宣言したのはニハ一六年であったように︑この期間
一一227‑一一
は不安定の時代であった︒︶若干の事項についで法令が制定
されたものの︑商法全般について見るべきものはない︒商法
典編纂の計画がたてられ︑草案も作成されたこともあった
が︑当時の政治情勢により︑挫折させられた︒
以上の立法面に対し︑実際面では︑その職務権限の範囲が
縮少はされつつあったというものの︑領事裁判所は依然存続
していた︵一八六三年廃止︶︒
他方︑旧母国スベインでは︑この時代︑SainzdeAndino
草案に基づき︑一八二九年その初の商法典が制定されたが︑
アルゼンチンの実際界でも︑その大部分の規定が事実上行な
われ︑ある州(だF乱oM︶の如きは商事裁判所はスペイン商
法に留意すべきことを法律にうたった程であった︒
mc乱ificacion︵法典編纂︶
︵独立達成後︑程なく︑アルゼンチンに連邦制主義者と単
一制主義者1中央集権的立場lとの争いがあり︑これに
独裁的政治家の悪政が加わり︑混乱時代が続いた︒殊に︑一
八五二年プエノス・アイレス州は連邦から脱退し︑七年間︑
アルゼンチンにプエノス・アイレス政府とパラーナを首府と
する残りの一三州の連邦政府の二者が対立した︒︶
このような時代に商法典は︑ます︑ブエノス・アイレス州
の法典として制定され︑アルゼンチンが統一国家となってか
ら︑国の法典となったのである︒本章では︑この事情を素描
する︒ 一八五二年八月二四日︑プエノス・アイレスで︑法典草案
起草委員会設置の命令が公布された︒これが︑商法を含む︑
法典編纂の初の具体的動きであった︒商法典草案の起草にあ
たったのはVelezSarsfieldとウルグァイ人︸比呂応0
Acevedoである︒両名は︑一八二九年スペイン商法︑一八
〇七年フランス商法︑一八五〇年ブラジル商法などを参考と
して﹁純粋な観念的な法律を作るというのではなく︑社会の
現状および商業の最近の進歩・発展に適合した法律を作る特
別の注意を﹂払いながら︑草案を作成︑一八五七年に政府に
提出︑国会の審議を経て︑一八五九年Q{C乱紅OdQCOm‑
ercioparaelEstadodeBuenosAires︵ブエノス・アイレ
ス州商法典︶として制定された︒次いでSantare。Entre
Rios両州も本法典を採用したが︑ブエノス・アイレス州が
連邦復帰にすると︑初の国会で一八六二年︑本法典はCらd催0
lcomerciodelaRepublica(共和国商法典︶となったの
である︒
Ⅳl^ospr0yectosde1873y1887︵一八七三年と一八八七
年の草案︶
一八六九年 VelezSarsfieldが︑五ヵ年にわたって起草
した民法典が制定され︑一八七一年から施行された︒このた
め︑若干の点について︑商法典を民法典の規定に調和させる
ことが必要となった︒
まず︑民法典の施行に先立って︑一八七〇年に任命された
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調査委員の成果が七三年に政府に提出された︒
次に︑一八八六年︑政府は︑L.Segovia博士に草案起草を
委任した︒これは︑民法典との調整のためというよりも︑商
法典制定後のアルゼンチン経済の発展︑進歩が法典の改正を
必要としたからである︒Segoviaは︑僅か一五〇日にその
仕事をやり遂げ︑一八八七年に草案を政府に提出した︒
vLaKeiormade188F︵一八八九年の改正︶
一八八七年︑begovia草案が政府に提出されたが︑約二年
半︑国会の法典委員会に送付されなかった︒そして︑結局︑
委員会は商法改正の原案として︑Segovia草案を採用せず︑
現行法︵当時の︶に若干の改正を加えただけの別の草案がと
られた︒
一八八九年一〇月五日︑商法典は︑法律第二六三七号とし
て制定され︑一八九〇年五月一日から施行された︒委員会草
案は︑商法の規定中︑実際上の不便が甚しく︑緊急改正を要す
るもの︑さらに商法典制定後約三〇年間の状勢にともなう必
要な改正を含んでいた︒たとえば︑運送に関する規定︑取引
所に関する規定︑株式会社規定︑交互計算︑船舶抵当など︑
改正︑新設された規定も少なくなかったが︑しかし︑その制
定当時においても︑アルゼンチンの法律上︑経済上の現実の
要請に応えていなかったと言われる︒
ⅥDesdelaley2739ala14769。︵法律第二七三九号から
法律第一四七六九号まで︶ 本章の内容は表題の通り︒その時代は一八九〇年から一九
五八年の約七〇年間に及び︑その間の主要な立法を羅列す
る︒これらは︑その年代を基準とすれば︑一九世紀末︑一九
三〇年頃︑および二九四〇年以降に三分され︑この第二︑第
三のグループに重要な立法が集中する︒たとえば︑一九二六
年協同組合法︑一九三二年有限責任会社法︑一九三四年営業
所譲渡法︑一九四六年公私合弁会社法などである︒
次に︑外資ないし外国企業の比重の大きさは︑アルゼンチ
ンも含めたラテン・アメリカ経済の特色の一つであるが︑こ
の点について︑一九一四年社債法が英法の浮動担保制度を継
受していること︑一九三二年の有限責任会社法制定の理由の
一つが︑有限責任会社形態をとる英独系の外国会社の活躍に
あった事情が紹介されている︒
Ⅶ白DQ3吊OCOmercialenel ActualI︶rndel
ReformasLegislativas︵現在の法改正計画における商法︶
商法改正の最近の動きを紹介する︒それは営業譲渡︑保
険︑海商などの部門に及び︑既に法案が政府もしくは国会に
提出されたもの︑又は調査会で調査中のものがあるようだ
が︑著者がその草案起草に参画した会社法について︑その背
景ないし改正の必要性を特に力説する︵しかし︑法案の具体
的内容については触れていない︒なお︑本会社法草案につい
ては︑拙稿﹁アルゼンチン会社法改正の動き﹂ラテン・アメ
リカ研究創刊号を参照されたい︶︒
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本書は︑元来︑それぞれの部門の専門家によるアルゼンチ
ンの立法一五〇年史の一部として執筆されたのであるが︑事
情により︑独立の単行書として刊行された︒そのためであろ
うか︑叙述は商法のみに限られ︑民法︑経済法ないし産業法
令との関係は考慮されていない︒又︑脚注が詳細であるとは
いうものの︑叙述は主として立法の経過をあとづけるのみ
で︑その内容について深く立入っていないし︑判例の変遷︑
あるいは重要な学説の展開については全く触れていない︒こ
れらの点は︑恐らく他の著者による執筆が予定されていたと
思われる︒従って︑このような点は他の書物などにより補な
わねばならない︒
ともあれ︑ほとんど紹介されていないアルゼンチン国の商
事立法の沿革と発展を知るための稀少な文献の一つであろ
︵中川 和彦︶
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