学位論文の内容の要旨
論 文 提 出 者 氏 名 KAHAER ABULA論 文 審 査 担 当 者 主 査 淺原 弘嗣
副 査 大川 淳、秋田 恵一
論 文 題 目
Elimination of BMP7 from the developing limb mesenchyme leads to articular cartilage degeneration and synovial inflammation with increased age (論文内容の要旨) <要旨> リコンビナント human BMP7 蛋白は関節内投与により関節炎と関節軟骨の変性を抑制する事が示 されているが、内在性 BMP7 蛋白の生理機能はこれまで詳細に解析されてこなかった。これは BMP7 のノックアウトマウスが腎機能不全により生後直ちに死亡してしまう事が一つの原因となってい る。そこで、私たちは、四肢特異的 BMP7 欠損マウス(BMP7c/c;Prx1::cre)を作製し、生後のマウス の膝関節の表現型の解析を行った。 BMP7 欠損下では8週齢以降で関節軟骨のプロテオグリカン量の減少を観察した。BMP7 の欠損は 軟骨細胞のアポトーシスには関与しなかったが、アグリカンの発現減少と MMP13 の発現亢進が観 察された。更に BMP7 の欠損は滑膜の炎症を誘導し、アクチビン A の発現を亢進させることを観察 した。これらの結果は内在性の BMP7 が生後の関節のホメオスタシスに必須である事を示してい る。 <背景と目的> 我が国では、人口の高齢化が急速に進み、整形外科の診療対象としても加齢に伴う変性疾患が 著しく増加している。この中で脊椎症とともに頻度の高いものが変形性膝関節症(膝 OA)である。 膝 OA は、慢性の炎症を伴う関節疾患で、関節の構成要素の退行変性により軟骨の破壊と、骨軟骨 の増殖性変化をきたす疾患である。近年日本で行われた大規模な疫学的研究によると、OA の罹患 率は加齢とともに増大し、膝、肘、股関節及び脊椎において、60 歳以上では、80%以上の人に確 認されている。そのため、OA の治療法の確立に加えて、危険因子の解析に基づいた OA の予防法 の確立は、運動器疾患に関わる全ての医師、研究者にとって、解決すべき急務の課題である。 OA は、その発症に多因子が関与する疾患である。現在までに報告されている関節軟骨の急激な 退行変性の原因としては、遺伝的要因、加齢や、過度の機械的刺激(肥満、腱、靱帯損傷による 関節の不安定化、繰り返しの亜脱臼等)等があげられる。本研究では、これら因子の中で OA の遺 伝的要因にフォーカスをあて、遺伝子改変マウスの作成と関節の表現型の組織学的解析の手法を 用いて、生後の関節機能の維持と OA 発症に関わる遺伝子の同定と、その生理機能の解析を試みて いる。
TGFβ(Transforming Growth Factor)並びに種々の BMP(Bone Morphogenetic Protein)分子は、 発生過程において軟骨組織誘導に必須の機能を有している。成体においても、軟組織中に異所性 の軟骨組織誘導能を発現し、リコンビナントタンパクを関節内に導入することにより関節軟骨の
- 2 - 肥大化や骨棘形成を促進することが示されている。一方で、I 型 BMP 受容体の関節特異的欠損マ ウスでは高齢動物において重篤な OA 様変化が観察されていることから、TGFβ/BMP スーパーファ ミリーに属する遺伝子群は、関節の形成過程だけでなく、それらの正確な活性の制御が、生後の 関節のホメオスタシスに重要であると考えられている。 BMP7 は関節軟骨及び滑膜において最も豊富に存在する BMP 分子の一つであることが報告されて いる。リコンビナントタンパク(rhBMP7)を用いたこれまでの動物実験から、rhBMP7 は、関節軟骨 基質の発現促進作用、軟骨基質分解酵素の発現抑制作用、関節軟骨細胞の生存の促進作用、関節 内炎症性サイトカインの発現抑制作用が報告されている。これらの結果を踏まえて本研究では、 関節のホメオスタシスの維持における内在性の BMP7 の生理機能を検証することを目的とした。 BMP7 欠損マウスは腎不全により生後早期に致死となり、関節の表現型の解析が不可能であること から本研究を始めるにあたって、四肢特異的に BMP7 遺伝子を欠損したマウスの作製を行い、加齢 に伴う関節軟骨の組織学的評価を行った。その結果、BMP7 欠損マウスにおいては関節軟骨の退行 変性が促進され、早期に OA 様の変化を呈することが確認された。 <材料と方法> Prx1 は、Drosophilla の Pair-rule 遺伝子ファミリーに属する転写因子で、マウスの発生過程 において肢芽の間葉組織に比較的限局した発現が観察される。本研究では四肢特異的に BMP7 を欠 損したマウスを作成する為に、Bmp7c/cマウスとPrx1::creマウスの交配を行いBmp7c/c;Prx1::cre を得た。生後の 4、8、24 週でマウスの屠殺を行い、膝関節の表現型の組織学的、免疫組織学的解 析を行った。同腹のPrx1::creを持たないマウスを実験のコントロールとして用いた。関節軟骨 の変性並びに滑膜炎症の重症度は、それぞれ Modified Mankin’s score、synovitis score を用 いて評価した。関節軟骨及び滑膜において BMP7 により制御されている遺伝子の発現解析を行う為 に、8、24 週齢のマウス組織から RNA 抽出を行い Taqman QPCR 法により遺伝子発現量の変化の定 量を行った。統計解析は Mann-Whitney’s U-test を用いて行い、p<0.05 を有意な差として評価 した。 <結果> 1.BMP7 は関節の初期発生には必須ではないが、その欠損マウスでは早期に関節軟骨の退行変性が 観察される 4 週齢と 8 週齢のマウスの関節軟骨の組織標本を(膝関節内側の矢状断切片)準備して組織学 的解析(Safranin-O 染色)を行ったところ、4 週齢のマウスにおいては、関節軟骨細胞の数と形 態、および軟骨基質のプロテオグリカン量に関して大きな変化は観察されなかった。Modified Mankin’s score を用いて軟骨変性の重症度を半定量した結果、4 週のマウスにおいては、有意な 変化は観察されなかった。8 週齢のマウスを用いて同様の解析を行ったところ、BMP7 欠損下で有 意なプロテオグリカン量の低下と軟骨の変性が観察された。 以上の結果は、内在性の BMP7 は、関節軟骨の形成課程には必須ではないが、維持に必須であり、 その欠損は、早期の OA 様変化を誘導することを示唆している。 2.BMP7 による関節機能維持の分子メカニズムの解析 rhBMP7 タンパクを用いた動物実験の報告から、関節内組織に対する BMP7 の生理機能は大きく、 ①軟骨基質の産生促進、②軟骨基質分解酵素の発現抑制、③軟骨細胞の生存の支持、④関節内炎
症の抑制、の4種類に区別されることが示唆されている。この 4 項目に関して、BMP7 欠損マウス の関節軟骨の表現型の解析を行い内在性の BMP7 の生理機能の解析を行った。 2-1.BMP7 欠損マウスにおける軟骨基質産生量の変化 8 週齢、24 週齢のコントロール並びに BMP7 欠損マウスの大腿骨遠位端の矢状断切片の II 型コ ラーゲン染色を行った結果、BMP7 欠損マウスにおいて染色性が低下する傾向が観察された。また、 関節軟骨における Aggrecan の発現を QPCR 法により定量したところ、BMP7 欠損下で有意な発現低 下が観察された。これら結果は内在性の BMP7 が軟骨基質産生に促進的に作用していることを示し ている。 2-2.BMP7 欠損マウスにおける軟骨基質分解酵素の発現量の変化 8 週齢、24 週齢マウスの大腿骨遠位端の関節軟骨における軟骨基質分解酵素の発現の定量を行 ったところ、BMP7 欠損マウスにおいて MMP13 の発現量が増加していることが明らかとなった。 2-3.BMP7 欠損が関節軟骨細胞のアポトーシスに及ぼす影響 8 週齢マウスの関節軟骨細胞における死細胞の存在率を TUNEL 染色により評価したところ、BMP7 欠損マウスにおいて有意な変化は観察されなかった。また、QPCR による解析から Caspase3/8 の 発現に有意な差を見られなかった。これらことから内在性 BMP7 の欠損は軟骨細胞の生存に有意な 変化を誘導しないことが示唆された。 2-4.BMP7 による関節内炎症の抑制 滑膜の自然炎症の重症度の比較を行ったところ、8 及び 24 週齢の BMP7 欠損マウスで有意な滑 膜の肥厚と滑膜マクロファージの細胞数の増加を観察した。この変化は、関節軟骨の変性が観察 される時期と一致しており、4 週齢マウスの滑膜においてはコントロールと BMP7 欠損マウスで大 きな表現型の変化は観察されなかった。 <考察> 本研究では、内在性 BMP7 は、関節組織の形成過程には必須ではないが、生後のホメオスタシス に必須であり、その欠損マウスでは早期に OA 様の変化が観察されることを示した。更に、内在性 の BMP7 の生理機能として、軟骨基質産生促進作用、軟骨基質分解酵素産生抑制作用、滑膜の自然 炎症に対する緩和作用を有することを示唆するデータを得た。 BMP7 欠損下で関節軟骨変性が誘導された分子機序に関して、BMP7 が MMP 等軟骨基質分解酵素の 発現を抑制したこと(Anti-catabolic 作用)が主な理由なのか、滑膜炎の重症化を抑制したこと (Anti-inflammation 作用)が主たる原因なのかに関しての確定的な実験的証拠は未だ得られてい ない。予備的検討において、実験に用いたマウスと同週齢のコントロールマウスの膝関節軟骨と 滑膜における BMP7 の発現量を QPCR 法により比較したところ、軟骨における BMP7 の発現は滑膜に 比較して 20 倍以上多く mRNA が存在していること、関節軟骨の退行変性と滑膜炎症の重症化に時 間差が観察されなかったことから、私たちは、軟骨において主に発現する BMP7 が軟骨基質分解酵 素の発現を抑制することで、軟骨基質からのデブリスの産生を抑制し、TLR2(Toll-like Receptor 2)を介する滑膜及び滑膜マクロファージの活性化を阻害して滑膜の自然炎症の重症化を抑制して いるのではないかとの作業仮説をたて、現在その検証実験を行っている。 本研究の結果から生理的な BMP7 の活性が、関節のホメオスタシスの重要な制御因子である強力
- 4 - な知見を得た。BMP2 等の他の BMP 分子と異なり、rhBMP7 の関節内投与では骨棘形成が観察されて いないこと、rhBMP7 製剤が米国では既に承認されていることを鑑みると関節機能改善薬として適 用拡大の可能性が期待できる。 <結論> BMP7 は関節の形態形成には必須ではないが、関節機能の維持に重要な機能を有しており、その 欠損は早期に変形性関節症様の表現型を呈する。
論文審査の要旨および担当者
報 告 番 号 甲 第 号 KAHAER ABULA 論文審査担当者 主 査 淺原 弘嗣 副 査 大川 淳、秋田 恵一 (論文審査の要旨) 1. 論文内容本論文は、BMP7(Bone Morphogenetic Protein 7)の生理機能を解析する目的で、四肢特異的ノックア ウトマウスの作成と生後の膝関節の表現型の組織学的解析を行い、内在性の BMP7 が関節軟骨のホメオ スタシスに必須であることを世界で初めて明らかとした論文である。 2. 論文審査 1) 研究目的の先駆性・独創性 BMP7 欠損マウスは腎不全により生後早期に致死となるため、これまで生後の関節の表現型の解析 を行うことは不可能であった。この問題を解決するため、本研究を開始するにあたって申請者らは、 cre-loxP システムを用いた四肢特異的 BMP7 欠損マウスの作製を行った。本モデルマウスの解析によ り、申請者らは、世界に先駆けて内在性の BMP7 が関節のホメオスタシスに必須であることを示した。 BMP シグナルが関節の形成及び維持に重要な機能を有していることはすでに示されていたが、生体 内で具体的にどの BMP 分子が関節機能の維持に重要であるかを明らかとした点は評価に値すると考 える。 2) 社会的意義 本研究では、内在性の BMP7 が、関節内炎症及び軟骨基質分解酵素発現に対する抑制作用、軟 骨基質の重要な構成成分の一つであるアグリカンの発現の促進作用を介して、関節のホメオスタシス に必須であることを示した。本研究結果は、変形性関節症の発症の分子メカニズムの理解のみなら ず、BMP7 タンパクが、世界初の変形性関節症治療薬として開発できる可能性を示唆した点で、極め て有用である。 3) 研究方法・倫理観 リコンビナントタンパク(rhBMP7)を用いたこれまでの動物実験から、BMP7 は、関節軟骨基質の発現 促進作用、軟骨基質分解酵素の発現抑制作用、関節軟骨細胞の生存の促進作用、関節内炎症性サ イトカインの発現抑制作用を有している可能性が示唆されていた。本研究では、BMP7 欠損マウスの膝 由来組織を用いて、内在性の BMP7 が上記の生理作用を有するかを、最小限のマウス頭数で的確な 分子生物学的、組織学的解析手法を用いて確実に検証を行っており、十分な知識と倫理観及び熟練 した研究手法を用いて目的の達成を行ってきたことが窺われる。 4) 考察・今後の発展性 申請者らは、BMP7 欠損下で自然発症的に関節内炎症反応が観察されることを報告している。このこ
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( 2 ) とは、BMP シグナルと炎症反応のシグナルのクロストークが存在していることを示唆しており、新たな BMP 分子の機能解析へ発展することが期待できる。また、申請者らは、本研究と同様の手法を用いて 他の BMP 分子の機能解析を進めている。これにより、各 BMP 分子の機能的差異を網羅的に解析し、 将来の臓器、疾患特異的治療薬への開発に結びつけていくことが期待できる。 3. その他 本論文が、2014 年度の日本整形外科学会基礎学術集会において優秀演題賞に選出され、2015 年の Orthopedic Research Society において招待演者に選出されたことは、特記すべきことである。
4. 審査結果