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『源氏物語』心を写す書

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Academic year: 2021

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はじめに 『 源 氏 物 語 』 に は 数 多 く の 恋 愛 が 描 か れ、 そ れ に 伴 っ て 様 々 な 恋 文のやりとりが取り上げられている。今でこそ書道は一種の芸術と して扱われているが、当時の源氏たち貴族にとって筆で文字を書く 行為は日常的で、特に恋愛においては重要な意味を持っていた。顔 を合わせるより先に文で相手の印象を知ることが多い中で、魅力的 な恋文を書くことが重要視されていたからこそ、技術を磨くことは もちろん、工夫を凝らして自己を表現することが必要であった。多 くの登場人物たちを描き分けるにあたって、紫式部はそれぞれの筆 跡 の 癖 や 工 夫、 細 か な 所 作 も 個 性 と し て と ら え、 活 用 し て い る。 「 書 」 に ま つ わ る 表 現 に は 登 場 人 物 の 個 性 を つ く り 出 し、 ま た ス ト ー リ ー を よ り 豊 か に 感 じ さ せ る 効 果 が あ る と い う 実 感 を 胸 に、 『源氏物語』における「書」について論じたい。 筆跡から見る人物 『 源 氏 物 語 』 本 文 中 に 描 写 さ れ る 女 君 た ち を、 筆 跡 描 写 の 観 点 か ら見ていきたい。なお、数多く登場する女君たちの中で、六条御息 所、藤壺、朧月夜、朝顔の姫君という四名の女君に絞り、扱うこと とする。 六条御息所 六条御息所は、家柄や容姿、教養において大変優れた人物として 描かれ、特に書においては抜群の才能を発揮している。梅枝巻での 仮名批評の場面で源氏は御息所の筆跡について次のように述べてい る。 心にも入れず走り書いたまへりし一行ばかり、わざとならぬを 得て、際ことにおぼえしはや。 (梅枝③四一五) 仮 名 の 名 手 と し て 名 高 い 六 条 御 息 所 は、 な に げ な く 書 い た「 一 行 」 の書でさえも絶賛され、源氏はそれが懸想のきっかけになったとま で言っている。書の能力は、教養の高さを物語る。六条御息所は他 の女君に比べ格段に優れた教養の持ち主で、趣深い人物として源氏 を惹きつけている。そのことは、 ○  〔源氏ノ心内語〕御息所は、心ばせのいと恥づかしく、よしあ

『源氏物語』心を写す書

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鈴木瑞穂 『源氏物語』心を写す書 りておはするものを、 (葵巻②二六) ○  (源氏ハ御息所ノコトヲ)よしありし方はなほすぐれて、もの のをりごとに思ひ出できこえたまふ。 (絵合②三七三) といった記述からも読み取れる。 葵上の死去に際して、御息所は源氏に弔問の文を贈る。 菊のけしきばめる枝に、濃き青鈍の紙なる文つけて、さし置き て往にけり。いまめかしうも、とて見たまへば、御息所の御手 なり。 (葵②五一) 咲 き か け の 菊 の 花 と、 深 い 緑 色 の 葉 に 紛 れ る よ う に、 「 濃 き 4 4 青 鈍 」 ( 葵 ② 五 一 ) の 手 紙 を 添 え て い る。 気 の 利 い た 趣 向 だ と 好 感 を 持 っ た 源 氏 は 手 紙 を 開 き、 そ の「 御 手 」 で 御 息 所 だ と 確 信 す る。 「 さ し 置きて往にけり」は名乗らずにそっと届ける従者の姿で、喪中の源 氏に表立った消息を控える御息所の心遣いといえる。対して源氏は 常よりも優にも書いたまへるかな、とさすがに置きがたう見た まふものから、つれなの御とぶらひやと心憂し。 (葵②五一) という感想を漏らしている。いつにも増して優れた文だと素直に感 じる一方で、しらじらしい文面だと厭わしくも思う。源氏の複雑な 心の内が表れている。 葵巻において、御息所は葵の上が悪霊に取り憑かれたことを知る。 時を同じくして自分の身体から香る芥子の香りに気付き、自分であ りながら自分ではないような思いに苦しんでいたのであった。仮名 の 名 手 と し て 筆 跡 の 美 し さ は 日 ご ろ か ら 言 及 さ れ る が、 「 常 よ り も 優にも」と評されるこの文は、生霊の自覚に際しての心の動揺をな るべくおさえて、慎重に、いっそう丁寧に書かれたことを示してい るように思う )1 ( 。 また、御息所の伊勢下向の折の贈答では、別れを惜しみ、御息所 の悲涙を言い当てた源氏の歌に対し次のような返歌をしている。 鈴鹿川八十瀬の波にぬれぬれず伊勢まで誰か思ひおこせむ ことそぎて書きたまへるしも、御手いとよしよししくなまめき たるに、あはれなるけをすこし添へたまへらましかばと思す。 (賢木②九四) 筆跡の優美さを褒める一方で、あなたの想いは伊勢までは及ぶま い、と強く言い捨てる御息所の歌に、もう少し素直さを求める源氏 で あ る。 「 こ と そ ぎ て 」 書 か れ て い る が ゆ え に、 そ の 筆 跡 の 美 し さ が 際 立 っ て い る。 「 書 」 の 評 価 は 紙 の 質 や 筆 遣 い な ど を 総 合 的 に 見 て判断されるが、紙上に生じる「余白」も大切な要素のひとつであ る。適度な余白は線質を際立たせる。余白の美を感じさせる文であ るともいえるだろう。迷った末に伊勢への下向を決意した御息所で ある。後ろ髪をひかれてしまう自分の情けなさを痛感し、今更どう にもならない別れの決意を胸に、いつも以上に感情をコントロール している。御息所は手紙でさえも、自身の気持ちを抑えている。自 分自身を見つめ、冷静になろうと努める御息所の様子が、書の余白 に表れているように思う )2 ( 。 身分や容姿、教養においては申し分のない貴婦人は、こうした繊 細 な 一 面 を 持 ち 合 わ せ て い た。 朴 英 美 氏 が、 「 優 れ た 筆 跡 が 自 身 の 品格を保つ手段として用いられている )3 ( 」と指摘するように、御息所

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の筆跡は、彼女の欠点ともいえるあまりに繊細な内面をカバーする 役目を担う。内面が繊細であればあるほど筆跡の美しさは際立って 感じられ、それが源氏との関係を繋ぎ止めてもいるのである。 藤壺 源氏と藤壺との不義の子である若宮と、桐壺帝がついに対面する。 疑いもせず若宮を寵愛する帝の様子を見た藤壺は、胸が張り裂けそ うな思いである。源氏は帝の前から退出し、命婦のもとに藤壺宛の 文 を 送 る。 命 婦 は 藤 壺 に そ れ を 見 せ、 「 た だ 塵 ば か り、 こ の 花 び ら に 」( 紅 葉 賀 ① 三 三 〇 ) と 返 事 を 促 す。 藤 壺 は、 命 婦 の 言 葉 を 受 け 止め、筆を持つ。 わが御心にも、ものいとあはれに思し知らるるほどにて、  袖ぬるる露のゆかりと思ふにもなほうとまれぬやまとなで しこ とばかり、ほのかに書きさしたるやうなるを、喜びながら奉れ る、例のことなれば、しるしあらじかしとくづほれてながめ臥 したまへるに、胸うちさわぎていみじくうれしきにも涙落ちぬ。 (紅葉賀①三三〇─三三一) 光源氏が久しぶりに目にした藤壺の文には和歌だけが書き付けられ て い る。 「 ほ の か に 」 は「 わ ず か だ、 ほ ん の 少 し だ 」 と い う こ と を 表す形容動詞で、ここでは墨の量を指す )4 ( 。 一般的に和歌を書き付ける際には墨継ぎをしながら、左右のバラ ンスを見て墨の濃淡を調節し、文字を散らして書き付ける。墨継ぎ をしなければ、筆に含ませていた墨は段々と少なくなり、次第にか すれて弱弱しく薄い線になっていくのである。このときの藤壺は丁 寧に墨継ぎをするだけの心の余裕があるようには思えない。若宮の 姿を見るたびに、藤壺は帝への罪悪感に苛まれる。決して打ち明け ることのできないこの罪の意識を共有しているのは源氏ただ一人で ある。そうした苦しい状況下で、やっとの思いで書き上げた手紙で あることが筆跡描写からも強調される。本人の筆跡で、本人の気持 ちをのせて届く手紙というものは大変重要な意味を持つ。加えて日 ごろから文のやりとりは源氏からの一方通行となることがほとんど であった。見た目に美しいとは言えないであろう文であっても、源 氏にとっては涙が出るほどうれしいのである。 朧月夜 梅枝巻で、光源氏は朧月夜の筆跡について次のように述べる。 今の世の上手におはすれど、あまりそぼれて癖ぞ添ひためる。 (梅枝③四一六) 「 今 の 世 の 上 手 」 と し て、 紫 の 上、 朝 顔 と 共 に 当 代 の 名 手 に 数 え て い る。 そ の 一 方 で、 「 あ ま り そ ぼ れ て 癖 ぞ 添 ひ た め る 」 と も 評 し て い る。 文 字 の 癖 と い う の は 時 代 を 問 わ ず 誰 に で も あ る も の だ が、 『 源 氏 物 語 』 に お い て 癖 が あ る 筆 跡 だ と 特 筆 さ れ る の は 稀 で あ る。 朧月夜は自身の文字が持つ癖を意識すらしていないのか、気づいた 上で治そうとしていないのか、どちらにせよ、癖は朧月夜の個性を 彩っている。快活で華やかな気性の朧月夜は、便りが来なければ自

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鈴木瑞穂 『源氏物語』心を写す書 ら出してしまうなど、当時の女君としては珍しい積極的で大胆な性 格である。朧月夜の奔放な性格と文字の癖は、無関係とは思えない のである。 また、源氏の須磨退去にあたって交わされた消息では、朧月夜の 筆跡は、 泣 く 泣 く 乱 れ 書 き た ま へ る 御 手 い と を か し げ な り。 ( 須 磨 ② 一 七八) と評されている。朧月夜は、源氏との別れに動揺を隠しきれない様 子である。ここでの朧月夜の文字の「乱れ」は心の動揺を素直に映 し出している。これにより、別れの辛さや源氏を思う気持ちを強調 する効果を生んでいる。 人目を忍んで愛を育んだ二人にとって、手紙のやりとり一つ一つ が 心 を 通 わ せ る 数 少 な い 機 会 と し て、 重 要 な 意 味 を 持 っ て い た。 「 癖 」 を 持 つ 朧 月 夜 の 筆 跡 は 女 君 の 中 で も 印 象 的 で、 源 氏 に と っ て 朧月夜自身との直接的な繋がりを実感させたのではないだろうか。 朝顔 梅枝巻では、 さはありとも、かの君と、前斎院と、ここにとこそは書きたま はめ(梅枝③四一六) と、紫の上、朧月夜と並んで仮名の名手に数えられているが、朝顔 の手に関する具体的な評価はない。そこで、朝顔の筆跡に関する描 写を集めてみる。 まず葵巻。葵の上の喪に服す源氏のもとへ届いた朝顔からの見舞 い状は、 ほのかなる墨つきにて思ひなし心にくし。 (葵②五八) と語られる。ここでの「ほのか」は華やかでない、控えめな線質を 示す。筆に含ませる墨は多いほどに、濃く太く主張の強い線を生み 出 す。 「 ほ の か な る 墨 つ き 」 は、 控 え め で 適 切 な 墨 の 含 ま せ 方 を 思 わせる。着飾っていないからこそ、奥ゆかしく、心惹かれるのであ る。 また賢木巻には、 御手こまやかにはあらねど、らうらうじう、草 さう などをかしうな りにけり。 (賢木②一二〇) と あ る。 こ の「 草 」 は、 「 草 仮 名 」 を 示 す と 考 え ら れ る。 女 手 の 発 達 に 伴 い、 草 仮 名 を 用 い る こ と が 減 っ て き て い た 時 代 を、 『 源 氏 物 語』の登場人物たちは生きている。繊細で美しくはなくとも、草仮 名を書いてのけた朝顔の文は目をひいたのであろう。 朝顔巻における源氏との贈答では、朝顔の手紙について、 青 鈍 の 紙 の な よ び か な る 墨 つ き は し も を か し く 見 ゆ め り。 ( 朝 顔②四七七) と 語 ら れ る。 「 な よ び か 」 は し な や か な 衣 服 や 紙、 優 し い 女 性 の 性 格描写、あるいは女性の容姿の描写に多く用いられる形容動詞であ り、上品で優美な様子を表す )5 ( 。青鈍の紙は喪中に使用するもので陰 気 な 色 だ が、 そ こ に 柔 ら か に 書 か れ た 文 字 の 色 が か え っ て「 を か し」と感じさせるという。

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朝顔は、源氏のアプローチに対して冷静に切り返す様子がたびた び描かれる。 ○  〔源氏ノ心内語〕つれなながら、さるべきをりをりのあはれを 過ぐしたまはぬ、 (葵②五八) ○  〔源氏ノ台詞〕昔よりこよなうけ遠き御心ばへなるを、 (朝顔② 四八九) 右に挙げたように、つれなく近寄りがたい印象が語られる場面があ るが、一方で、彼女の書く文については風流で優しく、魅力的に描 写される。 朝 顔 の 筆 跡 に つ い て は、 「 墨 つ き 」 へ の 言 及 が 多 い。 草 仮 名 を 使 いこなしている様子からも、日頃から書き慣れていることを感じさ せる。墨の濃淡の調節が絶妙で、たとえそれがつれない返歌であっ たとしても、丁寧な心配りが表れている。朝顔は源氏の求愛を拒み 続けた芯のある女性でありながら、教養高く、控えめで奥ゆかしく、 優しい性格を思わせる。筆跡描写による印象付けの効果といえよう。 四人の女君を通して、筆跡が源氏と女君との仲をつなぎとめてい る 様 子 を 見 る こ と が で き た。 『 源 氏 物 語 』 に お い て、 筆 跡 描 写 は た だその人の特徴を示す手段というわけではない。人と人とをつなぎ、 物語をより豊かに彩る重要な役割を担っているのである。 書をめぐる描写の表現効果 物語の読者は、台詞だけでなくそれに付随する情景描写から、場 面を理解し、登場人物の心情を追うことができる。 『源氏物語』は、 筆跡だけでその書き手や教養の有無を見分けられるほどに、書が日 常 的 で あ っ た 時 代 の 物 語 で あ る。 書 を め ぐ る 描 写 は ご く 日 常 的 で あって、だからこそ、さりげなさの中に面白さを見出すことができ ると感じる。書にまつわる動作や視線の動きといった具体的な動き に 着 目 し、 「 場 面 」 か ら 書 を め ぐ る 描 写 の 表 現 効 果 に つ い て 考 え て みたい。 「視線」を追う 澪標巻に、次のような一場面がある。明石の姫君の五十日の祝い に遣わした使者が明石の君の返事をもたらした。それを読む源氏と、 その場に居合わせている紫の上の描写である。 う ち 返 し 見 た ま ひ つ つ、 「 あ は れ 」 と 長 や か に 独 り ご ち た ま ふ を、 女 君、 後 目 に 見 お こ せ て、 「 浦 よ り を ち に 漕 ぐ 舟 の 」 と、 忍 び や か に 独 り ご ち な が め た ま ふ を、 「 ま こ と は、 か く ま で と りなしたまふよ、こはただかばかりのあはれぞや。所のさまな どうち思ひやる時々、来し方のこと忘れがたき独り言を、よう こそ聞きすぐいたまはね」など、恨みきこえたまひて、上包ば かりを見せたてまつりたまふ。手などのいとゆゑづきて、やむ ご と な き 人 苦 し げ な る を、 か か れ ば な め り と 思 す。 ( 澪 標 ② 二 九六─二九七) 源氏は以前、明石の君の存在を紫の上に打ち明けている。ここでも 隠すことなく、紫の上の目の前で手紙を広げる源氏であるが、繰り

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鈴木瑞穂 『源氏物語』心を写す書 返し読んで溜息をつき、紫の上のことは目に入っていないようであ る。紫の上は源氏の姿を目の当たりにして、手紙が気にならないは ずがない。かといって手紙を取り上げることも、声をかけて覗き込 むこともできずに、源氏の傍らに居る。横目に見ながら、源氏のた め息に重ねるように、嫉妬の気持ちを詠みかけるのである。 そんな紫の上に対して、源氏は軽くいやみを言って、明石の君の 手紙の上包だけを見せる。紫の上は、その見事な筆跡に感嘆する。 明石の君の筆跡については明石巻でも言及されている。 手のさま書きたるさまなど、やむごとなき人にいたう劣るまじ う上衆めきたり。 (明石②二五〇) 共通するのは、高貴な女性にもひけをとらない見事な筆跡であると いうことである。上包の文字だけで源氏の執心について紫の上を納 得すらさせてしまう明石の君は、どれほど魅力的な女性なのだろう か。明石の君の手紙をめぐる源氏と紫の上とのやりとりの中で、紫 の上の反応一つひとつから読者は紫の上の心の動きを読み取る。そ して、明石の君の魅力を再認識する。夫婦関係を描くドラマのワン シーンのような、日常的な描写が効果的に生きている場面といえよ う。 また、松風巻のある場面は、先に挙げた澪標巻と同様、紫の上の 不機嫌な様子がその仕草から推察できる構成になっている。 明石の君の元を訪れ、予定よりも遅く帰邸した源氏に対し、紫の 上の態度は不満げである。そんな紫の上に見つからないよう、源氏 は明石の君に宛てた手紙をこっそりしたためる。 暮れかかるほどに、内裏へ参りたまふに、ひきそばめて急ぎ書 きたまふはかしこへなめり、側目こまやかに見ゆ。うちささめ きて遣はすを、御達など憎みきこゆ。 (松風②四二二) 紫の上に見つからないように気を付けているとはいえ、手紙への気 持 ち の 込 め よ う は 隠 し き れ て い な い。 紫 の 上 づ き の 女 房 た ち に も しっかりと目撃されている。 ありつる御返り持て参れり。えひき隠したまはで御覧ず。こと に 憎 か る べ き 節 も 見 え ね ば、 「 こ れ 破 り 隠 し た ま へ。 ( 中 略 )」 とて、御脇息に寄りゐたまひて、御心の中には、いとあはれに 恋しう思しやらるれば、灯をうちながめて、ことにものものた まはず。文は広ごりながらあれど、女君見たまはぬやうなるを、 「 せ め て 見 隠 し た ま ふ 御 眼 尻 こ そ わ づ ら は し け れ 」 と て う ち 笑 み た ま へ る、 御 愛 敬 と こ ろ せ き ま で こ ぼ れ ぬ べ し。 ( 松 風 ② 四 二二─四二三) 夜になり、明石の君からの返事が到着する。紫の上の手前、隠すこ ともできず、やましいことがないことを示そうと堂々と手紙を広げ る。源氏は手紙を破り捨ててくれとまで言うが、手紙を広げたまま 脇息にもたれかかり、紫の上の目の前で明石の君を想うのである。 紫の上はそれを知ってか知らずか、手紙を見ようとしない。気にな りながらも不機嫌そうに目線をそらす様子は、源氏の「せめて見隠 したまふ御眼尻」という言葉から想像できる。 紫の上の発言を描かず、手紙への視線に着目することで二人の少 し気づまりな空気感を浮かび上がらせているのは興味深い手法であ

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る。手紙を扱う動作をさりげなく取り入れることで、日常にありふ れた男の秘密や女の嫉妬を描き出しているのである。 懐紙をめぐって 『 源 氏 物 語 』 は、 文 中 に 描 か れ て い な い 背 景 ま で 想 像 さ せ る 物 語 であるというのが、私の持つ印象である。物語を読み、面白いと感 じるかそうでないかは、登場人物の置かれている状況や今後の展開 を、頭の中で映像として想像できるか否かにかかっているといって も過言ではないだろう。語り手の手腕が問われるのである。 空蝉巻において、ある「懐紙」をめぐる源氏と空蝉とのやり取り が描かれた場面を以下に見ていこう。 帚木巻での逢瀬以降、空蝉は源氏を拒否し続けていた。思いを募 らせた源氏はついに空蝉巻で、空蝉の寝所に忍び込む。ところが源 氏の気配に気づいた空蝉は、自身の着ていた小袿を一枚残して逃げ 出した。 しばしうち休みたまへど、寝られたまはず。御硯いそぎ召して、 さしはへたる御文にはあらで、畳紙に手習のやうに書きすさび たまふ。  空蝉の身をかへてける木のもとになほ人がらのなつかしき かな と 書 き た ま へ る を 懐 に ひ き 入 れ て 持 た り。 ( 空 蝉 ① 一 二 九 ─ 一 三〇) 仕方なく空蝉の小袿を持ち帰った源氏はその香りに慕わしさを感じ ながら、寝つくことができずにいた。そこで急いで硯を用意し、畳 紙 に 空 蝉 へ の 思 い の 丈 を 書 き 付 け る こ と に し た の で あ る。 「 手 習 の やうに書きすさびたまふ」とあるから、手持ちの懐紙に思うままに 書 き 付 け て い る 様 子 を 示 し て い る の だ ろ う。 そ し て、 「 さ し は へ た る 御 文 に は あ ら で、 」 と い う 前 置 き に 着 目 し た い。 あ く ま で い た ず ら書きのようなものであり、相手に届ける目的は持っていないとい うことである。しかし、本当に届ける意志がないのであれば、誰に も 見 ら れ な い よ う に 書 く は ず で あ る。 「 さ し は へ た る 御 文 に は あ ら で」という前置きは、この畳紙が見るからに手紙らしくないことを 強調する。いくら手紙を贈っても振り向こうとはしてくれない空蝉 に自分の気持ちを示す術として、源氏はこの形式を選んだ、と私は 考えたい。つまり、意図的ではないように見せかけていたずら書き の畳紙を届け、日常的にこんなにも君を想っているのだと暗に示そ うとしているのではないかということである。 つれなき人もさこそしづむれ、いとあさはかにもあらぬ御気色 を、ありしながらのわが身ならばと、とり返すものならねど、 忍びがたければ、この御畳紙の片つ方に、  空蝉の羽におく露の木がくれてしのびしのびにぬるる袖か な(空蝉①一三一) 源氏の和歌は小君の手で空蝉のもとに届けられた。空蝉は、未婚の ままの身の上だったならとわが身を疎む。空蝉巻は、この空蝉の和 歌で締めくくられる。この場面を取り上げることで私が強調したい のは、一首の和歌だけに着目するのではなく、源氏の畳紙に和歌を

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鈴木瑞穂 『源氏物語』心を写す書 書き付ける空蝉の姿そのものを俯瞰的にとらえることで、描写の面 白さを見出すことができるのではないかということである。 先に挙げた箇所をもう一度、頭の中に映像を浮かべながら、読ん でみてほしい。 「 あ り し な が ら の わ が 身 な ら ば と、 と り 返 す も の な ら ね ど、 忍 び が た け れ ば、 」 で 空 蝉 の 心 の 内 と、 行 動 に 至 る 経 緯 が 明 か さ れ る。 ここで、 「この御畳紙の片つ方に、 」と、先ほどの「御畳紙」が映し 出 さ れ る。 そ こ に は 源 氏 の 和 歌 が あ り、 そ の 端 の 余 白 が ク ロ ー ズ アップされる。そして読者は、その「御畳紙」の「片つ方」に、空 蝉が和歌を書き付ける姿、その手元を想像する。それぞれの気持ち を内包した二つの歌が書き付けられた一枚の懐紙がそこにあるだけ、 という情景が生まれる。ここで空蝉巻の映像は止まる。懐紙を折り 畳む空蝉の表情や様子はどのようなものだったのか、その懐紙は源 氏の元に届けられたのか、あるいはそのまま捨てられたのか、そう いった一切の描写は切り捨てられている。 読者は続きを知りたがるものである。懐紙を前に思いをめぐらし、 次 の ペ ー ジ を め く る ま で に 訪 れ る 少 し の 沈 黙 と、 ま っ た く 異 な る シーンが始まった瞬間に感じるじれったさまでもが計算されている ように思えてならない。物語の展開に取り残されて余韻に浸るしか ない読者、あるいは次の場面を受け入れようと読み進める読者、そ のどちらも、すでに物語に夢中になっている。 二人をつなぐもの 葵巻において、源氏は紫の上と新枕をかわす。その直後の二人を 描いた場面がとても興味深い。 つれづれなるままに、ただこなたにて碁打ち、偏つぎなどしつ つ日を暮らしたまふに、心ばへのらうらうじく愛敬づき、はか なき戯れごとの中にもうつくしき筋をし出でたまへば、思し放 ちたる年月こそ、たださる方のらうたさのみはありつれ、忍び がたくなりて、心苦しけれど、いかがありけむ、人のけぢめ見 たてまつり分くべき御仲にもあらぬに、男君はとく起きたまひ て、女君はさらに起きたまはぬ朝あり。 (葵②七〇) 源氏が可愛らしさばかりを感じていた紫の上は、少し離れていた間 に女性らしく、大人らしく成長していた。一人前の女性として見る にふさわしい紫の上の姿に、父や兄としてではなく一人の男として、 抑えがたい心情を抱えている。ここでの「つれづれ」は「すること がなくて退屈なさま、所在ないさま )6 ( 」の意であろう。葵の上の死に 加え、紫の上の成長は源氏の心の揺れを生み出し、源氏は何事も手 につかず所在なく過ごす。そうしているうちに源氏は紫の上への思 いをさらに募らせる。源氏の心情の動きや行動が語り手の感想を交 えながら描かれ、源氏の浮ついた気持ちともどかしさが表れている。 また、読者にとってはテンポよく読み進めるうちに、いつの間にか 二人が「後朝」を迎えているのである。 さて、この場面で特に着目したいのは、源氏の衝動によって迎え ることとなった新枕の翌朝のことである。 君は渡りたまふとて、御硯の箱を御帳の内にさし入れておはし

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にけり。人間に、からうじて頭もたげたまへるに、ひき結びた る文御枕のもとにあり。何心もなくひき開けて見たまへば、  あやなくも隔てけるかな夜を重ねさすがに馴れし夜の衣を と書きすさびたまへるやうなり。かかる御心おはすらむとはか けても思しよらざりしかば、などてかう心憂かりける御心をう らなく頼もしきものに思ひきこえけむ、とあさましう思さる。 (葵②七〇─七一) 源 氏 は 女 房 た ち に 自 室 に 戻 る 旨 を 伝 え、 去 り 際 に「 御 硯 の 箱 」( 以 下、硯箱と記す)を御帳の内側に差し入れる。硯箱とは、筆や墨、 料 紙 と い っ た 道 具 類 を 納 め た 箱 の こ と で あ る。 「 女 君 は さ ら に 起 き たまはぬ朝」のことで、紫の上の姿はまだ見えない。源氏もその場 を去ってしまった今、読者の視線は差し入れられた硯箱に残される。 そして今度は、紫の上の行動に焦点があてられる。周囲に人がいな くなってからようやく紫の上が頭を上げると、その視線の先には一 通の手紙が置かれている。何気なく開いてみると、源氏からの手紙 で あ る。 こ れ は、 「 後 朝 の 文 」 で あ る。 そ し て、 先 ほ ど 源 氏 が 置 い たのは、この手紙を入れた硯箱だったのだと気付く。二人の中心に 「 手 紙 」 を 置 き、 そ こ に 焦 点 を あ て る こ と で、 す れ 違 う 源 氏 と 紫 の 上を効果的に描いている。 昼近くになって源氏が紫の上の元に戻ってくる。 御衾をひきやりたまへれば、汗におし漬して、額髪もいたう濡 れ た ま へ り。 「 あ な、 う た て。 こ れ は い と ゆ ゆ し き わ ざ ぞ よ 」 とて、よろづにこしらへきこえたまへど、まことにいとつらし と 思 ひ た ま ひ て、 つ ゆ の 御 答 へ も し た ま は ず。 「 よ し よ し。 さ らに見えたてまつらじ。いと恥づかし」など怨じたまひて、御 硯あけて見たまへど物もなければ、若の御ありさまや、とらう たく見たてまつりたまひて、日ひと日入りゐて慰めきこえたま へ ど、 解 け が た き 御 気 色 い と ど ら う た げ な り。 ( 葵 ② 七 一 ─ 七 二) 紫の上は、幼いころから慕ってきた源氏の思いもよらぬ行動に動揺 している。後朝の文に対する「などてかう心憂かりける御心をうら なく頼もしきものに思ひきこえけむ」 (葵②七一)という感想には、 源氏を信頼しきっていた我が身に対する自責の念すら表れている。 紫の上は、源氏に対する嫌悪や不信といった様々な感情を整理でき ずに不貞腐れている。無視を決め込んだ紫の上は源氏の言葉に対し て一言も返していない。会話のない中で、源氏に紫の上の心情を知 らせるのは、硯箱の役目である。源氏は先ほどの硯箱を開けるが、 中に返歌はない。 硯箱に着目すると、この場面に登場する硯箱は「御硯あけて見た ま へ ど 」( 葵 ② 七 二 ) と い う 描 写 か ら、 蓋 が つ い て い る こ と が わ か る。一方で、後朝の文が発見される箇所に遡ると、紫の上が硯箱を 開 け る 描 写 が な い。 視 線 を 向 け る と 目 に 入 る の は「 ひ き 結 び た る 文」である。作者の省筆によるものなのか、源氏の気遣いによって 開けた状態で置かれたのか判断しかねるが、私は後者の可能性を感 じている。開いていた硯箱の蓋は、源氏が再度見たときには閉まっ ている。そして、開けてみると中には何も入っていない。これは、

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鈴木瑞穂 『源氏物語』心を写す書 紫の上からの返事がないことと同時に、紫の上が源氏の文を見たと いうことを明示している。硯箱を通して、手紙を見た上で返事を書 けずにいる紫の上の動揺を読み取った源氏は、そうした幼さを見せ る紫の上が愛しくてたまらないのである。 この場面は、会話や心内語に頼らず、仕草を中心に描くことで情 景を語っている。そうした場合に、より映像的に場面展開を想像さ せる工夫の一つとして、人物をつなぐ媒体となる何かに焦点を当て るのは効果的な手法といえる。そして、その役割を担うのは、日常 にありふれたものであることが望ましい。なぜならより自然に、主 役たちの描写を彩ることができるからである。先に挙げた場面では 硯 箱 に 焦 点 が あ て ら れ て い た。 今 ま で 取 り 上 げ た 例 で 示 す と、 「 1 「視線」を追う」では明石の君の手紙、 「2 懐紙をめぐって」では 源氏の懐紙がそれにあたる。このことに気付くことは、当時の貴族 社会の日常風景を知ることでもあり、作者紫式部の表現力の豊かさ を知ることでもあるのである。 おわりに こ こ ま で 述 べ て き た こ と か ら も 分 か る よ う に、 『 源 氏 物 語 』 の 中 に は、 「 書 」 を め ぐ る 描 写 が 散 り ば め ら れ て い る。 女 君 の 生 い 立 ち や性格は語り手によって紹介することができるし、手紙については 和歌や心内語によって心情やその背景を読み取ることができる。筆 跡、癖や字配りに言及しなくても、あるいは小道具を描かなくても、 物 語 は き ち ん と 進 ん で い く だ ろ う。 ま し て や、 『 源 氏 物 語 』 の よ う な長編大作にもなれば、手紙のやりとりや、何気ない会話の一つひ とつにこだわって個性を設定していくことは大変な作業である。に も関わらず、そうした描写が形を変えて次々と作中に表れるのは、 読 者 を 物 語 の 世 界 へ と 引 き 込 む 重 要 な 役 割 を 持 つ か ら で あ ろ う。 「 書 く こ と 」 が 生 活 の 一 部 で あ っ た 平 安 時 代 の 人 々 に と っ て「 書 」 は生活の中に当たり前に息づいているものであり、なくてはならな いものであった。筆跡には、書き手の性格や心情が表れる。また、 人と人とを繋ぐ手紙や、ふと目をやるとそこにある硯箱など、日常 にありふれた「書」を描写することで、人々の交流をより現実的に、 自然に伝える効果がもたらされる。まるで実際に起きた出来事であ るかのように、登場人物たちを生き生きと動かすのである。書の描 写 に 着 目 す る こ と で、 『 源 氏 物 語 』 の 日 常 を 垣 間 見 る こ と が で き、 物語の読みはより豊かになるのではないだろうか。 *  『源氏物語』の引用は『新編日本古典文学全集』 (小学館)に拠り、その巻 数と頁数を示した。 注1  朴英美「 『源氏物語』の六条御息所の筆跡について」 (『人間文化創成科 学論叢』第一七巻、二〇一五年三月)は、 「生霊が自分であると知られて いるかどうか気にかかる心の不安から、 「見られる」意識をもつ御息所は、 手 紙 に 心 の 乱 れ が 表 れ な い よ う に、 入 念 に 文 字 を 書 い た の だ と 考 え ら れ る」と指摘する。 2  注1論文は、 「手紙を簡略にし、源氏に「あはれなるけ」が足りないと 思わせるような書き方で、源氏への未練を断ち切る決意を表わしている」

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と指摘する。 3 注1論文。 4  朴 英 美「 薄 く 書 く 和 歌

『 源 氏 物 語 』 に お け る「 こ と ば 」 と し て の 筆跡

」( 『日本文学』二〇一五年六月号)は、 「筆跡についていう「ほ のか」は、文字が鮮明に見えない様子を言」うと指摘している。 5  『新編日本古典文学全集 源氏物語』における「なよびかなり」の用例 は 以 下 の 一 一 例 で あ っ た。 帚 木 ① 五 三、 帚 木 ① 六 三、 朝 顔 ② 四 七 七、 胡 蝶 ③ 一 七 九、 真 木 柱 ③ 三 五 六、 梅 枝 ③ 四 〇 六、 若 菜 下 ④ 一 九 二、 夕 霧 巻 ④四〇七、総角⑤二三〇、総角⑤三〇三、総角⑤三二六。 6 『古語大辞典』 (小学館、一九九四年) 。 (すずき・みづほ 平成二十六年度卒業生)

参照

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