• 検索結果がありません。

1 モモルル学習指導要領等の一部改正の理由徳とく田だ一かず道みち新米の中学校教師道徳教育について一道に教えてくれる妖精 の気持ちは~この時の気持ちは~思いやりは大事です!そうだ!! どうする?とくだ先生! は 弊社ウェブサイトで公開している 道徳教育を解説するマンガ です このマンガは その特別版で

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "1 モモルル学習指導要領等の一部改正の理由徳とく田だ一かず道みち新米の中学校教師道徳教育について一道に教えてくれる妖精 の気持ちは~この時の気持ちは~思いやりは大事です!そうだ!! どうする?とくだ先生! は 弊社ウェブサイトで公開している 道徳教育を解説するマンガ です このマンガは その特別版で"

Copied!
52
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

日文教育資料[道徳] 平成27年(2015年)6月30日発行

「特別の教科 道徳」 ポイント解説資料

何が変わる? 「特別の教科 道徳」……… 島恒生/たら子

解説マンガ

道徳科は何を目指すのか ……… 藤永芳純 ポイント1

小 学 校

「特別の教科 道徳」の設置と 学校が対応する課題 ……… 吉澤良保 ポイント2

中 学 校

道徳科の評価はこうすればできる 評価文例 道徳科の評価をどうするか(実践事例) ……… 服部敬一 … 坂部俊次 ポイント3

評 価

小学校 学習指導要領 新旧対照表 中学校 学習指導要領 新旧対照表 学年段階・学校段階の一覧表

新旧対照表+ポイント解説

地球の仲間からのメッセージ カラスなぜ鳴くの?……… 長瀬健二郎 教科化に向けた 教員養成の在り方について ……… 岡田芳廣 ポイント4

教員養成

連載

特別号

日文教育資料[道徳]

詳しくはWebへ!

日 文

検索

日文の実践事例、教科情報

日本文教出版/秀学社

未来をになう子どもたちへ 教科化スタート 教科書使用開始 教科化スタート 教科書使用開始 ※1 年度内に学習指導要領解説の発行と評価に係る検討を予定 ※2 一部改正学習指導要領の主旨・内容を踏まえた取組が可能 年度 (2014年)平成26年度 平成27年度(2015年)※1 (2016年)平成28年度 (2017年)平成29年度 (2018年)平成30年度 (2019年)平成31年度 小学校 中学校 「特別の教科 道徳」 教科化スケジュール 学校教育法 施行規則 一部改正 学習指導要領 一部改正 平成27∼29年度 移行期間※2 編集 検定 採択 平成27∼30年度 移行期間※2 編集 検定 採択

「特別の教科 道徳」

ポ イント 解 説 資 料

(2)

道 徳 が 特 別 の 教 科 に な る と 何 が ど う な る ん だ ろ う ⋮ ⋮ ?

な ん て 都 合 が よ い ん だ ! お 願 い し ま す ! 今 回 の 改 正 は ﹁ い じ め の 問 題 等 へ の 対 応 ﹂ が 発 端 で 、 ﹁ 軽 視 さ れ が ち な 道 徳 の 時 間 ﹂ の 改 善 な ど が そ の 理 由 な の こ ん な 授 業 僕 も 心 当 た り あ る な あ ⋮ ⋮ そ れ を 皆 で 変 え て い く ん だ !

モモ

ルル

学習指導要領等の

    

一部改正の理由

とく

かず

みち    新米の     中学校教師 道徳教育に ついて一道に 教えてくれる 妖精 ○○の 気持ち は~ この時の 気持ち は~ 思いやりは 大事です! そうだ !! ※「どうする?   とくだ先生!」は、 弊社ウェブサイトで公開している「道徳教育を解説するマンガ」です。   このマンガは、その特別版です。

(3)

・ 道 徳 科 を 要 か な め と し て   学 校 の 教 育 活 動   全 体 で 行 う こ と ・ 内 面 的 な 資 質 で あ る   道 徳 性 を 養 う こ と

そ の 道 徳 教 育 の 目 標 が 分 か り や す く 変 更 さ れ た ん だ 誰 か に 言 わ れ て や る だ け じ ゃ ダ メ 。 自 分 で 考 え て 行 動 す る こ と が 大 切 な の

そ う だ 。 こ れ は 今 日 的 な 課 題 に 取 り 組 む た め に も 必 要 だ な 日常生活 特別活動 総合的な 学習の時間 学校生活 要としての 道徳科 学校の 教育活動全体で行う 道徳教育 家庭・地域での生活,活動 ※小学校では,  この他に  「外国語活動」が  あります。 各教科

 

道徳教育全体で

変わること・変わらないこと

道徳教育は,

(中略)

自己の生き方

を考え,

主体的な判断の下に行動し,自立した人

間として他者と共によりよく生きるため

の基盤となる道徳性を養うことを目標と

する。

「一部改正 小学校学習指導要領 第 1 章 総則 第 1 の 2」 ※中学校は「人間としての生き方」

(4)

一 方 的 に 伝 え る だ け の 授 業 で は な く 、 児 童 生 徒 が 主 体 的 に 考 え 、 議 論 す る 授 業 が 求 め ら れ て い る ぞ

﹁ 道 徳 的 行 為 を 主 体 的 に 実 践 す る た め の 内 面 的 な 資 質 ・ 能 力 ﹂ と い う 意 味 で ね

道徳科で変わること・

    

変わらないこと

(前略)

,よりよく生きるための基盤となる道徳性を

養うため,道徳的諸価値についての理解を基に,自

己を見つめ,物事を

※ 1

多面的・多角的に考え,自

己の生き方

※ 2

についての考えを深める学習を通し

て,道徳的な判断力,心情,実践意欲と態度を育てる。

「一部改正 小学校学習指導要領 第 3 章 特別の教科 道徳 第 1」 ※ 1 中学校は「物事を広い視野から」 ※ 2 中学校は「人間としての生き方」 規則は 大切だな! 知ってる …… 規則は なぜ大切 なんだろう それは …… でも ……

(5)

例 え ば 、 具 体 的 な お じ き の 仕 方 を 体 験 す る だ け じ ゃ な く て ⋮

そ れ を 記 述 す る ん だ

そ れ は し っ か り 見 よ う と い つ も 心 掛 け て い る つ も り だ よ !

!!

!!

評価について

どうして 大切 なんだろう ※評価の在り方については、平成 27年度中に   専門家会議で審議される予定です。

(6)

一部改正 学習指導要領のポイント①

27年

27日、

徳(

)」

て、

た。

の教科化」である。私たちは歴史の大きな

転換点の「当事者」である。

文部科学省が示した「道徳教育の抜本的

善・

」(

27年

便

がかりであろう。道徳の時間の課題例とし

て、以下のことがあげられている。

・「 道 徳 の 時 間 」 は、 各 教 科 等 に 比 べ て 軽 視 さ れがち ・ 読 み 物 の 登 場 人 物 の 心 情 理 解 の み に 偏 っ た 形式的な指導 ・ 発 達 の 段 階 な ど を 十 分 に 踏 ま え ず、 児 童 生 徒 に 望 ま し い と 思 わ れ る 分 か り き っ た こ と を言わせたり書かせたりする授業

う。

で、

る。

ては、次のように示された。

✓ 道徳科に検定教科書を導入 ✓ 内 容 に つ い て、 い じ め の 問 題 へ の 対 応 の 充 実 や 発 達 の 段 階 を よ り 一 層 踏 ま え た 体 系 的 なものに改善 ✓ 「個性の伸長」 「相互理解、 寛容」 「公正、 公平、 社 会 正 義 」「 国 際 理 解、 国 際 親 善 」「 よ り よ く生きる喜び」の内容項目を小学校に追加 ✓ 問 題 解 決 的 な 学 習 や 体 験 的 な 学 習 な ど を 取 り入れ、指導方法を工夫 ✓ 数 値 評 価 で は な く、 児 童 生 徒 の 道 徳 性 に 係 る成長の様子を把握

に、

え、

る。

る。

」という声が聞こえてくるが、より具体

的で可視的な成果を早急に求められている。

では、教育現場で何が起きるだろうか。

・ 授 業 時 数 の 確 保 が 進 み、 授 業 の 未 履 修 が 劇 的に改善される。 ・ 検 定 教 科 書 が 供 給 さ れ、 多 様 な 授 業 指 導 が 展 開 さ れ る、 あ る い は 逆 に 教 科 書 に 頼 る 画 一的な授業が展開される。 ・ 評 価 基 準、 評 価 方 法、 実 践 事 例 に つ い て の 議 論 が 沸 き 起 こ り 授 業 が 充 実 す る、 あ る い は逆に混乱する。 ・ 教 育 現 場 は 当 面 は 変 化 を 見 せ な い。 解 説 書 や 教 科 書 、 実 践 事 例 集 が 刊 行 さ れ る の を 待 つ 。

いずれも個人的な極論である。やはり解

説書、検定基準の公表を待ちたい。

は(

20年

)、

33

年以来の流れの最新到達点である。改正の

たびに、その時々の道徳的課題を反映した

文言が付加され、現在はワンセンテンスで

7行もの、相当に読み取りにくい印象の文

章になっている。目標をシンプルに抜き出

すと、こうである。

「 道 徳 教 育 は、 ( 中 略 ) 道 徳 性 を 養 う こ と を 目 標とする。 」 (総則)

教科化への道筋の概要

1

教科化で、何が起きるか

大阪教育大学   名誉教授  

藤永

 

芳純

道徳科は何を目指すのか

小学校

道徳教育の目標

(7)

が、

「(

)」

部分と、この後の「道徳教育を進めるにあ

る。

と、

示されていることの意味を凝縮して網羅し

ていることが分かる。ただし、分かりやす

く読みやすい文章とは言い難いだろう。

今回の改正ではどのようになったか。

「 道 徳 教 育 は、 教 育 基 本 法 及 び 学 校 教 育 法 に 定 め ら れ た 教 育 の 根 本 精 神 に 基 づ き、 自 己 の 生 き 方 を 考 え、 主 体 的 な 判 断 の 下 に 行 動 し、 自 立 し た 人 間 と し て 他 者 と 共 に よ り よ く 生 き る た め の 基 盤 と な る 道 徳 性 を 養 う こ とを目標とする。 」 (第1章   第1の2)

た。

自律性、自立性、主体性が強調され、他者

との共生が言われているが、個の確立が前

面に出ていると思われる。個の確立は本来

的に社会性を含むと考えるべきであろうが、

他者という人間関係についての言及にとど

まり、集団・社会における広義の社会性に

ついての表現が具体的にないことが印象的

である。個の確立と社会の有意な構成員と

しての資質・能力の育成ということで言え

ば、前者だけが強調された印象である。

方、

められた教育の根本精神に基づき」という

文言が継承されたことは重要である。なぜ

道徳教育にだけこの文言が明示されている

のか。それは、道徳教育が人間としての生

き方在り方を支える「道徳心」の育成に関

わるからである。教師個人の恣意や学校独

自の勝手な方針、内容で道徳教育が行われ

る。

この枠組みが明示されていることで、偏向

した思想教育のそしりを招くことのない状

況が実現することを願う。

教師として子どもの前に立つことは、そ

れだけで常に既に道徳教育が実践されてい

ることであるから、公教育としての枠組み

が意識されなくてはならない。

「道徳科」の目標の記載も変更された。

「 第 1 章 総 則 の 第 1 の 2 に 示 す 道 徳 教 育 の 目 標 に 基 づ き、 よ り よ く 生 き る た め の 基 盤 と な る 道 徳 性 を 養 う た め、 道 徳 的 諸 価 値 に つ い て の 理 解 を 基 に、 自 己 を 見 つ め、 物 事 を 多 面 的・ 多 角 的 に 考 え、 自 己 の 生 き 方 に つ い て の 考 え を 深 め る 学 習 を 通 し て、 道 徳 的 な判断力、 心情、 実践意欲と態度を育てる。 」 (第3章   第1   目標)

で、

れ、

「~

」「

く。

質・

か気になる。

だが、

最も注目したいのは、

「自

己を見つめ、物事を多面的・多角的に考え、

は、

基に」とされていることである。

いのであれば、何よりも価値の辞書的理解

が先行する授業になる。それとも、

この

「価

値理解」は子どもの日常的価値理解のこと

か。

も、

る道徳科」とはこうした知的営為の提案の

ように思える。それでも、価値は「感得す

る」という反論がありそうではあるが。

た、

で、

深める」ことを通しての道徳性の育成を説

た。

。解

ともかく、

「賽は投げられた」のだから、

時熟を待てない子どもたちのために、最善

を尽くすのが我々の使命である。

「道徳科」

(道徳授業)の目標

(8)

一部改正 学習指導要領のポイント②

平成2年以降、いじめ問題が社会の関心

事となる中で、公共の精神や集団生活の向

上には欠かせない規範意識の希薄化した事

象が数多く指摘されてきた。そうした社会

状況の下で、まず改正教育基本法(平成

18

12月

22日

し、

格の完成を目指す点にあること」を従前の

教育基本法でいう「人格(個人的人格、社

会的人格、職業的人格)の陶冶にある」と

確認した。これを受けて教育再生実行会議

第一次提言(平成

25年2月

26日)が出され、

道徳の「教科化」が示されたことを端緒と

して、道徳教育の充実に関する懇談会報告

(平成

25年

12月

26日)

、続いて中央教育審議

会初等中等教育分科会が「道徳教育専門部

」(

26年

19日

公表し、中央教育審議会答申(平成

26年

10

21日)

を経て

「特別の教科

 

道徳」

となる。

さらに一気呵成に中学校学習指導要領の一

正(

27年

27日

れ、

現行学習指導要領との対照が明らかになる

と、

学校関係者の一部からは「なぜ、

道徳が、

特別の教科になるのか」といった声が聞か

れるようになる。その不安を深読みすると、

特別活動や総合的な学習の時間と同じ領域

の扱いでよいとの懸念である。それは昭和

33年に「第3章

 

道徳」が創設されて以降、

今日に至る間も「第1章

 

総則

 

道徳」と

の線引きが不透明なことに遠因があると推

察できる。加えて、中学校における「特別

の教科

 

道徳」は移行措置を経て、平成

31

月、

ジュールが策定されている。

ぜ、

る。

学校学習指導要領にみる

「第2章

 

各教科」

中学校にあっては教科免許が必要)ではな

く、学級担任を中心としながらも学級担任

が責任をもって学習指導できるように「特

別の教科」として位置づけ、人格の完成を

目指すために必要な道徳的諸価値を真正面

から取り上げて、道徳授業をきちんと指導

できるようにしたためである。道徳教育は、

学校教育全体を通じて、生徒の心身の発達

段階や社会とのかかわりの広がりなどの実

態と指導上の諸課題を踏まえながら、道徳

性(人間としてのよさ)を養うことを目標

としている。

そのため、道徳教育における指導内容に

ついて、今後は小・中・高等学校の各段階

し、

」「

」「

意識」

「公平公正」

「自然愛護」などの人間

関係を築く力や「協力協調」といった社会

度、

重する態度を意図的・計画的に身につけさ

せていく問題解決的な学習の指導としての

ブ・

あろう。

道徳の「教科化」の経緯

1

なぜ、教科なのか

東京純心大学   教授  

吉澤

 

良保

「特別の教科

 

道徳」の設置と

学校が対応する課題

中学校

(9)

道徳性の育成

*アクティブ・ラーニング

教 員 に よ る 講 義 形 式 の 授 業 で は な く、 生 徒 自 ら の 思 考 で 明 日 を 生 き る た め に 必 要 な 問 題 や 課 題 を 発 見 し、 そ の 解 決 に 必 要 な 手 段 や 方 法 を 考 え、 実 践 す る 中 で 検 討 を 加 え、 成 果 と し て 発 表 す る こ と で、 論 理 的 な 思 考 力 や 課 題 設 定 力・ 問 題 解 決 力 を「 学 修 」 さ せ て い く 指 導法である。 国 際 教 員 指 導 環 境 調 査( T A L I S・ 平 成 25年 ) 結 果 に お い て も「 日 本 の 教 員 は 生 徒 の 多 様 な 学 び の 必 要 性 を 認 識 し て い る が、 多 様 な実践は国際的にみて低い」と指摘している。

学校教育全体で取り組む道徳教育の

かなめ

しての「特別の教科

 

道徳」では、各教育

活動で行われる学習指導が、学校の教育活

動全体に波及し、生きて働くようにしなけ

い。

ち、

日に向けてよくなろうとする態度(道徳的

)」

ある。それは健全な自尊感情をもって主体

的・自律的に生きようとする中で、人間尊

重の精神と生命に対する畏敬の念を発揮し、

また、集団や社会の一員として、その発展

に貢献しようとする傾向性のことでもある。

改正教育基本法の趣旨を踏まえた平成

20

は、

変化の激しい社会にあっても他の人と協調

しながら自律的に社会生活を送る上で必要

な「

力(

感、

容、

)」

や、

のや自然に感動する心などの「柔らかで豊

かな人間性」の育成を図るのが人格の完成

を目指す「心の教育」であり、その基盤を

養うことが道徳教育であるとしている。

次代を担う生徒達が自ら学ぶ意欲をもち、

未来への夢や目標を抱き、自らを律しつつ、

自己責任を果たし、自己の利益だけでなく

社会や公共のために自分は何をなしうるか

を考え実践する、道徳性を育むことが道徳

教育の方向なのである。

総合的な学習の時間の創設以降、中学校

題、

福祉問題から、教育、文化、スポーツ、環

境、

療、

流・

力、

化、

平和の促進、地域振興に至るまで、幅広い

活動として理解されるようになった。ここ

に、未来の実践的活動の主役となる生徒へ

の支援が欠かせない、道徳教育の役割があ

る。しかし、学校は社会貢献に向けての発

想を豊かにする情報発信と道徳授業を以下

に留意し推進する必要があると考える。実

践的活動は、今からできることを探す学習

であるため、

「人、

もの、

資金」が「いない、

足りない」ために「できない、検討中であ

る」では不可である。最初は地味でも続け

て行うことで輝いてくるのが実践的活動で

あり、できることから実行してみることが

大切なのである。活動しながらその途中で、

生徒が自らの行為を視野狭窄から客観視へ

に、

多様な指導法を積極的に導入していくので

る。

み、

せ、

師が説話する」だけで実践的活動をまとめ

れば、負の効果を生むことにもなりかねな

い。だからこそ、社会貢献に向けた実践活

動の基盤づくりとしての、道徳授業の指導

法の工夫と改善が問われるのである。教師

は、

わる何を補充・深化・統合したのか」そし

て「いかに生徒とかかわり授業を推進した

のか」といった評価の態度をもって生徒の

道徳性を養うのである。

実践的活動を教材とする

「道徳科」授業 4

(10)

一部改正 学習指導要領のポイント③

27年

は、

 

」(

下、

 

道徳科)の評価について、

「 児童 (中学校では生徒) の学習状況や道徳性 に係る成長の様子を系統的に把握し、 指導 に生かすよう努める必要がある。 ただし、 数 値などによる評価は行わないものとする。 」

と示された。

道徳に限らず目標をもった教育活動であ

ば、

る。

しかし、道徳の時間に関しては、これまで

評価というものが殆ど行われてこなかった

のが現実ではないだろうか。

そこには、道徳の時間に育成すべき道徳

的実践力が内面的資質であり、その内面に

あるものを評価することが困難であると考

えられてきたこと、仮に道徳性が身につい

ている子どもがいたとして、それが道徳の

時間の成果なのか、それとも道徳教育の成

果なのか、家庭教育によるものなのか、あ

るいはその子が元々もっている性質による

ものなのかが判別できないこと、更に言う

ならば、価値観の多様化の中で善悪の基準

が明確でないことなど、道徳の時間の評価

に関して、教師達を消極的にする幾つもの

要因があったからであると考える。

だからと言って評価もできず、成果も見

ば、

道徳科が子どもにとって意味のある学習に

なったかどうかの判断をどのようにして行

えばよいのであろうか。教師は子どもが道

徳科で何を学び、どれだけ成長したかにつ

いてどこまで説明できるだろうか。

授業の良し悪しを決めるには様々な基準

があるが、これだけは外してはならないも

のを一つだけ挙げるとすれば、それは「ね

らいの達成」であると考える。

ところが、これまでの道徳の時間のねら

いでは、例えば「うそをついたりごまかし

をしたりしないで、素直に伸び伸びと生活

しようとする心情を育てる。

」や、

「 相手の

ことを思いやり、進んで親切にしようとす

う。

に、

に示された内容に書かれている文章の末に

」「

」「

様相を引っ付けただけのものが多くみられ

た。このような抽象的なねらいは、それが

どの程度達成できたのかを評価するための

基準としては大きすぎたと考える。

は、

徳的実践力」は一時間で育つようなもので

く、

面・

状況においても道徳的価値を実現するため

に適切な行為を、主体的に選択し実践する

ことができるような内面的資質であり、道

徳の時間に即効性を求めるべきではないと

主張してきた。

この主張に見られるような目標の捉え方

を「長期的な目標」と位置づけたブルーム

は、次のように述べている。

「 教 育 者 も、 短 期 的 な 目 標 と 長 期 的 な 目 標 の 間 の 関 係 を 見 失 う こ と が あ る。 こ の た め、

道徳教育の評価

1

大阪市立豊仁小学校   校長  

服部

 

敬一

道徳科の評価はこうすればできる

 

な基準

(11)

教 師 や 校 長 の 中 に は、 彼 ら の『 本 当 』 の 目 標 は、 必 ず し も 明 白 で は な い、 確 認 で き な い も の で あ っ て、 生 徒 の ど の よ う な 変 化 で あ る か と い う 形 で は 述 べ ら れ な い も の だ と 主 張 す る 人 も い る。 ま た、 す ぐ に は 明 白 で は な い が、 ず っ と 後 に な っ て、 学 校 を お え て 何 年 も た っ て 現 れ る よ う な 或 る 態 度、 価 値、 技 能 を 育 成 す る も の で あ る と い う 主 張 も な さ れ る こ と が あ る。 教 師 に よ っ て は、 自 分 達 に わ か っ て い る の は 目 標 の 重 要 性 だ け で あ り、 実 際 に 生 じ る 結 果 の 形 や 方 向 な ど を 教 師 が 予 知 す る こ と は で き な い と 主 張 さ れ る こ と が あ る の で あ る。 こ の よ う な 考 え 方 は、 時 に よ る と〝 教 え る 以 上 の こ と が 習 得 さ れ る

と い う 決 ま り 文 句 に 要 約 さ れ る場合もある。 」 ( B ・ S ・ ブ ル ー ム 他 、梶 田 叡 一 他 訳『 教 育 評 価 ハ ン ド ブ ッ ク 』 一 九 七 三 年   第 一 法 規   28頁 )

このブルームの考えは、これまでの道徳

の時間の課題にぴったりあてはまる。

では、道徳科に短期的な目標を設定する

ことはできないのであろうか。私たち教師

は道徳の授業をつくる際、ねらいの達成に

向けて資料をどのように活用し、子どもに

何を学ばせるかを考える。そうでなければ

有意義な学習活動も、有効な発問もつくる

ことはできない。つまり、その一時間で子

る。

もちろん、一時間での変容はほんの小さな

ものでしかないかも知れないが、それは一

時間分の変容としては十分に意味がある。

中央教育審議会が平成

26年

10月に示した

『道徳に係る教育課程の改善等について

(答

)』

は、

指導要領やその解説に盛り込むことが求め

られることがらとして、次のことが書かれ

ている。

「 道 徳 教 育 の 充 実 の た め に は 、 目 標 を 踏 ま え 、 指 導 の ね ら い や 内 容 に 照 ら し て 、 児 童 生 徒 一 人 一 人 の よ さ を 伸 ば し 、 道 徳 性 に 係 る 成 長 を 促 す た め の 適 切 な 評 価 を 行 う こ と が 必 要 で あ る こ と 。 こ の こ と は 、 道 徳 教 育 に 係 る 学 校 や 教 員 の 指 導 改 善 等 に も 不 可 欠 で あ る こ と 。」

つまり、指導のねらいや内容に照らして

児童一人一人の道徳性に係る成長を促すと

いうことである。もちろんねらいには長期

的な視点もあるだろうが、道徳科に関して

言うならば、短期的なねらいが設定できる

はずであるし、その積み重ねによって長期

的な目標を実現できると考えるべきである。

これまで述べてきたように、道徳科にお

いて授業のねらいや内容に照らして子ども

の評価を行うためには、まず、一時間で達

成可能な具体的なねらいを立てる必要があ

る。つまり、抽象的な道徳的価値やそれを

文章に表した内容項目をねらいとするので

はなく、その授業で扱う資料の特質を生か

る。

また、授業である以上、子どもが元々分か

く、

子どもにとっての何らかの新しい学びを想

定してねらいを立てるべきである。つまり、

道徳科を一時間実施したからには、その成

果がたとえ僅かでも、子どもに何らかの変

化が起こらなければならないという考え方

に立ち、起こるべき変化を具体的に表した

る。

て、

同じ内容項目であっても学年や資料が変わ

ればねらいも変わらなければならないと考

える。

中央教育審議会答申には更に次のような

記述がある。

「 児 童 生 徒 の 道 徳 性 の 評 価 に つ い て は、 多 面 的、 継 続 的 に 把 握 し、 総 合 的 に 評 価 し て い く 必 要 が あ る こ と。 た だ し、 『 特 別 の 教

一時間で達成可能なねらいを

立てるには

道徳科の目標や内容、

それに基づ

く授業のねらいに則った記述を

(12)

科   道 徳 』( 仮 称 ) に つ い て、 数 値 な ど に よ る 評 価 を 行 う こ と は 不 適 切 で あ る こ と。 」 「 指 導 要 録 に つ い て 、『 特 別 の 教 科   道 徳 』( 仮 称 ) に 関 し て 、 そ の 目 標 に 照 ら し て 学 習 状 況 や 成 長 の 様 子 な ど を 文 章 に 記 述 す る た め の 専 用 の 記 録 欄 を 設 け る こ と な ど の 改 善 を 図 る 必 要 が あ る こ と 。 ま た 、 学 校 の 教 育 活 動 全 体 を 通 じ て 行 う 道 徳 教 育 の 成 果 と し て 行 動 面 に 表 れ た も の を 評 価 す る こ と に つ い て は 、 現 行 の 指 導 要 録 の 『 行 動 の 記 録 』 を 改 善 し 活 用 す る こ と な ど も 考 え ら れ る こ と 。」

答申に基づいて、指導要録や通知票に子

どもの学習状況や成長の様子を記述する場

合であっても、それが道徳科の目標や内容、

それに基づく授業のねらいに則ったもので

なければ、それは道徳科の評価とは呼べな

い。評価が難しいので、とりあえず褒めた

り、励ましたりしておけばよいという考え

は、評価に対して無責任であると言わなけ

ればならない。

一年生に「はしのうえのおおかみ」とい

う資料がある。この資料は、はじめは自分

よりも弱い動物に意地悪をして喜んでいた

おおかみが、くまとの出会いを通して他の

動物に親切にしてみた。すると、意地悪を

したときよりずっといい気持ちになったと

る。

ら、

親切にすることは、ひとに意地悪するおも

しろさよりも、ずっといい気持ちになるこ

とに気づいた。

」「親切にすると、してもら

った人がうれしい気持ちになるだけでなく、

した自分もいい気持ちになることに気づい

た。

る。

て、

た。

や「

た。

どもにとって分かりきったことを示したも

のではない。このような変容を一学期間な

り一年間なり積み上げた中から、特に顕著

なものを取り上げて、指導要録や通知票に

記入することになるのではないか。その際、

後に示す「評価文例」を参考にしてもらい

たい。

では、文例に示したような子どもの変容

をどのようにして見取るのか。それは、学

習中に子どもが発言したことや、子どもが

書いたものから見取ることになるが、授業

の中で教師がそのことを教えてしまったの

では、子どもが本当に学んだことにならな

い。また、教師が「分かりましたか?」と

が「

い。

応えたからといって分かったことを確認し

たことにはならない。あるいは、子どもが

道徳ノートに「これからは親切にしたいと

た。

ない。子どもは教師が期待することを書こ

うとするものである。

私は、これまで一時間の道徳の時間の最

後に「今日の学習で分かったこと(学んだ

)」

た。

も達は、その時間のねらいを知らされてい

ないのであるから、教師が何を学ばせたい

のかは知らない。したがって、そこで子ど

もが書いた「分かったこと(学んだこと)

は、

る。

もちろん、教師が誘導して言わせた言葉で

はなく、授業前から分かっていたことでも

ない、その授業を通して子ども自身が学ん

だと考えたことである。

は、

ども自身が「分かったこと(学んだこと)

として書いたものをもとに作成したもので

ある。

評価の実際とその文例

 

(13)

評 価 文 例 (小学校 1・2 年)

資料名/内容項目/ねらい 評価文例

かぼちゃのつる

A 節度・節制(現行 1- ⑴)

ねらい ひとの言うことを聞かな

いでわがままばかりをしている

と,失敗しても誰もかわいそう

だと思ってくれないことを理解

させる。

わがままを言ってひとの注意を聞かないと,失敗した

ときに,誰もかわいそうだと思ってくれないことを理

解しました。

いくら注意をしてあげても言うことを聞かない人がひ

どい目にあったときに,当たり前だと思うことに気づ

きました。

はしのうえのおおかみ

B 親切,思いやり(現行 2- ⑵)

ねらい 悪いことをしたときより

も親切にしたときのほうがずっ

と気持ちがいいことに気づかせ

る。

ひとに親切にすることは,ひとに意地悪するおもしろ

さよりも,ずっといい気持ちになることに気づきました。

親切にすると,してもらった人がうれしい気持ちにな

るだけでなく,した自分もいい気持ちになることに気

づきました。

相手が喜ぶことをしてあげることは,した自分にとっ

てもうれしい気持ちになることに気づきました。

二わのことり

B 友情,信頼(現行 2- ⑶)

ねらい 友達を悲しませないこと

を,また友達が喜ぶことを考え

て行動することのよさを理解さ

せる。

友達が悲しい気持ちになることをするのはかわいそう

であり,友達が喜ぶことをするのは自分にもうれしい

ことであることに気づきました。

友達を悲しい気持ちにすることの辛さがわかり,友達

を喜ばせることの素晴らしさに気づきました。

黄色いベンチ

C 規則の尊重(現行 4- ⑴) ねらい

何かに夢中になると,人

に迷惑をかけていることに気づ

かなくなることを理解させる。

何かに夢中になっているときでも,他の人に迷惑をか

けていないか考えないといけないことがわかりました。

何かに夢中になっているときほど,自分のことしか考

えなくなるので,他の人に迷惑をかけてしまいやすい

ことに気づきました。

ハムスターの あかちゃん

D 生命の尊さ(現行3-⑴)

ねらい 動物も人間も赤ちゃんの

ような小さく弱い命を大切にし

ていることを理解させる。

生まれたての小さな命は,とても弱いから傷つけない

ように大切にしなければならないということが改めて

わかりました。

動物のお母さんも赤ちゃんをとても大切にしているの

を知って,命の大切さが改めてわかりました。

どうぶつのかくれんぼ

D 感動,畏敬の念(現行 3- ⑶)

ねらい 色や形で身を隠す動物を

通して,自然の力や不思議さを

理解させる。

動物たちが生きていきやすいような色や形を与えた自

然の力のすごさに驚きました。

動物たちが生きるために,こんなに素晴らしい色や形

を与えた自然の不思議さに気づきました。

(14)

評 価 文 例 (小学校 3・4 年)

資料名/内容項目/ねらい 評価文例

まどガラスと魚

A 正直,誠実(現行 1- ⑷)

ねらい 過ちをごまかしていると

心が暗くなるが,それを素直に

認め正直に謝ると明るい気持ち

になれることを理解させる。

正直に話すと怒られるかもしれないが,そのほうが気

持ちがすっきりする。たとえ,怒られてもそれで終わ

ることができるとわかりました。

嘘やごまかしを続けると,本当のことが明るみに出な

いかと毎日気になって,ずっと後ろめたく暗い気持ちで

過ごさなければならないということがわかりました。

どんどんばしのできごと

A 善悪の判断,自律,自由と責任 (現行 1- ⑶)

ねらい 自分でよく考えないで友

達に流されて行動すると,自分

が一番くやしい思いをすること

を理解させる。

やってはいけないことを自分がわかっているのに,友

達に流されてやってしまったときには,自分のことを

情けなく思うことがわかりました。

本当は自分がやりたくないと思っていたのに,友達に

流されてやってしまったときは,自分が後悔すること

がわかりました。

絵はがきと切手

B友情,信頼(現行 2- ⑶)

ねらい 友達から自分が悪く思わ

れたくない,友達との関係を崩

したくないという考え方には,

本当の友達として足りないもの

があることに気づかせる。

友達のためだと言いながら,実は自分が悪く思われた

くないと考えて行動することは,本当の友達としては

足りないものがあるとわかりました。

友達のことだけを考えて行動することは難しいけれど,

自分のことを一番に考えて行動していたのでは,本当

の友達にはなれないということがわかりました。

雨のバスていりゅう所で

C 規則の尊重(現行 4- ⑴)

ねらい 自分さえよければいいと

思ってきまりや順番を破るのは,

まわりの人に迷惑をかける醜い

行為であることに気づかせる。

きまりや順番は,誰もが嫌な気持ちにならず,みんな

が気持ちよく過ごすためのものだということを理解し

ました。

きまりや順番を守らないで自分が得をしたと思うのは,

わがままで自分勝手な醜い考え方でしかないというこ

とがわかりました。

ぼくの草取り体験

C 勤労,公共の精神(現行 4- ⑵)

ねらい みんなの役に立つことを

するのは,楽しいことであると理

解させる。

みんなのためになることをすると大人からほめられる

こともあるが,それよりも自分がみんなの役に立った

という喜びが大きいことがわかりました。

同じ働くのであれば,いやいやするよりもみんなのため

に一生懸命にやったほうが楽しいことに気づきました。

ヒキガエルとロバ

D 生命の尊さ(現行 3- ⑴)

ねらい 遊び半分で小さな生き物

の命を奪ったときには,本当の

喜びは得られないことに気づか

せる。

動物をいじめることは少しおもしろそうだが,その動

物を死なせてしまったときに本当に楽しい気持ちにな

るわけではないことがわかりました。

生き物の命を奪うことは,決してしてはならないこと

であり,おもしろがってそれをしたときには,それを

した自分が情けない気持ちになることがわかりました。

 

(15)

評 価 文 例 (小学校 5・6 年)

資料名/内容項目/ねらい 評価文例

うばわれた自由

A 善悪の判断,自律,自由と責任 (現行 1- ⑶)

ねらい 責任の重さは,立場によ

って異なり,権力があるほど,

地位が高いほど責任が重くなる

ことを理解させる。

責任というものは自分だけでなく,まわりへの影響も

考えておかなければならないものだということがわか

りました。

責任は立場によって違うもので,地位が高くなるほど,

まわりへの影響力があるほど,責任は重くなることが

わかりました。

手品師

A 正直,誠実(現行 1- ⑷)

ねらい 自分に誠実に生きること

が,自分の誇りを守ることにな

ると気づかせる。

小さな約束だからといって,それを軽く扱うような自

分は許せないし,そんな人間にはなりたくないという

手品師の思いを理解しました。

お金は欲しいが,そのために自分に嘘をつくような自

分を許せないという手品師の気持ちがわかりました。

くずれ落ちただんボール箱

B 親切,思いやり(現行 2- ⑵)

ねらい 相手が喜ぶ・喜ばない,

誰かに褒められる・褒められな

いではなく,相手のことを考え

て親切にすることが素晴らしい

ことに気づかせる。

誰に対しても親切にすると,相手が喜ぶだけでなく,

そのことを見たり聞いたりした人も温かい気持ちにな

ることがわかりました。

親切にするということは,お礼を言われるとか,ほめ

られるとかに関係なく,素晴らしいことだとわかりま

した。

名前のない手紙

C 公正,公平,社会正義(現行 4- ⑵)

ねらい いじめがあることを心か

ら望んでいる者など誰もいない

のだということを理解させる。

自分がいじめられたくないから,する側にまわってし

まうが,いじめなど誰も心から望んではいないことが

わかりました。

いじめる側の人たちも,決して心からそうしたいわけ

ではなく,自分がいじめられたくないだけだとわかり

ました。

母の仕事

C 勤労,公共の精神(現行 4- ⑷)

ねらい どんな仕事にも苦労はあ

るが,それ以上の喜びや満足が

あることに気づかせる。

どんな仕事でも,仕事というものには苦労があるが,

そこには,やりがい・楽しさ・喜び・満足が必ずある

とわかりました。

楽しそうに見える仕事であっても,必ず苦労はある。

でも,その上で喜びや満足があることがわかりました。

青の洞門

D 感動,畏敬の念(現行 3- ⑶)

ねらい 私たち人間は,たとえど

のような状況でも,よりよく生

きようと願っていることを理解

させる。

自分が犯したことへの罪の意識は,どのような償いを

しても本当に消し去ることができないとわかり,それ

が人間の善さだとわかりました。

自分が犯した罪を償いたい,消したいという気持ちが

湧くのは,私たち人間がよりよく生きたいと願ってい

るからだとわかりました。

(16)

評 価 文 例 (中学校)

資料名/内容項目/ねらい 評価文例

裏庭でのできごと

A 自主,自律,自由と責任(現行 1- ⑶)

ねらい 自分の過ちを,どのよう

に正当化しようとも,そんな自

分を卑怯だと思う自分があるこ

とを理解させる。

過ちを犯した自分を悪かったと思っている気持ちは,

たとえ様々な理由をつけても,消せないということが

わかりました。

自分がしたことが悪かったのかそうではなかったのか

について一番わかっているのは自分であり,本当のこ

とがばれなくても(ばれないほど),自分を許せない

という気持ちになることが理解できました。

夜のくだもの屋

B 思いやり,感謝(現行 2- ⑵,2- ⑹)

ねらい 親切にする気持ちは純粋

な思いやりであり,そこに感謝

されたい,お節介になりたくな

いなどの別の気持ちをもち込み

たくないものであることに気づ

かせる。

人に親切にしたいという気持ちは思いやりからくるべ

きで,相手に感謝されたいという気持ちからの親切に

してしまいたくないという思いが誰にでもあることが

わかりました。

誰しも,人に親切にしたいと願う心をもっており,そ

れがお節介になったり,親切の押し売りになったりす

ることは望んでいないことがわかりました。

二通の手紙

C 遵法精神,公徳心(現行 4- ⑴)

ねらい 結果の良し悪しや,その

時の状況と規則が関係ないわけ

ではないが,規則は規則として

その意義があることを理解させ

る。

規則は何かの目的のために人が作ったものであり,そ

れを守ることが最も大切ではない場合もあるが,だか

らといってたまたまである結果の良し悪しだけで,守

ることの意味を捉えてはならないことがわかりました。

規則を守るよりも大切なことがあったとしても,その

判断を自分勝手に行うことには,規則を尊重するとい

う点から問題があることがわかりました。

卒業文集最後の二行

C 公正,公平,社会正義(現行 4- ⑶)

ねらい 正しく生きるべきだとい

う本当の気持ちを押さえ込んで,

公正でない行為をしてしまった

自分を,自分が最も情けなく思

っていることに気づかせる。

誰でも,正しく生きるべきだという気持ちはもってい

るが,利己的な考えから間違った行為をしてしまうこ

とも否定できない。そんなときには,自分が自分のこ

とを情けなく思うことがわかりました。

自分に対しても人に対しても公平であるべきであると

考えているが,自分勝手な理由や弱さからそれができ

なかった場合には,自分のことを恥じる気持ちになる

ことがわかりました。

一冊のノート

C 家族愛,家庭生活の充実 (現行 4- ⑹)

ねらい 家族を思う気持ちがあっ

ても,毎日一緒に暮らしていたり,

その状況や苦しみなどの相手に

ついての理解が足りなかったり

すると,思いやりや感謝の気持

ちが弱くなることを理解させる。

家族を思う気持ちは自然にもっているが,毎日一緒に

暮らしていると相手を理解しようとする気持ちが薄れ,

相手への感謝や思いやりの気持ちが弱くなってしまう

ことを理解しました。

認知症の家族であっても,その人を思う気持ちは変わ

らないが,毎日生活していると思いやりの気持ちをも

つことができにくくなる弱さがあることを理解しまし

た。

 

参照

関連したドキュメント

これはつまり十進法ではなく、一進法を用いて自然数を表記するということである。とは いえ数が大きくなると見にくくなるので、.. 0, 1,

それでは資料 2 ご覧いただきまして、1 の要旨でございます。前回皆様にお集まりいただ きました、昨年 11

目標を、子どもと教師のオリエンテーションでいくつかの文節に分け」、学習課題としている。例

一貫教育ならではの ビッグブラ ザーシステム 。大学生が学生 コーチとして高等部や中学部の

C :はい。榎本先生、てるちゃんって実践神学を教えていたんだけど、授

神はこのように隠れておられるので、神は隠 れていると言わない宗教はどれも正しくな

その1つは,本来中等教育で終わるべき教養教育が終わらないで,大学の中