原
著
聖マリアンナ医科大学雑誌Vol. 48, pp. 191–196, 2021 1 都立東部療育センター 2 聖マリアンナ医科大学 神経精神科学 3 昭和大学薬学部臨床薬学講座薬物治療学部門M1WT3
培養細胞を用いた血清中抗コリン活性測定法の改変
小こ西にし 公きみ子こ1,2 芳は賀が 俊とし明あき2 袖そで長なが光み知ち穂ほ2 蜂 はち 須す 貢みつぐ3 笠かさ貫ぬき 浩こう史じ2 古こ茶ちゃ 大ひろ樹き2 (受付:令和2年10月16日) 抄 録 近年関心が高まっている多剤服用による認知機能低下やフレイルなどは血中抗コリン活性の 上昇が原因と考えられており,高齢者の身体的・精神的機能低下を促進する可能性がある。し かし抗コリン活性を測定する手段がなく,薬剤因性認知症を検証することが困難であった。 1980年にTuneらは血中抗コリン活性を測定する手段としてラット前脳膜画分への [3 H]-quinuclidinylbenzylate([3H]-QNB) 結合阻害活性測定法を開発した。 しかし,この方法は研究者によるデータのバラツキが大きかった。そこでNobregaらはラッ ト前脳膜画分の代わりにムスカリンサブタイプ (M1) 受容体を発現させた培養細胞を用いた方 法を確立した。しかし,その方法は測定に時間がかかり,危険性を伴う放射性廃棄物を大量に 排出する方法であった。 そこでSAAを効率よくかつ迅速に正確な測定法を確立することを目的とした。 本研究では,液体シンチレータを固形シンチレータに変更した。 その結果放射性廃棄物は液体が80分の1,固体が60分の1に削減でき,測定時間も20分 の1に短縮でき,測定コストも30分の1となった。 今後この方法を使用することで効率よく薬剤性認知症患者の診断に活用,および認知症患者 の薬物適正使用に役立つと思われる。 索引用語 抗コリン活性 (AA),放射性受容体結合アッセイ,チャイニーズハムスター卵母 (CHO) 細胞, ムスカリン (M1) 受容体 1. 緒言 Larsonら1)によれば認知障害を呈する患者の11.4% で薬物の影響を認めると報告されている。抗コリン 作用は多くの薬物に存在し,薬理作用の中で認知障 害を起こす可能性が最も高い。またRuizら2)は抗コ リン薬を服用している患者は,服用していない患者 よりフレイルになるリスクが高いことを報告した。 臨床では1つずつの薬物の抗コリン活性が,また少 なくともその総和が問題となっている。その指標と して血清中抗コリン活性 (SerumAnticholinergicac‐ tivity:SAA) を測定することには意義がある。Tuneら3)はラジオレセプターアッセイ法による
SAA測定法を開発し,精神疾患治療薬を服用してい るせん妄患者でSAAが高値を示すことを報告した。
認知機能の低下が関連すると報告した。
Sunderlandら5)やThienhauseら6)は中枢性コリン
作動活性が低下している認知症の高齢患者では,健 常者と比べAnticholinergicactivity(AA) の負荷に脆 弱であることをしめした。またPlashkeら7)は,SAA と脳脊髄液中のAAが相関することを示した。しか しLamperaら8)はTuneらの測定法3)では結果が一様 でなく,必ずしも患者が服薬した薬物のAAを反映 していないと異論を唱えた。そこで再現性のある結 果が得られる培養細胞を用いた測定方法をNobrega ら9)が開発した。しかしNobregaらは方法を確立し ただけに留まり,患者のSAAを測定した報告はな い。また本測定方法は時間がかかり,放射性廃棄物 を大量に放出することから環境への負荷が高い。そ こで我々は医療現場において簡便にSAAが測定で きる様Nobregaらの方法を改変し,放射性廃棄物も 低減した方法を確立することを目的とした。 2. 方法 2.1 細胞培養 チャイニーズハムスター卵母細胞 (CHO) にラット ムスカリン (M1) 受容体を安定的に発現したM1WT3
細胞 (AmericanTypeCultureCollection,ATCC,VA, USA) を入手しCO2インキュベーター (5% CO2,
37ºC) で培養した。培養液はF-12K (Gibco, MA, USA)培地に10%(v/v)fetalbovineserum(FBS,富 士フィルム和光純薬株式会社,東京) を加え,更に
100 units/mL penicillin (Gibco, MA, USA ), 100 mg/mLstreptomycin(Gibco,MA,USA)100mg/mL geneticin(RocheDiagnostics,Mannheim,Germany)
を添加したものを用いた。 2.2 受容体膜画分の精製 培養細胞を遠心分離により回収し,PBSで洗浄 し,10mMEDTA(富士フィルム和光純薬株式会社) 添加20mMHEPES緩衝液 (pH7.4) を加え,ポリト ロンでホモジナイズした。細胞ライセートを超遠心 機により4ºC,40,000×gで90分間遠心した。その 後,ペレットを0.1mMEDTA 添加20mMHEPES 緩衝液 (pH7.4) で洗浄し,再度4ºC,40,000×gで10 分間遠心し,受容体膜画分を精製した。受容体膜画 分のタンパク定量はPierceBCAProteinAssayKit (ThermoFisherScientific,ON,CANADA) を用いて 測定した。
2.3 試験化合物
アトロピンおよびアミトリプチリン塩酸塩は富士 フィルム和光純薬株式会社,東京より,クロルプロ マジン塩酸塩はMPBiomedicals,LLC,CA,USAよ り入手し,0.625nmol/L-281μmol/Lの濃度を作成し 実験に用いた。
2.4 放射性リガンド
放射性リガンドは30–60Ci/mmolの [3H]-quinu‐
clidinylbenzylate([3H]-QNB)を (PerkinElmerWal‐
tham,MA,USA) より入手し使用した。[3H]-QNBの
飽和結合実験では,プレートを用いて0.3pmol/L〜 3nmol/Lの濃度の [3H]-QNBをM1WT3細胞膜画分 に加え1時間室温でインキュベートした。また,非 特異的結合を測定するため過剰な濃度 (34.1μmol/L) のアトロピンを加え,同様に [3H]-QNB結合を測定 した。 2.5 M1WT3細胞における結合アッセイ 96 wellマイクロプレート (LiabroTitertek, VG, USA) を用い,M1WT3膜タンパク量・薬剤および トリチウムの量を調整し,ラジオレセプターアッセ イの反応液とした。反応液を注入したマイクロプレー トを室温で1時間静置し反応させた後,0.1%PEI(ポ リエチレンイミン) で処理したガラスフィルター
(MeltiLex A for MicroBeta Filtermat A, PerkinEl‐ mer,MA,USA) をセルハーベスター (PerkinElmer)
にセットし反応液を濾過後,150mMNaCl(pH7.4)
を含む冷50mMTrisHCLで5回洗浄し,M1WT3
膜画分と結合した [3H]-QNBを回収した。
2.6 測定
膜濾過ガラスフィルターを乾燥後,MeltiLex(Per‐ kinElmer,MA,USA) をガラスフィルターの上に置 き溶融させた。MeltiLexで溶融したガラスフィル ターマットをMicrobetaPlus1450マイクロプレート シンチレーションカウンター (PerkinElmer, MA, USA) で測定した。 2.7 解析 用量反応シグモイド曲線は,Excel2013Ⓡを用いシ グモイド曲線の一般式から作成した。IC50値は,50% を挿む値を3–5ポイント選び適合した回帰直線より 求めた。データは,3–4回実験を繰り返しそのデー
図 1 [3H]-QNB結合の飽和曲線 (A) および [3H]-QNB結合のシグ モイドグラフ (B)。 A: 黒丸 (●) は培養細胞 (W1MT3) の細胞膜への [3H]-QNB 結合の飽和曲線,黒四角 (■) は 34.1 μmoles/L の過剰なア トロピンを添加した場合の [3H]-QNB結合 (非特異的結合) を示している。 B: [3H]-QNB結合のシグモイド曲線。推定 50%結合濃度は, 0.35±0.19 nmol/L (n=3) であった。 タの平均値±SDとした。 3. 結果 3.1 M1WT3細胞膜への [3H]-QNBの結合 [3H]-QNBはM1MT3細胞膜に0.3–3nmol/Lで結
合し,3nmol/Lで飽和した (図1A)。34.1μmol/Lの 過剰な濃度のアトロピンの存在下では [3H]-QNBの M1MT3細胞膜への非特異的結合は,[3H]-QNB結 合の0.5%未満であり,大変低い値であった。推定 50%結合濃度は0.35±0.019nmol/Lであった (図1B)。 3.2 抗コリン作用薬によるM1WT3細胞膜への [3H]-QNB結合の阻害 アトロピン0.625–500nmol/Lは,M1WT3細胞膜 に結合した0.3nmol/L[3H]-QNBを競合的に解離し, 対数スケールで1–10nmol/Lの間で線形であった。 推定IC50値は4.10±0.45nmols/Lであった。アミト リプチリンとクロルプロマジンも [3H]-QNB結合を 競合的に解離し,推定IC50値はそれぞれ10.10±4.16 nmol/Lと296.3±74.2nmol/Lであった。アトロピン による [3H]-QNB結合の解離に対するヒト血清の影 響をCoxの方法3)で膜蛋白除去してから行なった。 IC50値は4.48±1.53nmol/Lであり,ヒト研究用血清
(Millipore,Billerica,MA,USA) を含まないアトロピ ンのIC50値 (4.10±0.45 nmol/L) と差がなかった (表1)。 3.3 洗浄回数の減少 洗浄回数を検討したところ,5回の洗浄で非特異 的結合が少なく安定した結果が得られる事が分かっ た。これはNobregら6)とは異なり,洗浄回数は少な い。
表 1 各種薬物の3H-QNB解離作用の IC 50 ± SD 値 䝠䝖⾑Ύ standard deviation㸸SD n=㸱 㻵㻯 㻿㻰 㻠㻚㻝㻜 㻠㻚㻠㻤 㻝㻜㻚㻝㻜 㻞㻥㻢㻚㻟 㻜㻚㻠㻡 㻝㻚㻡㻟 㻠㻚㻝㻢 㻣㻠㻚㻞 㻔㼚㼙㼛㼘㻛㻸㻕 㻭㼠㼞㼛㼜㼕㼚㼑 㻭㼠㼞㼛㼜㼕㼚㼑 㻭㼙㼕㼠㼞㼥㼜㼠㼥㼞㼕㼚㼑 㻯㼔㼘㼛㼞㼜㼞㼛㼙㼍㼦㼕㼚㼑 㻡㻜 3.4 固体メルトオンシンチレータの使用 我々はMeltiLexというNobregaら9)が用いたβ線 により励起される液体シンチレータとは異なる固体 メルトオンシンチレータを使用した。 液体シンチレーターを使用すると,シンチレーショ ンカクテルが必要となり,容器が20mlとなる。固 形のメルトオンシンチレーターの場合は1検体250 μlである。また容器自体も放射性廃棄物となるた め,液体の放射性廃棄物が80分の1,固体の放射性 廃棄物が60分の1に削減できた。測定時間も1,000 分から50分と20分の1に短縮できた。また測定コ ストも30分の1となった。 今後この方法を使用することで薬剤性認知症患者 の診断に活用,および認知症患者の薬物適正使用に 役立つと思われる。 4. 考察 我々はNobregaら9)によって確立したM 1受容体を 発現するM1MT3細胞を用いて新しい抗コリン活性 (AA) 受容体結合アッセイ系を簡便に測定できるよう に改変した。その結果 [3H]-QNB結合では極めて低 い非特異的結合を持ちQNBの親和性の値も再現性 が高かった。また,アトロピン,アミトリプチリン, クロルプロマジンの [3H]-QNB結合に対する効果は, Tuneら4)のM 1からM5受容体が発現しているラット 前脳ホモジネート膜画分と同様の結果が得られた。 Meiら11)はラット線維芽細胞に発現したM 1受容体 に対する [3H]-QNB結合解離定数は我々のIC 50値の 約10分の1であり,アトロピンのIC50値は我々の 値と同等であることを報告している。Abi-Gerges ら12)はラット心室膜を使用してクロルプロマジンの kd値が360nmol/Lであると報告しており,その値 は我々のIC50値と近似していた。 3種類の抗コリン薬のkd値と近いIC50値を認め たため,M1受容体を発現したM1WT3細胞の使用 は,臨床的に血清AAを測定するのに適していると 考えられる。この3薬は受容体サブタイプの中でM1 受容体に強力に結合するが,IC50値はM1受容体の みを発現するM1WT3細胞と,M1–M5受容体の内因 性ムスカリン受容体末梢平滑筋13),脳14)およびはM 1– M5受容体を発現したCHO細胞のデータ15)とほぼ同 等であった。 またM1受容体は認知機能と深く関係するためM1 受容体発現細胞を使用することは認知機能に対する 影響を的確に把握できると思われる。更に,我々は ヒト血清が,培養MI受容体の [3H]-QNB結合の解 離に対するアトロピンの効果に影響を及ぼさないこ とを示した。従って,M1受容体を発現させた細胞 の膜画分を用いた本アッセイ系は,医療の場におい て患者の血清AAを測定するのに有用であると思わ れる。また培養細胞を使用することは実験結果の再 現性も良好であり,生命倫理の観点からも有効であ る。 更に,Tuneら3)が使用した脳膜画分とは異なり我々 が使用した培養細胞は大きなタンパク質が除去され るため,Cox10)が述べているように,受容体結合アッ セイ系におけるリガンドの非特異的結合が少なく血 清AAの測定に適している。 また,放射活性を測定するための私たちの手順は, Nobregaら9)の手順のように液体シンチレータを使用 するのとは異なりMeltiLexを使用した。MeltiLex は液体シンチレータの代わりに,メンブレンフィル タにトラップされた放射活性測定のためのメルトオ ンシンチレータとして使用され,放出されるβ線を 効率良く迅速 (98検体が1時間以内) に測定でき放射 性廃棄物も少ない。 このような点から改変した方法は短時間で簡便に 測定できる為,外来患者は1時間で検査が可能であ る。今後患者の抗コリン活性測定をすることにより, 薬剤性認知症患者の診断に活用できる可能性がある。 また薬物の抗コリン活性を測定し数値化することに より,患者の服用している薬物の総コリン活性値を 示す事で認知症患者の薬物適正使用につながると考 える。 謝 辞 堀浩二教授は一昨年逝去されましたが,本研究の コンセプト作成・研究の進捗に大きく貢献した功績 に感謝し,ご冥福をお祈り致します。本研究を実施
するための施設と資金を提供して戴いた聖マリアン ナ医科大学に感謝致します。また,放射性研究施設 および神経精神科学教室の皆様のご支援・協力に感 謝致します。 利益相反 開示すべき利益相反はありません。 引用文献
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1 Tokyo Metropolitan Tobu Medical Center for Persons with Developmental/Multiple Disabilities 2 Department of Neuropsychiatry, St. Marianna University School of Medicine
3 Division of Pharmaceutical Therapeutics, Department of Clinical Pharmacy, School of Pharmacy, Showa University
Abstract
Modification
of
the
Assay
Procedures
for
Anticholinergic
Activity
Using
Chinese
Hamster
Ovary
(
CHO)
Cells
Stably
Expressing
Rat
M1
Muscarinic
Receptors
(
M1WT3)
Kimiko Konishi
1,2, Toshiaki Haga
2, Michiho Sodenaga
2,
Mitsugu Hachisu
3, Koji Kasanuki
2, and Hiroki Kocha
2Cognitivedeclineandfrailtyexacerbatedbychronicpolypharmacyarecausedbyanticholinergicburden, possiblyimpairingpsychosomaticfunctionsofelderlypeople.However,elucidatingtheanticholinergicburden ondementiaisdifficult,astechniquesthatmeasureanticholinergicactivity(AA)inthebodyhavenotyetbeen established.In1980,Tuneetal.,established aserum AA(SAA)assaytechniquethatinhibits thebindingof [3H]-quinuclidinylbenzylate([3H]-QNB)tothemembranefractionofarat’sforebrainhomogenate.
However,theprocedureresultedinvaryingIC50valuesofspecificcompoundsamongtheresearchersdueto
theuseofratforebrainhomogenatemembranefractions.Therefore,Nobregaetal.,utilizedM1muscarinicre‐ ceptorsubtypeexpressingcellsfromthebrainhomogenateinsteadofmembranefractions.However,thisproce‐ duretooklongerandegestedalargeamountofradioactivewastematerials.
Inthisstudy,weusedMeltiLexasamelt-onscintillator,insteadofaliquidscintillatortoperformcost-ef‐ fectiveandrapidmeasurements.
ThismodifiedprocedureformeasuringSAAisfaster,reducesthetimerequiredto1/20oftheinitialtime; iseconomical, lowerscost to 1/30ofthe initialcost; andreducesthe quantityof radioactivewaste, reduces wastedliquidto1/80andsolidmaterialsto1/60ofpreviousquantities.UsingthisproceduretomeasureSAAis efficientandusefulindiagnosingdementiaassociatedwithprescribedmedicines.Italsoensurestheproperuse ofdrugsinpatients.
Key words
Anticholinergicactivity(AA),radio-receptorbindingassay,Chinesehamsterovary(CHO)cells,