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十随念の成立過程

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Academic year: 2021

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1 原始佛教の実践道は本質として出家道であり、在家道 は二次的なものとして出家道に付随するものであった。 しかし、その二次的なる在家者は、出家者にとってはな くてはならないものでもあった。それは、僧伽の発展に つれて、在家信者がますます重要になってきたからであ る。何故なら、佛道の核心をなす出家者は自ら生計を立 てるのではなく、その物質的な所依は専ら在家者の布施 に頼ったのに対して、元来、出家である佛陀や比丘衆は、 法施として、大衆に幸福をもたらす責任を持っていたの ② である。 このように、出家と在家は佛教教団構成の根本であり、 ③ 従って、その実践道も出家道と在家道に大別することが 4 できる。出家道の実践大綱は三学又は五分法身であり、 在家道のそれは信・戒・間・施・言の五法である。そし

十随念の成立過程

て、その両道はそれぞれ別々の実践徳目と教義を展開し ている。しかるに、この様な不則不離の関係にある出家 と在家であるから、その実践道に於ても当然交流があっ 5 たと考えられる。その中には、出家道から在家道へ、或 は在家道から出家道へと展開していったものもある。そ こで、我々は⋮在家道から出家道へと展開していった代 表的な実践道として六随念と十随念をあげることができ ↓︵︾O 六随念︵の富︲四白勗囲威︶は在家者のために説かれたも のであり、その第一に念佛が説かれ、最後に念天で終っ ていることから、これが浄土教における念佛往生の思想 の源流として、諸先学によって注目され、研究されてき たところである。ところが、それが出家道へと展開した 十随念については、むしろ無視されてきたかの観がある

吉元信行

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それは、十随念が修定的性格を帯びて、念佛往生思想と いうよりは禅観の方法に近くなってきたからであろう。 しかし、この十随念の成立過程をみると、そこには先 ず、十随念が在家道より出家道へと展開していった行跡 をはっきりと見出すことができる。そのことは、十随念 が在家者によって育てられてきた出家道であることを示 すものである。 この十随念の説かれている資料の中で最も詳しいのは、 清浄道諭︵ぐ耐国匙冒昌一開秒︶の第七章、六随念の解釈 ︵og1鯉口易函は︲皀目⑦の○︶と第八章、随念業処の解釈︵シ邑冒︲ の困武宍四日目負吾自勲︲目目①、o︶である。そこにおいては、 十随念二の内容、修習法、功徳等については、実に微 に入り細に入り詳しく説明されているつ嚴日皀笥︲忠ど ので、それらのことについてはここではふれず、これが いかにして成立展開し、いかなる意義を持つかというこ とに着目して、十随念の成立過程についてあえて論究す ることにしたい。 十随念︵骨切幽山国ロ朋鼻萄○︶とは、佛随念︵国ロ89.口︲ 胡四s、法随念含冨ョ旨●国・︶・僧随念︵切幽掲嵐・︶・戒随念 ︵印爵・︶・施随念︵8恩。︶・天随念含①昇国威・︶・死念︵目四国︲ g困巳・身念︵一国急彊薗閨巳・入出息念︵自身︶目騨函は︶. ⑥ 寂静随念︵gm−印、一目営帛$gの十である・漢訳の解脱道 諭七ではこれを、念佛・念法・念僧・念戒・念施・念 天・念安般・念死。念身・念寂々と訳している︵大. 一三一・四二九Cl四三五a︶・漢訳ではこの他種々の訳語が 7 見出される。 資料の上には、十随念以外に三念や三随念、或は六随 念として説かれることが多い。又稀に五随念として説か ⑧ れたり、佛随念・死念・入出息念。身念等はそれのみで ⑨ 単独に説かれることもある。 ここにおける随念の対象の上には、はっきりした体系 を見出すことができる。そして、前にあげた様な随念の 様冷な形は、その体系の発展段階を示すものであると予 想することができる。それは、三念←三随念←六随念← 十随念という段階である。ちなみに、それらの説かれる 資料を大まかに見るならば、三念は己冨日日騨冨3等の 最も古いとされる経典に説かれ、三随念は相応部に、六 随念は増支部に、十随念は義釈類や阿毘達磨諭吉に於て 見出されるからである。この様な観点のもとに、私は先 に、﹁六随念の成立過程﹂と題して、六随念の起源と三

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六随念はきわめて在家的な実践道である。すなわち、 その随念の対象が、佛教の基本的入門としての三帰依の 対象である佛・法・僧の三宝に、在家佛教の基本的実践 徳目としての施・戒・生天の三論の概念を加えたものと ⑫ いうことである。 AⅡ手︲nUf 念←六随念に至る成立過程についての小槁を発表した。 ところで、随念の最も発達完成した形である六随念と 十随念との間には、はっきりした性格の相異を認めるこ とができる。すなわち、六随念は主として在家道として 説かれ、十随念は出家道としてのみ説かれるということ である。そして、六随念には、普通の場合には修定的性 格は認められないが、後四念を加えた十随念に至って、 三昧を修するための業処としての性格を示してくるので ある。この様なところから、六随念と十随念は、その起 源は同じであってもその展開の道筋を異にしていると 見ることもできる。 以上の様な六随念と十随念の関係を明かにするために、 改めて別の観点から、次に六随念の成立について論究し レーー、﹁ノ0 二 六随念の起源を考察するときに心この三宝が重要な要 素となることは周知のとおりである。すなわち、佛教に 入門して三宝に帰依し、それを信ずるところに、三宝を 忘れまいとする心、つまり念︵の④gが起り、ここに三 ⑬ 念なる概念が成立する。この念なる概念は、古い経典に 於ても、佛教実践の先頭に立つ$へきことを教えている。 従って、六随念の起源ということを一口で言えば、帰依 三宝と念の結合であると言えよう。 六随念は、この三念に戒・施・天の概念が加わったも のである。この三念と三論を結びつけたのは四不壊浄で あろう。すなわち、三帰依は、それが発展して三宝に聖戒 成就を加えた四不壊浄へと展開し、これはそのまま施の ⑭ 成就にもなる。そこに三宝に戒と施の概念が加わったと ⑮ 見ることができる。このことは、清浄道論に﹁このよう にこれら十随念の中、先ず佛随念を修習せんとする︹四︺ 不壊浄︵煙く①。β噌騨の且座︶を具足せる修業者は⋮:.﹂云 々、と説かれるように、随念は不壊浄を具足した上で更 ⑱ に修す$へきことを示すものである。 ここに更に天の概念の加わった理由は、天随念の説明 の中に見出すことがてきる。そこには、信・戒・間・施 ・蓋の五法を成就して、この人界よりかの天界に生れた

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諸天を例証として、自己もその五法を成就すれば諸天 と同じ様に生天できると天の徳を随念することである sぐ路ごと説かれている。ここに生天した諸天を例証 とするという点から天の概念が成立したということがで きる。しかし、この天随念は、藤田宏達教授が指摘され る如く、決して生天を目的としたものではなく、諸天を 7 例証として、自己の五法成就の徳を随念することである。 この信・戒・聞・施・慧の五法という点から六随念の 起源を考察するとき、代表的な資料として相応部五五・ 二一をあげることができる。そこでは、人が危機に面し たとき、世尊と法と僧に関する念︵曽騨弓冒m鯉は︶を忘 れても、五法によって心を遍修しておれば、いかなると きも心上昇し勝進する︵ぃご獣巴と説かれる。ここにお ける三念︵習酔g冒笛は︶は明かに随念の最も古い形で あると思われる。このことはは三念では不充分であり五 法によるゞへきだとして︲戒と施の概念を加えた六随念へ の展開を暗示しているのである。 またこのことは、雑阿含三三・一四によって更に明か になるであろう。 Oo

OoOO

当下以一一正信一為し主非宇不正信睾、戒具足問具足施具足彗具足

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為し本、非一一不智慧聿如レ是摩訶男、依一一此五法一修一一六念処争 ︵大.二・二三八b︶ ここに五法と六随念の関係がはっきりと示されている。 すなわち、五法に依ってこそ六随念を修すべきとするの である。この五法は在家道の大綱である。在家道として の六随念をこの五法に充当するならば、佛・法・僧は信 に、戒と施は五法に於ても同じ戒と施に相当するであろ う。ところが、五法に於ける聞と慧についてはテキスト ㈱ に説明される場合はすこぶる少く→問題がある様である が、間と慧とはその内相であり、その依って生ずる根底 となるものであると理解することができる。 慧については、修道の究極の目的として理解できる であろうから、ここでは聞について考察してみたい。側 ︵呂菌︶はこの場合は単に一]①鼬aという意味だけでなく、 意訳すればH呂唱○自m言︺○且①烏①︵も目ぃロ︶という意味 であり、F四目○詐①もこれに冨駕尉邑8という訳語を与 えている如く、多聞︵冨冒1脅巨目︶であるところの結果 ⑬ としてあるゞへき状態なのである。 ところで、この聞は、五法における聞としては古い資 料には殆んど見られないから、かなり新しい概念であろ う。相応部五五・三七では、佛と法と僧に帰依するから 優婆塞であり、その者は、戒・信・施・慧を具足する

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︵如く窓巴と間が除かれている。ところが、これに相当 する雑阿含三三・九では、三帰依のあとには信・戒・聞 捨・慧具足が説かれている︵大.二・二三六︶。このこと は、当初は信・戒・施・慧の四であったものが、何かの 範 事情で後に間が加わって五法になったものと思われる。 聞についてテキストでは次の様な説明がなされている。 ○ 云何名一一優婆塞聞具足宅佛告二摩訶男﹃優婆塞聞具足者、間 OooOOOo 則能持、聞則積集。若佛所説、初中後善、善義善味、純一満 浄、梵行清白、悉能受持、摩訶男、是名一一優婆塞聞具足圭 ︵大・二・二三六b︶ この様に在家者のための五法に於ける間として説かれ た同じものが、。︿−リでは出家者たる比丘のために説か .2 れていることがある。このことは、間の概念が出家的な ものにもなりうることを示すものである。 この聞の解釈は、註釈によると、多くの経の最初に 語られる↑︽目↓空目目①呂冨目の中のの巨薗の解釈と しても説かれてる。すなわち、間とは↑︽両ぐ四目日の2︲ 菌目・﹄という確信であり、教えを受持し、教えを自ら 鰯 積集することなのである。五法に於て、戒と施の間に聞 が入ったということは、戒という宗教的道徳生活の上に 始めて多聞にして教法能持積集の意義があり、更に施と いう外的宗教生活があるとするのであろう。 ところで、漢訳のテキストでは、五法の順序が﹁得− 0

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信善法一持戒布施多間智慧修二習善法ご︵大.一・四二四c︶ というように、信・戒・施・聞・慧の順序になって、出 家に対して説かれることがある。このことは、在家道と しての五法が出家道にもなりうるということを示すもの である。現に在家者のための実践論であるご風の巴畠︲ 茜ご竺目園3では、在家者への教えが何故に説かれたか という間に対して、﹁出家のために、そして具足戒のた 卿 めに﹂と答えている如く、原始佛教における在家道は在 家道として終ることではなく、必ず出家をめざすもので あった。五法に於ける慧なる概念は、在家道ではあって も多分に出家的な要素をもつものである。むしろ慧は在 家道と出家道の融合であると言うことさえできる。つま り舟橋一哉博士の指摘する如く、在家道としての五法に O 於ける慧は、出家道としての戒l定l慧l解脱l解脱智 見における慧に同化して、世間道が、信l戒l聞l施1 0 慧l解脱l解脱智見と出世間道に転化する可能性を示す 鋤 ものである。 在家道である筈の六随念が、比較的新しいテキストに 於て出家者に対して説かれることがあるのは以上の様な

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事情によるのであろうか。増支部二・一二では→信・ 勤・念・定・誉の五法に依って、更に六随念を修習する ことにより定を得る︵シ当目駕や閉巴と説かれるのであ る。ここに於ける五法は、五根五力としての出家道の大 綱であり、在家道としての六随念は慧を得るためのもの

○○

であったが、出家道に至っては、信l勤l念l定l慧の 中の念としての位置をしめ、言の一つ前の定を得るため の修道となるのである。 そして、更に新しいテキストになると、﹁定に六種あ って、佛随念︵法・僧・戒・施・天随念︶という点によ る心一境性が無散乱の定である﹂弓冨畠︶というように、 六随念が念の次の定としての性格を示すようになってく る。この様なところに、六随念が更に定としての概念を 加えた十随念へと展開せざるを得ない必然性を示してく るのである。 ここで、十随念への展開について述§へる前に、随念の 語義について論究しよう。 十随念は、佛から寂静に至る随念の対象の二に関す る随念又は念である。十随念の中の前の六と最後の寂静 三 とは勘邑易盟武で、身・死・入出息の三にはご旨の接頭辞 はなくて唯切呉一となっている。⑩胃一は只習]又5儲の日日早 冨星︲は︵対象をあらわす“自白潔︶と分解され、日①︲日○恩︾ 冒蔚ご首昂朋旦目且︾目旨黛昌冒の””というような意味を 2 3 もつものである弓目mロ・︶。 “弓巨朋騨武は、それに接頭辞四コロを付加した抽象名詞 である。︹皀皀にはいIに従って、②lに関して、⑥一 つづつ順次に、側強意︲⑤連続︲⑥反復等の意味があり 弓削切己・︺の勺己・︶、P。国威o巴も昌邑己言はOpPqでは餌ロロ朋四は ㈱ に昏冒国晶且ゞ・餌冒凋さ日ヨgH①8臣①鼻5口等の訳語 を与え→函はと四冒吊困餘に殆んど同じ意味の英訳を与 えている。 随念には思想史的にかなりの展州が認められ、その語 義にも相当の変遷が予想される。その語義をニカーャに 求めることは困難であるから、ここでは阿毘達磨諭書に それを見てゆきたい。 清浄道論では、﹁反復して︵冒昌国弓ロロP日︶生じた念 こそ随念である﹂︵ぐ尉日.岳ごと解釈され、その註釈で は次の様に更に詳しく説明する。 繰返した含口口四コロ︶念が随念であるというこの意味を﹃反 復して生じた﹂と言うのであって、ここに曽昌の語と結び

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つくことによって、念の語が意味の相異するものでないこと を示すために﹃念こそ随念である﹂と言ったのである。︵く日︲ 日胃.胃望e シ寓目印昌目でも﹁反復して憶い起すから、随憶念す 勧 ること︵騨口扁切騨国目︶によって随念である﹂と同じ様な 解釈をしている。 ここに、煙ロロを反復と強意の意味にとって、それによ って念と随念を同義語的に理解していたことが伺われる このことは、十随念としての業処に於て、その二が修 定の方法として独立して同じ様な意味を持つ、へきことを 示すものである。 ところで、三随念や六随念における随念は業処として の性格を持たないから、十随念に於ける随念とは当然意 味は異る筈である。むしろ∼成立史的に見て、それの方 が随念本来の意味に近いといえるであろう。このことに ついて清浄道論では、﹁念こそ随念である﹂と言いなが らは更に﹁或は︹随念は︺起らざるを得ない処にのみ ︵君ぐ胃は国g四︲一冒自四日冨弓ぐ轡鼠︶起るものであるか ら、信︵圏&目︶によって宗教生活に入れる善男子にふ 鰯 さわしい︵凹冒昌一富︶念もまた随念である﹂︵三“己.]君︶ とて、曽昌を四二二昌冒︵註釈では︶﹃貝国︶の意味にとつ て、随念する状態にふさわしく当然自ら生ぜざるを得な 鰯 い念が随念であることを示しているのは三随念や六随 念における随念の意味であろう。 プダゴーサ ところで佛音は清浄道諭に於て、はっきりと念と随念 を使い分けていたことが伺われる。その随念解釈の後の 十随念の二を説明するところで、佛随念について﹁佛 に依って︵胃“弓冨︶生じた念が佛随念であり、これは ﹁佛の徳︵唱息︶を所縁とした念﹄ということと同義語 ︵昌巨二国8貝↑︶である﹂︵ご勝目.]弓︶と説明している・ このことについてその註釈では次の様な解釈をしている。 伽に︹依って︺とは、諸の徳に依り世尊にとって佛という 名称︵冒引凹昏︶がある︹ように︺その徳を一緒に含めて ︹佛と︺言った。それ故に、これは佛の徳を所縁とした念と いうことと同義語なのである。︹佛に︺依って︵胃Pg富︶と 0 〃6 は依りかかって︵巴四目巨茸巴︹ということ︺である。 この様な随念の解釈は他の論には見られないことであ るから、我々は、佛音が騨巨ロを強意・反復の意味に取 る伝統的解釈以外に、営昌日冨︵ふさわしい︶或は徳を所 縁としてという様な意味を見出したということを灯るこ とができる。このことは、その後天随念までの二につ いて同様の解釈がなされ、後四念の解釈ではそれがない

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ことや、清浄道諭では六随念の解釈と後四念の解釈であ る随念業処の解釈と章を分けて解説していることからも 判明する。つまり、佛音は六随念に於て随念本来の意味 を見出したのである。 そして、清浄道術の註釈であるも胃騨目色ま冒昌目]こめ“ に於て、その著者ロ冨冒目四も巴酉はそれを更に発展させ て、その徳に依りかかって自ら生ぜざるを得ない念とい うように理解したのである。胃四g富は巴︺巨と同じ様 な意味であるから、四昌巨を巳蝕ョ豆プ戯︵8富侭○ごゞ も弓のロ︶と解釈したことになり己冨目目§己mは、胃ど の中に六随念の成立過程である帰依や不壊浄としての諸 徳讃嘆の意味を見出したと伺い知ることができる。 ここに我々は、随念に、強意・反復としての念と諸徳讃 嘆の声としての随念と大別して二つの意味を見出すこと が出来た・前者は十随念における随念の意味であり、後者 は六随念のそれである。勿而、佛音の理解した如く、十随 念に於ても後者の意味は流れている筈であるが、それが 業処としての性格を示すにつれて次第に薄れてきたこと は考えられる。後に念と随念が同義語であると説かれた り、漢訳に於て“ごロ、切四丘を随念と訳すことは希であり 帥 殆んど唯念とのみ訳されることからも伺われるであろう。 在家道としての六随念は、在家者にとっては最終目標 としての慧を得るための最も完成した実践道であった。 これに対して、出家道としての六随念は、慧の一つ前の 段階である定を得るためのものであるから、出家道とし ての慧を得るためには更に定を修さねばならぬというよ うに不完全なものとなってくる。その様なところに、随 念だけで出家道としても完成した実践道になるように、 六随念に更に修定の概念を加えたのが十随念である。十 随念に於ける死・身・入出息の三念は明かに修定の方法 であり、寂靜はその結果と倣すことができるから、ここ に六随念に三念と一随念が加わって十随念が成立したの であろう。 ところで、修定の方法の数ある中で、何故これらのみ が十随念の中に収り入れられたのであろうか。その理由 は、この十随念なる概念の胞芽が、早ければ三念の成立 する頃!遅くとも六随念の成立する以前に現われていた ということである。それは、最も古いテキストの一つで あるとされる己冒日日四冨忌の二九六’三○一偶であっ て、そこでは次の様に説かれている。 四

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ゴータマの弟子たちは、今までづっと︵笛目︶よく目覚め ︵呂弓:ロ目冨日も号昌gpg、昼も夜もいつも︵昌○8日︶、 伽に依る念がある︵国巨目冨咽融笛は︶。 ″ 法に依る念がある︵含四目日ゅc︶・ ″ 僧に依る念がある︵即自唱四c︶・ ″ 身に関する念がある︵圃薗・︶・ 鋤 ″ ︹悲なる︺不害を楽しむ意がある︵、旨目“母四 H四庁○口旨いロ○︶O

鋤、

″ ︹慈の︺修習を楽しむ意がある︵g胃秒呂国8 目色口○︶。︵口彦やあ︶ “3 6 ここにおける国且目色盟薗、煙は等三念の中の盟薗に ついて、註釈では﹁田口&冒盟威困はとは﹃このように してまたかの世尊は云々﹄というような谷山昌層号冨︲ 8︶佛の徳によって︵胃:9画︶生じつつある念である﹂ ︵己g︲四白目畠巴と、先に引用した清浄道論に於ける 四口房3蔵の解釈と殆んど同じであるから、盟薗3はと 四国扁笛はとは同義語であるとも理解できるであろう。む しろ、唱威はその成立過程からみて印肖眉唾目悪さと “ いう様な意味を持っとも言えるであろう。ということは、 魑薗囲武は餌ご易困丘の古い形であると言うこともでき る。何故なら、ロ冒冒昌僧且四○○員昌︺①ロ国曇では、こ の部分の因縁物語として六随念を説いているからである ︵口彦や四・肖冒﹄別l﹄、巴。 ところで、ここに於ける厨冨噌薗の目﹄の怨薗は前 三念とは意味が異る様である。この部分の註釈では、 胃ご樹①菌闇はとは三十二身分という点から︵く闇①巨凹︶、 或は内なる青遍処等の色定という点から生じつつある念 である﹂︵pご︲鱒.目目冷巴とぐ儲⑦口⑳︵lという点から、 lに関して︶の意味に取る。又、清浄道論では次の様に 解釈している。 髪等の類の色身に︹念が︺属する︵噌敵︶、或は︹対象と しての︺身の中に属するということで圃温盟薗である。 冨怠唱国であって、しかも彼女︹性形として︺の念︵3の騨彦︶ であるから圃冒唱国印鼻胃と︹男・中性形で︺言うのはふさ わしくないので、圃憩盟薗、鼻昌と︹女性形で︺言ったので ある。︵ぐ勝巳.]弓︶ ここに於て、盟薗は﹁属する﹂の意味に解釈される。 このことは、前のぐ陽①口騨という解釈を含めて、業処と しての随念の意味に近いということができる。このよう なところに、三宝を対象とする三念は、身念と区別する ために、帰依讃嘆の声としての三随念︵騨口巨朋島︶とな り、業処としての念である身念は屏勤四理薗の鼻﹄として

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残ったのである。 ロ目白目色恩目における四念と二楽意が十随念の胞芽 縄 であることは、その諸異本を対照することによって更に 明かになろう。その梵本であるご厨ごゆぐ肖盟では、四 念の後に戒に依る念︵圏騨盟薗⑳冒博唇︶が追加されてい “ る。また、ロ自己画く自彊のチベット訳では唱国切目再蕎 6 1 が号の2号騨旨g呂噌︵随念鯉口ロ、日稗居︶と訳され、 更に捨随念︵唄89号の自身自︺ご呂冒︶と天随念 念冨昌H希切呂号ppg且冒︶$そして身念︵旨い詳○唄 骨ppg2も四︶の次に四禅念今旨ぼめ冒冨巨骨Ppg︶ 縄 が増補されている。これは業処としての展開を意味する ものであろう。漢訳法集要頌経もこのチベット訳とほぼ 同じである︵大・四・七八四c︶。尚、ご爵冒少ぐ四侭四では、 そのの日耳言肖盟の最初に入出息念︵習幽凰冒?印目昌乞 9 6 が増補されていることも注目すべきことである。 さて、先の口冨日日④冨烏における、不害と修習によ る楽意という二幅は、諸異本ではいかなる展開を見せて いるであろうか。 先ず己目胃昌ぐ胃鴇では、不害を楽しむ意から始まって、 不順︵色ぐ冒冨号︶︲出離︵冒昌鴇罵一日冨︶、静盧︵星]冨二鱒︶、 寂静︵aぐ農凹︶、空念昌こゅ国︶、無相︵脚日日昇国︶、無所 有︵鴬ヨ○沙冒冨︶、修習︵g曽煙口巴、浬藥︵巳﹃く習国︶な どの二を楽しむ意がある国冨日日四口農○H§冨国冨昌 日四国農︶というように説かれている︵ロ忌目︲く・巴や隠哩。 この部分に相当する法集要頌経では、念静盧・念不殺. 念不盗・念空・念無相・念無願・念出世・念意楽・念円寂と いうように訳されている︵大・四・七八四Cl七八五a︶。 H四国日日四口息が念と訳されたのは、国冨に胃・呂答は侭 旨の他に房号く928の意味がある︵旨c員のH¥、同。。︶ からであろう。この様なところに、不害と修習を楽しむ ⑩ 意が、念としての種々の定的概念に展開し、最後に、清 浄道論註に﹁寂静︵ロ冨笛日騨ロ︶とは、一切諸行寂静た る浬藥という意味である﹂︵く日︲目算.風弓︶と示される様 に、浬藥を楽しむ意が、念浬藥としての寂靜随念と相応 するのである。 別の異訳である出曜経を見れば、十随念への展開は更 にはっきりするであろう。 能知自覚者是雛曇弟子、昼夜当し念し是、一心帰。命佛至 善覚自覚者是崔曇弟子、昼夜当し念し是、一心念一一於法至 善党自覚者是盟曇弟子、昼夜当し念し是、一心念一一於衆︽ 卜ノヲ トトドヲ 念吃身念一一非常一念二戒布施徳一念一天安般死﹁昼夜当し念し 是。

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善覚自覚者是朏曇弟子、昼夜当し念し是、一心念一一不圭昆 善覚自覚者是報曇弟子、昼夜当し念し是、意。楽泥桓楽聖 ︵大.四・七○一b’七○二b︶ 細 ここに於ける念不害と意楽泥疸楽とが寂静随念を意味 するとすれば、ここに至って十随念の二が完備したこ とがわかるであろう。 以上の様な口冨日日名四目諸異本に於ける随念の種々 相及びその展開は何を意味するのであろうか。ロ盲目︲ 白眉四目諸異本の経典史的意義については、今日では先 幽 学によって一応の体系が成されている。その成果に従っ てこの問題を考えるとき、我々は次の様な興味ある問題 先ず、その一は、この諸異本が随念展開の諸相を反映 する鏡となっているということである。その異本の成立 年代、所伝部派に従ってそれに相応した随念の諸相が説 かれているからである。 第二は、南伝上座部系に於ては、この四念と二楽意は、 六随念に影響されて更に十随念へと展開して行く反面、 北伝有部系のご愚己四ご胃彊に於ては六随念や十随念へ の展開というより二楽意が空・無相・浬藥等の諸概念へ と展開する方向が強調されるという点である。 を見出すことができる。 以上、ロゴ色目日§嵐四の諸異本を鏡として、四念と二 楽意が十随念への展開してきた過程について一応言及し た。佛法僧の三念が六随念になるゞへきこと、二楽意が寂 静随念に相当することについては前に述、へた。身念につ いてはそのまま該当する。 ところで、十随念の中の残れる入出息念と死念がいか にして加わったかを論究するため、先ず身念の内容につ いて検討してみよう。 第三は、チベットや瀧訳の諸異本に見られるように 北伝有部系の経典に、南伝上座部系の教義の影響が見ら れるということであり、このことは南北両伝の交流を示 すものである。すなわち、四念と空・無相・浬藥等の北 伝的諸概念に、南伝の十随念に於ける諸概念が、諸異本 の成立につれて次第に付加されて行ったのである。 このことから、テキストの上でこの随念がいかなる相 で説かれているかを知ることによって、それが南伝か北 伝かを知り、更に南北両伝の交流のいかなる段階にある かをも知ることができ、佛教教理史を知る上に於ても大 きな意義を示すものである。 五

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身念は佛陀出世以前にはなかったもので、すゞへての外 道の教説の範囲にもなく、佛教の修道の中では特に重要 ⑬ な概念である。これは、ニカーャでは十随念の中の一と してのみならず、単独に詳しく説かれることも多い。長 老偶六では、﹁比丘にして冷林︵望菌︲ぐ鯉口鱒︶に入り、独 り満足し、等持︵閏日勤冒冨︶にある者は、勝利をもたら “ し、身毛も堅立せず、身念を守護とする︹から︺堅固な る者である﹂︵目︺︲画・巴と説かれる。 中部二九・身念経︵罰身騨盟薗茜首︲ぬ具薗︶では、身 念について﹁比丘等よ、それでは身念はいかに修習し、 いかに多作すれば大果と大称讃︵目少冒昌困冒困︶に価 するか﹂︵旨白目電︶と説法を始める。この説法は非常 に長く繰返しが多いので、次にその要旨のみをあげる。 ⑩念ある者は入出息する。 ⑨自己の行住坐臥なる状態をよく知る。 側あらゆるものに対して正知者である。 ⑳この身の各部分が不浄に充ちるものであることを観察 する。 ⑤身そのものを界に従って観察する。 ⑥墓に捨てられた死体の九種の状態を観察する。 切四禅の二を成就する。︵言[冒盟︲g︶ この身念の修習法について、増支部一・二一では次の 様に説明する。 比丘等よ、大洋を心︹眼︺によって遍満させる︵o①冨鼠 飼 言具○︶ある︹比丘︺が海に注ぐ︹あらゆる︺川も︹その者 鰄 の修習によってはその︺内に含む︵昏具︵︶醤三国︶ように、ま さに比丘等よ、いかなる者も身念を修習し多作するときには そ︹の比丘︺はいかなる明分なる言昔︲亘︺攪辱己善法をも 内に含むものである。︵シ自畠︶ ロ富日日騨冨目に於ける身念も、この様な非常に範囲 の広いものであったろう。従って、ここには当然入出息 や死の概念も含まれていることが予想される。この様な 点について清浄道論では次の様な体系づけをしている。 この様に世尊は種々の方法で称讃して、︹身念経で︺﹁比丘 等よ、如何にして身念を修習するか、いかにして︹身念を︺ 多作せる者は大果大称讃に価するか、比丘等よ、ここに閖処 に行ける比丘は云々﹄︵冒自目憩︶等の仕方︵。身鴎︶によっ て⑩入出息節︵習与習四︲冨三︺四︶、⑨威儀節︵目剴︲冒昏画︲・︶ ③四正知節︵8言笛昌冒雷引騨︲・︶、帥厭逆作意節︵冒色昌盲︲ ョ曾昌“ぬ房胃騨︲。︶、⑤界作意節言威目︲目自国”弄習.四︲。︶、⑥九墓 ⑬ 節曾臼ぐ四︲函く鼻巨富︲。︶、というこれら十四の節ということか ら身念業処を説示し、その修習の解釈が得られた。その中 で、威儀節・四正知節・界作意節というこれらの三は︹第二

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十章の道非道智見清浄解釈の中で︺観︵急冒朋曽勧︶という点 によって説かれ、九墓節は︹第二十一章行動智見清浄解釈の︺ 観智言冨⑳切目︲副ロ四︶︹解釈︺の中の過患随観︹智︺とい う点によって説かれる。そしてまた、ここに膨脹︹相︺ 言目目目弾四菌︶等に於て三昧の修習を成就すべきところの ものは︹第六章︺不浄︹業処︺の解釈で説かれたのに同じで ある。また入出息節と厭逆作意節のこれら二は、三昧という 点によって説かれた。この中で入出息節は入出息念という点 で︹身念とは︺別れて︵a豐昌︶︹説かれる︺業処にすぎな い︵ぐ蔚目.函﹄eo ここに広い意味で身念を六に分類して、その中の④身 体の三十二身分の不浄を観ずる厭逆作意節のみが十随念 に於ける身念であることを説明している。それ以外の節 は四十業処中の別の業処で説かれたりするものであり、 特に入出息節は身念より別れて新たに入出息念として成 立した業処であることを示している。相応部五四・一三 に﹁実にシ自画目色よ、入出息念なる定によって一法を修 習し多作する者は四念処を円満し、四念処を修習し多作 する者は七覚支を円満し、七覚支を修習し多作する者は 明解脱を円満する﹂︵いく総巴と説かれる様に、入出息 念は修定の最も根源的なものである。そして四念処の中 の身念処は十随念に於ける身念と殆んど同じ概念である 鱒 から、入出息念は身念を修するための第一歩であると理 解することができる。ここに入出息念が身念より独立し た理由が領けるであろう。そしてまた、先のご尉邑ゆく餌︲ 侭伊に於けるm日旨く肖唱の始めに入出息念が付加され たということは、入出息念があらゆる修定の基礎になる べきことを示すものである。 この様な入出息念と身念とを結びつけるのが実は死念 てある。すなわち、入出息念の究極は﹁︹死時の︺最後の 鋤 出息入息も知られる状態になることであるから﹂身念を 修するためにここに死念が取り入れられたのであろう。 身念の内容からしても、身念に必ず死ということが前提 にあることがはっきりするであろう。また、これは不浄 観の大前提でもある。 死念もテキストの上では単独に説かれることが多く、 その概念はかなり古い時代に成立していたと考えられる。 その代表的なものは己冨白目四冒烏﹄亀l胃ぉであり、 そこでは次の様に説かれている 一四七、見よ、飾られ︵。旨四冨冨︶︹各支分より︺形成さ れた︵宮冒冒︶瘡身は︹骨の︺積集︵$目尻の芹四︶であり、 ︹常に︺病患であり、多欲であり、堅固たること常住なるこ

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とはない。 一四八、老衰した↓﹂の色︹身︺は病の︹住︺巣となり、懐 れやすく、腐身︵困冒︹巨国︶は破れる。それ故に︵宮︶生あ るものは︹必ず︺死に終る。 一四九、秋︹の乾期︺に︵、胃旦。︶捨てられた︹風熱にさ らされて散乱せる︺かぼちゃの如きこの白骨を見て何の楽し みがあろう。︵ご宮︺侭︶ ここに於ける一四七偶は身念に、一四八偶は死念に、 一四九偶は不浄観に相当するであろう.これらの諸概念 が、ご富日日騨冨目に於てもはっきり説かれており、こ こに於ても身念と死念の関連が明示されている。 また相応部四・一に於ても、生まれて死せざるものは なく、死の来たらいものもない、日夜の過ぎ去る如く寿 命は尽き、小川の水の如く寿命は滅ぶ命山己午S巴な どと切々と死について説かれる。 この様なところに、次の様な不放逸を誠めるための死 念として説かれるのである。 汝等は得たとおりの方法でG昌国盲目盲︲昌箇目のご画︶ 00 施をなせ。戒を護れ。布薩をなせ。死念を修習せよ。汝等の 死の修習を観察せよ。何故なら、これらの有情の死は確かで 生は不確かであり、すべての有為法は無常でまさに滅法であ 卿 る。昼も夜も不放逸にしてあれ。 死とはある存在に属する者の︵①一畠︲三昂ン畠︲富ご冨冨︽︲ 昌冨ゅ笛︶命根の断絶であり、死念とは、寿命が尽きて死 す時死︵冨盲︲昌胄湧弓︶と業の断絶により命脈を断たれ て死す非時死︵P厨冨︲・︶を如実に知ることによって、 いつ死すとも知れぬ自己を反省することである。ここに、 死念に於て不放逸を誠め、入出息念によって身を静め 身念を通じて自己を観察するという三者の関係がはっき h/するである↑︵●ノ。 以上の様に、六随念は対象としての徳に対する随念で あり、入出息。死・身の三念は自己に対する観察であっ た。この他の徳への随念と自己への沈潜というこれら の完成されたところに寂静随念が示されてくる。寂静 随念は、離寅・減・浬藥なる﹁寂静の功徳を随念するこ とによって生じたから寂静随念という名称ができた﹂ つ﹃尉冒‘誤畢のである。寂静随念は前三念とは異り、六 随念と同様に“自国の凹武で示される如く、佛教の最終目 標たる浬藥の徳を随念することであるから、ここに於て 出家道としての実践道が完成されるのである。 一ハ

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この十随念は、更に発達した南伝佛教に於ては、四十 業処の中に数えられ、修定の方法として、善知識という 指導者が、後輩に対してその機根に応じて、四十の中に ある業処を授けて修習させ、次第に解脱へと導いて行っ たのである。佛陀の説き示された対機説法のあり方は、 在家道から出家道へと展開した実践道としては、南伝佛 教ではこの様な形で実践されていたと知ることができる。 最後に我友は、十随念の次第の意義と八念について論 及するつもりであったが、紙面の都合で割愛したので、 この問題については機を改めて発表したい。唯、八念に ついて一言すれば、八念は北伝のみに説かれ、十随念よ り念身と念寂を除いたものである。大智度論に於て、こ の八念は念身を修すためのものとして説かれており、又 念寂に相当する概念もあり︵大・二五・一二八alc︶、こ れらが不浄観等の複雑な禅観の次第へと展開しているか ら、八念は十随念の北伝的変形であると理解することが できる。 とまれ、この随念がいかに複雑化して展開しようと、 その根底に在家道としての成立過程があることを忘れて はならない。何故なら、テキストには出家道へと展開し た筈の十随念の説明句の中でさえ、在家信者の諸徳に対 する帰依讃嘆の声がそのまま残っているからである。即 ち、十随念は在家者によって培われた出家道である。 業処や禅観として複雑化する随念に対して、テキスト の上には六随念←三随念←佛随念という単純化の方向を 辿る流れも認めることができる。この流れは南北両伝と も認められるが、特に北伝のそれは随念の大乗的展開で あり、これが諸先学によって指摘された念仏思想への流 れであろう。 この様な問題について論究するには更に多くの資料を 要するであろうから、今後の研究課題として、ここでは 問題提起のみにとどめたい。 註 艸出家道と在家道の原語について、言]旨︵一目畠冒では、 卜 ︽︽距葺。﹂︼︺○暑画︾ご囚尉巨ご一声一]ハーハー戸口、く○℃色ゴ騨言弄四ゆめ色昇欝’画朗貝自弓罠一︸試戸︲ 甘宅騨寺ヰコ︺ぐpp︼︺の口匡. .︾﹄つ三・篭や腱琴とあり、又学や gでは︽狗冒首︲圏︼且の萬︺鼻︸︸︺少︹一画︾︺︵ン.目3︶とあるか ら、ここにおける﹁道﹂は日P麗尊ではなく、中道︵二三︲ DDJ。 皀匡目色冨菖︺四︵菌︶における道の如く、 ]︶鼻弓鼻辻又は 宅騨昔も由︵︸倒一、坐の手。Q これらの語根は胃︵一で普通、﹁通行﹂ と訳され、 ある目標に達するための行として目揖彊 、 ︵只日品︾8首騨烏︶より広い意味に使われる。 、劃ロ・の︵︶二Nの︾国屋包︵一言め昌一[肘同謂のごnoへ二二﹃︶里、の]︿︶一︺ヨ⑦ご汁“

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甸号員冒○且。。皇︺ざ.参照。 ③実践道の原語は己農冒︵画窃匡︲官呉言四sで、通行、 入行、行、道、実践、等色々な訳語が考えられるが、ここ では諸先学の使われる﹁実践道﹂という語を用いることに し、た。 仙舟橋一哉﹁原始佛教における出家道と在家道﹂︵印度 学佛教学研究、第三巻一号、東京・昭二九︶国︶.壁l誤参 昭増 ⑤林屋友次郎博士はこの問題について詳しい論文を発表さ れている。︵﹁出家教理と在家教理の交渉﹂、日本佛教学協 会年報第一○年、東京・昭三一,九一’一八二頁。︶ ⑪劃“日.弓刃ここに於て死念は旨蜜国巨mE5の秒はとなって いるが、その解釈のところでは巳四国。P域白首となってお り、又、他の経論でも冒胃色目四m呉﹄となっている。 例パーリの資料では、佛を我︵秒冒目︶、世尊、如来、 と言うこともある。漢訳では主なる訳語は次のとおりで マ︵︾Q 念佛・・・:・念我身、念如来、念如来事、念佛功徳、佛念、佛随念。 念法⋮:・念法事、念於法事、念於正法、法念、法随念。 念僧・⋮・念衆、念僧事、念於僧事、念同学者、念比丘僧、僧念、 僧随念。 念戒⋮⋮念持戒事、戒念、念目所持戒、念浄戒念於戒徳、戒随念。 念施⋮:.念自行世事、念与、念施与、施念、念捨、念施事、念施 功徳、念自所行施、自念施法、施随念。 念天:..:天念、念諸天、念諸天事、念天功徳、念於天徳、天随念。 念安般⋮安般念、念息。 念死..・・・・死念、思惟死想。 念身:⋮念身非常、身念。 念寂今⋮:念休息、念止観、休息念。 ⑥三念或は三随念の呼称は見出されない。 五随念には、五法として、如来・法・善知識・施・天の 五を随念すること︵湯.ぐ閉包や、五念として、﹁念佛. 念法・念衆・念戒・念天﹂︵大.一・九二b︶、五種歓喜処 として﹁念如来事・法事・僧事・自持戒事・自行世事﹂ へ大・二・二一八b︶の以上三例あるのみである。 六随念には、六法︵ンご患④。言・︶、六念︵大・一・五 四a①胃︶六思念︵大.一・五二a︶、六不退法︵大.一・ 一二a︶等の呼称がある。 い佛随念、﹄吾自g︾着.︵罰口答昌旨sゞ着.冒巨旨.①9. 死念、シ白目ぢやきいシ・冒曽?麓い汁・騨亘]?ご昏・ ・言・入出息念、いく曽干瞳]︶いく畠障汁.函ござ.c言 身念、少自虜︲患.旨白目路19︾汁.]段吟僥の言. ⑩印度学佛教学研究第十八巻一号、東京、一九六九、弓. ]ヨョー]、CO ⑪業処︵菌目目鼻曾曽P︶は、三昧を修習し成就するに当 って、自己の性質に適応した観想の方法、手がかり、対象 であり、戒・定・慧の三学のうち定を修するためのもので ある。︵ぐ尉日.窓参照︶。 ⑫藤原凌雪﹁念佛思想の研究﹂︵永田文昌堂︶京都・昭三 二・一○頁、参照。 ⑬矢吹慶輝氏は特に念佛について﹁信佛帰佛は逆に念佛と ならざるべからず﹂︵﹁阿弥陀佛の研究﹂丙午出版、東京・ 明四四。pgeと理解している。

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⑭舟橋一哉﹁原始佛教思想の研究﹂︵法蔵館︶京都・昭二 七・層﹂霞︲馬P参照。 ⑮拙稿﹁六随念の成立過程﹂︵印佛研第十八の一・弓・]ミー 房o参照。 ⑩言額目.﹄窟この部分をその註釈國冒目四ヰ盲目島言風 では次の様に解釈している。 ﹁確たる佛の徳をまことに知ることより生ずる信︵冨切目色︶が不 壊浄である。或はそれは聖道によって生じた信とも同じであり、 邪見によって動かず揺がざる者はそれ︵不壊浄︶を具足すること によって、かかる者に佛随念の修習が成就するのであって、他の 者には︹成就し︺ないのである。﹂︵臨国日鼻昏四︲目色ご目3.昌 盟“9$⑦]の洋のH﹄国ppm再○F︿ぐ目︲目算﹀胃曽式︶ 尚、鰹ぐの。g弓圏困号については、佐灸木現順﹁信仰を 意味する諸原語﹂︵大谷学報四九の一、京都・一九六九・ 二二頁︶を参照。 藤田宏達教授も両概念が非常に近いことを指摘されてい る。︵|︲原始浄土思想の研究﹂岩波書店・東京・一九七○・ 五六一頁︶・留日冒○自己ロ。︵言昌では、六随念が信︵冒胤目︶ との関連に於て論じられている︵司言︲沙.麗磐。 ⑰藤田宏達﹁原始浄土思想の研究﹂五五三頁参照。 順正理論では﹁言二随念故応や礼し天者亦不レ応し理、迷二経 義一故。謂経意説、応ン作二念言↓彼諸有情成.就信等︽従い此 捨命已、得三上.生四大王天及餘天衆﹃我亦成。就信等善法↓亦 応三同し彼当得一一生天↓令下随ゴ念天一与咳己同壬徳。非下令二礼敬一 名字随念天エ・﹂︵大.二九・五五五a︶と、随念するとは礼 敬することではないことを明していろ。天随念の原語が 号くぎロ⑩団陸でなく号ぐ胃曾吊閻丘であること︵号ぐゅ国々 8旦旨OpOH昇鼻①9号ぐ餌︾冠目の己.︶や、漢訳で念天事 と訳すことからもわかる。倶舎論に於てはまったく無視さ れており、この長行の属する偶も説かれていない︵大・二 九・七六b︶。このことは、倶舎論より順正理論の方が南 伝佛教の教義をとり入れていることを物語るものである。 尚、林屋友次郎博士は、六念は生天が解脱に導くための 方便であることを知らしむるもので、むしろ念天に窯じら れて浬藥に上昇す、へきことを指摘している。︵出家教理と 在家教理の交渉、日佛年報一○、一四三頁︶ ⑬胃冒昌①冒言。津の︾目轆言胃o自国。自目ご切言o冒呂①己ゞ 、 ご$○国四国①印画F︾町①の己畠・門︵︶口ご自国︺己路、弓田. ⑲冒菖︶詞畠. ⑳倶舎論では、施主の差別として、信・戒・間等の徳︵浄鯵︲ a颪︲含鴎︲岼巨薗昌︲唱冨︶を説く︵大・二九・九六a、やも国︲ ユ2︺”シご亘己冒吋昌騨丙○淫国三国塑国具く砂印巨ご巴︺己昌︾嵐.勺. 言割騨砂尋昌毘めいのP月︸百門ご印は言蔚.℃目ご動︺忌雪︾︿鈩匡冒冨亨屏﹀ ロ蹟巴。これを註釈では、信・戒・間・捨・断︵己冒︶・ 槐︵旨g︺胃︶の七に数えてい患︵己.弓○四言国︾色・︾こ︺ご︲ 呈三﹃自由詳○恥曾︲ぐ︶利己内岸煩酎一︶冨暑秒か○日﹄ヰ︵声︾弓○丙買︶︶﹄やいや]やいつ. くど︺三目︲軍国﹃・﹀ご︺・〆辱こから、後世には更に別の仕方 で展開したと見るべきである。 鋤︼︶目に於ては、五法における間の説硯はなされていな いが、多聞︵盲目”砂二8︶として、単独に次の様な説明が なされる。これは先の漢訳と殆んど一致する。 胃壹一口すぎ一声]肉言う﹃⑦︵一︶の︶m一斉一門岸︺劉一︶鱒︵一の鋲ロー︶が二一三砂望耳○戸○茸

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鷺惠圏−a、一室宝○め・塁﹄亀.I的畠富令冨○国堂。︺堂、﹃m亀︾・亀ご尊雪一劃割&宇野皇君乏到雷到 含鳶忌昌、ふい討急話篁到雷割も画爵堂C吻忌苫国︲野画一堂到雷到・幻琴迂琴到鉤亀ゞご喧顎富、邑智曇. ・刀gppⅡ0 討輪ごミ急︲、景爵、震急患邑曽、亀蚤署員亀尋一弓苫守宮負﹃↑ミミ︲。a菖篁室ミ室守迂︲ ご負as、高裁.︵衿.自画画1画巴 働:曽曽︲へ琴ミ。のミミ︲昌薑冒吟ミ。こ武画g鰄巨め。国︲牙胃営冒# ぬ四尉四︲ご一ゴゴ酔武声−・宮騨HO茸曾詐詳︸︺○.胃旦﹄︺画一己包昌騨切○斤②︲︵︸ぐ聟・﹄酢二口← の四吋のロ四自己口︹一︸]画H耳四国はご津自己P︹二︺画]’自己動冒は昌曾秒守津冒0. 膳 雪[①l妙四今全酌め抑餌︸昼員声秒ぐ割は沙斤匡臣①め鱒は︾のぐ湧口︺閂己P︾渕砂m戸井四コ]︾ 良 の○汁創︲色ぐ動H沙弓巨ぬ騨吋のロ四二己曾︵一︸︺脚丙詳曾ご吐くロ弓P武﹄旨ゴ曾国三画武 彦J1シ P号詳ロ①⑳騨陣﹀⑦ご包計ロ︺己騨ヨ戸四mロ什騨園昌︾切○計秒IQご騨吋色目臣⑩pHの目四 口己四・ロ脚Np己秒冒は閨且芦陸.︵ご早色.届、ロ︲国.月画騨⑦片・︶ ト 卿嗣“の日脚g蔚詳鯉口武團g昌鼻昏昌8口冒閏目且妙︲ 茸彦四劃の②ずぱ留昇四日.︵星.届巴 “舟橋一哉﹁原始佛教における出家道と在家道﹂印佛研三 の一、三五頁参照。 固念の定義については、水野弘元﹁パーリ佛教を中心とし た佛教の心識論﹂︵山喜房佛書林︶東京・一九六六・六○ 三’六一四頁に詳しい。藤原凌雪﹁念佛思想の研究﹂八頁 や、泉芳環﹁梵文無量寿経の研究﹂︵顕真学苑︶京都・昭 一四・九九︲二二頁では、念の哲学的解釈がなされる。 田“]旨の接頭辞を訳すとすれば、H①3冒凋8号の日の目○︲ 曇とした方がより正確であろう。例えば口目.○三c己叩 へ①g︶叩弓岸︺の○減昏Had月蝕○国p員ゞ具再三哩騎︸胃両武割白○旨ぬぎ 〃 、 ○箆○a﹄Fo己︹ざ目︾ご急皇︺.忌急のHのo呂①gの項にこの 訳語を用いている。 鋤固く、罰画一︺鼻砕”・冒ご菖の一︽胃︵の︵ご少舞言一鞭昌昌﹄ 句①討函ロ朋○昌○昌一①m①ゞ勺○○己色︺]︲C心いくンの.﹀己・胃四・ 四この部分を英訳では次の様に訳している。 ○吋目旨︵一言旨①め印君三o戸陣○日湧昌の冒頭冒己四○$葛底⑦Ho 岸○口”ロナ庁○凹吋鴎①︶届の巨芹四ヶ]①開○吋騨塁ご巳〒ず○局口員︼pロジ又彦○ ︸ご包めのロ汁①H⑦Q生︺○吋⑦固い竺○ごい︸黙①汁ゴ吋○ロm︸︺畠四﹄津︾︾扇吋の○○]1 房の茸g︺・へ勺の三四国冒頭弓冒へ茸・︶即弓宣①弓口汁ゴ○味弓二門耳雷 / /、 暑巳.目鼻も目印︾FopQoご︾]@画Pやいいe 四その註釈ではそれを次の様に註釈する。 、︵ミミミヘ忌言︲廷笥牽昌蒼言罵↓三、塞喧冨迂ミヨ茸員屋冒色の酌 、巨巨自切の色吐く倒色ロロ、め四吋岸Pウヴ群]︺pHロロ凹詳働く匡庁計倒ロ○鯨は己四ごPl 庁汁凹穴四mの①ご宙自己pHロ。④庁騨吋国Qゆめmの命pH目戸口︺④ロロ拝命四mの四四国邑忌口己四 ︾ ト ト 蔵ごロ庁庁四目︺,のPQq門︺脚!d四ヶずゅ一陣四めい四昇剖倒斥ロ]四℃巨庁庁四の、沙P邑自l 門口も四汁脚ロ口試口四も四ぐ凹計汁詳四ヶご凹み庁彦山口四mm四四口pHロもP井山ぐのぐ四 ]︺○感井目も四句曾庁汁秒汽四m⑱①ご口四国ロ胃口むゅ弄叫.くロ汁庁画冒四目ご彦四望凹、、四. 邑草ミミ副己琴陸0秒ご胃威は四ヰロ○.︵く日︲口旨計胃壁e

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⑳国慧島言ご威瀞唱月巨葛︵面憩g鱒唱く画は冒骨冒○は 己砂或剴四斤武芹の函巨口の①戸口ご︸︺秒掛冒函ゆず①守剣抑ご巨汁弐四Hロ.汁①国郵︸︺秒 間︺鼠亀寓尋︵︽!妃宮電へ︷薑へ︷ご﹃葛一君侭︵ニミ的亀ご︾一割a亀.一・︶﹄倉︵﹃琴﹃︾↑昌○亀苫畠鳶武. ︺11 割貴国.︾守琴守茸画一砂冒]ず詳昇剖口.︵昇N︼旨lロ︺豈汁.胃い]ロ︶ 〆 ⑪漢訳阿含経では随念という訳もあるが六随念という語の みでそれを説明するときには六念として念佛l念天となっ ている︵大・二・二三七Cgの︶・ 的註釈によって補うe弓︲沙白目畠夢。 ⑬渦勵はく鴇昌︵甘唱︶の過去分詞彊冨の女性形であ り、①行ける、②入れる、③に関する、属する、の意味を もつ。弓弓加ワ.では﹄肉身P噌国印昌一に、︺︲⑦蚕は長ざご︺︵︾

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言島という訳を与えていることから③の意味にとってい る。しかし、随念の成立過程からみて、国匡邑冒彊国唾旦﹄ などの三念における盟訂は⑩又は②の意味であると理解 した方が良い。 “拙稿﹁六随念の成立過程﹂印佛研一八の一、一八○頁参 刀ロ恥Q 口いハ ㈱目5日目四冒烏の諸異本対照は、丹生実憲﹁法句経の対 照研究﹂︵日本印度学会︶高野山・昭四三・が便利である。 的普日:且︹旨P日日四目e葛P目①旨︺の。P匡曾目色︲吟習農豐 。︲卜 凡 、﹃①“四門ゼロ宮脚○ゆHP叶拭伊ロ○四]︺詳昌四門目野]色、色詐倒⑩口︺牌津︺、 ︵甸禺四目圃切閂旨声沙HBp閏・”ごロロロ四剣凹同恥四印pロ、戸H芹︲蔚〆冨 色巨印Q①口目埼昌P巨曾ロロ①旨〆ゞ①茸武国鴨ご︾ぐ営昌①﹄旨○①の丙倖 周巨℃月①○三︾岳留︾︿ロQ四国四︲く・﹀や匡酌 ⑰H]①めいロ号四目92恩はg旨の旨昌の訳である・2色冨︲ く望口計己四計は]罠一m︶ 田国のH昌煙邑国の。唇︾ご目目色く騨侭四目目号の註の3のHg3号。︾ く①邑騨覗くOpo8侭詞①旨︺CHゞ国①邑旨・己巨︶ご臼. 国①H昌彦動aはこれによって、それらをご凋騨噌国印目笥菖]、 烏昇﹃四咽敵い日耳目︺闇日且冒冨]︺ぃ目耳堅︺なる梵語に還元 している︵己︵国]畠︲く.圏巴。チ.、ヘット訳者は、盟国、鼻﹄と 自昌印笛はと同義語としたか、或はこれを随念と理解したも のと思える。ただ、圃冨唱国笛陣の訳語にご①め苫︵自昌︶ がないことから、ここにおける盟国は切巨邑冨聰薗殿昌 等に於ける唱菌とは意味が異ることを示すものである。 鋤脚国四目口四︲の冒耳胃胃四週色﹄︶自乞巨日凹曾匡国畠勵、閏旨も自︲ Hくい嵩]己P凰一洋画惣四庁彦脚ヴロ色︵︸面○口④Q①恥詳い、匪餌旨邑抄ヨ︺ご︺目働印騨黄︾ 一旦郡自己巴︶彦局画冒︺三円昌〆自らど]旦勗一昌竺一へご色叫口騨←剣.障旨酌︶ e〆 、 ⑩法集要頌経に於ける空・無相・無願は三等持の一﹂とであ るから多分に定的概念である。︵倶舎論第二十八巻・大・ 二九・一四九C参照︶ い出曜経では長行で﹁念不害﹂を説明して、法集要領経に 類似した諸概念を列挙し、次の偶である﹁意楽泥恒楽﹂に 結びつけている︵大.四・七○二a︶。 ㈹代表的を著作として丹生実憲氏の﹁法句経の対照研究﹂ がある。 ㈹胃両昌穏ロ国昌色副胃国国巨︵巨︺ゞ息圃呂騨国︺學、胃菌︲ もロヴウ閏ゴの四ずず四︲匿津]]匂四口抄昌砂ぐ爾四ぐPウ旨目色骨.︵ぐ扇冒画$︶ 化 幽註釈に︽︽国嶌冒口はH鳥唇P5︺︾とあることから理由 に読む︵目亨騨画のざOgC儲︶・ ㈱﹁心によって遍満させる﹂とは、ここに二極の遍満︵嘗四︲ 国温︶がある。水遍満と天眼遍満とである。その中で水遍 処を得達して水に遍満することを水遍満という。このよう に遍満するときにも、大洋に於てすべての海に注ぐ川は内 にある。また見方を拡げて天眼によってす、へての海を見る ことが天眼湿満という。この様に遍満するときも大洋に於 てす、へての海に注ぐ川は内にあるのてある。s︲色.自認− ﹃。︶c ㈹誉長︵員司冒吻塁武冨mmP巨昌鳥冒目。匡固く筐︺身騨 餌ケワ曽︺冨片色噌33言冒武.︵シ︲弾.旨ご︶とあり秒三○鴨ロロ を号冨巨国国盟3︵内に入れる︶に、菌、闇を匡昌房冒pc の意味にとっている。 ㈱﹁明分なる﹂とは、ここに相応するという点で明に︵且︲

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一茜︶親近するから明分である。明から成る︵三言︲一門︵︶昼風茜︶、 明分を進めろ︵一鯉食い屋︶ということでも明分である。その 中で観智言富、麗目︲副冨︶と意所成神変︵冒旨5︲ョ葛 菖︹言︶と六神通︵少冒罰副︶とが八明である。初めの意味 では、それらに相応せる法も明分であり、後の意味ではそ の中であるものが一明明で他のものは明分であるという。 このように明も明に相応せる法も明分であるとまさに知る ¥へきである。︵シ︲陣.国ご︶ ㈱註釈に劃﹄号劃冨︲宮&言一・丘習苔曽煙︲冨冒目騨往︺習︺︺ 且言︵ぐ目︲冒巨.目ご︶とあるから節︵冒喜己は限定 ︵且言︶の意味であると理解できる。 卿長部二二大念処経、中部一○念処経等では、四念処の中 の身念処を説くとき、先の身念経に於ける身念の内容と殆 んど同じである。︵ロ.目暗?圏即旨.H詔︲$︺①甘︶ 尚、。︿Iリに於ては四念処︵○四茸閏○唖四陣︲冒茸目ロ四︶と いう語はあるが、身念処という語は見出されず、︽︽圃滞 丙脚ぐ嘗旨己四の閨ご旨四円四陣騨四宮配P目冒]目︺O箇昏国﹄﹄︵ロ.目 自動c言・︶という様に使われている。北伝のテキストでは ︽︽同旦ご利害﹄亀罵員ご︲ぎひ畠餉ミーョ︸﹄利一旦毒割くS−句Ce騨昌脚︲の鳶示P︲旦彦僅国自画︲ 令。、卜 、 物ミ員萱︲罠ご固め甦阜割謹割︶一重召︵昌彦・丙岸画﹄己・︾︾︵シ一︺一旦Q]︺︲]肉︲剣く.目胃、やや︶ という様な語が見出される。 ㈱睦君oゅ。胃冒︺鳥目]色目閉、P篭︲君の閨曽口凹昌昌昌冨さ彦竿 罰い︲戸四Hpp四井○亘︾協倒目四百脚冒扇沙9m四詳凹く⑦色詳四ヶご凶.へぐ溌目. ■︲F / 西垣]︶ ※梵巴テキストの略号は缶Q旨○昌甸目冒昌○国凹曼の国匡一○嗜四︲ 宜昌による。 仙佛音の註釈に従って訳す︵巨乞︲騨自目ごP巨って ㈹く・国璽ロ号昌︾己]c茜菌宮・黄︶鴨昔日君岸冒蕨9昌旨目︲ 汁曾禺軍ぐ巳.冒閂︾つ患いFo匡︵旨邑︺屍閉.︵且.弓ぐ︲Pつe 鋤ぐ瞬目圏④参照。 註釈では死念について次の様に説明する。 死についての念が死念であると、死の終り︵日自陣息冒冨︶ のみを示すために、その中で死とは云々と言った。一般的 には宮冒烹昌一︶ここでは︹五︺穂の破壊が老死であり、 二穂に摂せられているということからして、変易︵の二s ︹すなわち五︺悪の破壊が死であると言う︽へきである。し かるに区別して言えば、それ︵死︶は命根を断つことによ って業処を持する者に現われるから、命根の断絶と言われ る。それ故に説明に於て︹次の様に︺言う。身体︵冨帝︲ * ぐ騨国︶の破壊が命根の断絶であると。その中で、ある存在 に属するとは、ある存在として区切られたものにとって ︵冨昌o呂昼呂吻の四︶ということである。命根の断絶とは、 命根の連続が断絶することであり、寿命の消尽という点に よって消滅することである。︵ぐ目︲冒三.自ら *砲豐では身体は嵐旦⑦g﹃図又は冨一の冨国であり、四声は 庶皀Cぐ四国.戸圃いは園拝昌①ず山雨↑であるが、ここではそのいつれ でもない]畠意く肖騨を用いている。

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