石川県社会福祉成立史研究
(3- 2)
矢
上
克
己
A S t u d y o f t h e D e v e l o p m e n t
of Social Welfare in lshikawa Prefecture(III-II)
Katumi Yagami
(5)
児童保 護事業 日本 にお け る児童保 護 の成立 は大 正期 後 半 で あ る。1
91
8
(大 正 7)年 の 米 騒 動 お よ び1
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2
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(大正9
)年以 降 の慢性 的経 済恐慌 を背 景 に、大正 デモ クラシー思潮 の上 に児童保 護 が成立 した。 その成 立 と展 開 は 日本 国内一様 で はな く、 それ ぞれ の地域 独特 の成立 と発 展 過程 が あ った。 児童保 護 の対 象 とそれ に対 応 す る児童保護 事 業 の種類 は、広範 にわ た って いた。 この時 期 の、児童保護研 究 の第一人者 で あ った生江 孝 之① は児童保 護事 業 の対 象 とその種類 につ いて、以 下 の よ うに示 してい る。② 1 児童保護事業 (イ)普通児童 胎児、乳児、幼児、学童及就労児童 (ロ)特殊児童 環境異常児 棄児、遺児、孤児、被虐待児、私生子 身体異常児 虚弱視、病児、盲聾唖児、吃音児、其他の不 具児 精神異常児 劣等児、低能児、白痴児、精神薄弱児 複合異常児 浮浪児、不良児、犯罪児 2 児童保護施設の種類 (イ)普通児童 に対 す る施設 胎児及乳幼児保護施設 妊産婦保護 (巡 回産 婆、妊産婦相 談所、産 院、乳児院)、牛乳供給所、母乳奨励家庭補助、 乳幼児健康視察員、児童健康相談所、昼間乳幼 児保育所、昼夜間保育所等 学童保護施設 学童保護 (学校医、学校看護婦、学校歯科治 療所)、学童給食、劣等児教育、児童性能診査 所、盛夏学校、児童避暑事業、特殊小学校、夜 間学校、子守学校等 就労児童保護施設 職業指導、少年職業紹介所、健康保護少年宿 泊所、徒弟教育等 児童遊戯娯楽及教化施設 児童遊戯場、小公園、学校運動場開放、児童 倶楽部、児童慰安会、活動写真、図書館等 (ロ)特殊児童 に関す る施設 環境異常児 育児事業 (棄児、孤児、貧児等)、被虐待児保 護事業、私生子保護事業等 身体異常児 林間学校、児童病院、盲学校、聾唖学校、吃 音矯正、其他不具児保護施設24 清泉女学院短期大学研究紀要(第 17号) 精神異常児 低能児教育、白痴児保護、精神薄弱児保護等 複合異常児 教護院、感化院、矯正院、少年保護司、警情 学校、児童鑑別所等 生江 は上記 した よ うに、「児童 を其 の あ らゆ る状 態 に応 じて徹 底 的 に保護 教 養 して、其 の 良能 良性 を伸長 せ しむ る事 業 を総称 して、之 を児童保 護事業 といふ ので あ る。」③ と言及 し て い る。 この よ うに、児童保護 事 業 の分野 は 広 く多岐 にわた っていた。 以下 、石川 県 にお け る児 童保 護 の成 立 と発 展 過程 の様相 を実態 資料 を踏 まえて述 べ て み る。 1) 石 川 県児童保 護行政 の動 向 石川 県社会課 は、乳児死 亡 の増 加 を憂慮 し、 1922(大正 11)年 よ り乳児 展 覧会 を行 い、翌 年8月 には5日間 にわ た り乳幼 児保 育講 習会 を開催 した ほか育 児講 演 等 を行 い乳幼 児保護 事 業 の振 興 を図 った。 1924(大正 13)年 に は、石 川 県社 会課 は愛 国婦人 会 石川 県支部 との共催 で児童保 護講 習 会 を8月6口よ り9日まで兼 六会館 にて開催 した。 その概 況 は以 下 の通 りで あ る。 児童保護講習会 1.講師及講演題 目 1) 出産の前後 (3時間) 金沢医科大学教授 久慈直太郎
2
)
乳幼児の取扱 (3
時間) 金沢医科大学教授小児科部長 津田好文 3) 児童の族 け方 (3時間) 林小児病院長 林 篤4
)
子供の心理 (3
時間) 金沢医科大学教授 早尾虎太5
)
児童保護 に就 て (5
時間) 社会局第二部 小津嘱託 2.講 習員 申込者105名出席者92名、内 2日以上 出席 し講 習叢書 を授与せ し者下記の如 し 表 1 受講者の動向 江 舵 石 河 羽 磨 珠 金 計 沼 美川
北 咋 島 洲 釈 教 員 3 8 14 1 4 4 3 8 45 産 婆 1 ll 1 1 3 17 農 莱 2 2 煤 母 1 1 無 職 2 4 6 看 護 棉 1 3 4 (注)石川県社会事業協会 打石 川県の社会改良』 第2号、大正14年 7月、121頁 児童保 護講 習会 の状 況 をみ るに、講 師陣 は と くに乳児死 亡 との関連 か ら医師 が多 く配 置 され、児童保 護 につ いて は社会局 嘱 託 の小 洋 一 が招樽 され て いた。 講 習叢 書 を授 与 され た受講 者 は75名 で、 そ の うち45名 が教 員 で圧倒 的 に多 く、次 いで産 婆 の17名 で あ った。 受講者 を地 区別 にみ る と 石 川郡 が30名 と最 も多 く、次 いで金 沢 市 の18 名 で あ った。 また、鹿 島郡 田鶴 演村 で は、 同村 の乳児死 亡 率 が同県 は も とよ り他 町村 と比 して非常 に高率 を示 してお り、 その改善 策 として乳 児 晴 育 方法 の指 導宣伝 を行 うた め、 1923(大正 12) 年 11月
2
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日に後援会 を田鶴 潰村処 女会 が開催 し、 その傍 ら乳 児検診 を実施 し、 晴育 法 につ いて指 導 を行 った。翌 年 12月 8日に第 2回乳 児保 育講 習 会 を開催 した。 同講 習会 の概 況 は 以下 の通 りで あ る。 鹿島郡 田鶴演村第2回乳児晴育講習会 1.期 日会場 大正13年12月8日 田鶴潰小学校2.
主催等 田鶴演村処女会主催 田鶴潰村 役 場後援 3.講 師 医学博士 林 篤 4.講習員 乳母52人、主婦43人 処女会員38人、愛国婦人会員6人 聴講者 他校女教員4人、当校及他 校高等女児50人、来賓3人、計196人 5.会の次第 (イ)乳児発育状態検診 午前10時 より小林医主任の下 に村吏員、小学校 職員、処女会員の手 に依 り乳児52人の身体検査 を なす (ロ)講話 (自午後 1時至午後3時半) 本村乳児の死亡並 に死産 に就 き 処女会長 室田輿一郎 乳児の取扱方法 に就 き 医学博士 林 篤 同講 習会 は地 方 の処女会 主催 に よる もので、 受講 者 は先 に述 べ た児童講 習会 とは違 い、 田 鶴 演村 の乳母 や主婦 、処女 会会 員 お よび高等 女 児等 で あ った。 内容 は乳 児検診 と小児病 院 長林 篤 の講 話 等 で あ った。 乳児検 診 の結 果 、 昨年 の検 診 結 果 よ りも見違 え るほ ど改善 され、 また乳母 の乳児取扱 方 も一般 に熟練 した よ う に認 め られ た。④ さ らに、 1925 (大正 14)年7
月 か ら8
月 に か けて石 川 県 と愛 国婦人会 石 川 県支 部 共 同開 催 で婦人 問題 児童 問題 講 習会 が 県下7カ町 で 開催 され た。⑤ そ の概 況 は以 下 の通 りで あ っ た。 婦人問題児童問題講習会 1.日的 婦人 をして内面的に又社会的 に自覚せ しめ、科学智識 を普及 して家庭生活特 に児童の教 養 に関 して遺憾 なか らしめん ことを期す。 2.方針 別記諸科 目につ きて各種専門家の講演 を講 ひ、中田主事 は内面的にそれ ら諸講演の連絡 系統 を図 り、以て多様 なる講演内容 をして多事た らしめず、一事の多面た らしめん ことに力 めた。 3.講演要 目及び講師 1.婦人衛生 金沢医科大学付属病院 小山正直 金沢医科大学付属病院 玉川 和 内1名 2.家事家政 ガ ン トレッ ト恒子 県女子師範学校教諭 八反田ふで 内1名 3.育児問題 林小児病院 柴 田宜輔 4.児童保護問題 県社会課長 赤堀郁太郎 5.婦人 の自覚的生活 と育児の根本義 県社会事業主事 中田邦造 別 に小学児童の口腔検査 を実施せ り。 4.開講地及期 日 能美郡小松町 7月30日 ・31日 (自午前 9時至午後 4時) 江沼郡大聖寺町 8月 2日 ・3日 (自午後 1時至午後 6時) 河北郡津幡町 8月 5日 ・6日 (自午前10時至午後5時) 羽咋郡羽咋町 8月 7日 ・8日 ( 同 上 ) 鹿島郡七尾町 8月 9日 ・10日 (自午前 9時至午後 4時)26 清泉女学院短期大学研究紀要(第 17号) 鳳至郡輪島町 8月12日 ・13日 (自午前10時至午後 4時) 珠洲郡飯田町 8月15日 ・16日 (自午前10時至午後 5時) 石川郡松任町 8月18日 ・19日 (自午前 9時至午後4時)
5.
聴講老 女教員、処女会会員 その他一般婦人 2日共 出席 し修 了謹書 を授与せ られた る もの 合計673名、郡別 に示せば下の表の如 し。 表2 郡別聴講者数 人数 能 美 209 江 沼 79 津 幡 101 羽 咋 56 鹿 島 52 鳳 至 83 珠 洲 57 石 川 92 合 計 673 同講 習会 で は、県下7カ所 で それ ぞれ2日 間 ず つ実施 され、受講 者 も673名 と多数 に上 っ た 。 こう して、石 川 県社会 事業行 政 と愛 国婦人 会 石 川 県支部 で は婦人保 護 と児童保 護 につ い ての県下 へ の普 及 を図 ったので あ る。 さ らに、1927(昭和2)年 か ら、全 国 的 に 乳幼 児愛護 デーが実施 され たが、石川 県 で は 同年3
月 に第 1回乳幼 児愛護 デー (後 に乳幼 児愛護週 間 とな る) が実施 され、以後 毎 年5 月 に行 われ た。乳幼 児 愛護 デー につ い て、比 較 的 に資料 の恵 まれ て い る1928年 の第 2回乳 幼 児 愛護 デーの実施 要項 を以 下 にあ げて お く。 第 2回乳幼児愛護 デーの催 し 1 5月 5日-第2回乳幼児愛護 デーの実施 に関 し、石川県に ては 4月13日計画準備委員会 を開 き、育児思想普 及 について左の如 き計画 を樹 て之 を実施 した。委 員会 に参加 したるものは次の如 くである。 県社会課、同衛生課、同学務課、社会事 業協 会、体育協会、赤十字社、愛国婦人会、私立衛生 会、県医師会、市社会課、同教育課、市産婆組 合、金沢婦人連合会、金沢育児院 乳幼児愛護 デー実施事項 1.乳幼児愛護の標語入 りポスター 3千枚作製、 県下全般 に配布掲示 の こ と (担 当者一 県社会 課、日本赤十字社石川支部、愛国婦人会石川県 支部) 1.同チラシ16万枚の作製、県下各戸 に配布 (担 当者一 県社会課) 1.市内電車の側面及車内の広告 (担当者一市社 会課) 1.市町村の委嘱 に依 り或 いは独 自に乳幼児の健 康診断無料治療等 をなす こと (県医師会 を通 じ 各開業医に委頼せ り) 1.各新聞にその趣 旨の記載 を依頼せ り(担当者 一 県社会課) 1.乳幼児噂好品、玩具及絵本の展覧会或 は廉売 会 を開催 す るや う、商店特 に児童服店、玩 具 店、食料品店、書店、デパー トメン トス トア等 に依頼すること (担当者一市役所) 1.小学幼年生、幼稚園児、託児所児等 をして旗 行列 をなさしむるため旗5千本作製せ り(担当 者一社会課) 1.各地 に於 ける講演会 に講師 を派遣す (担当者 一 県社会課、衛生課、学務課、体育協会) 1.県 よ り左記通牒 を発せ り。 1.市町村 は婦人会、小 学校、幼稚 園、教育 会、寺院、教会、社会事業団体、開業医、産婆会等 と協議の上、一般 に対 し乳幼児保護思 想普及の講演会、活動写真会、懇談会、母の 会、展覧会の開催、乳幼児の健康相談、印刷 物の配布等をなす こと。 2.警察署は以上の実施事業を助力奨励するこ と。 3.小学校、女子中等学校 は講演会 を開催する こと。 以上 の ように、 県 な らび に市町村行政 、社 会事業 団体 お よびその関連 団体 等が一体 とな って乳幼 児愛護 デー を実施 し、育 児思想普及 を図 ったので あ る。 同愛護 デー は、1931 (昭
和
6
)年 よ り乳幼児愛護週 間 と改称 され、⑥ さ らに1935年 5月 よ り、妊産婦、乳児、児童保 護 、欠食 児童保護 、被虐待 児重爆護、要救護 児童、身体 並精神 欠陥児、就労少年保護 よ り 栄養改善 に至 るまで各種専 門機 関、施設 に よ り個 々 に強調 されて きた運動 を一括 した児童 愛護週 間へ と発展 した。⑦ 県市 町村 の児童保護費 (予算) であるが、 全体 として は増加 の傾 向 にある。予算 の落 ち 込 み は1930年 にみ られ るが、 これ は経済不況 の影響 に よる ものであ る。 表3 児童保護費合計予算 直 営 と補助 の比較 で は、 県 な らび に市 町村 と直 営事業費が著 し く高 い こ とがわか る。 い か に、県 な らび に市 町村社会事業行政 が児童 保護 に力 を入 れ ていたかが窺 える。 2) 妊産婦保護事業 石 川県 にお ける死産率 は全 国平均 と比較 し てみれ ば低 い方 に属 す るが、 県内一様 で はな く、 これ を郡市別 あ るい は町村別 にみ るな ら ば、か な り高率 な郡 あ るい は町村 が あった。 石川 県 の死産 の動 向 (表4) で は1912年 に 出生百 中死産 が7.0%で あ った ものが 年 次 を 経 るに従 い減 少 して1924年 に は5.7% とな っ てい る。 しか し、郡市別 (表5
) にみ る と、 最低 は江沼郡 の4.9%であ るが、鳳至郡 9.6%、 珠 洲郡 の9.9% と他郡 を圧 倒 して高 い の が わ か る。 さ らに、町村別 にみ る と、10.0%以上 の高率 な地 方が15カ村 み られ、 その うち最高 は珠洲郡三崎村 の14.0%で あ った。⑧ 次 に、乳児死亡率 (表6
) で あ るが全 国 に 比 較 し石川 県の乳児死亡率 は各年 ともきわ め て高率 で、 この期 間 の乳児死亡率 は実 に全 国 1、 2位 を占めていた。⑨ 次 に出生児 に対 す る死亡率 について、鳳至 郡黒 島村 の例 よ りみ るに、1916年か ら1922年 年次 県 費 市 費 町 村 費 合 計 直営 補助 計 直営 補助 計 直営 補助 計 直営 補助 計 1926 19,106 1,500 20,606 9,702 500 10,202 8,304 1,044 9,348 37,112 3,044 40,156 1928 19,523 3,786 23,309 9,319 1,050 10,369 6,563 2,362 3,925 35,405 7,198 42,603 1929 21,469 4,205 25,674 9,486 .750 10,236 9,395 1,618 ll,013 40,350 6,573 46,923 1930 10,674 998 ll,672 14,550 470 15,020 10,786 3,348 14,134 36,010 4,816 40,826 1931 23,449 1,709 25,158 14,061 Ttitt14,221 10,466 1,238 ll,704 47,967 3,107 51,083 1933 23,241 19,321 42,562 10,298 300 10,598 16,500 1,192 17,692 50,039 20,813 70,852 1934 26,463 22,045 48,508 10,506 200 10,706 18,336 1,811 20,147 55,305 24,056 79,361 1936 31,856 8,060 39,916 13,141 1,800 14,941 ll,625 1,572 13,197 56,622 ll,432 68,05428 清泉女学院短期大学研究紀要(第17号) 表4 石川県における死算数 と死産率 年次 死 産 総 数 出産百中死産 1912 2,002(人) 7.()(%) 1915 6.5 1916 2,017 6.9 1917 1,973 7.7 1918 1,9()4 6.8 1919 1,626 6.1 1920 1,844 6.1 1921 1,825 6.0 1922 1,615 5.9 1923 1,611 6_0 1924 1,584 5.7 (注)石川県社会事業協会 『社会改良
』
第5号、大正15年7月、12-13頁 表6 全国 と石川県 との乳児死亡率比較 (出生1000対) 全 国 石川県 大正1年 154.2 181.5 2 152.1 178.0 3 158.5 186.2 4 160.4 189.3 5 170.3 205ー9 6 173.2 2()6.1 7 188.6 239.6 8 170ー5 196.6 9 165.7 201.6 10 168.3 196.1 ll 166.4 225.1 12 163.4 213.9 13 156.2 203.1 14 142.4 187.8 15 137.5 188.3 (注)石川県 『石川県史』 (現代 編3巷) 昭和39年416頁 まで の初 生 児死 亡 調 査 に よれ ば (表7)、 7カ 年 平 均 で 、出生 児51.27人 に対 して死 亡 が 13人 で 、 その死 亡 率 は253.48‰ で、初 生 児 4人 に1
人 強 が死 亡 す る とい う悲惨 な状 態 で あ った。 こ う した状 況 を背景 に展 開 され るのが妊 産 婦 保 護 お よび乳 児保 護 で あ った。 表5 石川県郡市別死産率 (1915-1924の 10力年平均 ) 郡市 出生百中死産 金沢 6.2(%) 江沼 4.9 能美 5.7 石川 5.4 河北 6.2 羽咋 5.7 鹿島 6.7 鳳至 9.6 珠洲 9.9 (注)石川県社会事業協会 『社会改良』第6号、 昭和2年4月、41-42頁 表7 鳳至郡黒島村初生児死亡表 (1916-1922年) 年 次 出 生 内死亡 対 す る死亡率出生1,000に 1916年 54 13 240ー74 1917年 48 14 291.67 1918年 51 ll 255.69 1919年 49 10 204.08 1920年 47 15 319.15 1921年 61 13 213.ll 1922年 49 15 306.12 平均 51.27 13 253.48 (注)石川県社会事業協会 『石川県の社会改良』
第2号、大正14年7月、117頁 石 川 県 内 で は 愛 国 婦 人 会 石 川 県 支 部 が 1922 (大 正11)年 1月 、妊 産 婦保 護 事 業 を開 始 した。⑩ 愛国婦人会石川県支部妊産婦及乳児保護規定 大正10年
12
.22.愛
石第250号定
大正15年6.30.愛
石
第
7
3
4
号
改
昭和8年11.1.愛石第454号改 第 1条 当支部ハ妊 婦又ハ産 婦 ノ生計 困難 ナル 者二対 シ摂養、治療、助産 、乳児保育等こ付相 当 助力 ヲ与へ保護 スルモ ノ トス 第2条 前条 ノ事業 ヲ行 フ為 メ、金沢市二妊産婦乳児診療所 ヲ置 キ一般希望者二対 シ診療 ヲ為 ス 分会ハ部 内 ノ妊産婦 及乳児 ノ保護 二関 スル事 業 ノ処理 ヲ為 スモノ トス 第3条 分会長 ハ医師及産 婆 ヲ嘱託 シ治療、助 産、晴青等二従事 セ シムルモノ トス 第4条 本規程 二依 り保護 ヲ受 ケム トスル者 ハ 妊産婦乳児診療所又 ハ分会 二申出 テ承認 ヲ受 ク へ シ 第5条 分会ハ前条 ノ申出 ア リタル トキハ直 二 其身元 ヲ調査 シ保護券 並妊 婦 卜産 婦 ノ心得書 及 乳児晴育 卜出生届 ノ心得書 ヲ交付 シ注意 ヲ与 フ ルモノ トス 第6条 医師及産 婆ハ保護 券 ヲ有 スル者 ヨ リ診 療又ハ助産 ノ申出 ヲ受 ケ タル トキハ直 二之 二応 シ尚必要 アル場合ハ巡 回治療券等 ヲ致 シ其都 度 保護券二記入 シ置 クモ ノ トス 第7条 分会長 ハ乳児 晴育 二関 シテハ医師又ハ 産婆 卜協議 シ相 当晴育 ヲ為 スモノ トス 第8条 乳児 ノ晴育 こ関 シテハ保護券 ヲ交付 セ ス乳児晴育実費表 ヲ調 整 シ要項 ヲ記入 シ置 クモ ノ トス 第9条 分会長ハ分会職 員及 医師産 婆 ヲシテ左 ノ事項 ヲ実行 セシムルモ ノ トス 1.妊産婦 ノ心得へ キ事項 ヲ指示 スル コ ト
2.
医師又ハ産婆 ノ手 当 ヲ受 ケシムル コ ト 3.妊婦二対 シテハ相 当ノ時期 二於 テ医師 ノ診 断 ヲ受ケシムメコ ト 4.乳児晴育上 ノ注意 ヲ指示 スル コ ト 5.乳児 ノ晴育並産児 ノ措置二関 シ相当晴育 ノ 斡旋 ヲ為 スコ ト 6.衣類寝具滋養物並助産 こ必要ナル消毒其他 器具材料等 ノ供給 二関 スル斡旋 ヲ致ス コ ト 7.分娩後二於 ケル生計 ノ補助 ヲ斡旋 スル コ ト 8.出生届 ノ手続 ヲ指示 シ又ハ代弁 ヲ為 ス コ ト 9.妊産婦二適 当ナル職業 ノ紹介 ヲ為 スコ ト 第1
0
条 保護期 限ハ妊産 婦 二在 リテハ産 前産後 ヲ通 シテ6週 間乳児 二在 リテハ1箇 月 トス但 時 宜 二依 り伸縮 スル コ トヲ得 第11条 妊 産 婦乳児診 療所 ノ診療 ヲ受 クル者 ニ ハ其費 用 ノ全部又ハ一部 ヲ徴収 セサル コ トアル ヘ シ 第12条 医師及産 婆 -期 間 ノ経 過 シタル保 護 券 二請求金額 ヲ記入 シ署 名捺 印 ノ上之 ヲ分 会 二送 付 スルモノ トス 分会 二於 テ前項保 護 券 ヲ受理 シタル時 ハ速 二 之 ヲ支部 二送付 スルモ ノ トス 第 13条 分 会ハ期 間 ノ経過 シタル乳児 晴育 表 二 請求金額 ヲ記入 シ之 ヲ支部こ送付 スルモ ノ トス 第14条 保 護 並 二乳 児晴育 実費 表ハ左 ノ様 式 二 依 ル 第15条 妊 産婦 乳児診療 所 二関 スル規程 ハ別 二 之 ヲ定 ム 同支部 の妊 産 婦 保 護 事 業 は、1922年 1月 か ら11月 まで に、妊 婦2
人 (経 費9
円5
0
銭 ) を 保 護 し、⑪1925年 で は、4月 よ り11月 まで に妊 婦4
人 を保 護 (費 用2
2
円) す るの み で 、 その 実績 はあが らなか った。⑫ また、愛 国婦 人 会 石 川 支部 で は1925 (大正14)年7月、妊 産 婦 乳 児 診 療 所 を 日本 赤 十 字 社 石 川 支 部 産 院 内 に開 設 し、診 療 を行 った。⑬さ らに、同年7月、 日 本 赤 十 字 社 石 川 支 部 が産 院 を開設 した。 以 下 に同院 の規 程 をあ げ て お く。⑭ 日本赤十字社石川支部産院規程 第1条 本院ハ妊婦 ヲ収 容 シ安全 二分娩 ヲ遂 ゲ シメ又産 婦乳児 ヲ収 容 シテ診療 晴育 ヲ為 シ併 セテ健康相談乳児 晴育相 談 ノ求 メニ応 スル ヲ 以 テ 目的 トス 第2条 本院二左 ノ職員 ヲ置 ク 院長 1名 産科医長 1名 小児科医長 1名 事務長 1名 医貞 若干名 書記 若干名 看護婦長兼 1名 看護婦兼 若干名3
0
清泉女学院短期大学研究紀要(第1
7
号) 産婆取締 産 婆 前項 ノ外必要二応 シ調剤員、嘱託員、助手、 雇員 ヲ置 クコ トヲ得 第3条 本院ハ第1条 ノ目的 ヲ達 スル為左 ノ事 業 ヲ行 7 1.妊婦産婦乳児 ノ診療 1.乳児 ノ晴育 1.妊婦産婦 ノ健康並乳児晴育 ノ相談 1.往診 第4条 妊婦産婦並乳児 ノ収容定員左 ノ如 シ 1.妊産婦1
0
名 1.乳児 5名 第5条 収容妊婦産婦 ノ在院期 間二妊婦ハ産 ノ 前後 ヲ通 シテ 6週間産婦ハ入院後 4週間以内 トス 但 シ特別 ノ事情 アルモ ノハ其 ノ期間 ヲ延長 ス ルコ トヲ得 第6条 収容妊婦 ノ分娩診療乳児晴育並外来患 者 ノ診療健康晴育 ノ相談等ハ凡 テ無料 トス 但 シ有料希望者 アル トキハ其 ノ求 メニ応 ズル モノ トス 第7条 入院者ニハ衣服寝具 ヲ貸与 シ汽車汽船 車馬賃等 ノ実費 ヲ支給スルモノ トス 第8条 乳児収容 ノ期間ハ3
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日 トス 但 シ事情こ依 り其 ノ期間 ヲ延長スルコ トヲ得 第9条 入院 ヲ希望 シ又ハ乳児 ノ晴育 ヲ請ハ ン トスルモ ノハ口頭 ニテ本院又ハ 日本赤十字社 石川支部二申出其 ノ承認 ヲ受 クへ シ 第1
0
条 産婆ニ シテ助産術 ヲ修業 セ ン トスル者 ハ研究生 トシテ在院 ヲ許可 スル コ トアルヘ シ 研究生ハ無給 トス 第11条 院務二関スル諸規定ハ別二之 ヲ定ム 付 則 本則ハ大正1
4
年7月11日ヨ リ之 ヲ施行 ス 同規程 に よる と妊 婦 の安 全分娩 と産 婦 乳児 を収 容 して診療 及 び保 育 を行 い、併 せ て健 康 相 談 や乳 児保 育 相 談 に応 ず る目的 (第1
条 ) で、定 員 は妊 産 婦1
0
名 、乳児5
名 (第2
条 )、 在 院期 間 は妊 婦 は6週 間、産 婦 は入 院後4週 間 (第5条 ) で、乳児 の入 院保 育 は3
0
日間 と され て いた (第8
条)。収容妊 婦 、乳児保 育 な らび に外来 患者 の診 断 、 さ らに健 康相 談 ・保 育 の相 談 な どはすべ て無料 とされ てお り (第6
条 )、入 院者 に衣服寝 具 を貸与 す るだ けで な く、汽車 汽船 車 馬 等 の実費 も支給 され る こ と にな っていた (第7
条)0 表8
は同院 開院 の7
月 か ら1
0
月31
日 までの わず か4カ月間 の成績 で あ るが 、多数 の妊産 婦 、産 児及 び乳 児 が利 用 してお り好成績 で あ 表8
産院診療統計表(
1
9
2
5
年1
0
月3
1
日現在) 入醍 者 節 妊 産 婦3
1
産 児2
7
(退院1)
乳
児3
計6
1
(退院 1) 旧 妊産 産 婦児4
2
5
0
7
4
((退院退院2
2
3
7
)
)
乳
児1
1
0
(退院3)
計7
7
1 (退院5
3
)
合計8
3
2
(退院5
4
)
健 康 相 談1
7
外 莱 者 節 妊 産 婦1
7
5
(他ニ往診1
5
)
乳
児9
3
済 生 会 取 扱 受 診 者2
4
計2
8
8
(往診1
5
)
旧 妊乳 産 婦児2
2
2
9
7
(他ニ往診2
0
)
済 生 会 取 扱 受 診 者1
6
1
計5
9
8
(往診2
0
)
合計8
8
6
(退院3
5
)
(注)石川県社会事業協会 『石川県之社会改良』 第3
5
号、大正1
4
年11月、1
1
3
-1
15
頁った ことがわか る。 1933 (昭和8)年 5月には、経済的負担軽 減 を図 る目的で、金沢市婦人向上会の付帯事 業 として設置組合員400名 を以て、金沢市婦人 向上会出産相扶組合 を組織 した。 4カ年で終 る組合員 よ り1カ月15銭宛出金 させ継続期間 中における一切 の助産 を行 った。組合長 に市 の社会課長 を推載 し、実績 をあげつつあった ⑮。第 1回は1937(昭和12)年 4月末 を以 て終 了 し、その成績 は、 1回出産者186名、2回出 産者99名、 3回出産者 9名 の計294名で あ っ た。⑯ 同組合 は材木町方面委員部経営の第三善隣 鰭 (隣保館)に於 て、事業の精神 に鑑み、1937 年5月、第三善隣館出産相扶組合 として再発 足 した。組合員 は毎月18銭宛醒出 し
、 3
カ年 を1
期 とし、期間中における助産 の一切 の経 費 を支弁す るもので、組合員定数 は400名であ った。⑰ また、1933年、寺野井町方面委員助成会 に より寺野井町小児保健巡回訪問助産婦が設置 され、町内在住の助産婦6
名 を以 て組織 し、 毎月1
回以上町内乳幼児の家庭 を巡回訪問 し て保健上 につ き相談 し、乳幼児の健康増進 を 図った。⑱ 乳幼児死亡 の増加 を背景 にして、設立 され るのが 「児童健康相談所」であった。石川県 における児童健康相談所の噂矢 は、1923 (大 正12)年 4月設立の大 日本私立衛生会石川県 支部 による金沢市内の児童健康相談所であっ た。⑲『石川県社会事業便覧』 (昭和4年)によ れば、金沢市内の6医院 に委嘱 し、毎週土曜 日午後1時 よ り4時 まで無料相談 に応 じたが その成績 はあが らなかった。 1926 (大正15) 4月、愛国婦人会石川県支 部が金沢市兼六会館内に児童健康相談所 を開 設 した。同所 は一般小児 に対 し無料 にて、そ の体格成育の状況等 を診察 して保健上の相談 に応 じ、小児の健康増進 を図 ることを目的 し、 毎週水曜 日午後1
時 よ り開設す るほか毎月1
回郡 部 にお い て巡 回相 談 所 を開 設 した。 1928 (昭和3)年度の成績 は男315名、女218 名、合計533名 (内健康150名、不健康383名) であった。⑳以下 に1931(昭和6)年の 1月か ら6月 までの成績 についてあげてお く。 1927 (昭和2)年 4月 には、先 にあげた大 日本私立衛生会石川支部が小松町 と七尾町に 表9 金沢市の児童健 表10 大野村巡回相談 康相談所成績 の成績 (昭和6年1月∼6月) (昭和 6年6月8日) 受 診 数 男 98 女 94 計 192 同 上 内 訳 健 康 38 非健康 154 計 192 新 来 137 再 来 55 計 192 施行 日数 21日 職 局 医 員 2 看護婦 1 男 26 女 8 計 34 健康 9 非健康 25 計 34 備 医員2名 (注)石川県社会事業協 会 『社会改良』 第 11号、昭和6年 12月153頁 (注)石川県社会事業協会 『社会改良』第11号、 昭和6年12月153頁 児童健康相談所 を開設 し無料健康相談 に応 じ たが同支部 による金沢市 の児童健康相談所 と 同様 に成績 は振 るわなか った。⑪ 1930年8月、金沢市営の乳幼児健康相談所 が市社会課 の一事業 として予算約5,500円の32 清泉女学院短期大学研究紀要 (第17号) 経費 を もって浅野川託児所 な らびに主馬町託 児所 内に付設 された。保健医1名、保健婦 (香 護婦)
4
名が、 この2
カ所 の相談所 を中心 と して、乳児、幼児並 に妊産婦の保健上 の相談 並 に指導 をな し、且つ講演会、講習会等 を毎 月開催 した。⑳保健 医 は両相談所 において隔 日に相談 に応 じ(午後1時 より4時迄)、保健 婦 は- カ所 に2名 とし、保健医の相談時間以 外 は常 に各家庭 を訪問 し保健上の相談指導 に 当った。保健医 はあ くまで疾病予防並 に健康 生活指導の立場 に立 ち、予防医 として相談指 導 を行 い、保健婦 は全市 にわたって、 まずは 中産階級以下の家庭訪問 を実施 し、次第 に一 般家庭 に拡大 す る方針 で訪 問活動 が行 われ た。⑳ 以下 に1930年8月 よ り翌年1月 までの相談 所の成績 をあげてお く。 各月相談児数 (表11)は、 1カ月平均136人 弱で、開所以来増加 の傾向にあったが、 1月 において減少 しているのは、同月の降雪の 日 が多か った こと及び保健医が旅行の為1週間 不在であった ことによる。相談児の年齢 (表 12)は、 1歳未満 は全体 の44.06%、 1歳以上 3歳未満 は28.50%、 3歳以上5歳未満 は16. 78%、 5歳以上7歳未満 は6.82%、 7歳以上 は3.85%であった。すなわち、相談所 を訪れ た乳幼児の約44%は1歳未満であって、約52 %は 1歳以上 7歳未満であった。 なお、 7歳 以上 は相談 に応 じない ことを原則 としていた。 相談事項 (表13)は、発育、健康状態の相 談が18.67%、栄養方法が7.49%、虚弱が6.88 %で、病気の相談 (現在病気 を有す るものの 相談)が63.27%と最 も高い率 を示 した。 しか し、相談所の目的は、健康な子 どもを健康 に 育てあげるには如何 にすべ きかを相談 し、指 導 にあたって病児 を取扱 うことは第 2義的で あった。病気相談の内訳 は、重症 (医治 を必 要 とす るもの)は4,18%に過 ぎず、残 りの大 多数59.09%は極 めて軽症 (家庭的処置で治癒 す る)であった。 また、両相談所 を比較すれ ば、浅野川相談所 は犀川相談所 よ りも病児相 談が多 く且つ重症者が多いのは労働者層が浅 野川地 区に多いことに関連 している (表14)。 労働者層が経済的な理由か ら医療機関 に受診 で きなかった当時 にあっては、 こうした無料 の児童相談所 を利用す るのは当然 な ことだ と 言 える。 相談児の栄養方法 (表15)は、母乳栄養が 表11 金沢市乳幼児健康相談所各月相談児数相
談
所
別 犀川相談所 浅野川相談所 合 計月
別
男 女 計 男 女 計 男 女 計 8 月 43 22 65 40 33 73 83 55 138 9 月 26 9 35 56 54 110 82 63 145 10 月 28 21 49 41 48 89 69 69 138 11 月 30 22 52 47 45 92 77 67 144 12 月 37 35 72 59 39 98 96 74 170 1 月 13 15 28 23 28 51 36 43 79 計 177 124 301 266 247 513 443 371 814 月平均 29.5 20.7 50.2 44.3 41.2 85.5 73.8 61.8 135.7表12 相談児の年齢
相
談
所
別
児
齢
男犀川相談所女 計 (人) 男浅野川相談所女 計 (人) 男 女 合計 (人) 男計
女 計 (%) 1カ月未満 2 4 6 4 7 11 6 11 17 1.98 4_09 2.97 1カ月- 3カ月未満 14 12 26 28 23 51 42 35 77 13.86 13.01 13.46 3カ月- 6カ月未 満 14 15 29 24 23 47 38 38 76 12.54 14.1.3 13.29 6カ月未満計 30 31 61 56 53 109 86 84 170 28.38 31.23 29.72 6カ月- 1年末満 16 9 25 29 28 57 45 37 82 14ー85 13.75 14.34 1カ年未満計 46 40 89 85 81 166 131 121 252 43.23 44.98 44.06 1年- 3年未 満 40 30 70 44 49 93 84 79 163 27.72 29.37 28.50 3年- 5年未満 22 16 38 35 23 58 57 39 96 18.81 14.50 16.78 5年- 7年未満 14 9 23 9 7 16 23 16 39 7.59 5ー95 6.82 1年- 7年未満計 76 55 131 88 79 167 164 134 298 54.12 49.81 52.10 7年以上 7 5 12 1 9 10 8 14 22 2.64 5.20 3.85 表13 相談事項相
談
所別相
談
事
項 男犀 川 相 談 所女 計 男浅野川相談所女 計 男合 女 計計%
発 育、健 康 状 態 42 28 70 46 36 82 88 64 152 18.67 栄 養方 演 母 乳 栄 養 法 7 3 10 2 10 12 9 13 22 2.70 人 工 栄 養 法 2 3 5 3 2 5 5 5 10 1.23 混 合 栄 養 法 1 1 2 9 1 10 10 2 12 1.47 離 乳 期 栄 養 法 1 2 3 30
3 4 2 6 0ー74 偏 食 矯 正 法 4 1 50
1 1 4 2 6 ().74 幼 児期 の一 般 栄養 法0 00
1 4 5 1 4 5 0.61計
15 10 25 18 18 36 33 28 61 7.49 一 般 育 児 法 4 1 5 6 2 8 10 3 13 1.60 虚 弱 16 9 25 16 15 31 32 24 56 6.88 貧 血 4 1 こ) 2 4 6 6 5 11 1.35 柄 気 軽 症 86 68 154 165 162 327 251 230 481 59.09 重 症 9 4 13 10 11 21 19 15 34 4.18 計 95 72 167 175 173 348 270 245 515 63.27 智 能 状 態 10
10
00
10
1 0.12 体 質 . 習 癖0
2 20
2 20
4 4 0.49 其 他0
1 1(
)
00 0
1 1 0.12 合 計 177 124 301 263 250 513 440 374 814 loo_0034 表14 相談児の家庭の職業 清泉 女学院短期大Jlil:研 究紀要 (第17号) 犀 川 相 談 所 浅 野 川 相 談 所 合 計 男 女 計 % 男 女 計 % 男 女 計 % 労 働 者 1二 場、其 他 17 12 29 12.66 34 56 90 26.24 51 68 119 20.80 家 内 25 29 54 23.58 67 46 113 32.94 92 75 167 29ー20 日 雇 11 9 20 8.73 11 15 26 7.58 22 24 46 8.O4 計 53 50 103 44.98 112 117 229 66_76 165 167 332 58.04 商 業 22 12 34 14.85 33 29 62 18.()8 55 41 96 16.78 官 公 吏 29 25 54 23.58 5 11 16 4.66 34 36 70 12.24 会社員、銀行員及事務員 14 5 19 8.30 14 6 20 5.83 2とち 11 39 6.82 無 職 5 5 1() 4.37 9 4 13 3.79 14 9 23 4.02 僧 侶 2 2 4 1.75
0
1 1 0.29 2 3 5 0.87 農 業 2 1 3 1.31 1 0 1 0.29 3 1 4 0.70 記 者 20
2 0.8700(
) 0
20
2 0.35 其 他000 00
1 1 0.290
1 1 0.17 大多数で全体 の71.68%、混合栄養 は13.29%、 人工栄養が3,32%であった。両相談所 を比較 すれ ば、浅野川相談所 は犀川相談所 よ り母乳 栄養率が低 く、混合 な らびに人工栄養率が高 いO これ は浅野川相談所 を利用す る家庭 の婦 人が多数家内お よび家外労働 に従事 し、社会 的 に晒乳 の機会が少い結果、やむな く混合 ま たは人工栄養 を行 ったためであった。 金沢市乳幼児健康相談所 の保健婦4名 の家 庭訪問活動が実施 されたが、その成績 は表16 の通 りであった。 6
カ月間の総訪 問家庭数 は 2,846家庭 で訪 問児数 は4,162名 に及 び、 1カ 表15 相談児の栄養方法 月平均 では474家庭余 を訪問 し、649名余 の乳 幼児 に健康相談 を行 った。 この ような積極的 な乳幼児の健康診査お よび保健婦 の訪問指導 は、現在 の母子保健施策 の先駆 として評価で きる。 金沢市乳幼児健康相談所 は1933(昭和8) 年度限 りに中止 とな り、 この後 を愛国婦人会 石川県支部金沢市分会が受 けて経営す ること になった。軸 県な らびに市町村 の産婆産院費妊産婦保護 費 について は、 この事業が民間社会事業団体 による ものが主である関係か ら、公費 は少い。相
談
所
別
栄
養
方
法
児犀川相談所数 % 浅野川相談所児数 % 児数合 計% 母乳栄養 180 78_6() 230 67.06 410 71.68 混合栄養 29 12.66 47 13.70 76 13.29 人工栄養 - 4 1.75 15 4.37 19 3.32 不 問 16 6.99 51 14.87 67 11.71 合計
229 100.00 343 100.00 572 100.00表16 各月訪問家庭数及び訪問児数
相
談
所
別
月
別
犀川相談所 浅野川相談所 合 計 8月 260 306 181 181 441 487 9月 201 328 286 286 487 614 10月 250 335 292 491 542 826 11月 279 410 266 475 545 885 12月 236 362 223 383 459 745 1月 181 272 191 -333 372 6()5 合計 1407 2013 1439 2149 2846 4162 1カ月平均 234.5 335.5 239.8 358.2 474.3 693.8 表17 産婆産院費、妊産婦保護費 年次 県 費 市 費 町 村 費 合 計 直営 補助 計 直営 補助 計 直 営 補助 汁 直営 補助 計 1926 50 50 360 36() 360 50 41() 1928 50 50 510 925 1,435 510 975 1,485 1929 575 120 695 575 12n 695 1930 420 180 600 420 180 600 1931 800 800 5,000 5,000 36 120 156 5,036 920 5,956 1933 691 590 1,281 691 590 1,281 1934 520 520 900 120 1,020 1,420 12〔) 1,540 比較的 に町村が予算措置 を行 っている。 民間社会事業団体 による同事業 も、 1920年 以降1930年 までの経済不況 によ り大 きな影響 を受 け、経営難 となったのである。 こうした 時 に こそ、県費や市費 による補助金交付が必 要だったのである。なお、1930年の市費5,000 円は、 1930年8月創立 の金沢市営乳幼児健康 相談所 の付設経費 であった。 3) 保育事業 の発展 石川県 においては、 1920(大正9)年以降 の慢性的経済恐慌、 1927(昭和2)年の金融 恐慌、 1930(昭和5)年以降の世界大恐慌 、 農村恐慌 を背景 に、乳幼児保護 と防貧 を目的 に常設保育所 お よび季節保育所が開設 され る のであった。 (∋常設保育所 の発展 常設保育所で は1919(大正8)年10月、金 沢育児院付属託児所が金沢市 に開設 されたの をは じめ として、 1937年10月 ごろまで に20カ 所 の設立 をみてい る(表18)。 その傾 向 をみ る と、経営主体 で は個人経営、公立 お よび方面 委員 によるものが6
カ所 と多 い。比較的 に公 営 の保育所が多いの に注 目され る。 この20カ 所 の常設保育所 のなかで、七尾町託児所 は方36 表18 常設保育所 清泉女学院短期大学研究紀要 (第17号 ) 名 称 設立年月 経営主体 位 置 職員数 園児数 金沢育児院付属託児所 1919年10月 個人 金 沢 市 有給 3 37 聖 使 園 1922年10月 個人 金 沢 市 無給 1有給 2 53 金 沢 市 託 児 所 1924年 7月 柿 金 沢 市 有給 2 40 金 沢 市 主 馬 町託 児 所 1926年 9月 市 金 沢 市 保母 2 50 金 沢 市 浅 野 川 託 児 所 1927年10月 市 金 沢 市 保母 2 5() 七 尾 町 託 児 所 1928年 2月 方面委員 七 尾 町 有給 2 36 風 谷 託 児 所 1928年 6月 区 江 沼 郡西 谷 村 有給 2 18 大 聖 寺 町 託 児 所 1928年 7月 方面委員 大聖寺町 有給 2 30 小 松 町 託 児 所 1929年 7月 町 小 松 町 有給 2 40 金 沢 学 園 1930年 5月 個人 金 沢 市 無給 5有給 3 50 Ll」 代 町 託 児 所 1931年 5月 方面委員 山 代 町 有給 2 30 イ ナ ミ 園 託 児 所 1932年 7月 個人 江 沼 郡作 見 村 有給 2 80 山 中 町 託 児 所 1932年 7月 個人 金 沢 市山 中 町 有給 2 30 聖 愛 保 育 園 1933年 4月 個人 保母 2 40 第 1善 隣 館 託 児 所 1934年10月 方面委員 有給 2 50 金 沢 市 樫 町 託 児 所 1935年 4月 市 金 沢 市 保母 2 50 第 2善 隣 館 託 児 所 1935年 5月 方面委員 金 沢 市 2 8 大 野 町 託 児 所 1936年 4月 方面委員 金 沢 市 9 83 鞍 月 託 児 所 1936年 5月 婦人会 金 沢 市 4 7() (注)石川県社会課 『石川県社会事業便覧』大正12年、15年、昭和 4年、 9年版および 石川Lt.ミ社会事業協会 LF石川県社会事業概要」川獅r112年、174日および石川LFTと『石川 出統計書』昭和13年度版、昭和14年、101日 面委 員 に よって設 立 されたが、 1929年 4月 よ り町 に移 管 され 、町営 とな った。⑳ また、方面 委 員 に よる常設保 育所 が
6
カ所 み られ るが、 地域 で社 会事 業 実践 を行 う方面委 員 が担 当地 区の保 育 ニ ー ズ を把握 し、常設保 育所 の経 営 に着手 した もので あ る。設置場 所 につ いて は、 半 数以 上 は金沢市 に設 置 され、 その他 で も町 に開設 され た ものが 多 い。 この よ うに当時 に あ って は常設保 育 所 は、金沢市 を中心 として、 市街 地 に よ り多 く開設 され る傾 向 にあ った。 (診季 節 託 児所 の発 展 一 方 、農漁村 部 を中心 に繁忙 期 に、乳幼 児 の保 護 と母姉 が後顧 す る こ とな く作業 に従事 で きる よ うに との配慮 か ら季 節 託児所 が 1920 (大正9
)年 か ら開設 され る よ うにな った。 石川 県 にお け る季 節託 児所 の晴 矢 は、 1920 (大正9)年2月開設 の河 田託 児所 (能 美郡 厨 付村 字本 河 田)にみ る こ とが で きる。 『石川 県社会事 業便 覧Ln昭和4年版 に よれ ば、 同所 は区 に よって経 営 され、無 給2
名 お よび有給 1名 の職 員 を配 置 し、48名 の児童 を託 児 し、 午 前9時 よ り午後6時 まで農 繁期 に行 った と あ る。以後 、季 節託 児所 は漸 次増加 し、 1935 年 10月現在 で は県下 に47カ所 (表 19) 開設 さ れ、 1937年 には120カ所 の設 置 と急増 した。 次 に1935年 10月現在 の季 節 託児所 47カ所 を 諸傾 向 よ りみ るに、経 営 主体 別 (表20) で は、 圧倒 的 に方面委 員 に よる ものが22カ所 と多 く、表19 開設一覧 (1935年10月現在) 託 児 所 名 経営主体 位 置 創立年 月 職 員 園児数 慈光託児所 寺院 江沼郡 分校村 昭和8年5月 有給2 100 長谷 田託児所 方面委 員 江 沼郡 河南村 同 9年5月 同 2 30 上原託児所 同 同上 同 10年 5月 同 2 4() 矢 田野村農繁期託児所 国防婦人会分会 江沼郡 矢 田野村 同 10年4月 同 3 80 粟生村農繁期託児所 村 能 美郡粟生村 同 10年5月 同 3 10() 和寧 農繁期託児所 小学校数行後援会 能 美郡 中海村 同 9年4月 同 2 50 寺井農繁期託児所 方面委員 能 美郡寺井野 町 同 10年4月 同 2 90 長野明星 農繁期託児所 個人 同 同 9年5月 同 5 50 牛 島農繁期託児所 区 同 同 2年9月 同 2 50 湊村託児所 村 能 美郡湊村 同 10年5月 同 2 60 吉 田村第一託児所 方面委員 能 美郡吉 田村 同 10年5月 同 2 50 吉 田村第二託児所 同 同 同 10年5月 同 2 40 久常村託児所 村 能 美郡 久常村 同 10年4月 同 2 120 福 岡託児所 方面委員 能 美郡根上 町 同 8年9月 同 3 65 福 島託児所 同 同 同 9年9月 同 2 50 山島村農繁期託 児所 教育会 石川郡 山島村 同 6年4月 同 3 60 三馬村農繁期託児所 教育後援会 石川郡三馬村 同 8年9月 同 5 80 林 中村農繁期託児所 青年学校 石川郡林 中村 同 6年8月 同 3 100 郷村農繁期託児所 婦人会 石川郡郷村 同 8年9月 同 3 80 安 原村農繁期託児所 同 石川郡安原村 同 9年9月 同 5 150 旭村立青年学校農繁期託児所 青年学校 石川郡旭村 同 5年9月 同 2 80 津幡町託 児所 方面委員 河北郡 津幡町 同 6年4月 同 1 50 川北村立青年学校付属託児所 青年学校 河北郡 川北村 同 8年5月 同 2 60 興津託児所 教育会 河北郡 英 田村 同 5年5月 同 2 40 内 目角託児所 産業組 合 河北郡 宇 ノ気村 大正12年5月 同 2 85 鉢伏託児所 区 河北郡宇 ノ気村 昭和8年5月 同 1 35 自尾託児所 区 河北郡七塚村 同 3年4月 同 2 80 遠塚聖徳保育 園 区 河北郡七塚村 同 9年4月 同 2 80 私立羽咋女子裁縫学院付設託児所 個人 羽 咋郡羽 咋町 同 6年5月 同 2 60 富来 町託児所 町 羽 咋郡 富来 町 同 7年5月 同 2 な し 酒見託児所 方面委員 羽 咋郡 西増穂村 同 5年5月 同 1 な し 和倉 町託児所 同 鹿 島郡和倉 町 同 3年9月 同 2 60 良川託児所 同 鹿 島郡 鳥屋村 同 10年5月 同 2 45 沖良川託 児所 同 同 同 10年5月 同 2 40 -青黒氏託児所 同 同 同 10年5月 同 2 80 末坂託児所 同 同 同 9年9月 同 2 45 新庄託児所 同 同 同 10年5月 同 2 35 大槻託児所 同 同 同 10年5月 同 2 35 越路村託 児所 同 鹿 島郡越路村 同 10年5月 同 3 50 飯 川託児所 同 鹿 島郡徳 田村 同 10年4月 同 2 35 八 幡託児所 同 同 同 10年9月 同 2 30 豊 田町託児所 同 鹿 島郡 豊川村 同 9年4月 同 2 30
38 活泉女学院短期大学研究紀要(第17号) 託 児 所 名 経営主体 位 置 創立年月 職員 園児数 土用託児所 同 同 同 9年4月 同2
3
0
野崎託児所 個人 鹿島郡東島村 同 6年1月 同5 15 金丸農繁期託児所 方面委員 鹿島郡金丸村 同 4年9月 同2 95 清琳寺農繁期託児所 個人 鳳至郡住吉村 同 8年5月 無給2 40 次 いで個 人経 営 の5
カ所 で、町村 はわず か5
カ所 の みで あった。 町村行政 に先行 して、地 区の方面 委員 が地域 の保育 ニ ー ズ に対 応 した ので あ る。託 児所 の開設場 所 (表21) で は、 寺 院 が15カ所 と最 も多 く、寺 院 の社会事 業 へ の開放 が示 され ていた。次 いで小学校 の11カ 所 で あ るが、保 姫 に小学校 の女教 員 が充 て ら れ る こ ともあ った。社会館 が 3カ所 あ るが、 隣保 館 活動 の盛 ん な石 川県 な らで はの傾 向 と み て よいで あ ろ う。郡 別設置 数 (表23)で は、 鹿 島郡14カ所 で最 も多 く、次 いで能 美郡 11カ 所 、河北郡7カ所 、石川郡6カ所 の順 で あ る。 さ らに町村 別 にみ る と鹿 島郡 鳥屋村 が6
カ所 表20経別主体別 経 営 主 体 数 方面委員 2542 個 人町
村 区 4 教育会 .教育後援会 4 青 年 会 3 婦 人 会 2 産業組合 2 表21 開設場所 と最 も多 く、次 い で能 美郡 寺 井野 町 の3
カ所 で あ り、他 に2カ所 開設 が7カ町村 み られ、 地域 に偏 って開設 され て いた。 開設期 間 (表24)につ いて は、 繁忙 期 間 と 関連 す るので あ るが、短 い もので16日か ら長 い期 間 で は6
カ月 と大 きな幅 が み られ る。 集 中 して多 いの は1
カ月か ら3
カ月 で、長期 間 開設 され ていた こ とがわ か る。 また、26カ所 中19カ所 が春 ・秋2回 にわ た って開所 してい た 。 (参季節託 児所保 姫 養成講 習会 石川 県 で は従 来 よ り季節託 児所 設 置 奨励 の 為 通牒 を発 した り、『常設 並 に農 繁期 託 児所 の 表22 園児数 表23郡別設置数 開設場所 数 寺 院 15 小 学 校 ll 背年会館 5 社 会 館 3 青年学校 2 女子裁縫学校 1 不 明 1日 那 数 江 沼 郡 4 能 美 郡 ll 石 川 郡 6 河 北 郡 7 羽 咋 郡 3 鹿 島 郡 14 鳳 至 郡 1 珠 洲 郡 1表24 季節託児所の開設期間 (1934年3月調) 託 児 所 名 牛島託児所 金丸村農繁期託児所 内 目角託児所 自尾託児所 田鶴潰託児所 飯塚託児所 興津託児所 酒見託児所 徹地託児所 私立羽咋女子裁縫学院付設託児所 山島村農繁期託児所 旭村農繁期託児所 津幡町託児所 村 中託児所 郡谷託児所 菩提寺託児所 富来託児所 野崎託児所 慈光託児所 川北託児所 鉢伏託児所 清琳寺託児所 大野町託児所 郷村託児所 福 岡託児所 三馬村託児所 開 所 期 間 9月1日へ 9月30日 9月17日′-10月15日 4月1日∼ 6月30日 4月4日.-8月15日 4月25日∼ 6月25日 5月18日∼ 6月17日 5月20日へ 6月30日 5月20日∼ 6月30日 5月1日∼ 6月30日 5月1日∼ 6月30日 4月26日∼ 5月31日 5月5日∼ 6月5日 4月16口∼ 6月15日 9月1日∼10月21日 5月1日∼ 6月5日 5月1日∼ 6月5日 4月1日∼ 6月30
口
5月22日∼ 6月11日 5月15日∼ 7月15日 5月10日/- 6月9日 4月1日∼ 6月30日 5月25日∼ 6月10日 6月へ11月 9月1日∼10月5日 9月1日∼10月31日 5月16日∼ 6月15日 (注)石川県社会課 『石川LF.i-社会事業便覧』昭和9年3月 設 置 に就 て』 の小冊誌 を1千部 発行 して、各 市 町村 小学校 、社 会事 業 団体 、農会 、婦人 会 、 産業組合 等 に頒 布 した。⑳ しか し、町村 にお い て は季 節託 児所 の必 要 を感 じなが らも、施 設 経費 の面 か ら と他面 に適 当 な る保 姫 が得難 い とい うので蹟 糟 す る傾 向 も見受 け られた ので、 石 川 県社会 課 は1931(昭和6) 年 、春 の農 繁 期 に入 るに先 立 って、季 節託 児所保母 養成講 習会 を開催 した。⑰ 講習会要綱 1.期間 4月21日ヨリ27日マデ1週間 9月1口
/- 1月15日 9月1日へ10月30日 9月20口∼11月20日 9月20日∼10月31日 9月20日∼10月31日 9月10日∼10月31日 9月1日∼11月30日 9月1日∼10月18日 9月1日∼10月10日 9月16日∼11月15日 9月20日.-10月20日 9月20日へ10月20日 9月1日∼11月30日 10月11日∼10月31日 8月20日∼10月31日 9月1日∼10月31日 9月1日∼10月30日 10月1日∼10月25日 9月10口∼10月15日 1.場所 学科-兼六会館、西別院 実科-西別院、木 ノ花幼稚園 実習-・浅 ノ川託児所、仏教幼稚園、 木 ノ花幼稚園 見学-北陸幼稚園、主馬町託児所、 白銀託児所、金石託児所 1.科 目及講師 (時間数) 1.季節的託児所 ノ使命 (2) 県立図書館長 中田邦造 2.季節的託児所 ノ経営 (3) 社会事業主事 打尾忠治 3.幼児 ノ衛生 (2)40 清泉女学院短期大学研究紀要(第17号) 金沢医科大学教授 星野鉄男
4.
幼児 ノ取扱方(
3)
子供 ノ遊バセ万 (2) 石川県女子師範学校 附属小学校保姫 林 美代 5.談話 (2) 観察 (2) 表25講習 日程 月日 21月4 2月42 2月43 2月44 月245 2月46 I月・4 曜口
= = ==
= = 享 7- - 辛 - - 早 午 前 10、-千5
垂/\ 習莱語護)ノ1I 浩ノ【」嘉」ノ
\
√_ 託l日 -8 時 談西別 観 西別 :質置 A の ノ△l
開 兼・△-一㌧/方岩垂 話 堅 察 堅空
重1
日
時 芸蓋 壁し」 午 託 義 同 同 節1
日 時l r蒜 同窟H十圭 莱 )習 語1l 北学 椎見 陸幼 上 字 詰見 完木 学棉
王語 上 閉 茜 12 時 命 FITノL 埋 哩 壁ノし式 堅会別 4 時51 時 上同 午 後6 唱 ( 唱 ( 自由 喜壷 唱 ( 歌 西 歌 西 歌 西 座 西 時 ・別 ・別 ・別 談 別 l 遊 院 遊 院 遊 院戯) 会 院 同上 井上 貞 6.唱歌 ・遊戯 (12) 仏教幼稚園保姫 小野田芳香子 同 中村 貞枝 7.手技 ・絵画 (6) 木 ノ花幼稚園保姫 田村 き □ 8.実習指導 (10) 浅 ノ川託児所保姫
河島服紗子9.
視 察指導 県社会課各員 1.講 習生 17歳以上 の婦人 同講 習会 へ の 申込 者 は3
3
名 で、 内4
名 が 申 込 だ けで出席 せ ず、 その他3名 は途 中 で放 棄 したが、26名 (金沢市8名 、江 沼郡 1名 、能 美郡2名 、石 川郡7名 、河北郡3名 、羽 咋郡 2名 、鹿 島郡1名 、鳳 至郡2名 )が午 前8時 よ り午後9
時 まで のハ ー ドな講 習 を終 了 し、 講 習終 了叢 書 を授 与 され た。受講 生26名 中、 町村 その他 よ り任 務 を与 え られ て きた ものが8
名 、現 に保 姫職 にあ る ものが3
名 で、就職 希 望者 が15名 で あ った。 この15名 中、 1人 は 金沢 市 の浅野 川託 児所 に就職 し、 1人 は県庁 の事務 に、 1
人 は小松 の幼稚 園 に入 り、 1
人 は既 に託 児所 に見 習 中 で他 日某託 児所 開設時 に採 用 の見込 み、
1人 は某幼稚 園 に見 習 中で あ り、 2
人 は正 式 に幼稚 園保 栂 にな るべ く受 験 の準備 を しよ う としていた な どで あ るが、 全然 見込 が立 って い な い ものが6
人 いた。 講 習 内容 は まず季節 託 児所 の使命 、 その経 営 につ いての科 目が あ り、小 児保健 にあた る 幼 児 の衛生 の科 目が あ り、保 育 内容 にあた る 幼 児 の取扱 方、子 ど もの遊 ばせ 方、談話 、観 察 、 唱歌 ・遊戯 、手技 ・絵 画 な どの科 目配 置 が あ り、 なかで も唱歌 ・遊戯 には12時 間、手 技 ・絵 画 に は6
時 間 を と り、 多 くの講 習時間 を設 定 していた。 その他 、託 児所 や幼 稚 園での実習
(
1
0
時 間)や託児所 お よび幼稚 園の見 学 も実施 した。 石川県 にお いて は1937年頃 になって ようや く季節託児所 も県下 に普及 したが、 その年、 石川県社会課 と石川県社会事業協会 によって、 季節託児所 の手 引 き『農繁期託児所』 (1937年 12月)が発行 された。 ④ 県下社会事業費 (予算)幼児保 育所費 県な らび に市 町村 の幼児保育所費 (表26) で は、全体 の傾 向で は1930年 まで漸次増加 し、 と くに1930年 において顕著 な増加 を示すが、 これ は と くに金沢市 の直営費 の大幅 な増額 に よる。 1931年 に著 しい下落 とな るが これ は市 費、町村費 の下落 による もので あ る。 この下 落 には と くに1930年 の経済不況 が関連 してい る と思われ る。 1933年以降 は再 び増加 に転 じ ている。⑤
1934年水害地臨時託児所 の開設 1934(昭和9)年7月、県下 は大水害 に見 舞 われ るが、救済 の一環 として、 県下12カ町 村 に16カ所 の臨時託児所 (表27)が設置 され た。⑳ 表26 幼児保育所費 (常設保育所 と季節保育所費) 水害地臨時託児所設置規程 第1候 今回ノ県下水害二困ル雁災民 ノ子女 ヲ 保育 シ併 セテ雁災民 ノ執務 ヲ援 クル為本規程 二依 り臨時託児所 ヲ設 ク 第2候 本規程二依ル臨時託児所ハ之 ヲ左 ノ町 村二設置ス 能美郡 白峰村、尾口村、川北村、粟生村、津 村、久常村、寺井野町、吉田村、根上町、板津 村、牧村、石川郡美川町 第3候 臨時託児所 ノ託児 ノ年齢ハ満二歳以上 学齢期迄 トス 第4候 臨時託児所こ左 ノ職員 ヲ置 キ知事之 ヲ 委嘱 ス 所長1名、保姫若干名、助手若干名 附 則 本規程ハ昭和九年八月一 日ヨリ之 ヲ適用ス 託 児 の年齢 は2歳以上学齢期 までで、 16カ 所 の託児 の実人 員 は1,245名 、延人 員 は93,398 人 に及 び、 これ に よ り雁 災者 の幼児 が 4カ間 にわた って保育 され、雁 災者 は災害復 旧事 業 に専念 す る こ とがで きたのであ る。⑳ なお、臨 時託 児所 の状況 について は、「臨時 託児所 経営 に関す る感想」
『社会改 良』 (第15 年次 県 費 市 費 町 村 費 合 計 直営 補助 計 直営 補助 計 直営 補助 計 直営 補助 計 ltJ二ri 1,450 1,450 4,902 500 5,402 1,132 500 1,632 6,034 2,450 8,484 Tt)ごト 200 二日目 7,020 750 7,770 416 450 tWti 7,436 1,400 8,836 ーt)ご0 700 700 6,986 750 7,736 1,198 450 1,648 8,184 1,900 10,084 川jり tuト 698 12,050 300 12,350 3,505 150 3,655 15,555 1,148 16,703 川Jl 丁Stl 丁ごり 6,561 6,561 2,578 120 2,698 9,139 879 10,018 川JJ 1,090 1,090 6,758 200 6,958 3,910 472 4,382 10,668 1,762 12,430 1934 850 850 6,758 100 6,858 4,011 750 4,761 10,769 1,700 12,469 lリJLi 1,550 1,550 8,912 1,600 10,512 3,923 1,245 5,166 14,385 2,845 17,230表27 1934年水害地臨時託児所 町村名 所 在 地 区 域 !出席延人員 出席実員 職 員 数 経 済 保母 助手 使丁 給 料 設備費 会場費 給食費 用 品 計 美 川 町 美川町小学校 l美川町雁災者川北村避難者 3,928(人 ) 42 1 1 1 (1Pj92) 50 70 314.24 8.40 634.64 川北 村 橘小学校 全 村 7,742 121 2 1 1 194 50 36 619.36 24.20 923.56 尾 口 村 探瀬説教場 深瀬 区 4,519 44 1 1 175 50 25 361.52 8.80 620_32 根 上 町 福 岡青年倶楽部 福 岡外3区 5,328 66 1 1 12 192 30 158 426.24 13.20 819.44 享奏 村 願 隆寺 全 村 3,68() 44 1 21 117 40 43 294.40 8.80 503.20 寺井野町 如是館 寺井 区 7,038 93 2 174 40 36 563.04 18.60 831.64 粟 生 村 寺院 全 村 13,566 126 1 1 250 50 70 1,085.28 25.20 1,480.48 久 常 村 久常小学校 、下清水 区に分場 全 村 10,043 125 2 2 222 80 48 803.44 25.00 1,178.44 牧 村 小 島小学校 全 村 7,578 135 1 2 264 60 26 606.24 27.00 983.24 吉 田 村 専教寺、吉原 区 に分場 全 村 9,192 117 2 2 222 70 78 735.36 23.40 1,128.76 板 津 村 大丸小学校 、高堂 に分場 全 村 14,648 252 2 2 2 336 75 39 1,171.84 50.40 1,672.24 自 峰 村 寺院、分場 を設 く 桑原 区 6,136 8() 2 2 240 80 80 490.88 16.00 906.88 備考 1.経費中給食辞、会場費、設備費は三井報恩会 (3,500円)、愛国婦人会石川県支部 (500円)よりの寄付金を充当 した。 2.経費中給食費、用品費は義損金 より支出 (FJJ. Lii Jr ■f r:FII.・川 ご 童 ) :'J ::1: lF. .相 中rl ryJJ: ∴ rf,, IT こ '
早 ) に詳 述 され て い るが 、 その 中か ら、能 美 郡 粟 生 村 村 長 の臨 時託 児 所 に関 す る感 想 を あ げて 、理 解 の一助 と した い。 石川県臨時託児所 に関す る感想 能美郡粟生村 粟生村長 1.託児 に及 ぼ した る影響 1.時間的 に食事 をす る為 め保健 良好 に して村 医師 の説 に依 れ ば従 来 に比 し児童 の 胃腸 患 者 は5分の 1に減少す 但 し間食 は菓子 多 き為 め歯 を害 した る者 を 見受 けた り 2.談話、手工、図画、唱歌 に依 り智識 を増進 せ り 3.共 同生活 に依 り我俵が無 くな り仲良 く遊 ぶ 習慣 を得 た り 4.一般 に行儀作法、言葉遣 い も良 く覚 える と 同時 に善悪 の差別 を知 る 5.神仏 に対 し敬 の念生 じた り 2.家庭並 に社会 に及 ぼ した る影響 1.従来児童 の為 め働 き能 はざる家庭が託児所 開設 の為 め業務 に従事 し一家 の生計費 の援 助 をなせ り 殊 に中流以下 の家庭 は 日稼労働 に従事 し収 入 を増加せ り 2.有難 き此 の社会施設 に感激 し人心安定せ り 3.託児の唱歌、遊戯等 を覚 え家庭 に於て演 ず る為 め一家の和楽 を増大せ り 3.経営上 に関す る件 仮託児所 は臨時的の為 め空気の流通、採光不 完全 な り 屋 内外運動場 及其 の他設備 の不十分 は遺憾 な り 4.将来 の希望 1.毎年開設 2.託児所 の建設 (本村 は目下計画中) 3.託児所の経費 に対 し国府県其 の他社会 団体 よ り相 当の補助方 この よ うに、 託 児 及 び家 庭 へ の好 影 響 が 示 され 、 臨 時託 児所 の設 置 を発 展 させ て、 毎 年 開設 を 目論 で 目下 託 児 所 の建 設 を計 画 中 とあ った。 同臨 時託 児所 の保 育 内容 は、 談 話 ・手 工 ・図画 ・唱歌 ・遊 戯 を採 用 して い た こ とが わ か る。
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虚 弱 児 童 保 護 事 業 虚 弱 児 童 の健 康 増 進 を 目的 と して、 日本 赤 十 字 社 石 川 支部 が 、 河 北 郡 七 塚 村 に児 童 夏 季 保 養 所 を1921(大 正10)年 よ り設 置 した。⑲ 同 保 養 所 は毎 年8月 1日 よ り3週 間 開設 され 、 収 容 児 童 は毎 年 約128名 で、経 費 につ い て は毎 年3,250円 で あ った(『石 川 県 之 社 会 事 業 一 覧E
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大 正13年22頁)。 日本赤十字社石川支部夏季児童保養所規程 第 1候 本所ハ石川 県管 内二在住 ノ身体 薄弱 又 ハ腺病質児童 ヲ保護者 ヨ リ委託 ヲ受 ケ之 レ ヲ入 所 セ シメテ其体質 ヲ改 良 シ健 康 ヲ増進 スル 目的 ニテ保 養 ヲナサ シムルモ ノ トス 第2候 本所ハ 日本赤十字社 石川支部 夏季 児童 保養所 卜称 シ毎年8月1日ヨ リ同21日迄海 潰 適 当ノ地 二開設 ス 第3傑 本所二左 ノ役員 ヲ置 ク 1主管 2事務員 3教 員 4医師 5看護婦 第4候 本所 ノ目的 ノ達 スル為 メ左 ノ事項 ヲ実 施 ス 1身体 的保養 2精神的慰安 3食 養44 清泉女学院短期大学研究紀要 (第17号) 4検診 治病 5学科復習 6成績考査 7家庭通信 第5候 保 養所ハ 当分 河北郡 七塚村字 外 目角二 設置 ス 第6候 本所 ノ受託 児童 ノ定員ハ百名 トシ年齢 7歳以上 13歳以下 シテ伝染性疾 患 ナ ク且特別 ノ 保護 ヲ要 セサルモ ノ二眼ルモ ノ トス 第7傑 受託保 養者 ハ食費金拾 式 円 ヲ前納 スル モ ノ トス 但 シ家庭 ノ事情 二依 リテハ半額 ヲ納 入 セ シメ 父ハ免除 スルモノ トス 第8修 本所 二入所 ヲ志望 セ ラル 、者 ハ第1号 書式 ノ申込書 二第2号書式 二依 ル身体検 査書並 食費 ヲ添へ保護者 ヨ リ7月10日迄 二当支部 二提 出セラル 、モノ トス 第9候 保 養者 二ハ第3号書式 ノ入所 券 ヲ交付 ス出発 当 日携帯役員二差出サル 、モ ノ トス 第10健 保養老ハ第4号表 ノ物品 ヲ信玄袋、風 呂 敷 又ハ小 サ キ柳行李等 二納 メ本製名札 ヲ付 シ入 所 当 日携帯 スルモ ノ トス 但第4号表 ノ携帯物 品 目録 ハ必 ズ携帯 セ ラ レ ルモ ノ トス 第 11候 保 養 者 ハ8月 1日午 前11時 入 所 セ ラ ル 、モ ノ トス 第12修 保 養者ハ8月21日午前8時解 散 スル モ ノ トス 第13候 保護 者ハ随意参観 セ ラ レタ シ其 ノ他何 人 二テモ参観ハ随意 トス 第14候 保 養所 へ何人 ニテモ金 囲物 品 ヲ寄贈 七 表28 男女年齢別 ラル 、モ ノアラハ之 レヲ受納 スルモ ノ トス こ こで は比 較 的 に資 料 の恵 まれ た1922(大 正11)年 の第2回 日本 赤 十 字 社 石 川 支部 夏季 児童保 養所 よ り同所 の状 況 につ い て述 べ て み た い。 第2回 の保 養 所 開 設 に対 して138名 の希 望 者 が あ った が 設 備 の都 合 に よ り117名 に限 定 し、 金 沢 市 中 学 校 医 に よって選 定 され た。 116名 の一 般 的 身 体 的状 況 は腺 病 体 質 が65 人 、溶 出性 体 質 が12人 、 虚 弱 体 質 が39人 (1 名 は
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月17日後 入 所 の た め算 入 せ す) で、毎 日2回 の健 康 診 断 を行 うほか、遇 1回身体 検 査 を行 い身長 体 重 及胸 囲 を測 定 し其成 績 に よ り個 人 的 に運 動 量 、 入 水 の程 度 、食 物 の摂取 量 を酎 酌 す るな ど衛 生状 態 に配 慮 した。 児 童 の男 女 年 齢 別 は表28の通 りで、 男 児 が 多 い。 児童 の処 遇 につ い て はな るべ く児童 を して 自治 的 に して あ ま り規 則 で拘 束 せ ず児 童 の個 性 を尊 重 して、 それ が伸 展 す る よ うに導 き、 また 、温 さ抱 擁 中 に児 童 の生 活 を置 くた め に、 各 教 員 が各 室 を分 担 し児 童 と起 居 を共 に し、 保 養 の 目的 を達 成 で きる よ うに配 慮 され て い た 。 児 童 の組 織 は、懐 郷 の情 を和 げ るた め に、 年齢 学 年 出身 地 続 柄 等 を考 慮 して男 子 を4
室 に、 女 子 を2室 に配 当 し、各 教 員 は各 室 を分 担 し、 指 導 看 護 にあた った。 各 室 ご とに児 童忘で
7歳 8 9 10 11 12 13 計 男 1 4 15 19 16 13 47
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女 3 8 6 8 14 3 42 計 1 7 23 25 24 27 7 114を
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グル ー プの小 自治 グル ー プ に組 織 し、携 帯 品、棚 、寝 具 、食 卓 、下駄 箱 、干場 等 に至 る まで悉 く組 番号 と氏名 を付 した木札及 び紙 札 を貼 付 あ るい は所持 品 を結締 させ整理 にあ た らせ た。各 自治 グル ー プ には長幼 児 を交 ぜ て組 織 し、年長 者 を組 長 副組 長 とし、組 長 副 組 長下 の指揮 の も とに、起 居整頓 、清潔 、整 列 等 に亘 る まで 自治 的、規律 的 に活動せ しめ た 。 児童 の 日課 は、児童 の倦 怠 と懐郷 の情 を起 さない よ うに諸 配慮 を加 えて、以下 の よ うに 定 め られ て いた。 日 課 午 前 行 事 6時 起 床 自 6時 至 6時50分 自 6時50分 室 7時 整容、清潔、整頓 人月点呼、東方遥拝、体操 7時15分 朝 食 自 8時 至 9時 自 修 9時 間食分与 (牛乳 1合) IHI,乳用ふる能はざるものには 妓イtr)として鶏卵川司を与えた r) 自 9時30分 室11時 拓水浴 12時 午 食 午 後 自零時30分 至 2時30分 自 2時30分 至 4時 静 養 (午睡) 悔水浴 4時 間食分与 (葉子或 は果物) 自 4時 至 5時30分 入 浴 6時 夕 食 自 6時30分 自由遊戯、郊外散歩、お話会 至 8時 福引、唱歌会、活動写真映画等 8時30分 臨時 日程 1.身体検査 2.談話会 3.唱歌会 4.相 撲 5.運動会 6.河北潟舟遊 7.福 引 就 寝 8月 1日、 7日、14日、20日 8月 3日、 6日、20日 1 8月16日 8月 9日、18日 8月18日 8月15日 8月6日 8.活動写真映画 8月13日 (但本保養所生活実 写 と外 2、 3種) 9.活動写真 フイルム撮影 8月 1日、 2日、21日 10.網引
8月 2日、10日、16日 ll.偏平足検査 8月3日 12.記念写真絵葉書撮影 8月 7日 13.お噺会 8月 8日 (石川県師範学校講演部員) 14.児童成績品展覧会 8月18日 ・5・警讐
>(要 覧 児) 8月12日 自修 時 間 につ いて は児童 の個性 を尊 重 し、 一 時 的集 団で あ るの を鑑 みて 自修 時 間 は一 定 の主義 の下 に取 扱 わず その時 聞及 び課 業 の範 囲 を定 めた だ けで、課程 は各 自の 日誌 、母 校 にお け る課 題練 習 、家庭 及 び友 人 へ の通信 、 其他 課 外読 物 (県立 図書 館 よ り借 入 の専 用 児 童 文庫 ) 等 とし、各教 員 の個 別 指 導 の下 に行 わ れ た。⑪ 同保 養所 は毎 年 志望者 が定 員 を超 過 す る状 況 で あ ったが 1930年 の経 済不 況 を受 けて 日本 赤十 字 社 石 川支部 の財 政 窮 乏 し、 同年 限 りで 閉鎖 され た。 しか し、虚 弱児 童保 護 につ い て 社 会 的 施 設 と して復 活 を希 望 す る者 多 く、 1934(昭和9) 年 8月
1日よ り 3週 間 の夏 季 児童保 養所 が再 開 され た。 なお、再 開後2
年46 清泉女学院短期大学研究紀要 (第17号) 目にあた る1935(昭和10)年 の収容 児童 は男 子97名、女子35名 の計132名 、⑫翌1936(昭和 ll)年 は、男子111名、女子54名 の計156名 と、 ます ます盛況 となった。職 員 も児童 の増加 に 伴 い、主管 1名 、教育 主任 1名 、教 員