ISSN 1346 2156
第
2
5号
教化と教学
講 演 教理と環境 教化のめざすものJ
.ヴアン ブラフト l 寺 川 俊 昭 15 -ff’\L、の共同体の現前を求めて 研究発表 親驚における教化 『教行信証』の構造についての一考察 「fl.I:の巻jの宣義 機 教 相 応 す 「化身上巻j聖 浄 道 判 の 課 題 人生の闇と他力の救済 『倶舎論』における誼(skandha)の 意味規定 『j)l合論実義MU・ 『似舎il疏随相』研’先小史 『入菩提行論』の研究 大乗仏説諭を中心に 真宗教学学会講演会 二十九歳の親驚聖人 六f!J堂参箆・i去然上人・忠{l尼公 親 驚 土 着 2003年度教学大会発表要旨 (18名)2
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年
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真 宗 教 学 学
楽 真 37 伊 東 恵 深 48 鶴 見 晃 61 張 偉 75 箕 浦 暁 雄 92 棲 井 智 浩 106 今 井 雅 晴 120 大 桑 ど三、 エミ 斉 135 161講 演 二
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二 一 年 度 真宗教学学会ト周年記念教学大会教
理
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環
境
教 理 と 環 境 皆さんこんにちは。今回、話しを依頼されたことを大 変光栄に存じます。教理と環境、教学と環境と言っても いいですけれども、この題をつけたのは、教学が環境に 適応しているかどうかということが、一番中心的な問題 ではないかと思ったからです。仏教的に言いますと、環 境・時機と言った方がいいのでしょうか。皆さんの手元 にあります、講演要旨に沿って話しをしますけれども、 ただ、時間の都合で、ある部分を飛ばすことがあるかも しれません。早速レジュメにあります、﹁I
.現代宗教 の危機﹂について二百触れたいと思います。 現在において宗教の置かれている環境と言いますと、 やはり宗教不在の時代、または宗教の空前の危機状態とJ
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言っていいかもしれません。ゆえに、その危機的状況に ふさわしい教学、教化が必要になっていると思われます。 それはどういうものかということは非常に難しい問題だ と思います。今ここで一言、っ宗教の危機とはどういうもの か、その本質はどこにあるかという質問にぶつかります けれども、私の実感としては、社会学もこの間いに対し て本当の返事を出してくれないように思います。多くの 場合は、﹁世俗化﹂等の言葉を使いますけれども、ただ しよく考えますと、この﹁世俗化﹂という言葉ほど暖昧 な言葉はないのではないかと思います。私も現在宗教が おかれている危機の本質はどこにあるかということにつ いて、きちんと答えることはできないと思いますけれど2 も、皆さんと一緒にそのことを考えたいと思います。 まず、このような質問ができるのではないかと思いま す。少なくとも先進国に住むほとんどの現代人にとって、 宗教が信じにくくなったといえると思います。ただその 場合、宗教のどういう点が信じ難くなったかということ を考えますと、例えば未来、来世をも含めた霊的な別世 界、他界というようなものが信じ難いのか、それとも絶 対者の存在のことなのか、人生のもう一つの次元のこと なのでしょうか。少し年配の方でしたら憶えているかも しれませんが、現代人が宗教を信じにくくなった状況に ついて、一九六
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年代に活躍した有名な哲学者マルクゼ が、現代人を﹁一次元的人間﹂として特徴付けました。 一次元だけの人間、つまりもう一つの次元を失ってしま ったというような話ですね。 それだけではなく、これまでの宗教が掲げてきた人聞 の尊厳、人間の高い使命が信じられなくなったというこ とがあると思います。皆さんご存知のように、宗教とい うものは人聞を有限者、罪人として見ていますが、それ と同時に人間の高い使命を強調してきたわけです。現代 風に言えば、人聞は宇宙の中の小さな惑星に住むお猿さ んの子孫に過ぎない、というような感じで見ているので しようか。少し別の角度から尋ねますと、現代人は人間 の条件全体からの救いの必要性を感じなくなったと言っ ていいでしょうか。その代わりに、人生に具体的問題が 起こると、その都度その都度、神仏に助けを頼むことに なったようです。単なる技術的な問題が起こったときに、 その都度具体的な修理方法を要求するのと同じような感 じ が し ま す 。 また、次のように考えてもいいのではないかと思いま す。現代宗教の危機は、既成宗教が伝統的に伝えている メッセージが現代人にピンとこなくなった。または、既 成宗教からの供給と、現代人の需要・要求との聞に、大 きな溝、ギャップが聞いてきたとも言えるのではないで しょうか。そうであるとすれば、現在の教学・教化の課 題は、その溝を突破し、乗り超えるところにあると言え るかもしれません。 それでは、その現代宗教の危機は丙洋、すなわちキリ スト教闘において最も進んでいると言えるでしょうか。 必ずしもそうは言えないかもしれませんが、ただし丙洋 のキリスト教では、その危機のもたらす変化が最も急激 で日立つということは言えると思います。したがって、 キリスト教の中において危機感が特別に強いと言えるか教 理 と 環 境 もしれません。今のヨーロッパにおけるキリスト教の状 況を見ると、カトリ y ク教会は崩壊しつつあるのではな いかという感じがします c 例えば、非常に短い年月の間 に日曜礼拝への参加が非常に減ってきています。それに 聖職者の志願者は皆無に等しいのです。それから若い世 代に信仰を伝えるということは、ほとんど不可能にみえ るようになったわけです。 さて、浄土真宗ではどうであろうかという質問になり ます。真宗教団の中にも、ある程度似ている現象が起こ っていると言えるかもしれませんが、今のところでは悲 劇的変化が起こっているという感じはあまりないかもし れません。しかし、もちろん西洋よりも早く日本ではそ ういう深い変化が過去にすでにあって、現在、その結果 が現れてきているということも考えられるでしょう。た だし、どちらの危機が深いかということは、誰も返事は できないと思います。とにかく、両宗教の中に危機感が あって改革運動が生まれてきたわけです。 皆さんご存知と思いますが、カトリック教会において、 一九六二年から一九六五年の聞に有名な第二バチカン公 会議がありました。これは教会を現代社会に聞くという つもりで聞かれた会議でした。そして実際、その公会議 3 は教会に非常に大きな変化をもたらしたと言わざるを得 ません。しかしながら、そのすぐ後に先ほど言われた教 会の崩壊は本格的に始まったようです。私たちはそのこ とをどのように感じ、判断し、解釈したらいいのでしょ うか。ある人々は、公会議のもたらした変化にこそ、そ の崩壊の原因があると言う人もいます。この見解はあま りにも勝手な考え方だと思いますけれども、例えば私に 一一百わせれば、公会議のもたらしたものは根本的に健全な もので、将来への方向を示しているのではないかと思い ます。ただ一方で、その後のことを見ますと、改革運動 のはたらきは、ある意味では的外れではなかったかとい う反省も湧いてきます。一般の信者にとって何も救いを もたらさなかった。つまり少数の人たちにとっては、こ の現代において信仰を生きるための助けになっただろう と思いますが、大衆にとって何も救いにならなかったよ う で す 。 さて、真宗大谷派の中の改革運動、すなわち清沢満之 から曽我量深などを通じて、同朋会運動まで繋がってい った改革運動をどう見たらいいのでしょうか。私たちの 公会議などのことから見ますと、一つは、大谷派の改革 運動の方が徹底的ではないかという感じはしています。
これがもたらそうとする変化はより深いという印象もあ ります。しかしまたこの改革運動がどれくらい成功して いるかという質問に関しては、私の聞いたところでは、 あまり立派な成功を見せているとは言えないということ があります。例えば、﹁同朋会運動が停滞したのは事実 である﹂というような文章を見たこともあります。 教学︵神学︶とは 二つの改革運動の話はここまでにして、やはり今日の 話題である教学に移ることにいたします。教学をどうい う風に定義したらいいのでしょうか。ご存知の通り、教 学は、キリスト教では神学にあたると思われます。伝統 的で、かつ非常に有名な神学の定義は、ラテン語で ﹁ 白 骨 印 ︵ 円
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﹂となります。知性また は、理解を求める信仰という有名で伝統的な定義があり ます。そこに大事な二点が含まれていると指摘すること ができます。もちろん第一に、神学には人間の理性が大 きな役割をするということです。それで実際にキリスト 教の神学が、早くからギリシャ哲学を道具として取り入 れたわけです。これが一OO
パーセント賢いことだった かどうかについては、また議論が必要ですけれども、と に か く そ の 理 性 的 な 動 き を い れ て 、 そ れ で 神 学 も ﹁ 印 口 巾 ロ 戸 山 ﹂ ︵ 学 問 ︶ と 言 わ れ る よ う に な っ た わ け で す 。 しかし第二の点について言いますと、この﹁学問﹂の 土台と同時に、その目的になっているのはあきらかに信 仰なのです。この点でやはり、仏教を客観的に研究する 仏教学と決定的に違うと言わざるを得ません。皆さんご 存知かどうか分かりませんが、近代のアメリカで面白い 現象がみえてきました。そこでは、仏教徒であり、仏教 学者でもあるアメリカ人の一部が、そういう客観的な研 究に満足しないで、自分の宗教生活を養うような仏教の 研究を求めるようになりました。そして、その新しい研 究 を ﹁ 回 忌 ︵F
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oぬこと名づけたわけです。 神学には二つの源泉があると、キリスト教ではよく言 われます。一つはもちろん聖書、聖典ということになり ます。これについては広い意味でとる必要がありまして、 いわゆる教父たちの教えも取り入れていかなければなら ないと思います。教父たちというのは、仏教においては 高僧にあたるのではないかと思います。これが一つの源 泉です。しかし、もう一つの源泉がありまして、それは 時代環境、つまり﹁時・機﹂というものですね。この第 二の源泉の必要性は、神学ないし教学の根本的な役割に教 理 と 環 境 基づいています。すなわち教えが時代に対する適応とい うことです。ある神学者が書いた通り、﹁神学者の使命 は、教会の公共要理を説明・解釈し、教理が実際に信徒 の頭と心に入れるように﹂ということでしょう。このよ うに神学に二つの源泉があるということは、キリスト教 では強調されてきたわけです。 次に教学の立場について一言触れることにいたします。 その一つは、神学が教会の機能だということです。キリ スト教的に言いますと、神学がキリストの神秘体である 教会の知的機関で、本質的に共同の営みなのです。神学 者は全く個人としてではなくて、共同体の代表者として 神学をするわけです。だから、神学者たちは教会に対し て責任を持ちながら教会の仕事をするのです。 それで、神学は教会の大事な聖職、﹁
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、 ﹂ で す が、ある意味では二次的なものと言わざるを得えません。 そ れ は ど う い う 意 味 か と 一 一 一 目 う と 、 や は り 教 会 の 一 次 的 な ものは、祈りと宗教的生命であって、それに対する反省 として、神学は二次的なものになります。 教学の立場に関わって一番微妙な問題になるのは、例 えばカトリック教会では、公に要理を教えることになる と、教皇が一番の権威を持ち、それから司教さんたちが 持つわけです。そういう所から見ますと、神学の専門家 である神学者たちは、そういう﹁教学権﹂のもとで働い ていると言わざるを得ないのですが、そこに微妙な問題 があります。すなわち同時に、神学者たちはそういう教 会の教学権に対して十分な距離、十分な自立を守らない といけないのです。そこには微妙な点があって、時々争 いが起こっていまして、カトリック教会の中には確かに ある程度の緊張があります。真宗の方はこのような緊張 がどのくらいあるか、私は判断できませんけれども、皆 さんもこのような問題に関して、少し反省なさるといい のではないかと思います。 次に、教学や神学はどこで行われるかという質問にな ります。カトリックならカトリック大学の神学部がその 場所となりますし、真宗なら宗門大学の真宗学科が教学 する本当の場ではないかとすぐ答えられるかもしれませ ん。もちろん、その返事には一種の真理が含まれていま す。しかし、先に一つの区別を入れたほうがいいのでは ないかと思っております。それはレジュメにも書いたよ う に ﹁ 古 O 印E
︿ 巾 岳 町 o−
o m 之 と 、 ﹁ 印 日U 2
己 主 H J︿ 巾 手 巾 o−
o m 判 可 ﹂ と の 区 別 で す 。 こ の ﹁ 匂 OEH4 巾 門Z
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c m 可﹂は、実証的神学と言ったら6 いいかもしれませんが、とにかく宗教の資料を﹁科学的 に有能﹂な方法で検査する営みにあたるわけです。例え ば、その中には聖書が確かに入るわけです。そういう ﹁科学的に有能﹂という言葉からして、その﹁ち O 印
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当﹂を行なう場はもちろん優先的に大学の方にあ る は ず で し ょ う 。 ﹁ 印 日 ︺ 巾2
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c m 可﹂は、どう和訳 したらいいかよくわからなくて、私は二応、講演要旨の 中に、哲学などの思想や想像力が機能するような神学と 記しているわけです。これについても大学で営まれでも いいのですが、その場合は信仰の現場との連絡が非常に 大切になってきます。 以前、お西の方で使われた言い方ですけれども、その 二つがお互いに離れている時に、﹁現場のない教学。教 学のない現場。﹂という現象になるわけです。そして場 合によっては、現場こそが神学の場になることもありま す。最近、例えばキリスト教の万に、次のような二つの 実例があります。皆さんも聞いたことがあると思います。 一つは、﹁開放の神学﹂です。これは誰かが言ったよう に、﹁正義の為の戦いは神学的反省の母胎になったもの ですよこれは非常に生き生きした神学で、 の中の有名な実例です。それでもう一 キリスト教 つ 挙 げ ま す と 、 ﹁諸宗教の神学﹂があります。その場は本当に他宗教、 諸宗教の対話の中にあるのではないかと思います。大学 の方よりも、その対話の中に本当の場があると言えるの ではないでしょうか。真宗の中にもそういう教学の実例 があるかどうか私は判断できませんが、皆さんの想像に お 任 せ し ま す 。 それから、キリスト教の神学にはもう一つ注意に値す る側面があるかもしれません。すなわち、神学がさまざ まな形態を見せるということです。講演要旨に、私は一一一 種類の形態を挙げたわけですが、まず、﹁印口片岡支ロE
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ミ﹂という形の神学を記してあります。すな わち聖典の解釈・解註という形を取るような神学です。 もちろんこの場合でも、その聖典は聖書ばかりではなく、 先ほど言った教父たちのテキストも入れるわけですね。 そういうテキストに対する註釈という神学の形態は、中 世紀の聞に非常に盛んに行われました。 それに関して、私は講演要旨に一つの警戒の言葉を入 れました。すなわち、その本質からして、聖典の註釈と いうものは、人を現在から過去へ、またはそれにおいて 聖典の文章以外に大切なものが一つもないような、一種 の無時間的な世界に移しがちですから、やはり聖典註釈教 理 と 環 境 だけでは現在から離れたような神学になりがちなのです。 次 に ﹁ 円 宮 目 白 江 口
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日 Oぬこという言葉が出ておりま すが、テーマ別の神学ということになります。キリスト 教では、例えば次のようなものになりますね。神論、神 をテ1
マとする神学。創造論、天地創造をテ1
マにする 神学。それから救済論、キリスト論、聖霊論、教会論な どがあります。これらを合わせて統一すると、﹁凶3
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山 門H
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−。ぬこということになります。これによって本 格的な神学が生まれてきたわけです。近代まではほとん どギリシャ哲学からの影響ですが、大いに哲学の知恵を 借りながら、この形態が中世紀の半ば頃から特に発展し ていったのです。ただ近代からは次々に、カント・へl ゲル、そして実存主義の哲学も取り入れた神学になって い き ま し た 。 浄 士 教 に お け る ﹁ 岳 巾 自 由 t 円 円r
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当 ﹂ は 、 本願論、名号論、浄土論、阿弥陀論、信心論などからな るだろうと思いますが、どうでしょうか。 さ ら に 、 第 三 に ﹁ 巾 同 宮 口 巾 ロ ご とFg
− c m 可﹂を記してお きました。すなわち特定な信仰体験の中に生まれる神学 です。皆さんもご存知だと思いますけれども、よく引用 されるのは聖アウグスティlノの﹃告白﹄、﹁g
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ということです。また例えば、近代にはジヨ 7 印 H O ロ 回 ﹂ ン・へンリl
・ ニ ュ ー マ ン の ﹃ ﹀ 七 三 O 沼 田 匂 ﹃ O 三 門 戸 印 己 日 ﹂ というものがあり、これは自分の生活の為の弁明であり ます。それから、キリスト教の神秘家が書いたもののほ と ん ど は 、 ﹁ 巾 同 門 ︶25
ロ 門 戸 ごr
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日 o m u 乙と呼んでもいいと 思 っ て い ま す 。 真宗のなかにも﹁巾4
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− o ぬとの実例があ るはずです。それはどういうものでしょうか。すぐ頭に 浮かびますのは、清沢満之の﹁我が信念﹂、また妙好人 の詩も、その中に入れることができるのではないかと思 います。しかし、これらが本当にす4
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型 ﹂ に相当するかどうかについて、私は判断をすることがで き ま せ ん 。 キリスト教の神秘家たちが著したような、経験的な神 学今日官5EE
一 任 命 。 − c m 可﹂︶の中に、最も明らかに信仰 生活と神学とのつながりが表れているように思います。 その中に、キリスト教ではよくラテン語で言われるよう な 、 恥 れF
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︵弓すなわち祈りの標準こ そ、神学、そして信仰の標準だということは露わになる ように思われます。8 教 化 さて、次の点、すなわち﹁教化﹂の問題に移ります。 正直に言いますと、私はこの言葉があまり好きではあり ません。なぜかと言いますと、﹁教﹂というと、何と言 っても﹁教える﹂ということですから、頭の仕事を思い 出させるような言葉なのです。信仰を伝える場合は、頭 ばかりでなく心、そして体にも伝えるということが大切 なように思われます。岩波書店の仏教辞典に依りますと、 教化、この場合は﹁きょうけ﹂と発音するはずですが、 ﹁人々を教育、訓練することにより、或いは仏教徒とな らしめ、或いは仏となる資格を持つように導く﹂という 定義になります。教化ということが、心と体にも伝える という意味を含むということから考えますと、例えば子 どもの時にご両親の指導で子どもたちが手で合掌すると か、仏壇の前できれいにおじぎするということは非常に 大切なことではないかと思います。また、禅宗における 教化は、言葉からではなく﹁行﹂、つまり座ることから 始まるとよく言われることからも、教化が頭だけの仕事 ではないことがよくわかります。 しかし、そうは言っても、教えは大事なことでないわ けではありません。少なくともキリスト教では、救われ るために最小限度の知識が必要だということが強調され るわけです。神とは何か、イエス・キリストは誰である かということを、ある程度知らないと本当に信じること は不可能だと言われますね。真宗でも同じように考えら れるかどうかということは、もう一つの私からの質問で す。私の感じているところを言いますと、法然上人に依 ると、念仏が何かということをあまり知らなくても、唱 えさえすれば救われるというような傾向ではないかと思 います。しかし蓮如上人の意見はやはり違うようです。 例えば、蓮如上人が御文の中で、 われらが往生すべき他力の信心のいわれをよくしら ずは、極楽には往生すべからざるなり。 ︵ ﹃ 御 文 ﹂ 二 帖 目 第 十 一 通 ︶ と、おっしゃっていることからもそのことが窺えます。 さて次の点ですが、キリスト教ではよく教化を二種類 に区別するわけです。キリスト教的言葉で言いますと、 ﹁司牧﹂と﹁宣教﹂ということになります。﹁司牧﹂と いうことはキリスト教徒に向かった教化であり、信仰生 活へのお世話だと言っていいと思います。他方、﹁宣教﹂ ということは、キリスト教以外の世界・社会へ向けた、
教 理 と 環 境 いわゆる未信者への宣告です。司牧は主として各教会、 ないし仏教であればお寺で行なわれるはずです。そして その責任者は教会の司祭であり、仏教であれば住職にな るでしょう。しかし宣教はいろんな方法で行われるはず です。その都度、マスメディア、学校などを通して宣教 が行われるのですが、原則として各信者は宣教の仕事に 参加しなければならないわけです。 次の点に移ります。理想的に言いますと、信徒の教化 は三つの段階で行われるはずです。第一段階として子ど もの時代があります。この段階ではもちろん家庭が果た す役割は非常に大切だと思います。両親の言葉よりも両 親の示す模範を見ることによって、子どもたちは宗教心 を自分の中に取り入れるはずだからです。二次的に言え ば、家庭の他に教会も役割をするわけです。具体的に言 いますと主に日曜学校がこれにあたります。ただし日曜 学校を行なうことは、日本では他の固と比べて非常に難 しいです。何故かと言いますと、日本という国では日曜 日でも学校においていろんな催しものがありまして、そ れで子どもたちは学校の方に行かなければなりません。 だから、日曜日に教会やお寺に来るのは非常に難しいと ころがあります。それからカトリックの学校も、このよ 9 うな子どもの教育、教化に協力するはずです。カトリッ ク教会が世界的にカトリック学校のことに力を入れてき た理由は、まず若者の教化のためです。他の理由もあり ますが、根本的なところでは若者の教化のためなのです。 そ れ か ら 第 一 一 段 階 と し て ﹁ 円 巾 巾
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官同﹂の時代の教化が あります。それは非常に大切なことですけれども、非常 に難しいことです。子を持つ親であればよくご存知だろ うと思います。どうして大切かと言いますと、この頃に 個人として信仰することになるはずだからです。家庭の 一 人 で あ る 子 ど も と し て 信 じ て い る 段 階 か ら 、 ﹁円巾自由哲このときにもう少し個人的に信じる様になる ということです。このことに関して、カトリック教会の 中に特別な﹁秘蹟﹂というものがあります。﹁堅信の秘 蹟﹂と言われるもので、大人の信仰になるしるしのこと です。その秘蹟に向けた準備の勉強もたいていの教会で 行 わ れ ま す 。 それから、第三として終生教化があります。それは主 に日曜礼拝のときの聖書朗読や説教がそういう教化にあ たります。その他、たいていの教会には何か特別なグ ループがあって、週に一回は聖書研究会や教理研究会な どがある場合が多いのです。10 教化について、少しだけ歴史的な話をしようかと思い ます。本を持って教化するということが今は当たり前で すけれども、印刷技術が発明される前には本がなかった のです。それで教会などではステンドガラスウインドな どの絵を使って説教をし、教化したわけですね。ただ、 私がここで指摘したいのは﹁ロ丘町与は B ﹂のことです。 ルターによる教会改革の頃に、
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度ヨーロッパではだい ぶ遅れて印刷技術が発明されました。そして、プロテス タントやカトリックはすぐにこれを利用して、問答形式 で教理の説明をするような教化の本を出しました。それ が ﹁ 口 三2
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印 B ﹂と言われたわけです。これはプロテス タント・カトリックの両方でそうなっています。そして 日本に来たイエズス会の人たち、つまりフランシスコ・ ザビエルの仲間たちも、いち早くそういう﹁口え2
古 田 昌 ﹂ の一つを和訳し、印刷したわけです。そして、それが有 名な日本語の﹁g
芯品目印日﹂になったのです。皆さんご 存じかどうか分かりませんが、その﹁門主巾品 25 ﹂の中 に蓮如上人の言葉遣いが多く使われているのです。例え ば﹁後生の一大事﹂という表現が、実はカトリックの すR
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﹂の中に出ているのです。 さて歴史の話はこれくらいにしまして、現代に一反って 教化の問題を考えるとき、宗教教育の問題との関係が出 てくるはずです。学校において宗教教育がないと、本当 に若者の教化ができるかどうか疑問です。オウム真理教 の事件などを見てみますと、日本の公立学校には宗教の 教育が全然ないせいか、今の若者は宗教とは何か、健全 な宗教とは何かということについて、全然わかっていな いように感じます。最近、﹁中外日報﹂を読みましたら、 全日仏の理事会は政府の方に運動をするつもりらしいで す。また、公立学校の中にも宗教の授業を入れるように 要求するようです。私は大いにこの動きを応援したいと 思 い ま す 。 そして、このような公立学校に宗教教育があってはな らないという考え方は、非常にアメリカ的な考え方です。 世俗化した現代は、宗教を公立学校では教えてはいけな いという結論を出したと言えるでしょう。ただヨーロッ パでは必ずしもそうでないのです。例えば私の出身国で あるベルギーは、公立学校の中にいわゆるニュートラル な﹁倫理﹂の時間がもうけられています。そして、五名 の両親が白分の子どもにある宗教を教えてもらいたいと いう風に要求すると、学校は適当な先生を探し、その授 業を設けなければなりません。その点ではすべての宗教が平等なのです。これまではどこの家庭もカトリックで したが、最近イスラムの人たちがたくさん入ってきてい ます。そうすると、イスラム教家庭の両親たちが五名の 賛同を募り、学校にイスラム教の授業を開講してもらい たいと要求したら、その学校は受け入れなければならな いのです。アメリカ的な考え方が、日本では唯一のもの だと考えられているようですけれども、決してそうでは ありませんね。他の方法、可能性も充分に考えられるの で す 。 結 び 教 理 と 環 境 もう時聞が大分過ぎましたから、最後の結びに移って いきたいと思います。最初に取り上げた宗教の危機とい う話題に一反り、そういう危機に直面して教学と教化がど うなるべきかという質問に短く触れましょう。宗教不在 の世界、社会の人たちが宗教とは何かという感覚を失な った時代において、教化は宗派の独特な教えよりも、宗 教とは何かという説明から始めなければならないのでは ないかと思われます。そして、言葉で説明するよりも、 現代人に本当の宗教を体験するチャンスを与えることが できれば、なお良いだろうと思います。 11 講演安肯の中にも少し書いておりますけれども、教団 の伝統的な教えと現代人との聞の溝を乗り越えるために、 我々教団人は何をすべきかという質問を出すつもりでし た 。 二 一 一 口 う ま で も あ り ま せ ん が 、 私 は 本 当 の 返 事 を そ の ま ま出すことはできません。その代わりに、問題に答える ための二つの側面を大胆に講演要旨に記したつもりです。 一つ、問題に対する返事は、教団の側、すなわち教学 者の机上の研究からよりも、現代人の側から山山るはすだ と思わざるを得ないということです。そして、これを可 能にさせる教団の態度が一つだけあると思います。それ は、教団が自分の生存や維持のことを忘れ、教団の伝統 的な教えの宣告も控えめにしながら、専ら現代人と現代 社会の本当のニ
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ズに答えようとする努力なのです。そ ういう没我的奉仕活動の中からこそ、現代人の本当の宗 教 的 ニ1
ズが次第に明らかになって、宗教からの供給と 現代人からの需要が再び近づいてくると期待したいと思 います。そしてもう一つ、この奉仕的活動を続けながら、 教団はその必要性がすでに明らかになった点において、 改革への努力を続けなければならないでしょう。しかし、 改革運動に何を期待したらいいかということについては、 おそらく問題があるでしょう。すなわち、改革運動によ12 って現代人一般、いわば大衆とのつながりの問題が解決 できると期待してはいけないと思います。 改革運動において次のことは非常に大切なことと思わ れます。これは少数の門徒や信徒を宗教の本当の本義に 導くということです。その問、大多数の人たちはどうな るかを考えると、教団を去っていくような気もします。 そして今、西洋のキリスト教においては、一般の人たち の教団離れが進行しているような感じがします。その人 たちは改革運動がもたらした変化の中に、その重荷にな った信仰を捨てるための都合のいい口実を見つけていま す 。 キリスト教に関して、カール・ラ
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ナ!という有名な 神学者が、五十年前くらいに警告したように、これから の西洋のキリスト教会は、すべての人を集める教会、 ﹁h
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−O B ﹂ と 一 一 一 日 わ れ た も の で は な く 、 む し ろ 大 衆 の中で所々に離散したような少数の信徒の集まり、つま り ﹁ ロ3
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島氏忌﹂になるでしょう。もちろんもう 一つの可能性があります。大衆の大部分が社会的習慣と なった、民間信仰的なところと混じり合ったような伝統 のうえにあぐらをかいて、形式的に教団の中に居残ると いうことです。これは日本の仏教のケ1
ス で し ょ う が 、 しかし、今の教団の動きについていけない信徒が、将来 いつか教団の本当の信徒の群に帰って来るという可能性 があるかどうかは、神様だけがご存知だと思います。た だし、確かなことが一つだけあるのではないでしょうか。 すなわち、そういう人たちが帰って来るきっかけは、底 辺の大衆から湧いてきた運動の結果でなければならない ということです。 以上で、この度の﹁教学と教化︵教理と環境︶﹂の話 しは、終わろうと思います。皆さんご清聴いただきまし て、どうもありがとうございました。 講演要旨I
.現代宗教の危機 その本質とは何か。 |カトリック教会の危機と真宗大谷派の危機一共通点 と相違点 この危機は改革運動によって克服できるものであろ 、 円 ノ ’ 骨 川 吋 大谷派における改革運動⋮同朋会運動 カトリック教会における改革運動一バチカン公会議 旬 。 ぇ ー 清 沢 満 之 の 状 況 と 日 UO 凹 ケ バ チ カ ン の 状 況 教 理 と 環 境
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. 教 学 ︹ 神 学 ︺ |キリスト教における神学の定義︵寸己2
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﹁使徒たちから伝わったメッセージの現 代化された︵R
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︶ 再 解 釈 ﹂ ︶ キリスト教学︹仏教学︺との違い ー教学の二重の源泉一−|︹聖伝に於ける︺聖書十環境 ︹ 時 代 の 思 想 と 文 化 ︺ 教 学 の 役 割 ︹ 課 題 ︺ ︿教理の時代︹時、機︺への適応︹﹁神学者の使命 は、教会の公共要理を説明・解釈し、教理が実際に 信 徒 の 頭 と 心 に 入 る よ う に ﹂ ︺ ︿ 絶 え ざ る 批 判 ︵ε
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印2 口 市 巾 ご えO
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︶ 教学の立場 ︿共同体の代表者︵﹁哲学と違って、神学は本質的 に共同︵g
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︶のものであり、キリストの神 秘体の知的機関である﹂、﹁神学または信仰の唯一の 妥 当 な 主 体 は 神 の 民 全 体 で あ る ﹂ ︶ ︿教会の教椎に対して一一種の自立を有する聖職 13 ︵ ︵ U 間 金 子 大 栄 の 宗 門 大 学 に 関 す る 発 ニ − 日 ︶l
教 学 の ﹁ 場 ﹂ ︿ ︷ へ 小 門 大 学 の 真 宗 学 科 だ け か ︿信仰生活の現場︵Q
開放の神学一﹁正義のため の戦いは神学的反省が発展する母胎となる﹂﹁現場 の な い 教 学 ’ 教 学 の な い 現 場 ﹂ ︶ ︿ ワO E
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− o当︵思想や想像力が 機 能 す る 神 学 ︶ ー教学の諸形態 ① 印 ロ ロ 立 民 主 ロ O 回 目g
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︹ 聖 典 に 対 す る 解 説 、 註 ︺ 真宗の教学は主にそれか 警戒一﹁その性質の上で、聖典釈というものは、人 を現在から過去へ、または、その中に聖典の丈章の ほかに大切なものが何も存在しないような、一種の 無 時 間 的 世 界 に 移 し が ち で あ る 。 ﹂ ② 岳 巾 目 白 片 片 手g
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︵ 一 ア l マ別の教学︶中世以 来、この形態において大いに哲学の智恵を借りてき た。諸テl
マ を 合 わ せ る と 、 山 吉 広 田 白H
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− c m 可 ︹ 組 織 神 学 ︺ に な る 。 ③ 巾 阿 古 巾 円F
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−o 当︹経験的神学︺一人生の経14 験の中に神的なものを把握する。例えば、 テ ィ ヌ ス の ﹁ 告 白 ﹄ 。 ﹃ 歎 異 抄 ﹄ は ? アウグス 田 . 教 化 |頭、心、身体に伝える ︿ 合 掌 、 念 仏 ︿ 十 字 架 の 印 、 祈 り
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キリスト教でされる区別一 ︿司牧一信徒の信仰生活の維持 ︿ 宣 教 一 世 界 へ の 宣 告 ー 教 化 の 段 階 一 ︿子供時代|家族は中心的初聖体への準備 ︿青年時代個人の自覚的信仰へ|堅信への準備 ︿ 終 生 教 化 一 聖 書 朗 読 、 説 教 |教化の歴史 ︿ 印 刷 技 術 以 前 一 口 伝 十 芸 術 ︿文章による教化一聖書、和讃、お丈 ︿ 口 忠2
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凶 H U ︹ 教 理 問 答 ︺ の こ と ー無宗教の時代における教化 ︿教化における人間像の大切さ ︿人生における宗教の意義から始めるか ー学校における宗教教育の必要性︵口町全日本仏教会 の ﹁ 教 育 基 本 法 改 正 へ の 展 望 ﹄ ︶ 救済に必要な知識があるか ー教学と教化とはどう関係しているのかw
.むすびのつもりで 問一教団の教えと現代人との聞の溝を突破するため に、われわれは何をすべきか 笈1
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.教団は没我的にもっぱら現代人のニl
ズ に 応えようとすべき 2 .改革・復興の運動は自覚的に少数の人を目 指すべき ︵ 南 山 大 学 名 誉 教 授 ︶講 J寅 真宗教学学会卜周年記念教学大会
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三 年 度教化のめざすもの
| | 信 心 の 共 同 体 の 現 前 を 求 め て | | 教化する親鷺聖人 教化のめざすもの 今回の大会のテ l マは、改めて申しあげるまでもなく、 ﹁教化と教学﹂であります。先ほどブラフト先生も指摘 なさいましたように、現代という状況の中で教化あるい は教学を考えていこうとするとき、現代の丈化に非常に 色濃くなった﹁世俗化﹂によってもたらされる、伝統的 な宗教の陥っている危機的状況が、まず注意されます。 このことを抜きにして、教化や教学といった主題につい て考えるわけにはいかないのです。しかしその点につき ましては、すでにブラフト先生も言及なさいましたので、 私はこの﹁教化と教学﹂という主題を、親驚聖人におい 15寺
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’ E E E , F てはどうであったかを中心にして、尋ねてまいりたいと 存 じ ま す 。 教化と教学についてのごく素朴な、あるいは基本的な 私の了解を最初に申しあげますと、教化というのは、真 宗を社会化する行為であると理解すべきだと考えます。 また同じように、教学とは真宗を思想化する行為である と、性格づけてよろしいかと思います。すぐ分かります ように、教化と教学は呼応し合っておりますけれども、 この二つを比べてみるときに、教化のもつ課題の方がよ り重い。つまり、教化のほうが教学よりも、その実行が 困難であると言わざるを得ないものが、感じられます。 教学については、真宗を思想化するということと申L
16 ましたが、それを聖人の言葉で言えば、﹁聞思﹂によっ て自覚化するということです。聞思というのは、開法に 始まり、開法に導かれる思索ということです。当然、教 学においては、教法がその思索の依り所となりますから、 教法が決定的に大切な意味をもちます。思索という点で は、思索に立つ諸学、例えば哲学等がありますが、哲学 などの場合は、開法が所依とする教法を持つわけではあ りません。その点で決定的な違いがありますけれども、 思索を尽くすという点では共通のものがありますから、 教学は思索に立つ諸思想との深い関わり、響き合いを持 っていることになります。その場合、開法に始まる思索 というときの思索については、仏教の歴史を形成してき た偉大なる祖師達の思索があります。その祖師達が仏道 を了解してきた思索の伝統がありますから、私たちはこ れに依り、これに教示を得ながら思索するということが 可能です。例えば龍樹により、世親により、曇驚によっ て、聞思という自己の課題の道標をいただいていくとい うことが、可能です。 ところが教化については、独特の困難さがあります。 このことについて、安田理深先生が指摘なさって、非常 に印象深くうかがった見解があります。﹁教化の小刀が教 学よりも困難であると思う。何故かと一言、っと、教化には 方法がないからだ。教学には、祖師の思索が方法となる けれども、教化においては、その時その時がすべてであ って、やり直しというわけにはいかない。だから非常に 厳しいものがあるのだけれども、もし教化にあえて方法 を求めるならば、それはただ一つ、親切心だけではなか ろうか。﹂こういうことを語られたことがありました。 大変意味深い先輩の見解である、こういう感銘を持って お り ま す 。 その教化と教学を親鷲聖人に尋ねていきますとき、 我々が宗祖と仰ぐ親驚聖人は、どういう人であったのか ということが、まず思われてくることであります。少し 堅い言葉ですけれども、聖人は﹁群萌を同朋として、共 に願生浄土の道を生きよう﹂と願った仏者であった、こ のように私は了解しているものであります。この﹁群 萌﹂は、親驚聖人に従って本願の仏道を尋ねていくとき に、人間を表す基本語と理解すべき言葉です。﹁群萌﹂、 群がり芽生えるもの。現代語で一百う雑草と、ほぼ同じ意 味であるかと考えます。つまり、この世の泥にまみれて 生きることを余儀なくされているもの、これを表わす睦雷 除 的 表 現 で す 。
教化のめざすもの その親驚聖人の中に、燃えるような情熱が動いていた ことが、まず思われてまいります。これをよく表してい るのが、﹁讃阿弥陀仏偶和讃﹄の最後に詠われている和 讃です。それはよくご存知のとおり、 仏慧功徳をほめしめて 十方の有縁にきかしめん 信心すでにえんひとは つねに仏恩報ずべし︵﹃真宗聖典﹂四八三頁︶ という和讃ですが、ここに表されている情熱ですね。と ころが聖人の﹃讃阿弥陀仏偶和讃﹄、つまり阿弥陀仏を 讃嘆する歌は、曇驚大師が阿弥陀仏を讃嘆なさった﹃讃 阿弥陀仏偶﹄に全面的に依り、多くはこれをほぼ直訳し て作られたものです。当然、今の和讃も同じように、閏雲 驚大師の備に依っております。それを読み下しますと、 われ仏慧功徳のみ︸︶えを讃ず 願わくは十方のもろもろの有縁に聞かしめて 安楽に往生を得んと欲わんもの 普くみな意のごとくにして障碍なからしめん ︵ ﹃ 真 宗 聖 教 全 書 一 ﹂ 二 一 六 五 頁 ・ 原 漢 文 ︶ という一言葉なのですね。これが直訳されて和讃が作られ ていることは、お聞きになってすぐお分かりと思います。 17 このような言葉で早く曇驚大師が表明なさり、またこれ に従って親驚聖人が表明なさったあの情熱的な意欲こそ が、いわゆる教化の志願と了解されるべきものでありま す 。 これはもちろん信心が促す行為でありますが、今の和 讃からすると、聖人の場合は仏恩に報ぜんため、つまり 如来大悲の思徳に応えていきたい、この願いに動機づけ られた行為であると、二応了解することができます。ま た曇驚大師の場合は、願生に内容を与えていく行為であ る、こういう文脈で語られているように思われてきます。 すぐ尋ねてまいりますが、この曇驚大師の、願生浄土に 内容を与える行為だという了解は、仏思に報ずるという ことをより積極的に内容づけるものでありまして、教化 を促す根本にある大切な志願として了解されていること が、うかがわれます。 その教化の志願を、身をもって生きていかれたのが、 親驚聖人における関東行化であったと考えることができ ましょう。四十過ぎから六十歳頃までの、二十年にわた る聖人の大変な努力です。大変な努力というのは、二十 年にわたる関東行化によって、何人の念仏者が生まれた のかは分かりませんが、﹃親驚聖人門侶交名帳﹄による
18 と、六十数名が数えられます。しかもここに見える門弟 達が、それぞれ弟子を持っておりますから、ある一群の 人々を率いている門侶の数が六十数名であり、全体を併 せると数千人にのぼるであろうと、史学専門の方は推測 なさっております。数千人はともかく、六十数名のしか るべき門侶というか帰依者が、聖人にはあったというこ と で あ り ま す 。 これだけの門侶を得ることが、どれ程の苦労であるか ということは、住職の経験を持った人であればすぐお分 かりのとおりです。私は住職になって、ちょうど二十四 年でありますが、一代住職を務めて、一体何人の念仏者 が生まれるであろうか。前途道遠しというのが、正直な 実感です。こういう非常に厳しい課題を、教化は背負い ます。だから名のある門侶が数十名にのぼるということ について、聖人の関東行化における大変な努力を思わな いわけにまいりません。しかもこれは、男の四十代から 五十代という壮年期の真っ只中でありますから、生命力 が横溢している中での努力であります。 したがって、私たちは親驚聖人にさまざまな面目をみ ることができますが、いま強く浮かんでくる聖人の姿と いうものは、﹁教化する親驚﹂です。﹃教行信証﹄以下の 著作を書いた﹁著作する親鷲﹂、思索する親驚、 大切な親驚聖人の一面でありますけれども、教化する親 鷲の苦労は、とても大きかったであろうということを、 乏しい住職の経験から改めて強く感ずることであります。 しかも、聖人は関東で行化を貫いていかれますが、関 東の地は宗教的に白紙の状態ではありません。そこには 常行三味堂もありますし、山伏弁円が思い出されるよう な、筑波山を中心とするやや呪術化した山の天台が、す でに教線をはって、二応宗教的には﹁間に合っておりま す﹂というような状況なのです。法然上人の感化を受け た念仏者が、鎌倉を中心として一人一人開拓的な教線を 張ってはおりましたが、親驚聖人はあえて辺境の地であ る常陸を教化の場として選び、そこで法然上人伝統の選 択本願念仏の信念、あるいは念仏往生の信念を語るとい う、文字どおり開拓的な教化をなさったに違いないので す。このことに思いをいたすとき、教化ということの厳 粛さが改めて思われるとともに、重複いたしますけれど も、この教化を聖人に促した情熱、つまり信心が促す情 熱の激しさが、思われることであります。 これも
真の仏弟子 教化のめさすもの このような教化を生む源泉にある、親驚聖人が獲得し た、﹁我が信念﹂という言葉で表されるような信心につ いて、それがどういうものであるかを、親驚聖人は周到 に明らかにしていかれます。﹁信巻﹂の論述を見ますと、 少なくとも二つの意味深い視点から、信心とはどういう ものであるかを、聖人は顕開なさっているという感銘が あります。第一は、信心が実現する人間像です。つまり、 信心を獲た人は、どういう人聞になっていくのかという ことです。第二は、信心が実現する生存というか、実存 についてです。つまり信心を獲た人は、どういう人生を 生きていくのであるかということです。信心を明らかに するいくつかの視点の中に、この二つの視点があること に注意したいのです。 第一の、信心が実現する人間像について、聖人はそれ を﹁真の仏弟子﹂として明らかにしていかれます。この ことについては、あれこれ申す必要はないかと存じます が、まず第一に聖人の名のりを思い起こすべきですね。 あの﹁愚禿釈の親驚﹂という名のりです。あの釈は﹁釈 子﹂、すなわち釈迦仏の弟子とされたものということで 19 聖人には、釈迦仏、つまり教主世尊の恩徳に対 よほど深い帰依尊崇の念があったことは言、つまで もありません。大体、親驚聖人間顕の真宗は、弥陀・釈 迦三尊の恩徳に立つ仏教、つまり二尊教であるのですが、 それがいつしか︵おそらく蓮如上人の頃、決定的になっ たかと思いますが︶釈尊の恩徳を語ることがだんだんな くなりまして、あたかも弥陀一仏への帰依を特徴とする 仏教という性格に、変わっていったかと思います。﹁一 向宗﹂という名が、それをよく表しています。しかしな がら聖人においては、弥陀如来・釈迦如来の恩徳に立つ 仏道、つまり二尊教という健康な性格が基本であります。 ですから当然、釈迦仏つまり教主世尊に対する深い帰依 を、親鷲聖人がはっきりと持たれていたことを、見落と すわけにはまいりません。 しかも、愚禿であるままに﹁釈子﹂とされた親鷲とい う、複雑な名のりであります。愚禿の身としては、仏弟 子と名のる資格を持っているというわけにはいかないが、 しかしながら資格のないままに、獲得した信心によって、 釈迦仏の弟子とされたのであるという深い感謝が、そこ に 動 い て お り ま す 。 伝統的には、釈尊の弟子として僧伽に加わることを認 すか ら 、 す る 、
20 められる資格は、戒を受けることですね。戒を受け、戒 を保つということにより、仏弟子として僧伽に加わる資 格を与えられる。これが釈尊在世の時からの伝統であり ますが、それに対して、戒ではなく信心によって人は仏 弟子とされるという、改革的な仏弟子の了解を早く確立 したのが、善導大師であります。善導大師は、﹁信巻﹂ に引かれておりますように、﹁唯信仏語﹂、ただ仏語を信 じるということによって、人は真の仏弟子とされるとい う、画期的な仏弟子の了解を切り開いた方であります。 しかも﹁真仏弟子﹂という言葉は、善導大師の言葉であ ることから考えても、親驚聖人は全面的に善導大師の仏 弟子観に依って、資格のないままに、しかも真の仏弟子 とされると了解されたのであります。それを安田理深先 生がやはり注意なさって、﹁真の仏弟子とされる光栄を たまわる﹂という言葉で述べておられました。名誉であ るという感銘が、そこにあったのでしょう。 また、﹁信巻﹂の真仏弟子釈をみますと、﹃大経﹄から、 法を聞きて能く忘れず、見て敬い得て大きに慶べば、 すなわち我が善き親友なり。このゆえに当に意を発 す べ し 。 ︵ ﹃ 真 示 聖 典 ﹄ 一 一 四 五 貞 ︶ という﹁東方偶﹂の言葉が引いてあります。釈尊から、 我が善き友よと褒められる。これが、身に余る光栄であ るという聖人の感銘を表している引丈だと思われます。 同様に﹁観無量寿経﹄からも、 もし念仏する者は、当に知るべし。この人はこれ人 中の分陀利華なり。︵﹃真宗聖典﹂一一四六頁︶ という言葉が合わせて引いてあります。このように、念 仏するものは我が善き友であり、白蓮華の如き尊貴なも のである、こういうような第一級の称賛の言葉が、今申 した文脈の中で引かれています。このような引丈をする 聖人の深い感銘も、真の仏弟子ということを聖人に従っ て考えるとき、忘れてはならないと思われることであり ま す 。 午前の研究発表の中でも、繰り返し問題にされており ましたように、親鷺聖人は真の仏弟子とされたものの生 き方を、幾つかの内容で示していかれますが、特に注意 すべきものとして、二つの事柄を挙げることができると 思います。その第一は﹁常行大悲﹂です。道締禅師の ﹃安楽集﹄に引かれた、﹁大悲経﹄の言葉です。内容は よくご存知のとおり二つありまして、﹁常行大悲﹂の第 一は、自分自身における不断の念仏相続です。第二は、 人生のあらゆる場面において、あい勧めて念仏を行ぜし
つまり共に念仏し、念仏の友を一人一人見出して いくということであります。この二つの内容で語られて いるものが、﹁常に大悲を行ずる﹂という言葉で示され る も の で す 。 いま一つは、﹁往生札讃﹄にある﹁自信教人信﹂とい う言葉が表わすものです。これも大変大切な言葉ですか ら、よくご存知のとおりです。 仏世はなはだ値い難し、入信慧あること難し。たま たま希有の法を聞くこと、これまた最も難しと為す。 ︵ ﹃ 真 宗 聖 典 ﹄ 二 四 七 貰 ︶ ここに示されるように、遇うことが容易ではない世尊の 教えに、私は確かに遇ったという感動を述べた後に、 自ら信じ人を教えて信ぜしむ、難きが中に転た更難 し。大悲、弘く普く化する、真に仏恩を報ずるに成 る 。 ︵ 右 同 ︶ め る 。 教化のめざすもの と、善導大師は続けて述べられます。 この﹁自信教人信﹂について、私たちは聖人に従って ﹁自ら信じ人を教えて信ぜしむ﹂と読むのが当然だと思 っておりますが、これについても強く印象に残っている 経験がございます。お亡くなりになりました藤島達朗先 生が、あるとき我々の集まりにお見えになり、その際に 21 私たちがこの一言葉を今のように読みましたところ、藤島 先生が﹁その読み方は違う﹂とおっしゃるのです。それ で私が、﹁違うとおっしゃられますが、私たちは親驚聖 人に従ってこう読んでおります o ﹂ と 言 い ま し た ら 、 ﹁ こ れは﹃自ら信じ人をして信ぜしむ﹄と読むのが、普通で す。﹁教﹂というのは使役の助動詞であって、教えると いう実の動詞ではありません。だから﹁自ら信じ人をし て信ぜしむ﹄と読むのが普通なのだが、親驚聖人は、 ﹁人を教えて信ぜしむ﹄と読まれたのですか。これは、 驚くべき教化の情熱ですね o ﹂こういう感想をおっしゃ いまして、やはりこの言葉が聖人独自の読み方であった のかということを、私は改めて知りまして、感銘を深く し た こ と で あ り ま す 。 このように、真の仏弟子の生き方を幾つかの視点から 示される中で、聖人が挙げておいでになる﹁常行大悲﹂ と﹁自信教人信﹂、この言葉が表す行為が、本日の課題 である﹁教化﹂という意味を持っている行為であります。 したがって、真の仏弟子は教化の志願に生きるものだと 了解されて、当然であります。 この﹁自信教入信﹂という言葉に、清沢満之先生は、 ﹁誠を尽す﹂という言葉を添えて、ご自身の了解を表明
22 されておりますが、これはお互いよく知っているとおり であります。﹁真宗大学開校の辞﹂の中で、 本願他力の宗義に基きまして、︵中略︶自信教入信 の誠を尽すべき人物を養成する。 と語られました。﹁自信教入信﹂でいいのですけれども、 ﹁自信教人信﹂の道を誠実に生きるという言葉を添えら れました。しかもその﹁自信教人信の誠を尽す﹂という のは、仏の命示であり如来の命令であるから、我々は至 誠心を尽して仏の命一不を領すべきである。こういうよう に先生は了解されたのですね。この清沢先生の表現を課 題として、我々は感じ、かっ考えるべきことがあります。 第一に思われることは、教化が信心に促されて行う行為 である限り、教化する人が全責任をもって果たしていく べき行為だと、覚悟しなければならない。これが非常に 大切ではないでしょうか。ためらってはいけない。安田 先生は﹁功罪ともに背負って、教化する。全責任をもっ て、法を語り伝えるという仕事を果たしていくべきなん だ﹂ということを、おっしゃっておりました。ここに安 田先生の清沢先生への、厳粛な師事が思われてくること で あ り ま す 。 正定緊のくらいに住する生 それから第二の点でありますが、信心が実現する生存、 もしくは実存については、﹃教行信証﹄の論述による限 り、一貫してはっきりしております。それは、正定衆に 住する生存でありまして、ほぼ例外なくこのことがしる されております。親驚聖人は﹁信巻﹂の最初で﹁大信心 はすなわちこれ﹂という言葉に続けて、一体本願の信と いうものは、どういう特質ないしは積極性を持っかを、 多くの視点からお書きになっておりますが、その中に ﹁証大浬繋の真因﹂という言葉があります。これは、信 心を得れば、大浬般市を証得する道に立つということです。 ﹁証大浬繋の真因﹂、これが非常に大切な、信心がもた らすものについての、聖人の基本的なご了解であります。 多くの場合、信心は往生を実現する真因と了解されるよ うです。もちろんそれも誤りではありませんけれども、 聖人がお書きになり、かつ述べておられますのは、往生 の真因というよりも、大出繋を証得する真因ということ であります。信心を得た人は、大般浬繋無上の大道に立 つ。聖人のこの信念に、私たちは十分に注意しなければ ならない、こういうことがしきりに思われることであり
ま す 。 教化のめさすもの また﹃教行信証﹄には、それぞれの巻頭に、﹁標挙﹂ と理解されている短い言葉が書き付けられております。 これは、その巻の主題を示すと理解される言葉ですね。 ﹁信巻﹂の標挙には、まず﹁至心信楽の願﹂という本願 が挙げられます。そして﹁正定緊の機﹂、つまり至心信 楽の願を根拠として実現する真実信心は、正定取水の機を 実現する自覚であるという見解が、ここに示されている のです。ですから﹁信巻﹂は、このことを推求していく ことをもって主題とする。こういう意味が標挙に表わさ れ て い る の で す 。 ちょうど今、大谷大学の講義でこのことを考えており ますので、本大会と講義とが混同するような感じがして おりますが、親鷲聖人は﹁往生﹂について、﹁教行信証﹄ で基本的な見解をはっきりと述べておられるのですけれ ども、晩年の聖人はこの往生を主題とする論文を、二つ お書きになりました。なかでも一番まとまったものが、 ﹁浄土三経往生文類﹄と題された論文であります。その 中で、親鷲聖人がそこに立ち、それを生き抜いていきた い、このような明確な姿勢を託していかれたのが、﹁難 思議往生﹂と呼ばれる往生であることが、はっきりと示 23 この難思議往生については、﹃大経﹂ がその宗致として実現する往生であるという意味で、 ﹁大経往生﹂という言葉でも語られます。この大経往生 ないし難思議往生とは、どういうものであるかというこ とを、﹃浄土三経往生文類﹄の最初の部分でお述べにな るのですが、その結びにこう述べられています。 如来の二種の回向によりて、真実の信楽をうる人は、 かならず正定緊のくらいに住するがゆえに、他力と も う す な り 。 さ れ て お り ま す 。 ︵ 中 略 ︶ これは﹃大無量寿経﹂の宗致としたまえり。これを 難 思 議 往 生 と も う す な り 。 ︵ ﹃ 真 宗 聖 典 ﹂ 四 七 一 頁 ︶ 如来の二種の回向によって、我々は真実の信心を獲得す る。その真実の信心が実現するものは、現生に正定緊の くらいに住する生存であるということです。同じ趣意は、 ﹃ 正 像 末 和 讃 ﹂ に も 詠 わ れ て お り ま す 。 無始流転の苦をすてて 無上浬繋を期すること 知来二種の回向の 恩徳まことに謝しがたし︵﹃真宗聖典﹄五 O 四 頁 ︶ 信心の獲得は、如来二種の回向の恩徳のたまものであり、
24 そのようにして獲得された信心が実現する生存は、現生 に正定棄のくらいに住して、無上浬繋の証得に向かって 生きられていく生存である。これが親驚聖人の根本的な 信 念 で す ね 。 それを主題的に述べたものが﹁証巻﹂でありますが、 よくご存知のとおり、﹁証巻﹂の標挙においても最初に 本願があげられます。そして﹁必至滅度の願難思議往 生﹂と述べておられます。この﹁難思議往生﹂というの は、いま申しておりますように、真実信心によって実現 する正定緊の機に生きられるものです。その難思議往生 を、どういうものとして聖人は述べておいででしょうか。 ﹁証巻﹂は真実証を述べる巻かと思いますが、﹁証巻﹂ の論述を見ますと、標挙が示しているように、難思議往 生を主題となさっているのです。 一応﹁顕浄土真実証文類﹂でありますから、浄士真実 の証とは何かということが主題です。そうすると仏道で ある限り、真実証と言えば、無上浬繋の極果であり、究 極的な無上浬繋の証りであることは当然であります。 ﹁利他円満の妙位、知県上浬般市の極果なりにと述べられ るとおりです。ただし聖人は、その真実証を到達点にお いて語り表すだけでは、音字︸尽くさない。むしろ、究極 的な無上浬般市の証得に向かって生きられていく道程もま た、真実証の具体相と承知すべきである。このように聖 人は、真実の証を非常に柔軟にご了解になったと思われ ま す 。 その真実の証、無上浬繋の証得に向かって生きられて い く 人 生 の 歩 み を 、 ﹁ 証 巻 ﹂ の 回 目 頭 に 述 べ て お ら れ ま す 。 これが非常に大切な内容をもっております。 煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群+明、往相回向の心行 を獲れば、即の時に大乗正定緊の数に入るなり。正 定緊に住するがゆえに、必ず滅度に至る。必ず滅度 に 至 る は : ・ ︵ ﹃ 真 宗 聖 典 ﹂ 二 八 O 頁 ︶ と述べ、その後は減度、つまり浬繋のさとりの転釈が続 きます。こういうものが真実の証りの具体相であるとい う了解に立って、聖人が相当の力を込めて語られた文章 であるに違いない、こういう感銘を受ける論述です。 ﹁往相回向の心行﹂というのは、如来の往相回向の思 徳を衆生の上に実現する法である真実の行信、あるいは 真実の信心ですから、これを獲得することによって、煩 悩にまみれて生きるほかはない我らは、しかしながら即 時に大乗正定衆の数に加えられていくのである。正定緊 に住する身を得、その賜物として、煩悩を旦ハ足しながら
教化のめざすもの 無上大浬繋に至る道に立つのである、こう述べておられ るのです。煩悩を具足しながら無上大浬般市に至る。これ こそ聖人が会得された浬般市道ですね。そして私たちはこ れを感銘深く読むのみならず、浄土真宗、つまり本願の 仏道とはどういう自覚道であるかを述べた丈章としても、 いただくわけです。だからこれがそのまま真宗の大綱を 述べる論述となっています。繰り返すようでありますけ れども、このことを充分に留意したいのです。 本願の仏道に立つものはどういう人間であるかと言え ば、﹁煩悩成就の凡夫、生死罪濁の群萌﹂として生きる ほかはない我らである。本願の信を得たならば、煩悩に まみれ罪にまみれて生きる、これが私であるかと頭が下 がっているのです。しかもそこに、このような煩悩具足 の凡夫の現実を、全面的に肯定するという大道が聞かれ るのです。少々努力して締麗になるというようなことは、 夢のまた夢であり、また何の意味もない。そうではなく て、これでいいのだという大らかな信念を持ちながら、 その我らが真実信心を獲得することにより、その恩恵と して即時に現生に正定来のくらいに住するものとされる。 あまつさえ、煩悩を具足しながら無上大浬繋に至る自覚 道に立って、一日一日を誠実に生きていくのである。こ 25 れが本願の仏道であり、真宗の大切な内容であるとおっ しゃっているのです。 二種田向の思徳によって真実の信心を獲得し、その真 実の信心が如来回向の信心であるからこそ、そこに回施 される真実功徳によって、信心を得たものは自然に、そ して即時に、正定緊のくらいに住するものとなり、浬繋 無上道に立って生きるものとなっていく。これが真宗で あるというのが、大体﹃教行信証﹄を一貫している主張 なのです。私は驚くのですけれども、直接に往生を語ら れることは、ほとんどないと言っていい程なのです。と ころが、先ほどの﹁浄土三経往生文類﹄を見ますと、主口 導大師のお言葉を借りて﹁これを難思議往生ともうすな り﹂とおっしゃるのですが、その難思議往生と聖人がお っしゃるのは、今の﹁証巻﹂で述べられている内容を持 った自覚道を指すのです。 親驚聖人は、法然上人の教えに遇い、﹁念仏もうさん とおもいたつこころ﹂が起こるという、感謝して余りあ る大切な体験を得られました。この体験を得ることによ って、聖人は仏道に心聞かれたという感動をお持ちにな りました。ただ多くの場合、﹁念仏もうさんとおもいた っこころ﹂がおこるという体験を持ったとき、つまり真
26 実の信心を得たとき、その念仏によって往生を遂げるの だと了解してきたわけです。法然上人もそうだつたと思 い ま す 。 しかしながら親鷲聖人は、念仏の身となるという体験 として、真実の信心を獲得なさるのですが、そこにたま わり恵まれるものは、正定緊の身となるという事実であ ると、自覚していかれます。﹁ただ念仏のみぞまことに ておわします﹂とあるように、名号は如来の無上浬繋の 功徳を回施する法であるから、名号に帰し念仏の身とな った人は、本願によって、無上浬般市の真実功徳が自然に 回施されるのです。だから念仏の身となった人は、団施 された真実功徳によって、自然に生死に流転する生存を 翻し、正定緊の身となって、浬般市道に立つこととなるの だ。こういうものが、あの﹁自然法爾﹂という思想であ ります。だから親驚聖人は、﹁あるがまま﹂というよう な事を言っているわけではありません。念仏の身となっ た人は、自然法爾に無上仏道に立つというのが、﹁獲得 名号自然法爾の御書﹂と伝えられている、顕智の聞書に ボされた親鷲聖人のお考えなのです。このように単純に 往生を語るのではなく、念仏する身となった者は、煩悩 具足の身のままに、住正定索、必至滅皮する生存を賜わ るのであり、その生存に聞かれる自覚道を、難思議往生 と呼ぶのである。これが親驚聖人の往生理解です。 四 難思議往生 ﹁ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし﹂と いう一言葉は、法然上人が語られた言葉なのか、親鷲聖人 の聴聞が聞きとめられた言葉なのか、どちらとも分かり ません。法然上人であれば、﹁弥陀にたすけられまいら すべし﹂、という言い方はなさったでしょうか。だから、 親驚聖人が法然上人の仰せを、こういう趣旨の仰せだと 聞き取られた、それを述べた言葉かもしれません。どち らか判然としませんが、この仰せに育てられて、﹁念仏 もうさんとおもいたっこころ﹂が起こり、広大無碍の仏 法の世界、広大無辺の光の世界に蘇った、つまり仏道に 心開かれ如来に目覚めたという、喜びに満ちた体験を得 られたのであろうかと思います。これはもちろん、本願 成就の文にある﹁信心歓車この体験ですから、大きな喜 びだと思いますが、流転のつらさに苦しんだ聖人の実感 から言えば、親驚聖人はあの体験を持ったときに、とて も嬉しかったのではないでしょうか。私は、嬉しいとい う言葉の方が近いと思います。嬉しい、そういう感動を