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修士論文・博士論文一覧|九州大学 大学院人間環境学府

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日系ブラジル人児童生徒の帰国後の適応過程に関する一考察

―パラナ州北部の農村部に着目して-

キーワード:日系ブラジル人、トランスナショナル、帰国児童生徒、適応過程、適応過程の類型

教育システム専攻

中島 里美

論文構成

序章 先行研究の検討と研究課題

第1章 ブラジルの海外への出稼ぎと教育

第1節 ブラジルの概況

第2節 海外への出稼ぎ

第3節 ブラジルの教育

第2章 日系ブラジル人

第1節 日系ブラジル人の変遷

第2節 日本への出稼ぎ

第3節 出稼ぎに伴う子ども達の教育環境の変化

第4節 帰国後の日系ブラジル人児童生徒の現状

第5節 帰国後の日系ブラジル人児童生徒の課題

第3章 帰国児童生徒の異文化における適応過程

第1節 帰国児童生徒の定義

第2節 適応過程の定義

第3節 異文化における適応段階

第4節 異文化における適応過程に影響を与える要因

第5節 本研究における理論的枠組み

第4章 現地調査法と調査枠組み

第1節 調査目的

第2節 調査対象の設定

第3節 調査方法

第4節 本研究の分析方法

第5章 農村部における日系ブラジル人の適応過程要因

と適応段階

第1節 適応過程における要因

第2節 適応段階

第6章 農村部における日系ブラジル人児童生徒の適応

過程の類型と特徴

第1節 適応過程の類型とその特徴

第2節 考察

第3節 まとめ

終章 本研究の成果と課題

序章

1990年の入管法の改正により、日系人を対象に就労

を規制しない在留資格が創設、日系ブラジル人が急増

した。2007 年末の外国人登録者数は 31 万人(法務省

2011)だったが、2008年秋の世界的経済不況により、

日系ブラジル人の3分の1が帰国を余儀なくされた

1

日本で就学していた子どもたちの教育環境及び、社会

関係が突然、切断されたことになる(山之内 2014)。

ブラジル帰国後、日系ブラジル人児童生徒達は、現地

の学校への適応段階で様々な問題に直面している。異

なる国や学校システム間での移動は、言語やアイデン

ティティ、ハビトゥス間の葛藤を伴うものであり、と

りわけ、家族の経済状況や離婚・再婚などの生活上の

変 化 を 受 け て の 学 校 の ス イ ッ チ ン グ は 子 ど も た ち に

とって複雑な問題となる(山本 2013)。

帰 国 後 の 日 系 ブ ラ ジ ル 人 児 童 生 徒 を 対 象 に し た 先

行研究レビューから、①帰国直後の問題の指摘や実態

報告に留まっていること、②対象地域が都市部に偏っ

ており、支援の手が届きにくい農村部の子ども達につ

いては数が少ないこと、③対象者が 2008 年以降、帰

国 を 余 儀 な く さ れ た 子 ど も を 十 分 に 取 り 上 げ ら れ て

いないことが明らかになった。本研究では 2008 年以

降、日本から帰国を余儀なくされたブラジル農村部に

暮らす帰国当時、日本の教育課程で学んでいた日系ブ

ラ ジ ル 人 児 童 生 徒 の ブ ラ ジ ル 帰 国 後 の 適 応 過 程 を 明

らかにすることを研究課題に設定した。

1章 ブラジルの海外への出稼ぎと教育

1970 年代後半以降には激しいインフレーションに

見舞われ、1980年代世界有数の借金大国になったブラ

1法務省入国管理局統計(2011)によれば、ブラジル籍の数は2008年末

309,448人、2009年末 264,649人、2010年末 228,702人、2011年末 209,265、2012年末190,609人、2013年末 181,317となっている。

教育システム専攻

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2

ジル経済は破綻し、産業のない農村部から外国への出

稼ぎ労働者が急増した。ブラジル連邦議会の移民調査

委員会最終報告(2006)によれば、国外へ移住したブラ

ジル人は、アメリカ合衆国約 80 万人、パラグアイ約

44万人、日本約22万人となっており、総数188万7895

人である

2

。2008年秋の世界的経済危機により、移住

先から多くのブラジル人が帰国し、ポルトガル語力の

問題から、支援を必要とする外国帰りの子ども達の受

け入れは、教育を受けられなかった成人を対象とした

補習課程(O Ensino supletivo)の枠組みで行われてい

る。ブラジルが移民国家であること、成人の非識字率

の 高 さ や 中 退 率 の 高 さ と い っ た ブ ラ ジ ル の 従 来 か ら

の教育問題の背景から、教育的マイノリティと言える

人 々 の セ ー フ テ ィ ネ ッ ト 的 役 割 を 果 た す 補 習 課 程 が

存在し、その枠組みで、外国人の子ども達や帰国子女

の受け入れも行われている。

2章 日系ブラジル人

日本からブラジルへの移民は 1908 年に遡り、2015

年の日系人人口は推定190 万人(在ブラジル日本国大

使館)と言われ、世界最大の日系人コミュニティとな

っている。サンパウロ人文科学研究所(1988)によると、

日 系 人 口 の 79.4% は 東 南 部 に 集 中 し 、 日 系 人 口 の

72.23%がサンパウロ州、11.69%がパラナ州に集中し

ている

3

。1990年代、入管法の改正より、日本への出

稼ぎ労働者が急増した。文部科学省(2007)によれば、

学齢期のブラジル人の子どもの6割が日本の公立学校

に通い、日系ブラジル人集住地域の静岡県浜松市と愛

知県豊橋市では、公立学校に通っている子どもの約4

割が日本生まれである。2008年の経済危機でブラジル

に 帰 国 を 余 儀 な く さ れ た 児 童 生 徒 は ポ ル ト ガ ル 語 が

十分にできずに、対人関係やブラジル社会編入に困難

がある。なぜなら幼少時に日本へ行き、長期間を日本

で暮らした子どもたちにとって、ブラジルは異文化と

なるからである。子どもが家庭や地域社会で身に着け

た 学 校 文 化 と 相 違 す る 事 は 学 習 困 難 を も た ら す 要 因

の一つであり、文化的な要因によって教育達成上困難

2 Relatorio Final da Comissição Parlamentar Mista de Inqurrito da

Emigração (2006)

3 サンパウロ人文科学研究所Cetro de estudos Nipo-Brasileiros

http://www.cenb.org.br/articles/display/312(2016/06/08アクセス)

な 状 況 に 置 か れ て い る マ イ ノ リ テ ィ の 子 ど も は 教 育

マイノリティと呼ばれ、「本人の本源的な能力、知能

の問題ではなく、異なる文化環境下に言語的・知的形

成を遂げてきたがために、今・ここに与えられている

別 種 の 文 化 的 要 求 に 応 え る こ と が 困 難 な 者 」( 宮 島

2003)である。

3章 帰国児童生徒の異文化における適応過程

新しい社会に適応しようとする際に避けては通る

ことのできない最初のステップが言語であり、新たな

環境における生活習慣を習得するか否かで、適応過程

も異なってくる。新しい言語と生活習慣を習得するプ

ロセスが文化変容であり、それが移住先への適応の第

一歩となり、この状況が子ども達の適応過程に重大な

影響をもたらす(Portes&Rumbaut 2001)。異文化にお ける適応過程に影響を与える要因として移動のアク

ターである(1)親の人的資本があり、①学歴、②職

業、③経済状況、④言語能力、⑤子への助言・指導か

らなる(Portes&Rumbaut 2001)。親の学歴が高ければ、 より賃金の高い職業に就くことができ、経済的にも安

定する。経済的に安定すれば、子どもに新しい言語を

習得させるために学校外教育を受けさせることがで

きる。また、親の言語能力が母国と移住先の言語の両

方が話せた場合、親の権威が維持され、親自身が自ら、

⑤子への助言・指導することも可能となる。そうすれ

ば、子ども達は新しい言語と生活習慣を身に着ける事

ができる。2つ目の要因は(2)家族構成で家族構成と

は①同居家族している家族の事を指す。新しい環境で、

同居している両親、年上の兄弟、祖父母の存在は成長

期にある子ども達の言語習得や生活習慣の習得を動

機づけ、インナーシティの脅威から子どもを統制し、

中退や留年を防ぐ機能を持っている。反対に、片親だ

ったり、家庭が崩壊している場合には、子ども達を動

機づけたり、統制したりできない(Portes&Rumbaut

2001)。また、家庭での言語指導や生活習慣と言った

②家庭文化も、子ども達の言語習得や生活習慣の習得

に影響を与える。そして、子ども達が学校生活の中で、

何かしら困った際に、家族からの③サポート体制があ

るか否かも子ども達の新しい言語習得や生活習慣の

(3)

3 A.言語習得

①生活言語

②学習言語

B.生活習慣の習得

①移住先の生活習慣

適応過程をめぐる理論から筆者作成

3つ目の要因は(3)社会関係資本で、①エスニックコミ

ュニティとの関わり、②現地人との関わり、③サポー

ト体制からなる。①エスニックコミュニティとの関わ

りがあれば、子ども達は出身国の言語及び生活習慣も

習得することができ、親の権威や出身国の規範も維持

される(Portes&Rumbaut 2001)。現地人との関わりが あれば、現地語の習得及び生活習慣の習得も進み、現

地社会への適応が促進される。そして、新しい環境下

において、親や家族に何か問題が発生した場合でも、

何らかのサポートがあれば、子ども達が中退や退学等

から免れ、現地への適応も促がされる。

4章 現地調査法と調査枠組み

現 地 調 査 は ブ ラ ジ ル パ ラ ナ 州 北 部 の 農 村 部 に 暮 ら

す日系ブラジル人児童生徒8名を対象(表1)に実施

した。本研究ではインタビューを調査ツールとして定

め、ライフヒストリーインタビューを実施した。加え

て、明らかにした調査項目は(1)適応過程に影響を与

える要因から①親の人的資本(学歴、職業、経済状況、

言語能力、子へ助言・指導)、②家族構成(同居家族、

家庭文化、サポート体制)③社会関係資本(①エスニ

ックコミュニティとの関わり、②現地人との関わり、

③サポート体制)の3分野から12指標、(2)適応段階

から①言語習得(生活言語、学習言語)、②生活習慣

の習得)から2分野3指標である。本研究では、ライ

フ ヒ ス ト リ ー デ ー タ の 内 容 か ら 関 連 す る も の を つ な

ぎ合わせて整理し、一連の適応過程を統合し、そこ

から適応過程の析出を試みた。そして、類型毎に特徴

的なライフヒストリーを提示し、適応過程に影響を与

える3要因、12項目の回答結果から、それぞれの適応

結果を分析した。

表1 対象者の属性

性別 出生地 年齢 帰国時年齢(帰国年)

① 男 ブラジル 17 13(2012)

② 女 日本 23 18(2011)

③ 男 日本 16 10(2009)

④ 女 ブラジル 21 14(2009)

⑤ 女 日本 13 10(2013)

⑥ 女 日本 16 10(2009)

⑦ 男 日本 15 13(2013)

⑧ 女 日本 20 18(2015)

5章 農村部における日系ブラジル人児童生徒の適応

過程要因と適応段階

本章では、前章で策定した調査枠組みで行ったイン

タビュー結果を報告した。

6章 農村部における日系ブラジル人児童生徒の適応

過程の類型と特徴

前章で得た適応段階(①ポルトガル語の習得状況及

び②ブラジルの生活習慣の習得状況)の結果から、ブ

ラ ジ ル 農 村 部 に お け る 日 系 ブ ラ ジ ル 人 児 童 生 徒 の 帰

国後の適応過程の特徴について、適応過程パターンを

類型化したところ、「上昇型」、「逃避型」、「下降型」 文化変容の型

(1)親の人的資本

①学歴

②職業

③経済状況

④言語能力

⑤子への助言・指導

(2)家族構成

①同居家族

②家族文化

(使用言語、生活習慣)

③サポート体制

図1 帰国児童生徒の異文化適応過程

(3)社会関係資本

①エスニックコミュニ

ティとの関わり

②現地人との関わり

③友人関係

(4)

4

の3つの類型が析出された。加えて、3つの類型間の

違いとして、突然の帰国を本人がどのように意味づけ

るかという点で違いが生じ、その違いが帰国後の行動

の違いとなって現れ、適応過程に違いが見られた。前

者の場合、ポルトガル語を習得し、ブラジルの生活に

も慣れ、大学進学をめざし、高い教育達成を果たし、

後者の場合、帰国後のブラジルでの生活の場の設定が

できず、将来像を思い描くこと自体が困難な傾向が見

られた。以下、適応過程の類型の特徴である。

「A.上昇型適応過程」:生活言語レベル及び学習言語

レベルでポルトガル語を習得し、且つ現地の生活にも

慣れて、ブラジルでの将来を思い描き、州立大学進学

など、目標に向かって、日本滞在時よりも高い教育達

しを果たし、上昇移動している適応過程。

「B.逃避型適応過程」:ポルトガル語を生活レベル、

学習言語レベルでもある程度身に着けているものの、

ブラジルの生活に慣れず、日本に戻りたいと思い続け、

ブラジルの生活から現実逃避している適応過程。

「C.下降型適応過程」:言語習得においては生活言語

レベルは身に着けたものの、学習言語レベルではいま

だ問題があり、現地の生活にも慣れておらず、生活の

足場はブラジルなのか、日本なのか定まっていない。

日本滞在時に比べて、下降移動している適応過程。

次に、それぞれの適応過程要因結果から、それぞれ

の要因と適応過程について、以下のように考察した。

①親の人的資本では、どの事例においても、親の学歴、

職業、経済状況には差はなく、「上昇適応過程」のよ

うに、「子への助言・指導」があった場合には、子ど

もにブラジルへの帰国を意味づけるきっかけとなり、

ブラジルでの将来目標も定め、ブラジルへの適応過程

を促進させる事が示唆された。②家族構成では、同居

家族が増えた場合には家族のサポート体制があり、現

地への適応過程をスムーズにし、反対に同居が減った

場合には、家族のサポート体制が維持できず、ブラジ

ル へ の 適 応 に マ イ ナ ス に 影 響 を 与 え て い る 事 が 示 唆

された。特に、日本で同居していた家族や親戚が日本

にいる場合には、「逃避型適応過程」のように、ブラ

ジル帰国後も、日本へ戻ることが、ある程度想像でき

易く、「日本に戻りたい」という思いを持ち続ける事

から、ブラジルへの適応過程が進まない事が推察でき

る。③社会関係資本では、「日系人コミュニティとの

関わり」があるかないかで、サポート体制を得られる

か否かも決まるが、同様に「現地人との関わり」があ

った方が、より多くのサポート体制を得ていることも

示唆された。その場合には、言語習得が影響しており、

ポルトガル語をある程度習得していれば、ブラジル人

との関係もよくあり、「下降型適応過程」のように、

ポルトガル語の習得にいまだ問題がある場合には、ブ

ラジル人との関わりも限定され、得られるサポート体

制も減ってしまう事が推察される。

終章 本研究の成果と課題

これまで、ブラジル帰国後の(再)適応がきわめて困

難な事例に焦点が当てられ、国境を越える移動の問題

点が多く指摘されてきたが、現地での新しい生活の中

で、困難は経験しながらも、何とか自らの進路を切り

開いて行っている事例が明らかになった。ただし、本

研究では資料収集及び分析など、総合的な研究能力の

限界で、対象人数が限られてしまい、代表性の問題等、

多くの課題が残った。今後は親世代をも対象にすると

ともに、質的調査とも組み合わせ、体系的に帰国した

日 系 ブ ラ ジ ル 人 児 童 生 徒 の 適 応 過 程 の 側 面 を 明 ら か

にすることが今後の課題である。

主要引用・参考文献

志水宏吉・山本バーベリアン・鍛冶致・ハヤシザキカ

ズヒコ『往還する人々の教育戦略』明石書店(2013)

宮島喬・加納弘勝『変容する日本社会と文化』東京大

学出版会(2002)

山ノ内裕子「トランスナショナルな「居場所」におけ

る 文 化 と ア イ デ ン テ ィ テ ィ 日 系 ブ ラ ジ ル 人 の 事 例 か

らー」『異文化間教育』(40) 34-52頁 (2014)

Alejandro Portes and Ruben G. Rumbaut ”Legacies, The story of the immigrant Second Generation Legacies” University of California Press Russel Sage Foundation (2001)

参照

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