ボロン鋳鉄と
CrN の組合せでの摩擦摩耗特性に及ぼす添加剤の相乗効果
佐藤
元
1,本田
知己
2*,葛西
杜継
3Synergistic Effect of Additives on Friction and Wear Properties in Combination of
Boron Cast Iron and CrN Coating
Gen SATO1, Tomomi HONDA2* and Moritsugu KASAI3
Zinc dialkyldithiophosphate (ZnDTP) has been the most widely used as lubricant additives in the engine, but ZnDTP can easily cause sludge and catalyst poisoning. Therefore the development of alternative additives has been proceeded. Molybdenum dithiocarbamate (MoDTC) as a friction modifier is incorporated into low-viscosity engine oils and forms tribofilm containing
molybdenum disulfide (MoS2). However, the synergistic effects of ZnDTP and MoDTC have not been much clarified, and it is
in the research phase. In this study, friction and wear properties of the boron cast iron and CrN (chromium nitride) used for piston sliding parts are investigated by using a block-on-ring type sliding tester in lubricating oils with ZnDTP, MoDTC and anti-wear agents containing sulfur. As a result, the friction coefficient of MoDTC and ZnDTP with primary alkyl containing lubricant was higher than that of MoDTC containing lubricant. And, the friction coefficient of MoDTC and ZnDTP with secondary alkyl containing lubricant was lower than that of MoDTC containing lubricant. The friction coefficient of the lubricant with MoDTC and anti-wear agents containing sulfur was lower than that of MoDTC containing lubricant. Synergistic effects of additives were investigated with the X-ray Photoelectron Spectroscopy (XPS) analysis.
Key Words : boron cast iron, CrN, ZnDTP, MoDTC, tribofilm, synergistic effects, XPS
1.緒 言
近年,地球環境保護のためにCO2排出量削減と 省資源化が必要とされている.その一方策として, 自動車には排出ガスの低減や燃費向上が求められ ており,内燃機関の更なる研究・改良が重要とさ れている.HOLMBERGらは自動車利用の摩擦損失に よる燃料消費割合について報告した 1).燃焼エネ ルギーの33%はエンジン,変速機,タイヤ,ブレ ーキでの摩擦抵抗に打ち勝つために使われている. また,摩擦損失を細分化した結果,ピストン周辺 が45%,ベアリングやシールが 30%,カムやバル ブが15%,ポンプや油圧粘性が 10%を占めている. このことから,ピストン周辺の摩擦損失を低減す ることが,自動車の低燃費化に極めて有効である と言える.ピストン周辺の摩擦低減に有効な手段 として,しゅう動部の表面設計とエンジンオイル に配合する潤滑油添加剤がある.エンジンブロッ ク材料には従来,鋳鉄が用いられてきたが,軽量 化および冷却性能向上を目的としてアルミニウム 合金の使用が増加している.軟質なアルミニウム ブロックは鋳鉄ブロックと比較して,ピストンリ ングとのしゅう動において十分な耐摩耗性が得ら れにくいことから,鋳鉄製シリンダライナが使用 されており,最近ではボロン鋳鉄の使用も増えて いる.ボロン鋳鉄は焼入れ性の向上を目的として 学術論文 “トライボロジスト” 原稿受付 2017 年 1 月 20 日 掲載決定 2017 年 6 月 8 日 J-STAGE 早期公開日 2017 年 6 月 30 日 1 福井大学 大学院生(〒910-8507 福井県福井市文京 3 丁目 9-1)Student, Graduate School, University of Fukui (9-1, Bunkyo 3-chome, Fukui-shi, Fukui 910-8507) 2 福井大学 大学院工学研究科(同上)
Graduate School of Engineering, University of Fukui (ditto)
3 出光興産(株) 営業研究所 内燃機油グループ(〒299-0107 千葉県市原市姉ヶ崎海岸 24-4)
Engine Oil Section, Lubricants Research Laboratory, Idemitsu Kosan Co., Ltd. (24-4, Anegasakikaigan, Ichihara-shi, Chiba 299-0107)
ホウ素が添加された鋳鉄である.一方,ピストン リングには,CrN コーティングが用いられるよう になってきた.CrN は耐摩耗性,耐焼付き性,低 相手材攻撃性に優れていることから,窒化処理や Cr めっきの代替としてピストンリングに適用さ れている.また,しゅう動部分の流体抵抗低減の ため,エンジンオイルの低粘度化が進められてい るが,その背反事象として高面圧下でしゅう動す る際に,境界潤滑の割合が増加することによる摩 擦増加や焼付きの恐れが懸念されている.これに 対し,添加剤の観点から,低せん断抵抗を示すト ライボフィルムの形成を目的として,ジアルキル ジチオリン酸亜鉛(ZnDTP:Zinc dialkyldithiophos- phate)やジアルキルジチオカルバミン酸モリブデ ン(MoDTC:Molybdenum dithiocarbamate)が耐摩 耗剤,摩擦調整剤としてエンジンオイルに配合さ れている.ZnDTP は多機能添加剤として長年使用 されてきたが,スラッジ生成や触媒被毒などの原 因になることから代替添加剤の開発・実用化が求 められている2).MoDTC は摩擦面に二硫化モリブ デン(MoS2)を生成し,摩擦低減効果を発揮する ことが知られている.また,ZnDTP と MoDTC の 併用による,相乗効果が報告されており,鉄系材 料を用いた際にはZnDTP が MoDTC の吸着を手助 けすることで,摩擦係数がMoDTC 単体のみの場 合に比べて低く推移することが報告されている 3,4).しかしながら,CrN のように表面処理された 材料に対する,MoDTC と ZnDTP および ZnDTP 代替添加剤との相乗効果に関する研究報告は少な い. 本研究では,MoDTC,2 種類の ZnDTP および ZnDTP 代替添加剤である硫黄系耐摩耗剤をそれ ぞれ添加した潤滑油中にて,ボロン鋳鉄とCrN の 組合せによる摩擦摩耗試験を行い,各種添加剤が 摩擦摩耗特性に及ぼす相乗効果について,X 線光 電 子 分 光 分 析 装 置 (XPS : X-ray Photoelectron Spectroscopy)によるトライボフィルムの化学結合 状態解析をもとに考察した.
2.供試材料および試験装置
2.1 供試材料 ブロック試験片にはボロン鋳鉄を,リング試験片には鏡面研磨されたNi-Mo 鋼(AISI 4620 Steel) を 基 材 と し て ア ー ク イ オ ン プ レ ー テ ィ ン グ (AIP:Arc Ion Plating)法により成膜された CrN を用いた.ボロン鋳鉄はシリンダライナに,CrN はピストンリングに適用されている.Table 1 に試 験片の機械的特性を示す. 基油にはグループⅡの高水素化精製パラフィン 系 鉱油 を用い た.基 油の 動粘 度は 80℃で 3.23 mm2/s,粘度指数は 82 である.基油のみと MoDTC, 2 種類の ZnDTP,硫黄系耐摩耗剤をそれぞれ配合 した5 種類の供試油 Oil 1-5 を用いた.ZnDTP (A) は第2 級アルキルを有し,ZnDTP (B)は第 1 級ア ルキルを有する.各試料油の配合添加剤をTable 2 に示す.添加量は摩擦低減効果を十分示すMoDTC 量(Mo 量で 0.05 mass%)とした. 2.2 試験装置および試験方法 摩擦摩耗試験にはブロックオンリング摩擦摩耗 試験機を用いた.Figure 1 に試験形態の概略を示 す.本試験は,潤滑油中にて一定速度で回転する リング試験片の側面に,一定荷重でブロック試験 片を押付けてすべり摩擦させる,一方向すべり摩
Specimen Boron cast ironBlock RingCrN Vickers hardness HV 282 ― Indentation hardness, GPa ― 15 Roughness Ra, μm 0.047 0.020 Film thickness, μm ― 7.3
Table 1 Material properties
Table 2 Additives contained in the lubricating oil
Oil 1 Oil 2 Oil 3 Oil 4 Oil 5
Base oil ○ ○ ○ ○ ○
MoDTC ○ ○ ○ ○
ZnDTP (A) ○
ZnDTP (B) ○
Sulfur compound ○
Fig. 1 Schematic view of test specimens
Load 8.7 Load Rotational direction 6.3 8.7 Block Ring
擦摩耗試験である.リング試験片は回転軸に取付 けられ,インバータによって任意の回転速度に制 御された.ブロック試験片は自由回転軸を持つ直 動ステージ上に取り付けられ,リニアステージ, ワイヤを介して錘を負荷することで,任意の荷重 を与えた.摩擦試験はオイルバス内の潤滑油にし ゅう動部が満たされた状態で行った.摩擦力はブ ロック試験片ホルダがおかれた自由回転台と連結 したトルクレバーから剛体壁に設置されたロード セルへ伝えられ,動ひずみ計によって増幅された 後,A/D 変換器を介してパソコンに出力された. 摩擦力を測定するロードセルに予荷重を1 N 与え ておくことで振動の影響を除いた.潤滑油は添加 剤配合後,ホットプレートによりステンレスビー カー内で温度調節され,ローラポンプを介してス テンレスビーカー内とアクリル製オイルバス内を 循環させた.添加剤を変えた実験を行う際,次の 手順で全ての試験器具の洗浄を行い前油の影響を 取り除いた.試験機ホルダなどの金属部品はヘキ サンで洗浄後,アセトン洗浄を行った.オイルバ スはヘキサンで洗浄後,中性洗剤で洗浄を行った. オイルタンクは合成系高純度炭化水素溶剤で洗浄 後,さらにアセトン洗浄し,中性洗剤で洗浄を行 った.オイルを循環させるチューブは供試油に応 じて交換し,添加剤ごとに専用のチューブを用い た. Table 3 に試験条件を示す.荷重 P = 50 N,すべ り速度v = 0.3 m/s,すべり距離 d = 1.0 km の条件 で試験が行われた.油温はT = 80 ± 5ºC とした. 試験条件を定める際,試験開始時の膜厚比Λ を求 めて,潤滑状態をおおまかに推定した.弾性流体 潤滑理論により DOWSON-HIGGINSON の式から算出 される最小油膜厚さhminを(株)トラ研の接触問題 解析プログラム TED/CPA(Tribology Engineering Dynamics/Contact Problem Analyzer)を用いて求め
た.Λ は hminとしゅう動2 面の二乗平均平方根粗 さRq1,Rq2を用いて,次の式で求められる.
Λ= hmin / (Rq1 + Rq2)0.5
計算の結果,Λ = 0.14(境界潤滑領域)であった. ブロック試験片の摩耗面について走査電子顕微鏡 (SEM:Scanning Electron Microscope)による観察, エネルギー分散型 X 線分析装置(EDX:Energy Dispersive X-ray spectroscopy),XPS による表面分 析を行った.XPS の分析径は 50 µm である.ボロ ン鋳鉄ブロック試験片の体積減少量は,触針式粗 さ計を用いて摩耗面の形状を5 箇所測定し,その 平均断面積に試験片幅(6.3 mm)を乗じることで 求められた. トライボフィルムの形成および2 面間の潤滑状 態を監視するために接触電気抵抗法を用いた. Figure 2 に測定に用いた回路図を示す.Figure 3 に 本試験で用いた測定回路における試験片間の印加 電圧と接触電気抵抗の関係を示す.通常,油膜の 絶縁破壊を避けるために試験片間に印加される電 圧は100 mV 以下が望ましいとされていることか ら5),最大印加電圧を91.5 mV に設定した. Load P, N 50 Sliding velocity v, m/s 0.3 Sliding distance d, km 1.0 Lubricant temperature T, ℃ 80±5 Kinematic viscosity η, mm2/s at 80℃ 3.23
Table 3 Test conditions
R1=510 Ω
R2=51 Ω 1 V
Block specimen
Ring specimens
Fig. 2 Measuring circuit of contact electric resistance
Fig. 3 Relationship between voltage and contact electric resistance 10-2 100 102 104 106 0 20 40 60 80 100
Contact electric resistance, Ω
Vol
ta
ge
, m
3.試験結果
3.1 すべり距離に伴う摩擦係数の変化 Figure 4 にすべり距離に伴う摩擦係数の変化を 示す.基油であるOil 1 における摩擦係数は試験 開始時に約0.075 を示し,試験終了時には約 0.072 を示した.MoDTC のみ配合した Oil 2 における摩 擦係数は試験開始時に約 0.062 を示し,試験終了 時には約 0.041 を示した.MoDTC と ZnDTP (A) を配合したOil 3 における摩擦係数は試験開始時 に約 0.062 を示し,すべり距離に伴って低下し, 試験終了時には約 0.032 を示した.MoDTC と ZnDTP (B)を配合した Oil 4 における摩擦係数は試 験開始時に約 0.059 を示し,試験終了時には約 0.051 を示した.MoDTC と硫黄系耐摩耗剤を配合 した Oil 5 における摩擦係数は試験開始時に約 0.055 を示し,すべり距離に伴って低下し,試験 終了時には約0.032 を示した.MoDTC と ZnDTP (A)もしくは硫黄系耐摩耗剤を併用した場合に摩 擦係数は MoDTC のみより低く推移し,MoDTC とZnDTP (B)を併用した場合には高く推移するこ とがわかった. 3.2 摩耗面観察および元素分析 Figure 5 にボロン鋳鉄のレーザ顕微鏡画像,断 面形状および比摩耗量を示す.なお,画像中に示 したバーはリング試験片と ブロック試験片の接触幅を 示す.また,図中の一点鎖 線は断面形状を測定した位 置を示す.基油において摩 耗が激しく進行していた. 一方,添加剤配合油では比 摩耗量の算出が困難なほど 摩耗が少なく,付着物が接 触部周辺に約2 µm ほど突 出していた.Figure 6 に CrN のレーザ顕微鏡画像,断面 形状を示す.Figure 5 と同 様,図中の一点鎖線は断面 形状を測定した位置を示す. Oil 1, 2, 5 における摩耗面 には微量の付着物が見られ た.また,Oil 3, 4 における 摩耗面にはすべり方向に連 続した付着物が見られた. いずれの摩耗面も表面形状 に大きな変化はなかった. Figure 7 にボロン鋳鉄の 摩耗面の二次電子像と元素 Fig. 4 Variation of the friction coefficient as a function ofsliding distance Oil 1 Oil 2 Oil 4 Oil 3 Oil 5 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 0.02 0.04 0.06 0.08 0.10 0 Sliding distance, km Fri ct io n c oe ffi ci en tµ Sliding direction Wear track 200 μm 2. 5 μm 200 μm
Oil 1 Oil 2 Oil 3 Oil 4 Oil 5 Color image Profile Specific wear rate , ×10-6 mm3/(N・m) 20 - - - -Roughness Ra, µm 0.051 0.074 0.075 0.090 0.110 Sliding direction 50 μm 1. 0 μm 50 μm
Oil 1 Oil 2 Oil 3 Oil 4 Oil 5 Color
image Profile
Roughness
Ra, µm 0.023 0.025 0.034 0.022 0.023 Fig. 5 Laser microscope images of the worn block surface
マッピングを示す.いずれの摩耗面からもC およ びO が検出された.Oil 2 の摩耗面からは,それ らに加えてMoDTC の構成元素である Mo, S が検 出された.Oil 3, 4 の摩耗面からは MoDTC の構成 元素であるMo, S および ZnDTP の構成元素である Zn, P, S がほぼ同じ場所で検出された.ただし,接 触部では相対的にZn, P, S の割合が Mo よりも多 いと判断できる.Oil 5 の摩耗面からは Oil 2 と同 一の元素が検出された.なお,接触部の外側にも 同様の元素が存在しているが,これは接触部で形 成されたトライボフィルムが繰返し しゅう動により接触部の外に排出さ れ , それ が付 着し たも のであ る . Figure 8 に CrN の摩耗面の二次電子 像と元素マッピングを示す.CrN に おいてもボロン鋳鉄と同一の元素が 検出された.Oil 3, 4 の CrN 摩耗面 からはOil 2 よりも添加剤由来の元 素が強く検出された. 3.3 接触電気抵抗 Figure 9 にすべり距離に伴う接触 電気抵抗の変化を示す.基油である Oil 1 の接触電気抵抗は試験開始時 に低い値を示し,すべり距離に伴っ て徐々に上昇した.これはFig. 4 の 結果と同様の傾向にあり,ボロン鋳 鉄の摩耗によりなじみが進行するこ とで表面粗さが低下し,固体接触部 が減少するとともに,線接触から面 接触へと変化することで徐々に摩擦 係数は低下し,接触電気抵抗は上昇 したと推察される.MoDTC のみ配 合したOil 2 における接触電気抵抗 は試験開始時から試験終了時まで低 い値を示した.MoDTC と ZnDTP (A) を配合したOil 3 における接触電気 抵抗は試験開始時に抵抗値が上昇し, そこからすべり距離に伴って徐々に 低下した.MoDTC と ZnDTP (B)を配 合したOil 4 における接触電気抵抗 はOil 3 と同様に試験開始時に上昇 し,その後,すべり距離に伴って低 下した.MoDTC と硫黄系耐摩耗剤 を配合したOil 5 における接触電気抵抗は Oil 2 と 同様に試験開始時から試験終了時まで低い値を示 した. 3.4 XPS 分析
Figure 10 に Oil 2 における摩耗面の Mo3d スペ クトルを示す.(a)ボロン鋳鉄,(b)CrN ともに MoS2, Mo 酸化物および硫化物が検出された.Figure 11 にOil 3, 4 における Mo3d,Zn2p3/2, S2s および P2p のスペクトルを示す.(a)ボロン鋳鉄からは MoS2, 500 μm Sliding direction Wear track SEM C O Mo S Zn P O il 1 O il 2 O il 3 O il 4 O il 5 100 μm Sliding direction SEM C O Mo S Zn P O il 1 O il 2 O il 3 O il 4 O il 5
Fig. 7 SE images and EDX mappings of the worn block surface
Mo 酸化物,硫化物,ZnO, Zn 化合物,リン酸塩の ピークが検出された.(b)CrN からはそれらに加え, 硫酸塩のピークも検出された.ピーク強度の値か ら,ボロン鋳鉄ではいずれのスペクトルでもOil 4 のピークが強く,CrN では Oil 3 の Zn2p3/2とP2p のピークが強かった.Figure 12 に Oil 5 における 摩耗面のMo3d スペクトルを示す.(a)ボロン鋳鉄, (b)CrN ともに MoS2, Mo 酸化物および硫化物が検 出された.Figure 13 にボロン鋳鉄の摩耗面におけ る(a)Oil 2, (b)Oil 5 のスペクトルのピーク分離の様 子を示す.Oil 5 は Oil 2 に比べて硫化物のピーク が強く検出された. 3.5 すべり距離約 20 m での摩耗面観察および XPS 分析 Oil 3, 4 の試験結果から,試験初期段階に接触電 気抵抗が上昇していることがわかった.過去の研 究から ZnDTP のトライボフィルムは絶縁性を示 し,MoDTC のトライボフィルムは導電性を示す ことが報告されている6,7).このことからOil 3, 4 における摩擦試験では接触電気抵抗が上昇する前 後でトライボフィルムの構成割合が変化している のではないかと考え,Table 3 に示す試験条件で試 験を行い,すべり距離約20 m の地点で試験を停 止して摩耗面の観察および分析を行った.
Figure 14 に SEM による観察および EDX による 元素分析結果を示す.ボロン鋳鉄の摩耗面から MoDTC 由来の Mo, S および ZnDTP 由来の Zn, P, S が検出された.その中でも,摩耗面中心部にはZn, P が強く検出された.CrN の摩耗面からは微量の Mo, S, Zn, P が検出され,ボロン鋳鉄と同様に Zn が強く検出された.Figure 7 の EDX による元素分 析結果より,すべり距離1 km 後のボロン鋳鉄の 摩耗面中心部にはMo, Zn, P, S が明瞭に検出され たが,すべり距離20 m 後のボロン鋳鉄の摩耗面 中心部にはMo がほとんど検出されなかった.こ のことから,Oil 3, 4 における試験初期段階では, 両試験片とも ZnDTP のトライボフィルムが優先 的に形成されていることが示唆された.
Figure 15 に Oil 3, 4 における Mo3d, Zn2p3/2, S2s
およびP2p のスペクトルを示す.(a)ボロン鋳鉄か らはFig. 11(a)同様,MoS2, Mo 酸化物,硫化物, ZnO, Zn 化合物,リン酸塩のピークが検出された. (b)CrN からは硫酸塩のピークも検出された.ピー Fig. 9 Variation of the contact electric resistance as a
function of sliding distance
Oil 1 Oil 3 Oil 4 Oil 2 Oil 5 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 10-4 10-3 10-2 10-1 100 101 102 103 Sliding distance, km C on ta ct e le ct ric re si st an ce , k Ω
(a) Boron cast iron (b) CrN
225 230 235 240 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 Binding Energy, eV In ten sity (ar b. u nits ) MoO2, MoS2, MoO3 MoO2, MoS2 MoO3 Sulfide Mo3d 225 230 235 240 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 Binding Energy, eV In ten sity (ar b. u nits ) MoO3 MoO2, MoS2, MoO3 MoO2, MoS2 Sulfide Mo3d Oil 2 Oil 2
ク強度の値から,両試験片ともZn2p3/2およびP2p のスペクトルではOil 3 のピークが強く,Mo3d の スペクトルではOil 4 のピークが強く検出された. このことから,Oil 3 における試験初期段階では, 両試験片に対して,ZnDTP 由来のトライボフィル ムが多く形成されていることがわかった.
4.考 察
ボロン鋳鉄とCrN の組合せにおける摩擦摩耗機 構について考察する.基油であるOil 1 の場合に は摩耗が生じるが,MoDTC を配合することで摩 擦係数が低下し,耐摩耗性が向上した.また, ZnDTP と MoDTC を併用した場合,ZnDTP のタイ プによって異なる摩擦特性を示した.Oil 3 では MoDTC 単体の場合より摩擦係数が低下し,Oil 4 では摩擦係数が増加した.MoDTC と ZnDTP を併 用することでMoDTC 単体の場合よりも摩擦係数 が低下することは過去に報告されていたが3,4),タ イプの違いによって摩擦係数が増加することが明 らかになった.Figure 10-12 に示した XPS 分析よ り,EDX 分析によって得られた Mo, S は MoS2, Mo 酸化物,硫化物として存在していることがわかっ (a) Boron cast iron125 130 135 140 145 0 100 200 300 400 500 600 700 800 Binding Energy, eV Inte nsit y ( ar b. units) P2p Zn3s Phosphate Oil 3 Oil 4 ZnO Inte nsit y ( ar b. units) 1015 1020 1025 1030 1035 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500 5000 Binding Energy, eV Zn2p3/2 Oil 3 Oil 4 225 230 235 240 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 Binding Energy, eV Inte nsit y ( ar b. units) Mo3d MoO2, MoS2, MoO3 MoO2, MoS2, MoO3 Sulfide Oil 3 Oil 4 160 165 170 175 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 Binding Energy, eV Inte nsit y ( ar b. units) S2p Sulfide Oil 3 Oil 4 (b) CrN 125 130 135 140 145 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000 Binding Energy, eV Inte nsit y ( ar b. units) P2p Zn3s Phosphate Oil 3 Oil 4 1015 1020 1025 1030 10350 1000 2000 3000 4000 5000 6000 7000 8000 9000 Binding Energy, eV Inte nsit y ( ar b. units) Zn2p3/2 ZnO Oil 3 Oil 4 225 230 235 240 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000 Binding Energy, eV Inte nsit y ( ar b. units) Mo3d MoO2, MoS2, MoO3 MoO2, MoS2, MoO3 Sulfide Oil 3 Oil 4 160 165 170 175 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 3500 Binding Energy, eV Inte nsit y ( ar b. units) S2p Sulfide Sulfate Oil 3 Oil 4
Fig. 11 XPS spectra of Mo3d, Zn2p3/2, S2p and P2p on the worn surface (Oil 3 and Oil 4)
225 230 235 240 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 Binding Energy, eV In ten sity (ar b. u nits ) Mo3d MoO2, MoS2, MoO3 MoO 2, MoS2 MoO3 Sulfide 225 230 235 240 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 Binding Energy, eV In ten sity (ar b. u nits ) MoO2, MoS2, MoO3 MoO2, MoS2 MoO3 Sulfide Mo3d
(a) Boron cast iron (b) CrN
Oil 5 Oil 5
た.一方,ZnDTP を併用した場合にはそれに加え て,ZnO,Zn 化合物,リン酸塩が検出された.ま た,タイプの違いによって異なるピーク強度を示 すことがわかった.Zn2p3/2, P2p のスペクトルでは, ボロン鋳鉄においては Oil 4 でのピークが強く, CrN においては Oil 3 でのピークが強く検出され 222 224 226 228 230 232 234 236 238 240 242 1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500 5000 5500 Binding Energy, eV In te ns ity (ar b. uni ts ) 0 Sulfide MoO2, MoS2 MoO3 MoO2, MoS2 MoO3 Mo3d5/2 Mo3d3/2 (a) Oil 2 Mo3d
Boron cast iron
222 224 226 228 230 232 234 236 238 240 242 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000 2200 2400 2600 Binding Energy, eV In te ns ity (ar b. u nits ) 0 Sulfide MoO2, MoS2 MoO3 MoO2, MoS2 MoO3 Mo3d5/2 Mo3d3/2 (b) Oil 5 Mo3d
Boron cast iron
100 μm 200 μm Sliding direction Sliding direction Wear track SEM C O Mo S Zn P B or on ca st ir on O il 3 O il 4 Cr N O il 3 O il 4
(a) Boron cast iron
Oil 3 Oil 4 130 135 140 145 0 500 1000 1500 2000 2500
Binding Energy (eV)
Inte nsit y ( ar b. units) P2p Zn3s Phosphate 1020 1025 1030 1035 0 2000 4000 6000 8000 10000 12000
Binding Energy (eV)
Inte nsit y ( ar b. units) Zn2p3/2 ZnO Oil 3 Oil 4 MoO3 Sulfide MoO2, MoS2, MoO3 MoO2, MoS2, 225 230 235 240 0 500 1000 1500 2000 2500 3000
Binding Energy (eV)
Inte nsit y ( ar b. units) Mo3d Oil 3 Oil 4 160 165 170 175 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600 1800 2000
Binding Energy (eV)
Inte nsit y ( ar b. units) S2p Sulfide Oil 3 Oil 4 (b) CrN Oil 3 Oil 4 125 130 135 140 145 0 100 200 300 400 500 600 700 800 900 1000
Binding Energy (eV)
Inte nsit y ( ar b. units) P2p Zn3s Phosphate 1015 1020 1025 1030 1035 0 1000 2000 3000 4000 5000 6000
Binding Energy (eV)
Inte nsit y ( ar b. units) Zn2p3/2 ZnO Oil 3 Oil 4 225 230 235 240 0 500 1000 1500 2000 2500 3000
Binding Energy (eV)
Inte nsit y ( ar b. units) Mo3d MoO2, MoS2, MoO3 MoO2, MoS2, MoO3 Sulfide Oil 3 Oil 4 160 165 170 175 0 200 400 600 800 1000 1200 1400 1600
Binding Energy (eV)
Inte nsit y ( ar b. units) S2p Sulfide Sulfate Oil 3 Oil 4
Fig. 13 Peak separation of XPS spectra for the worn block surface (Oil 2 and Oil 5)
Fig. 14 SE images and EDX mappings of the worn surface (Oil 3 and Oil 4)
た.このことより,ZnDTP のアルキルタイプ違い によって,両試験片に形成されるトライボフィル ムの構成物質の割合が異なることがわかった.こ のように,しゅう動2 面を構成する組合せ材質が トライボフィルムの生成に影響を及ぼすことが明 らかになった.村木らの研究により,MoDTC と ZnDTP を併用した場合に,ZnDTP の Zn 濃度が高 いものはMoS2の生成を妨げ,異なるS 化合物を 生成することが明らかにされている 8).今回使用 したZnDTP は(B)が(A)よりも 15%程度 Zn 濃度が 高いことから,ZnDTP (B)を配合した Oil 4 では MoS2の生成量が少なく,摩擦係数が増加したと考 えられる. また,第2 級アルキルを有する ZnDTP を用いた 場合,第1 級アルキルを有する ZnDTP を用いた場 合よりもトライボフィルムの形成速度が速いこと が明らかになっている9).すべり距離約20 m で試 験を停止し,両試験片に対してXPS 分析を行った 結果,Fig. 15 に示したように Oil 4 に比べて Oil 3 の試験片において,ZnDTP 由来のピークが強く検 出された.Oil 3 と Oil 4 のこれらの分析結果より, 第2 級アルキルを有する ZnDTP (A)を配合した Oil 3 ではトライボフィルムの形成速度が速かったこ とが裏付けられる. 過去の研究において,ZnDTP 配合油と有機モリ ブデン化合物配合油を試験途中で交換する試験を 行った結果,ZnDTP から有機モリブデン化合物へ 交換した場合には摩擦係数が低下し,有機モリブ デン化合物から ZnDTP へ交換した場合には摩擦 係数が上昇することが報告されている 7,10).この ことから,ZnDTP と有機モリブデン化合物の組み 合わせでは,摩擦面に対して,ZnDTP が同時かも しくは優先的に反応膜を形成することが重要であ るとされている.また,Fig. 9 において,固体接 触割合が多いと考えられる試験開始直後に Oil 3 の接触電気抵抗が急増し,その後緩やかに低下す る傾向を示したことから,絶縁性を示す ZnDTP のトライボフィルムが摩擦初期に形成されたこと がわかる.それが MoS2の吸着を助けたと推察す るが,導電性のトライボフィルムが形成されたに もかかわらず,接触電気抵抗はOil 4 より高く, 摩擦係数の結果と矛盾するようにも思える.しか しながら,接触電気抵抗に大きく影響を及ぼす因 子としてトライボフィルムの形成量やその膜厚の 他に油膜厚さや膜厚比Λもあり,これらが複合的 に関与した結果が摩擦係数として現れることも事 実である.今回の結果では,Oil 3 に配合された ZnDTP (A)のトライボフィルムの形成速度が速く, MoDTC による MoS2の吸着を手助けしたことで固 体接触部が低摩擦化したことと,それにより試験 初期段階に良好ななじみ面が形成されたことで膜 厚比も増加し,それらの複合的な効果の結果とし て低摩擦化につながったと考えられる. 硫黄系耐摩耗剤とMoDTC を併用した場合に, MoDTC 単体での摩擦係数より低下した.著者ら の過去の研究から,硫黄系耐摩耗剤を使用した場 合に,硫化物や硫酸塩などからなるトライボフィ ルムを形成することで摩擦低減効果を発揮するこ とが明らかになっている 11).Figure 13 に示した XPS 分析の結果から,Oil 5 では Oil 2 と比較して Mo3d のスペクトルにおいて硫化物由来のピーク が相対的に強く検出された.このことから,Oil 5 の場合にはMoDTC から生成される MoS2に加え て,硫黄系耐摩耗剤から生成される硫化物や硫酸 塩を含むトライボフィルムが摩擦低減効果を発揮 したと推察される. 本研究において,XPS 分析が添加剤の相乗効果 を検証する上で有用な手段となった.その一方で, 分析は無作為に抽出したある限られた範囲につい て行われたものであり,しゅう動面全体を分析し たわけではないことも事実である.本試験結果を もとに,さらに定量的な検証を進める必要性も認 識している.
5.結 言
MoDTC と 2 種類の ZnDTP および硫黄系耐摩耗 剤を配合した潤滑油を用いてボロン鋳鉄とCrN の 組合せで摩擦摩耗試験を行った結果,以下の結論 を得た. (1) MoDTC と ZnDTP を併用した場合の摩擦係 数は,第2 級アルキルを有する ZnDTP (A)の 場合に MoDTC 単体での場合よりも低く推移 し,第1 級アルキルを有する ZnDTP (B)の場 合には高く推移した.(2) MoDTC と硫黄系耐摩耗剤を併用した場合, MoDTC 単体で使用した場合よりも摩擦係数 が低下した. (3) MoDTC と 3 種類の耐摩耗剤をそれぞれ併用 した場合,全ての組合せにおいて良好な耐摩 耗性が示された. (4) ZnDTP のアルキルタイプ違いによって,しゅ う動2 面それぞれに形成されるトライボフィ ルムの構成物質の割合が異なることが明らか になった. (5) MoDTC から生成される MoS2に加えて,硫黄 系耐摩耗剤から生成される硫化物や硫酸塩を 含むトライボフィルムが摩擦低減効果を示す ことが明らかになった.
文 献
1) K. HOLMBERG, P. ANDERSON & A. ERDEMIR:Global Energy Consumption due to Friction in Passenger Cars, Tribology International, 47 (2012) 221-234. 2) 梶・渡邉・渡部・葛西・辻岡・三宅:DLC 膜の摩擦特性に 及ぼす耐摩耗性の影響, トライボロジー会議予稿集, 2010 福井 (2010) 345-346. 3) 加納・保田・叶:エンジン油添加剤から形成されたトライ ボフィルムの摩擦特性(第1 報), トライボロジスト, 48, 1 (2003) 54-59. 4) 叶・加納・保田:エンジン油添加剤から形成されたトライ ボフィルムの摩擦特性(第2 報), トライボロジスト, 48, 1 (2003) 60-68. 5) 川村:電圧印加法による潤滑膜の動的観察, 潤滑, 24, 6 (1979) 331-336. 6) 権藤・山本:モリブデンジチオカーバメイト(MoDTC)によ る表面膜形成機構と摩擦面材質の影響, トライボロジスト, 36, 3 (1991) 242-248. 7) 村木・和田:ZnDTP 共存下における有機モリブデン化合物 のすべ り摩 擦特 性(第 1 報), トライボロジスト, 38, 10 (1993) 919-926. 8) 村木・和田:ZnDTP 共存下における有機モリブデン化合物 の す べ り 摩 擦 特 性 (第 2 報), トライボロジスト, 39, 9 (1994) 800-807. 9) 村木・大島:ジアルキルジチオリン酸亜鉛配合油の摩擦-速度特性とトライボフィルムの解析, トライボロジスト, 56, 8 (2011) 523-529. 10) 久保・浜田・森木・癸生川:油溶性有機モリブデン化合物 添加油の摩擦特性(その2), トライボロジスト, 34, 3 (1989) 185-192. 11) 本田・高岡・葛西・清水:高シリコン含有アルミニウム合 金の摩擦摩耗特性に及ぼす各種潤滑油添加剤の影響, トラ イボロジスト, 62, 1 (2017) 43-51.