" M e m p h i s B l u e s A g a i n " の 少 年 の 行 方
― 「 刑 務 所 」 を 意 味 す る い く つ か の 言葉からBob Dylanを考える―
三 浦 久
1992年10月16日、ニューヨークのMadisonSquareGardenに、多 くの偉大 なアーテ ィス トたちが集合 した。 その中にはGeorgeHarrison,EricClapton, NeilYoung,Willie Nelson,RogerMcGuinnが含 まれていた。 彼 れ らがそ
こに集まったのは、BobDylanのデ ビュー30周年記念 コンサー ト(The30th AnniversaryConcertCelebration)に参加するためであった。 参加 したアー ティス トの顔ぶれだけで も、Dylanの偉大 さが推測できる。30年以上活動 し続 けているsinger‑SongwriterはDylanの他 にいないわ けで はない。 しか し、
Dylanほどに、時代の節々に先駆者的な働 きを し、 多 くのアーテ ィス トに影 響を与えた者 はいないだろう。
1 筆者 は以前 に 「ボブ ・ディランー "DeathlsNottheEnd"につ いて」 と い うエ ッセイで、Dylanの創造性を喚起 しているものは 「彼の死に対する恐怖」
であり、「彼の移 しい数の作品は、死 の呪縛 (そ してあ らゆる種類の人間疎外) か らの救済の探究の後 に残 された足跡、血の轍である」 と述べたことがある。
その考えは今で も変わっていないが、 この小論 においては、別の角度か ら彼の 作品に光 りをあててみようと思 う。
「死」 のテーマが彼の、特 に初期の、作品 に頻出するが、 LYRICS,1962‑
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1985を通読 して気づ くのは、prison,]'ai1,penitentiaryとい った 「刑務所」
を意味す る言葉 もきわめて多 い とい うことで あ る. RobertSheltonもNo
DirectionHoTne の中で "thephysical Orspiritualprisonercontemplat‑ 3 1ng imprlSOnmentanddeliverance"は "arecurrlngDylansubject"
であると指摘 している。 この小論 は、「刑務所」を意味す るい くつかの言葉を 適 して、Dlyanの作品を検討 しようとする試みである。
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BobDylanが一躍世に知 られるようにな ったのは、 彼のsecondalbumに 収め られている "Blowin'intheWind''によってである。 この歌は60年代初 期の公民権運動 のanthemとして多 くの集会や行進で歌われた。The30thAn一 miversaryConcertCelebration でこの歌を歌 ったStevieWonder は次の
ように述べた‑ "Now the significanceofthissongtomeisthatit's asong thatwilllastunfortunatelyforalongtime.Whenisayun‑
fortunatelyrm talkingaboutthefactthatitwillalwaysberelevant tosomethingthatisgolngOninthisworldofours. Inthe60'sthe songrelatedtothecivilrightsmovementandthewarinVietnam,the 70'S,WatergateandStephenBicoandthesufferinginSouthAfrica,in 80'sstillrelevanttothefightingagainstapartheitinSouthAfricaand thefighting to end starvation.Today in the90'sthesong is still relevant…"4
"Blowin'intheWind"の中で、Dylanは9つの問を発 しているが、 この 小論 との関連において重要な問は3rdverseのHow manyyearscansome peopleexist/ Before they'reallowedtobefree?である。「自由になる ことを許 されるまでに、ある人たちは何年生 き続けることができるのか」 とい うこの間の 「ある人たち」 とは、広 い意味では自由を束縛されているすべての 人々の ことを意 味 しているよ うに思われ るが、 lstverseの最初 の問How manyroadsmustamanwalk down/ Beforeyoucallhim a manヮ
(ひとりの人間として認め られるまでに、人 はいくつの道を歩かなければな ら ないのか) において、差別 と偏見の中で人間 と認め られていない人たちに言及 していることを考えると、「ある人たち」 とは、政治犯 として、 あるいは無実 の罪で、投獄 されている人たちであると考 え るべ きであろ う。prisonあ るい はjailという言葉 は使われていないが、明 らかに 「刑務所」が示唆されている。
60年代初期、Dylanはprotestsingerあ るいはtopicalsongwriterと呼 ば れ、社会の矛盾を激 しく糾弾する作品を数多 く残 した。 この時期の作品に登場 す る 「刑務所」 は比境的、象徴的な ものではな く現実の刑務所である.Lyrics 1962‑1985の中で最初 に出て くる刑務所はalbum未収録の 4GypsyLou"で ある。Well,thelastIheardofGypsyLou/ She'sinaMemphiscala‑
boose.(最後にジプシー ・ルーの話を聞いた時、彼女 はメンフィスの刑務所 に いるとのことだった) この作品は初期のDylanの特徴 のひ とっであ る 「悪ふ ざけ」の歌であり、「刑務所」 とい う言葉 の持つ深刻 さはない。 だか らこそ calabooseという俗語が使われているのか もしれない。
ジプシー ・ルーが刑務所に入れ られたのは、 自由奔放な彼女 に捨て られた男 が 自殺 したか らで、彼女の責任ではない。 それはむ しろ彼女が魅力的な女であ るということを際立たせる役割を果た している。 しか し次の ̀BalladofDon‑
aldWhite"になると様相 は一変す る。 ドナル ド・ホワイ トは窃盗の罪 で投獄 される。
IfIhadsomeeducation ToglVemeadecentstart Imighthavebeenadoctoror A masterinthearts
ButIusedmyhandsforstealing WhenIwasveryyoung
Andtheylockedmedowninjailhouseclells
That'show mylifebegan ち ゃん とした教育を うけて 人並みのスター トが切れてた ら 医者 になっていたか もしれない し 手 に職 をつけていたか もしれない で もまだ若いころ
この事を盗みのために使 って しまい 刑務所 に入れ られた
そうや っておれの人生が始 まった
この歌のironyは、 ドナル ド・ホワイ トは刑務所の中に平和を見つ けた こと である(Anditwasthereinsidethebars/ Ⅰfoundmypeaceofmind)0
しか し、刑務所 は増え続 ける囚人を収容 しきれずに、彼を釈放する。彼にとっ て、社会 はきわめて危険な場所であ った (Andformethegreatestdanger wasinsociety)。 そこで彼は刑務所 に戻 して くれ るよ うに頼 むが受 け入 れ ら れず、1959年12月24日、人を殺 し逮捕 される。 そ して裁判 にかけ られ、死刑を 宣告 される。 lastverseで彼 は訴える。彼 のよ うに罪 を犯す若者 たちは、 社 会の敵なのか犠牲者 なのか (Aretheyenemiesorvictims/ Ofyoursoci‑ ety?)。
ドナル ド・ホワイ トは社会に適合することができず、刑務所の中に平和を見 出 したが、最終的には死が彼を解放 した。 まさに社会 は彼にとって 「刑務所」
その ものであった。社会が 「刑務所」であり、死によって解放されるというテー マは、3rdalbum,Times,TheyAreA‑Changingの中の ̀BalladofHollis Brown"と、 ほぼ同 じ頃に書かれたがalbumには収め られていない "Onlya Hobo"の中にも見 ることができる。 ドナル ド・ホワイ トと違 って、 ホ リス ・
ブラウンも■OnlyaHobo"の 「浮浪者」 も罪を犯 したわ けで はない。 前者 は失業 し、何日も職探 しに歩いたが、徒労に終わる。最後に残 った一 ドルでショッ
トガンの弾を買 い、親子七人心 中す る (There'ssevenbreezesa‑blowin'/ Allaroundthecabindoor/ Sevenshotsringout/ Liketheocean's poundingroar)。後者 は、路上で死んでいるのが見つ け られ る。道路 のベ ッ ドに、新聞紙の毛布。枕 は縁石だった。手には恵んでもらった何枚かの硬貨が 握 られていた (A blanketofnewspapercoveredhishead/ Asthecurb washispillow,thestreetwashisbed/ …/ And a fistfulcoins showedthemoneyhebummed)。
ドナル ド・ホワイ トと彼 らの間の違いは紙一重であり、わずかな状況の変化 によって、立場が逆転 していたとして も不思議ではない。「彼 らは社会 の敵 な のか犠牲者なのか」 という問に対する答えは明 らかである。
この頃のI)yl.anの社会 と 「刑務所」に対するstanceがよ く表 されている作 品に 'WallsofRedWing"がある。ただ しRedWingは刑務所ではな く少 年院である。 この施設に入れ られている者たちの年令は12歳か ら17歳で、彼 ら は無法者や犯罪者のようにレッド・ウイ ングの壁の中に閉 じ込め られていた (Oh,theageoftheinmates/ Irememberquitefreely/ Noyounger thantwelve/ Noolder'nseventeen/ Throwninlikebandits/ And castofflikecriminals/ Insidethewalls/ TheWallsofRedWing)0
なぜこの少年たちが この施設に入れ られるようになったかについて、 この歌 は いかなる手掛かりも与えて くれないが、言葉の背後に、彼 らが社会の犠牲者で あるということがほのめかされている。
この他、初期の作品の中で 「刑務所」 という言葉がでて くる作品はもう二つ ある。ひとっは "SevenCurses"で、 もうひとつは "Percy'sSong"である。
"SevenCurses"は、権力の犠牲になった父 と娘 の話 である。 Reillyとい う男が種馬を盗み捕まる。彼 は首に鉄の鎖をかけられ,刑務所に連れて こられ る (OldReillystoleastallion/ Buttheycaughthimandtheybrought him back/ Andtheylaidhim downonthejailhouseground/ With anironchainaroundhisneck)0 Reillyの娘 は父親が絞首刑 にな るとい う
報せを受けて、金 と銀を持 ってはるばる馬に乗 ってやって来 る。裁判長が彼女 を見て言 う、「い くら金をっんで も、父親 は釈放されない。 おまえの身体で払 うのな ら話 は別」(Goldwillneverfreeyourfather/ Theprice,mydear, isyouinstead)。父掛 ま娘に馬に乗 って逃げるように言 うが、娘 は父を救 い たい一心で裁判長に身をまかせる。翌朝、娘が目覚めた時、約束は破 られ、父 親は枝に吊るされ良絶えていた (Thenextmornin'shehadawoken/ To k
now thatthejudgehadneverspoken/ Shesaw thathangingbranch a‑bending/ Shesaw herfather'sbodybroken)0
‑Percy'sSong"は交通事故を起 こし、四人 を殺 した とい うことで、 懲役 99年の刑を言い渡 された男の友人が語 るという体裁を取 っている。 この男をよ く知 る友人 は、裁判長に彼は心優 しい男であり、人を傷つけるような人ではな いと訴え (Butlknow him asgood/ Asrm knowin'myself/ … / Andhewouldn'tharm alife),刑を受けるのは仕方 ないと して も、99年 は 長すぎると主張する(Thatmaybetrue/ He'sgotasentencetoserve/
… / Butninety‑nineyears/ Hejustdon'tdeserve). しか し、裁判長 はこの裁判 は結審 し、判決を覆すことはできないと言 う(Toolate,toolate
/ Forhiscaseitissealed/ …/Hissentenceispassed/ Andit cannotberepealed)。結局、友人は、彼 は犯罪者ではない し、彼 に起 こった ことは誰にで も起 こりうる (Butheain'tnocriminal/ Andhiscrimeit isnone/…/ Whathappenedtohim / Couldhappentoanyone)と 確信 しなが らも、引き下がる他に仕方がなかった。
LYRICS,1962‑1985の123ページまでの作品の中で、 「刑務所」 とい う言 葉や、 明 らかに 「刑務所」 を意味す る表現のあるの歌 を検討 して きたが、
Dylanは、その理由がなんであれ、「刑務所」の中に入れ られている人 たちに 対 してはsympathyを抱 き、彼 らを投獄 した社会や状況に対 しては批判的であ る。 この時期のDylanの 「刑務所」 に対する姿勢は、political(政治的) あ るいはsocial(社会的)であると言 うことができるだろう。 この後 に も、 「刑
務所」が、 この時期 と同 じレベルで扱われたことがなか ったわけではない。 し か し"GeorgeJackson"(1971年) が発表 された時 も、 ̀Hurricane"(1975 年)がDesireに入れ られた時 も、 Dylanがプロテス トソングに戻 るので はな
いか という期待 とともに、そのことが大 きな話題 になったという事実が、それ が例外的なことであったということを示 している。
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「BobDylanの作品における宗教性一神秘主義 と根本主義の間」 というエッ セイの中ですで に言及 した ことがあるが、3rdalbum,Times,They Are A‑Changingと4thalbum,AnotheT・SideofBobDylanの間にはわずか半 年の隔たりしかない し、ギターと‑ーモニカという演奏スタイルは同 じである にもかかわ らず、その内容 においては、 かな りの違 いがある。4thalbumの 内容は、む しろfolkか らrockに変わ った次の3枚のalbum、BringingItAll BachHome,mghway61Reuisited,BlondeonBlondeに近いと言えよう。
AnotherSideの内容の変化 は、 この時期Dylanに起 きた神秘主義 的体敬 やケネディの暗殺などによって引 き起 こされたと考え られるが、 ここで はこの 小論の主旨にそって、「刑務所」が こゐalbum以後 どのように扱われて いるか を検討することによって、前述のpoliticalstageとの違 いを考察す る ことに す る。
Another・Sideの中の歌で、The30thAnniversaryConcertCelebration で歌われた ものは 一MyBackPages''のみである。コンサー トの終盤、Dylan が ソロで二曲歌 った後、GeorgeHarrison,Tom Petty,NeilYoung,Roger McGuinn,ErieClaptonが加わ り、各verseをひとりひとり歌 った.
この歌は、難解な歌の多いDylanの歌の中で もかな り難解なものであ るが、
その言わん とす るところは明確である。 "Ripdownallhate'',Iscreamed /Liesthatlifeisblackandwhite/ Spokefrom myskull…(2ndversわ.
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̀Equality"Ispoketheword/ Asifaweddingvow (4thverse).Good andbad,Idefinetheseterms/ Qllite clear,nodoubt,somehow (6th verse).(「すべての憎 しみを引き裂け」 とぼ くは叫び、ぼ くの頑骸骨 は人生 は 白か黒だという嘘を話 した)(「平等」 という言葉をぼ くは繰 り返 した、まるで 結婚式の誓 いのように)(善 と窓、ぼ くはこれ らの言葉を定義す る、 まった く 疑いのない明確なものであるかのように)0
これ らの言葉か ら分かることは、Dylan自身のかつての自分に対す るsol山 searchingな反省である。白黒、善悪 という表現か ら、すべての ことを二元的 に見て、 どちらか一方の側に立 って、 もう一方の側を攻撃 していたじぶんを客 観的に眺めている。 5thverseのFearingnotthatI'dbecomemyenemy / ⅠntheinstantIpreach(あの頃は、説教 し始めるその瞬間に、敵 と同 じ
になるなんてことは恐れていなかった) という二行か ら、 この歌を書いた時点 では、攻撃する瞬間に、攻撃 している敵 と同 じになって しまうということに気 づいているということが分かる。 しか も 「ぼ くの頑骸骨が… 話 した」「結婚式 の誓いのように… 繰 り返 した」 というところか ら、誰か他 の人の言葉 を、 自 分の言葉でで もあるかのように語 っていたという反省 も感 じられる。
その反省 は 「刑務所」 という言糞の扱い方に も表れている。 このalbumの 中では、 一ChimesofFreedom"と̀BalladinPlainD"の中 に 「刑務所」
が出て くる。前者の場合は、 5thverseの下か ら二行 目、An'foreachun‑
harmful,gentlesoulmisplacedinsideajail(刑務所 の中に間違 って入れ られたすべての無害で優 しい魂のために)の中に見 られる。確かに、 このjail は、現実の刑務所には違いないが、 3rdalbumまでのように、 なにかを糾弾 するというstanceはきわめて希薄になっている。 この歌の中には 「刑務所 に 間違 って入れ られた魂」ばかりでな く、「戦わないことが強さである兵士」(the warriorswhosestrengthisnottofight)、武器 も携帯せず逃げてい く避難 民」(therefugeesontheunarmedroadofflight)、「孤独 な虐待 されつづ けた母親」(themistreated,matelessmother)、 「間違 った肩書 をっ けられ
た売春婦」(themistitled prostitute)、「この全宇宙のすべての失意 の底 に ある人たち」(everyhung‑uppersoninthewholewideuniverse)、つまり、
ありとあ らゆる疎外された人たちが登場する。 この歌の中では、善悪、白黒を 迂っきり分けることはで きない.敵 も味方 も共に 「失意の底」 にある。敵 に向 けていた矛先が自分に向けられた時、「誰で もない、 この私 の この一回 きりの 人生をどのように生 きるべきか」 という実存的な間が生 じて くる。
BalladinPlainDの最後のverseの問 も、その実存的な問につなが ってい る。
Oh,myfriendsfrom theprlSOn,theyasklュntome
"How good,how gooddoesitfeeltobefree?"
AndIanswerthem mostmysteriously
"Arebirdsfreefrom thechainsoftheskyway?"
牢獄につながれた友達がたずねる 自由であるというのはいい気分だろうね ぼ くはとて も神秘的に答える
空行 く鳥 は、空の鎖か ら自由だろうか
「鳥のように自由な」 という表現があるが、 ここにおいてDylanは、刑務所‑
不 自由、鳥‑ 自由、 という二元論を しりぞける。矛先は自らにも向けられる。
敵 も味方 も 「失意の底」にあり、刑務所の内にも外にも自由はない。出口なし。
実存主義 はその認識か ら始まる。
AnotherSide(1964)か らStreetLegal(1978)までの間の作品、 つま り LYRICS,1962‑1985のpp.126‑406の間の作品は、粁余曲折はあるけれ ども、
基本的にはDylanがこの実存的な問に様々な角皮か ら答えよ うとした もので ある、 と言 うことができる。
この間の作品の中にも 「刑務所」を意味する言葉は数多 く出てくる。そ して
荊述 の "GeorgeJackson"と "Hurricane"を除いては、「刑務所」 とい う言 葉 は、人間関係の束縛や、個人の尊厳を失わせるような状況に対する比職的表 現 として使われている。同時 に、chains(疏),shackles(手伽),stuck(立 ち 往生 して),stranded(途方 に暮れて)等の表現 も頻出す る。
ここではそれ らのすべてを検討するわけにはいかないが、二つの作品を例に とって考えてみよう. 7thalbum,BlondeonBlondeの中の "StuckInside ofMobilewiththeMemphisBluesAgain"は、 その タイ トルだ けで も閉 塞感が伝わ って くるが、 9つのverseのそれぞれが、現代の社会 の喧騒 と疎外
された人間関係を描 いている。lstverseの最後の5行‑
Butdeepinsidemyheart Iknow ican'tescape
Oh,Mama,canthisreallybetheend TobestuckinsideofMobile
WiththeMemphisbluesagaln で も心の奥深 く
わか っているんだ、逃 げられないって ママ、 ほん とにこれでお しまいなんだろうか メ ンフィスにいた頃の憂苦な気分で
モー ビルの町で途方に暮れてる
最後のverseの中の4行‑
An'hereIsitsopatiently WaitingtofindoutwhatprlCe Youhavetopaytogetoutof Goingthroughallthesethingstwice
そ してぼ くはここにすわ り
がまん強 く待 って る、 これ らすべてのことを 二度経験 しないですむために、 どんな代償を 払わなければいけないか見つけだそうとして
allthesethings(これ らすべての こと) とは9つのverseで措かれてい る さまざまな出来事である。 円を描 きなが ら通 りを行 った り釆 たりしている屑拾 い (Oh,theragmandrawscircles/ Up anddowntheblock)、 先 の と がった靴をはき、鈴を鳴 らしなが ら、 フランス人の女の子を口説いているシェー クス ピア (Well,Shakespeare,he†sinthealley/ Withhispointedshoes andhisbell/ SpeakingtosomeFrenchgirl)、息子 の結婚式への無料招 待状を配 る上院議員 (Now thesenatorcamedownhere/ … /Handing outfreetickets/ Totheweddingofhisson)、20ポン ドのヘ ッ ドライ ン を身につ けた牧 師 (Now thepreacherlookedsobaffled/ … / With twentypoundsof headlines/ Stapledtohischest)等が織 りなすシュー ルな世界 は、 とりもなおさずわれわれが住んでいる現実の世界の反映である。
それは退屈で、無意味で、同 じことの繰 り返 しの世界である。その世界 に存在 しつづければ しっづけるほどる、内なる部分でなにかが崩壊 してい く。 それは 憧れとも夢 とも無縁な生、生 というよりもむ しろ死 に近 い生活である.1)eso‑ 1ationRow''の4thverse中のOpheliaのlifelessな生活である。
この歌の中の少年 は、あるいはDylanは、 その無意味 な繰 り返 しの人生 の 中にうず くまることを拒否する。彼 は問 う、「これ らすべての ことを二度経験 しないですむために」 は、何を しなければいけないのか、「どんな代償 を払 わ なければいけないのか」 と。 まさにこれはexistentialな問で あ り、 その答 え は誰かか ら与え られるものではない。その答えは風 に舞 っている。
The30thAnniversaryConcertCelebrationにおいてChrissieHyndeが歌 っ た 「 ShallBeReleased" はTheBandの1968年 のdebutalbum,Music
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froTnBigPihhに最初に収め られた.Dylanのversionは1971年のGreatest mts,VoluTneⅡ まで待たなければな らなかった。
"IShallBeReleased"というタイ トルか らすでに 「刑務所」 のイメージ が喚起 される。 さらに1stverseのSoIrememberev'ryface/ Ofev'ry manwhoputmehere(だか らぼくをここに入れたすべての人の、 すべての 顔を覚えている)や、2ndverseのYetIswearIseemyreflection/ Some placesohighabovethiswall(誓 って もいい、ぼ くには見えるぼ くの姿が、
この壁のはるか向 こうに)か らも 「刑務所」のイメージが強化される。しかし、
勿論、 この 「刑務所」 はすでに述べたように、比境的な ものであることは言 う まで もない。
3rdverseの最初の4行‑
Standingnexttomeinthislonelycrowd lsamanwhoswearshe'Snottoblame AlldaylongIhearhim shoutsoloud Cryingoutthathewasframed
この孤独な群衆の中でぼくの槙に立 っている男が言 う 誓 ってもいい、俺には責任がないんだ
彼は一 日中、俺ははめ られたんだと 大声で叫びつづけている
孤独な群衆の中で 「ぼ く」の桟にいる男 は、「俺には責任ない」「俺 ははめら れた」 と叫んでいる.彼 はまだ、自他、善悪、白黒の二元の世界、「モー ビル の町」「刑務所」の中にいる。 しか しそのことに気づいていない。 existential な間を発するところまで来ていない。
一方、「ぼ く」 は壁のはるか向 こうの自分の姿を見ている。 だか らこそ彼 は それぞれのverseの最後で、
Iseemylightcomeshining From thewestuntotheeast Anydaynow,anydaynow lshallbereleased
ぼ くには見える、光 りが射 して くるのが 西か ら東へ
今にも、今にも
ぼ くは自由になるだろう
と、歌 うのである。 しか しまた同時に、 この槙に立 っている男が 「ぼ く」 と同 一人物であり、 ̀MemphisBluesAgain"の中の 「少年」 が、 Canthis reallybetheend/ TobestuckinsideofMobile/ WiththeMemphis bluesagainと歌い、自らが置かれている状況 を客観視 していたよ うに、 「ぼ
く」が自分 自身のことを第三者 として見ていると解釈することも可能である。
第一期をpoliticalあるいはsocialと呼んだように、 この第二期 はphilosoph‑
ical(哲学的)あるいはexistential(実存主義的) と名づけることがで きるだ ろう。いずれにしろ、「ぼ く」 も 「少年」 もまだ 「刑務所」 の外 に出て はいな い.外に出るためには、SlowTrainCoTning以後 の次 のstageまで待 たなけ ればならない。
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この第三期の中心にある三つのalbum,Slow TrainCoTning,Saved,Shot ofLoueについては「BobDylanの作品における宗教佐一神秘主義 と根本主 義の間」の中で論 じているので、 ここではこの小論 のコ ンテクス トの中で、
Sauedの中の二つの作品 "Saved"と "WhatCanIDoforYou?"に言及 するにとどめようと思 う。
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̀Saved" は文字通 り、救われた喜 びと神への感謝が歌われている。2nd verseの最後の4行‑
HeboughtmewithaprlCe Freedmefrom thepit Fllllofemptinessandwrath Andthefirethatburnsinit 主 は私を買い取 って下 さった 空 しさと怒 りと
燃えさか る火に満ちた地獄か ら 私を救い出 して下 さった
thepitはthehellと同義語であるが、「空 しさと怒 り」それに 「燃 えさか る 火」に満ちた地獄 とは、我々が住むこの二元の世界であり、"MemphisBlues Again"の 「少年」が二度 は経験 したくないと考えている退屈で無意味な繰 り 返 しがつづ く 「モービルの町」「刑務所」である。
3rdverseの最後の2行‑
ForsolongI'vebeenhindered ForsolongI'vebeenstalled
とて も長い間、ぼ くは前に進めなか った とて も長い間、ぼ くは立ち往生 していた
この後 に長いコーラスが続 く‑
Ⅰ'vebeensaved
Bythebloodofthelamb