修士論文 平成
26年 度
局所性を考慮した 心収縮性の力学的評価
三 重 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 博 士 前 期 課 程 機械工学専攻
生体システム工学研究室
槍 垣 涼
三重大学大学院 工学研究科
目次
第
1章:緒言・・・………・………・・……
l第
2章:心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見・・・・・・・・…
32
. 1 心臓の構造および機能ー・・・・・・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・……
.........32.
1 .
1心臓の位置および形態・・・・・・
2.1.2心筋の構造および力学的特性‑
2.1 .
3心筋線維の配向 .......................................................................42.
1 .
4電気刺激伝達経路・・・・・・・…・・・ 2.1.5血液循環器系
..........................................................................62.
1 .
6心周期 ...................................................................................62.
1 .
7心内圧‑容積関係一一一・…・・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・…………・…・…・…一
.........72.2
心臓疾患の臨床学的知見・・・ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…‑一一
.....82
ユ
1心不全および心筋梗塞を招く主な心臓疾患……・・・…・……・・…・・・・…....8第
3章:1¥ほ
Iの
tagging法を用いた心収縮性評価・・・…・・・・・・・・・……
19 3.1撮 像 対 象 お よ び 方 法 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … … . .
19 3.1 .
1撮像対象および装置・…・・…・・・・…・……・・…一…...一…....…ー…・・…・・・・・
19 3.1.2撮 像 方 法 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ー . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
19 3.2解 析 方 法 . . . . … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ …
........20 3.2.1変形の数学的記述
...................................................................20 3ユ
2ひずみの算出 . . … ‑ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ … … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ー ・ … ・ ・ … … … ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ … . .
22 3.3データの分類
...........................................................................223 .4解析結果および考察・……・・・・…・……・…………・・………・…・・………
243 . 4 . 1 短 軸 断 面 に お け る 解 析 結 果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
24 3. 4
.2長 軸 断 面 に お け る 解 析 結 果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
24第
4章:数値シミュレーションを用いた心収縮性評価・・・・…...
424
. 1 心 臓 の 数 理 モ デ ノ レ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
.................42 4.1 .
1心筋線維の力学的モデ、ノレー・…・・…・・…・…・・………・・………・…
42 4.1.1.1張 力 の 定 式 化 ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ー ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ … …
.42 4.1.1.2標準活性化応力への換算
.........................................................43 4.1.1.3発 生 張 力 の 組 込 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ … ・ ・ … …
.44三重大学大学院 工学研究科
4.
1 .
2心筋線維の配向構造・・・ー…ー・・…・・…・一一・…・…・・ー…・・ー……・・……・…...44 4.1 .
3電気刺激伝達モデルー...・…ー・・……・・・・・・…・ー…・・・・……・…・・……...45 4.1.4血液循環器系モデル・・・・・…・・・…・・・・………・ー・…………・・…ー・・…・……一
.46 4.1 .
5心内圧算出法・・・・…・・・・………ー…・………・ー・………・…・…・・・…・・……
...47 4.1 .
6心筋の物性値および、血液循環器系パラメーター.............................48 4.2心 臓 の 形 状 モ テ 、 ノ レ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … 一
......49 4ユ
1三次元有限要素モデ、ル..............................................................49 4.2.1 .
1要素の選定
...........................................................................49 4ユ
2左心室初期形状データの作成方法....………・…・……・…・・・……一・…....49 4ユ
2.1M悶 装 置 に よ る 撮 像 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . … … ・ ・ … …
494.2ユ2
実形状データの抽出
...............................................................504
ユ
2. 3座標変換による補正一・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・・……・・・…・…・…
...51 4ユ
2. 4要 素 分 割 と 境 界 条 件 ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ ・ ・ 一 一 ・ ・ ・ ・ ・ ・ … ・ ・ … … ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
514
ユ
2.5回転楕円体への近似…・・・・・・・・……・一‑…‑一...…・・・・・・・・…・…・・ー・…..524
. 3 正常心モデルの解析結果および検証・・…・・・・・・・・一一・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…
.....52 4.3.1心内圧‑容積関係
....................................................................52 4.3.2ひずみ...................................................................................52 4. 3
.3検 証 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
53第
5章:疾患心臓の心収縮性評価・・・…・・・・・・・・・…・・・・・・・・・・・・・・……・・・
70ハU t I t
‑
‑ I
今ム勺
I 7 '
勺f勺I
マ ー
化 察 ル 考 デ び 量
⁝ モ よ 出
⁝
い町︑手拍み⁝
臓 果 液 ず 察 凶 細 血 ひ 考
I d ム 小 山
v︐)l
疾 解 幻 幻 幻
11
ウhF3
戸 ︑
d声 ︑
J
ZJ
声 ︑
J
第
6章 : 結言 ・…・・・・ー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・…・・・…・・・…・・・・・…・…・…・・・・・…
80参考文献・…・・・・・・・・・・・・ー・・・・・・・・・・・・・・・・…・………・・・・・・・・…・・…・・・・…
81謝辞…・・・・・・・・
三重大学大学院 工学研究科
第1章 緒 言
第
1章 緒 言
心臓は,体内の血液を循環させるポンプの役割を果たしている重要な器官である.と くに左心室は,全身の器官および組織に血液を送るメインポンプとして機能している.
心臓による血液の拍出は,心筋壁を構成している心筋線維が収縮することによって生じ る.したがって,心筋壁の収縮運動を力学的に評価することは,心機能を解明すること に繋がる.また心筋壁の収縮力低下を定量的に評価することは,心臓疾患の重症度およ びその治療効果を把握するための一助となると考えられる.ヒト心臓における収縮性を 評価するには,心筋壁運動を非侵襲に計測することが必要で,その計測手法の
1つに
MRIの
tagging法
[1]がある.本研究室では,上述の手法を用いて肥大型心筋症や拡張型 心筋症といった疾患心臓の収縮運動を力学的に評価することによって,各疾患心臓の収 縮特性に関する有用な知見を得てきた
[2‑3].しかし,過去の研究では,左心室心筋壁に 付加する
tagの間隔が比較的広く設定されて,疾患心臓の収縮性が心筋を単層と見倣し て全域的に評価された.
左心室の心筋は,心筋線維の配向方向および配向角度の違いによって,内層・中層・
外層の
3つの層に分割される.各層には,心筋線維の配向といった構造的な違いだけで はなく,組織的あるいは病理的な違いが存在する.例えば,動物実験および人体剖検例 によって,虚血による心筋の壊死は,心筋内層においてもっとも確認されることが報告 されている
[41.また心筋病変を心筋内局所に発症する心臓疾患として,心内膜下梗塞や レフレノレ心内膜炎がある.このような心臓疾患は,その収縮性を全域的に評価すると,
診断が困難な場合がある.実際に,心エコー図法による心内膜下梗塞の診断率は低く
[5], その理由の
1っとして,心内膜側心筋の収縮力の低下を心外膜側心筋が補完することに
よって,収縮力低下領域(特異領域)の特定が不可能であることが推測される.それゆ え,局所性を考慮して疾患心臓の収縮性を評価する必要がある.またそのためには,正 常心の収縮性を局所的に評価して,その定量的基準値を得ることが不可欠である.その うえ,疾患心臓の特異領域を局所的に特定するには,発生張力の局所的な低下が心収縮 性に与える影響を調査することが必要である.これには,数値シミュレーション解析手 法を用いた心機能評価が有効であると考えられる.数値解析手法では,心筋の力学特性 を変化させることによって,心筋の発生張力が低下した疾患心臓をモデ、ル化することが 可能となる.
そこで本研究では,はじめに,非侵襲的な心臓壁運動計測手法の
lつで、ある
M悶 の
tagging法を用いて,正常心の左心室心筋壁収縮運動を定量的・局所的評価を試みると
ともに,疾患心臓を評価するための定量的基準値を得ることを目的とする.続いて,心 機能評価シミュレーションシステムを用いて心筋の発生張力が局所的に低下した疾患
L重大学大学院 工学研究科 1
第 1章 緒 言
心臓をモデル化することによって,発生張力の局所的な低下が心機能に与える影響を調 査した.
三重大学大学院 工学研究科 2
第2
章心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
第
2章心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
本章では,以下の各章での議論の基礎として,はじめに,心臓およびそれをとりまく 血液循環器系の一般的に知られている構造および機能について述べる.つぎ、に,これま でに解明されている心疾患の臨床学的な知見についての概略を述べる.
2.1
心臓の構造および機能
[6‑7]2.
1 .
1心臓の位置および形態心臓は,胸腔内において左右の肺に挟まれて胸骨と肋軟骨の後側に斜めに位置してい る.全体の
3分の
2は左側に偏って,下側は横隔膜の中心部に接している.大きさはほ ぼその人の握拳大で,重量は成人男子で約
280g,女子で約
260gである.形は円錐状で,
その底面を心底あるいは心基
(base),先端を心尖
(apex)と呼ぶ.心臓は胸腔内にお いて斜めに位置するが,これを心底の中心 心尖に向けた心臓の軸で説明すると,軸は 上・後・右 下・前・左に通っている.図
2.1は,心臓の全体図とともに各部の名称を 示している.心臓は左右の心房
(atrium)と心室(
ventricle)の合計
4つの部屋によって 構成され,心房は心房中隔
(atrialseptal ) ,心室は心室中隔
(ven甘icularseptal)によって それぞれ右心系と左心系に分かれている.心房と心室とは
2つの房室弁によって分けら れ,右心系の弁を三尖弁(廿
icuspidvalve),左心系の弁を僧帽弁
(mi廿
alvalve)と呼ぶ.
2
つの房室弁はいずれも乳頭筋
(papillarymuscle)と連絡している.また肺動脈
(pulmonary artery)には右心室流出腔との聞に肺動脈弁
(pulmonaryvalve)が,大動脈
(aorta)には 左心室流出腔との聞に大動脈弁
(aorticvalve)がそれぞれ存在している.弁は,血液の 循環を円滑にするため,血液の逆流を防ぐ役割を果たしている.大動脈の後方には,心 臓に酸素を供給するための血管である冠状動脈
(coronaryartery)が形成されている.
心房は心臓に運ばれてくる血液を蓄える役割を果たしている.また心房収縮によって 心室への血液充満を助ける.一方,心室は全身の各器官に血液を駆出するポンプとして の役割を果たしているため,心室は心房に比べて壁が厚く,とくに左心室は全身に血液 を駆出するメインポンプであるため,その壁は右心室と比べてさらに厚くなっている.
2.1.2心筋の構造および力学的特性
心臓は全身に血液を駆出するポンプのような役割を果たしている.血液の駆出は,心 臓を構成する心筋と呼ばれる線維質の収縮と弛緩によって生じる.心筋は心臓特有の線 維質であるため,構造および力学的特性が骨格筋とは部分的に異なっている.
図
2.2は,心筋の微細構造を示している.心筋は,心筋線維
(myocardialfiber)が網 目状に組合わされた構造を持ち,比較的小さい(長さ
=100μ.m,直径
=20仰1)心筋細胞
三重大学大学院 工学研究科 3
第2
章心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
の集合で、成立つている.心筋線維の中の心筋細胞は,互いに介在版
(intercalateddisc)で結合することによって強い収縮に耐えられる構造になっている.心筋細胞の中心には 核
(nucleus)がある.心筋細胞エネルギーを供給するミトコンドリア
(mitochondria)が筋原線維
(myofibril)に沿って,細胞質内に多く含まれている.筋肉の収縮は筋原線 維中のサルコメア
(sarcomere)と呼ばれる筋線維分節を単位として行われる.サルコメ アは分節の中央にある比較的太いミオシン
(myosinfilament)と比較的細いアクチン
(actin filament)
の
2つの蛋白フィラメントの重合いによって構成される.サルコメア の両端には
Z線と呼ばれる濃線が,中心部分には太いミオシンフィラメントがつくる暗 い領域
A帯が,
Z線と
A帯の聞には
2つの明るい領域
I帯がある.サルコメアが十分長 いとき,
A帯の中央部に
H帯と呼ばれる明るい領域が現れる.これは
A帯の中のミオ シンフィラメントのみが存在する部分を示している.
図
2.3は,サルコメアの収縮様式を示している.電気刺激によって細胞が活性化され ると,両フィラメント聞に相互作用が生じて,アクチンフィラメントがミオシンフィラ メントの聞に滑込んで サルコメアの短縮が起こる.
つぎに,心筋の力学的特性について述べる.心筋細胞に電気刺激
(electricstimulus)が伝わると,両フィラメント聞に滑が生じて心筋は収縮する.それに伴って線維に発生 張力
(activeforce)と呼ばれる張力が生じる.発生張力の特性に関しては従来の筋肉に 関する研究によってつぎのようなことがわかっている.図
2. 4(
a)のように,心筋を両端固定して電気刺激を与えると,心筋は短縮することなく発生張力を生じる.図
2. 4
(b)にこのときの発生張力と時間の関係が示されている.図
2. 4(b) に示されるように発生 張力は最初急激に上昇して,やがてピーク値をとった後弛緩していく.この収縮によっ て得られる張力の最大値は初期心筋長によって変化する.図
2. 4
(c)に示されるように,
ある長さまで心筋を伸ばしてその状態で両端を固定して電気刺激を与える.初期心筋 長を変えてこれを繰返と図
2. 4
(d)中の実線で示すようなサルコメア長一最大発生張力 関係が得られる.これは,前述した両フィラメントの最初の重なっている具合に応じて 発生張力の大きさが変化するためであるとされている.また,弛緩した心筋を徐々にゆ っくりと伸ばしていくと,そこに生じる張力と心筋の長さとの関係は図
2. 4
(d)中の破線で示すような非線形的な関係になる.この張力は心筋の弾性特性に依存するものであ って,静止張力
(passiveforce)と呼ばれる.心臓の拍動における原動力とは,このよ
うな心筋の持つ性質が複雑に絡み合った結果である.
2.1.3
心筋線維の配向
図
2.5は,左心室赤道面近傍の心筋線維の配向を示している.心筋線維は左心室と左 心房の境界付近である心基部 左心室先端の心尖部に向かつて螺旋状に配向している.
しかし,その方向は心筋壁の各部位において異なる.内壁
(endocardium)での心筋線 維は心基部から心尖部に向かつて時計方向に螺旋を描きながら配向して,その勾配も大
:重大学大学院 工学研究科
4第2
章心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
きい.中壁ではほとんど円周方向に配向して,その勾配の変化も緩やかである.中壁を 経て外壁に達すると再び勾配は大きくなるが,内壁とは逆に反時計方向に螺旋を描きな がら心尖に向かっている.このように心臓壁において心筋線維は多層構造をなしてい て,各層で、異なった方向に配向している.また,その勾配は心臓の内壁から外壁にかけ て連続的に変化している.解剖学的測定結果では,心筋線維の配向は心臓の部位によっ て不均一な分布となっている.とくに左心室および右心室の内壁表面にある肉柱や心尖 部付近の心筋線維の配向は不連続に分布している.このような配向分布で心筋壁を形成
していることは,心臓の挙動変形に大きな影響を与えていると予想される.
2.1
.4電気刺激伝達経路
心臓の収縮は心筋が電気刺激を受けることによって生じる.この電気刺激を伝達する 役目を担っているのが刺激伝導系である.刺激伝導系は神経組織ではなく,特殊な心筋 組織で構成され,自発的および周期的に興奮して細胞膜内外の電位差を変える.発生し た電位差は活動電位と呼ばれ,心房を次々と伝達して心筋を収縮させる.
図
2.6は,電気刺激の伝達経路を示している.心筋の収縮を生じる興奮は,上大動脈 の付根にある洞房結節
(sinusnode)と呼ばれる特殊筋線維の集合で始まる.洞房結節 は「心拍のベースメーカ」と呼ばれて交感神経・副交感神経の活動によって心拍のリズ ムを決定している.洞房結節に生じた刺激は,心房の壁を伝わって,一旦右心房の下面 にある房室結節
(atrioventricularnode)に集まる.心房と心室との間には結合組織の膜 が存在するため,直接の電気刺激は行われない.そのため,電気刺激はその膜を貫通す るヒス東
(penetratingbundle)と呼ばれる特殊筋線維の束によって心室に伝えられる.
洞房結節に生じる電気刺激の速度は,心房を伝達するときには秒速
100cm程度である が,ヒス東を通って心房から心室に伝達するときには秒速
1cm程度に落ちる.この伝 達速度の差によって心房の収縮の終了と心室の収縮の開始には
0.1秒の時間差が発生す る.これによって,心室は十分に血液が流入した後,収縮を開始することになる.ヒス 束を通った電気刺激はその後左脚(l
eftbundle branch)と右脚
(rightbundle branch)に分 かれて,心室中隔下面を下降する.心尖部に達した電気刺激は、樹枝状心室内面を走る プルキンエ線維を通って再び秒速
100cmで心内壁全体にすばやく広がって,その後心 筋線維に沿って心内壁から心外壁に向かつてゆっくりと伝わっていく.
刺激伝達の過程は心電図波形と対応させることができる.図
2.7は,心電図波形を示 している.心電図上の
P波が形成されるとき,心房に電気刺激が伝わって心房が興奮し た状態となっている.つづいて心室の脱分極
Q,
R,
S波が生じて心室が収縮すること を反映している.心室の再分極によって
T波が生じて収縮期全体にわたって持続する.
したがって, Q ,
R,
S波""T 波の終までの長さでおおよその収縮期の持続時間がわかる.
以上のように,心臓は刺激伝達速度を微妙にコントロールすることによって収縮をス ムーズに行っている.
三重大学大学15完 工学研究科 5
第2
章心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
2.
1 .
5血液循環器系図
2.8は,血液循環器系の模式図をしている.血液循環器系は,肺循環系
(pulmonary circulation)と体循環系
(systemiccirculation)の
2つの循環器系によって構成される.
肺循環は全身の器官や組織で酸素消費された血液を肺まで運搬して,再び酸素を獲得す るための循環器系である.体循環系は肺で酸素を獲得した新鮮な血液を全身に送るため の循環器系である.
全身の各器官から運ばれてくる静脈血および心筋から冠状静脈を通って運ばれてく る静脈血は,すべて右心房に流入する.この静脈血は三尖弁を通って右心室に流入して その流出腔から肺動脈幹に入る.血液はそこで左右の肺動脈
(pulmonaryartery)に入っ てそれぞれの肺に運搬される.肺動脈は動脈と呼ばれるが,血管内には静脈血が流れて いる.一方,左右の肺で酸素を獲得した血液は,肺静脈
(pulmonaryveins)を通って左 心房に流入する.肺静脈は静脈と呼ばれるが,血管内には動脈血が流れている.この右 心室→肺→左心房の循環器系を肺循環と呼ぶ.
左心房に入った動脈血は,僧帽弁を経て左心室に流入する.左心室に入った動脈血は,
その流出腔から上行大動脈に入る.ここに入った血液の一部は,心筋を養うために冠状 動脈に流入する.さらに上行大動脈
(aorta)から分岐大動脈を通って,全身の器官や組 織に運搬される.そして末梢血管を経由して大静脈
(venacava)として右心房に戻って
くる.この左心室→末梢血管→右心房の循環器系を体循環と呼ぶ.
循環器系における血液に対する負荷は心臓の機能に大きく関係している.とくに心臓 のメインポンプである左心室に対する循環器系の負荷は心臓の機能に直接影響を与え る.この左心室に対する負荷には前負荷と後負荷がある.前負荷は心臓が拡張する際に 心筋が受ける圧力のことで、あって全血液量や左心房の収縮などの影響を受ける.後負 荷は,心臓が収縮する際に心筋が直面する力で、あって,末梢血管抵抗や大動脈圧などの 影響を受ける.
2.1.6心周期
心臓の収縮と弛緩の一回の経過を一心周期と呼び,その時間は成人で約
0.8秒である.
心周期には大きく分けて収縮期
(systole)と拡張期
(diastole)の
2つの時相がある.前 者は等容収縮期
(isovolumiccontraction)と駆出期
(ejectionperiod),後者は等容弛緩期
(isovolumic relaxation)と拡張期
(diastole)に分けられる.図
2.9は,心周期を通して の心室圧,大動脈圧,心房圧,心室容積および心電図の時間変化を示している.血液循 環は心臓自身の収縮によって生み出される圧力と弁の作用によるものである.以下に心 内圧の変化およびそれに伴った弁の開閉の様子を時間軸でみた心周期について述べる.
---~最大学大学院
工学研究科
6第2
章心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
1 . 等容収縮期(i
sovolumiccontraction)電気刺激によって左心室が収縮を開始すると,左心室圧は上昇を始めて,左心房圧 を越えたところで僧帽弁が閉鎖する.その後心室容積はほぼ一定のまま圧力が上昇す る.この状態は心室圧が大動脈圧を越えるところまで続く.僧帽弁の閉鎖 大動脈弁 の開放までを等容収縮期と呼ぶ.
2.
駆出期
Cejectionperiod)左心室圧が大動脈圧を越えると,その圧力によって大動脈弁が開放して血液の駆出 が始まる.この駆出は収縮早期において急速で、,収縮末期において緩慢になる.左心 室圧が大動脈圧を下回るところで大動脈弁が閉鎖して血液の駆出が終わる.大動脈弁 が開放して血液を駆出する期間を駆出期と呼ぶ.
3.
等容弛緩期(i
sovolumicrelaxation)僧帽弁,大動脈弁ともに閉じた状態で左心室は容積一定の状態で弛緩する.収縮力 は徐々に減少して左心室圧は左心房圧以下に下がる.この期間を等容弛緩期と呼ぶ.
4.
拡張期
Cdiastole)心室圧が心房圧を下回ると,再び僧房弁が開放して心室へと血液が流入する.この 期間を拡張期と呼ぶ.拡張初期には急速に血液が流入する急速充満期がある.その後 ほとんど体積一定の状態である緩徐流入期へと続く.そして再度心房の収縮が生じて 次の心室の収縮へとつながっていく.
2.
1 .
7心内庄一心室容積関係
心周期中の心内圧と心室容積を計測して,縦軸に心内圧,横軸に心室容積をとると図
2.10に示すような反時計回の閉ループ。が形成される.図中 (1)は等容収縮期, (2)は駆出期,
(3)は等容弛緩期, (4)は拡張期である.また図中の記号 a・
b・
c・
dは図2.9で示した各特徴点と対応している.この閉ループ。で、固まれている領域の面積は,心臓の 外的仕事量,図中
svで示した心室容積の変化量は,一心拍で拍出する血液量である.
心内圧一心室容積関係は心室挙動をよく反映しているため,左心室の機能評価をする上 できわめて重要な情報となる.
i革大学大学i涜 iて学研究科 7
第2
章心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
2.2
心臓疾患の臨床学的知見
[8‑9]2
ユ
1心 不 全 お よ び 心 不 全 を 招 く 主 な 心 臓 疾 患
循環器系の生理学的目的は,全身組織に対して,その需要に応じて十分な血液量を保 障することである.心不全とは,心臓のポンプ機能の低下によって,生体の需要に応じ た心拍出量を維持できない状態と定義することができる.要するに,心不全は全ての心 疾患の最終段階を意味する病態で,すべての心疾患および心臓に対して負荷となる病態 生理を持つ疾患は,心不全の基礎疾患になると考えられる.以下に,心不全の原因と成 得る疾患の主要なものについて述べる.
1 . 虚血性心疾患
生体内の器官・組織は,心臓のポンプ作用によって拍出された血液の循環によって維 持されている.心臓自身も冠循環器系を介して血液の循環を受けている.この冠循環に 障害が起きると,心筋の正常な代謝が行われなくなって,ついには心臓の機能が損なわ れることになる.冠血流の減少あるいは不足などによって起きる心疾患を虚血性心疾患 と総称する.この疾患の主要なものとして,狭心症と心筋梗塞がある.虚血の状態が一 定時間持続すると,心筋細胞が壊死する.虚血による心筋の壊死が,ある程度広がった ものを心筋梗塞と呼ぶ.また,虚血の状態が一定時間以内に回復すると,一時的に機能 低下した心筋は壊死することなく,元の状態に戻る.このような一過性の心筋虚血を疾 患名として狭心症と呼ぶ.
2.
心筋疾患
心筋細胞の肥大・変性・変性物質沈着・心筋間質線維化などを基礎病変として一定の 臨床像を呈するものを心筋疾患と総称する.心筋疾患の中でも心筋病変を生じる原因が 明らかであるものを特定心筋疾患,原因または関連の明らかでないものを心筋症と呼ぶ.
心筋症は,異常な心肥大による心室充満不全を基本病変とする肥大型心筋症と心筋収縮 不全による心拡大を主徴とする拡張型心筋症に分けられる.
3.
弁膜症
心臓の中には
4つの弁膜(三尖弁,肺動脈弁,僧帽弁,大動脈弁)がある.これらの 弁膜によって血液は心臓内を逆流することなく一定の方向に流れることができる.弁膜 症とは,弁そのものまたは弁支持組織の炎症または変性によって弁機能に障害があるも のである.弁膜症の原因疾患の多くは急性リウマチ熱で、ある.他に感染性心内膜炎,梅 毒などがある.しかし,感染性疾患の減少によって弁膜疾患の原因は変化している.最 近では虚血性心疾患,心筋症,勝原病などによる弁膜障害が多くなっている.
工重大学大学院 工学研究科 8
第2
章心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
4.
高血圧症
高血圧症とは,血圧が単に正常範囲を越えて高いだけではなく,それが持続して,経 過とともに高血圧性血管病変を生じる症候群と定義される.高血圧症は,その原因が明 らかである二次性高血圧症と,高血圧発症の基礎疾患が不明の本態性高血圧症に分けら れる.高血圧症は成人の約
10%を占めると推定され 本態性高血圧症は高血圧症全体 の
80""'‑'90%を占めているとされる.高血圧によって左室の駆出抵抗が大きくなると,
心筋は肥大を形成して心収縮力を増強させて心機能を正常に保持するように代謝する.
要するに,心肥大の形成は負荷に対する心筋の適応現象で、あって,この高血圧によって 心筋肥大を生じる疾患を高血圧性心肥大と呼ぶ.しかし,過剰な負荷が持続して加わる と,次第に心筋の収縮力が低下して心機能を維持することができなくなる.これによっ て,心不全が発症する.
5.
不整脈
不整脈とは,脈拍が不整になることである.不整脈は,刺激の生成の異常と伝導の異 常,あるいは頻脈型不整脈と徐脈型不整脈に分けられる.心拍数の増加または減少は,
一心周期に占める拡張期の割合を変化させる.心拍数の増加とともに,一心周期に占め る拡張期時間の割合を減少して心室は急速充満期のみとなる.あきらかな頻脈では,心 室充満の減少によって必要な拍出量が維持できなくなる.また,あきらかな徐脈では,
一回拍出量増加に限界があるため,その持続は心拡大を生じる.
L重大学大学11:;'[: ..C学研究科 9
第2章 心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
Superior vena cava
Coronary artery
Tricuspid valve Mitral valve Aortic valve
Papillary muscle
図2.1心臓の全体図および各部の名称
三重大学大学院
r
学 研 究 科‑ ‑
AU第2章 心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
Mitochondria
Zline Mline Zline (b) Myofibril
Actin filament
&EL n e m向
上此
e旺mm∞
Al tm
ぽテS
M O
〆'E︑
図2.2心筋の微細構造
一重大学大学院 工学研究科 11
第2章 心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
actin filament mvosin filament sarcomere length, L
3.5μm
Zline
ド
1band2.5μm
2.2μm
l 1111111 11111111
tι日 え 悼3 1 1111111 11111111
2.0μm 1 1111111 11111111 E市、点 弘 もぷ被?様需品中きら3
1.5μm
図2.3サルコメアの収縮様式
三重大学大学院 工学研究科 12
第2章 心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
electric stimulus
active force
ω
﹄Q
︒同
force‑time relation
(a) ︐ ︐ ︑ LU ︑EJ
electric stimulus
maximum active force
L ω o
h o ‑
明
passi ve force /ノ
~///
length L force圃lengthrelation
(c) (d)
図2.4心筋の力学的特性
:最大学大学院 工学研究科 13
第2章 心臓の構造・機能および心臓疾患の臨床学的知見
Left ventricle
Epicardium
図2.5心筋線維の配向
ニ重大学大学院 工学研究科 14