ワーグナー作曲《ピアノ独奏のためのポロネーズ ニ長調》WWV 23A の資料批判的研究
著者 小林 幸子
発行年 2006‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10723/1210
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【修士論文要旨】
ワーグナー作曲《ピアノ独奏のためのポロネーズ ニ長調》WWV 23Aの 資料批判的研究
小林 幸子
ワーグナーの《ピアノ独奏のためのポロネーズ ニ長調 Polonaise in D-Dur zu zwei Händen》WWV23A の自筆譜は、1970 年頃にマンチェスターで発見され、その作品の存在が初めて知られることとなった。
そして、2005 年に明治学院大学図書館の所蔵となった。ワーグナーが学生時代に作曲したとされる作品 である。この作品に関する記述は、自叙伝や書簡、手帳、妻の日記などの一次資料や、当時の文献など には一切残されていない。ショット社『ワーグナー全集 Sämtliche Werke』においては第 21 巻に収録予 定だが、2006 年 1 月現在は未刊である。また、初期作品に関する先行研究は、現在のところ極めて限ら れている。従って、当論文ではこの作品と自筆譜に関する研究報告を軸とし、幼少年時代のワーグナー の足跡を教育と音楽的精神の形成の側面からたどり、さらには同時代の他の自筆譜に関して、体裁と作 曲の背景といった観点から分析を行った。それによって、《ピアノ独奏のためのポロネーズ》の初期にお ける自筆譜群での位置づけを試みた。
《ピアノ独奏のためのポロネーズ》の自筆譜は、ワーグナーの姉ルイーゼの所有財産の中から、その 娘クララ・フォン・ケッシンガー Clara von Kessinger によって発見された。その後、メアリー・バレ ルのコレクションを経て、マンチェスターの個人蔵となったと推測される。さらに、1994 年にサザビー ズに出品され、日本の書店が入手、2005 年に明治学院大学図書館の所蔵となった。
作曲の契機は、1830-31 年のポーランドでの十一月蜂起と、その後、ライプツィヒに亡命してきた反 乱兵たちとの交流である。ライプツィヒの名士で出版業を営むルイーゼの夫フリードリヒ・ブロックハ ウスは、ポーランドからの亡命者を支援する委員会の主要なメンバーであった。このため自宅を亡命者 に開放し、ワーグナーはここで革命の空気に触れることになった。当時のヨーロッパはフランス七月革 命によって激動の時代に突入し、その時勢はワーグナーにも歴史や政治への目覚めを促すものだった。
なお、1836 年に作曲された《序曲 ポローニア Ouvertüre in C-Dur Polonia》WWV39 もこのような体験 がもとになっていることは、ワーグナー自身も自叙伝で述べている。
この作品の約半分を占めるトリオ部分が《4 手のためのポロネーズ ニ長調 Polonaise in D-Dur zu vier Händen》WWV23B に転用されているのも、特徴のひとつといえる。さらにこの自筆譜には、当時の作曲の 師テオドール・ヴァインリヒ Christian Theodor Weinlig(1780-1842)による加筆修正が認められる。ヴ ァインリヒは、ボローニャで正統な音楽教育を受けたトマス・カントルで、重要な対位法の教則本も残 した音楽理論家でもあった。従って、ワーグナーは対位法の基本を徹底的にたたき込まれた。のちの《ニ ュルンベルクのマイスタージンガー》や《パルジファル》のような対位法的書法が豊かな作品を書く下
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地は、ここで作られたのである。つまり、ヴァインリヒによる指導はワーグナーの音楽を考察する上で 重要な意義がある。
今回の研究では、バイロイトのワーグナー財団とワシントンの国会図書館所蔵の初期自筆譜について、
その体裁と作曲の背景という局面から分析を行い、グループ化を試みた。それによって、次のような結 果が生み出された。
ワーグナーの初期作品の自筆譜は、(1)スケッチや草稿といった下書き的な要素を持ったもの、(2)最終 稿としての意味合いを持ったもの、(3)さらにはその中でも特に出版まで考えて書かれたもの、というよ うに、大きく3段階に分けることができる。
そして、この結果をふまえてこの時代における当該資料の位置づけを試み、次のような結論が導き出 された。この《ピアノ独奏のためのポロネーズ》の自筆譜は、スケッチや草稿(いずれも現存せず)と いった下書きの上に成り立っている清書的な意味合いを持つ最終稿ではあるが、他の作品における出版 を意識して書かれた最終稿とは、タイトルページの存在や、楽譜開始ページにおけるタイトルの記入の 有無、アコラーデの書き方、五線の扱い方などといった要素に明らかな相違が見られる。従って、この 段階では出版までは意識せず、姉へ贈ることと、師に提出して手が加えられることをも想定して、個人 的な目的でもって書かれたものといえる。当時は、女優である姉たちの舞台のため、または対位法の練 習などといった具体的な目的を持って書かれた作品が目立つが、この《ピアノ独奏のためのポロネーズ》
に関しては革命が契機となったものと考えられるため、その創作意欲から発展した自発的な作品である といえる。