学生時代の前半、少しは図書館に通う機会も あったが、課外活動で明け暮れることの方が大 切だった。後半は「学生運動」の影響でそれど ころではなかった。そんな大学時代ではあった が、というよりは、だからこそかもしれないが、
将来英語の教職に就こうと思っていた私は、留 学の決意を固めその準備を始めた。今でも良き 友である仲間たちが就職を決めてゆくなかで、
私は一人で情報探しや志願書の準備など期待と 不安の日々(書類の往復は数週間を要し、イン ターネットなどはなかった)を過ごし、ようや く入学許可(I-20)を手にした。
留学先のアメリカでは、学生は図書館なしで は何もできない。特に大学院では、示された文 献を読んでいることが当然のことのように、授 業が進む。しかし、当然のことながら、専門書 を十分に理解するのは容易ではない。幸か不幸 か、学生によく読まれる「指定図書」には時間 設定があって、飛ばし読みをしながら重要な箇 所を勘で探り、その個所をコピーして再度読み 返すという経験もした。コピー代金はもちろん 学生持ちである。散髪代を節約し、本を読むと きは、後ろ結びが出来るほどの長い髪が垂れて くるのを防ぐためにビン止めし、読書後はブッ クマーカーとして重宝していたのを昨日のよう に思い出す。今はビン止めする髪がない(笑)。
ある日、UCバークレーに本を探しに行った。
大きな麻の袋を担いで目の前を歩く「髪が長く、
風采のあがらないヒッピー風」の男が、図書館 に入り、読書に没頭し始めたのを垣間見た。恰 好だけが教養ではないのだ、と強く確信したの を思い出す。ちなみに、3時間に及ぶ卒業試験を 受けたのも図書館だった。
帰国後、縁あって本学に仮雇いの教員として 奉職し始め、授業以外に図書館の仕事を命じら れた。教員なのに、と一抹の不合理を感じるこ ともあったが、今となればいい経験だった。PC
などはなく、すべてが手作業といえる資料探し や整理、手書きとタイプ打ちのカード作りなど、
情報革命が進む今日では想像もできないような 地道な作業を通して手仕事の大切さを学んだよ うに思う。
そんな図書館時代の「文献の目録作り」の話 しである。本学図書館はシェイクスピアの蔵書 でも広く知られるが、『ウィリアム・シェイクス ピア―作品と参考文献』の製作を手伝うことに なった。イギリス人と日本人の若手教員数名(下 村現副学長もメンバーだった)で、授業の合間 をぬっては文献調べと目録作りを手伝った。英 語力、タイプ打ちの未熟さを痛感した。
さて、750ページ以上にも及ぶ原稿が出来上が り、いざ印刷オーダーを出す段になって、ミス タイプをいくつか見つけてしまった。今ならど うするだろうか。それは「写真印刷」の原稿で、
時間もなく、「文字」の切り貼り(差し替え)を せざるを得なかった。定規とよく切れるカッター ナイフを手に、誤字を正しい文字に貼り替えて いくのだが、一箇所文字が逆さになっているの に気づかなかった。今でもその箇所は、1文字だ け、ひっくり返ったままである。
印刷革命で、情報は国境を越え多様な人々と のコミュニケーションを可能にした。現代の情 報革命は、その名のとおり、文字と音声画像で 瞬時に世界中を駆け巡り、人々のこころを印象 づ け る。 そ し て 今、 い つ の 間 に かAIとhyper- connectivityという、私には理解し難い新たな 世界を出現させた。図書館の機能も変化するだ ろう。しかし、現実世界を見据えながら、他者 との関わりの中で自分らしさを構築する、とい う知の原則は今後も変わることはないと思う。
図書館には本という他者との関わりがある。
くぼ てつお
(教授 外国語教育、第2言語習得研究)
学生時代と図書館 100
「時代のながれ」
久保哲男(前副学長)
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研究者と図書館