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ポール・ヴァレリーのオクシモロンをめぐって

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ポール・ヴァレリーのオクシモロンをめぐって

著者 安永 愛

雑誌名 人文論集

巻 57

号 2

ページ A131‑A150

発行年 2007‑01‑31

出版者 静岡大学人文学部

URL http://doi.org/10.14945/00001308

(2)

ポール・ ヴァレリァのオクシモロンをめ ぐって1

ポール・ヴァレリー (1871‑1945)はコレージュ・ ド・フランスでの「詩学 講義」において、「文学 とは、言語のある幾つかの属性の一種の拡張であ り応用 であ り、それ以外の何物で も有 り得ない」(a tt p.1438)2と の言葉 を残 してい る。 ヴァレリーのこの言 に従 うな らば、ある文学の本質 を見極める際に、作品 の主題や メッセージそのものではな く、そ こで使用 されている言葉の種類 と配 置をつぶ さに見てい くことは、有効な方法であると考 えられ るだろ う。

本論文では、ヴァレ リーの文体の一特徴であ り、著作 に頻出するオ クシモ ロ ンに着 目してみたい。修辞学で言 うオ クシモ ロンoxymoronと い う言葉は、語 源の上ではギ リシャ語で「鋭い」を表すoxyと「愚か」の意味のmOrosと が結 びついた もので、「無冠の帝王」とか「輝 ける闇」な どの表現の ように、通念の 上では相反す る、あるいは結びつ き難い意味 を持つ二つの言葉が結びつ き、ぶ つか りあいなが ら、思いがけない第三の意味を生み出す とい う一つの表現技法 である。撞着語法 とも、矛盾語法 とも呼ばれ る。試み に、フランス語の ロベー ル大辞書の定義 を以下 に引いてみ よ う。

Figure qui consiste h allier deux lnots de sens incompatible pour leur donner plus de force expressive.

両立 しがたい意味を持つ二つの言葉 を結びつ け、更なる表現力を与えること

l Zιぎ‐〃ιιπ 滋 滋Ittη

̀″

ι″% deuxiёme 6dition,dirig6e par Alain Rey,Tome5, Dictionnaires le Robert,2001.

2ヴ ァレリーの作品の引用に関しては、a%υπs 4 4 Edition&ablie et annot par Jean Hytier, Biblioth ue de la P16ade,Gallimard,1957,1960に よる。以下、略号α 五]で 書名を示し、ペー ジ数を添える。訳文は拙訳である。

安 永

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を旨とする表現

文学を「言語の幾つかの属性の一種の拡張であ り応用である」と考えたヴァ レリーは、オクシモロンの使用に、かな り意識的であっただろうと推察 される。

往々にして、ヴァレリーのオクシモロンには、彼の思考 と感性の独自性が現れ ているように見受けられるのである。オクシモロンは、常識の惰眠を戒める。

一句ごとに現実の捉え返 しと発見がある。もとを正せば、言語表現それ自体が、

現実のある解釈であり、捉え返 しであるとい うことになるが、オクシモロンは、

その捉え返 しに、劇的 ともいえる転換が含まれている点で特権的なのである。

本論の紙幅は限られているので、ヴァレリーの膨大な著作の中の全てのオク シモロンを拾い上げることはできないが3、 ヴァレリーの著作の主要なテーマで ある「自己」「芸術」「文明」の三つのカテゴリー4のそれぞれに対応するオクシ モロンを順次t数個ずつ取 り上げ論 じ、fオクシモロンの表現を取るヴァレリー の思考 と感性はいかなるものであるかについて検討 していくこととしたい5。

1。 自己をめ ぐるオクシモロン

ヴァレリニが「自己」 とい うもの、正確には「自己」 とい うものの存立の形 式を認識の上で重要課題 としていたことは、『カイエ』の多年にわたる記述や、

知的自己形成の寓話 とも読める一連の「テス ト氏」をめぐる連作からも明らか である。

およそ、意識を持つ者であれば、「自己」をめぐる問いからは免れぬものでは あるのだが、ヴァレリーの語る「自己」 とい うものには、際立った特質が見ら れる。それは、人間の知性の、そして感性の極限にまで到ろうとい う苛烈な意

3ヴ ァレリーの詩作品の清新な翻訳(『若きパルク 魅惑』、みすず書房、1995年)を上梓した中井 久夫は、訳書の末尾に「オクシモロンー覧表」の一ページを設け、以下の例を引いている。魅惑 の岩rOcs chamants、 豊かな砂漠 五ches dおerts、 黄金の間t6nёbres dbr、 さすらふ囚われび capttve vagabonde、 おぞましい補ひ合ひex6rable hamonie、 昏い百合sombre lys、 凍る火 6tincelles glac s(以上、『若きパルク』より)、 世に古る若さandque ieunesse、 はかない不 死eph衡ぬre immortel、 正 しい詐欺justes fraudes、 不吉な名誉honneures souterrains、 敬虔 な計略pieuse ruse、 最高の落下chute superbe(以 上『魅惑』より)

詩の中のオクシモロンは、音韻の分析も要する微妙なもので、筆者の手に余る。本論では、散 文作品を主対象 とする。

4ぁまりに古典的すぎる、あるいは無時間的な分類項目だと思われようか。その問いに対しては、

次のヴァレリーの言葉を掲げておこう。「私はときお り日付のない人間であるような気のするこ とがある。私のなかには日付のない存在があり、そして私は一『歴史』と呼ばる一衣装と習俗と の写真帳の中で、自分が何者の同時代人であるとも感じないのだ」(aムp■84)

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欲である。知性 といい、感性 といい、それ は、「文学」の作品 として結晶化 され る とい うのが、文筆 に手を染める者 にあつては素直な帰結であるようにも思わ れ る。 ところが、 ヴァレリーは、 この 「作品」 とい うものに最終的な信 を置い ている人間ではな く、「作品」自体 よりも「作品」を産ま しめる「精神」こそが 至高の価値 を有す ると見ていた。その ことが、 ヴァレリーの 「自己」をめ ぐる 言葉 に一種異様な緊迫感を灌 らせている。頻 出す るオ クシモ ロンは、作品 とし ての結実 よりも精神の可能性 を追求す るヴァレリーの思考 に随伴するものであ るように見受けられるのである。以下に、『テス ト氏』連作、続いて『カイエ』

の「自己」にまつわる記述の中からオクシモロンを取 り上げて論 じてみたい。

「テス ト氏」連作は、簡素な部屋に住み、株取引を職 としつつ、認識の厳密 とい うものに魅せ られているテス ト(フランス語の「頭」teteを写 したかのよ うな言葉である)氏の言葉 と振る舞いを写 しとった短編 と断章からなる、ヴァ レリーとしては唯一の小説仕立ての作品である。若き日に書かれた「テス ト氏 との一夜」(初出 1896年)を軸 として、三十年近くを経て書かれた「友の手紙」

(初出 1924年)「エ ミリー夫人の手紙」(初出 1924年)、「テス ト氏航海日誌」(初

ヴァレリニのオ クシモ ロンを個別 に取 り上 げる前 に、ここで、西欧 におけるオ クシモ ロンの代 表的な例を一瞥 してお くのも無駄ではあるまい。オ クシモ ロンは決 して新 しい現象ではない。フ ランス語の ロベールの辞書 によれば、o̲oronの使用例の初出は1765年とされている。もちろ ん、これは レ トリックの用語 として使用 された初めであって、実際に文章の中にオクシモ ロンが 現れた時期 とはずれるのではあるが、結びつ き難い と思われている単語 同士を結びつ けることに よつて、印象的な効果を得 る表現技法が意識化 された ことと、オ、クシモ ロン とい う言葉が出現 し たことは重なっていると見てよいだろ う。

フランス文学の歴史を振 り返 ると、殊にパスカルの著作はオクシモ ロンに満ちている。それは、

人間 とい う多様性 をは らんだ存在の深淵に対す る比類ない 目がもた らした表現であると考えられ る。広 くヨー ロッパに対象 を拡 げるな ら15世紀 ドイツの哲学者ニコラス・クザーヌスに『学識あ る無知』とい うオ クシモ ロンを題名 とした著作がある。またオクシモ ロンが話題になる際、しば しば言及 されるのがシェイクス ピアである。 ウイ リアム・EEンプソンの『 曖昧の七つの型』(岩 崎宗治訳、研究社、1974年)にはシェイクス ピアのオ クシモ ロンとして以下の例が挙げられてい る。「ああ喧嘩 しながらの恋ああ恋 しなが らの憎 しみ!/ああ無か ら創 られたあらゆるもの/

ああ心の重い浮気真剣な戯れ!/美しい形の醜ぃ混沌/鉛の羽根t輝く煙、燃 えない火、病 める健康「綺麗は汚い、汚いはきれい」こ うした表現は、人間の愚かさや狂気、業の深 さを表す ものであろ う。また、人間の不条理 を受 け止める方法 ともなつているように見受 けられ る

̀更 ヴァレリー とも関係の深いT,Sエ リオ ッ トやパウル・ ツェランの詩の中にもオクシモ ローンが頻出 す ることが指摘 されている。

以上のよ うな正統なる文学作品に取材せず とも、吹 き替 えの科 白を耳にす るだけでそれ とわか る英米のテ レビ ドラマの,中にも、数多 くのオ クシモ ロンがち りばめ られている。相手を椰楡する 強烈な武器 としてオ クシモ ロンが多用 されている日常を想像 させ る。われわれ 日本人の 日常会話 においては、この皮肉で技巧の込んだ言葉のや りとりは、さほど多 く取 り入れ られてはいないだ ろ う。

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1925)などが収められている。この「テス ト氏」連作を貫いているものは、

明晰に対する限 りない欲望、安易さの徹底的な排除、偶像への侮蔑である。

まず 「テス ト氏の一夜」から引用 しよう。

名声をめ ぐる無様なゲームを、 自分が特別であると感ずる喜び― これは独特 な逸楽であるが一になぞ らえるに至 る。((ル4p.16)

これは、テス ト氏の鏡像 とも思われる囁 者の「私」が語 つている部分で、世 間で偉大 とされている人の精神を主語 として取 る文章である。「私」は、上記の ように考え、「最 も強靭な頭脳 の人、最 も明敏な発明家、最 も正確 に思想を認識 する人」は、名声 とは無縁の人 に違いない、 とふ と考 えるのだが、そんな こと も忘れた ころにテス ト氏 と知 り合 う、 とい う設定 になっている。テス ト氏は、

精神の可能性の極限 とい うことに衝かれた人間であつて、作品を生むわけで も な く、当然、名 声 もない。名声で計 られ る価値観 とは徹底的 に違 うところに自 己の基準を置いている人間 として語 られ ることになる。引用の文章 中の 「名声 をめ ぐる無様なゲーム」 とい うオ クシモ ロンは、名声 とい う世間的な価値観 を 冷酷 に突き放つ。「名声」 をキ ッチ ュとして言語化 して しま うのである。

世の中の支配的な価値観への不信 は、テス ト氏連作を貫 く トーンである。そ うした不信 を表すオクシモ ロンの例 をも うひ とつ挙 げてみ よ う。

不条理な ことを明確 に欲す る心の持ち主 (azp.49)

これは、「確証があるわけではないが、一部の識者 には、テス ト氏の友人の一 人が、テス ト氏宛てに書いたものであるか ら、収録 してお くべ きだ と考えたの である。」(a tt p.46)との注のついた「友への手紙」の一文の中に見 られ る言 葉である。「友への手紙」は、「テス ト氏」の連作 に組み込まれ る前 には、『 ポー ル・ヴァレリーの手紙』 と題 した書簡集 に収録 されている。 この手紙の中では、

パ リとい う文化的中心で、個性を競い合い、一旗揚げん としている人々の熱狂 を冷ややかに眺めている話者の姿が うかがわれる。「かつて誰ひ とり成 したこと

6「テス ト氏 との一夜」のためにヴァレリーが描いたセ ピア画の中に、室内でふたりの男が向かい 合って談笑している様子のものがある。(■′靴″鶴 Edidons Gallimard,1966)ひ とりは鏡 を背にして椅子に座ってお り、もうひとりは身体を右に傾けて立ってお り、鏡には二人の姿が映 りこんでいる。この二人は互いに類似し、共感で包まれているような雰囲気を漂わせている。

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がない、また将来誰ひ とり成す ことはない事をするとい う法則」がパ リとい う 文化圏での 「最上の法則」 となつている、 と手紙 にはあ り、更 に、その法則 に ついて 「何か不条理なことを明確 に欲す る心の持 ち主の法則なのだ」 と述べ ら れているのである。個性 を競い、仕事を通 じて世 に認め られたい心理 とい うの は、近代人にとつて、ごく身近な願望 にも思われ るのだが、「何か不条理なこと を明確 に欲す る心の持 ち主」 とい う手紙 に見 られ るオ クシモ ロンは、他人 と異 な りたい、他人 と違 うことをしたい とい う願望だけが明確であることの空虚 さ を厳 しく突いているのである。 ヴァレリーは自己の可能性 を探究 しなが らも、

いわゆる「個性」 といつたもので発現 され るレベルのことには、最終的な価値 を置いていない。「人間の特殊性 に依存 し、特定の個人の手 を経なければ絶対 に できない よ うな仕事がいったい どの よ うなものであるかに注意 してみたまえ」

とさらにこの手紙の中で述べている。それがいかに頼 りないものであるかに注 意 を喚起 しているのである。

ヴァレリーが生涯を通 じ、 自己の可能性の追求を個性の追求 とは考 えなかつ た こと、む しろ本 当の 自己の可能性の追求 において、他 との違いや新奇 さに依 拠 した 「個性」な どとい う根拠の希薄なものは、妨 げになって しま うと考 えた ことは、残 されたカイエの多 くの断片か らも明 らかである。 こうした ことと照 らし合わせ ると、「不条理な ことを明確 に欲す る心の持 ち主」とい う上記のオク シモ ロンに合まれた厳 しさが より鮮明になるであろ う。

以上に、支配的な価値観を相対化するオクシモロンの例を挙げたが、テス ト 氏自身の生の姿勢は、どのようなオクシモロンで語られているのだろうか。以 下に見ていこう。

持続 とい うものの精緻な芸術 (a tt p.17)

この表現は、テス ト氏の生の時間にいつも随伴する、認識の努力のありかた を「テス ト氏 との一夜」の話者 「私」が語つている言葉である。「持続」 とは、

個人の努力でもあり、時間のもたらす非人称的 とも言える成果なのであるが、「精 緻な芸術」 と形容されることで、自然物の生育にも似た精神の組織化の事態が 指 し示されているように思われる7。「テス ト氏」連作の中では、精神の能動的な 側面が強 く出ているのだが、ここには、受動性に置かれた精神の一側面も同時 に言語化されているように見受けられるのである。

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次に、「テス ト氏の航海 日誌」の断章か ら、例 を引いてみ よ う。

特殊な祈 りの一種

「私を目覚ませて くれたあの不正や侮辱 に感謝 します。不正や侮辱がかもし た活き活 きとした感覚が、その馬鹿 げた事の始ま りか ら遥か遠 くへ私 を投 げ 出 して、思考の力 と興味 とを与 えて くれ、ついには、 自分の怒 りか ら仕事の 利益を得、偶発事か ら法則探究のヒン トを得ることにな りました。(a ttp.599

これは、可能性を尽 くそ うとす るテス ト氏の生の姿勢の中の、二種逆説的な 訓練、鍛錬 を述べたものである。「不正や侮辱がか もした活き活 きとした感覚」

とい うオ クシモ ロンに合まれた 「不正や侮辱」 とは、実人生や感情の レベルで は、ネガティブなものであるが、知的な生 においてはこの上ない刺激剤であ り チャンスである、そ うい う事態を言語化 している。「不正や侮辱がかもした活き 活きとした感覚」 とい うオ クシモ ロンには、マイナスをプラスに転化 させるテ ス ト氏の知性のあ りようが浮かぶ。

更 に、「テス ト氏 の航海 日誌」の断章か ら二つのオ クシモ ロンの例 を引 く。

精神は最大の可能性一矛盾撞着の能力の最大限だ。((カp.69)

人間は自分が知 りうる以上の事件 にぶつかるようにいわば設計 されている。

(Cンp.73)

以上に表 されているのは、「自己」の同一性や一貫性 に対す る苛立ちであ り、

変化を受 け入れる (変化 をおびき寄せ る)勇気であ り、既知の自己を超 え出よ うとする精神が招きよせ る可能性の広が りともい うべ きものであろ う。最初 に 挙げたオクシモ ロンか らは、「自己矛盾する権利」とい う良 く知 られたボー ドレー ルの言葉が思い出 され る。上記の二つのオクシモ ロンは、不変の「自己同一性」

を手放そ うとしない精神の反転図になつている。

ところで、 ヴァレリーは 「テス ト氏」連作の最初のものである「テス ト氏 と の一夜」 を書いてか ら三十年近 くを経て、他の掌編 も収め、改めて出版 される 際 に序文を付 しているのだが、「可能′性の魔」であるテス ト氏、怪物たるテス ト 7本論文ではあつかわないが、「持続」はヴァレリーにとって、重要なテーマである。詩篇「粽欄」、

対話編の『エウパ リノス』や『樹木 との対話』、評論 「人 と貝殻」の中にも時間をかけた自然の 生成の描写がある。

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氏 を描 くとい う困難な試みについて、次の ように記 しているのが注 目される。

そんな怪物をい ささかな りとも理解す ることtその外貌や習性 を描 くこと、

少な くとも知性の神話の 「鷲頭双翼馬獣」や 「キマイラ」を描 くこと、それ には、不 自然な、時には思い切 つて抽象的な言葉の使用、創 出 とまでいかな いまでも、そ うした言葉の使用が必要であるし一それゆえ、そ うい う使用 も 仕方のない ことなのだ。また、 この仕事 には、期1染みの ものが必要だ。我々 が矧1れ合 っているあの卑俗 さや陳腐 さの形跡 さえも。((ν z p14)

「テス ト氏」連作の中で使用 されているオ クシモ ロンは、いわば異和感 と卑 近 さ (即1染み深 さ)が表裏一体 となっているものである。つま り、言葉の連な りが異様であるとともにtまたその言葉の結合が、層1染み深い観念や概念 を前 提 として、それ を転覆 させているものであることを感 じ取 らせ るものになつて いるのである。 このオ クシモ ロンの持つ性質 と、上記のヴァレリーの言葉は、

通底 していると言 えるであろ う。

「テス ト氏」連作のオ クシモ ロンの例の最後 に、「エ ミリー・テス ト夫人の手 紙」の中か ら、最 も印象的な ものを引いておきたい。

そ こで、私 はモ ッソン神父に、夫は 「神」なき神秘家の ように、思われるこ とがよくあ ります と申しました。((レzp.34)

「エ ミリー・テス ト夫人の手紙」は、認識の魔 に取 り付かれ、常軌を逸 した ところのある全ては掴みがたい夫 との、それでも自由な空気 に満ち、濃やかな 愛情 の交わ され る生活を語 るものである。テス ト氏 は、キ リス ト信徒 としての 信仰 は持 っていない人間 として描かれているのだが、信仰 にた よらず、孤独の 中で認識 を突 き詰 めようとす る徹底 した姿が、「神のない神秘家」とい う言葉を 呼ぶのである。神概念 を出発点 としない思想が、神の よ うなものを引き寄せ る とでもい う逆説的な事態が語 られている。上記のエ ミリー夫人の言葉 に対 し、

モ ッソン神父は 「なん とい う閃 き女性 は時々、印象の率直 さと言葉のあい まい さを掴み出 してみせ る…」と反応す るのだが、これは、「「神」なき神秘家」

とい うオクシモ ロンの性質を踏 まえたものである といえよう。個々の言葉の定 義か らする と矛盾す るはずの言葉の結 びつ きが、強い、端的な印象 を残す とい

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うことがある。このことに、ヴァレリーは意識的だつたはずである。あるいは こう言 うべきかも知れない。ヴァレリーは逆説を見出してしまう人間だつたの だろう。そして、逆説がオクシモロンの形に凝縮 したと見るべきかもしれない。

ヴァレリーにとつて、オクシモロンは単なる言葉の遊戯ではなく、逆説の発見 そのものを写 し取る言葉であったと考えられる。

「テス ト氏」連作の序文にヴァレリーは、「テス ト氏のような種類の形の生存 は、現実の世界では何十分 と存続するわけはなかろう」((24p.13)と述べて いる。また、テス ト氏の緊迫 した短い生は「既知のものと未知のものとの関係 を打ち立て組織するメカニズムの監視に費や される」(Oι z l。14)と い う。こ れらの言葉は、『テス ト氏』を通常の小説のように読もうとする人々に向けて、

登場人物の極度の仮構性 と実験的な位置づけについて注意を喚起 している言葉 だと読めるのだが、ヴァレリーが半世紀に渉つて書き続けたカイエの自己をめ ぐる記述を見れば、テス ト氏 と相似の生のパタ‐ンの記述が、繰 り返 されてい たことがわかる。テス ト氏は仮構の人物であるが、カイエを書き付けたヴァレ リーの少なくとも知的な部分での生は、テス ト氏のそれに重なつていると見え るのである。

『カイエ』の中では次のようなオクシモロンで、自己のあり方が示 されてい る。

私の精神は建てようと努める一私の精神に抵抗 しようとするものを建てよう と。(caヵル熔 二p.27)8

模倣することの、そして模倣 されることの滑稽なる恐怖感 (a:4p.29)

完壁、それに達するとい うことは、つまりは無力さによつて卓越を知ること である (04p.229)

これらは、いずれも、可能性 と不可能性 とのはざまで、 どれだけ緊迫した戦 い に臨んでい るか を示 してい る。「抵抗 しよ うとす る もの を建 て る」、「滑稽 な る

8ヴァレリーの手記『カイエ』の引用に関しては、a物第 二rf Edition&ablie pだsenttt et anno e par Judith Robinson‐Va【,P16iade,Gallimard,1973,1974に よる。以下二」の略号を用 いる。

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恐怖感」、「無力によつて卓越 を知 る」 とい うそれぞれのオクシモ ロンは、 自己 とい うものの逆説的な姿を描いているであろ う。

一方、興味深い ことに、カイエの記述 には、上記のオ クシモ ロンに現れてい た ような、可能性 と不可能性のはざまでの知力 と感性 をあげての戦い とい う自 己の張 り詰めた側面の対極 ともみな しうる面 について述べた、次の ようなオ ク シモ ロンも見 られるのである。

誤ちや馬鹿 らしさを受 け入れ る自特 (Cα I P.53)

否定的帰結 を有する豊穣 さ (a tt p.146)

以上二つの引用 に見 られ るような、張 り詰めた内面 と対極 をなす面は、カイ エの記述の中で決 して量的 には多 くないが、それ故、通読する際に印象 に残る 部分でもある。「テス ト氏」連作で も「エ ミリー夫人の手紙」の中で、こ うした 側面が、い とお しく夫 を見つめる妻の 目を通 して描かれてお り、 この連作に奥 行 きを与えているように思われ る。以上 に挙 げた二つのオクシモ ロンは、精神 のデ リカシー と慎みを語 つて美 しい。

2.芸術をめ ぐるオクシモ ロン

ヴァレ リーの著作の中で も、芸術 にまつわ るテクス トは、 ことにオクシモ ロ ンが頻出す る。美 とい う捉 えがたい ものを捉 えよ うとす る精神が、この レ トリッ クを必要 とす るのだろ うか。 ヴァレリーは『 カイエ』 に次のように書 き記 して いる。

美一 とは、「名状 しがた さ」を意味す る (そして この状態を再び味わお うとす る欲望 を)。 したがつて美 とい う言葉の「定義」は、具体的な個々の場合にお ける一具体的種類の表現一不一可能状態の記述 とその状態の生み出 される条 件 とに他な らないだろ う。(Cα

=p。970)

ヴァレ リーは、詩人 として、言語そのものによつて 「美」 を現出せ しめるこ とを企てるとともに、青春期 より音楽や建築 を精神の養いの ようにして生きて きた。また、ル ノワールや ドガ、ベル ト0モ リゾな どの画家たち との親交 もあ り、絵画論 も数多 く残 している。 ヴァレ リーにとつて芸術は、まさに環境条件

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であった とさえ言い うるのである。上記 に示 した『 カイエ』の断片は、1935年 に書かれた ものであるが、既 に芸術 をめ ぐって著作 を数多 く発表 しているヴァ レリーが、「美 とは名状 しがた さ」 と捉 えていることが注 目される。『 カイエ』

は、作品化することを目的 とせず、知性の鍛錬 として書かれたものであ り、そ こには、実 に生々 しい思考の軌跡が伺われ るのだが、 ヴァレリーは この断片 と ほ とん ど同 じ発想の文章 を「美は否定的」とい うタイ トルの下、1941年に刊行 された『雑集』形 滋鶴ヮに掲載 している。

美 とい う捉 えがたいもの に、ヴァレリーは生涯向き合つていた といえようか。

美 とい うものの捉 えがた さを捉 えがた さのままに言葉 にすること一そんな精神 のエチ ュー ドに向か うヴァレリーの姿が浮かぶ よ うな言葉が『 カイエ』に刻ま れ る。死の前年のことである。

「美」。事物の前ではな く、 自己の前 に座 ること一 数々の矛盾する性質一否定的な一

還元不能性一非蓋然性。

動か しがた さ。

理解 しがたい明証性。

「有限の形をとつた無限」。

人を絶望 させる充足感。

沈黙 と感嘆の叫び一

これ ら、表現的否定性は、何ゆえだろ う?(Cα

=p.982)

ヴァレリーは美を把捉 しよ う、定義 しようとして言葉 を重ねてい く。上記の 引用の中には、「理解 しがたい明証性」、「有限の形をとつた無限」、「人を絶望 さ せ る充足感」 とい う三つのオクシモ ロンが含まれている。美を定義す る数々の 表現を自身で見出 しておきなが ら、 ヴァレリーは、引用の最後の行で、なぜ美 が、そ して、美を定義す る言葉が否定的なものになるのか、わか らない、 と書 くのである。『 レオナル ド・ダ・ヴィンチ方法叙説』や『 エウパ リノス』、『 魂 と 舞踏』な どで、創造行為 をめ ぐる極度 に明晰な分析 を遂行 しているヴァレリー だが、美の捉えがた さを前 に什み、 シンプルだが力強いオクシモ ロンを書き付 けている。その姿 自体が感銘深い。同じひ とつの ことに、終生そのつ ど新たに 立ち返 つてい くことの意味 とい うのを考 えさせ られ るのである。

芸術 についての表現 になぜオクシモ ロンが多 く用い られているか、ここでは、

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これ以上の立ち入 つた考察 は行わない。 ヴァレリー 自身、卓抜なオクシモ ロン を見出 していなが ら、なぜその ような言葉が綴 られたかについては、 日を閉 ざ しているのである。ただ、以下 に、芸術 をめ ぐるオ クシモ ロンの例 をい くつか 更 に提示することによつて、ヴァレリーの芸術観の一端 を明 らかにす ることと したい。 さしあたつて、 ヴァレリーにおける芸術 をめ ぐるオクシモ ロンを、以 下の三つ に分 けてみたい。第一が共感覚に基盤 を置 くオ クシモ ロンであ り、第 二が非在 と存在の関係性 に根 ざす もの、第二が理性 と夢 を結びつ けるもの。 こ の三つである。

共感覚 とは、五感の うちのある感覚の刺激が別の感覚を生 じじめるとい う現 象の ことである。9共感覚に基づ くオ クシモ ロンは、音楽 と建築の類比性が一つの 重要論点 となつている「建築家をめ ぐる逆説」や『 エウパ リノス』 に複数見出 される。冥府のソクラテス とパイ ドロスを主人公 とするプラ トン風の対話篇で ある『 エウパ リノス』の中で、 ソクラテスが 「黙す る建築、語 る建築、歌 う建 築」((2二 p.93)と い うことばで建築の美 を序列づ けているのは良 く知 られて いる。 この表現で生 じていることは、建築の擬人化でもあ り、建築 と言語行為 の類比であるが、 もとをただせば、素朴な レベルでの、視覚 と聴覚の照応であ る。共感覚の表現は、五感の個別性の くびきか ら我々を解 き放つ。そ して、そ こに何が しか驚異 と発見の感覚が入 り混 じる。オクシモ ロンは、意外性のバネ をことばの結合 に仕込んでいるか らこそ生まれ るものであ り、共感覚は、そ も そもオクシモ ロンの対蝸であるといえる。 ヴァレリーは 「建築は、空間が自ら に捧 げる頌歌である」(Ca tt p.931)と の ことばを『 カイエ』に書 き付 け、対話 篇 ‐『 エ ウパ リノス』の中では、 ソクラテスに「私 は列柱 の歌 を聞きたい、そ し て、澄み切 つた空 にt旋律 の碑 を思い描 きたい」((%二 p。931)と、二つのオ ク シモ ロンを合む台詞 を語 らせ る。このモチーフは、後 に「列柱の歌」(詩集『魅 惑』)と して詩篇 の形 をとつて見事 に結実す ることになる。

ヴァレリーが共感覚のレヴェル にポエ ジーの源泉 を見ていた ことは、彼の著 述 に頻出す る「歌」chantの,マか らも明 らかである:例えばヴァレリーは『 カ イエ』の中で、絵画 についても次の よ うに「歌」の比喩 を用いている。

ベ ラスケスは見事に語るが、歌わない。ティツイアーノは歌 う。 レンブラン トもまた。 クロー ド (ロラン)は歌 うが語 らない。(Cα tt p.960)

9ア ルチュール・ ランボーが母音にそれぞれ色彩があるとした例は有名である。

(13)

ヴァレリーの芸術論に現れる共感覚については以前、拙論10で触れたが、共感 覚とは感官の区別が無効 となるほどの主体の高揚 と結びついたものである。ヴァ レリーは「歌」chantと い うことばを、ひ とつの美の世界を現出させる決定的な ポエジーの条件 としてしばしば使つている。「ぃかなる芸術にあっても「歌 う」

状態が見出されない限 りは、何も作 り出されない」(Cα tt p.1029)と「カイエ」

には記されている。「歌 う状態」&at chantant(Cα ムp.1109)を読者の中に誘 発することが、ヴァレリーにとつての詩の創造であつた。そして、「歌」とい う

ことばは、ヴァレリーにおいては彼の詩作や魂のあ り方 と結び付 けられ、聴覚 のみならず、視覚を表す言葉にも結びつき、例えば「歌 うた う風景」 とい うオ クシモロンも生まれることになるのである。

次に、非在 と存在の関係性にもとづ くオクシモロンの例を挙げてみよう。

しかし、肉体 と精神、このどうにも否定できないほど現実的な存在 と創造的 な不在… (a tt p.loo)

上記の言葉は『エウパ リノス』の登場人物であるパイ ドロスが、建築家のエ ウパ リノスとい う男の語つたこととして伝えている部分の断片である。ここで パイ ドロスは、建築 とい う創造行為に、肉体 と精神がどのように与つているか を語ろうとしている。肉体を「否定できないほど現実的な存在」 と言い表 して いるのについては、さほどの説明を要 しないだろ う。では、「精神」に対応する 言葉である「創造的な不在」absence"ぬtriceとい うオクシモロンについては どうであろう。absenceは日本語に翻訳 しがたいことばであるが、存在、現在 を表すpだsenceと 対を成すものとしてしばしば用いられる。また、二つの言葉 は、高度に抽象的に使われるとともに、かな り物質的、身体的でもある具体的 な意味を担わされることもある。ヴァレリーは、1934年 に発表 された小論「美 的無限」(12二 p.132‑1343)の 中で、「存在は不在をひき起す」(a rrp.1343)

と述べて、存在 と不在の関係性に触れているが、「創造的な不在」とい うオクシ モロンは逆に、存在を生む豊かな契機を備えた不在や欠如のことを指 している のであろう。それは、 日常的な自我や個性 といつたものを取 り去つた純粋自我 と重なつてもいるだろう。

10「空間への頌歌、旋律の碑一ポール・ ヴアレリーにおける建築 と音楽」『 比較文学研究』第77号 東京大学比較文学会、2000年 (旧 黒田愛で執筆)。 この拙論において、 ヴァレリーにおける 建築 と音楽の類比を成 り立たせているのが、共感覚 (syneSth6sie)で あることを指摘 した。

(14)

ソクラテス、パイ ドロス、そ して医者のエ リュクシマコスの鼎談の形 を取 つ た舞踏論である『 魂 と舞踏』(初1921年)では、踊 り子アテイクテの踊 りに 魅了 されたパイ ドロスが次の よ うに感嘆の声 を漏 らしている。

何 と彼女は自分の非在 を主張 していることか、尽 きることのない軽やか さに よって !… (a=p.162)

「存在を主張する」とい うのはあ りきた りな表現であるが、「非在を主張する」

teste son inexistenceと い うオ クシモ ロンは、何 を意味 しているだろ うか。

舞踏 とい う、それ 自体で完結 し、外的な 目的のない行為の純粋 さ、その中に、

忘我の境地でひたる踊 り子の魂の純度が鮮烈 に感 じられる、そ ういった事態の ことを指 しているのであろ う。一方で、踊 り手の身体は厳然 と存在感を放って もいる。 ヴァレ リーはパイ ドロスの口を借 り「踊 り子は、非在 と存在の全秘蹟 を寿いでいる」(a tt p.164)と述べ るのであるが、 これは、「舞踏 とは何か」

とい うソクラテスの問いに対す る、最 も明晰な回答 になつている部分である。

舞踏は、 この対話篇『 魂 と舞踏』の中で、 さらに炎にた とえられてい くこと になるのだが、炎について ソクラテスは次の ように言 う。

炎 とは、 もっ とも高貴なる破壊の、 とらえがた く毅然 とした形で もあるので はなかろ うか。(aム p.170)

このソクラテスのことばの中では、「破壊」とい う名詞 と「形」とい う名詞の 結びつき、 さらに「とらえがたい」 とい う形容詞 と「毅然 とした」 とい う形容 詞 の結びつ きがオクシモ ロンとなつている。 この ような言葉の意外な接続が、

不在 と存在、非在 と現在が交錯する舞踏 とい う特権的な時間を描 くことを可能 にしているように思われる。

ヴァレ リーの芸術をめ ぐるオ クシモ ロンの例の最後 に、理性 と夢 を結びつけ るタイプの表現 を、同 じく『魂 と舞踏』の中か ら取 り上 げてみたい。

ソクラテスは目の前で繰 り広 げられている踊 り子たちの舞踏 を前 に次 ように 言 う。

悦楽の魂 よ、だか ら夢の反対、つま り不在の偶然を見るが よい…。 しか し、

(15)

夢の反対 とはなんだろう、パイ ドロス、別の夢でないとしたら。「理性」その ものが見る警戒と緊張の夢 !(a=p.154)

「理性」そのものが見る警戒と緊張の夢」とい うこのオクシモロンは、さら に、「均整 と秩序 と行為 と連続 とが浸透 している夢」、「崇高な法則、明晰な顔を した法則によって夢見られる夢」、「理知的なものが女神達の能力でひとつに溶 け合っていることを示すための理性の夢」と、畳み掛けるようにしてソクラテ スにより別の言葉で言い換ええられてい く。パイ ドロスが、精神を悪化させる 夢であり、悦楽的な夢であ り、美的 0感 覚的にのみ見る夢であるとして舞踏を 捉えているのに対して、ソクラテスは、舞踏 とは理性の夢であると捉え返 し、

反論 しているのである。ヴァレリーは、覚醒が夢でもあるような時間、あるい は、覚醒 と知性の行使が夢に至るような秩序 といったものを、このようにして

『魂 と舞踏』とい う芸術論に刻んでいるのである。幻想や非 日常、インスピレー ションに多 くを得るロマン派的な芸術観の呪縛は強いだけに、「理性 とい う夢」

とい う言葉に凝縮されるヴァレリーのこの非ロマン派的な芸術論は、必然的に 多 くのオクシモロンを合むことにもなったのではないだろうか。

3.文明をめ ぐるオクシモロン

この節で分析するオクシモロンは、ヴァレリーの言説の中でも、人間の共同性 やその精神風土、人類や社会にとつての未来 とい うものが強 く意識されているも のの中から取られたものである。「文明をめぐる」と題しているが、しばしば見られ る文化の対義語 としての文明といつた狭義の「文明」ではないことを断つておく。

俗に言われる「沈黙の二十年」の後の 1917年 、詩集『若きパルク』の好評を 得て、ヴァレリーは文壇に迎えられ、以後、批評の依頼や教養人士を前にして の講演の機会が増えてゆく。ヴァレリーは一詩人であるとともに、第二共和制 下フランスにおける、いわば精神生活の導き手 としての「文人」・「知識人」の 役割をあてがわれることになるのである。ヴァレリーは生活の糧を必要 として いたとい う事情もあ り、この役回 りを見事に演じてい くことになるのだが、彼 の文明に関する批評や講演の文章は、しばしば逆説の形を取っている。そして、

おそらくは、かなり意識 された惹句 として、オクシモロンが配置されているよ うに見受けられるn。

11修辞学の定義 によると、パ ラ ドクスの凝縮 された表現がオ クシモ ロンである。

(16)

長 らく、 自分のためだけに思索のノー トを綴 る習慣 を続 けていたヴァレリー が、読者や聴衆 とい う他者の存在を前提 とす る語 り口を、一体、 どこで、 どの よ うに獲得 したのだろ うか、と問いた くなるのだが、彼の批評や講演は、『 カイ エ』のエ ッセ ンスを合みつつ、いずれ も独 りよが りとは無縁であ り、読者や聴 衆 に対する実 にエ レガ ン トな礼節 を湛 えた説得的なものである

̀孤独な思考の

作業 も、「自己」の鏡像 を引 き連れ、それゆえ一つの他者、あるいは無数の他者 に向か うことに等 しかつた とい うことなのだろ うか。そんな思いに導かれ る。

通念 と創見 とがせめぎ合 う波頭 に浮かぶかのよ うなオ クシモ ロンを、以下 に 辿 つてい こ う。

平和 とは、おそ らく、人間同士の敵意が、戦争 に見 られ る如 く破壊 によつて 表現 され るのではな く、創造行為 によつて顕在化 され る事態のことであろ う。

(Cとp.993)

平和 とは、その過程 に愛 と創造の行為 を容認する戦争のこと (Oι tt p.994)

以上の言葉は、読者 にあてた二通の手紙 とい う体裁 をとつた文明論の中に見 られ るものである。最初の文は、第一の手紙 に記 された、 ヨー ロッパ精神の亡 霊 ともい うべ き「ハム レッ ト」の独 自であ り、二番 目の文は、最初 に掲 げた言 葉を、第二の手紙 の冒頭で受けなお したものである。「精神の危機」と題 された この小論は1919年に、まず ロン ドンの出版社発行の雑誌であるr力ι∠励θπαι%π に英訳の形で掲載 され、ついで未公刊だつたフランス語原文がNoR.F誌に掲載 され るとい う経緯 をた どっている。 ヨー ロッパの命運 について語 る論調は、 こ の発表媒体 にも規定 されてい よ う。第一次世界大戦の余儘 もさめや らない時期 である。「平和」を定義するもの として置かれた「その過程 に愛 と創造の行為を 容認する戦争の こと」 とい うオ クシモ ロンが どれだけ痛切 に響いたかは想像 に 余 りある。フランスは第一世界大戦 において戦勝国側 に連な りこそ したが、ヴェ ル ダンでの戦いを始め として、人身の喪失は未曾有の規模であった し、国土全 体の混乱 と疲弊はほとん ど限界 に達 していた。ヴァレ リーは、「平時」に立ち戻つ たまさにそのタイ ミングで、「戦時」の方が戦いは単純であ り、「平時」 こそが 複雑 な戦いを必要 とす る時代なのだ と、戒めの言葉 を発 しているのである。「精 神の危機」は、 この極東の島国で も文明論 の古典 として読まれるテクス トであ るが、「人間の間には、本然の敵意がある」とする認識の基調おけるペ シ ミズム

(17)

と、行為 に託す夢の熾烈 さとの振幅の大 きさで、人を慄然 とさせず にはいない。

こ うした振幅の大 きさは、 ヴァレリーの文明論 にあ らわれ るオクシモ ロンに 共通す るものである。 さらにオ クシモ ロンの例をさらに拾 ってみ よ う。

精神の政治学 (att p.lo14)

これは、1932年に行われた講演の表題である。「精神の政治学」 とは、「個人 的な ことは社会的なことである」 とす る哲学や政治学、社会学な どの二十世紀 後半の思想の成果を既 に知つている我々の眼か らす ると、陳腐なものであるか も知れない。しか し、1932年とい う時点 にあって、「精神の政治学」とい う題 目 は、充分 にオ クシモ ロンの響 きをま とっていたはずである。 ヴァレリー自身、

この表題 について、「かな り漠 として謎めいた名称」(1動蠣 p.1016)と 語 つてい る。「政治学」 と訳 したが、フランス語のp01idqueには、方策、戦略、かけひ き、 といった生々 しい戦場 を思わせ る合意がある。 ヴァレリーが この演題を思 いついたのは、文化的な生活 に不可欠 と思われる本質的な部分 を保存 し、かつ 新たな生活を建設 しようとす る面 (こち らが、「精神」esp五tとい う言葉か らま ず浮かぶ面であろ う)と、 自己の 自由や深 さや進展 を阻む種々の危険の察知 と い う二つの面か ら精神の問題 を考 えなければな らない と考えた ことによる。 こ の講演録では、個々の生の機軸であ り、価値の保存庫であ り創造機である「精 神」が、近代のシステムの中でいかなる困難 に直面するのであるか とい うこと、

そ してその困難の中にあって、いかに抵抗 を試み ることができるかが語 られて いる。精神の力の擁護 を、決 して教養主義的な、あるいは 自己修練的な言説の 中に回収す ることな く、危機 の時代のアクチ ュア リテイーの中で緊張感を持 つ て語 つていることが、 この講演の主張のオ リジナ リテ イーであっただろ う。

また、 この講演の中には、政治上の寛容 と不寛容 とい うことについて、鋭い 視点を加 えている箇所がある。 ヴァレリーによれば、政治上の寛容 とは、思想 や宗教の 自由のことであるが、それは、歴史的に言 つて、非常に遅まきにしか 実現 されないものである とい うことが述べ られた後、次のよ うなオ クシモ ロン が務詮く。

これに対して、非寛容は純粋な時代の恐ろしい美徳であるとも言えよう。(Oι 二 p.1018)

(18)

ヴァレリアは純粋な pursと い う形容詞を、詩的な表現の中に最大限に生かし てきた詩人でもあるのだし、いささか古風な響きを持つ「美徳」verteとい う語 にも切なる響きを持たせようとした言葉の使い手であることを我々は知つてい る。それだけに、「恐ろしい」te..lblesとい う形容詞ひとつが加わつたことで生 まれる衝迫は激 しいのである。憎悪のみ抱いている場合より、愛憎半ばする場 合の方が殺意の残虐性は増す とい う犯罪心理学上の逆説を連想 させるものがあ る。      .

.ヴァレリーの文明論には、危機の時代のアクチュアリテイーがあると述べた が、「精神の政治学Jの中には、危機の現状を言語化 しただけではなく、その現 実の中で、どのように未来を見据えるかという論点も盛 り込まれている。ヴァ

レリーは「希望は、精神の精密な予測に対して存在が抱く不信に過ぎない」(a

p.1021)という詭弁ともとれる逆説を過去の発言(「精神の危機」)か ら引き、

また「私は予言を好まない」(磁 p.1039)と断つた上で、人間の未来につい て尋れる人に対し、「我々は後退りしつつ未来に入つていく」(Oι.二 p.1040)

と答えた、と述べている。これも、ひとつのオクシモロンに数えられるであろ う。近代人の時間意識は直線的なものであ り、未来 とは、歩を進めてい く先で あると通常考えられているからである。 しか.し、人間が多少な りとも知つてい るのは過去であり、見えているのは現在であり、また、未来にいかなる危険が 待ち構えているか誰も知 り得ない。「未来に後ずさりしつつ (つまり背を向けつ )入つてい く」 とい うこのオクシモロンは、深い リア リティを湛えているよ

うに思われる。      ̀

フランス、ひいてはヨーロッパを代表する知識人 として振舞 う機会が増える につれ、ヴアレリァは、自ず と教育の問題に関心を寄せるようになる12.1935年 に行われた講演の記録である「知性の決算書」では、知性の将来 と結び合わせ、

教育が考察の重要論点 とされているのだが、教育の現状に対するヴァレリーの 憂慮が示 されている。ここ数年、三、四の大国で、青少年全体が本質的に政治 的性質をもつた教育的扱いを受けていること、画一的形成が見られること、そ して教養への配慮より、社会体制や国家の著 しく限定的な意図に適合した成人 を仕立てることに力点が置かれているとの分析を展開した後、ヴァレリーは次 のように言 う。

12ヴァレリーの教育論 については、拙論「教育 をめ ぐる断章―ポール・ ヴァレリー『 カイエ』の記 述を中心 に一」『人文論集』55‑2、 2004年7月

(19)

ごく近い将来、我が国の青少年は、仕立てられ、仕込まれ、いわば国営化さ れた、諸国の等質の青少年たちを目にすることになるだろう。(Ooff.pp.1072‐10731

「青少年」と「国営化された」&atis6esと い う形容詞の結びつきは言 うまで もなくオクシモロンである。この表現は、かな りきついものである。ヴァレリー は、この時期教育大臣を務めていたセー ト時代の同級生に遠慮があったのだろ うか、あるいは、講演の場で自国の教育を直接批判することが難 しかつたのだ ろうか、ともあれ教育の危機にういて「三、四の大国で」 と述べ、暗にフラン スと対置させているようにも読める。 しかし、彼の残 したカイエの文章などを 読むと、自国の教育に感 じていたのも上記のような「画一化」 と「国営化」の 事態であって、講演でのレ トリックは誠実さを欠 くものにも思われる。ヴァレ リーは「三、四の大国」にフランスが合まれることを聴衆が感 じ取るはずであ ることを計算して、あえては言挙げしなかつたとい うことだろうか1ヽヴァレリー は、印象的なオクシモロンを聴衆に残 しておいて、巧みに国家 との正面対決は 避けているのである。

文明をめぐるオクシモロンの最後の例 として、人間の未来に対 してヴァレリニ が抱いていた祈念が現れているものを取 り上げたい。ヴァレリーは 1925年 にア カデ ミー・ フランセーズ会員に選出された後、国際知的協力会議に参加 し、議 長を務めるようになるのだが、1937年 に行われた「文芸の近き運命」をテーマ とする第8回の同会議の閉会の辞を改稿 した小文14の題 目を「精神は贅沢か  たは 無用の必要」 と題 している。 この小論の中でヴァレリーは、利害を超越 した思考や芸術の探究、感性の創造が、物質的に定義 された様々な価値の間に 同列に置かれる希望を示唆 した後、「ついに到来することはないであろうが」と

131935年に行われた講演「セー ト中学校賞授与にあたっての講話」(Oιpp.1427‐1443)の中には、

聴衆へのサー ビ不もあろ うが「もし私が教育大臣の所轄事項に嘴を挟んだ ら、大臣は果た して何 と言われ るで しょう。」(Oι  tt p■435)との言葉があ り、大臣とヴァレリーがセー ト中学の同級 生であることに触れ られている。また、臨席 している教育行政関係者に礼を失することのないよ うにとの配慮 も見せた上で、やは り、「三、四の大国で」青少年全体が国家 目的 に適合 した人間 を作 ろ うとしているが、教養が こ うい うところか ら得 ることはない」 と発言 している。「フラン スの」と名指 さないで、他国のこととして、あるいは、一般論 として思者のエ ッセンスだけを取 り出 してみせるや り方は、狡猾で もあるが、場 にかなつた振 る舞いをしつつ思考の三,センスは 譲 らず伝 えるとい う離れ業 とも言 える。

14E%ιルπs yrfrf ιι Das″π夕ηιλα′π ttsZι陀s,L'Institut lntemational de Coop6ration lntenectud,1938

(20)

留保 をつ けた上で 「最 も利害 を超越 した知的作業の公益 を認識す る時代」を準 備す る活動 として、知的協力会議の営みを位置づ けているのである。小論の題 の中に合まれている「無用の必要」 とい う言葉 自体、 この上な くシンプルなオ クシモ ロンであるが、「最 も利害 を超越 した知的作業の公益」は、それをも う少 し限定的 に、精度 を高めて表現 したもの と言 えるであろ う。 ヴァレリーがこの オ クシモ ロンに至つたのは、知的な探究は、相互的な理解の能力に基礎 を置い ているものであ り、相互理解 こそ社会の根底であると考 えたか らである。孤独 な個人の探究 と思われ るものも、脱利害的であるだけに一層、匿名の他者 に開 かれたコミュニケーシ ョンた りうるとす る認識がヴァレリーにはある。また、

思弁が行動 に与える衝迫 にも意識的であつた。「最 も利害を超越 した知的作業の 公益」 とい う言葉の裏 には、「実生活 に益す ることのない贅沢品 としての学芸」

とい う紋切 り型が透 けて見えよう。 当時 も涸漫 していたであろ う、その ような 軽蔑 ない し軽視をふまえているか らこそ、上記のオ クシモ ロンは批判の力を発 揮す るのである。

おわ りに

以上に、 ヴァレリーの著作か ら「自己」、「芸術」、「文明」を主題 とするオク シモ ロンを順次取 り上げ論 じてみた。 この小論で取 り上 げられなかつたものも 合め、ヴァレリァのオクシモ ロンの背後 には、必ず といって よいほ ど彼の思考 の重量 と弾性が感 じられ、短い表現の中に鋭い問いかけや明察が閉 じ込められ ている。

そ もそもヴァレリーは 「言葉」 とい うものが素材 として不純であることに苦 しみ、純粋な素材 を用いると映 つた音楽家や建築家 に嫉妬 に似た感情 を持つて いたのだが、オクシモ ロンとは、言葉のもつ不純であ り曖昧であるとい う条件 を最大限に利用 した表現ではなかろ うか。オ クシモ ロンとなって言葉が意外な つなが りを見せ るとき、その言葉の結びつ き自体が新 しい観念 を生む とともに、

その時、我々は、オクシモ ロンを構成 している一つ一つの言葉のもつ意味の重 みや拡が りや位相 について、再考す るよ う仕向けられ るのではないだろ うか。

言葉が 「純粋」な ものであったな ら、 このよ うな再考の機会 を与えることもな いだろ う。言葉 とい うものが不純であ り、敢 えて換言するな ら意味のゆ らぎを 許 し、弾性 に満ちているか らこそ、オ クシモ ロンが成立す るのであ り、常識や 固定観念 を揺 るがせ、新 しい視角を提出する力 ともなるのであろ う。ヴァレリー のオ クシモ ロンは、単なる言葉の戯れや文体の飾 りにとどま らない.

(21)

ヴァレリーのオクシモ ロンには、 したたかな認識が秘め られている。 ここで

「したたか」である、 と述べたのは、通念や最大公約数的な価値観の存在をふ まえた上で、己の独創 を形 にしているとい う事態 についてである。 ヴァレリー のオクシモ ロン使用 は、後 にシュール レア リス トたちが行つたような 「ミシン とこうもり傘の出会い」 といった任意の驚異的なものの組み合わせ による観念 やイメニジの飛躍 とは違い、いわば 「常識人」を一度味方 につ けた上で、認識 を一歩前へ と進めてい くた ぐいの言葉の配置であ り、観念の操作であるといえ る。ヴァレリーのオ クシモ ロンには、彼が どのような固定観念 と闘つていたか、

闘いの中で どのような可能性 に向かって開かれ よ うとしていたか、そ して覚醒 とい う夢をどのように生 きようとしていたか、その軌跡が刻まれているように 思われ るのである。

計量化 され、判 りやすいものばか りが幅を利かせ る時代 にあつて、「精神」と い う名状 しがたいものの力、その高貴 さを死守することに賭 けたヴァレリーが、

正気で行った言語造形の無視 しえぬ一つのパターンがオクシモ ロンだつた と考 えられる。

(※ 本論文執筆 にあたつては、平成16年度人文学部若手研究者奨励責採択 に あずかつた。)

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