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飛躍の拒否、ヴァレリーのドガ論をめぐって

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(1)

飛躍の拒否、ヴァレリーのドガ論をめぐって

著者

安野 麻子

雑誌名

年報・フランス研究

34

ページ

67-80

発行年

2000-12-25

URL

http://hdl.handle.net/10236/9423

(2)

67

飛躍の拒否、 ヴァレリーの ドガ論をめぐつて

安野 麻子 序 パスカル を非難 した ヴァレリー よく知 られているよ うに、ヴァレリーは「『 パ ンセ』の一句 を主題 とす る変奏 曲」の中で、極めて激 しい 口調 で、パスカル を非難 している。その非難は、必 ず しも正 当な もの とはいえない面 をも持 つている と言 えるが(1)、 一方で、こ の作品の中には、 ヴァ レリーがその精神生活において抵抗 しよ うとしたものが 象徴的に表現 されてい るとも考 えることができ、その意味では、非常に興味深 い作品である。 例 えば、そ こで ヴァ レリーがパスカル を非難 している文章の一部分 を取 り上 げる と、それは次のよ うなものになる。 「人間は くだ らないものだ、人生は空 しいものだ、 自然は敵だ、知識 もはかな い ものだな どと、他人にい くら繰 り返 して言 つて も、それで何 を教 えた事にな るだ ろ うか

?

人間が無である事はわか りきつているのに、その無をお しつぶ そ うとした り、あるいは人間が とつ くに知つてい る事を、あらためて言いきか せた りす るのが、いったい何の役に立つだろ うか?」 (2) しか しこの よ うに言 つてはいるものの、ヴァレリー 自身、人間存在の空 しさ、 相対的価値観 の浮薄 さといった ものに対 して無関心であったはず もなく、パス カルの絶望、パスカル の孤独 といつた ものに ヴァ レリーが全 く無知であつたな どとい うことはあ り得 ない。例 えばパスカルは、人生のあ らゆる営みは、人間

(3)

の悲惨な状況か ら目をそ らすための気晴 らしであ る、 とい う意味の ことを繰 り 返 し言 つてい るが、この ことに対 してもヴァ レリーは、「彼が芸術家、しか も偉 大な芸術家であ りなが ら、芸術 をいや しめるの も結構である。彼が幾何学者 、 しか も偉大な幾何学者であ りなが ら、その学問をば、単なる好奇心、そのよ う な ものに専心 して も人間の魂を本質的な不幸か ら引きはなす ことの出来ぬい と なみ としていや しめるのに も、私は賛成である。」

(Vp466)と

して、パスカル の考 えをいつたんは受 け入れている。 ただ し、 ヴァレリーはこの段階に止まっているわけではない。パスカルが、 そ ういつた考えを無限に発展 させ、 この世の次元での絶対的諦 め、絶対的絶望 へ と結び付けて しまつたの とは全 く逆に、パスカルがいわゆる気晴 らしとい う 言い方で表現 している芸術や、学問 といつた ものを、生 きよ うとす る意志へ と 結びつ けるのである。 ヴァレリーは、次のよ うに言つてい る。 「無限な忍耐 と多 くの関心を持 つてあらゆる事物の巨大な圧力に対抗 しようと す る場合 、 どのよ うな別 な種類の思想が人間に生 じうるかを考えてみ よ う。精 神 は探究す る←resprit cherche)も のである。ノ精神は、宇宙の考察を続 けるの に必要な ものを、性急 に想像 した りしない。」 (Vp471) おそ らくヴァレリーはパ スカル とは全 く異質な仕方で、そ ういつた難題 と闘 ったのである。それは、「探究す る」こと、敢 えて言えば、「探究 しつづ ける事」 であ り、 この ことは「生 きよ うと努 めなければな らない」人間 としての、 ヴァレ リー に とって必然的な決意であつたに違いない。 「生命体の うちにあつて、その様々な能力の平衡 を破 ることを本来的な使命 と す るのが感性 であ る、(...)それ ゆえ、われわれの精神は 自分 自身 を刺激 して、 茫然 自失 の状態か ら解放 されねばな らない。 そ して、一方では 自分がすべてで ある とい う感情 と、他方では 自分は全 くの無であるとい う動かす事の出来ない 事実 との、この二つが引き起 こす荘厳で不動 なお どろきの状態か ら、立ち直 ら ねばな らない。 このよ うに して、本質的に孤独な ものたる精神が自らの思考に よつて 自己を防衛 す ること(=se d6fendre par ses pens6es)が 理解 され る。 」

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飛躍の拒否

,ヴ

ァレリーの ドガ論 をめ ぐって (Vp470) この よ うに、 ヴァ レ リー は、パ スカル 的眩 彙か ら「自己を防衛す る」こ とに、 自己の意 識 の全 て を賭 けたのだ とい って いい。 本 論 で は 、 この よ うな ヴァ レ リー の立場 が 、別 の角度 か ら表 明 され てい る と も見 え る ドガ論 、す なわ ち 「 ドガ・ ダ ンス・ デ ッサ ン」 を取 り上 げ るこ ととす る。 この作 品 は、ドガ を題 材 と した一種 の芸術 論 とも言 うべ き作 品 で あ るが 、 ここには 、パ スカル とは対極 的 な存在 と して 、 ヴァ レリー の精神 の 中で重要 な 位 置 を 占めて いた と考 え られ る画家 ドガ の姿 が様 々な角度 か ら描 き出 され てい る。 そ して、 この作 品 もまた、パ スカル につ いて書 かれ た文章 とは違 った意味 にお いて 、象 徴 的 に ヴァ レ リー の精神 を浮 き彫 りに してい るもの と言 えよ う。

1章

安易 さの否 定 ∼古 典 的 な るもの∼ この作 品の 中で ヴァ レリー は、時 にあ ま りに気難 しく、あま りに偏屈 な ドガ の芸術態度や 、そ の言葉 を一種 コ ミカル な調 子 で語 つてい るが、そ こか らは同 時 に、ドガ の深 い孤独 が浮 かび上が って くる。 そ してその ドガの孤独 を描 き出 す ヴァレリーの視線 には優 しさと共感が溢れてい るように見える。実際、この 「ドガ・ ダンス・ デ ッサン」とい う作品は、あ らゆる角度か ら観察 された、ドガ の孤独の ヴァ リエーシ ョンであるかのよ うな印象 を受ける。 ドガは 自己に も他人にも絶 えず辛辣であ りつづけたのだったが、一方でそれ は彼 を深い孤独へ と向かわせていたのである。 「各種の名誉 とか利益 とか、財産 とか、或はまた文士が寛大な軽率 さで画家に 容易 に与 える事 が出来 る栄光 とかを、ドガほ ど積極的 に蔑 んだ もの はなかつ た。」(3) ヴァレリー によつて、このよ うに表 され る ドガは、あ くまでデ ッサンにこだ わ り、世間での評判や、金銭的な利益を期待せず、彼の意識の中では永遠に未 完成 であ りつづける作品を、営々 として描 き続 けたのだった。そ して、そ うい

(5)

った ドガの姿は、 ヴァレリーに とつて、ある種の理想的芸術家の姿であった。 「ドガは、常に自分の孤独 を感 じ、また孤独 さのあらゆる形態によつてそれを 感 じていた人間であつた。彼は性格 か ら言 つて孤独であ り、彼 の性質の気品 と 特異 さとによつて孤独 であ り、彼の誠実 さに よつて孤独 であ り、彼の嬌慢な厳 密 さと主義や批判 の不屈 とによつて孤独 であ り、彼の芸術 によつて、す なわち 彼が 自分 自身に要求 したことにおいて孤独であつた。」(D1238) ドガの孤独 について語 られた この文章の畳み掛 けるよ うな調子は、 ヴアレリ ーが ドガの孤独 を、あたか も自分の もの として感 じていたのではないか とい う 印象 さえ抱かせ るものである。ドガの孤独の本質は、 自己の芸術に対す る決 し て妥協 しない、厳 しい姿勢に比例 して深 まつていつたものであるといえるが、 ヴァ レリーは、そ ういつた ドガの芸術態度に、この作品全体を通 して敬意を表 し、また共感 をも示 してい る。 自己にも他者 にも容易に屈す ることのない地点 で、 自己と向き合 つて、永遠に終わる事のない問答を交わ しつづける ドガとい う芸術家は、ヴァ レリーの孤独 と重 な り、そ して響 き合 つてい るよ うに見える。 それは、ドガ とい う芸術家の生き方を通 して語 られ る、芸術倉1造にお ける安 易 さの否定や 、創造の過程 を大切 にす る とい う姿勢、 さらには芸術活動 におい て作用す るはずの意志についての考え方の中に如実に表現 されているもの と思 われ るが、第

1章

では、まず創造行為における安易 さの否定 とい う観点で考 え てみ る事 とす る。 ヴァレリーの詩 は、古典的作詩法 に忠実であ り、それ は

20世

紀に隆盛 して くるシュール レア リスム芸術 とは、対照的な制作態度であると言 える。 そ して この ことは、ドガが安易に時代 に追随す ることな く、伝統的なアカデ ミスムの 方法 を遵守 し、デ ッサンとい う、絵画の最 も基本的な部分 を大切に した態度 と 通 じるものであろ う。 ヴァ レリーは ドガの創作態度 と比較 して、単に形式を新 たに し、人を驚かす工夫ばか りに気 を取 られ てい る絵画 を評 して、次の よ うに 語 つてい る。 「現代の絵画芸術には、何か無知或は無力の疑いを抱かせるものがあ り、しか

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もそれ は 、画家 た ちが い ろい ろな風 変 わ りな試み を してい る とい う事実 のた め に、疑念 が晴 らされ る よ りは却 って深 め られ て行 くので あ る。 」

o1205)

この よ うに語 る ヴァ レリー は 、前衛 芸術 に対 して、強 い警戒 心 を持 つてい る よ うに見 え る。 ヴァ レ リー は、 アカデ ミスム とい うものが 、必ず しも絶対的 な 規範 とは な り得 ない もので あ る と して も、少 な く とも創 造行為 にお け る過 度 な 恣意性 を抑制す る機 能 を果 たす もの と して評価 してい る。 そ して、 この こ とは 単 に眼 の 「瞬 間的 な満 足 の た め に、精神 の諸行 為 が犠牲 に され 」

(Dl196)る

よ うな芸術 の在 り方 に ヴァ レ リー が極 めて深 い疑念 を持 つていた こ とを も物語 つ てい る。 要 す るに ヴァ レ リー に とつて 、ア カデ ミスム とは、「解剖学や遠 近法や類似や 色 の共 通価 値 とか に よ る客観 的 な判 断」の

120oを

強 い る もの であ り、 ヴァ レ リー は、 こ うい つた外 的 な規制 を、制作 とい う行 為 にお け る必要 な規制 であ る と考 えてい るので あ る。 なぜ な ら、そ こには 「物 体 との緩慢 な、そ して直 ちに 役 に立 た ない対決 に よって 、或 る一種 の 、 自分 自身 に関す る科 学 、ひ とつ の与 え られ た もの を対 象 とす る 自分 の理 知 と欲望 と、 日と手 とに関連 した操 作の科 学 を究 め よ うとす る」

(D1206)意

識 を芽 生 え させ る力 が働 くか らで ある。お そ らく、この こ とは 、芸術家 が一 定の規制 の下で対象 に向かい合 うこ とに よって、 無防備 な状態 では実現 し得 ない よ うな対象 との緊張関係 を結ぶ事 が出来 る、 と い うこ とを意味す るで あろ う。 ま た ヴ ァ レ リー は、 単な る偶然 に よる思いつ きや 、霊感 に よる閃 きのみ に よ つて 出来 あが つた よ うな、作品や思想 な どとい うものを信 じていなか つた。 例 えば 、ヴァ レ リー は、「地 中にあ るあ らゆ る貴重 な事物 、黄金 、金剛石 、や がて き り刻 まれ る宝石 類 」は、それ らを「引 きだ し、寄せ集 め、変改 し、装飾 品 に組 み立 て る人 間 の労働 な く しては 、何物 で もない」(4)と 語 り、詩 作 とい うもの が、 芸術 家 に よる抽象 作用 を経 て初 めて完成 され るものであ るのだ 、 とい うこ とを 言 つてい る。 す なわ ち、 ヴァ レリー は単 な る古典美 の信 奉者 で も、また単な る前衛 芸術 ヘ

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の批判者で もない。そ こにあるのは、制作行為における意識、意志の力 を可能 な限 り行使す ることによつて、無限に深化 しうる作品世界 と自己の内部世界の 行方 を見つめる芸術家の視線である。す なわちヴァ レリーの考 える芸術家の理 想的態度 とは、敢 えて設定 してで も、創作過程において、超 えてゆ くべ き障害 を見出す、 とい う態度である。そ してこの障害 とは、芸術家が創作過程で技術 上・ 意識上の修練 を積み重ねてゆくことその ものを指す のであ り、そ ういつた 操作 を経て初 めて対象は「宝石」となる可能性 を持つに違 いない。 この よ うな ヴァ レリーの内的要求 と ドガの芸術態度は極 めて近い ものであつ た といえる。テス ト氏にも例 えられ る、 この気難 しい芸術家 ドガは、 ヴァレリ ーによると次のよ うな人物である。 「容易 くできることを拒否 し、彼の思索の唯一の対象たるもの以外にはすべて に無関心だった。彼はただ 自分 自身の意に適 う作品を制作す るとい うことだけ を念願 としたのだが、それ は同時に一人の最 も気難 しい、峻烈 な、そ して決 し て情 実 に動 か され ない審査 官 を満 足 させ よ うとす る事 で もあ つた の だ。」 oDl164) ア ングル を愛す る古典的教養 に溢れた人物であった ドガは、初期の印象派の 画家たち と共 に展覧会 に出品す るな どしてはいたが、一方では単なる新 しさと い う観念 に対 しては慎重な態度 を保 ち続 けてお り、いわゆる印象派の人たち と は一線 を画す る存在であつた とい う。 この よ うな ドガに とつての古典 とい うもの もまた、 ヴァ レリー と同様 の意味 を持 つていたに違いない。すなわち、ドガに とつての制作行為 とい うもの もま た前衛であるとか、古典であるとか とい う形式的な問題 ではない。新 しさとか、 発見 とか とい う観念は、単なる技術上の革新や、前の時代 の作品を否定す るこ とにのみ存す るのではない。描 けば描 くほ ど、修練 を積み重ねれば積み重ね る ほ ど、芸術家の眼 と意識 と手は、新たな困難、新たな発見 と出会 うこととなろ う。 ヴァ レリーに よれば、ドガは次のよ うに語つていた とい う。 「何 も知 らない うちは、絵をかくことはそれほ ど難 しい ことではない。……

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しか しいろいろ解 つて来 ると、……そ うは行かないんだ。」(D1214) この よ うに語 る ドガは、修練の度合いに比例 して現れて くるであろ う困難に ついて知 りす ぎるほど知っていたに違いない。 しか し、それにもかかわ らず、 ドガは持続的な情熱をもってデ ッサ ンに打ち込むのである。なぜな ら、無限に 続 くデ ッサ ンとい う作業の うちに、彼は芸術 にお ける神秘や本質 といったもの を予感す ることが出来たであろ うか ら。 「ちょうど深い信仰を有するものが、ただ神のみについて考え、彼にとつては 詭計 とか手管 とか、種 々の馴合い とか、結託 とか、またあ らゆる態度や外観は 何一つ意味をな さないの と同 じように、ドガ もまた彼の芸術について彼が抱い ていた或 る絶対な観念のみを信 じて、終始変わることな く、決 して人 と妥協 し た りしなかった。」 (Dl164) ここには、芸術 による安易な救いへの期待 な どとい うものはない。 ここで芸 術は、あ らゆる現世的な解決策か らも遠 く離れて、孤独 で厳 しい修行にも似た 場 として語 られているのである。おそ らく ドガに とつての芸術 とは、その本質 として困難 さを含み持 っているものであるとい うことになろ う。そ して、その 困難 を無限に引き受けてゆくとい うことが、ドガに とつて、ひいては ヴァレリ ーに とっての創造行為の意味であったのだ。 しか し、困難 は決 して単純に否定 的な もの として捉 えられているのではない。 なぜ な ら、困難 とは、芸術家およ び対象の内にある、果て しな く豊かな発見 と結びついているものであろ うか ら。

2章

過程 の重要性 ∼デ ッサ ンにつ いて∼ 次 に、芸術 にお け る過程 の重要性 とい う観 点 で考 えてみ たい。 この作 品の題 名 の 中に も入 つて い る 「デ ッサ ン」 とい う言葉 は 、 この作 品の至 る ところに現 れるものであるが、ヴァレリーは、ドガにとつてのデ ッサンの意味について次 のように語つている。 「仕事、殊にデ ッサンは、彼においては一つの情熱、修行 となり、それ以外の

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何 物 を も必 要 と しな い 或 る形 而 上 学 、 或 る倫 理 学 の 対 象(=1'o可et d'une

mystique et d'une 6tique)に までなつていた。(e..)それ は彼に種々の明確な問題

を絶 え間な く供給 して、彼 は他のことに対 して好奇心を起 こす必要を感 じなか

った。」(D1210)

単に絵画の素描 であるはずのデ ッサン とい う作業が、ドガにおいては 「形而

上学」お よび 「倫理学」 とい う言葉で表現 され るよ うな質の ものであつた、 と ヴァ レリーは考 えている。そ して、 ドガの「デ ッサ ンは形ではない。デ ッサ ンと は ものの形の見方である(=Le Dessh n'est pas la forme,■ est h manttre de

vO静la fOrme)」 とい う言葉の意味を次の よ うなものであろ うと言つてい る。 「物のあ りのままの写生に対立す るもの として、(ドガは)『デ ッサ ン』 とい う ことを言 つていたのである。 この場合デ ッサ ンとは、一人の画家の個性的な も のの見方や 、描 き方が、物の正確 な模写に強い る変形 を言 うのである。(。.。)そ うい う個性的な錯誤があるために、物を線や影に よって描写す る術が芸術 とな りうるのである。」 (D1224‐ 1225) そ して、 さらに ヴァレリーは次の ように続 けている。 「ドガの言つた『 物の見方』は、広義に解釈 して、個性、能力、知識、意欲など の一人の人間にお ける在 り方をも含む もの と為すべきなのである。」 (D1225) この ヴァレリーの言葉は、デ ッサ ンとい うものが、単に転写機の ごとく正確 に対象を写 し取 るものでもなければ、対象 を安易に自分流に描 く事でもない、 とい うことを表現 している。ドガにおけるデ ッサ ンとは、「極めて瞬間的なこと と、ア トリエにお ける際限のない労働 とを結合 させて、そ うい う瞬間的な印象 を精密な計算の裡 に、また直覚す ることを、 ものを追究す る意志の持続 の裡 に 閉 じ込めるとい う冒険」

(D1203)で

あつた と言えるだろ う。 この よ うに、デ ッサ ンとは、単なる写生が、芸術 とな るための芸術家の内的 変化の過程 を表現す るものであ り、それ ゆえ制作過程は、ドガにおいて無限に 深め られ る技術上、意識上の問いかけの絶えまない契機 とな りうるのである。 ドガは決 して、自分の仕事に容易には満足す ることな く、一枚の絵が本 当に出

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ァレリーの ドガ論 をめ ぐって 来 あが った と認 め る事 は稀 に しか なか つた とい う。 しか も、す でに人の手 に渡 つて しま った作品で さえ も再び 自分 の手元に戻 して、や り直 した くなる とい う よ うな、際限のない探 究心 と向上心 とを持 ち合 わせ てい る画家 であ つた。 この ことは完成 された作品よ りも、それを作 り上げる過程にこそ価値がある とした ヴァ レリーの考 えと一致す る。 しかも、造型芸術 においては、その制作 過程は極 めて明確 な形で提示 され るものであ り、その意味で ドガの制作態度、 お よび ドガのデ ッサンといったものは、 ヴァ レリーの考えを表現す るのに格好 の素材 であつた と言えるか もしれない。いずれにせ よヴァレリーは文学作品に おける言葉上の訓練 とい うことと、絵画におけるデ ッサ ンとを重ね合わせてい たのである。周知のよ うに、ヴァレリー もまた 「カイエ」 として世に出る事 と なるよ うな孤独な思考の営みを晩年 まで続 けていたのであ り、それ はある意味 では、決 して 自分の作品の完成 を認 めなかつた といわれ る ドガの制作態度にも た とえることができるであろ う。あるいは、それ はア トリエの中で孤独 に制作 を続 ける ドガのデ ッサ ンにも似 た、精神 の素描の終わる事なき訓練であった と いえるか もしれない。ドガにおけるデ ッサンが、仮に ヴァ レリーにおける思索 のたゆまぬ営み と呼応す るものであったならば、 ヴァレリーがそれ を 「或る形 而上学」、「或 る倫理学」と呼んだ として も、それは決 して不思議なことではない。 また ドガは、文学者が絵画について語 ることを非常に嫌 ってお り、絵画につ いて絶対の沈黙を守 ることを要求 していたのだ とい う。 ヴァレリーによれば、 彼 自身は深い文学的教養 を持 ち合わせた人物であ りなが ら、一方では ドガは絵 画にお ける文学的判断 を拒否 して、次の よ うなエ ピソー ドを しば しば語 つてい た とい う。 「ミューズの女神達は、各 自、自分のために他人か ら離れてせ つせ と仕事をす る。彼女 らは決 して自分 らの務 に付いて語 り合つた りな どしない。一 日の務が 終わ つて、相互の職業についてはい ささかの議論 もな く、批判 もな く、『 彼女 ら は踊 るんだよ』 と彼(ドガ)は喚ぶのであった。」(5) このエ ピソー ドか ら推 し量る事が出来 るのは、ドガにお けるデ ッサンとい う

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もの、ひいては芸術 とい うものの内実は、制作その もの、描 くとい う行為その ものの実際に よつて実感 されなけれ ばな らない、 とい う事だったのではないだ ろ うか。その ことは、ドガの弟子であつたエルネ ス ト・ルアール(6)の「 ドガの よ うな芸術家は画布の上で 自分 と格聞す る事によつて始めて理論 と実際 とを一 致 させ る事が出来 るのであ る」の1236)と い う言葉 に間接的に表現 され てい る と言 えよ う。すなわち ドガは、創造行為の過程でのみ、 自分 自身のあ らゆる懐 疑 (それ は芸術上の探究心 と言 つて もよいだろ う

)に

、かろ うじて一時休止 を 与える事が出来ていたのではないだろ うか。少な くとも、デ ッサン している間、 筆 を動か している間は、ドガは止まつていない。描 くとい う行為その ものの内 部にいる限 り、ドガは無限に芸術上の発展 を期待 できる状態にい られ るはずで あるか ら。 そ して この ことは、ある意味では ヴァ レリーの芸術態度 とも重なるものであ ろ う。 もちろん、 ヴァレリーは文学者であ り、当然 ドガの立場 とは方法的に異 なってい る。しか し、ヴァレリー もまた、飽 くことな く続 けられ る思考の営み、 書 くとい う行為その ものの力を信 じてい る。 ヴァ レリー は、 自己の能力 を遥か に超 えた よ うな作品を志向すべ きだ、 とい うことを言つているが、それは逆に いえば、そこにいたるまでの無限の修練 と忍耐 とを自らに課す ことを意味す る ものであ り、ひいては作品の創造過程の うちに、 自己の内的進歩の無限の段階 を、 ヴァ レリーが見出 している とい うことを物語 つてい ると言 えよ う。

3章

意志 的 な もの ∼見 る こ とと描 くこ と と∼ この作 品の 中の断章 の一つ に 「見 るこ とと描 くこ とと」 とい う項 目が あ る。 それ は 、次の よ うな言葉 では じまつてい る。 「鉛筆 を手にせず して或 る物 を見 るこ とと、それ を描 こ うと して同 じもの を 見 る こ と との間 には非 常な相違 があ る」 (Dl187) そ して さらに ヴァ レ リー は、この言葉 の意 味 につ いて次 の よ うに言 つてい る。

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ァレリーの ドガ論 をめ ぐって 「例 えば私が或 る物 を正確に認識す るためには、それをか りに頭の中で描いてみ る他 はな く、それ を描 くとい うことはそれ に努めて注意す ることであ り、そ う い う注意 は、私が既に見ていて、よく知 っていると思つていた ものを著 しく変 換せず には措かないものなのである。」

(DH88)

ここには、特に絵画制作の過程についての創造行為 と精神活動 との関係に対 す るヴァレリーの考え方が表現 されている。すなわち、ここで言われているの は、制作行為における動作 と眼、すなわち意識の緊密な相 関関係である。意識 は、その媒介物 としての視線が対象 を捉 えるときにも、また捉 えられた対象 を 手の作業へ と変換 させ る際にも必ず必要 となる。 しか し一方では、視覚や手の 作業 とい うものがなければ、意識 もまた一歩た りとも進んで行 く事が出来ない。 したがって、 ヴァ レリーが制作過程 を極 めて重要視す るとい うことは、意識 と 制作行為の緊密で適切 な連携 を期待 しての事であると考 え られ る。 しか も、そ の眼 と手 と意識の連携か らなる創作活動の一連の行為は、繰 り返 され るごとに その内容 を深め、豊かになつて行 くはずである。 そのことを、 ヴァ レリーは次 のよ うに表現 している。 「眼がある線を描 くごとに、それは一つの瞬間的な思い出の要素 とな り、その要 素か ら、手は紙上に線 を描 く己が運動の法則 を授 かるのである。す なわち眼が 描 く線は線 に変換 され る事 を必要 とす るのである。」

ol18o

す なわ ち対象 を見つめる視線 が意識 に変換せ られ、さらには手に伝 え られ る とい う一連の反応 の永続的な繰 り返 しを通 して、芸術家は、無限に更新 され る 新 しい表現へ と向き合 う事 となるのである。一筆 ごとに更新 され る記憶の成果 とい うものが仮にあるとす るな らば、その一筆一筆、それ どころか対象 を捉 え るときの視線その もの さえ、作品 と深 く関わつて くるところとなるだろ う。 周知の よ うにヴァレリーは、いかなる芸術活動において も、また芸術活動の いかなる段階においても、意識は覚醒 していなければな らない と考 えていたの であ り、 自己意識 を偽 るか もしれない どんな些細な状況をも、疑い、拒絶 しよ うとしていた。そ して この意識の覚醒 を可能 な限 り永続 させ るためには、言葉

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によつて現実を捉 えよ うとす る永続的な営みが、持続的に行われなけれ ばな ら なかつたのではないだろ うか。 それ は、ほ とん ど修行の よ うな趣 さえ漂 つて く る。 なぜな ら、そ こには意志の力が必要 となるか らだ。 ヴァレリー によると、 ドガは、次のよ うに語 つていた と言 う。 「我 々は、現在我 々が遣っていることよ りも

,何

時かは為 し得 るだろ うことに ついて、 自信 を持 たなけれ ばな らない。 でなけれ ば仕事 なんて意味がない。」 oD1210) ここには、決 して楽観主義的な未来への希望的観測な どとい うものはない。 そ うではな く、ここにあるのは強靭 な意志の力である。容易 さを拒否 し、創造 行為における過程 を大切にす る とい う、一種不毛なまでの労働 を自己に課すた めには、一体 どれ ほ どの意志の力が必要であつただろ うか。 そ して、この意志の持続 によつて こそ、彼 らの よ うな芸術家の価値は評価 さ れ るべ きであろ う。 も しも、 この意志の持続 がなければ、彼 らに とつての現実 は砂のよ うに崩れ去って しま う幻影 と化 して しま うかもしれない。そ う感 じさ せて しま うほ どに、ドガお よび ヴア レリーの芸術への姿勢は、ある種の深刻 さ と厳 しさを秘めているよ うに見える。 ヴァレリーは、次の よ うな ドガのエ ピソー ドについて触れてい る。 「非常な精進の結果であるような絵 を描いていて、 しか もそ うい う絵 と、成功 す るための社 交的 な、な らびに政治的な諸条件 とを うま く一致 させている或 る 画家について、ドガは『 あの隠遁者 は汽車の時間をちゃん と心得ている』 と言 った。」

01217)

これは一例であつて、ヴァレリーは、ドガが大衆を軽蔑 し、現実をさめた視 線で見つめていた様子 を、様 々に描 き出 している。そ して、このよ うな ドガに とっては、もはや描 くこと、描 こ うとす る自己の意志以外のあ らゆるものは、 もはや不毛で不純 なもの として しか映 らなかつたに違いない。 結 語

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飛躍 の拒否

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ァレリーの ドガ論 をめ ぐって この よ うに、 ヴァレリーは ドガの芸術態度 を描 き出す事によつて、芸術にお ける容易 さの否定 とい うこと、お よび過程の重要性・作業の重要性 、そ してそ こにおける意志の介在の必然性 について間接的に語つているといえる。そ して この ことは、ある意味では、 ヴァレリーが非難 したパスカルの姿勢 と、相反す るものではないだろ うか。 ヴァ レリーは、パスカルのよ うに現世で生きて行 く 事 を諦め よ うとは しなかった。 それ はパスカルの言 う、人間の悲惨 な状態に、 気がつかなかつたか らではない。諦 めの方へ と一気 に駆 け上って しま うよりは、 現実 を一歩一歩大切に歩んでゆ く態度 を芸術世界 において実現す ることを選択 す る意志である。 しか し、それ は、ある意味で、現実 とい うもののはかなさ、 たよ りな さか ら発 している意志であるといえるか もしれ ない。そ して、このこ とはパ スカル とほ とん ど変わ りない とさえ言 えるよ うな一種の生存の物哀 しさ とで もい うべ きものを秘めてい る思想の よ うにも見える。 ヴァレリーは、いか なる段階において も無限に現れて くる困難 に、瞬間 ごとに向き合いつづけるこ とによって、現実 を作 り上げてゆくよ うな姿勢を、ドガの芸術態度の うちに見 出 してい るとは言 えないだろ うか。 それは、 ヴァ レリーが、その詩の中で、 し ば しば うたつてい るよ うな、意志によって新 しい現実を作 り上げてゆこうとす る態度 と通 じるものであろ う。 それ は、決 して単純な希望ではないが、 しか し 過程のひ とこまひ とこまが必然的に未来 を作 つて行 くことによつて生れ る生へ の希望に よって貫かれている。 この よ うに ヴァレリーは、生きよ うとする意志を芸術 とい う場で最 も頑固に、 そ して誠実に保 ちつづけよ うとした特異な画家 としての ドガに、この作品を通 して共鳴 しているのである。それは、この作品を通 して見出す事の出来たヴァ レリーの芸術態度 と ドガの芸術態度の、極めて深い親近性 の うちにもはつき り と現れている。ドガの存在 は、 ヴァレリーの内部にある深い孤独 と共鳴す るも のであった と同時に、また無限にヴァレリーの精神 を刺激 して止まない不屈の 高邁 さをたたえた泉のよ うなものであった と言 えよ う。

(15)

そ して、こ ういつた ドガヘの共感 はヴァレリーのパスカルに対す る抵抗の具 体的現われ と して見 ることが出来 よ う。ヴァ レリーは、「人間が無である事はわ か りきつてい る」として、人間の悲劇性 を決 して否定 しは しなかつた。しか し彼 は、パスカル のよ うに、知識や芸術 とい う人間に許 された もう一つの神秘への 入 り口まで も捨て去 るよ うなことは しなかつた。 ヴァレリーは、人間に与え ら れた思考す るとい う能力、作 り出す とい う能力を可能な限 り探究 しつづけるこ とによつて、一つの人間的解決の糸 口を見つけよ うとしたのである。 使用テキス ト及び略記

Paul Va16ry・ 巴

u"s

Ъ meletrR)】ne Ⅱ, Bibliothёque de la P16iade, 1957,1960((E. I,C.Ⅱ と略記

)

なお、引用に際 しては、筑摩書房版全集 を参照 した。

参考文献

Pa“ノyabァθ′んθ五J,ACTED SUD,1995.

(1)

この問題 に関 しては、拙稿「ヴァレリーのパスカル批判をめ ぐつてJ(『年報・ フランス研 究』

32

関西学院大学フランス学会、1998)において考察 している。

(2) Va16ry9 hiaι 』bコθttr"″θ Pθ″S`e,C.I,p.463.

以下、「『 パンセ』の一句を主題 とす る変奏 曲Jプレイア ッ ド版か らの引用については、引用支の後 にVpと略記す ると共にそのペー ジ数を記す。

(3) Va16り,pagaθ ,a′"'θ

“,CoⅡ,p.1164.

以下、「 ドガ・ ダンス・ デ ッサ ンJのプ レイア ッ ド版か らの引用については、引用文の後にDと略 記すると共にそのページ数 を記す。

(4) Vabり,fb6sie θι′θ″sθθ abStrarJし,C.I,p.1334.

(5) Va16=%メロ "囲rあaarat c.I,p.1308.

(6)エ

ルネス トの父は、優れた美術品蒐集家アン リ・ルアールであ り、 ドガ と非常に親 しい関 係にあつた。「 ドガ 0ダ ンス・デ ッサンJの中には、「エルネス ト・ルアール氏の思い出Jと して、息 子のエルネス トによる ドガについてのエ ッセイが入つている。 (文学研 究 科研 究 員)

参照

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