カント啓蒙論の深層構造
― 「成年 Mündigkeit」概念をめぐって ―
キーワード : カント, 啓蒙, 成年, 神 教育システム専攻 塚野 慧星 【目次】 はじめに 第1 章 「成年の原型」について 第1 節 自然人 第2 節 神をめぐる前批判期の思索 第2 章 人間の自律性を求めて 第1 節 コペルニクス的転回 第2 節 意志の自律 第3 章 「成年」とは何か? 第1 節 意志と神の意志の合致 第2 節 コペルニクス的転回の「転回」 おわりに はじめに 本研究は、カントの「成年」概念に着眼点を置き、この 観点からカントの啓蒙論を検討することによって、啓蒙を 今一度問い直そうとするものである。 今から200 余年前、カント[1912]は「「啓蒙とは何か?」 という問いに対する回答」(1784)(以下、「啓蒙とは何か?」) という論文を執筆し、啓蒙を次のように定義した。「啓蒙 とは人間が自分に責めのある未成年から脱却することで ある」。迷信や偏見に身を委ねてしまう同時代人を「未成 年」と名指し、そこから脱却すること―すなわち「成年」 となること―を彼らに呼びかけたカントの定義が、近代市 民社会の主導的理念であったことは議論の余地のないも のと見なされている。 今日、啓蒙とは一般に、信仰に対して敵対的な運動と して語られることが多い。しかし、カントが生きた18 世 紀は、実のところ、信仰に対して敵対的な時代ではなか ったとされている。E. カッシーラー[1962]が指摘する 通り、そもそも啓蒙が敵対していたのは、一切の吟味と 検討を故意に拒否するような盲目的な信仰であり、それ に代わる信仰の新たな理念を宣布することこそ、この時 代を彩る啓蒙の精神が情熱を捧げたものであった。そし て、人間の自律性を希求した哲学者としてしばしばイメ ージされるカントもまた、そのような時代を生きたひと りの哲学者として、信仰に情熱を捧げたのである。 カント啓蒙論をめぐる先行研究において―少なくとも わが国の教育学では例外なく、このようなカントの側面 は看過されてきた。しかし、カントが信仰に情熱を捧げ た哲学者であったという観点は、カント啓蒙論を理解す る上で不可欠であると思われる。人間の自律性を純粋に 目指しているかのように装う啓蒙論が、その底流に信仰 に対する情熱を秘めているということ、具体的に言えば、 「神」をめぐる問題系を内包しているということ、これ こそ本研究が「カント啓蒙論の深層構造」という名のも とで明るみに出すことを目指したものである。 以上の関心のもと、本研究は「成年」概念に着眼点を 置いて検討を進めてゆく。カントの「成年」は極めて論争 性を伴う概念として知られている。N. ヒンスケ[1980] をはじめとする研究者が指摘する通り、カントは「成年」 という語を積極的に用いることなく、さらにはその具体的 な定義を明示することもなかった。こうした「成年」につ いての非明示的な語りを根拠として、先行研究はそこに啓 蒙に対するカントのスタンスを読み取ってきた。しかし、 カントの哲学的営為の初期にあたる前批判期にまで遡る とき、そこには「成年の原型」と呼ぶべきものについて のカントの理解が存在しており、この理解は「成年」を めぐる思索と密接に関連していると見ることが可能であ る。本研究は「成年の原型」を手がかりとすることによ って、カントが「啓蒙とは何か?」執筆時に想定してい ると推察される「成年」の内実に肉薄してゆき、この作 業を通じて「カント啓蒙論の深層構造」を明るみに出す ことを試みる。 第 1 章 「成年の原型」について 本章は、「啓蒙とは何か?」の論述を糸口として前批判 期の著作へと向かい、「成年の原型」の内実を明らかにす ることを目的としている。 カント[1912]は「啓蒙とは何か?」において、「成年」 を意味するドイツ語の “Mündigkeit” へと連なるラテン 語の “maiorennes” を用いながら次のように述べている。 「自然はこれほど多くの人間を他者の指導からとうに解 放しているにも関わらず(自然の成年)、なぜ彼らは生涯 を通して未成年でいたいと思うのか」。 カントの哲学的営為を広く見渡すとき、前批判期のカントが「自然人」という概念を用いながら同様の考え方 を提示していることが注目される。カント[1942]は『『美 と崇高の感情に関する観察』の覚書』(1764‐1765)に おいて、同時代人を依存した人間として捉え、他者の指 導を必要としなかった頃の人間を自然人と呼んでいるの である。こうした考え方が示される時期は「啓蒙とは何 か?」から20 余年も遡る時期であり、本研究はこの事情 に鑑みて、自然人をあえて「成年の原型」と呼び、引き 続き自然人をめぐるカントの議論を検討してゆく。 周知の如く、他者の指導を必要としないことは、カン トにおいて、道徳的な観点をも内包している。後に検討 するように、批判期のカントは「意志の自律」という概 念を用いながら、道徳法則を自己立法する意志の性質を、 行為が善に値するための条件として位置づけている。前 批判期のカントは「意志の自律」という語に直接言及し てはいないものの、先行研究の多くは、前批判期と批判 期に共通するカントの見解から、カントが批判期に至っ て論じることとなる意志の自律の基礎がこの時期に形づ くられたものであると指摘している。 しかし、カントが自然人を他者の指導を必要としない 存在としてのみならず、神の意志に従う存在としても捉 えていることは、先行研究が十分な注意を払ってこなか った点である。カントによれば、人間は意志に基づいて 行為することが可能であるが、たとえその行為が善い結 果に帰結したとしても、それは道徳性の目印とはなりえ ない。道徳性の目印となりうるのは神の意志のみであり、 意志と神の意志が合致している場合にはじめて、その行 為は善に値するという。このようにカントは自然人を、 意志と神の意志が合致することにおいて善が成立する存 在として捉えており、こうした存在こそ「成年の原型」 と呼びうるものであると考えられる。 カントは早い時期から継続して神をめぐる思索を展開 しており、こうした成果のひとつの結実として『神の現 存在の唯一可能な証明根拠』(1762)という著作を執筆し ている。同書が示すところによれば、カント[1905]に おいて、意志と神の意志は矛盾するものとして考えられ てはいない。むしろ意志は単独では善の条件とはなりえ ず、神の意志を根拠とすることによってはじめて善が成 立すると考えられている。まさにこのような背景のもと でカントは自然人を、意志と神の意志が合致することに おいて善が成立する存在として捉えていたのである。 第2章 人間の自律性を求めて 本章は人間の自律性をめぐって思索を展開する批判期 の側面に焦点を当て、それが示唆する「成年」と関わる カントの理解を明らかにすることを目的としている。 批判期の特徴を知る上で、「コペルニクス的転回」を検 討することは不可欠である。カント[1904]は形而上学 を確実な学へと導くという野心を携え、従来の形而上学 が暗黙に前提としてきた「われわれの全ての認識は対象 に従わなければならない」という図式を逆転させ、「対象 がわれわれの認識に従わなければならない」という図式 を形而上学の試金石とする。ひとことで言えば、それは 認識を不動の中心とする立場の表明である。カント自身 がこの事態をコペルニクスの業績に準えていることから、 こうした常識の逆転は一般に「コペルニクス的転回」と 呼ばれてきた。 前批判期のカントは、人間の悟性と物とのあいだに神 の悟性をアプリオリに媒介させるという発想のもとで、 人間の悟性を捉えていた。しかし、こうした発想におい ては認識を不動の中心とする立場は不可能であり、物の 性質を十全に説明することはできない。このことはコペ ルニクス以前の常識において、天体の運動を説明する際 にあらかじめ神の悟性を挿入することによって、その運 動を十全に説明することができなかったことと同じ事情 である。そして、コペルニクスが太陽を不動の中心とす ることによって天体の運動を十全に説明することができ たのと同じように、カントもまた認識を不動の中心とす ることによって物の性質を十全に説明することができた のである。 このように人間の悟性を神の悟性との関係から断ち切 り、「悟性の自律」を確保するという点に、コペルニクス 的転回の本質と、批判期の特徴がある。ただし、コペル ニクス的転回はあくまでも認識論を問題とするものであ り、その視座を直ちに道徳的な側面へと敷衍することは 不可能である。しかし、コペルニクス的転回の成果は認 識論のみならず、人間の活動全体にわたるものであった と見ることが可能である。こうした見立てのもと、「意志 の自律」を基盤とする道徳哲学へと議論を進めてゆく。 意志の自律とは、道徳法則を自己立法する意志の性質 であり、行為が善に値するための条件である。こうした 批判期の立場は、意志と神の意志の合致において善が成 立すると考えていた前批判期の立場に鑑みた場合、重大 な転換を示しているように見える。ただし、カントが意 志の自律を論じる場面において強調するのは、意志の他 律との対比、すなわち意志が欲求される客体に依存して いる状態との対比であることに留意が必要である。それ ゆえ意志の自律が神の意志からの独立をも含意している ことを、『実践理性批判』(1788)の立ち入った考察を通 じて確認しておかなければならない。
その際に注目に値するのは、カント[1908]が道徳法 則を意志の決定根拠とする動機としての「道徳法則に対 する尊敬」について論じている箇所で、神の意志への従 属を否定していることである。カントによれば、神にお いては道徳法則に対する尊敬は存在しない。これに対し て感性的存在者である人間は、たとえ嫌々ではあっても 道徳法則に対する尊敬に基づいて行為しなければならず、 自己の意志が神の意志に至りうるかのように見なすこと があってはならない。その場合には道徳的狂信に陥るの だという。 前批判期のカントは意志と神の意志の合致において善 が成立すると考え、そのような合致にある存在を「成年 の原型」として捉えていた。これに対して批判期のカン トは、神の意志から独立した意志を基礎づけ、道徳法則 を意志の決定根拠とすることにおいて善が成立すると考 えるようになるのである。したがって、カントが想定し ていたと推察される「成年の原型」は、批判期に至って その意義を失ったと言うことができる。 しかし、それにも関わらず「成年の原型」は、カント が「啓蒙とは何か?」執筆時に想定していると推察され る「成年」の内実と密接に関連していると考えられる。 次章ではこの点について検討する。 第 3 章 「成年」とは何か? 本章はカントが「啓蒙とは何か?」執筆時に想定して いると推察される「成年」の内実と、その背景にあるカ ントの洞察を明らかにすることを目的としている。 これまでの議論は以下のように整理することが可能で ある。本研究が最初に考察の糸口としたのは、カントが 「啓蒙とは何か?」において「自然はこれほど多くの人 間を他者の指導からとうに解放しているにも関わらず (自然の成年)、なぜ彼らは生涯を通して未成年でいたい と思うのか」と述べていることにあった。そして、前批 判期のカントが「自然人」という概念を用いながら同様 の考え方を提示していることに着目し、それが意志と神 の意志が合致することにおいて善が成立する存在として 捉えられていることを明らかにした。ただし、これが前 批判期の見解であることに留意し、この存在を「成年」 と見なすのではなく、あえて「成年の原型」と呼ぶこと とした。こうした仮定のもと、人間の自律性をめぐって 思索を展開する批判期の側面に焦点を当てるとき、カン トは道徳法則を意志の決定根拠とすることにおいて善が 成立するという新たな立場を提出しており、「成年の原型」 はその意義を失っていることが明らかとなった。 しかし、「啓蒙とは何か?」執筆時のカントが何か全く 新しい規定を持つ「成年」を想定しているかと問われる なら、決してそうではない。なぜなら、カントはまさに この論文の中で「自然はこれほど多くの人間を他者の指 導からとうに解放しているにも関わらず」という表現で もって自然人を明らかに念頭に置きながら、「成年」を想 定しているからである。「成年の原型」が批判期に至って その意義を失っていることは確かであるが、それでもな お「成年の原型」はこの時期のカントが想定していると 推察される「成年」と何らかの関係を持っていると言え る。 本研究の見立てによれば、その関係を示すものとは、 意志と神の意志の合致という規定である。カント[1908] は『実践理性批判』の中で「最高善」について論じてい る箇所で、意志と道徳法則が完全に適合する状態を想定 し、この状態を要求するための理念として、意志と神の 意志の合致を求めるのである。これは意志と神の意志の 合致において善が成立するという見解とは区別される。 人間は道徳法則を意志の決定根拠とすることによって道 徳的であるよう努力しなければならず、自己の意志が神 の意志に至りうるかのように見なすことがあってはなら ない。しかし、意志と道徳法則の完全な適合を要求する ために、意志と神の意志の合致を理念として希望するこ とは許される。まさにこうした理念としての意志と神の 意志の合致こそ、「成年」の内実として想定されているも のであると考えられる。 このようにカントが批判期に至ってもなお意志と神の 意志の合致を引き合いに出さなければならなかった理由 は、「進歩」についての認識と密接に関連している。カン トは同時代の啓蒙主義者と同じように、進歩の理論を純 粋に信奉することはできなかった。それでもなお歴史の 進歩を確信しなければならないという問題意識のもと、 カント[1917]は『諸学部の争い』(1798)においてコ ペルニクス的転回のいわば「再転回」を実行し、歴史の 進歩を見通すことのできる神の悟性を招来する。なお、 こうした姿勢は、盲目的な信仰に身を委ねる態度と同一 のものではない。人間は道徳法則を意志の決定根拠とす ることによって道徳的であるよう努力しなければならず、 自己の意志が神の意志に至りうるかのように見なすこと があってはならない。しかし、カントは歴史の進歩に対 する十分な希望を現世の内に見出すことはできなかった。 だからこそカントは、理念の次元で意志と神の意志の合 致を求め、歴史の進歩に対する希望を見出すのである。 この意味でカントにとって「成年」とは、歴史の進歩を 希望するための理念であったと言える。
おわりに 以上、本研究はカントの「成年」概念に着眼点を置き、 カントの思索を検討してきた。 すでに述べた通り、カント啓蒙論をめぐる先行研究に おいて、人間の自律性を希求した哲学者としてのカント の側面のみに焦点が当てられ、信仰に情熱を捧げた哲学 者としてのカントの側面は看過されてきた。批判期に至 ってカントが人間の自律性を確信し、道徳法則を意志の 決定根拠とすることによって道徳的であるよう努力すべ きであると主張していたことは確かである。しかし、そ うしたカントであっても、意志と道徳法則の完全な適合 を目指した努力が本当にその適合へと向かっているのか を問題とするとき、神を招来せざるをえなかったのであ る。まさにこの点こそ、本研究が「カント啓蒙論の深層 構造」という名のもとで明るみに出したものである。 では、18 世紀という時代背景にも由来するこの事実は、 今日のわれわれにとってどのような意味を持ちうるのか。 カントが直面していた問題状況に対して、われわれは何 を語らなければならないのか。 現代において啓蒙の継続という課題を積極的に引き受 けている哲学者である J. ハーバーマス[2014]にも見 られる通り、啓蒙と信仰の結び付きは今なお強固に存在 している。それゆえ啓蒙を論じるカントの底流に信仰に 対する情熱が存在していたという事実は、単に18 世紀と いう時代背景に由来するものではない。カントが生きた 時代から200 余年を経た現代において、さらに言えば、 啓蒙と信仰の結び付きなどもはや存在しないかのように 思われる現代において、啓蒙にとって信仰は無関係でな いばかりか、むしろ啓蒙にとって不可欠なものとして必 要とされているのである。 今日、近代批判の影響下で、啓蒙は厳しい批判に曝さ れている。しかし、人間は迷信や偏見に身を委ねてもよ いのだと、われわれが居直ることができないことは事実 である。それゆえわれわれは無責任に啓蒙の放棄を宣言 することはできないのであり、啓蒙を継続してゆかなけ ればならないだろう。ただし、その場合、啓蒙が信仰と 容易に結び付く運動であるという事実に留意しておく必 要がある。人間の自律性をめぐって思索を展開するカン トが、盲目的な信仰から距離を取ろうとしていたことは 確かである。しかし、意志と神の意志の合致を理念とし て実現しようとするカントの姿勢は、盲目的な信仰に陥 る可能性から逃れていると本当に言えるのか。それはと もすると、カント自身が述べていた通り、自己の意志が 神の意志に至りうるかのように見なすものとなりはしな いか。こうした疑念に鑑みるなら、啓蒙と信仰の結び付 きは、一定の危うさを抱え込んでいると言える。つまり、 「未成年」からの脱却を目指す啓蒙は、本来ならば取り 除かれるべき迷信や偏見を新たに招来し、「未成年」から の脱却を困難にする可能性をつねに内在しているのであ る。こうした可能性に目を向けることなく啓蒙を盲目的 に継続しようとするなら、われわれは啓蒙の自己破綻と も言うべき事態に直面することとなるだろう。今日、啓 蒙の継続を望むことができるのは、啓蒙と信仰の結び付 きに真摯な眼差しを向けるときであると考えられる。 主要参考文献 カッシーラー E. 中野好之訳 1962 『啓蒙主義の哲学』 紀伊國屋書店 ハーバーマス J. 庄司信訳 2014 『自然主義と宗教の 間―哲学論集』法政大学出版局
Hinske, N. 1980 Kant als Herausforderung an die Gegenwart, Alber Karl.
Kant, I. 1904 “Kritik der reinen Vernunft”, 2. Auflage 1787, Kant’s gesammelte Schriften, Bd.III, Königlich Preußischen Akademie der Wissenschaften, S.1‐552.
Kant, I. 1905 “Der einig mögliche Beweisgrund zu einer Demonstration des Dasens Gottes”, Kant’s gesammelte Schriften, Bd.II, Königlich Preußischen Akademie der Wissenschaften, S.63‐164.
Kant, I. 1908 “Kritik der praktischen vernunft”,
Kant’s gesammelte Schriften, Bd.V, Königlich Preußischen Akademie der Wissenschaften, S.1‐ 164.
Kant, I. 1912 “Beantwortung der Frage : Was ist Aufklärung ?”, Kant’s gesammelte Schriften, Bd.VIII, Königlich Preußischen Akademie der Wissenschaften, S.33‐42.
Kant, I. 1917 “Der Streit der Facultäten”, Kant’s gesammelte Schriften, Bd.VII, Königlich Preußischen Akademie der Wissenschaften, S.1‐ 116.
Kant, I. 1942 “Bemerkungen zu den Beobachtungen über das Gefühl des Schönen und Erhabenen”, Kant’s gesammelte Schriften, Bd.XX, Königlich Preußischen Akademie der Wissenschaften, S.1‐182.