反応性スパッタリング法で作製したTi-B-N膜の薄膜特性に及ぼす 窒素ガス流量の影響
南 守
*1Effect of Nitrogen Gas Flow Rate on Properties of Ti-B-N Films Prepared by Reactive Sputtering
Mamoru Minami
反応性スパッタリング法を用い,高い硬度を示し耐摩耗性に優れるといった特徴を有している Ti-B-N 膜を超硬
合金( WC-Co )及びシリコン( )基板上に作製し,薄膜特性に及ぼす成膜条件の影響について調査した。主要な Si
成膜条件である窒素ガス流量を変化させることにより膜の組成,結晶構造,硬さ及び密着性は変化することが明ら かとなった。また,成膜条件に関わらず,形成された薄膜は極めて平滑な表面を有することが判明した。
1 はじめに
従来から,各種基材の耐摩耗性,耐摺動性あるいは 耐食性を向上させるために,セラミックスや金属膜を 基板上に形成させることが試みられてきた。上記のよ うな特性を有する代表的な薄膜として窒化物薄膜が挙 げられる。中でも TiN 膜は,金色を呈し,硬度が高 く,鋼や超硬合金との密着性も良好なことから,保護 コーティング材料として非常に広範な分野で利用され ている。しかしながら,近年,各種機器,装置の高性 能化,高機能化が進展するにつれ,従来使用されてい る TiN 膜以上に優れた特性を有する薄膜の開発が求 められている。
これらの要求に答える薄膜材料として,高い硬度を 示 し , 耐 摩 耗 性 に 優 れ る と い っ た 特 徴 を 有して い る 膜が注目されている 。通常, 膜の
Ti-B-N
1 ) -4 )Ti-B-N
形成には PVD 法や CVD 法が主に用いられており,形
成された Ti-B-N 膜の特性を調べた研究は多数報告さ
れている
1)-4)。しかし, PVD 法や CVD 法では被覆処
Ti-B-N 理に関わる制御因子が非常に多く , 形成される 膜の特性と制御因子との関連性などについては未だに 十分解明されていないのが現状である。
そこで本研究では,多元系化合物膜の作製が容易に できる反応性スパッタリング法により Ti-B-N 膜を作 製し,膜の結晶構造,硬さなどの特性が,主要な成膜 条件である窒素ガス流量により如何なる影響を受ける かを調査した。
2 研究,実験方法 2−1 薄膜作製方法
既報
5)と同様に,薄膜作製には直流電源を有するマ グ ネ ト ロ ン ス パ ッ タ リ ン グ 装 置 ( ユ ー テ ッ ク ,
)を用いた。ターゲットには直径 の
YE1825-3 102mm
(純度 )を用いた。スパッタリングガスには
TiB
299%
アルゴン(純度 99.999% )と窒素(純度 99.999% )の 混合ガスを用いた。成膜時の混合ガス圧力は 0.3Pa , アルゴンガス流量は 30cm /min
3一定とし,窒素ガス流 量のみを変化させた。なお,ターゲットと基板間の距
離は 190mm で実験した。
基板には, Si ウェハ( 100 )と鏡面研磨仕上げした 合金( × × )を用いた。これらの
WC-Co 35.5 8 5mm
基板をアセトン中で超音波洗浄した後,回転式基板ホ ル ダ ー ( 回 転 速 度 : 3rpm ) に 取 り 付 け , 真 空ポ ン プ により装置内を 4.0 × 10 Pa
-4以下の圧力になるまで排 気した。所定の圧力に到達後,膜形成に先立ち基板の 前処理として,アルゴンによる基板のイオンボンバー ドを RF 電力 50W で 5 分間行った。続いて,表−1に 示す条件にて成膜処理を行った。作製した薄膜の膜厚
, ( , )
は 接触式表面粗さ計 テーラーホブソン Talysurf を用い,成膜前に基板の一部をマスキングしておき,
成膜後のマスキングしている部分としていない部分と の段差から求めた。
2−2 薄膜の特性評価
結 晶 構 造 の 解 析 は , X 線 回 折 装 置 ( 理 学 電 機 , RINT-2550V )を用いた。入射 X 線には CuK α特性 X
*1機械電子研究所
線( 40kV , 200mA )を用い,入射角は 1 °とした。
膜 の 組 成 は , グ ロ ー 放 電 発 光 表 面 分 析 装 置
( GD-OES ) ( ( 株 ) 堀 場 製 作 所 製 , JY-5000RF ) を 用 いることにより評価した。
Mg-K 10kV 10mA X
膜の化学結合状態は , α 線 ( , ) を
( )
線源とする X 線光電子分光分析装置 島津製作所製 を用いることにより評価した。
薄膜の硬さは,ナノ・インデンテーション・テスタ ー(エリオニクス, ENT-1100a )を用い,荷重 5mN , 圧子先端形状(三角錐,稜間隔 115 °)の条件で塑性 変形量と弾性変形量を含んだ圧子の最大変位を測定す ることにより評価した。
薄 膜 表 面 及 び 劈 開 面 の 観 察 に は 走 査 型 電子顕 微 鏡
( SEM ) (日立製作所, S-4500 )を用いた。
薄膜の密着性は,圧痕試験を行うことにより評価し た。圧痕試験は Rockwell 硬度計を用い,試料表面か ら基板に達するまでダイヤモンド圧子( C スケール)
を押し込み,圧痕周辺部に発生する皮膜の損傷状態を 光学顕微鏡により観察した。
3 結果と考察
3−1 膜特性に及ぼす窒素ガス流量の影響 3−1−1 組成に及ぼす窒素ガス流量の影響
により,窒素ガス流量を 〜 変
GD-OES 0 10cm /min
3化させ Si 基板上に作製した Ti-B-N 膜の組成分析を行 った。その結果を図−1に示す。窒素ガス流量の増加 に伴って膜中に含まれる Ti と B の割合は減少するも のの, Ti と B の組成比はほとんど変化していないこ とが確認できた。これは,一般的に合金や化合物など の多元系物質をスパッタ成膜すると,ターゲットと同 一化学組成のスパッタ膜が得られることによるものと 思われる 。
6)基板温度( K ) 使用ターゲット
窒素ガス流量( cm
3/min ) 圧力(Pa)
ターゲット−基板間距離( mm ) 基板 RF 電力( W )
膜厚(µm)
ターゲット電力(W)
基板回転速度( rpm )
523 3 TiB
2(2N)
0.3 190 50 500 1.0〜1.5 表−1 成膜条件
0〜10 アルゴンガス流量(cm
3/min) 30
3−1−2 結晶構造に及ぼす窒素ガス流量の影響 窒素ガス流量を変化させることにより膜の組成が変 化することから,膜の結晶構造も十分変化することが 予想される。そこで結晶構造に及ぼす窒素ガス流量の 影響について検討した。
Si 基板上に作製した( ) a TiB
2及び( ) b Ti-B-N 膜の X 0cm /min 線回折結果を図−2に示す。窒素ガス流量が
3の場合(図−2( a )) ,ランダム配向な TiB
2膜が形成 されていることが分かった。しかし,反応ガスとして
窒素ガスを 2cm /min
3流した場合(図−2( b )) , TiB
2に関するスペクトルは得られているものの,その強度 は窒素ガス流量が 0cm /min
3の場合と比べて減少し,
ピークもブロードになっていることが分かった。窒素 ガス流量が 4cm /min
3では, TiB
2の回折強度は著しく 低下し, 6cm /min
3以上になると TiB
2に起因する回折 線は消滅し, TiN の 111 , 200 回折線が得られている ことが分かった。これらのことから,薄膜の結晶状態 は窒素ガス流量を増加させるに従い, TiB
2から TiN へ 変化すると考えられる。
一方, X 線回折からは高窒素ガス流量時の TiN に関 する情報は得られるものの, B 元素に関する情報は得 られていない。そこで次に膜の化学結合状態に及ぼす 窒素ガス流量の影響について調査した。
窒 素 ガ ス 流 量 を 変 化 さ せ Si 基 板 上 に 作 製 し た 薄膜の 線光電子分光分析結果を図−3に示
Ti-B-N X
す。 B1s 光電子スペクトルからは TiB
2と BN に相当す
Ti2p TiB TiN
るピークが , 光電子スペクトルからは
2と に相当するピークが,また N1s 光電子スペクトルか らは BN に相当するピークが確認できた。これらのこ と か ら , 反 応 ガ ス と し て 窒 素 を 添 加 す る ことに よ り 相が形成されることが判明した。また, 線回折
BN X
からは BN に関する情報が得られていないことから,
膜の組 成(
at. %)
窒素ガス流量(cm
3/min)
図−1 膜の組成に及ぼす窒素ガス流量の影響
2 4 6 8 10
60 40 20 0 100 80
B
Ti
N
は 非 晶 質 相 と し て 存 在 し て い る も の と 考 え ら れ BN
る。
以上の結果より,窒素ガス流量が増加するに従い,
薄膜の結晶状態が次のように変化するものと考えられ る。
TiB
2単層構造
↓
と非晶質 の複合構造
TiB
2BN
↓
と と非晶質 の複合構造
TiB
2TiN BN
↓
と非晶質 の複合構造
TiN BN
3−1−3 膜形態に及ぼす窒素ガス流量の影響
Si 4cm /min
代表例として, 基板上に窒素ガス流量
3で作製した Ti-B-N 膜の表面及び劈開面の SEM 像を図
−4に示す。表面 SEM 像に見られる粗大な白い物体 は焦点合わせに用いた異物である。今回作製したいず れの試料においても明瞭な結晶粒は観察されず,薄膜 は極めて平滑な表面を有し,緻密な構造をしているこ とが分かった。このような膜形態を示す理由に関して は特定できていないが 他の研究者の結果と同様に , , Ti を母材とした膜中に B が存在することにより結晶粒 の微細化が生じるためではないかと推察される 。
3)20 30 40 50
0 100 200
2θ (deg)
強度(任意単 位)
(a)TiB
2TiB2100 TiB2101
TiB2001
0 cm3/min N2
20 30 40 50
0 500 1000 1500 2000 2500
2θ(deg)
強 度(任意単 位)
TiB2100 TiN200TiN111 TiB2101
TiB2001
図−2 X線回折結果
(b)Ti-B-N
2 cm3/min N2 6 cm3/min N2
3 cm3/min N2 4 cm3/min N2 10 cm3/min N2
3−1−4 硬さに及ぼす窒素ガス流量の影響
窒素ガス流量を変化させることにより膜の組成,結 晶構造が変化することから,膜の機械的性質も十分変 化することが予想される。そこで硬さに及ぼす窒素ガ ス流量の影響について検討した。
図−5に Si 基板上に作製した Ti-B-N 膜の皮膜硬さ と窒素ガス流量の関係を示す。硬さは,窒素ガス流量 が 2cm /min
3のとき最大となり, 30GPa 以上の高い値を 示している。さらに窒素流量を増やしていくと,硬さ は低下する傾向を示し,窒素ガス流量が 10cm /min
3で は単層の TiN
5 )より低い値を示した。窒素ガス流量 の増加による硬さの減少に関しては以下の理由が考え られる。
一 つ は 窒 素 ガ ス 流 量 が 増 加 す る と 高 硬 度を有 す る TiB
2相の割合が減少すること,もう一つは非晶質 BN
表面 劈開面
図−4 膜表面,劈開面SEM像(窒素ガス流量4cm
3/min)
600nm 2µm
膜
基板
相の割合が増加しクラック伝播が生じ易くなること
2)によるものと推察される。高窒素ガス流量で作製した 膜が 膜と比べて低い硬さを示しているの Ti-B-N TiN
も, Ti-B-N 膜 中 には非晶質相が存在しているのに対
して, TiN 膜中には非晶質相がなく TiN 粒子同士が直 接接触しているという構造の違いによるものと考えら れる。
3−1−5 密着性に及ぼす窒素ガス流量の影響 窒素ガス流量を変化させることにより膜の結晶構造 や硬さが変化することから,膜の密着性も十分変化す ることが予想される。そこで膜の密着性に及ぼす窒素 ガス流量の影響について検討した。
窒素ガス流量を変化させ WC-Co 基板上に作製した 膜 の圧痕試験結果を図−6に示す。圧痕周辺 Ti-B-N
部の膜の剥離面積は,窒素ガス流量が 4 cm /min
3まで は流量とともに低下するものの, 6cm /min
3以上になる と増加し一定の値となることが分かった。このことか ら,膜の密着力は,窒素ガス流量が 4 cm /min
3までは 流量とともに増加し, 6cm /min
3を超えると低下するこ とが判明した。よって,窒素ガス流量は膜の構造や硬 さに対してだけでなく膜の密着性にも影響を与えてい ると言える。窒素ガス流量による密着力変化の理由に 関しては現段階では特定できていないが,おそらく膜 の結晶構造や内部応力が関係しているものと推察され る。なお,この件に関しては今後の検討を要する課題 である。
硬さ ( GPa )
窒素ガス流量( cm
3/min )
2 4 6 8 10
0 10 20 30 40 50
図−5 膜の硬さに及ぼす窒素ガス流量の影響
4 まとめ
種々の窒素ガス流量で成膜した Ti-B-N 膜の特性に ついて調査した。窒素ガス流量を変化させることによ
り Ti-B-N 膜の組成,結晶構造,硬さ及び密着性は変
化することが判明した。また,成膜条件に関わらず,
形成された薄膜は極めて平滑な表面を有することが明 らかになった。
終わりに,本実験を遂行するにあたり久留米工業大 学の蓮山寛機氏,産業技術総合研究所の秋山守人氏,
(株)堀場製作所の中村龍人に有益な助言を頂いたこ とに対し,ここに感謝の意を表します。
5 参考文献
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Vol.116-119, P.648 1999
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4)
( ) Coat. Technol, Vol.86-87, P.231 1996
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13 , 12 , P.55 2002
, : 2 , P.88
6)和佐 清孝 早川 茂 薄膜化技術第 版 ( 1992 )
2 cm
3/min N
210 cm
3/min N
26 cm
3/min N
24 cm
3/min N
2図−6 圧痕試験結果
0.5mm